第六話 中間試験
第一章~前日
一般的な学校では日常的にテストが行われているだろう。
公立中学に通っていた頃を思い返せば、学期ごとに二回のテストに加えて小テストが乱発。テストとテストの間に授業があるような1年が過ぎるといっても良い状態だった。
それは、テストを行うことにより学習要点を絞り込ませることが目的なのだろうけれども、勉強の上に立つテストではなくてテストのための勉強になっているあたりが本末転倒と言うか、日本教育の日本教育らしい所と言うかなんというか。。
そんな体制に慣れていた僕には、学園の1年二回しかないテストは新鮮だった。
秋に一回、年度末に一回の合計二回しかないテストというものに、僕は恐れおののいてしまった。
だってそうだろ? 成績の基準や個人評価のもろもろを年二回のテストに懸けるのだから。
基本的に授業や実験の報告書をまとめたりしているので、成績の全てがそれにかかっていると言うわけではないのだろうけれども、やはり戦々恐々とした気分は抜けない。
学園祭終了後、2週間で開始される始めての学園中間テストに、僕らは恐れを抱いていた。
「ぎゃー、半年分の試験を一遍にやるなんてしにそー!」
だれかが叫ぶと、それに合わせるように室内はざわつき出した。
いつものようにベットを壁に立てかけてスペースを確保した僕と黄の部屋に、チームは全員集まっていた。
無論全員と言うだけあってイブとレンファも一緒。
既に男女混成のチームは、各々の中で自然に感じられるようになっていた。
ばったりとJJが身を投げ出すと、正面のリーガフがあくびをする。
めいめいに動き出す動作は集中力が切れたことを理解させられた。
僕もゆっくりと伸びをすると、正面の二人の美少女は綻ぶように笑顔を見せた。
ここ数日、こんな風に集まって勉強会をしているの僕らだったが、いくら勉強をしてみても気の休まることは無かった。
膨大な出題予想範囲も不安にさせる要因だったが、なにより僕らを不安にさせているのは先輩達のたっだ。
本来なら誰しもが復習をおこなったり勉強会をしているであろう時期に、だれも勉強をしている様子がないのである。
それどころか遊んでいる人間すら居る。
あからさまに怪しい。
勿論彼らにとってテストなど物の数にもならないことなのかもしれないが、それにしても万全を期すために復習ぐらいはするものじゃないだろうか?
そう思って一度僕は風御門先輩に聞いたところ…。
「ルーキーにその事柄を伝えることは伝統的に禁止でね。」
と歯切れの悪い解答しか帰ってこなかった。
何とも不信な話である。
色々と探ってみても答は無く、学園内NETでも情報は皆無だった。
「まいったな、中間試験の出題範囲なんて、どんな検索しても引っかからないよ。」
息抜きで端末に向かっていた洋行さんは、ぐぐぐっとのびてそのまま倒れる。
誰も彼もが良き詰まりを感じているのをぬぐえない。
こんなことは学園受験以来だといっても良い。
「しかしさ、なんとなく普通じゃないよな、先輩達のあの態度。」
そう、予習も復習も無く、ただただ何時もと同じ態度の上級生達。
自分達の知っている「試験前」の雰囲気とは全然違う様相を見せていた。
「・・・なにか、その態度に不審なものを感じるな。」
スティーブのその一言は、みんなの心の内を代弁していた。
第二章~1日目~
「えー、ほんじつはじつにかいせいにめぐまれー・・・」的な挨拶を教務主任がのたまわっている。
なぜかチームや仲間別に集まるように指示されたルーキーたちは、各々の部屋に集まってNETの配信情報に目を向けている。
昨日、全学生に発信されたメールによると、テスト当日は自分の部屋もしくはチームや友人の部屋に待機して配信映像を待つようにとの通達だった。
そんな訳で、僕らチームは僕と黄の部屋に集まった。
「と言うわけで、本日より開始される中間試験のルールを説明いたします。」
『ルール?』
全員の声がはもるのをまっているかのように、教務主任は言葉をとどめていた。
自分の言葉が十分理解されたであろう時間を見計らって、再び教務主任は口を開く。
「配信先に居るルーキーの皆さんは、これから一週間の間学園内を持てる知力体力全てを使って先輩達から逃げおおせてください。逃げるのはチーム単位でも個人単位でも結構。見事逃げ切れれば試験成績を満点とし評価します。」
『・・・げぇ。』
ここ数日の無理な復習の為に、僕らの体力は極限にまで削られている。
少なくともペーパーテストぐらいが受けれれれば良いか程度の気力しかない。
「・・・少なくとも今日1日は逃げ切って頂かないと十分評価は得られませんのでそのつもりで。」
『・・・ぎゃぁ。』
思わず僕らははもっていた。
「さぁ、ルーキー諸君。君達の知力体力が試されるときだ。これより1時間後に追跡が開始されるのでそのつもりで。」
無常な言葉で締めくくられた配信は「NO_DATA」という表示に切り替わってしまっている。
呆然と画面を見ていた僕らは、10分ほど浪費したところで我に帰った。
『どうするよ、おい!!』
息の合った、まるで内容の無い台詞が室内に響くのであった。
「とったー!」
遠いところで絶叫が聞こえた。
多分ルーキ-の誰かが捕まったのだろう。
ルーキー以外の生徒にとって初日に上げる戦果はたいした事は無い。
成績には関係有るものの、彼等の満足を得られる標的ではないからだ。
彼らはいま、人と言う名の獲物をかるトロフィーハンターだ。
どのように嗜好を凝らして捕まえるか、どんな優秀なやつを捕まえたか、そんな考えが渦巻くいやな雰囲気を肌で味わう。
僕は、いや僕らは聊か反則気味の手で自らの安全を図っていた。
-学園内を知力と体力で-ということだったので、学園の一番端にまで来てみたのだ。
その方法は学園事務局に懸け込み外出申請を出した後、外出控え室で立てこもると言うものだった。
外出控え室のドアは二つ。
片方は学園で片方は静岡県側の事務局につながっている。
事実上静岡県側のドアを出なければ学園に外出したことにはならない。
更に言えば学園を一度も出ずに静岡県側の事務局に行くことは出来ない。
僕らは学園側のドアを封鎖して、1日目の試験終了時間まで篭城すれば良いだけなのだ。
「みーーーー」
間抜けた音でインターフォンが鳴る。
この部屋にしかけられたもので、事務室とここを繋ぐものだ。
「はい?」
思わず反射的に僕が出ると、不敵に笑う男の声がした。
「さすがだよ、リョウくん。そんなところに駆け込むとは思いもしなかたよ。」
その声の主を皆も知っている学園最強にして最凶の男、風御門先輩その人だ。
「いやはや、先輩にお褒め頂くとは恐縮です。」
「しかし惜しい。最終日までその場所を使わなければ、最後の最後で勝てただろうに。」
「思いついたら最初に使わなければ意味が無いんですよ。後に残しておけば使えなくなるような気もしますし。」
あとで知った事だが、外出申請は試験開始と共に停止されるそうだ。
試験開始前に申請できた僕達はこの部屋に留まることが出来たが、試験開始後に動き出した上級生達はこの部屋に入ることが出来ない。
また、今日以降試験終了までこの部屋に入ることは2度と出来ない訳である。
つまりこの部屋は今日しか使えなかったと言うわけだ。
「うむ、卓越な見解だ。そのアイデアの出所は誰だね?」
「イブとレンファです。」
「なるほど、良く覚えておこう。」
逃げ切ったはずも僕達は、更に追い詰められている自分に気づくのだった。
なんとか1日目を終了して学園食堂になだれ込むと、いつもとは違った雰囲気が漂っていた。
色分けすれば明確に三つに分かれているといえるだろう。
狩るものと狩られるものと、狩られてしまったもの。
何が何だか判らないうちに捕まってしまった者達にとって、狩るものと狩られるものの雰囲気はたまらない物があるらしく、食堂の隅のほうに行ってしまっている。
僕や黄がいつも座るあたりは逃げ切った人間が集まっているらしく、色々と情報交換をしていた。
「よ、リョウ。おまえ達はそろって無事か?」
よく席が一緒になる日本人「前田・高輝」は、にやにや笑いでこちらに向かって手招きをしていた。
「ようタカ、こっちはぼちぼち。今日の所はもう使えないから、明日はまた潜伏場所の捜索さ。」
「何処に居たんだよ。」
「外出待合室。」
「げ、まじかよ、良くそんなところ入ってて見つからなかったなぁ。」
「いきなり見つかったけれども、あそこって外出許可証がないとはいれないから。」
「・・・おお、・・・・・試験開始までのタイムラグで申請したのか!」
「そうそう。」
流石に国連学園に入学するだけの事はあって、頭の巡りが早くて助かる。
「で、タカは何処に居たんだ?」
「・・・トイレで隠れてた。」
「ええ、よく見つからなかったなぁ。」
「まぁ、トイレって言っても、その天井裏だからなぁ。」
「なんともまぁ。」
「でもさ…。」
そういって声を潜ませた高輝は、眉をひそめていった。
「実はいきなり見つかったんだけれども、先輩に見逃してもらったんだ。」
「へぇ…。」
「『明日はもっと精進しろよ。』だってさ。」
軽く肩をすくめる仕草のなかに、ちょっと悔しさを感じないでもない僕だった。
「で、どうする?」
ま横の黄は、存外真剣みの無い表情で言葉を出す。
その瞬間、僕らはしんと静まり返ってしまった。
狩る側の喧騒とは大きく隔たりを感じる。
それは狩られるものの心理がそうさせるのか?
彼らからは「いつでも狩ってやる」という意気込みを感じざる得ない。
「ふむ。」
何事か呟く黄は、いつにもまして無表情だった。
昨夜から続く夜半までの会議で、半ば切れた黄は言った。
「相手の出方が判ったからには此方も手加減をする必要は無い。」
普段は物静かな皆のブレーキ役な黄も、ココ数日の試験勉強で気が立っているのだろう。
その意見に誰も異存は無く、僕達は活動を始めた。
1日目で既に篭城先や逃走経路の殆どを押さえられた、人間が捕まったという情報が入ってきている。
その情報を地図に照らし合わせてみて判るのは、学生寮を出たら最後、逃げ場ひとつすらないと言う事実だった。
僕らが篭城可能な場所は、彼らが攻め込める場所に相違無く、いかなる場所でも侵入妨げられる場所など、この学園に存在していない。
唯一あった外出待合室も、試験期間中の申請締め切りとなれば行きようが無い。
「がー、何処に逃げろっていうんだぁ!」
JJは頭をかきむしりながら叫ぶ。
無理難題といって良いだろう。
手っ取り早いのは自分の部屋にバリケードを張って立てこもると言うものなのだろうが、学園側もそんな消極的な技を許すわけも無く、ルール上禁止とはじめに言われている。
夕方の食堂からこっち、ずうっと押し黙っていた黄が、にょきっと手を上げた。
「はい、黄君。」
眠い目をこすりながらのイブの言葉に黄は頷いた。
「・・・オレ達、この試験のルールって知ってるか?」
「ああ? 学園内を知力体力で逃げ切る、自室に立てこもるのが禁止、だろ?」
めんどくさそうに答えるJJに、黄はいやいやと首を振る。
「・・・これだけ面倒の有る試験だよ、明文化されたルールがあるはずじゃないのか?」
その言葉に皆が驚きの顔をする。
そう、そうだ、そのはずだ!!
僕は自室備え付けPCの電源を入れると、ネット検索にかけた。
検索項目は『中間試験ルール』。
あせる調子でタイプする僕が最後にエンターキーを押すと、直に結果が現れた。
「・・・ヒット1・・・あった!!国連学園中間試験ルールブック!!!」
『おおお!』
低いどよめきと共に開かれたテキストは、皆を困惑させるに十分なものだったが、数少ない人間はニンマリと笑った。
僕や洋行さん日本勢の皆さんである。
第三章~2日目~
試験開始前、各々の部屋からルーキーの一団が現れて寮を出て行く姿が見えた。
それを見る他の生徒たちは色めき立っている。
出て行く生徒は初日で捕まってしまったルーキーたち。
俯く姿は後悔と恥辱に溢れている。
明日以降に捕まる人間があの列に加わる、明日は自分があの中に居るのかもしれないと言うのだから、気がめいることこの上ないだろう。
これから試験終了まで、原則的にこの光景は変わらない。
ルーキーたちは捕まって行き、包囲の網が狭まって行き、そして最後の一人までが狩られてしまう。
最終日まで生き残れるのだろうかと、今まで感じたことの無い焦燥感を皆受けているだろう。
…原則的に。
僕らは昨日の絶望的な気分から復帰していた。
この試験がルーキーばかりに分が悪いものに思えていたのは昨日までの話。
流石は国連学園といったところだろうか、学ぶ生徒を飽きさせない。
逃げの一手を推考していた中間試験会議は、打ち出したばかりのネット原稿を目の前にして紛糾していた。
後ろ向きな逃げの会議から、前向きな攻め込みのプラン推考に変わった途端皆の火がついたからだ。
だれもがこの試験を生き抜くことを決意した。
皆を、僕ら皆を残らず生きぬかせることも。
鼻毛を抜きつつ彼は退屈していた。
試験監獄の監視人なんて役職を生徒運営代表から申し受けたものの、この一週間を毎日立ち番をしていなければならないからだ。
去年はオレもココに入れられたっけなー、そんな感慨か彼を襲っていた。
少なくとも、自分は同じルーキーの中でも最後のほうまで逃げ切ったほうだ。
最後の最後に組織的に展開した先輩達に、胸に光る校章を奪われてしまい、全員捕獲完了による試験終了を迎えることとなってしまった。
あの軍勢の何割かでも減っていてくれれば、自分は捕まることも無かったのに、とその当時は思っていたが、今思ってみれば未のほど知らずの思い上がりだたっとしれる。
なにせあの軍勢を率いていたのは生徒総代のMr.風御門だったのだ。
あの男に勝てる人間など居るのだろうか?
「やぁ、門番ご苦労。」
狩猟班の人間が、三人の人間を連れてやってきた。
監視人役の男はその中の一人を良く知っていた。
「・・・リョウ=イズミ!」
この男を知らない人間など学園に居るだろうか?
さらに彼に付き従うように両脇を固める少女達も知っている。
「イブ=ステラ=モイシャン、レンファ=リン!!」
身の毛もよだつほどの美人だといえる彼女達は、学園ミスコン入賞者。
監視人の彼も会場に参加しており、投票にも参加していた。
その三人を直接連れてきた男も監視人は知っていた。
「・・・Mr・・・風御門!!」
どのような経緯かは知らないが、入学したてにMrがリョウ=イズミに手を出そうとしたらしいのだが、かれはその魔手から逃れたとの事だ。
彼の表情は暗いものだった。
「君には失望させられたよ、リョウくん。」
にこやかに言う風御門にリョウは微笑んで言った。
「流石に両手が塞がっていましたからねぇ。」
「あら、その言いかただと私達をかばって捕まったみたいだけれども?」
「ひどいわぁ。チームの皆を逃がすために、くじ引きのおとりだったのに。」
「・・・そう言うわけなんですよ。」
苦笑のリョウに風御門は顔をゆがめる。
「・・・ふむ、仲間の為に囮となる、か。試験終了までそれを繰り返して、最後まで君達のチームの誰かが残れば君達的には勝ちだと言うことかな?」
瞬間、リョウ=イズミの毛が逆立ったように見えたが、彼は何事も無かったかのように微笑んだ。
「流石はMr。全てお見通しと言うわけですか。」
「なになに、昔私がルーキーだったときに使った手だよ」
和やかに微笑み合う二人であったが、リョウ=イズミの両脇に控える美少女達の目は笑っていなかった。
「・・・では彼らの校章だ。」
そう言って風御門は監視人役の男に、三つの校章を渡した。
それを受け取った監視人役の男は入り口にあった大きな金庫に納め閉めこんだ。
「では三人とも、彼の指示に従ってくれたまえ。」
軽やかにその場を去る風御門を見送った監視人役の男は、三人に声をかけた。
「じゃ、この講堂の中央で待機していること。試験終了までは長いけれども、これもルールだからな。」
素直に従う三人であったが、不敵に笑っているように見える表情が気になった監視人役の男だった。
僕が講堂の中心に向かって歩いて行くと、周囲から低いため息が聞こえた。
何事かと見回してみると、既に捕まってしまっている人間はすべて失望感に覆われていた。
「おお、どうしたどうした?」
思わず身構えると、左右に引っ付いているイブとレンファはクスクスと笑った。
「みんなは、リョウが捕まったことに失望しているのよ。」
「色々と応援のメールがきてたの知らなかった?」
全然知らなかったと首を横に振ると、再び彼女達は忍ぶように笑って見せるのであった。
「笑い事じゃないよ。」
そう言ってきたのは同じ地学教室の遠藤=響であった。
「リョウならあの包囲網をかいくぐって、試験終了まで逃げ切ってくれると思っていたのに。」
その台詞を失笑で受けると、彼は言葉を重ねた。
「あのなぁリョウ。一度ならずともミスターに煮え湯を呑ませているおまえならって、始めに捕まった奴らは皆期待してたんだぜ。」
オーバーな身振りの響に、僕は肩をすくめて見せた。
「あーあ、やっぱり奴らには勝てないのかねぇ。」
そんな事を言う響に僕は微笑んだ。
「まだ始まったばかりなんだぜ、気楽に行こうぜ。」
「何が気楽に、だよ。俺の知る限りで残っているルーキーじゃぁ、あのミスターには対抗できないんだぜ。」
「失礼な、皆だってがんばるし、僕たちだってがんばればいいんだ。」
「あのなぁ、俺達捕虜が何をがんばれって言うんだ? 皆の応援をすれば良いのか?」
片方の眉毛を上げて睨むように覗きこむ響に、僕達はにやりと微笑んだ。
くいっと胸位置の襟を見せて。
「え!?」
目を点にした響を抱え込むと、僕は日本語で耳元でささやいた。
「ルールじゃぁ『・・・校章を手に入れたとき、確認を行うこと。』と書いてある。つまり本物を渡さないって選択肢もあるんだぜ。」
「な、・・・良いのか? 本当にそんな事が許されるのか?」
「勿論。ちゃんとルール内で行動すればルール違反にならないんだぜ。」
ニヤニヤとした僕に響きは何かを見つけたと言う顔をしつつ言葉を継ぐ。
「ルール・・・」
「大概のルーキーはルールブックの存在を知らないけれども、俺達は見つけたんだ。といっても、堂々と学内NET掲示板にあったんだけれどもね。」
「ほ、本当か!」
大声で僕につかみかかった響を再び抱え込む。
「静かに。 何の為に小声で、しかも日本語で話していると思うんだ。」
「す、すまん、興奮しちゃって…。」
「んで、一応響にはコッチ側の取り纏めをして欲しいんだわ。」
日本語で喋ると、思わず地が出てしまう。
「な、なんだい?」
「簡単なことさ、些細なことだよ。だけど結果は大逆転、一方的な狩猟からドロドロの泥試合に縺れ込ませることも出来るんだ。」
ひきつった笑顔の響きに僕は、この中間試験の本質を一言でまとめて言った。
それを聞いた響も、本当の笑顔で、それも輝かんばかりの笑顔で僕を見つめ返した。
「・・・そいつは・・・いい。」
試験時間終了と共に僕らは部屋に集まった。
僕と黄の部屋には、いつものメンバーが集まっていた。
「で、首尾は?」
黄の問いに僕は親指を立てて答える。
「ばっちり。連行先も、バッチのありかも押さえられたよ。」
そういって部屋に備え付けの端末を立ち上げて学園の地図を呼び出す。
その地図には時間経過の表示とともに、三つの光の点が移動して行き、第三講堂の前で光が消えたところまでで動きを止める映像だった。
「信号が受信できないって事は、鉛で加工してある可能性が高いな。」
「まぁ良いじゃないの。どっちにしても一緒だし。」
にこやかに笑いあうチームは、何処から見ても身内を犠牲にして生き残りを図ったチームには見えなかった。
「それじゃぁ、そろそろ作戦開始と行きますか。」
にやりと笑う僕に皆も答えて笑った。
第四章 ~三日目~
朝の囚人護送の時間、その列に僕とイブ・レンファは一緒に居た。
その姿を見取った風御門先輩はつつつっとよってくる。
「やぁ、リョウくん、すがすがしい朝だねぇ。」
「本当に良い朝ですよ、これが囚われのみでなければね。」
「なに、そんなかわいいお嬢サン方と1日中一緒なんだから、楽しくないわけ無い。」
「いやははははは」
「あはははははは」
乾いた笑いを中断して、風御門先輩は真顔で顔を寄せる。
「で、その背中に背負った大きな荷物はなんだね?」
彼の視線は、僕が背中に背負った大きなザックに注がれている。
「ああ、彼女達がお茶をいれてくれるって言うので、色々と準備したんですよ。」
「ほぅ、・・・・なるほど・・・ね。」
ぺらりとその中身を見ようとする風御門を、誰かが呼びとめた。
「じゃ、しつれいしまーす。」
軽薄な笑顔と共に僕らはその場を去ることが出来た。
少なくとも僕らが何かをたくらんでいることが理解できたはずだ。
注目が此方に集まれば集まるほど事態は拘泥化して行く。
もし注目が此方に集まらなければ、無理やりにでも集めてやれば良いだけのこと。
そのための道具なんだから。
最速、今日でおおよその決着がつくことを確信する僕だった。
講堂に昨日捕らえられた人間を含めた全員が集まったところで、昨日までならば即座試験開始の宣言が行われたところなのだろうけれども、本日は趣向が違っていた。
講堂に「撮影」の腕章をかけられた男女数人と、マイクを持ったMr風御門が入ってきたからだ。
彼の腕にも「撮影」の腕章が巻かれている。
「やぁ、ルーキーの諸君、おはよう。 我々在校代表からこのNet放送を見ている皆に士気高揚の放送をしようとおもう。」
カメラに向かって微笑む風御門先輩は不敵だった。
「先日私が直接捕獲した三人にカメラの前で皆にエールを送ってもらおうと思って、わざわざ今日の試験を棒に振ってやってきたと言う訳だ。」
すっとカメラの前から彼が引くと合わせるように、監視人役の男が僕らをまえに行くように指示する。
それに従ってすっと一歩前に出ると、僕らを中心に照明が当てられ、その横に風御門先輩が早朝のアナウンサーのように微笑んだ。
「此方の三人が昨日の獲物だ。 顔は皆も知っている『学園ミスコン』上位3三人だ。」
僕の横に立った監視人役の男に、風御門先輩のマイクが差し出される。
「では、監視人役の彼に、昨日の感想なんかを聞いてみよう。」
差し出されるままに何事か喋る彼だったが、大量の汗をかきながら倒れる寸前で喋り終えた。
「では、生徒総代のわたしから皆にプレゼントだ。今日以降試験終了まで、開始から30分我々は君達を追いかけないこととしよう。ぜひ君達の健闘を祈る。 今日で全日程が終わらないことも祈ることとしよう。」
余裕だしまくりの態度に、僕はかなり鶏冠にきていた。
隣に居るレンファが手を握ってくれなければどうなっていたか判らない。
画面の向こうの反応を十分楽しんだかのようにニヤついた風御門は、くるりと僕達のほうを向いてマイクを差し出す。
「さぁリョウくん、君に本日の試験開始の宣言を任せよう。みんなに開始の合図だ。」
先程までの怒りが何時の間にかおさまっていた。
それは正面に居るこの男の絶対勝利の気分を覆すことが出来ると理解するに至ったからだ。
「そのまえに、ちょっとチームに伝言していいですか?」
「・・・かまわんよ。」
更に余裕の表情の風御門先輩を無視してマイクとカメラに向かう。
「黄、どうやら向こうサンはずいぶん俺達を侮っているようだ。追い詰められた子猫のような僕達が、実は虎の子だったことを思い知らせてやる。バックアップ、よろしく!」
「な、なに?」
風御門先輩が怯んだ隙に、レンファとイブが監視人役にひっつく。
顔を緩めた監視人役を見取った瞬間に、僕はマイクに叫んだ。
「本日の試験開始!!」
その掛け声と共にイブとレンファが監視人役に猿轡を噛ませ、縛り上げる。
僕は正面に居座る撮影隊を割って、備え付けられた金庫に飛びつく。
わっと僕の後に続いた響たちに囲まれて、撮影隊は一気に混乱の渦の中に入ってしまった。
「どけ、どきたまえ諸君! 捕虜である君達の作戦行動は禁じられている、監視人の指示に従って大人しく・・・」
そう言いかけた風御門は、イブとレンファに縛り上げられた監視人を見て一歩前に出ようとしたところ、二人に止められた。
「撮影隊は、幾ばくかの単位と引き換えに試験参加を禁じられています!」
「我々はちゃんと参加する権利を持っていますのよ。」
ついっと見せられた胸元には、燦然と輝く校章が見えた。
「・・・な、君達の校章は、私自ら剥ぎ取って・・・。」
狼狽の風御門先輩にイブとレンファは勝利を確信した笑顔で微笑む。
「手にした校章が本物かどうかを確かめる行為事態ルールに存在しています。逆説的に考えれば偽物を渡してやり過ごすと言うのも戦略の一つですわ。」
「き・・・汚い!」
確かに汚いが、ちゃんとルールが存在しているのになるべく参加者の目に触れないようにしているミスターだって汚いといえば汚いのだ。
一度こちらに泥を向けた彼らに対して泥を向け返して何が悪い?
「~ルール修正項目32項の2、一度保管された校章が何らかの理由で所有者の手のもとに戻った場合、校章をてにした生徒の試験復帰を認めるものとする。またその時点で全ルーキーの完全開放があった場合、その時を試験終了とし、ルーキー全員の勝利とする。~」
鍵もかけらられていない金庫のドアを開けると、僕は中身を皆に見せる。
「・・・でしたよねぇ、風御門先輩!」
きらきら光る校章を皆に明渡し僕は叫ぶ。
「バッジを回収した人間から、即座に講堂の閉鎖を手伝ってくれ! 1階入り口・通用口・非常口はもとより2階の窓・連絡通路も閉鎖、天井の天窓も防火シャッターで閉じてくれ!」
「リョウ、黄班から。5分後に第一陣到着。」
「リョウ、JJ班から。そっちが筒抜けなのでとっとと通信を切れ。」
あ、いかんいかん、思わす頭に血が上って忘れていた。
僕はゆっくりと風御門先輩に近づき、にやりと笑った。
「さぁ先輩方、試験期間は長いんです。ゆっくりと楽しみましょう、泥試合を。」
本来捕虜収容場所であった講堂にルーキー全員が篭城。
緊急学内通路からの侵入と手際の良い閉鎖と言う前代見物の暴挙のせいか、今日新規に捕らえられた者は皆無だった。
更に言えば、1度保管された校章の開放、新規捕縛者皆無と言う状況で、既に勝負の行方は決まっていた。
ルーキーサイドの完全勝利であった。
突然のうちに中間試験は、一部の賞賛と一部の憤懣を呑みこみつつ終了した。
ルーキーの多くは、数年ぶりのルーキー勝利が自らの年に訪れたことを祝い、その成功の立役者を賞賛で迎えた。
大いに盛り上がる学生食道で僕達はヒーローとなっていた。なにせ完全勝利などと言う事態はルール制定からこっち一度もなかったのだから。
「・・・本当はもうちょっと続けるつもりだったんだ。」
「何を?」
「中間試験を。」
僕の発言に、ええ!! とチームの仲間が驚きの声をあげる。
「なんで? 人間が人間を追い立てるだなんて信じられないほど非人道的じゃない。」
険しく眉を寄せたイブに、なんと説明したものかと考えていると、響と高輝が現れる。
「どうしたんだい、皆いきり立って。」
そんな二人に事情をイブが話すと、二人は笑いながら同意した、僕に。
「なんで!?」
そう言われた僕らは、言葉こそ違えど同じ結論を出した。
「ケイドロだから。」「だってドロケイじゃん。」「ずっとドロが出来るドロケイだもん。」
「『ドロケイ』?」
「うちのほうじゃ『ケイドロ』だったなぁ。」
と響。
「『ケイドロ』?」
「鬼ごっこの変形でね、警察と泥棒のチームに分かれて人数的に五分の鬼ごっこをするんだ。」
そう、色々なルールが有るけれども、このゲームを泥沼化させているのは「脱走ルール」だろう。
「警察に気付かれること無く捕まっている泥棒にタッチできたら逃げられると言うルールがあるから結構シビアでね。すばしっこい奴らが居ると始まってから暗くなるまでゲームが終わらないときも有る。」
かいつまんに『ドロケイ』の話しをすると、みなはなんとなく頷くのだった。
「なるほど、つまりリョウ達の方がこのゲームに一日の長が有った訳か。」
こう言う遊びは、どれだけやりこんだかで勝負が決まるといって良いだろう。
仲間内で当たり前の戦略も、よそのあまりやりこんでいないところに行けば「画期的」な新戦法となるわけだから。
「僕個人としては、あそこで攻守交代ルールを入れてほしいなぁ。」
そんなことを呟く僕の肩がちょいと突つかれた。
何気なく振り向いた先にいたのはミスター風御門その人だった。
思わず身構える僕に、ミスターは苦い笑いを浮かべていた。
「なるほど、君達の行動が迅速だったのはそう言うわけか・・・。」
納得いったと言う風の風御門先輩に僕は言葉を続けた。
「でもあそこで先輩が現れてくれなかったら、あんなに早くは片がつきませんでしたね。」
「ふむ、私はどうも自分の有利な状況に弱いらしい。」
「まぁ、あそこで先輩が油断しなくても打つ手がありましたから、どちらにしても今日中に試験は終わら無いまでも期間一杯試験が続いたと思いますよ。」
「後学の為にその方法を聞く訳にはいかないのかな?」
「へへへへ、流石に秘密ですよ。今後どんな事態になるかなんてわかりませんから。」
「・・・ルールブックを端から端まで本当に読んでいるようだね。」
不敵な笑顔の風御門先輩に、僕は、僕らは笑顔で微笑み返す。
「負けませんよ。」
誰しもが心から思っていた。
中間試験は終わった、しかし戦いは終わっていないのである。
第五章~最終日~
早朝、全生徒の端末に連絡が入った。
その内容は次のようなもの。
=中間試験の結果に異議を提出していたステファン=風御門氏の意見が理事会で受理された。が、現行ルール上単位の変更はありえない。勝敗の結果のみへの不服動議の結果、限定時間限定地域においての再戦の機会を与えるものとする。指定人員は風御門氏側よりの要請によって確定。指定人員は参加を義務とし、参加拒否の際は単位習得無効とするのでそのつもりで。学園長=
無茶苦茶である。
学生寮の各所からブーイングや怒声なんかも聞こえてくる。
しかし、これもまた中間試験のルールであり勝者の義務であるといえる。
本来は毎年行われるであろう再戦ルールも、ルーキーサイドからの要請が無かったために施行されなかっただけだ。
まぁ、少なくとも全員で勝つと決めたそのときから準備をしていたことなので、僕らとしては何の意外性も無かった。
「で、ミスターは誰を指定してきたんだ?」
端末をいじりながら、洋行さんはネット情報を集め出した。
画面に流れる新入生リストの中で、チラチラと赤いラインが表れ抜粋されて行く。
抜粋されたリストを見て、前もって予想していた内容は限りなく正しいものであることが知れた。
抜粋された人員は6人。全てうちのチームからだった。
「僕、黄、リーガフ、JJ、イブ、レンファ・・・かぁ。」
頭をかく僕に、黄は笑いかけた。
「ま、いいじゃない? 誰が出てもこっちがバックアップするつもりだったし。」
確かにその通りだった。
大人数でやっていた場合と違って小数対戦でやる再戦は、作戦的な自由度が無い。
本当に今日この事を知らされていたとしたら、皆でパニックになっていたに違いない。
しかし、僕達もこの日の為に試験休みを潰してからこっち準備していたのだ。
負けるわけには行かない。
開始から二時間、僕達は四方に散っていた。
少なくとも集団で動いているよりも敵の手を分散できるからだ。
試作品のアイマウントディスプレイに映し出される情報で、現在誰も捕まっていないことを示している。
あと六時間の間、無事逃げおおせるのは何人になるのかは解らないが、出来れば全員完走を目指したいものだ。
ぴぴぴ、という小さな警戒音がしたのにあわせて僕は物陰に隠れる。
アイマウントディスプレイに映される情報で、今僕のいる廊下に三人の熱源が現れたのを察知できた。
腰に下げたウェラブルPCは、消音設計のNonハードディスクなのでほぼ無音。CPUの消費電力も馬鹿みたいに少ないので、冷却ファンの存在すらない。
動作音で見つかったなんて言う馬鹿な状態にはなりたくなので、試作品に更なる改良を加えていた。
手にしたポインターをカチカチすると、それがチームでないことが知れた。
いや、事前の作戦で自らの行動範囲をほぼ限定して自分の敵をほぼ固定させるようにしているので、この建物の中に仲間が入ってくるはずが無かった。
-あと12秒で最接近・・・かな。-
相手の近づく速度を見てそう試算していたが、五秒後には熱源が遠く離れて行った。
思わず無言のため息が出てしまう。
-これが夕方まで続くのかよ・・・。-
がっくりと力が抜ける僕だった。
「チーチー」
小さな警戒音で目を覚ました僕は、アイマウントディスプレイで自分以外の人間が捕まったと言う表示を確認した。
時間にして今から2分前。一斉に行動した先輩達に翻弄され捕まったようだ。
仲間の行動軌跡を追って、そこから導き出される攻撃目標を見ると・・・
-・・・ばればれ-・・・かな?
建物の中の防犯カメラで見る限りでは人影は無いが、ディスプレイにはちゃんと熱源が近づいていることを示す表示が出ている。
カチカチカチとポインタをじくりまわす。
次なる策は、と声にならない呟きが洩れる。
「どうだね、彼らの位置がつかめたかね?」
中庭で風御門は配下の男のノート型PCを覗きこんだ。
「いえ、さすがに何処からアクセスしているかは解りませんが、彼らが利用しているホストエリアは確定できました。」
「ん、すばらしい。」
開始から4時間。
彼らは、相手の余りある機動性に圧倒されていた。
彼らが後一歩と言うところまで追い詰めるものの、忽然と消え去ってしまうのだ。
なにか裏が有るに違いないと思っていたところで、傘下の一人が彼らの装備に見覚えがあると言い出したのだ。
「あれはデニモ研の環境端末にそっくりです。」
環境端末とは、汎用性に優れたウェラブルPCのカスタムメイドで、単体で学園ネットへの接続を果たして、重い記憶層をNETに依存したNCだった。
ともなれば、彼らが移動に優れているのは当たり前の事実と理解できる。
抜け道や隠れ場所をネットで検索し、情報交換しているに違いないのである。
そこで風御門は無闇に追跡するのではなく、情報管制を引いて燻り出そうと考えたのだった。
始めのプランとしては現在位置の割り出しであったが、さすがに強いスクランブルがかかっているためにつきとめることが出来なかった。
しかし、ホストとして割り当てられている記憶層を発見できた瞬間、彼らは勝利を疑わなかった。
「まずは、彼らに自分以外の人間が捕まったと言う偽装情報が流せるかね?」
「はい、表示フォーマットに投降という項目がありますので可能です。」
「では、やってくれたまえ。 かれらを精神的に追い詰めるのだ。」
右手を顎に添えた風御門は、アクセス情報が書きかえられる様をうっとりと眺めていた。
「ミスター、これで偽装完了です。」
「では次に、彼らがどのように周囲の状況を把握しているか・・・」
時間をかけるべきだろう、そう風御門は思っていた。
心理的圧迫が効果をあげる時間と、我々に一時の敗北を味合わせた代償として、と。
十数分の後に再びホストをハックすると、彼らの周囲に敵全員が自分の所にいると言う偽装情報を流すと、端末の先のリョウ=イズミたちは猛烈な勢いでアプリケーションを呼び出したり消したりを繰り返していた。
無目的に起動されているアプリケーションも有ることから、相当のパニックが予想される。
「さぁ、彼らの逃げ道を提示してあげたまえ。」
情報の収集先をNETに集中させてしまったために、かれらは風御門の作った虚構の軍勢に追われる事となるだろう。
情報収集している内容をつかめば、最終的に何処にいるかがわかると言うもの。
そして一時間の後、風御門は各々のターゲットを袋小路に追い詰めることに成功した。
「さぁ皆、彼らは仮想の軍勢を避けながら袋小路に追い詰められた。我々の最終的勝利を掴む為に、まずは彼らの首領を押さえに行こうじゃないか!」
彼らの首領、リョウ=イズミが逃げ込んだ先は、第二教務塔のボイラー室。
入り口以外にドアは無いし、外からしか鍵がかからない。
ちょこっと開いていた鉄の扉を開くと、狭い室内が照明に照らされる。
四畳ほどの狭い部屋にリョウ=イズミは腹ばいに伏せていた。
飛び掛ろうとする男を手で制し、風御門は入り口を閉めるように手で合図する。
ゆっくりと扉が閉められたのを見て、風御門は高らかに笑い腹ばいのリョウ=イズミを掴みあげると、異常に抵抗無く持ちあがってしまった。
ぎょっとした風御門は手にした人間を注視すると、それがウェラブルPCを着けた救難訓練用のダミーだと知れた。
「ガッデム!」
力の限りダミーをたたきつけると、不意に照明が消え周囲は闇に包まれた。
「明かりを!」
風御門がそう叫ぶと、たたきつけたダミーから声が流れ出した。
『あ、どもども、リョウ=イズミです。』
「リョウ=イズミ! 君達は何処まで汚いまねをすればすむんだ!!」
『それはお互い様でしょう。 僕達の連絡用ホストにハックした上に模造データ-を流すなんて真似をされては、こちらもいろいろと手を出さざる得ませんからねぇ。』
「うぬぬぬぬ!!」
『でもまぁ、先輩が全員でその場に入ってくれて助かりました。』
怒りでも絶望でもない表情が、風御門の顔に浮かぶ。
それは焦り。
「し、しまった、すぐにドアを開けたまえ!」
ある種の予感を感じた風御門に言われた一人がドアに飛びつく。
「だ、だめです、開きません!」
『あ、大丈夫です。酸欠にならないようにそのダミーの中身は過酸素空気ですから。』
時計を見れば終了まであと2時間。
大きな倦怠感が風御門達を包んでいた。
試験終了の放送を僕らは例のボイラー室の前で聞いた。
集まった皆もすでにPCは外しており、お互いを褒め称えあっていた。
「んじゃ、開けるよぉ。」
簡単な鍵を開け扉を開くと、幽鬼の如くの風御門先輩を先頭に全員が出てきた。
彼らの顔には怒りも悲しみもなく、どちらかといえば晴れやかさを感じないでもなかった。
すっと風御門先輩が右手を差し出したので、気持ち良く僕もそれに答えた。
夕焼けが差し込む建物で、何十年もまえの青春ドラマのようだけれども、これはこれで良いのではないかと思う。
「我々の情報偽装は完璧だたっとおもう。しかし君達は引っかからなかった。何故だ?」
「はじめっからあのPCは、開始から3時間以降はホストアクセスでのデータ閲覧は禁止していたんです。」
「な、なに?」
「それでも通信の必要はあったので、モールス信号を使いました。」
「馬鹿な、そんな信号など使っていなかったじゃない…」
風御門先輩はぐっと右手に力をこめる。
「…そうか、アプリケーションの呼び出しタイミングか!」
「流石はミスター、ご明察です。」
そう、相互通信の必要性に駆られた僕らは、色々と暗号データーの通信を考えたのだけれども上手くいかず、悩みに悩みぬいた結論がアプリケーション呼び出しのタイミングでモールス信号を送ると言うものだった。
状態はホストアクセスをしていれば判るし、データ数が少ないのも暗号というか合言葉だけで通信すればOKだ。
硬い握手の後で風御門先輩は晴れやかに言った。
「・・・これで次期生徒総代は決定した、がんばってくれたまえ。」
・・・一瞬の空白。
目が点になった僕を見て、風御門先輩も不審そうな顔になった。
「・・・・じきせいとそうだい?」
「そうだ、この殆ど全校生徒を相手にしてのバトルロイヤルに勝ちぬいたんだ。十分資格があると思うが?」
胸元に隠しておいた中間試験のルールブックの印刷を片手にバンバンと叩いて見せる。
「ないないない、そんなルール何処にも無い!」
それに答えて風御門先輩は胸元から生徒手帳を出して見せる。
生徒運営委員会および生徒総代についての項目をゆびさして朗読。
「~なお、総代職は選挙もしくは中間試験の成績如何によって選ばれるものとする。選出方法は現役総代に一任される。」
・・・・・・・十秒ほどの沈黙。
「ぎゃ--ーーーーー!!」
思わず崩れ落ちる僕に、風御門先輩は勝ち誇った笑顔を浮かべるのであった。
「なるほど、日本の故事『試合で負けて勝負で勝つ』とはこの事か。」
目の前が真っ暗になった僕には何も聞こえていなかった。
なんだか地道にアクセス数があるのが嬉しい昨今。
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