―2.とある日常―
「いつまでかかっているの、早くしなさい」
とある高等学校の放課後…本来なら気の会う友人と下校したり、部活などで青春の汗を流したりと大変貴重な時間である
しかし、高等部2年生の弓野翔はあろうことか教室の中で追試を受けている
すでに日は傾き始めている時間となり校内からは徐々に人の気配がすくなくなっていた
どうやら終わっていないのは俺一人しかいなく、今年新任した若い先生は、呆れた顔でこちらを見ていた
「いつになったらできるのよ…暗くなってきちゃったじゃない」
「いや、俺も早くしたいのはやまやまなんですけどね」
「あら?そんな感じが全然しないのはなぜかしら」
俺の言葉が聞こえてしまったらしく、表情が呆れ顔から怒りへと変わっているようである
(このままじゃまずいな。なんとかうまくごまかさないと…)
解決策を思考すること数秒…よし。これならいける!
俺はおもむろに立ち上がり先生の目を見つめながら…
「それは、先生いや鳴さんとできるだけ長く一緒にいたいんですよ(キリッ)」
「はっ!?わ、私は別に一緒にいたくないわよ!いいからはやくやりなさい!!」
(しまった!ミスったか!)
気づいたときには遅く、先生もとい巻葉鳴先生は顔を赤く染めて大声で叫びとうとう俺の方向を向いてくれなくなってしまった。
(これはまいったな)
どのようにしてこの気まずい雰囲気をなくすかなどと考えてると
「…弓野くんに聞きたいことがあるの」
巻葉先生のほうから俺のほうに振り返った。赤くなった顔はすっかり落ち着き、先ほどの雰囲気とは一転して真剣な目で俺を見ている
「なにをききたいんですか?」
その空気を察知し、真剣な目で巻葉と向かい合った
先生は聞いていいのかどうかをいまだに悩んでいるようだったが、俺はこの先聞かれるであろう質問はすでに予測済みであった
少しの沈黙の後、意を決したように先生の口から予想したとおりの質問が投げかけられた
「ねぇ…弓野くんはどうして魔法が使えないの?」
―――――――――魔法―――――――――
これが生命の宝玉によってもたらされた二つ目の特性である
生命の宝玉が一般的な普及が始まると、世界各地で特殊な人間が発見された
ある人は念じることで手のひらから炎を発生することができ、ある人は手をかざすと自動車を宙に浮かすことができるようになったという。まるでファンタジー世界での魔法が使えるようになったみたいに…
それらの能力が使える人間に共通することは、生命の宝玉を移植済みであること、発生前に必ず何色かの光が生命の宝玉から発光していることであった
その後の研究で、生命の宝玉は蓄えたエネルギーを特殊な回路を通じることで様々な魔法力へ変換させることができることが推測されたが、その回路の発生条件等はいまだに謎のままである。そのため能力が使える者は限られおり、現在では約1万人に1~2人程度とされている
この現象を境に生命の宝玉には世界的に共通の条例が制定された
詳細に述べればきりがないのだが、大まかに分けて2つである
1.生命の宝玉は必ず視界に入るところに身に着けなければならない
2.能力が使用できる人は、国が管理し国に属する職務に就くものとする
これらを元に能力者は社会的地位を確立させ、能力を悪用することを抑制することに成功した
後にこの能力を「月の魔術」と呼び、能力者を「月の使者」と呼ぶようになった
日本政府は生命の宝玉が世界に普及した頃、日本政府は伊豆半島付近にあった伊豆大島を研究施設所(オオシマ)として購入した。その後、魔法が発見されると全国にいる能力者を探し出し、このオオシマへ移住させる体制を整えた。その後オオシマはめまぐるしい発展を遂げ、今では新都オオシマとして日本の中心となった
そして弓野翔が通っている高等学校こそ、若い能力者を日本全国から集め、一人前の月の使者を育成するために日本政府が設立した学校――白銀高等学校である
(やはり予想通りの質問だったな。さて…)
俺はどう答えていいか悩みながら自分の手を口元にあてていた。俺の考えるときの癖である
その姿を見て巻葉は思いつめてしまったと勘違いして、慌てふためいていた
「ご、ごめんなさい!えっと…あ、あなたの場合魔法以外の成績は問題ない…というかかなり優秀なんだけど…ここは、白銀高校なのよ?他のどの成績よりも魔法が優先されてしまうの。なのにどうしてかなぁって…」
段々と声が小さくなり最後のほうはあまり聞き取れなかったが、推測すると魔法だけができていない生徒がなぜ白銀高校にいるのか不思議に思っているらしいということがわかった
実際彼女が不思議に思うのも無理はない。弓野翔の学力は学校内でも上位に位置しているし、運動能力にいたっては学内でも1、2位を争うほど高いのである。普通の高校に進学していれば間違いなく優等生で通じる技量をもっている
しかし白銀高校だけは別である。他の成績がどんなによくても魔法だけでほとんど優劣が決まってしまう。いつも魔法の成績が悪い翔は、周りから「落第生」などと呼ばれることもしばしばあった
しかたない。いつもの方法で切り抜けることにしよう
そう方針を決めて翔は巻葉に向かってなるべく明るい声で答えることにした
「別に、魔法が使えないんじゃないんですよ。」
「えっ?」
「よし、魔法力も十分貯まったしそろそろ追試終わらせるか!」
「えええっ!!」
先ほどまで泣きそうな顔をしていた巻葉が今はすごく驚いた顔をしていた。その姿をみてなんだか自分達よりも子供にみえてしまう
(巻葉先生は表情がコロコロ変わって面白いな)
巻葉に向かって失礼ながらも翔はそう感じ思わず笑みがこぼれていた
「ま、まって!今までのなんか…シリアス的な感じは…」
「だって魔法使えないなんて一言もいってませんし」
「わ、私の勘違い?」
「そもそもこの学校に魔法使えなかったら入れないでしょ」
「う~……」
あ、先生泣きそうな顔してる!これはやばい!!
「な、なんかごめんなさい!」
「別にいいですよ。早く魔法力を計測しますから早くしてください…」
そういうと口を尖らせながら測定器を翔に向けた
通常、魔法力を測定する場合には通常時の状態と魔法を使用している状態の魔法力を測定することでその差から能力値を数値化する方法がとられている
当然巻葉はその方法を行おうとしたが、翔は手を前にかざして止めた
「な、なんで…」
「えっと、俺の月の魔術はそれじゃ計れないんですよ。なので巻葉先生がその目で見て合格かどうか判断してください」
巻葉はその言葉の意味がよく理解できなかったが彼があんなに自信満々に言っているのだから一度だけ言うとおり見ててあげることにした
(よし、頼むぜ先生!)
翔は意識を集中させ、両腕の生命の宝玉を重ね合わせた
カチッという金属が擦れたような音の後、両腕が白く輝きだした
…直後、翔はその場から姿を消した
月の魔術の発動が終わり、一息つくと巻葉のところへ駆け寄った
「どうですか。これが俺の魔法ですが…合格します?」
内心確信めいたものを感じながら、合否の判断を聞いた
目の当たりにした翔の能力に驚きながらもその質問に対し答えるため即座に教師の顔に戻った
「なるほどね。確かにこれじゃ計測できないから追試になるよね」
「あはは…測定しても変わらないから0点になりますしね」
「分かりました。今回は合格とします」
「よっしゃ!ありがとうございます!!」
翔は拳を握り締めることで喜びをあらわした。ともかくこの追試を乗り越えたことで今年一年は上手く逃げ切れるだろうと確信した
そのとき携帯からメールの着信を知らせるためのバイブレーション機能が発動した
内容を読んでいると、どうやら友人が帰りを待っているようだった
(まずい。こんなに待たせてると色々問題が起こりそうだ)
翔は素早く荷物を鞄に詰め込むと成績をつけている巻葉を待たずに教室から出ようとした
「あ、弓野くん待ちなさい!」
「先生、俺友達待ってるんで先に帰ります。今日はありがとうございました」
「まったく、もう…」
電光石火で走っていった彼をため息交じりで見送り、自分の仕事に戻った
「魔法試験、追試合格っと。」
PCの打ち込みが終わると勢いよく体を伸ばした。その間にも彼の能力について考えていた
(まさかそんな能力があるなんてね)
この白銀高校に来てまだ日も浅いが、能力について人一倍勉強している
いままで見たことのないものをこの目で見て正直興奮が冷めていなかった
「さて、今日は美味しいものでも食べようかな」
そう自分の中で決めて鼻歌交じりに職員室から自宅へと帰っていった