ダメ王子の日常
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薄暗い朝の光が、城の古びた石壁を優しく照らす中、俺――ユラン王子は、ダイニングルームの重厚な木製テーブルに肘をつき、ため息をついた。
部屋は質素で、壁には埃っぽいタペストリーが掛かり、床には磨り減った絨毯が敷かれているだけ。
王子のくせに贅沢とは無縁のこの空間が、俺の日常を象徴していた。
「…はぁ…だるい」
俺の声は、部屋に響くほどに気だるげだった。
目の前の皿には、執爺が作ったシンプルな朝食――パンとチーズ、果物が少し。
匂いは悪くないが、フォークを手に取る気力が湧かない。
体が重く、心もどこか浮遊している感じだ。
「…おぼっちゃま…。食事をするのが面倒というのは…。それと言葉遣いも…」
執爺の声は、いつものように穏やかだが、どこか諌める調子を含んでいる。
彼は俺が生まれる前からこの城に仕えてきた老執事で、白髪交じりの髪をきちんと梳かし、黒い燕尾服を着こなしている。
顔には深い皺が刻まれ、目は優しいが、時折鋭い光を宿す。
俺のダメっぷりを一番知っている人だ。
「えー。別にいいじゃん。ここには俺と執爺しか居ないんだからさー」
俺は肩をすくめ、フォークを弄びながら言った。
お客さんいないのに誰に気を使う必要があるのか。
「…このダメ王子」
執爺の呟きが、かすかに聞こえた気がした。俺は目を細め、爺を睨む。
「あ!今俺のことダメ王子って言ったろ!執爺、クビにするぞ!その歳で無職になったらやっばいぞ〜?」
俺は立ち上がり、指を突きつけて脅す。
「ダメ王子なんて言ってませんよ?聞き間違いでは?それに貯金はたんまりあるのでクビにしてもらっても大丈夫です。むしろ、私が居なくなって困るのは生活力0の王子の方ですよ?」
と、執爺は平然と返す。
俺は喉を詰まらせ、言葉に詰まる。
悔しいけど、正論だ。
俺は座り直し、フォークを握りしめてパンを突つく。
「ぐっ!!…それはその通りだ…。メイドさんだけでは俺の面倒は見切れないからな…」
いつものしょうもないやり取り。
しかし、そんな食事が進む中、執爺の表情が真剣になる。
「しかし、本当にどうされるおつもりですか?ユーリ様はここのところずっと体調を崩されておりますし、この国の王子は一人息子であるあなただけなのですよ。いずれこの国を背負うことになるのです。そのお覚悟はあるのですか?」
執爺の言葉が、心に突き刺さる。
父の病床の姿が脳裏に浮かぶ。
ベッドで咳き込み、顔色が青白い父。
長くないことはわかっていた。
俺は目を逸らし、窓の外を見つめる。
外は小さな城下町で、人々が朝の仕事に勤しんでいる。
「…それは…まだない。てか、俺まだ16だぞ?そんな覚悟できねーって」
俺はただ、のんびり生きたいだけだ。
「他の国では12歳でも王になっている例だってありますよ。むしろ16歳はそれなりに適齢です」
執爺の指摘に、俺はため息をつく。
「他は他、うちはうちだろ?でも、そうだな…俺が王になったら…その時は大きなおっパブを作ろうかな。うちのメイドさん集めて、そこで毎晩おっぱいに囲まれながら過ごすんだ!」
俺は冗談めかして言うけど、そんな言葉さえ爺には見透かされる。
「…はぁ」と、執爺が頭を抱える。
俺も少し罪悪感を感じる。
それから、執爺がポケットから一つの手紙を取り出す。
封蝋が立派で、三大国の印が押されている。
「それと、また手紙が届いてますよ」
「…またか。あの人達も懲りないなー。てか、こんな辺鄙で辺境な地の小さな国なんて加盟させる必要ないだろ。金が取れるわけでも、特産品があるわけでもねーのに。どうしてこうも加盟させたいかね」
俺は手紙を睨む。
それは大国の加盟の勧誘だった。
「それでも…ですよ。加盟させること自体が目的ですから。三大国のいずれにも加盟していないのは我が国を合わせてたったの5国ですから」
執爺の言葉に、俺は黙る。
ご飯を食べ終えて、一人になったところで、ちょっと真剣に将来のことを考えてみた。
窓から見える城下町を眺めながら。
朝の陽光が、町の屋根を金色に染め、煙が立ち上る。
子供たちが走り回り、市場で商人たちが声を上げる。
この国が大好きだ。
この国の国民も大好きだ。
国と国民を守るためなら何でもすると言った、父の言葉がよくわかる。
将来か…。
もし、お嫁さんをもらうとしたら…出来ればこの国で生まれ育った人がいいな。
この国を愛してくれる人と結婚できたら、どれだけ幸せなことか。
「…そろそろ本気で頑張らないとだめかな」
俺は呟き、窓辺に額を寄せる。
外の風が、俺の決意を優しく受け止めるようだった。
◇
この世界は、広大な大陸を中心に広がる多様な国々から成り立っていた。
世界を支配する三大国――アーリア国、ルルシア国、シュルク国――が、世界の9割の領土と資源を握っている。
それぞれが軍事力、経済力、魔法技術で優位を競い、互いに同盟を結びながらも、微妙な緊張関係を保っていた。
アーリアは豊かな鉱山と戦士文化で知られ、ルルシアは洗練された宮廷と外交力、シュルクは神秘的な森と魔法の遺産を誇る。
これら三大国は、周辺の小国を「加盟国」として取り込み、税や忠誠を要求するシステムを築いていた。
非加盟の国は、孤立しやすく、経済的に苦しく、時には戦争などにより軍事的な圧力にさらされる。
俺の国――ユラニア王国――は、そんな数少ない非加盟の小さな国。
辺境の山岳地帯に位置し、人口わずか3500人あまり。
豊かな自然と平和な民が自慢だが、三大国からは「僻地のハズレ」と見なされるも、あの条約が破棄されてから、また加盟勧誘という名の脅しが絶えなかった。
世界のバランスは、この三大国の動向で決まる。
数日後、城の応接室で、執爺が新たな手紙を持ってきた。
今回はいつもの勧誘とは違い、豪華な金縁の封筒。
俺はソファに沈み込み、ため息をつく。
「おぼっちゃま、食事会の招待状です」
「食事会? なんだそれ」
俺は手紙を開く。
そこには、ルルシア国主催の「国王親睦食事会」の招待が記されていた。
三大国を中心にその加盟国、非加盟国問わず国王が集まる、年に一度のイベント。
本来なら、父が行くところだが、あいにく父はベッドから起き上がれないほど体調を崩している。
心の中で拒否したかったが、そんなことを言っていられない。
これを拒否しようものならいよいよ戦争でも起こされかねない。
「わかっておりますね」
執爺の言葉に、俺は頷くしかない。
過去に食事会に参加しなかったが故に、その非加盟国が潰された例も知っている。
心臓が早鐘のように鳴る。
仕方なく、渋々行くことにした。
◇
食事会は、ルルシア国の壮大な宮殿で開催されることとなった。
馬車で数日かけてようやく到着した。
宮殿は白大理石で造られ、金の装飾が輝く。馬車で到着した俺は、圧倒される。
豪華な衣装を纏い、宝石を輝かせ、堂々と振る舞う。
ここに来ている非加盟はわずか2国で、その一つである俺の国だった。
とりあえず、目立たないようになるべく人目のつかない隅の席を選び、料理を摘まんでいた。
しかしながら、流石に出てくる料理はどれも超一流。
ワインもめちゃくちゃ美味くて、喋る相手もいない俺は酒ばかり進んでしまっていた。
お酒を飲んで気持ちよくなって、トイレに行こうとしたところ、その道すがら、廊下でとある3人の若い国王に囲まれた。
彼らはアーリア国の加盟している国の国王達で、派手な軍服を身に纏い、噂では超好戦的な若い国王たちだった。
傲慢な笑みを浮かべる。
「おい、非加盟のハズレ王子。いつまで三大国に逆らう気だ?」
一人が肩を叩き、脅すように言う。
圧力と、こっちを完全に舐め切った態度。
「加盟しろよ。拒否し続けたらどうなるかわかってるよな?」と、肩を強く掴まれる。
「あはは…検討しておきまーす」というと、腕を掴まれ、「ここで約束しないとこの腕折るぞ?」と言われる。
あわわ、これマジのやつじゃん。
しゃーねーなー。
「何をしているのですか?」
後ろから聞こえた声は声は冷たく、威厳に満ちていた。
振り返ると、そこにいたのは三大国の一つ、ルルシア国のご令嬢――ルキア嬢が居た。
今回の食事会の主催国のご令嬢で、青い髪がよく似合う美少女。
ドレスは絹のように滑らかで、目は宝石のように輝く。
歳は俺と同じ16歳なのに、この威圧感。
さすがは大国の令嬢だな。
俺まで心臓が止まりそうになる。
その声にビビり散らかして、さっきの3人が土下座し始める。
顔が青ざめ、謝罪の言葉を連発する。
「し、失礼いたしました!」
「もういいわ。下がって」と言われる。
俺は慌てて頭を下げる。
「この度はお招きいただき、ありがとうございます」
「いえ。少しお話よろしいですか?」と言われ、NOと言えるわけもなく、そのまま豪勢な客間に通される。
無駄に広くて豪華な部屋。
壁は金箔の装飾、天井にはシャンデリアが輝く。
二人きりで向かい合って豪華なテーブルに座る。
汗が額を伝う。
その豪華絢爛な装飾品に目移りしていると、「珍しいですか?」と聞かれる。
先ほど違い、彼女の声は柔らかく、微笑みが優しい。
「あぁ…はい。こういうのに出る機会もあまりなくて」と、情けなく笑う。
自分の声がいつもより小さく感じる。
「そうですか。踏み込んでしまって申し訳ないのですが、お父様のご体調は優れないのですか?」
「まぁ…そうですね」
彼女の言葉に誘導されるように俺は父の病状を少し話す。
すると、その代わりと言わんばかりに彼女も自分の国の忙しさを語る。
話してみると意外と親しみやすかった。
それから少しして、俺は本題に踏み込む。
心臓がドキドキする。
「…あの…加盟についてのお話ですよね」というと、彼女は静かに微笑んだ。目が優しく細まる。
「いえ、私としては実はユラニア国は非加盟のままでも良いと考えているのです」
「…というと?」
俺は驚き、目を丸くする。
「理由はいくつかありますが、一番は…私は望まないものに強制するのが好きではないからです」
「…なるほど」
彼女の言葉に、俺は安堵する。
心の重荷が少し取れる。
すると、コホンと咳払いしてから話を変えられた。
彼女の頰が少し赤らむ。
「ユラン様は婚約などされているのですか?」
「自分ですか?あまりそういうの全く興味もなくて…。父に無理やり縁談を持ちかけられたこともあるんですが、そもそも自分は王の器でもないですし…。自国の民が幸せなら、それでいいんです」と、素直にそう言った。
「そうですか。私もよく縁談を持ちかけられるのでよくわかります」
「そうですよね。しかし、ルルシア国のご令嬢ともあれば引くて数多でしょう」
「えぇ。けど、私には心に決めた人がいますので」
「そうなんですか?ルキア様に思われるなんてその人は幸せ者ですね」
俺は素直に言った。
大国のご令嬢でしかも彼女のような美人に思われるなんて、羨ましいから、素直にそう言った。
「…そう思いますか?」
彼女の目が真剣になる。
俺の心がざわつく。
「…え、えぇ。そりゃ思いますよ。ルキア様ほど美しい方に思われるなんて」
「…それは私と婚約してくださるということですか?」
「…へ?…何言って…」
俺は混乱し、言葉に詰まる。
頭が真っ白になる。
「私と結婚してください。ユラン様」
彼女の言葉が、静かに部屋に響く。
俺の心は、嵐のように揺れ動いた。
この出会いが、世界を巻き込む大事件の始まりだった。




