―20.悪魔殲滅戦(下)―
「あとはお前だけだな」
表情一つ変えずに、翔は残り一体だけと高位悪魔と対峙していた
しかし先程までの速攻とは一転して相手の様子を伺い、なかなか攻撃を仕掛けようとはしない。その視線の先にあるのは高位悪魔の両手首であった
(あいつも腕輪をしているのだろうか…まずはそれを確認しないと)
自分の中で再度確認を行い注意深く高位悪魔を観察する
体格は前回の高位悪魔より若干小柄ながら腕の筋力は発達しているのか異様に太くなっている、本体の身長並の大きさの大鎌を軽々振り回しているのだから当然か
それと反比例して足は筋肉に覆われてはおらず、敏捷性に欠けるような印象を受ける
そして最も異なるのは、翼の大きさである。以前は装飾品に近い付属したような形状であったがこいつは体全体が覆い隠せるほどに大きい。この大きさから明らかに飾りではなく常用しているだろう
「グオォォォォ!」
冷静に相手を分析していると、いきなり高位悪魔は咆哮すると、いきなり翔に向けて襲い掛かったきた
(速い!)
充分に距離をとっていたはずなのだが、一瞬にしてその距離は埋められた。そして大鎌を振り下ろす
瞬時に横に飛んで回避するとつい先程までいた場所は地面が割れ、大鎌の痕跡がくっきりと刻まれていた
(この破壊力は院長クラスだな。直撃すればやられる!)
その様子を確認しつつ、今度は翔が双剣で左右から同時に斬撃を繰り出す。しかし、それは相手に当たる前に健吾の攻撃同様、圧縮された空気の層によって弾かれてしまう
再び距離をとろうと後方に飛んだが、その空中で高位悪魔は飛翔し追撃を加える
(やはり、その翼で加速していたか!)
いろんな角度から繰り出される斬撃の嵐を、魔法力で強化した双剣で防御し続けている。そして地面に着地すると翔は高速で移動し、再び距離をとることに成功した
(くそっ!このままじゃいずれ競り負けるな)
翔は自分の双剣を見つめながら苦悶の表情をしている。自分の魔法力によって強化しているとはいえ、所詮はただの剣。通常の悪魔相手では容易に貫通できるほどの威力を誇るが、魔法専用に作られた武器ではないため(とはいうものの翔の剣はかなりの業物であるが)耐久力にいささか不安が残る
さらに相手が持つ武器は自分が練成した月装。その強度は自分の魔法力に比例しているため、現存する金属から練成された武器では歯が立たないのは目に見えている。実際あのまま防ぎ続けていたら折れてしまっていただろう
それだけではない。あんな重装備の武器を恐ろしい速度で振り回す筋力。一瞬で距離を詰める敏捷性。そしてそれを可能にする飛翔能力。とどめに攻撃をことごとく弾く風の防御魔法…以前の高位悪魔とは比べ物にならないほど強い
さすがあれだけの悪魔を従えているほどはある。その実力は悪魔300体と比較にならない
健吾を初め、観戦していた全員が絶望に打ちひしがれた表情をしている
それもそのはず、普通に考えるなら絶体絶命の状況である。たった今まで生徒を守りながらとはいえ守護者総勢30名でも高位悪魔はおろか悪魔部隊にさえ手を焼いていたのだ
それを一騎当千の活躍で一掃した翔が攻めあぐねている…いや、冷静に戦況を見れば明らかな劣勢である。このままでは倒されるのは時間の問題である
「俺が加勢する!」
観戦したままに耐えられなくなったのか、健吾は戦場へ向かうことにした
万全の状態なら共闘は可能かもしれないが、かなりの魔法力を消費している今ではおそらくあの悪魔に太刀打ちできない。よくて壁になることくらいである
(それで一瞬でも隙ができるなら喜んでなろう!)
それでも今のままじっとしているよりはましと判断し、一歩踏み出そうとした時
「待ってください!」
先程まで横になっていた夕実が起き上がり、大きな声で健吾を止めた
「主は…鶴田夕実であったか。なぜ俺を止めた?」
その言葉には威圧感があり、横にいた生徒は皆おびえるほど驚いていた。しかし夕実はそれをものともしていない。むしろその毅然とした姿に健吾が驚いてしまった
「翔は、私に「みんなを守る」って約束しました」
「それが、なんなのだ?」
「なら絶対に大丈夫なんです」
「…?」
そんな約束がなんなのだ
そんな口約束のようなものに一体なんの意味がある
彼女の言っていることは単なる願望に過ぎない
健吾は彼女の根拠のない言葉は無視しようと考えた。しかし…
「彼は、まだ実力の半分もだしていませんから」
「!!!」
透き通るような声で告げられた事実に、思わず健吾は振り返った。その表情は本日何度目になるかわからない驚きの表情をしていた
「あ、あれで本気じゃないというのか!?」
「たしかに普通の状態なら全力なのかもしれません。でも…」
次の言葉に、健吾は今日一番といっていいほどの衝撃を与えられた
「ほとんど魔法使っていないから」
「なんだと!!」
その言葉に思わず声が大きくなってしまった。するとあわてて夕実が健吾の口元を抑えた。
幸いにも爆撃音が響いているのでこの会話は誰にも聞こえていない。その後夕実から「静かにしてくださいね」と両手を合わせてお願いされ、健吾は首を三度ほど縦に振っていた
「翔は先輩のこと気に入っていましたから、特別に教えますけど絶対にみんなには内緒ですからね!」
「わ、わかった…しかし、彼の魔法はあの高速移動ではなかったのか?」
健吾は模擬戦後自分の感じたことが合っているか、気になって学校のデータベースにアクセスしていた。そこにはそれぞれの能力が登録されている。通常は見ることができないが、二つ名の権限を活用する場合にのみ閲覧ができるのだ(一般に開放すると悪用される恐れが高いためである)、そのときは予想通り翔が学校に登録されている能力は「高速移動」と書かれていたはずだ
この能力だけでも前例がなく特殊である。それだけに健吾は納得はしていたが彼女が言うには違うらしい
「あれは…特異体質だって本人はいってました。私にもよくわからないんですけど」
「では、本当の能力とはなんなのだ?」
「それは私もわかりません。でも一度だけ私の月装を見る機会がありました」
「月装が使えるのか!?」
「はい。でも本当は月装を使いたくないって言ってました。「これを使うときがこないことを祈るよ」って寂しそうな顔で…」
そういうと夕実の顔が暗くなったが、健吾はその様子に気づけなかった。それだけ衝撃の内容だった
月装を持つ月の使者が月装を使わない。それは銃器が飛び交う戦場で竹やりで戦っているようなものである。それほどまでに月装は凄まじい力を秘めている
それなら実力の半分も出していないという夕実の意見は正しいだろう
「それに、翔をよく見てください。あれが余裕がない人に見えますか?」
いつの間にか立ち直った夕実に翔を見るように促されると、今度は注意深く彼を観察した
そこで気づく、彼の表情からはあせっている様子はまるでない。さらに、あれだけの運動量にもかかわらずいまだに息も乱れていない。しかも、こちらに被害が出ないように悪魔の攻撃を誘導している…
つい表情に出ていたのか、夕実がそんな健吾を見ると
「…私も心配性なんで結構心配しちゃうけど大丈夫です。彼は私との「約束」を今まで一度も破ったことないんです。だから今回もきっと!」
「…ああ、なら俺も彼と「約束」したとおりここで皆を守るとしよう」
健吾はそういうと焔戟を床に突き刺し、再び魔法壁を展開し始めた
夕実たちの会話が聞こえていたかは定かではないが、翔は微塵も慌てていなかった
高位悪魔との何度目かの衝突で、風の防御魔法は複数箇所で発動できないことが判明した
(そろそろ確認してみるか)
翔は加速して、双剣で一度大鎌を斬りあげる。すると高位悪魔の上体が一瞬揺らぐ。その隙に胸部を狙って右手の剣で突くが、再び防御魔法により後方へ弾かれてしまう。しかし、それが狙いである
翔は弾かれる瞬間に体を回転させ、そのまま残った左手の剣で相手の手首を斬りつけた。すると魔法が間に合わず傷をつけることに成功する
しかし、後方に着地をするころにはその傷は高速で修復されてしまった
(見えた!)
その間に翔の瞳には、黒色に光る腕輪の存在を捉えていた
(やはりこいつも人造悪魔だったか…)
ほぼ確信していたが、やはり分かってしまうと悲しいものがある
…もうこの人を救う手段はないのだ…
(でも、俺にもこの人にできることはある!)
もう翔は迷わない。自分で決めたことだから
「グオォォォォォォォォォォォ!!」
先程の攻撃が癇に障ったのか急に咆哮すると、全力で大鎌を振り下ろし地面に突き刺した
すると地面は一方向に隆起し、そこから砂や岩を蹴散らしながら砂嵐が襲い掛かってきたそれは自然災害として猛威を振るう竜巻を彷彿とさせる。周囲のあらゆるものを飲み込み、そこにある障害物をすべて無に返す…それくらいに凶悪な気配を匂わせている
「健吾、守備を!」
「うむ。こちらはまかせろ。主も頼むぞ!」
「わかった!」
とっさに呼び捨てで叫んでしまったが、健吾はそれを気にせずに翔の意図を汲み取っていた
すでに、円陣を組んでいた守護者達を前方のみに集中させ魔法壁を展開している。その先頭に健吾が構え、手にした焔戟に魔法力を最大限に集める。あの砂嵐を爆轟によって相殺させるつもりだ
しかし、あれだけの魔法を相殺するのは困難である。しかし健吾は大丈夫だと確信していた。翔が「わかった」と言ったのなら絶対に何とかしてくれる
翔はその様子を見届けると、双剣を交差して防御の姿勢を取った。そして魔法力で極限まで強化し砂嵐を受け止める
かなりの衝撃に、体は地面を削りながら後退してしまう。中に含まれる石などで顔や体に傷がついたがそんなの気にしない。しかし数メートルほど後退したところで翔の体が止まる、すると交差した双剣を力任せに斬り開き、その砂嵐を左右に分断することに成功した。
そのとき、その負荷にとうとう耐えられなくなった双剣の刀身が折れ、地面に突き刺さった
片方は校舎にあたり一部が損壊した。もう片方は健吾の待つ魔法壁ところへ向かっていた
健吾はニヒルに笑うと、その砂嵐に向かって焔戟を振り下ろし爆轟を発動させた
「ドオォォォン!!」
激しい爆発音が鳴り響き、砂嵐は霧散していった。それをやってのけた健吾に親指を立てて合図を送ると、同じ合図を翔にも送っていた
その間にも高位悪魔は再び同じ攻撃を繰り出そうとしている。双剣の折れた翔には次の攻撃が防げないように思えた。しかし何も持たないまま翔は一気に走り出す
しかし、翔が到達するより先に先程と同等かそれ以上の砂嵐が襲いかかる
「すまないが、もうおまえの攻撃は通用しない」
そう言い放つと、翔は両手を広げた。するとその両手から白い炎がほとばしる
その炎が収束すると中から光の剣から放たれていた光よりもはるかに強い輝きを放った双剣の姿が形になる
はじめてみた者はその剣から放たれる神々しさを感じずにはいられない。まさに神話に出てくる聖剣のようである。それを手にしている青年を神といってもだれも疑わないだろう
その双剣を手に近づいてきた砂嵐を縦に一閃。すると、砂嵐は分断されるわけでも、衝撃で霧散わけでもなく、なにごともなかったように消滅した
そしてその勢いのまま、とうとう高位悪魔の元へ到達した。しかし高位悪魔も予想していたのかすでに迎え撃つ形が整い大鎌を振り下ろした、それにあわせて翔も月装で斬りつける…しかし、刃が迫り合うこともなく翔の月装に触れた箇所から高位悪魔の大鎌は切断されてしまった
…そして最後に隠されていた両手にある腕輪を生命の宝玉ごと斬り伏せた
この一連の流れで誰もが翔のやったことに気づいていない。それほどまでに一瞬の出来事である
気がつけば高位悪魔の体から黒煙が噴出し「グオォォ…」と最後の叫びをあげていた
(―これは!?)
ここで翔はあることに気づいていたが、今はそれよりも優先することがあるため考え事を中断した
そして今にも消え行く悪魔の元へ歩み寄り、ひざまずくと小さな声で
「すまない。こうすることしかできなかった…」
謝罪をした人造悪魔にとって生命の宝玉の破壊はすなわち死に直結する…そのことを身に染みてわかっている翔は謝罪する他なかった
翔の謝罪を受け入れるかのように、不意に悪魔の叫びが止んだ
「何もできなかったけど、「約束」する…君達をこんな風にした奴を必ず裁く、悪魔よりもはるかに醜いあいつの魔法を奪う。と…それが俺の唯一できる罪滅ぼしだ」
……ありがとう……
悪魔はそう告げたように感じた。
それを肯定するかのように――黒煙から最後に見たのは悪魔とは思えないほどの安らいだ表情であった
「こちらこそありがとう…どうか安らかに眠ってくれ」
ふと、消えた黒煙を目で追うと空には鮮やかな茜色の夕焼けが映っていた。それに気づくとどこかで歓喜に沸く声が聞こえている
しかし翔の耳には何も聞こえず
その目には夕焼けが滲んで映っていた
さらに予定よりも長くなってしまいました。
どんどん作者が思っていない方向に彼らは動くんですから驚きです
さて、次回は泥棒になる決意をした翔くんが元凶を倒しに行きますよ!!




