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もや男と取引

ミラーナは他の人には見えないもやの男を無視し続けた。


『お嬢さん、お嬢さん、とりあえず話だけでも聞いてくれない?』


食事をするミラーナの周りをまとわりつくもやは惨めな声を出してそういうが無視をする。


彼女の食事は一人だ、一人には広いダイニングテーブルに座りながら、やや貴族の食事というには野暮ったい料理をマナーだけは完璧に食べる。

静かなダイニングに時折小さくナイフとフォークが皿をかすめる音が響く。


『ねぇ、聞こえているんだよね?』


もやが何を言おうと無視だ。



そのあとも無視に無視を重ねて無視し続けた。ミラーナはみためのたおやかさに似合わず頑固さには自信があった。そして厄介ごとの回避能力はぴか一だった。



食事が終わって、体を清めて寝ようとするが、もやは相変わらず付きまとう。


「婦女子の着替えをのぞくつもり?」


そういうと、やっと返事をもらえたもやは抱き着かんばかりに近づいてくるので、さっとミラーナはそれを避けた。


『やっぱり聞こえていたんじゃないか?僕の名前はフィン。君は?ミラーナって呼んでいい?』

「会話をする気はないから。さっさと出って頂戴。」

『ひどい。困っている人を助けようという気持ちはないの?』

「あいにく私はお金にならないことはしない主義なの。はやくでてって?」


紳士精神があるのか、服を脱ごうと背中のひもに手をかけた瞬間、もやは後ろを向きしぶしぶ出ていこうとドアのほうヘ進む。3歩ほど進み、間抜けな声が聞こえる。


『あれ・・?あれ?』

「なに?」

『なんか引っ張られてて、これ以上進めない!』


空中に浮いたもやが泳ぐように進もうとして手足をかいているけどその姿は滑稽なほど進んでいない。

怪訝に思いミラーナが近づくと、靄は勢いをつけて前に飛びだした。


『ねぇ。ミラーナちゃん』

「勝手に呼ばないで。」

『はいはい。多分、僕君からこの距離以上離れられないかも。』


ふよふよと漂いながらミラーナの周りを円状に回る。

その距離半径3メートルといったところでぐるりと。


『これ以上行こうとすると引っ張られて進めない。』


がっかりしたようにもやはそういうが、ミラーナのほうががっかりだ。


「ずっとつきまとわれるってこと・・?」

『ほら、いやでしょ?だから、ね、まず僕の話を聞いて、僕を解放するために協力してよ。』

「それはそれでただ働きは嫌なのよ!!」

『君、見た目がそんなに妖精みたいなのに、すごいがめついよね。』


笑い声とともにそういう声が降ってくる。

フィンと名乗ったもやは基本的に能天気で陽気なようだ。それが癪に障ったミラーナはついたてを出してその裏で着替えをすまし、体を清めて、無視をして布団に入り込む。


『ちょっと、ねぇ、寝ないで、話を聞いて』

「夜更かしは美容の大敵、もう寝る時間なの。」


冷たい声でミラーナがそういえば、もやはふーんと妙に納得した声をだして、柔らかな声でミラーナの上をふわりと漂いながらこう言った。


「じゃあ、おやすみなさい。」


暗くなった部屋に大きくも小さくもない声が響いた。


ーおやすみなさい、なんて今までだれかに言われたことあったかな。

ちょっとだけチクリと胸に痛みを感じながら、彼女はその価値ある美貌を守るために夢の世界へ渡るのだった。



★★★


窓から明るい光が差し込み、ミラーナは目を覚ました。

今日もさわやかな朝だ、ゆっくりと体を起こし伸びをすれば、目の前にもやが滑り込んできて、はつらつとした声が響き渡る。


『おはよう!ミラーナちゃん』


まだいたんだ、ミラーナががっかりして目をこすれば、返事もしていないミラーナにもやは話しかける。


『いやー、自分がなんなのかいまいちわからないけど、とりあえず寝ないでも元気なんだよね。ミラーナちゃんはよく眠れた?一晩いろいろ考えたんだけど話を聞いてくれないかな?』


ー訂正、さわやかな朝は奪われたわ。


不愉快そうなミラーナの表情なんて無視するようにもやはしゃべり続ける。


『ミラーナちゃんに何とか話を聞いてもらえるよう一晩考えたわけ。』


うんうんと腕を組んでいるようなもやはふわふわしながら、体を揺らしている。


『あのね、僕、お金持ちなんだ。』


ぴくり、ミラーナの眉が動く。

これまでで一番食いつきのいい反応にもやはにやりと笑う。ミラーナからはあいまいにしか映らないがにやりと笑った気配は彼女も分かった。


『ふふふ、やっぱりこれが一番聞きそうだね。僕はお金持ちの家の子息だったから、もし僕の解放を手伝ってくれたら、家からたっぷり褒章を出してあげる。』

「具体的にはどのくらいお金持ちなの?」

『そこはあいまいなんだよね。実は記憶が今あいまいで、、でも兄がいて僕は次男か三男とかなんだけどふらふらしてても文句を言われないレベルにお金持ちだった気がするし、家に帰ったら絶対にお礼をするから!』


あいまいな返事だ。ミラーナは考えた。この提案に自分が協力するメリットを。


『あと、たぶん身分も高かったと思う!実家に帰ったら君の良縁も斡旋してあげれると思う!』


魅力的な提案その2だ。しかし、ミラーナは考えた、このコンパクトの男がそもそもどれだけコンパクトに閉じ込められたのかは不明だということに。


「そもそも、あなたがすごーく昔の幽霊だって説も捨てられないわ。」

『それはそうだけど、、ただ君を見ていても服や部屋の調度品がおおむね僕の記憶の世界とは違うとは思えないよ。』


考えるようにもやがふわりと漂って、またにやりと笑う。


『ただ、僕の記憶の家のが、かなり高級なつくりだし部屋も広かったけどね。』


ミラーナの眉がまたしてもピクリと上がる。


「そもそも、鏡に閉じ込められるなんて言う高度な魔法、かけられる理由はなんだったわけ?」

『んー、なんか、よくわかんないけど、愛がうんぬんみたいな!』

「意味が分からないわ。」


はは、と笑いながら言われてもジト目で見つめるしかない。


「いずれにしても、あなたが成仏してくれないと私はずっと幽霊のストーカーに付きまとわれるということを考えたら、、協力するしかないんでしょうね。」


ため息をつきながらミラーナが不本意な声でそういえばもやはやったと大きな声を上げて、抱き着いてくる。

正確にはミラーナはもやにつつまれた。


「げほっ、げほ!ちょっと二度とこんなことしないでくれる!?」


ミラーナの怒りにもにこにこした気配で、もやは笑っている。


『改めて自己紹介するね。僕はフィン。名前はフィンとしか覚えてないけど、僕を鏡から解放してほしい。』


笑いながらもやが手を差し伸べてくる。

ミラーナはため息を大きくついて、その手を触れるように手を伸ばす。


「いい、絶対に絶対にお礼はしてもらいますからね!」


おそらく手と思われるものが彼女の手を包んだのだった。

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