その11
俺たちは昼飯を食べ終わり自分の教室に向かっていた。
近づいていくと教室の中から険悪な話し声が聞こえてくる。
あとから聞いた話しだと、始めは些細な事だったらしい。
聞こえてくるクラスの女子の言葉がエスカレートする。
「最近調子乗ってる子がいるよね。私は、知っているんだ。父親から殴られたりしてるみたい。彼女は可哀想な子なんだよね」
いつもは、どんな言葉にも何も反応がなかった彼女が震えて泣いていた。
彼女は泣きながら言った。
「私は可哀想なんかじゃない! あんたに何がわかるのよ」
「虐待されてるからって可愛そうなの?よっぽどあんたの方が、可哀想じゃない」
丁度学食から帰ってきた俺は、廊下で全て聴いてしまった。
何でこうなったのだろうか。何で誰も止めないんだ。教室に飛び込むように入る。
「おまえら全員最低だ」
守れなかった自分も……。
彼女に向かって歩く。何で彼女は泣いてるんだろうか。俺はもう逃げ出したくない。
「もう絶対に離さない」
俺は彼女の腕をつかんでそう言った。そして、引きずるように教室から連れ出す。
無言で歩く俺たち。昼休みの終わりと授業の始まりのチャイムが鳴る。少し経って沈黙を破るように彼女が言った。
「い、痛いよ」
「あ、ごめん」
腕を掴んでる力を緩めて、手を繋ぐようにする。彼女は特に拒否しなかった安心した。
「ねえどこいくの?」
「……」
何も考えてなかった。けどいつもの癖なのか、自然と音楽室に向かっていた。
質問には答えずに、このまま黙って音楽室に向かって歩く。
音楽室に着いた俺は、つるちゃんがいるか呼んでみる。
「つるちゃ〜ん」
音楽準備室から声が返ってきた。
「おう、開いてるから勝手に入れ」
許しが出たので、軽音部の部室にもなっている準備室に勝手に入る。
つるちゃんは、俺たちを見ると、座っていた椅子から立ち上がる。
「変な事するなよ」
笑いながら言うと、外に出て行った。二人っきりにしてくれるらしい。
ドアが閉まる時にあれが副委員長かとつぶやいていたのが気になる。
部屋にあるソファーに座る事にする。二人ならんで座って、横を向いて彼女を見る。
何だか久しぶりに彼女を見たような気がするな。彼女はだいぶ落ちついたようだった。
その時、彼女が腕をさすりながら、なんだか嬉しそうに言う。
「痣になっちゃったね」
彼女の腕には俺が強く握ったせいで、その部分が赤く痣になっていた。
「あ、ごめん痛かったよね?」
彼女は微笑んで言う。
「平気」
やっぱり笑った顔は可愛い、久しぶりに見たかも。
彼女が一つ息を吸い込んで、呼吸を整えて決意したように言った。
「ごめん、あの時拒否した」
「もう知っているかもしれないけど……」
そう一つ前置きをして、彼女は、自分の家庭の事や彼女自身の事を話してくれた。
いつの頃か彼女の父親は、彼女や母親に対して暴力を振るうようになったらしい。
家では良い子にしていないと、さらにひどい事になる為に家では仮面をかぶっていたようだ。
その父親の事で、男に触られるのが怖いのだと言う。俺はそれを黙って頷きながら聴いた。
「急に触られると特に駄目なんだ」
「俺さっきおもいっきり急に腕掴んだような気が」
「ん〜何か平気だった、怖いとか思う暇なかったかも、ほんとビックリした」
彼女は微笑みながら、俺の言葉を遮って言う。
「ごめ「でも嬉しかったよ」」
繋いだ手をぎゅーと握ってさらに言った。
「だから謝らなくていい」
「うん」
「こうしていると安心する」
彼女が言うと。そのまま目を閉じて寝てしまった。
この状況をどうしたらいいんだ〜と心から思う。
でも、繋がれた手と彼女の寝顔を見ると幸せを感じた。