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第五話 学園祭

第一章


 木曜最後の講義となる航空物理学教室で、僕は目を開けたまま意識を失っていた。

 寝ていたと言うほど安らかではなかったし、気絶と言うほど壮絶ではなかったから「気を失っていた」、だ。

 涎や鼾をかいていなかったので指導官にはバレなかったが、開始から終了まで身じろぎ一つしなかったと言うのだから我ながらたいしたものだと思う。

 何語で書いてあるか解らない調子で自動筆記していたノートを閉じた瞬間に、僕の意識は戻ってきたようだった。


「はっ!」


 気づいてみれば、JJ・マイク・スティーブ・黄の四人が僕を覗き込んでいた。

 黄などは、今まさに僕をつつこうとしている。


「・・・なにかな? 皆の衆。」

「いや、俺達は何でも無いが、リョウこそどうした?」

「何が?」

「おまえ、爆睡してただろ? あれだけ見事なのは見たことないけれどもな。」

「・・・・いやー、おはずかしい」


 へらへらと笑って見せたが、皆の不信そうな視線は避けがたかった。


「悩みがあるなら話に乗るよ。」


 いつの間にか現れた学年一のネゴシエーターの異名を持つリーガフは言う。

 幽霊騒ぎに端を発した僕らチームの活動は、各方面に色々な波紋を呼んだ。

 たとえばJJとマイクは、あのときのバーターで出向していた先の研究室での実績が評判となり、受講教務者免許の取得を勧められるようになった。受講教務者免許というのは、生徒自身が助教授資格を取って、自ら得意な分野で授業を持つことが出来るようになる免許のことで、これの取得を勧められると言うことは、未来の国連学園教授へのみちが開けた事に相違無い。

 世界最高学府での研究職だ、一生ものの資格といってもいい。

 洋行さんや広報部の面々は、その危機管理能力の高さから学園NETの保安部から熱いラブコールを受けているし、マックやベルナルドたちも各々の研究室からの誘いが絶えないのだと言う。

 その大騒ぎ、僕も無縁ではない。

 今のところ、アマンダ教授とデニモ教授のところから朝な昼なに熱烈なコンタクトがあり、深夜も関係無しで呼び出されたりもする。

 通い始めて知ったのだけれども、アマンダ教授とデニモ教授は犬猿の仲だという。

 二人の意地がそうさせるのだろうか? 彼らの勧誘は熾烈を極める。

 他の教授からも非常に強力なオファーが有るけれども、問題はそんな事にあるのではない。 断じてそんなことでは悩みはしない!

 ・・・逃げるかもしれないけれども。


「なぁ、リョウ。最近寝てないんじゃないか?」


 その通りだ。

 余りに事が大きすぎて、夜になると問題が頭の中を占有して寝ているどころではないのだ。あまつさえ寝ていると、やってくるのだから。

 ・・・あの情景が。

 「あれ」を思えば、深夜の教授達の呼び出しなど「へ」でもない。


「・・・・あぁぁ、まぁ、相談できるようになったら話す。」


 ぎぎぎと音がするのではないかと言う調子でうなずく僕に、JJが余計なことを言う。


「最近、イブとレンファの仲が変なのと関係有るのか?」


 ビクリとして僕はJJを見た。


「な・・・な、なんで・・・。」

「何で解るのかって? 解らないわけ無いだろ。いつもべたべたしていた二人が、必ず人一人分空けて、それでも並んで歩いているんだから。」

「・・・・はぁ・・・。」


 がっくり肩から力が抜ける僕だった。




 事の起こりは夏休みが終わるであろう三日前。

 一度は東京に来て学園に帰った二人だったが、ふたたび両親の御機嫌伺いにカナダへ行った。

 で、そのカナダの別荘から帰ってきた二人を校門で出迎えた時だった。

 黄は何か急用が有ると言う事で静岡市外に下りているので、僕一人で彼女達を迎えたのであるが、それが敗因だったのかもしれない。

 いつもの通りにこやかな会話の仲で、僕は彼女達の荷物を両手に持って女子寮まで送ることにしたのだが、何処をどうなったのか彼女達が口論を始めた。

 軽い口論が何時の間にか劇的なものへと変わってゆき、双方が右手を振り上げた瞬間に僕は二人に割り込んだ。


「ま、まったまった!! なにがどうしたか判らないけれども、上げた手を下ろしてくれ!」


 しかし止まらぬ勢いは、二人の右手を僕の頬へ吸い込ませた。

 ばちん!と大きな音がした瞬間、二人は非常に驚いた顔をし、そして非常にうろたえたものへと変わった。

 二人で何事かうわ言の様に呟いていたが、腫れ物に触れるように僕の頬に触れ何度も謝罪の言葉を口にしたが、イブもレンファも互いの事を見ようとはしていなかった。


「何してるの、二人とも。」


 多少眉を寄せて僕が聞くと、二人はキッと僕を睨んだ。


「私はイブ。」「私はレンファ」

『二人ともじゃない!!』

「はぁ?」


 呆気にとられる僕を後にして、二人は肩を怒らせて行ってしまった。

 それから二・三週間の間、二人の間に何らかの蟠りを感じるものの、まるで何事も無かったかのように過ぎた。

 しかし、それから六日後の夜、それは起きた。


 月光明るい中庭に呼び出された僕は、二人の美少女と対峙していた。

 金色の髪艶やかな美少女と、黒髪艶やかな美少女。

 二人とも真剣な表情で僕を見つめていた。


「もう駄目なの。」


 そう言ったのはイブだった。


「あなたに負担を掛けたくなかたったから、今までどおりに出来ると思ったから我慢してたけれども、もう駄目なの。」


 さっと髪を掻き揚げたレンファは、冷たい笑顔で言った。


「イブとは、小さい頃からの親友で、何時もいっしょにいたわ。これからも一緒だと思う。だからはっきりさせなくちゃいけない事があるの。」


 何の事だかわからなかったが、非常に背筋が寒かった。


『あなたが好きなの。誰にも渡したくないの、共有できないの。それが例え(イブ)(レンファ)であっても。』


 しんと静まり返った夜。

 彼女達の言葉が木霊しているように見える。


「でも、あなたは選べないわ、私達には判っているの。たとえどちらとも選ばないという選択が私たちを一番傷つけることであってもあなたは選べない。私達が愛したあなたの優しさは、私達が一番知っているから。」

「だから私達が決めるわ。あなたの隣に立つ女の子がどちらなのかを。」

『学園ミスコンで!!』


 呆然と立ちすくむ僕を残して、二人は闇の中へと消えた。

 翌日から二人は何も無かったように振舞っていたが、けっして僕の両脇に立つことは無かった。



「・・・なるほどな。」


 回想を終えた僕は我にかえって驚いた。

 皆がうなずいている。

 そして、黄がぺらぺらと回想していた内容を話している。


「き、きさまぁ!! なぜ知っているゥ!!」


 締め上げられた黄は、にこにこと笑いながら言う。


「だって、あそこは俺の修練場所だよ?」


 黄は家に伝わる拳法の練習を暗い時間や深夜にやっている。


「ぜ、全部聞いていたのか?」

「うん。」

「で、全部話したのか?」

「うん。」


 がっくり項垂れている僕のところに、更なる混乱が現れた


「やぁ、ココだったんだね、君達。」


 流れるような銀髪、女性もかくやとばかりの輪郭を持った男、風御門先輩だった。

 ぽんぽんと気軽に肩をたたくMr.風御門は、片手に何かを持っていた.


「なんです、そのポスターは?」


 気軽に聞くJJに、ミスターは微笑んだ。


「ああ、これは今年のミスコンの告知ポスターだよ。」


 私が責任者でねぇ、とかどうでも良いことをいいつつ、ざっと広げられたそれには、何故か僕の名前があった。


「・・・副賞:リョウ=イズミ・・・って、こりゃ何の真似ですか?」

「え? これ、君聞いていないのかい?」

「誰から?」

「イブとレンファ。」


 僕は短距離走世界新と張れるであろう速度で教室を後にした。

 行き先は、彼女達の木曜最後の授業アマンダ教授の光学映像の教室だ!!



 僕が駆込むと、丁度授業が終わったところらしく、ほとんどの席が埋まっていた。

 全員女性だという教室に首をめぐらせ、見つけた。

 教壇の一番正面で、未だ教授と何かを話している。

 周りからかかる声を片手でひらひらとかわして進み出ると、アマンダ教授が僕に気づいたようだ。


「お、少年。どうした?」


 にこやかな彼女を半ば無視して、僕はイブとレンファの正面に立った。

 形の上でアマンダ教授の横に立ったようになる。


「どう言うことなんだい。」


 最近イブもレンファも「二人」と言われることを忌避している。


「・・・もう、ばれちゃったの?」


 いたずらっ子のような笑顔でレンファは言う。


「ああ、さっき風御門先輩が教えてくれた。」

「怒ってる?」

「無茶苦茶、・・・困惑してる。」


 怒っているかといわれれば怒っていないわけがないが、どちらかといえば、そう困惑しているのだ。彼女達が何を考えているのかがわから無くて。


「でも、一番の手なの。・・・お願い、最後まで付き合って。」


 真剣な、真摯な表情で言われて眩暈を覚えた。


「僕に何も知らせずに、僕の意見も聞かずに、僕をミスコンの景品にすることの、何処が一番の手なんだ!」


 おもわず激白の僕の肩を、ちょいちょいと突つく人がいた。


「・・・待っててください。いま忙しいんです。」


 しかし、それでもしつこくも止めようとしないその人。

 思わず眉をひそめてそちらを向くと、満面の笑顔のアマンダ教授がいた。


「少年、その話は本当か?」

「・・・僕は承知してませんよ。」


 遠からず事の肯定をしている自分に気づかない。


「・・・そうか、そうか!」


 スキップでもするのではないかと言う調子で教室から出て行くアマンダ教授を、僕達は奇異の目で見つめていた。



 その日のうちに告知された学園祭の目玉「学園ミスコン」(正式名称は別に有るが、こちらのほうが通りが良い。)は、大きく注目を集めることとなった。

 自薦他薦を問わずと銘打たれた出場資格のほかに、優勝者への褒賞が目を引くこととなったからだ。

 成績の底上げ・テストの一定量科目免除などは毎年のことらしいが、そのなかにひときわ異彩を放つ物があった。


「一学年 リョウ=イズミ かの者と交際する権利を与える。」


 こんな副賞に何の意味があるか知れたものじゃないけれども、人一人の進退を決めようと言うのだから注目を浴びてもおかしくないだろう。

 とはいえ、入学したての名も無いルーキーと交際できても何の意味もあるまい、そう思っていた。

 その上で、そのように公言したところ、チームの皆から笑われてしまった。


「あのなぁ、リョウ。おまえの人気って結構なものなんだぜ。」

「前にも言った事があっただろ? 同じチームだって事で渡りをつけて欲しいって話しが結構有るんだって。」

「そうそう、僕もそう言う話を聞くよ。」

「僕は聞いたことが無い。」そう言う僕に、皆が失笑を浮かべる。

「覚えてないの間違いだ。俺達は何度も言ってる。」


 苦笑を浮かべるメンバーの中、マイクが肩をすくめる。


「そりゃ、何時でもアノ二人が引っ付いているんだ、聞こえてくるはず無いだろ。」


 不意に、ここ数日の間彼女達とまともに話していないことに気づいた。


「リョウ、今、見て来たんだけれどもな・・・・」


 ふらりとレクルームに入ってきた黄は、多少引きつった顔になっていた。


「あのポスター、色々と追加が加わってたぞ。」


 ぺらりと引っ張り出したポスターには、びっしりと新規の書きこみが加わっていた。

 ルールやなにかはすっ飛ばして、全ての学園在籍者の参加を認めるという項目が目を引いた。


「なにこれ?」

「ああ、これな、教授会からの横槍だ。またとない人材確保のタイミングと見た教授会は、自分のところが推薦する参加者が優勝したら、リョウの人事権をよこせと言ってきたんだ。」

「なんだとぉう!」

「学園も主催側了承された。」

「ぎゃー!」


 ほとんど倒れる寸前の僕に、皆の同情の視線が集まる。


「あ、なんか小さくうちのチームのことが書いてある。」


 ベルナルドは声をあげて、書いてある名前を読み上げる。

 うちのチーム全員の名前だ。


「・・・以上のものの人事権も譲渡されるゥ!!!!」

「な・・・なんだとぉ!」「う、うそだろぉ!」「うひゃー、他人事じゃねー!!」


 いままで対岸の火だと高をくくっていた周囲の仲間達は、本気で度肝を抜かれた。

 このイベントの後押しをしている影の存在こそ学園長なので、これを逃れることは出来ない。逃れるとしては学園を辞めるほか無い。学園長こそ、この学園の法律なのだから。


「どうするよ」「うひゃー、どうしようもないじゃん!!」「せめてイブかレンファに優勝してもらうしか・・・。」


 そんな事を相談している皆に、黄は暗い笑みを浮かべて発言をした。


「・・・そんなまどろっこしい事をしなくても、確実な手があるさ。」

「黄、それって・・・。」

「うちの、最強のダークホースを出すんだよ。」

「・・・・・。」


 皆の笑顔が暗いものとなって伝播した。


「なるほど」

「おーい、何の話しだ?」


 僕は一人取り残されていた。



第二章


 副賞の効果がどの程度有ったのかはわからない。

 ただ、開催より十数年のなかで一番の応募があったことは間違いないという。

 イブもレンファも何故そんな事をしたのだろう、そんな悩みで頭が一杯になっているところに、僕宛の国際電話が入る。

 映像付きの高価な回線だったので、誰かといぶかしんでいると、直に知れた。


「はーい、元気だったかしら?」「あら、疲れてるみたいね?」


 イブとレンファの母親コンビ、イブリン&ランファの熟女艶姿が画面に浮かぶ。

「・・・・はぁ。まぁ、元気です。」

「うそおっしゃい。お宅の娘達に振り回されています、って顔に書いてあるわよ。」


 反射的に顔に片手を置いてしまい赤面する。


「やっぱり・・・・。ごめんなさいね。」


 ほほえましいばかりの笑顔の彼女達から、なんとなく何かいいたげな雰囲気をかんじた。

 それを口にすると、彼女達はばつの悪そうに頬をかいたりする。


「あのね、聞いちゃったのよ、娘達から。」

「・・・何をです?」

「リョウくんを二人で取り合うって。勝負するって。」


 がっくりと肩を落とす僕に、彼女達の言葉は続く。


「それもこれも、うちの馬鹿亭主どもが原因なのよ。」

「夏休みに帰ってきたときに、なぜ君が一緒じゃないのかって話しになってね、ちょっと揉めたのよ。亭主と娘達が。」


 なぜっていえば、あの第三礼服を着たくない上に、揉め事を避けたかったに過ぎない。

 それを口にしてみたら、彼女達も苦笑した。


「まぁ、そんな事だと思っていたわ。でも、亭主達はそう思わなかったらしくて、色々と喧嘩しているうちに、どちらの娘がリョウくんを落とすかという話になっちゃったのよ。」

「その話しがアノ子達に伝染しちゃったのねぇ。」


 大きなため息が僕から漏れる。


「でもね、さっさとリョウくんがどちらかを選べば話はつくのよ、今決めない?」

「いまきめられれば、魅力的な母親に「ママ」って呼ぶ権利を与えるわよ?」


 いたずらっぽく微笑む二人に、僕は更に大きなため息をついた。

 話しはそれだけでは終わらなくなってしまっている。

 既に僕との交際やチームの人事権を賭けた、学園全体を巻き込んだ大騒ぎになりつつあるのだ。

 そのことを伝えると、暫く爆笑の末に真顔になった。


「で、恋愛はバトルロイヤル突入、人事権は風まかせって状態をどうするの?」

「まさか嵐が終わるまで首をすくめて待っていようと言うわけじゃないわよね?」


 そう、まさにそう言うわけではない。

 全ては僕以外が納得しているわけの手段が講じられることとなった。


「まさか、自分で出場しようって訳じゃないでしょうねぇ?」


 ニヤニヤ笑いの彼女達を、思わず僕は見つめた。


「やっぱりー、そう言うことなのね。」

「多分そうだと思っていたのよ。 あれだけ綺麗になれれば優勝も出来るはずですものねぇ。」

「で、人事権は自らのものに。そして恋愛も元の木阿弥にって言う計画でしょ?」


 僕は画面を正面に半ば倒れてしまった。

 ばればれである。

 観念したと言う意味に両手を上げると、二人はケタケタと笑い声を上げた。


「じゃ、私達も協力できそうね。」

「へ?」

「へ? じゃないわよ。女装用の衣装とか化粧道具はどうするつもりだったの?」

「・・・・あ。」

「まさか、うちの娘達からは借りられないでしょう。 だから学園祭のときに持っていってあげる。」

「・・・・え、いらっしゃれるんですか?」

「勿論よぉ、絶対に遊びに行くって決めてたんだから。」

「綺麗なお洋服を用意していくから、楽しみにしててね。」

「あ、あの!」

「じゃぁねー。」


 真っ暗になっら画面を見ながら、際限無く無限に落ち込みそうになる自分を奮起してみた。少なくとも、完全に忘れ去っていた女装グッズを手に入れられるようになったのだ。

 良かったに決まっている。

 ・・・筈だ。


第三章


 学園祭初日。

 航空物理の教室で、僕はあくびをしていた。

 航空物理では、超リアルフライトシュミレーターが呼び物となっていて、縦横360度回転するうえに、1.5Gまでの擬似加速のシュミレートが可能な筐体が話題を呼んでいた。

 まぁ何のことはなく、目隠しされている状態で、なんの準備も無く縦にされれば、前方加速している様に感じるわけで。

 とは筐体を前後左右にちょっと移動させれば回転感覚を消せてリアルになる。

 僕は、そこの店番をしていた。

 一応全日程6日間の内、前2日は非公開日扱いなので息が抜ける。とはいえ、公的な立場の人の訪問は在るので、抜きすぎに注意。


「おーっすリョウ、交代だよ-。」


 同じ航空物理の友達と交代で、店番を抜け出たのは昼頃のことだった。

 そのまま昼でも食べに行こうかと方向転換すると、何時の間にか黄の姿があった。

 この男、何の前触れも無く現れるのが面白い。


「今から飯、行く?」


 と聞くまでも無く、互いに何の打ち合わせも無く例の喫茶店まで歩いた。

 一般開放期間は休み、今は開店中の店に入ると、いつも以上に混んでいる。


「あ、リョウくん、黄くん、いらっしゃーい。」


 店の奥さんがそう声をかけると、店内がわっと盛り上がった。

 良く見れば、店の席のほとんどに教授や助教授、そして綺麗な女の子を連れているのだった。


「何の集まりです?」


 そう聞く僕を奥さんは笑った。


「何言ってるのよ、皆あなたに会いたくて朝から待っているのよ。」

「え?」


 そう言うか言わないか、いきなりわっと人が押し寄せてきた。

 教授達のほとんどが、幽霊騒ぎのバーターで会っている人間であり、助教授達も同じだった。

 ただ、それに随行している女性陣のみおぼえが少なく、ちょっと首を傾げる僕だった。

 後ほど黄にそのことを話してみると、難しそうな顔をして「傭兵だな」という結論を口にした。


「傭兵?」

「そ、傭兵。 研究室の手持ちの生徒ばかりでは負けるかもしれないだろ? んで、彼女達も研究室のバックアップを受ければ、票も纏め易いしな。」


 どう言うことなのか判らなかったが、一応納得しておくことにした。

 僕の手をかわるがわる握る人達を割って一人の女性が現れた。

 それは切れ長の目と優美なボディーラインを従えた美貌の若年教授。


「あ、アマンダ教授・・・。」


 絶句をする男性教授たち。 声を失う女生徒たち。

 それほどに美しいのだろう。


「少年、うちの研究室は君を必要としている。」


 すっととった手は、かなり熱のこもっている。


「・・・ゆえに、とる! 君も、学園ミスコンのタイトルも!!!」


 僕の手ごと握り締めた彼女の手は、奇妙なぐらいに熱いものだった。


「あのー、教授。もしかして・・・教授が?。」

「もしかしなくても、私自身が出るのだが、文句があるかね?」


 にこやかに微笑む彼女への言葉を僕は失っていた。


「優勝して見せるぞ!」


 力ごむ彼女に僕は微笑む。


「生徒さん思いなんですね、教授って。」


 突如、目の前でアマンダ教授が、盛大にこける姿を拝むこととなってしまった。



 いつもの席にはいつものチーム仲間が陣取っていた。

 ひそひそと頭を寄せ合い、良からぬ事を相談しては、げらげら笑っている。


「よー。」「やー」


 僕らが近づくと、にへらと笑った彼らだった。


「最大の懸案もクリアーされたよ。」


 そう言うのはマクドナルド=尼崎こと、マックだった。

 彼が懐から取り出したのは、10円玉よりちょっと小さいぐらいのリングで、透明な膜が張られていた。

 ぽいっと僕に投げてよこす。


「新素材研究室とアンドロイド研究室の成果だよ。」


 ぷにぷにと曲がる軟性度の非常に高いリングを見つめつつ、僕は首をひねる。


「人工声帯だよ。」と、マックの耳打ち。


 ああ、これが・・・。そうつぶたいたぼくだった。

 顔は化粧が出来る、格好もファンデーションで自由自在に変えられると言う状況で、唯一声を変えられないと言うのが問題となっていた。

 地声は皆知っているし、作り声ではイブやレンファにばれてしまう。

 どうしたものかと思っているところで、新素材・アンドロイド両研究室からのバーター物資が残っていることに気づいた。

 彼らが持つ音声データバンクの使用に対するバーター、共同研究品の試験使用の依頼だった。それがこの人工声帯なのだ。

 この人工声帯、既存のものとは違い外科手術は必要無く、ごくりと飲み込むと声帯でとどまり、本当の声帯に被さるようにフィットする。

 フィットした後の違和感の無さは、まるで自分の声帯の様に・・・というのが売り文句だったのだが・・・。


「つけてみる?」


 洋行さん独特のイントネーションが耳を打つ。


「皆で耳打ちするんじゃない!」


 おもわず声をあげると、周囲の教授連中からの注目が集まった。


「しーしーしー」


 みんなに押さえ込まれた僕は、思わず愛想笑い。


「今日はココじゃ落ち着かんから移動だな。」


 黄の言葉に皆、賛同するのだった。

 所移って学生寮、僕と黄の部屋へ移動した僕らは、大きなダンボール箱が四つも入り口で折り重なっているのを発見した。

 宛名は「リョウ=イズミ」送り主は「鈴&モイシャン」となっていたが、イブとレンファではないことは明白だ。


「おい、リョウ。これって・・・」

「まずはベットをばらすのを手伝ってくれ。そのあとは荷物を部屋に放り込む。 んで説明はその後だ。」


 もくもくと作業を始める僕だった。




「はぁー、じゃ化粧道具と衣装は考えなくて良いんだな。」


 感心をするJJに苦笑で返す僕。

 一応、両婦人の参加を説明するために、色々と東京での事を説明することとなってしまったのだが、女装した事や風御門先輩に会ったことなどは省くしかなかった。

 だって、どう説明をしろって言うんだ。

 つまるところ、ほとんどが嘘の話しと言うことになる。


「じゃ、イブもレンファもリョウのところに泊まりに行ったのかぁ。」


 何やら信じられない速度でメモをとる洋行さんを、軽い調子で蹴り飛ばす。


「じょ、冗談冗談、冗談だよ。」


 憎めない雰囲気で引きつった笑いを浮かべる洋行さんを軽く睨み、僕は話しを続けた。


「で、一応彼女達が送ってよこした服を検証して、審査用の服でも選考してみようか。」


 そう言いつつ、ダンボールに手をつけるとその手をやんわりと止める手が現れた。

 ふとそちらを見、体を硬直させる。


「だめよぉリョウくん。私たちと一緒に開けないと。」

「せっかちさんね、リョウくんは。」


 地味な作業服に身を固めた二人の女性。

 荷物の送り主、鈴・モイシャン両婦人であった。


「だぁー! な、なんでお二人とも、こんなところに!!」

「あら、ご挨拶ね。 女装もしたことも無い「はず」の男の子達に、化粧や着付けの手ほどきに来てあげたのに。」

「学園入管の手続きじゃぁ色々と手間がかかったんだから。 さぁみんな、着飾るわよ。」


 室内で車座になっているチームに向かってモイシャン婦人は言った。


「・・・みんな?」


 にっこり微笑む二人。


「勿論みんな、よ。だって、リョウくんだけ女装して皆がそのままだったら、絶対にばれるじゃない。怪しいわよ、リョウくんだけいないこのチームっていうのも。」

「全員雲隠れって言うのも問題が有るのではないでしょうか?」


 控えめなマイクの意見は、にこやかな両婦人に黙殺される。

 にやりと笑い周囲を見るぼく。

 振り向けば皆いやそーな笑顔をしていた。



 さて、基本的に僕は化粧をしなれている。

 それは過去の秘密アルバイトの経験が生かされているからだ。むろんチームには公立中学時代に演劇をしていたことを話しているので、その辺はその辺で解釈してもらっている。

 しかしその化粧は基本的に水商売な化粧であるので、学園祭などには向かない。

 というわけで、基礎的な化粧の方法から変更せざる得なかった。

 一応目指すのは、男顔の生える中性感を前面に押し出すこと。

 黙々と自分の顔と言うキャンバスに、色々と試す僕だったが、背後では更なる地獄絵図が展開されていた。

 誰しも脛・脇・髭の処理、眉毛の加工を施され、学園の女生徒用制服を身につけさせられたり、両婦人に化粧をされたりと忙しいものだった

 準備の終わったものから歩き方や喋り方、身振り手振りを細かく指導され、ウィグなどを細かく整えたりする。

 最初は照れていた皆も、いつの間にやらひとつしかない姿見鏡を取り合うまでとなり、両婦人を満足げにうなずかせるのだった。

 中には目つきが怪しい調子になりつつあるやつもいるが、見なかったことにしようと心に誓うぼくだった。


「んで、リョウくん。そろそろ出来具合は良いかな?」


 ちょいっと、小さな鏡に向かう僕を除きこむモイシャン婦人は、頬のあたりや顎のラインを微妙に刷毛で微調整しているようだった


「あら、ちょっと目の線がきつくないかしら?」

「いや、このぐらいじゃないと素性がばれますから。」

「でも勝てなかったら意味が無いわよ?」

「そうよ、リョウくん。勝利こそ最終目的なのよ!」


 勝利・勝利と妙に力をこめて言う二人に、僕は思わずため息を漏らす。


「リョウ、人工声帯を使えば、多分ばれないよ。」

「そんなもんか?」


 むにゃむにゃとごねる僕を無視して、二人の女性のメイク談義は続いた。



第四章


 その日、学園ミスコンの当日は学園祭三日目、公開日初日最大のイベントとされていた。

 本当の最大イベントは、学園グッズの販売だと言う話もあるが、学園内外で一番注目されているイベントといえば、やはりミスコンが一番だろう。

 各学年、各研究室、各チーム一番だと言う美人がそろいぶむ舞台は一種壮観な眺めといえるものであり、民族・宗教性を超えた美女達が一堂に会する大イベントだろう。

 これはまさに若年ミスユニバースなのだ。

 ・・・出来れば僕も観客席に居たかった。

 痛切痛切な思いが表情に出たのか、隣に立っている女性に声をかけられてしまう。

 思わず苦笑するとその人も苦笑いだった。


「あなた一回生ね?」

「はい。」


 自分の声だと思えないようなかわいらしい声が口から漏れる。

 恐ろしきは人工声帯。

 商品化されれば、犯罪への転用があまりにも容易だ。


「やっぱりこのぐらい初々しくないと一回生らしくないわねぇ。」

「それってどういうことですか?」


 なんかこの声で喋ると、全部ひらがなで喋っているかのような声になってしまう。


「ほら、あの子達を見なさいよ。」


 と促された先には、イブとレンファが余所行きの笑顔で周囲に微笑んでいる。


「あ、モイシャンさんと鈴さんですね。」

「そ、あのこたちってば初出場だって言うのに、長年慣れ親しんだみたいに思える風格があるものねぇ。」


 いやみの無い調子で言う彼女は、「こまったなー」という表情で微笑んでいた。


「・・・噂では、北米の社交界で有名だという話ですから、例え国連学園とは言え学校のミスコンなんか気にするほどの事じゃないんじゃないですか?」


 実際、僕はそう思っている。

 彼女達の母親の話しでは、北米上流階級で彼女達を知らないのはもぐりだと言う風潮になっているそうだ。


「でも思いきってるわよね、彼女達。自分達だけで争えば絶対に他人にわたるはずの無いタイトルまで賭けているんですもの。」

「?」


 何の事だろうと思っていると、彼女は苦笑した。


「自分達のボーイフレンドを、同じように彼を思っている女の子達にもアタックできるようにチャンスを与えてるのよ?」

「えーっと、それって・・・」


 どう言うことなんだろうと、言葉にする前に彼女は言った。


「言わなくても良いわよ。あなたもリョウ=イズミ狙いなんでしょ?」


 がーん、そんな気分の僕だったか、彼女はそんな僕にお構いなしに言葉を続ける。


「東洋系の甘い顔に不撓不屈の根性・判断力、Mrを丸め込む戦略性やそれをおくびにも出さない慎重さ、入学当初に教授会を出し抜いた力量、そして優秀な仲間達。どれをとっても今の国連学園一番の有望株ね。」

「あのぉー、それって持ち上げすぎじゃないでしょうかぁ?」

「何言っているのよ、顔だけでも入学からこっちずぅっと目をつけてたんだから。少なくともMrを出し抜くって言うだけでも、次期生徒総代だって夢じゃないのに、更にあれだけの仲間を集めているんですもの。あなたもそう思っているから彼のハントにかかってんでしょ?」


 ハント、狩猟ですか。


「・・・・生徒総代っていうのは行き過ぎなんじゃないですか?」

「いいえ、今のままじゃ可能性しかないでしょうけれども、私と組めば3年後の学園を治められるわ。」


 なにやら野望に満ちた瞳で彼女は虚空を見つめていた。

 やばいやばい、結構な美人だがファーストレディー志望の人間に付き合うほど人間は出来ていない。


「・・・あなた、私のブレーンにならない? あなたの中に何かを感じるわ。」

「えんりょしておきまーす」


 無難な笑顔で答えているところで、自己紹介が始まっている事に気付いた。

 総勢3桁人に達する出場者は、すべからず会場全てに微笑んでいたが、なんとなく視線が泳いでいることに気づいた。でも僕には何処を見ているのかは判らない。


「皆が何処を見ているのかって顔ね。」


 先程のファーストレディー志望の彼女は僕の耳にささやいた。

 軽くうなずくと彼女は笑いを含んだ声で言う。


「自分のものにしようとしているリョウ=イズミとその仲間を探しているのよ。お笑いよね、こんなところの客席なんか来ていないのに。」


 おもわずドキッ!と心臓が縮み上がる。


「私は知っているんだから・・・・。」


 すうっと近づいた彼女は囁くように言った。


「彼達は昨日から一度も男性寮を出ていないのよ。だからこんなところに居るはずが無いの。」


 おもわずあせった僕だったが、思わずため息が漏れた。


「あら、あなたも彼を会場の中に探していたの?」

「・・・いやですよ、そんないいかたしたら。」


 思わず苦笑で答える僕の前に居る司会が、僕の後ろにいるファーストレディー主義の彼女を呼んだ。


「No.289 四期生 マギー・トレモイユ」


 ゲッ、と思った僕は彼女を見つめた。

 マギー・トレモイユといえば、この3年間のミスコンで必ず優勝か準優勝をしていると言う綺麗どころで、学園の伝説美人と呼ばれる女性の一人だ。

 どんな美人かと思っていたが、こんな風に野心的な女性だとは思わなかった。


「・・・初参加の皆さんに比べれば、はるかにおばさんな私ですが、よろしくお願いしますね。」


 柔和な表情で微笑む彼女を見て、思わず「詐欺だぁ」等と思っていたが、女性と言うものはそう言うものなのかもしれない。

 普通の男はそう言うことに気づかないままに付き合って愛を囁いて結婚とかするのだろうけれども、僕はこの段階で気づいてしまった。

 まったくをもって恐ろしい。

 一通りの挨拶が終了すると、彼女は元の位置に戻ってきて僕に言った。


「前回優勝者より有望なのが4人も居ると言うのは屈辱ね。」

「?」

「知らないのかしら? この自己紹介の順番って、審査員の事前審査で投票数が少なかった順番で決められているのよ。」


 ふと気づいてみれば、僕はいまだ呼ばれていない。

 で、呼ばれていない他の3人も知らないわけではない。

 そのうちの一人が呼ばれる。


「No.156 アマンダ研究室推薦 アマンダ教授」


 ぬめるような光沢の有るドレスに身を包んだ彼女が前に出ると、客席から低く響くような歓声が鳴り渡る。

 ぎらぎらとした視線が彼女に絡まりつききったところで、彼女はウインクひとつ。

 かっと燃え盛るような熱気が会場を軋ませる。


「アマンダよ。よろしく。」


 その一言だけで去る彼女に、会場の男の視線は釘付けとなった。


「さすがね、アマンダ教授。」


 そう呟くのは前回優勝者。


「・・・動きやポーズ、喋り方に至るまで意識誘導効果を全力で投入してるわ。」

「意識誘導効果?」

「そう、意識誘導効果。軽い催眠術みたいなものよ。」


 そういえば彼女の専攻は映像解析関係だったはずだ。


「流石は映像専門家ですね。」

「でも、喋り方までは専門じゃないわ。多分デニモ教授と組んだに違いないわ。」


 なるほどデニモ教授は音声解析の第一人者だ。

 ・・・が?


「え? だって、でも、デニモ教授とは犬猿の仲だって噂が・・・。」

「それでも今回の優勝のために組んだんでしょ? たいした執念ね。」


 妖艶に微笑む彼女は、出場者の女性生徒たちを見回して余裕の笑みを浮かべる。

 こんな演出も彼女の計画のうちなのだろう。


「No.23 一期生 イブ=ステラ=モイシャン」


 イブが呼ばれた。

 すぐ横に居たレンファが、ピシッと親指を立てると、イブはそれに舌を出して答える。


「イブ=ステラ=モイシャンです。」


 名前から始まった自己紹介は、彼女の笑顔で締めくくられた。

 その瞬間、アマンダ教授の色気に支配されていた会場が一気に透明な風に吹かれて消え去り、緑の温かさを思わせる雰囲気に支配された。

 アマンダ教授との違いは、その支配が女性生徒にも及んでいることだろう。

 いままで興味半分に見ていた女性生徒たちが、彼女の笑顔に釣られて微笑んでいる。

 実際僕も彼女のこんな顔を見たことは無い。

 普段の生活の中では使わない顔なのだろうか?

 自分の笑顔の効果を十分見渡した彼女は、ゆっくりと自分のもといたばしょに戻った。

 次に呼ばれたのはレンファだった。


「No.20 一期生 リン=レンファ」


 ゆっくりとした動作に見えて一本筋の入った様な彼女の動きは、トップモデルを思わせるもので、会場の女性生徒の目を奪い去った。

 流れるような動きはマイクまで続き、すっと手を添えると一言いった。


「優勝したいの、優勝させてね。」


 そのまま去る彼女に、会場内の黄色い声援が追いかけた。

 男たちは彼女の雰囲気に呑まれていたが、女性生徒たちは彼女に熱狂したのだ。

 彼女の非公認ファンクラブのものであろう黄色い声援が周囲を満たし、溢れさせる。


「恐ろしい相手だわ。」


 そう呟いたのは前回優勝者。


「男性票と女性票を満遍なく取れるイブに、熱狂的ファンを抱えるレンファ。二人が組めば在校中のタイトルは完全に彼女達のもの。・・・でも今は彼女達はライバル同士。付け入る隙は大きいわ。」

「なるほど、一番の脅威が仲違いをしていてラッキーと言うわけですね。」

「・・・ちがうわよ、ばかね。」

「?」

「一番の脅威はあなたよ。」

「な・・・なんでですか?」

「自己紹介が一番最後になるんだから、事前審査員得票が一番だったって事でしょ? だったら、あなたが一番の脅威よ。」


 挑戦的に彼女の瞳が輝く中で、僕が呼ばれることとなった。


「No.128 一期生 イズミ=アヤ」


 これが僕の変装したときの名前。

 なんとなく似ている名前だけれども、ばれることは有るまい。


「イズミ=アヤです。」


 自分の声ではない甘い声と共にぺこりとお辞儀をすると、会場がどよめく。

 なにかまずいことでも有ったのだろうかと思って、自分をきょろきょろと見回してみると、どっと明るい調子が会場を支配する。

 おや?と思い会場の一部を見ると、学園女性生徒の制服姿の一団が、片手で「グー」とサインを出す。

 む、良い感じらしい。

 そう思った僕はペコリと再び頭を下げて、列に戻った。

 待ち構えていたマギー・トレモイユは、僕に向けて不敵な笑顔で言った。


「やるわね、流石だわ。」

「・・・えっと、なにがでしょうか?」

「天然だとしたら、こちらも気合を入れないと。」

「なにが、でしょうか?」

「ま、正々堂々とがんばりましょ。」


 そう言いきった彼女は、司会の流れのままに会場を後にした。

 僕も歩き出そうとしたところで、良く見知った女のこに呼びとめられた。


「ハイ、イズミ」


 イブとレンファは、僕の目の前に立つと微笑む。


「同じ一期生のイブとレンファよ。はじめまして。」


 そういって片手を出すイブに、僕も握手をした。


「はじめまして、イズミ=アヤです。」


 ぎこちない笑みで僕も自己紹介をした。

 むずかしいだろ、だって、彼女達は僕の女装を何度か見ているんだ。

 それを目の前にしてばれないようにすると言うのは至難の技だろう。

 まったくをもって失敗だったのは握手してしまった事。手の関節は嘘をつかない。


「ね、イズミ。私達と何処か出会っていない?」


 レンファは僕を覗き込みながら言った。

 やはり違和感を感じているのだろう。


「・・・いやですよ、レンファさん。お二人ほど有名なら私が知っていてもおかしくないですけれども、地味なわたしみたいなのを・・・」


 そういいつつ、二歩三歩と離れようとすると、彼女達はずずっと前に出た。


「なにいってるの、あなた。私達より紹介が後だって事は、あなたのほうが事前審査員投票で上だって事なのよ。」

「少なくとも、あなたのレベルがあれば、リョウだってぐらつくかもしれないわ。」

「…それはないんじゃない? あれってば世界遺産的に鈍いもの。」「そりゃそうね。」


 あれあつかいですか、苦笑と共に僕が思っていると、再び見知った顔が増える。


「少女達、いつまでもじゃれていないで退場してはどうだね?」

 先程の媚態に満ちた動きを忘れたように、いつも道理のぞんざいな口調のアマンダ教授だ。

「はーい。」


 僕らは声をそろえて返事をするものの、イブやレンファは眉をひそめる。

 それに気づかない僕だった。


 会場をでた僕を待っていたのは、長身のジェニーことJJと東洋系の美少女・洋子こと洋行さんだった。

 駆け寄ってきた洋子を片手で抱きとめ、ジェニーと手をパンっと合わせる。

 洋子は僕の耳元で「首尾は上々」と呟き離れる。

 ジェニーはにっこり微笑んで見せた。


「じゃ、そろそろもどりましょうか?」


 疲れきった顔で言う僕に、にこやかな笑顔でジェニーは言う。


「だめよ、イズミ。ママたちが最終日まで戻っちゃ駄目だって。」

「ええ、だって、私達・・・どうするの。」


 困ったように言う僕に、洋子はいった。


「学園祭での普段の姿も評価対象になるの、精力的に活動しましょ。戻ってる暇なんか無いわ。」

「うえーー。」


 そのままの姿で僕は学園内を引き回されることとなった。

 それを見つめる多くの視線に気づくことなく。



 学園祭をひと回りした後にやってきたのは、何時もの喫茶店だった。

 入り口に定休日と書いてあるのにもかかわらず入って行くと、トレイ一杯のカップを載せた奥さんが出迎えてくれた。


「あら、おかえり、りょうくん。」


 この格好では男性寮へ帰ることが出来ないと言うことで、活動拠点を必要とした僕達は、喫茶店の奥さんに隠し立てすることも無く事情を話して協力を願った。

 奥さんは快く了解してくれ、この格好で出入りできる安心した場所が確保できたのだ。

 いつもの場所には皆が集まっていたが、ひときわ目を引く女性が二人居た。

 モイシャン婦人と鈴婦人の姿だった。


「みてたわよぉ」


 北米を代表するコングロマリットの両婦人とは思えないほどに、下世話な表情で二人は笑う。


「みられました。」


 苦笑して答えると、二人はがばりと僕を抱きすくめて撫で回し始めた。


「んーかわいいわぁ。」「あーんかわいすぎるゥ。」


 非常に刺激的な状態なもので、思わずひるんでしまう。


「んで、どんなもんでした?」


 いつもの口調で喋っていても声が全然違うので、いささか違和感は有る。


「そうねぇ、90点ってところかしら。」

「いえいえ、95点はあげても良いわよ。」


 と言い合うにわかオカマ気分の仲間内の中で、真の女性二人は厳しい評価を下した。


「50点」「45点」


 一同目が点になる中で、指折り数える彼女達。


「メイクと衣装があってない」「演技がぎこちなくて不自然」「最初に決めてた自己紹介の内容を一言も言っていない」・・・・などなど、なにやら色々とあるようだ。

「あのー、最終的に何が不満だって言うんですか?」

「そりゃぁ、化粧したり無いし」「衣装も色々有るし」


 再び色々言い始めた彼女達に、僕は自分を預けることにした。

 会場とは違った見た目というのも面白いかもしれないと思ったからだ。

 が、出来あがりを目にして驚いた。


「こ、この見慣れたメイクは・・・・。」


 そう、見慣れたものだった。

 なにせこのメイクで僕は彼女達に始めて会ったのだから。


「んー、やっぱりこう言うのが一番似合うじゃない。」

「これで出場すれば、投票なんか無しで楽勝だったのに。」

「その前にイブとレンファにばれてぶち壊しです!!」


 柳眉を立てて怒る僕を、彼女達はケタケタと笑って相手にしなかった。


「声も全然違うんだから、そっちのほうがいいわよ。」

「このメイクをベースにしているんでしょ?今までのメイク。だったらこっちのほうがいいわよ。」

「うちの娘達も感づいている様子は無いし、徐々にそのメイクに近づけていくって方が良いんじゃないの?」


 なるほど、なんとなく判った。


「そっちのほうが、面白いな。」

「いいんじゃない? 面白いにこしたこと無いし。」


 ニヤニヤ笑いの仲間内を見ているうちに決心することにした。

 辛いことも苦しいことも、楽しんだ者勝ちなのだ。

 面白いというほうに乗ることにする僕だった。




 イブは、レンファは、やきもきとしていた。

 開放日始めから来るといっていた両母親が急用で来れなくなったと言われたことに端を発しているものだと思ってもいた。

 が、実際はもっと根本的なことにあることにも気づいている。

 負けるかもしれないのだ。

 確かに彼女達は天狗になっていた。

 北米一とも言われた社交界の花であった自分達を思えば、学園のミスコンなど独壇場だと言う思いが無かったわけではない。

 少なくとも自分達の自己紹介の順番が来るまでは確信していた。

 自分達だけでリョウを奪い合えると。

 しかし、事前得票結果1位の人間を見て驚いた。

 上には上が居るのだ。

 およそ優雅さや可憐さにほど遠いと思われていた少女が、一歩ステージに出た瞬間に変わってしまったのだ。

 女性である自分が目をそらせない。男性は勿論のこと目を引き付けられる。

 それで居て、同性からの強い羨望や嫉妬が感じられない。

 イブにはそんな人間をどう表現して良いのかが判らなかった。

 しかし時を同じくして同じ事を思ったであろうレンファはこう言った。


「聖母の卵」と。


 深い慈愛を感じさせつつも恋人にしたいと願わずに居られない吸引力。

 同性であっても並び立ち、共に歩みたいと思わせるだけの魅力を秘めていた。

 ステージ最初からマギー・トレモイユ女史が彼女にちょっかいを出している気持ちが良くわかると彼女達は思った。

 母となれば理想とも思える母となるのではないかと思わされてしまう。

 そう、もしリョウと彼女が付き合えば、彼女と私達とリョウと・・・・そんな風に思っている中で、かなり奇妙なことに彼女達は気づいた。

 なんとなく、なんとなくであるが、頭の中でリョウと彼女を並び立てることが出来ないのだ。

 嫉妬だとかやきもちで出来ないわけではない。

 理由についても判らない。

 しかし、彼女とリョウが学園内を闊歩する姿や、なかむつまじくする姿が想像できないのだ。

 少なくとも、同性から見た目で十分な魅力ある人間であるし、その事自体を自然に認めているのに。



 ほぼ同じような疑問を抱えた二人は、彼女に近づくことにした。

 奇妙な疑問を解き明かすために。



 僕は非常に困っていた。

 学園祭期間休業中の喫茶店を占拠できた事が、いかに僥倖だったかが知れるほどに。

 人目を気にして出入りしているせいか、僕らが本拠地としている喫茶店の存在は知れていないものの、何処にいようと何をしていようと、必ず人だかりが出来てしまうのだ。

 周囲に人だかりが出来るのは結構投票につながることだから良しとしなければならないのだろうけれども、なぜかイブとレンファが引っ付いてきて、それにマギー・トレモイユが加わるという構図となってしまっている。

 僕を挟んで三人が、押し合いへしあいしているのを見物にきているのが周囲の人だかりといった感じになっている。


「あのー、なぜなんでしょう?」


 苦笑いで聞いてみると、三人三様の笑顔で答えた。


「ゲリラ的に活動するより、ぜったいあなたと一緒の方が宣伝効果が高いわ。うちのブレインもそう言ってるの。」

「あなたって、ちょっと気になる人にそっくりなのよ。替りにさせてね。」

「最近友達がかまってくれないのよ、慰めてね。」


 さてさて、どのせりふが誰のものか。

 おしくら饅頭状態の僕達に、周囲の人間が直接殺到しないのにもそれなりの理由があった。


「あなたのチームって力強いのね。」


 というマギー・トレモイユの言葉に表されるように、うちのチームがガードマンよろしくに周囲を固めているからだ。

 本当ならば、色々と安全そうな人間をチョイスして、夜のウエイトレス時代に培った手法を試みるつもりだったのに、朝な夕なに彼女らが張り込んできていて試すことも出来ない。

 アジトと化している喫茶店へ、周囲の人間をまきつつも帰ってきた僕は消耗していた。


「で、りょうくん。どうするの?」


 ぐちぐちと愚痴をたれていた僕に、二人の夫人はぞこきこむようにして問いかけた。

 基本姿勢としては彼女達をあしらいつつも付き合っていたので、結構バレソウニなる事態がしばしばあったのだった。

 その度に彼女達の疑念に満ちた視線に晒されていた僕は、かなり神経的に参っていた。


「あしたあたり、元の戻ってストレスを晴らすつもりです。」


 ぶつくさと言う僕に、黄は面白がっているとわかる声色で言う。


「・・・ストレス解消にはならんと思うぞ。」


 審査員の権利を手中にした黄は、ほとんど僕らと別行動をしており、顔を合わせるのも久しい。


「なんでだよ。」

「あのなぁ、今、コンテスト参加者の標的ってだれだ? 俺以外のチームメイトが雲隠れしている中で、どんな目に会っているか知っているか?」


 どよーんとした目で彼は僕をのぞき込む。


「・・・もしかして苦労してる?」

「つるし上げだ、つるし上げ。・・・中でもアマンダ教授の攻撃は執拗を極めるぞ。」


 そういえば彼女、僕達が学園祭の中を巡回しているときも一度も会わなかった。

 黄以外の人間が姿を消していることに疑問を持った彼女は、黄をつるし上げて真実に迫ろうとしたのだろう。

 まったく恐ろしいほどに知恵が回る。流石は若年国連学園教授である。


「明日本人が出てきてみろ、無茶苦茶な事態になることは間違い無いな。」

「げー。」


 脱力でテーブルにうっつぶしそうになる僕を、両婦人の腕が抱きとめる。


「はいはい、今日のお化粧の時間ですよ-。」

「さー、最終段階へのバージョンアップをしましょうねぇー。」


 黄とは違い、実際につるし上げられている僕は、二人の夫人のなされるがままだった。


 騒ぐだけ騒いだ学園祭も残すところ後二日。

 昨日までの一般公開日の狂乱を過ぎ去って、ミスコンの審査発表は行われようとしている。

 最初はどうにか優勝してやるとか思っていたが、今日に至りどうでも良くなってしまっていた。

 早くこの格好をやめにしたい、と、これしか考えていない状態になってしまっている。

 いやはや実際辛いのなんのって。

 コルセットはきついし股下はスース-するし、胸の詰め物は気持ち悪いし化粧が落ちないように物を食べるのは辛いし、笑顔で顔は引きつりっぱなしだしハイヒールは歩きにくいしデルモ立ちは疲れるし…。

 不満を上げればきりは無く、とっとと終わりがきて欲しいと心待ちの状態だった。

 が、いま、苦痛の開放のときは来た!



第五章


 眩いばかりの照明が照らされる中、司会と思しき人物が中央に立ち、懐から芝居かかった仕草で封筒を取り出し封を開ける。

 すらりと中身を出した人物は大きく口を開き宣した。


「・・・準優勝は・・・・」


 準優勝は二人選ばれる。


「双方ともに一学年、イブ=ステラ=モイシャン、リン=レンファ。」


 熱狂的な喝采のなか、二人は呆然としていた。

 真っ青な顔のまま、ふらりと二人とも倒れそうになるのを僕は支えた。

 目の焦点が合っておらず、点のようになっている。

 僕はそのまま支えていたが、彼女達がそのまま座り込みそうになるのを支えつつ一緒に前に出ていった。

 ちょっと横を見れば、マギー・トレモイユが余裕の表情でこちらを見ている。

 暗転しているステージの奥なので読み取りにくいが、その表情の意味は「あなたとの一騎打ちね」だと思う。

 今日に至るまでで多くの出場者が辞退し、最後に残った出場者を見回せば、イブとレンファを越える人気の有る人間など居ないに違いないと僕も思っていただけにショックは大きい。

 茫然自失状態の彼女達へ向けられるマイクに、僕は適当なことを言わざる得なかった。

 彼女達の意識が、まったくこちらに戻ってくる様子が無かったからだ。

 聞こえているのだろうし判断も出来るのだろうが、体が動かないといった雰囲気だった。


「彼女達も準優勝の喜びで呆然としてます。・・・おめでとう。」


 にこやかに二人に微笑むと、玉の涙を流しつつ僕にかじりついてきた。

 ぎゅーと双方から抱きしめられて、思わず苦笑の僕に記者は聞いた。


「お二人とのご関係は?」


 なんと答え様かと思っているところ、司会は自分の役目を思い出したようにそれをさえぎる。


「皆さんお待ちください、本命の優勝者の発表を先にさせていただきたいと思います!!」


 その声を聞いて轟と会場が沸く。

 優勝候補の最有力とされた二人の少女が準優勝だったと言うことは、優勝者はいかなる人物か!!

 興奮沸き立つ中で、ドラムロールが響き渡る。

 あんなに明るかった照明が消され、ピンスポットがステージを左右に走る。

 僕の首にかじりついていた二人の少女の息と鼓動が聞こえて響く。

 僕も思わず手に汗握る。

 会場とドラムロールが頂点を極めたその瞬間、会場は暗闇に包まれた。


「・・・優勝は・・・・!」


 目の前の暗闇が切り裂かれる。

 急に点灯した照明のせいで目がハレーションを起こしているのだ。

 会場は? 優勝者は? 焦りにも似た思いで周囲に顔をめぐらせるが、不意に自分の立つ場所以外が暗いことに気づく。

 真っ暗な会場、自分の居るところだけ明るい状態。これの意味するところは・・・


「一学年、イズミ=アヤ!!!!!」


 絶叫とも言える声が響き、その瞬間会場がわれんばかりの拍手で埋まる。

 ハレーションを起こした視界が徐々に慣れて行く中で、呆然とたたずむ僕の周りにすごい勢いで残りの参加者が集まってきた。

 何を言っているのか理解できないまま、いろんな人と握手して、肩をたたかれたり頭をたたかれた利の歓迎を受けた。

 暫くそうしているうちに、首っ玉にぶら下がっていた二人は僕の正面に立っていた。

 それを見た周囲の参加者は、すぅっと僕の周りから離れ周りを囲む。

 うっすらと涙も浮かべた二人から声が漏れそうになるところ、僕はぴしっとひとさし指を立てて口に当てる。

 何事かと二人がひるんでいるところに、雰囲気を察しない司会が現れて僕にマイクを向けた。


「おめでとうございます! ただいまの気分は? 」


 にこやかに質問をする司会者に、僕もにこやかに答える。


「最悪。」


 十分な時間をかけて、僕の言葉を理解した司会が妙な声を上げる。


「は?」

「一個人の人権や思惑を無視したこの賞品、思いこみの大暴走、青春という言葉だけじゃ騙り尽くせない最悪の展開だと思わない?」

「・・・・あのぉ」

「少なくとも私はそんな事は許さないし、絶対に享受しない。」


 厳しい顔の僕に更に厳しい顔の二人の少女が問い掛ける。


「そ、それじゃぁ、リョウのことなんて興味ないって事かしら?」


 先程まで真っ青だった顔を朱に染めた彼女達に、僕は微笑んでいった。


「あなた達の『一番良い手段』、最後まで見せてもらったけれども洒落じゃすまなかったようね。」


 一時朱に染まったはずの彼女達の顔の緊張が、瞬時に解ける。


「・・・・え、えええ!」「ま、ま、ま、まさか!!!!」


 重い音を立てて一歩引く。

 それにあわせて僕も一歩出ると、音も立てずに観客席の最前列に居たチームの女性生徒集団が僕を囲む。

 マイクを司会からもぎ取り、僕は言葉を続ける。


「優勝者の権利としてここに宣します。

 ひとつ、リョウ=イズミと彼の所属するチームの人事権を彼らに帰するものとする。

 ひとつ、リョウ=イズミの交際権は、棚上げとする。

 ひとつ、今回優勝の特典は、彼らのチームに帰するものとする。

 以上。」


 ざわざわと響く人の声。

 方向も意思も統一していない声は、まるで波のようだ。

 そのなかで一本とおった意思が頭角をあらわし、声を発する。


「審査責任者の風御門だ。」


 堂々とした物言いに、会場は水を打ったような静寂に包まれる。


「あなたは優勝者であるがゆえに特典を得ることは出来よう。あなたをバックアップしたチームもその栄誉が得られる。しかし、まったく係わり合いの無いチームへの委譲は前代見物の自体であり前例が無い。認めることは出来ない!」


 彼が大きく言いきると、再び会場がざわつきの波となった。

 勿論彼の言っていることは正しいのだろう。

 出来ればこの発言を認めて欲しかったけれども、そうもいかないと正面から言われてしまった。仕方が無い、最後の手段だ。


「なるほど、では、彼らが優勝者であれば問題が無いわけですわね?」

「なに?」


 周りを囲んだ女性生徒から、軽い嘔吐作用でどから人工声帯が吐き出される。

 僕も同じように吐き出して、再びマイクを握る。

 出る声は懐かしき我が声。


「ならばこの『国連学園主催美人コンテスト』のタイトル、この僕が頂いたぁぁぁ!!!」


 周囲を固めた女性生徒たちがウィグに手をかけ一気に外す。薄い化粧を軽く落とす。

 それにあわせと僕は、眼鏡をいつもの眼鏡にかけかえると共に、ウィグをイブとレンファに投げかけた。

『あああああああああ!!!』

 絶叫が会場を包み、僕らは会心の笑みを浮かべていた。



 学園祭最終日。

 朝から僕は学園の正門のところに立っていた。

 色々とあって忙しかったと言うちーちゃんが、この最終日「招待日」に遊びに来ると言うからだ。


「本当は開放日の三日間ともいきたかったのにぃ・・・」と電話口で言っていたが、それが実現しなくて良かった。


 少なくとも、この「僕」が相手することは出来なかったのだから。


「しっかし反則よねぇ」「本当に詐欺だわ。」

「・・・まだ言ってるよ。」


 いつもの様に、いやいつも以上に強く僕の両脇を固めたイブとレンファは不満顔だった。

 僕は女装してコンテストに参加していたこともさる事ながら、その裏で彼女達の母親が手引きしていたと言う事実が彼女達を更に不機嫌にしていた。

 まぁ彼女達にばれたときは、凄い事になるに違いないとは思っていたが、まさか泣きながら会場で抱きつかれるとは思っても見なかった。

 彼女達の泣く意味がわかっているだけに、僕は彼女達を泣くに任せることにした。

 ひんひん泣き続ける彼女達をかばいつつも、勝利宣言をして僕がその場を去ろうとすると、一人の女性が立ちふさがった。


「なっとくいかないわ!!!!!」


 彼女の絶叫で会場が再び静まる。

 立ちふさがるのはマギー・トレモイユ、前回優勝者だ。


「このコンテストは『ミス』コンテストなのよ! なんで優勝者が男なのよ!!」


 会場に向けて、ちょっとパフォーマンスもまじって彼女は叫んだ。

 この行動は、僕が相棒となりうる存在かどうかわからないし、そのうえで手の内を知られていることに対する恐怖なのかもしれない。


「それを認めても良いの?!」


 誰もが口にすまいとした言葉だろう。

 しかし彼女はそれを口にした。

 本当なら僕らは下を向いているところだろうが、実のところ最も突破しやすい話しだったもので思わず僕は笑みを浮かべる。


「このコンテストの正式名称って知ってます?」

「?」


 僕らチームは壮絶な笑みを浮かべていった。


「国連学園ナンバーワン・ビューティーコンテスト!!」


 まったく女性だとか美女だとか言っていないのだ、単なる美人コンテストなのだ。

 美しい人ならば参加の権利があると参加規約にはあるが、女性であることを限定明記した文章は一切存在していないのだ!


「美しいとされるのならば、参加の是非は観客が決めること!」


 にこやかに返す僕を彼女は呆然と見送った。

 勿論観客の是非に任せる事となったのだが、お祭り好きで集まっている人間の結論など決まっているようなものだ。

 万人の支持が集まり、マギー・トレモイユの意見は呑まれた。

 悔しそうにしている彼女を横目に僕らは会場を去ったのだった。

 そのあといつもの喫茶店で親子対面とあいなり、各々の婦人と共に彼女達の怒りを受けることとなってしまった。

 汲々としている所で、奥さんが大きなケーキを持って現れた。


「さ、みなさん。優勝と準優勝のお祝いにどうぞ」


 歓声の僕達を苦笑する女性陣。

 思わず僕は我に帰った。


「ところでさ、みんな。」

「?」

「いつまでこんな格好をしてればいいんだ?」


 スカート姿の男達は、思わず大笑いを始めるのだった。



 何時もは閉まっている正門へ、そろそろちーちゃんがやってくる。

 彼女には知られたくない話しが山積している国連学園へ招くのは心苦しい限りである。


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