コンパクトと怪しいもや
家について、椅子に座ってミラーナはもらったコンパクトを手に持ち、揺らす。
光を反射してきらきらと地金の銀と埋め込まれた石が煌めく。
とても高級な作りはミラーナが持つ宝石や装身具よりも明らかに立派なつくりだ。
「売れば高そう。」
年頃の少女らしい、美しいものへのときめきをどこかに落とした彼女はぼそりとそうつぶやいたあと、おもむろにコンパクトを開ける。
かぱりとこれまたしっかりとした音を立ててコンパクトは開く。
その瞬間、鏡から霧のようなもやがもくもくと出てきてミラーナの視界をふさいだ。
煙は大量に飛び出たあと、まとまり、中でふわりと漂い、みるみるうちにぼんやりとした人のような形になる。
ーやっぱり怪しいものだったわ!!
貧乏子爵令嬢であるミラーナはあまりお目にかかったことはないこれは、おそらくマジックアイテム。
魔法というよくわからない文化にて作られたものだろう。
目の前の靄がどうか危害を加えるものではありませんように!
ここまで鍛えた美貌を売り飛ばす前に死ぬなんて絶対に許せないんだから!
またしても、妖精のような美貌とは真逆なたくましい思考でコンパクトから出たもやをにらみつける。
もやは、あいまいなふわふわした状態でもなぜか、それがひとであるということが分かった。
それが魔法というものなんだろう。
理解できないものに対して適当に済ますことが最適だと思っているミラーナは雑に思考を放棄した。
『お嬢さん、こんにちは。』
声は男だ。
年頃は中年ではない、でも少年でもない声。
さわやかそうな、こう言っては何だがわざとらしくさわやかな声が聞こえてミラーナはもやを再度にらみつける。
「悪霊退散!」
『ちょ、悪霊じゃないから。』
慌てた声と、慌てた動き。
はっきりと顔はわからないが、もやが青年であるのはわかる。
『僕はフィン、鏡に閉じ込められていたかわいそうな男さ。』
劇が掛かった声で、それは名乗った。ミラーナはお金は大好きだが基本的にお金にならない話は興味がない。
開いたコンパクトを靄に向けて、閉じたら戻らないかなとコンパクトを閉じるがコンパクトは普通に閉じるだけでもやはそこにあるままだ。
開いて閉じてを数回繰りかえして、もやが回収されるのをあきらめたミラーナはため息をついて椅子にごろんと転がる。
『ちょっと話を聞いてもらえないかな?!』
もやはミラーナのやることをみては突っ込みを入れてくるが、話を聞く義理も利益もない。
無視して、彼女は開いたコンパクトで自分の顔を見る。
あきれた顔が愁いを帯びて、相変わらず美しい。
この顔でお金持ちにしんなりと迫ればいくらで売れるだろうか。
私に最大限利益ある条件で持参金をもらって、うちも貧乏を卒業。
私はお金持ちになるのよ!
自分の世界に入ったミラーナの前にもやがふわりと現れる。
「ごほっ。」
少しだけもやを吸い込んでしまった。これ美容に悪かったりしないわよね?
『話を聞いてくれよ!』
「いえ、私はお金にならないことはしない主義です。」
妖精もかくやな顔でミラーナはそう返す。
そのあとは、読みかけの本を読みだす。完全なる無視だ。
『ちょっと、お嬢さん、ねぇきいて!ていうか、ちょっとくらい聞くでしょこの場合。
気にならない?俺が何なのか?なんでこんななのかとかさ?』
無視、無視である。
怪しいもの、金にならないこと、リスクはすべて無視。
ミラーナには大いなる目的があるのだ、変なもやにはかかわってられない。
そうこうしているうちに、ぐぅとおなかが鳴り、夕日が部屋に入り部屋は赤く染まっている。
「おなか減ったわね。」
『ほんとに、お願いだから無視しないでくれるかなー!』
無視。
完全なる無視を華麗に決めて、立ち上がって伸びをすれば、ちょうどいいタイミングでララが部屋に来る。
「お嬢様、夕食の準備が整いましたよ。」
ララはミラーナの目を見てそう言った。
ミラーナの前に漂ってのぞき込むもやに何も反応せずに。
「ああ、ちょうどおなかが減ったのよ。」
『ねえ、ほんとに無視?さすがに悲しくなるんだけど。』
「ねぇララ、これ見える?」
そういって無視したまま目の前のもやもやしたひとの塊を指さす。
ララは首をかしげて不思議そうな顔をする。
「これ、ですか?」
何を示してるかわからないと指先に目線を向ける。
ミラーナにはその指はすこしぷすりともやに刺さっているのが見える。もやの手の部分がその指をつかむようにしているからだ。
『これって、僕のことなわけ?ひどいなぁ。』
明確に聞こえる声ともやはミラーナには認知できるがララには見えないようだ。
なので、頭がおかしくなったと思われないためにもミラーナは必殺美少女スマイルでにっこりララに笑いかけてもやを背に歩き出す。
「なんでもないわ、さ、おなかが減ったからごはんにしましょ。」
不思議そうなララのあとをついて、ダイニングへ向かう。
その間も無視。
『ほんとに、まってよぉ。』
情けない、青年のように聞こえる声が背中から聞こえる。
完璧な無視をしながら、ミラーナは頭の中からその存在を振り払ったのだった。




