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第四話 夏休み

第一章


 静けさが学園を占めている。

 営業時間の殆どを混乱と喧騒に支配されていた筈の中央食堂にすら、人の影は疎らだ。

 学生寮の大半の部屋の鍵が閉められ、多くの人が今は居ない。

 五月の調整休暇の時とは違って、夏期休暇は多くの学生達が帰省している。

 主無き学生寮、生徒無き学園校舎、夏の暑い日差しの中で、薄ら寒いものを感じないでもない。

 とは言え、日中の学園を歩いていると、薄らでも寒い思いが出来るかと言うと、そうでもなかったりする。

 殆どのエアコンが止まっているので、暑いのなんのって。

 そんな茹だる校舎を、僕は一人歩いていた。

 いつも一緒の黄は、さすがに里からの帰省命令が出てしまい香港の実家に帰っている。一族を挙げての凱旋祝いとなることとの事。やつの一族って、すごそうだなぁ。

 イブとレンファも折角夏期休暇を取った両親を思いやり、一時帰国の途についている。

 双方ともに「一緒に行こう」と、かなり強引な誘いを展開したものの、僕の意志が強いのを見取ったらしく、渋々各々の帰省となった。

 正直な話、調整休暇で世話になったからと言う彼女達の誘いに乗りかかったものの、少々気が引ける理由があったもので勘弁してもらった。

 他のチームメイトも同様に帰省や旅行にでている。

 そういう訳で僕らのチームで学園にいるのは僕だけとなった。

 入学から今まで、殆ど独りで過ごした事のない学園生活だったので、何となくというか、かなり違和感の在る日々に思える。

 いつでも寄り添うように黄がいたし、授業や放課後の合間にイブやレンファがいつもいた。

 寮やいつもの店では、JJ達がいたし。


「なんか一人って閑かもなぁ。」


 こんな独り言も身についてしまった。

 しかし、こんな独り言も英語で喋るようになっているあたり、自分の順応性の高さを感じないでもない。


「ん、少年、また閑か?」


 いつのまにか管理塔に入っていた僕の背後から声を掛ける人が一人。

 振り返らずとも誰だか知れる。

 なにかとここ数日の間、僕の所在を突き止めては自分の研究室での研究の手伝いをさせている妙齢の天才女性教授に違いない。


「・・・・なんで僕のいる位置が分かるんでしょうねぇ、アマンダ教授。・・・って!」


 振り返った先に居たのは、カラフルな下着姿の上に白衣を羽織ったアマンダ教授だった!

 思わず飛びすさった僕を見て、彼女はケタケタと笑っていた。


「なに驚いてる、水着だ、水着。」


 言われてみれば、カリブカラーのビキニタイプに見えない事も無い。

 しかし、仮にも教職にあろうと人が・・・と言おうとした所で、彼女は僕を小脇に抱えてズルズルと引きずり出す。


「ち・・・乳が、みっ・・密着っ・・・!」


 何だか良く分からない悲鳴を上げる僕を、アマンダ教授は軽やかな笑いとともに引きずって行った。


「嬉しかろう、少年!」


 誰かとキャラがかぶってるなぁ。

 等と言っているうちに着いたのは、ここ最近引っ張り込まれていたアマンダ教授の研究室・・・ではなかった。



「で、やってきました屋外プール。」


 誰言う訳でもなく、僕は呟いた。

 見渡すプールは、100×100mという強大な屋外プールであり、現在の状況は男にとってのパラダイスである。

 ビキニやワンピースの水着を身につけた女生徒たちが、女生徒だけが冷たげなプールを楽しんでいる。

 むさい男連中はおらず、どちらを向いても、女女女女女おんなオンナ。

 その殆どがアマンダ研究室の人間である。

 僕を抱えてきたアマンダ教授は、既に白衣を脱ぎ捨てて、今すぐにでもプールに攻め込まんとしている所だったので、一応聞いてみた。


「・・・僕、水着無いんですけれども。」


 するとにっこり笑った教授は、ちょいちょいと手招きして見せる。

 そこに耳を寄せると、さも面白そうにこう言った。


「今日、ここでボーイ代わりをすれば、例のバーター帳消しにしてやるぞ、どうだ?」


 一もにも無く、僕はこのプール唯ひとりのボーイをする事となった。



 灼熱の太陽の下の、プールサイドのギャリソン。

 思いの外、死にそうになった事は想像に難くない。

 とはいえ十分な見返りと報酬があるのだから、頑張るほかなかろう。

 小麦色の肌をした女性の間をゆるゆる歩く炎天下の僕だった。



 日も落ちたプールサイドで、僕は一息ついていた。

 研究室の女性陣は既に研究室に戻り、僕はその後片付けを仰せつかった。

 粗方の道具を片づけ終わった僕は、一人で座り込み、そして寝転がる。

 昼間の日差しで暖まったプールサイド、薄暗い星空、深いため息が僕から漏れる。


「風邪ひくぞ、少年。」


 水着から普段着に着替えたアマンダ教授が、覗き込むように現れた。


「見えますよ、スカートの中身」


 真っ黒で、すけすけで、なんか黒なのか肌色なのか分からない・・・、やめよう、詳しく形容するとまずい気がする。


「ん、見せる下着してるからOKだ。」


 そういう問題じゃぁ・・・と体を起こすと、その横に教授も座った。

 何かを言おうかと思った僕も、何を言って良いか解らず、黙り込む。


「今日は済まなかったな、うちのガス抜きに付き合ってもらって。」


 まっすぐ明後日の方を向いたままで教授は言った。


「何言ってるんですか、こっちも楽しませてもらいましたし、その上バーターがチャラだって言うんですから、こちらの方が申し訳ないぐらいですよ。」


 肩を竦める僕に教授は軽く苦笑する。そっぽを向いたままで。


「少年、・・・やっぱりいいなぁ。」

「何が、です?」

「いや・・・なに、な。」


 くっと振り向いた教授の瞳は何か言いたげだった。


「・・・ちょっと聞きたい事があるのだが、いいかな?」

「ええ、何なりと。」


 ちょっと考えた風の教授は、意を決したように言葉を紡ぐ。


「しょ、少年は・・・いや、リョウ=イズミは、イブとレンファを二股にかけていると言う噂が有るが、本当か?」


 ぶっ。

 思わずむせ込んだ僕は、涙目で教授を見あげると、彼女はなにやら恥ずかしげだった。


「いや、・・・うちの研究室の娘たちがぜひとも確認して欲しいと、そういうもので、な。」

「二股だなんて、・・・一切有りません、事実無根です! 」


 とはいえ、二人にかなり引かれているのは事実。

 が、二股はしていない。今現在で言えば、真実ではない。

 だって、二人と付き合っているわけではないもの。


「じゃぁ、どちらかと付き合っているのか?」

「親しい友人です! チームですってば。」


 そう、今は。

 そうか、と呟いた教授は、なぜか嬉しげだった。


「どうしましたか?」

「い・・・、いや、その、なんだ、うちの・・・そう、うちの研究室の娘たちが、大層気にしていてな、うんうん、いやーそうか、フリーか。」


 何となく赤くなった教授は、良かった良かったといいながら、その場を去るのだった。


「アマンダ教授って、身内思いなんだなぁ。」


 僕の呟きと共に一風が吹き抜ける。

 火照った肌には気持ちが良かった。



 アマンダ教授のバーターが終了した僕のは、実のところ夏休みの予定を失っていた。

 実際、彼女のところのバーターが夏休み中続くと思っていたからだ。

 チーム連中にもそう言う話をしていたし、この期間に消化できるなら御の字だから。

 学園内をフラフラしていると、意味も無くアマンダ教授に捕まりそうだし、部屋でゴロゴロしているのにもそろそろ飽きていた。

 そんななか、日課的に見ている学園NETのメールボックスにメールが届いている事に気付いた。

 それは珍しく隅田の千鶴からで、暑中見舞いとその他諸々。

 それを読んだ僕は、急に里心が付いた。


「・・・帰って見ますか」



第二章


 夏休みの殆どを、幽霊騒ぎのときに引きうけたバーター消化で費やすつもりだったのだけれども、ひょんな事でそれがクリアーできたので、いそいそと一人で実家に帰ってきてみた僕だった。

 今回の帰郷はちーチャンぐらいにしか教えていなかったので、それなりに静かな帰郷かと思いきや、ホームに下りるや否や隅田組の面々が迎えに来ているとは恐れ入った。

 ほんの2・3ヶ月ぶりだってだけなのに感動の薄れない人達だと思う。

 男衆を割って現れたちーちゃんは、調整休暇のときのように泣いてはいなかったけれども、ウルウルとした目をしていた。

 当初センセとちーちゃんだけの出迎えであったはずなのだが、センセの姿は見えない。


「んで、センセは?」


 肩を竦めるちーちゃん曰く、今年の夏休みは全面的に特別講習を行うこととなり、その主任講師となってしまったため出て来れなくなってしまったのだそうだ。

 足掛け3年と言う長い付き合いだ、そうなってしまった経緯は我が事のようにわかる。


「オルタネーターがお釈迦になったんでしょ?」


 力なく微笑む彼女を見て正鵠をいているものと察した。

 あのクラッシクカーになるまで後十数年というあの車はいつも壊れている。

 簡単な部品交換やオーバーホールごときではあの車は治せないのだ。

 近年では既にパーツ生産も終わってしまっているとのこと。

 どうやって修理するのだろうかと思っていたのだが、行き付けの工場で部品を図面通りに削り出すと言い出す始末。


「やっぱり純正パーツじゃないと。」と常日頃言っていたわりには、パーツの一部分が純正じゃないぐらいはきにならないらしい。


 電装関係を全て日本製にすれば、トラブルの半分は無くなると言う風にセンセから借りた本に書いてあったのだけれども、それでも純正にこだわるのが正しいエンスウだそうだ。

 とても理解しがたい感覚であるものの、それが彼女を動かす原動力となっていると思えば誰も何も言えまい。

 が、その感覚を支えるのには非常に出費が嵩む。

 収入の大半を車につぎ込んで入るといっても良いだろう。

 そのため、僕が学園にいる間は僕の家に住んで欲しいと言う要請をしたときに本気で悩んでいたぐらいだから。

 始終金銭的な渇望に苛まれている彼女は、この夏休みを車三昧でエンジョイしようとしていたにもかかわらず、自分が顧問になっている演劇部が定期公演を予定していたため休みの半分を諦め、そして残りを愛しい車の修理費を稼ぐべく特別教務手当て目当てで夏季講習を引きうけたのだろう。

 そんな推理を口にすると、ちーちゃんは驚いたように口を開いた。


「すっごーい、ばっちりそのまま。」


 少しも外れていないのか・・・。そう思うと、ちょっとだけ空しかった。



 直接実家に帰らずに隅田組に行くと、寝不足であることをありありと感じさせる表情のセンセが待っていた。

 講習を半日でぶっちぎってきた彼女は、この後も演劇部の顧問として学校に登校しなければならないのだと言う。

 いやはや忙しいことだ。

 隅田組に現れた僕を見て「ん、今回は本当に一人?」といやな質問をする程度は元気があるらしい。


「まぁ、帰って早々だけれども、・・・・組長、リョウくんお借りしますわね。」


 と言うことで、センセのセカンドマシンに押し込まれた僕とちーちゃんは、一路学校に連れて行かれてしまった。

 出来れば第三礼服を着替えたかったのだけれども、常軌を逸した目の色のセンセに逆らっても良いことが無いので連れて行かれるに任せることにした。



 何ヶ月ぶりかの校舎は人影が無く、運動場で汗を流す陸上部やプールで騒ぐ水泳部が目に付く程度だった。

 夏休みってこんな感じだったんだよな、などと感傷的な気分になる。

 学園は学校と言うよりも研究機関的な色あいが濃く、こういう開放的な休みは無いといっても良いだろう。学園中歩けば、何処かの研究室が夏休みを通して活動しているし、そこで活動している学生達も少なくない。

 研究塔を中心に見れば、学園には休みなど無い。

 そんな学園と比べると、いまの母校の姿は安らぎすら覚えるものが有る。


「さ、リョウクン。先輩として後輩達に顔見せして頂戴。」


 ぐいぐいと引きずって体育館まで僕を引きこんだセンセは、舞台に座って小休止をしていた後輩達に声をかける。


「ちゅーもーく!」


 ぴし! っと宣言したセンセの周りに、わらわらと生徒が集まる集まる。

 その殆どが女性生徒に見えるが、男子部員は何処に行ったのだろう?


「先輩!」「先輩!!」と口々に集まる姿を見ると、思わず気分が戻ってきてしまう。

「や、皆の衆。元気にやっておるかね?」


 思わずアマンダ教授を思わせるような口調でひらひらと手を振って見せると、なんとなく気勢があがったように見える。

 でも逆に考えれば、その程度で上がって見えるほど、いままで気勢が下がっていたと思える訳で。

 その理由について思い当たるところが無かった。


「部長も今度の定期公演を見て行って下さりますよね?」

「いまの部長はミナトだろう?」


 正面の少女に僕は微笑んだ。

 そう、そうなのだ。

 入学当初、僕は友人に名前だけでも貸してくれといわれたので入った演劇部の部長を2年間勤めざる得なかったのである。

 まぁ、色々とあったのだ。


「でもよかった、先輩が来てくれて。」


 ミナトの頬にほろりと小さな涙が伝う。

 こいつはこんなことで泣くような奴じゃなかったはずなのに。


「おいおい、心の汗が出てきてるぞ?」

「…もういいかな、チズ? もう良いよね。」


 ちーちゃんを一目見た後でぶわっと大量の涙を流したミナトは、僕の腕の中に飛び込んできた。

 部員達もそれをとがめる風はない。

 どちらかといえば共に泣き出しそうな顔をしていた。

 僕がいなくなってから何が起こったのか?



 徐々に落ち着きを取り戻したミナトは真っ赤な目をしていた。

 僕の知る限り、こんな目になったのは部長就任ときに責任感で目を赤くしていたときぐらいだろう。

 しかし今の彼女は、その時より遥かに弱々しく頼りなさげだった。


「…だめなんです、私なんかが部長じゃぁ・・・。」


 搾り出すようにミナトは言ったが、その後が言葉にならなかった。

 一言一言いうごとに涙を流し、おえつする姿を不思議なものを見るように僕は見ていた。

 このミナトと言う娘、弱らない・曲がらない・つぶれない・へこまないという何処かの筆箱のような娘だったはずなのに、今はとても弱々しい一般の少女にしか見えない。

 何処をどう間違ったら、いやいや本当は別人なのかもしれないなどと思ってしまう罰当たりな僕。

 で、彼女の話しを整理すると、新任で派遣された教頭の圧力によって難渋をしているらしい。

 演劇などは女子供のするものと男子部員を強制的に退部させ、運動系部活に投入させたり、人数が激減した演劇部に人数配当だと言いきって予算を無理やり削ったりとやりたい放題だという。


「そんな馬鹿なことが許されるんですか?」と聞く僕に、センセは苦い笑顔で「大人の権力構造って色々有るのよ。」と言葉少なくいい、黙った。


 つまり、今度の新任教頭は国家的権力構造に寄生するダニであるらしい。

 そう言いきると皆下を向くしかなかった。


「なんでそんな嫌がらせを?」

「……」


 押し黙る部員達の中、多分一年生であろう女の子が口を開く。


「…メヌエットのフレイバール少佐です。」

「え?」


 ぼくは眉を寄せた。

 メヌエットといえば演劇部オリジナルの宝塚風歌劇で、男装の女性軍人フレイバール少佐の話しである。彼女は幼き頃より男性と育てられてしまったものの、自らの部下の男にに女性として恋をしてしまうと言う話。そのドタバタを描いた作品で、全国大会まで行った作品だった。


「あの全国大会の時のキャストを公開しろって要求してきたので、断わったら・・・。」


 そりゃ断わるしかない。

 あのときのキャストは、女性役を含めて出演者の全て男だったのだから。それも、男性役女性が男装しているという設置だからややこしい。

 フレイバール少佐を含めて、町娘、少佐の許婚の少女、軍看護婦・・・全てが男。

 当時、我が部には女性部員がいなかったために、苦肉の策として女装恋愛ラプソディーというオカマバーのようなネタで挑むこととなってしまった。

 が、その緊張感が受けてか、地方予選と全国大会を勝ち抜き、優勝こそは得票的に伸び悩んだものの審査員特別賞と主演女優性を得ることとなった。

 勿論少佐役の人間が。

 大爆笑をした僕らだったが、流石に問題があると思い辞退することとなった。

 なにせ受賞のときは本名を呼ばれるのだから。

 かくして受賞主演女優不在で幕を閉めた全国大会であったが、その後公演したという記憶はない。


「じゃ、教頭って、キャストを知りたくって嫌がらせしてるのかい?」

「・・・、というよりも、そのときの主演女優を個人的に紹介しろといっているのよ、あの超セクハラはゲ親父は。」

「結構有名なんです。・・・そのぉ、かわいい生徒のお尻をなでたり、教務指導室でセクハラしてるって・・・。」

「そんなの、セクハラオヤジだって教育委員会に訴えれば・・・」

「そのセクハラオヤジ、日本国内国連学園受験生選抜委員会のメンバーズなのよ。」


 こと進学をしようと言う人間、進学を考える身内が居る人間にとって日本国内国連学園受験生選抜委員会の名は絶大な威力を持つ。

 国連学園に進学しなくても、国内受験をする学生達への影響力は絶大なものがあり、彼等の審査無しにはままならないと言うものだった。

 絶対的な権力者と言えるその委員になるためには、気の遠くなるほどの審査があり、とてもセクハラオヤジなんかが通れるような道のりなんかではなかったはずだ。

 とはいえ、最低オヤジが己のものとは違う権力によっている事実は変らない。


「つまり、権力を支えられるだけの精神的骨格がなかったのね」


 其の時、僕は反射的に懐の電話を取り出した。

 手元の取り出した携帯電話に向かってメールを打つ。

 打ちながら小さく呟いた。


「・・・自分以上の権力に翻弄される苦しみを教えてやる。」



第三章


 定期公演は三日間行われることとなったが、三日目の演目に周囲の注目は集まっていた。


「特別公演『メヌエット』オリジナルキャスト版」


 再演の要請を各所にされながらも逃げつづけた演目であった。

 しかし、絶対に許せない、そんな思いが僕達オリジナルメンバーに溢れていた。


「・・・イズミ。こういう面白いことには、もっと速く呼んでくれなくちゃ。」


 こんな軽口を叩くやつらであったが、新任教頭への怒りは隠しきれるものではなかった。

 そんな僕らにミナトは恥ずかしさを隠し切れないようにしていたが、おせっかいな先輩達の身勝手を許してくれる度量の大きい部長なんだと元気付けたりして見せる。


「それでさ、どうやって教頭にギャフンと言わせるんだ?」


 集まって直に聞かれたこと。


「ま、細工はりゅうりゅうってね。」

「またこいつの秘密主義が出たよ。」


 そして、その細工は、細工達は公演二日目の夜、翌日の公演に備えて舞台稽古をしているところで現れた。

 きらびやかな第三礼服が、体育館の入り口に集って。

 まさか、まさま・・・・


「・・・まさか、チーム全員集合って事になるとは思わなかったよ。」


 学園で最も頼りにしているコミュニティー、僕らのチームがそろいぶんだ瞬間であった。

 軽い自己紹介が部員とチームの間で行われているところで、ちょいちょいと黄が僕のすそを引っ張る。


「どうだ? 人数足りてるか?」


 多すぎだ、最小限三人必要だっただけなのに。

 僕は事情説明をして、非常に卑怯な手段を行うため、暇な人間を三人ほど集めて東京に来てほしいと黄にメールを打ったのだけれども、どうやら同じような文面でチーム全員にメールを転送したらしい。


「お祭騒ぎで仲間はずれにすると、最低でも卒業するまで言われるぞ。」

「いいや、卒業しても言う。」

「ああ、ここまでセコイ小悪党が見れるんだ、こんな機会を無にしたくないね。」


 口々に彼らは僕に微笑みかける。


「どうせリョウプラス三人ってことで、例の奴を試すんだろ?」とJJ。


 やはりこいつらチームは話が早い。


「例の奴って?」


 首を傾げるレンファに、僕らは腰のサーベルを叩いて見せた。


「・・・男の子って、なんでそこまで事を荒立てたがるのかしら?」

「ま、良いんじゃないの?」


 とイブも微笑んでいた。


「ええっと、何をお話ししてらっしゃるんですか?」


 部員達を代表してミナトが不安げに僕に聞く。


『ないしょ』


 綺麗にハモったチームの日本語だった。



 公演三日目。

 午後1回だけの公演には予想に反した程の量の人間が動員された。

 一昨年の全国大会の噂を聞いた演劇関係者、近隣の演劇部、学区が近い高校演劇部など等に加え、近所の奥様連中まで集まっているのだからたいしたものだ。

 用意された椅子だけでは足りなかった為に、練習中だった陸上部の力を借りて教室の椅子をそのまま持ち込む始末だった。

 それでも入りきれない人間は立ち見でもと入場し、2階展望席まで人が溢れていた。

 耐えがたき熱気の中、蒸しかえる視線の中で今、幕は開いた。



 劇中脂汗を流していた演劇部員達は、終了と共に行われた観客席のスタンドオベーションに感嘆の声を上げる。


「どう? これが学生演劇よ。」


 緞帳の脇でミナトの言葉に少女達はただただ頷くのであった。

 1度閉まった緞帳が再びあがると、フレイバール少佐とその周囲に見慣れぬ衛士姿の人間達がいた。

 彼らは一様に帯剣しており、その精巧な細工は学生製作のレベルを超えていた。

 彼等の剣が一様に抜き放たれ、天高く照らしあまねく。

 その光に心奪われた観客は、その中心たるフレイバール少佐の声に現実を感じた。


「みなさん、我らが演劇部の特別公演にいらして頂きありがとうございます。私達も後輩達の熱意に押されたとは言えこのような舞台を持てたことを大変嬉しく思います。この舞台推進の立役者となっていただけたのが、この学校の教頭先生でいらっしゃります。舞台までどうぞ!」


 すっと少佐が手を差し伸べる先には、あぶらぎったはげ頭の親父がスポットライトに照らされている。

 きらりと光った頭をハンカチでぬぐいながら、卑下たる笑みで壇上まで上がってきた。

 少佐がにっこり微笑んで男装の麗人の絵もゆわれぬ色気を発散するさまを見た教頭は、思わず少佐の手を取り下品な笑いを浮かべる。


「こ、こうえい、光栄ですなぁ。卒業生からこのようなもてなしを受けるとは、本当に光栄ですなぁ。」


 ぶんぶんと握手で手を振る。


「一昨年の全国大会でお見かけしたときから、心からのファンとなりましたのに、進学先では活動なさっていらっしゃらないようで・・・とても残念でしたが、いや今日この日が来た事を喜ばしく思います。あとでお茶などどうですかな?」


 ここまでにこやかだった教頭の顔がゆがむ。


「後輩達が自由に活動できるために、お知恵を拝借したいものですな。」


 すっと教頭はキザに笑うのを見て、少佐は頬をはたく。

 非常に大きな音と共に教頭の体がキリキリと舞、演台でしりもちを着く。

 何が起こったのか理解していない風だった瞳に、一気に燃え上がる怒りの炎が現れる。


「な、なにをするか! 貴様らこのようなことをしてただで済むと思うな!」


 反射的に出た言葉に衛士姿の人間達が互いの剣を合わせて答える。

 何処かで見たような景色であると誰もが思ったに違いない。


「それは私に対して行った無礼を更に上塗りして、私に宣戦を布告すると言うことですね?」


 きりりと引き締まる顔は、朝の冷気のような冷たさを新鮮さを感じさせ、観客はため息を漏らす。


「・・・くそがきども、私がどのような立場の人間かわかっていて行っているのか!」


 ぐっと胸をそらすと男の胸には「UN」のマークが光り輝いている。それは日本国内国連学園受験生選抜委員会のマークだった。


「お前達はつまらん感傷で自分の人生を誤ろうとしているんだぞ、判っているのか。」


 勝ち誇ったようなその顔に、一抹の不安の影がよぎる。

 ・・・私は何か間違っているのだろうか? と。

 今までの学生達は、このバッチの威力を知っていた。

 卒業しようと退学しようとこのバッチには敬意を抱いたものだった。

 しかし彼らは何故か意にも介していないではないか!

 忍び寄る不安は、目の前で現実のものになった。


「かの者、我に対する非道、我が縁者に対する非道甚だしく、且つ、我自身への宣戦の布告を確認するものなり。」


 浪々とよどみない言葉は英語だった。

 少佐の言葉を追うように、背後の衛士も言葉を続けている。


「我らに危害を加えしものは、我が家に危害をくわえしものか?」

『「Yes!」』

「我らの家に危害をくわえしものは何者か?」

『「目の前の愚かなる者」』

「我、我らの力を持って、目の前の愚かなる者に戦線を布告する。友よ同意せしか?」

『「Yes.Yes.Yes!」』


 少佐の抜き放ちし剣に衛士たちの剣が添えられる。

 照明を反射していた光が物理的な力を持って発光したかのようにみえた。

 その瞬間、教頭は全てを覚った


「国連・・・学生…。」


 がっくりと項垂れた教頭に剣が添えられる。


「この場で完全降伏が無き場合、UN関東師団全軍をもって貴方の掃討にあたります。降伏をなさいますか?」


 事切れる寸前の教頭はうわ言の様に呟く。


「ば、ばかな、こんな所に国連学生などおる訳が無い・・・。はったり、そうはったりに決まっておる!!」


 絶叫にも似た叫びは、彼らの胸に輝く校章を見て絶望へと変わる。


「現在をもって、…目の前の愚かなる者に戦線を布告する。友よ同意の声を響か・・・・」


 そう言いかけた少佐の声を、低空進入したジェット機の爆音が切り裂く。

 重低音の戦闘攻撃ヘリコプターの爆音が周囲に響く。


「ああ、貴方の返答が遅いから・・・。この辺は焦土と化しますねぇ。」


 第一声のジェットで気を失っていた教頭であった。



 即日のうちに政府から僕達国連学生に和平申し入れがあった。

 教頭の更迭、文部大臣の更迭等で僕らは手を打つことにした。

 実際あのときは国連軍は動いておらず、正式な宣戦布告もされていなかった。

 全ては効果音によるものだったのだけれども、国連学生が二桁集まっていて、さらに戦線の布告も吝かでないほどの事態ともなると政府も本腰を入れざる得ないだろう。

 正直な話、私情が100%の戦闘行動だったけれども、馬鹿をやっているといつか竹箆返しが来るよと言う教訓にはなったはずだ。

 ことは国連学園関連の事件と言うこともあり、完全に報道管制が引かれたものの人の口には戸を立てられる訳でもなく、じんわりと真実は浸透して行った。

 なによりご近所では、あの国連学園に入学した@@さんは、女装すると凄いと言うあながちデマでは済ませられない噂が飛び交っている。

 無論、僕は黙殺することにしている。


 公演の後、僕の家で打ち上げとなった。

 うちのチームと演劇部と、会場の手伝いをしてくれた元演劇部の男子やその所属部の人間達。それに差し入れを持ってきた隅田組の面々。

 もう、調整休暇のときを超える騒々しさであったにもかかわらず、近所から文句のひとつも来なかったのは不思議だった。


「せんぱい、ありがとうございます!」


 へべれけのミナトは僕にしなだれかかってきた。既に二桁目の感謝である。


「なぁミナト、ありがとうはもういいんだけれども、ちょっと御願いがあるんだ。」

「なんでるかぁ?」

「化粧、落とさせてくれないかなぁ?」


 そう、なんと僕は会場からこっち、宴会のさなかでもフレイバール少佐の化粧を落とさせてもらっていないのだ。

 ちょこっとでも落そうとするとブーイングの嵐となり、何ともはやというきでいる。

 勿論この時の答も・・・


「だめ!」


 という僕の声が聞こええる範囲全員からの回答だった。


「こーんなに麗しい殿方の扮装なんですもの、じっくり味わいたいわぁ。」


 と擦り寄る女性はミス・清音。

 帰りに車に乗らないと行けないであろう筈なのに、べろべろに酔っ払っている状態だ。

 後輩達はこの格好になれているといえばなれているので、あまりじろじろ見たりはしないが、学園のチームの連中は違った。

 事あるごとに僕のほうを見てはニヤニヤしている。

 マクドナルドなどは妙に赤い顔をしているが、その詳細について問い詰めるような事はしないでおこうと思う僕。

 終焉の無いかのように思えた酒宴も、調整休暇のときよりは短い時間で1度は御開きとなり、後輩達を帰宅させた。

 そのあとはもう、学園ののり。

 昨日から家に泊っているチーム連中は朝まで酒盛りをしていたようだった。

 ようだったというのは何故かと言うと、僕は見事につぶれてしまったから後の事は分からなかったのだ。

 自分の部屋で起きたときに、JJとマックに添い寝されている状況であったことには驚いた。

 まったく。




 一癖もふた癖もある人間達を引き連れて東京見物としゃれ込んだが、今帰りの新幹線の中では後悔しか覚えていない。

 あのはげちゃびんを黙らせる方法など、ほっと他に色々とあったに違いなのに、何故皆を集めてしまったのか、そんな考えがぐるぐると回っていた。



いかがでしょうか? 第四話です。


こんな感じで、一年を8~9話でまとめる予定です。


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