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第二話 調整休暇

章ごとに分けなくてもいいんじゃない?という指摘もあり、まとめて見ました。

結構長いw


第一章 学園で


 わりと有名な話であるが、国連学園の休みは非常に多い。

 一日の前半講義が休講になる何てこともざらである上に、各国の常識的な休みや長期休暇習慣なども取り入れているので、かなり多い。

 で、長期休暇の代表的なものと言えば、夏休み・冬休み・春休み・・・そして五月調整休暇である。

 日本的にいえば「ゴールデンウイーク」なのであるが、学園ではそれとは違った意味合いが3つほどある。

 一つは、講義に新しく入ってきた新入生達の実力に合せて講師陣が学習内容を調整出来るようにと言うもの。主に講師用のもので、研究室入りしている生徒達もその過程で講師資格の習得をしている。

 一つは、新入生が今後学園で生活が出来るかの適正を審査するため。この審査に刎ねられるような人間は、初めから入学出来ないのであるけれども、著しく資格に欠く人材が判明するのもこの時期となっている。

 そしてもう一つが一番有名で、入学してはじめて里帰りをするためである。

 世界中で一握りの人間しか入学出来ない学園に入学しての帰郷。この五月の連休が、凱旋休暇の名を冠しているのが知れる所だろう。


 そんな休み前のひととき。


 いつもの喫茶店で僕らは皆、一時出国届けとビザ申請書を書いていた。

 面白い事に、この国連学園に入学したものは全て出身国の登録を停止され、国連所属の国連国民となる。

 そのため国連国民としてのパスポートも存在してるし、学園圏外に出かける際には出国届けとビザを必要としたりする。

 国境や宗教にとらわれない学習環境を、という建前なのである。

 まぁ有名無実と言ったところだが、ここ一番というところで意味が出てくる。


「いいよねーリョウやヨーコは。帰郷が楽でさぁ。」


 日本国への帰郷・出国の際のみ、ノービザ・ノーチェックなのは有名な話。

 日本の領土内に出来た外国のはずなのに、政府はアメリカンスクールが出来た程度にしか感じていないのがありありと分かる対応である。

 この世界全体を舐めた国の姿勢には頭痛を覚えるが、外出申請だけで外に出られないと、下の町まで買い出しにも行けないので、結局のところはラクはらくだ。


「みんな、おみあげは?」


 黄のその問いに、みんな色々と出すわ出すわ。。

 ひょっとこ・天狗に代表されるお面や 、観光地の名前入りの提灯。銘菓・絵葉書・珍味・オーディオカセット・・・・何処から出てくるのかと言うほど現れては、皆楽しげに自慢しあっていた。


「おお、演歌か。」「うん、(喫茶店の)奥さんに薦められて」「うひゃ、それココム違反だろ? そのマシン」「学園関税ではOKだって言ってるよ」「あそこは学園から持ち出しじゃなけりゃなんでもいいんだ。」「リョウは何か買ったのか?」「おいおい、リョウは地元だぜ。」「ああ、じゃぁおみあげは大変だなぁ」「静岡県だけに『茶』だろ。」「茶羊羹ってのもあるし・・・。」


 とかなんとか、色々と言い合う彼らに、僕は不敵に笑って見せる。


「ふっふっふ、諸君は甘い。少なくとも出身校の後輩からグロス単位で頼まれているおみあげがあるのさ。」


 そういって取り出したのは銀色のシャープペンシルとボールペン。

 僕やみんなも愛用している、学園の購買部で売っている物だ。

 金属製の割には格安で買えることで人気が高い。

 このボールペンの使用度はきわめて高く、僕なぞ入学からこっち二本も使いつぶした。

 その使い潰したボールペンにすら価値を見出す後輩も入るのは別の話。


「あああ!その手があったか!」


 実はこのシャープペンシルとボールペン、一般の人が買える機会なぞほとんど無く、唯一、一般の人が購入出来る機会は学園祭のときだけで、その特別販売の時も僅か10分で売り切れてしまうほどのものなのだ。

 さらに、学園祭への一般入場は煩雑な政治審査・資格審査があり、対テロ・工作活動防止のためとはいえ極めて狭い門となっている。

 学園祭以外での入手は困難を極め、定価の数十万倍で売買されているとか何とか。

 が、普段は多くの在庫を抱えるアイテムであるために、結構見逃しがち。

 僕はこの学園のロゴ入りのシャーペンに加えて消しゴム・ボールペンをセットにして、既に学校の後輩や仲間内に送っており、感謝のメールでサーバーはいっぱいイッパイ。


「お、おおお・・・、おい、リョウ。今からでも間に合うかな?」

「さぁ、どうかな? さっき講義の後にイブとレンファに話したら、『買い占めちゃる』とかいって走っていったもの。」

「なにぃぃぃぃ!」


 彼女たちならばやりかねないと、騒がしいおとこたちは、脱兎のごとくに去っていった。テーブルに学生章を置いて。


「あーあ、みんな浮ついてるねぇ。」


 テーブルの上を掃除しながら、マスターの奥さんは僕に笑った。


「リョウ君はどうするの、帰るの?」


 いいえ、と首を横に振る。


「なんで? ご両親がお待ちじゃないの?」


 まぁ、確かに待っている人はいるが、ソレは今じゃないし家でもない。


「誰が待っていようとも、あれを着る勇気はありません。」

「あははは、あれねぇ・・・。いちおう誉ってことになってるわよ?」

「少なくとも、似合う人間には誉れでしょうね。」

「リョウクンも似合うと思うけどなぁ。」


 お変わりのコーヒーを入れながらの奥さんに、僕は苦笑い。

 似合うわけがあるまい。

 国連学園から出国の際に必ず着ることが義務つけられている第三礼服なんて!!


「あら、結構似合うと思うんだけどなぁ。」

「ええ、絶対に似合うと思うわよぉ~」


 音も無く現れた二人の美少女に僕は反射的に「似合わない」といったが、彼女たちは何やら紙束を取り出した。

 見るとアンケート用紙で、内容は怪しげだった。


「なんですか、この『リョウ=イズミの第三礼服着用時CG感想』ってアンケートは。」


 冷ややかに言う僕に、手持ちのPDAを出したレンファ。


「集計結果は見ての通りよ。」


 着せたい・見てみたい・無理やりにでも着させる・・・・・


「あ、ち、違うわよレンファ!」

「あ、あああああ、こっちこっち。」


 切り替えられた画面には、「似合う・似合わない・どちらともいえない」の三項目への投票数が表示されており、似合うがぶっちぎりになっていた。


「ところで、この投票数って、重複可?」「不可」


 つうことは、この投票に500人もの人間が関わっているんですか?

 冷たい汗が背中を走る。

 初めに見せられたアンケート結果も背筋に悪い。

 なんだか無理やりにでも着させるという項目が、三桁いた気がする。


「なー、リョウ。やっぱり、東京観光案内してよ~。」


 背後からしなだれかかってきた黄に、僕は二つ返事でOKを出すのであった。


「ええええ!なんでぇ!」「カナダカナダ、カナダに行こうよーーーー!」


 黄を背負って、ダッシュで事務等へ走る僕だった。



 それから2日程、殆どの講義を同じくしていた2人の態度はいつものものだった。

 だから夢にも思わなかった。




第二章 帰郷一日目 


 白い、海兵隊の制服と言うものをご存知だろうか?

 パリっとした恰好の良いあれだ。

 あれに大きなリボン付きの大きな帽子をつけて、金モールをばりばりにして、帯剣して。

 もうどうしようもないほど少女趣味三色リボン「タカラヅカ」仕様にすると、国連学園第三礼服になる。いやいや、海兵隊にリボンの騎士か?

 連休前、クローゼットから出した瞬間、これを着なければならないのかと意識が白くなった。

 制服と言うものがほとんど存在しないと思われている学園にも、3っつの礼服が存在している。

 第一礼服は、学園の正式な行事や冠婚葬祭に着るもの。

 第二礼服はもっと簡略化されたもので、制服のように来ていても問題無いもの。これを僕らチームは普段にきている

 第三礼服は、私事で学園圏を離れる時の移動時に、着用を義務とされているものである。

 それが今着ている第三礼服なんだけれども、これが恥ずかしいのなんのって、こういう服が好きな人もいるとは思うけれども、個人的には二度と袖を通したくない服と言うものの代表のような気がする。

 そんな恰好の人間が歩いていればいやがおうにも目立つ。

 ある程度の張力がありながら軽いリボンはフワフワ揺れるし、腰もとの剣はかちゃかちゃと音をさせているし。

 さらにこの格好でJR静岡駅の新幹線ホームに4人も入れば盛大に目立。

 あたかも、人気アイドルや政治家みたいな目立ち方ではなく、チンドンヤか獅子舞かという感じに。

 一人でも目立ちまくりという人間が四人も並んでいる事自体珍しいのだけれども、その内訳が疑問だ。

 僕と黄、それは良いだろう。一緒に東京に行くはずなので問題はない。

 しかし、先日夜のうちにカナダへ出発したはずのイブとレンファが、小さなトランクケースを片手に、何故ここにいる。

 非常に疑問だった。


「どうしてなの?」


 主語の存在しない質問の答えをなかば予想しつつも僕は聞くと、二人はにっこり微笑んで答えてみせた。


「『突然』リョウの家にお邪魔することにしたの。」

「ちゃんと手続きもしたし、うちの実家の許可も取ってあるし、嫌とは言わせたくないわ。」


 自分の家にも学園にも手続き済みだというが、僕の所への連絡は最後らしい。

 なんともはや、まるっきり子供の論理である。

 これが国連学園合格者なのかと思うと頭が痛い思いだ。

 黄に視線を送ると、へらへらと笑っているばかりで何も答えてくれそうも無い。

 いざとなると頼りにならない男である。


「あのね、二人とも。いくらチームだとは言え、僕らは男で、君たちは女なんだ。年頃の僕らが同じ家に同衾するのって、とても良くないことだと思うんだけれど?」


 半ば意図的で意地悪な質問に、顔色も変えずに彼女たちは答えた見せた。


「それって、良くないことをしてくれるってこと?」

「どっちが先なのかしら?」

「そ・・・・そういう事じゃなくて!!」


 話を振っておいて何だけれども、見事に切りかえされておたついたのは僕。

 昔から思うのだけれども、女の子というのは恐ろしい。

 こんな大胆な台詞を、こともなげに言えるのだから。

 どんなに仲が良くても、彼女たちのようなうら若き女性を同衾するなど論外だろう。

 頭の中で自宅の近くのホテルをピックアップしながら、彼女たちの趣味に合うかどうかを考えてしまった。

 住宅地域であるため、周辺にホテルなど無く、池袋ぐらいに出ないと駄目かもしれない。

 ・・・参った。

 そんなうろたえる僕を宥めるように黄は、耳元で囁いた。


「・・・なにか理由がありそうだ。」


 そういえば、なんとなくカナダ行きも強引に誘われたような気もする。

 全く行く気が無いと言っているのに、僕の分のチケットの手配や一時入国審査請求まで始める始末だった事を考えると、強引誘われたとかいう問題ではないのだけれども。

 散々断って、半ば泣かせてしまった後で謝りに行くと、その勢いで連れていかれそうになったりするのだから恐ろしい。

 ほぼ、諦めるという事を忘れたような行為は、確かになにか訳がありそうである。

 暫く考えた僕は、・・・覚悟を決めた。

 今まで十分に逃げを打ってきた。

 その上で彼女たちは最終手段を打たれたのだ。

 この段階となってしまっては男の負けで、彼女たちの勝ちだろう。

 それが認められないほど愚かではないつもりだ。

 さっきまでの考えは全てキャンセルに決定。


「わかった。・・・・じゃぁ、お二人さん。僕の家への招待を受けてもらえるかな?招待状は手元に無いんで勘弁してしいんだけれども。」


 おどけた僕に、いつも以上の微笑みで、彼女たちは答えてくれた。


 普通の新幹線に乗ろうと思ったのに、なぜか臨時列車が入ってきた。

 車体の横にはUNのマークが入っている。


「こ、国連特別車?」


 驚く僕に、イブとレンファは肩をすくめた。


「驚いたわよ、あなたたち。まったく交通申請してないじゃない。」

「本当に普通の電車に乗るつもりだったの?」


 僕と黄は思わず視線を交わした。

 交通申請って何だ?


「・・・本当に、わからないのね。」


 がっくりと肩を落とした二人の美少女が説明してくれたところによると、国連学生が交通移動する際、リニア国連学園線以外は交通移動申請をして警護準備を関係各国へ通達する必要があるそうだ。

 ぜんぜん知らなかったけど。


「あなたたちを追って申請して驚いたわよ。新幹線の申請はしてない、在来線をその格好で移動しようとしている、地元駅でお出迎えで歩いて移動ですって? 日本の警視庁があまりのことに脳溢血起こすところだったわよ。」


 グリーン車四人個室に入った僕たち以外のっていない。

 後の空間には、国連情報部の警護要員がみっちり乗っているとの事。


「でもさー、ぼくらなんて国連学園に入学しただけの子供だよ? そんなに警護にちのりをあげなくても・・・。」

「もう! あなたはなんで、いつもいつも・・・」


 眉毛を潜めていたイブだが、思わず苦笑した。


「ま、その状況認識の甘さが、あなた達のいいところなのかもね。」


 彼女達の笑顔を見ながら、新幹線は一路東京へ。



 降り立つと、そこは懐かしき東京。

 ぐっと背伸びをして周囲を見回す。

 なぜかこちらを見つめる周囲のかたがたの視線が熱い気がする。


「あなたたちの予定だと、このまま地元の電車に乗り換えることになってたけど、ちょっと手を加えておいたわ。」


 なんで、と聞くと、レンファはにこやかに言う。


「国連学生が第三礼服で移動してるって聞けば、馬鹿の200や300が集まってきて、身包みはがれるわよ?」

「ば、ばかだなぁ、ここは法治国家の首都だよ?」

「・・・髪の毛なんかガンガン抜かれるわね。」

「なんで?」

「日本のことわざには、何々さんのつめの垢でも・・・って言葉があるんでしょ? 髪の毛や衣服の切れ端を受験のお守りにしたいって考える人がいないとでも思うの?」


 ぞくっと背中に悪寒が走る。

 周囲から差し込まれる視線の大半は・・・主婦か!


「は、早いところ・・・」


 そう移動しようとしたときには既に人の輪が、一重二十重に出来ていた。


「申し訳ありませんが、道をあけてもらえませんか?」


 そう言う僕を、周りの人たちは何か熱い視線で見つめている。

 かなり病的な色合いに思える。

 いかん、熱心な教育家族か?!

 徐々に伸びてくる彼らの手をみて、どうしたものかと思っていると、鋭い警告笛と共に拡声器で大きくされた声が周囲に響いた。


「こちら警視庁です、現在、皆様がいらっしゃいます19番ホームは関係者以外の立ち入りが禁止されております。 この禁止は法的な規制によるもので違反者には刑罰が加わることとなります。 どうか至急退去なさってください!」


 びくりと震えた人々の肩であったが、のろのろとゆっくり人が拡散していった。

 しばらくして閑散としたホームになったところで思わずため息の僕であったが、二人の美少女は鼻息荒く笑う。


「どう? なんの申請もせずに移動していたら、こういうバックアップなしだったのよ?」

「感謝してる?」


 僕らはおもわず手を合わせて二人の美少女を拝んでしまった。

 ありがたや、ありがたや。



 移動するに従い人払いエリアが移動する様は、あまりにも心苦しく、なんともいえない苦さがあった。

 何も特権や権力を使いたくて帰ってきたわけではないのだけれども、事実上、僕の帰省によって多くの人が迷惑していることだろう。

 動員された警官たちは休み返上だろうし、駅員たちだって増員されていることだろう。

 迷惑以外の何者でもない。

 それもこれも無自覚にふらふらしようとしたことへの代償だろう。

 こころに刻まなければならない事のように思う。


「難しいこと考えてる?」


 右となりのレンファは、にこやかであった。

 左のイブもにこやか。

 その隣の黄もにこやか。


「何でみんな笑顔なの?」


 あたかもムービースターかのような振る舞いに、僕は眉を寄せる。


「あのね、リョウ。私たちはあなたのご招待で東京に来たのよね?」


 確認するように言うイブにうなずく僕。


「じゃ、たとえば、あなたと同行している人間が、不機嫌そうな顔をしていたら、周囲の人はどう思うかしら?」

「・・・人ごみがうざったい。」

「そうじゃないでしょ、『意に染まない凱旋休暇だと思っている』といわれるのよ」

「もしかして、僕のため?」

「もしかしなくても、あなたのための気遣いよ」


 にこやかな笑顔のままで言うレンファ。

 ・・・重ね重ね申し訳ない話だ。

 東京駅中央通路を突っ切ろうとしたところで、一箇所の人ごみが警官に静止されず残っている事に気づいた。

 こちらの歩みと同期して、その人ごみが近づいてくる。

 人ごみの正体はと目を凝らすと、四方からフラッシュで囲まれているところが見える。

 つまるところ、どんなシーンだろうと撮らずにはいられないスターがいるのだろう。

 なるほど、と僕。

 この人ごみは、国連学生ばかりを追っているわけではないことに気づく。

 そりゃそうだ、所詮、如何な権力があろうとも高校一年と同等の年齢と人格だもの。

 簡単なネタばらしを見た気がしたもので、思わず表情が緩んだ。

 気軽でいいんじゃないか、それでいいんだと思ったとき、周囲がわっと盛り上がる。

 きゃーとかわーとかいって、正面の人ごみと僕たちを指差したりなんかする。

 なんだなんだと思っていると、人ごみがその騒ぎを聞いてこちらを見、そして顔を青くした。

 周囲の人間に声がけをした途端、ぱっとカメラをかばんにしまって散っていった。

 そしてその人簿身の中心にいた人物を見て驚く。


「き、清音センセ・・・・。」


 長身の女性教諭は、にこやかな笑みと共に歩み寄り、そして僕の肩をたたいた。


「よ、言ったとうりになっただろ?」


 がっくり肩を落とす僕。

 しかし僕の左右から絶叫のような声が上がった。


「ミス・キヨネ!! な、なんで!!」


 へ? と思わずチームメイトたちを見た僕だった。



「じゃ、じゃぁ、あなただったの! 準備期間わずか六ヶ月で入学を果たしたって言う非常識な人間って!!」


 叫ぶように言うレンファにうなずくと、イブはぐいっと僕の顔をつかんで振り向かせる。


「な、な、なんで黙ってたのよ、そう言うこと!」

「で、でも、ほら、出身学校とか出身地でチームが固まるのは、学園法規上好ましくないって言うし、学園長も広く有効を持つために過去が不要となるときもあるって・・・。」

「それとこれとは別よ!」


 右左に分かれて僕をぐいぐい引き合うイブとレンファ。

 呆然とそれを見守る清音センセ。

 黄はわれ関せずといった感じ。


「あなたがはじめから言っていてくれれば、私たちだってあんな苦労・・・」

「っ! 」


 何かを言いかけたイブを遮ってレンファはイブの口を押さえた。

 形として僕の背後からレンファがイブを抱きしめているかのような・・・。


「・・・刺激的なカッコウだよね。」


 思わず漏らした一言に、二人の美少女の平手が応じる。


「・・・いたい。」


 真っ赤になった美少女たちに、おもむろな先生の言葉が届く。


「さて、お嬢様方。 痴話喧嘩よりこの場から移動するほうが必要だと思うのですが?」


 センセの一言に、思わず周囲を見回した彼女たちは、さらに赤くなって僕の背後に隠れた。

 いまさらなんだけどね。


 JR主要駅には必ずあるという特別改札を通り抜けると、一台の車が止まっていた。

 その悪名高きシトロエン社 シトロエンCX。

 清音センセの愛車にして、一年を通して故障が無かったことが無い車だ。

 それを見て、イブとレンファは感嘆の息を漏らした。


「これが、ミス清音の愛車ですのね。」「伝説のCXだわ」


 あたかも観光名所の旧跡を見るかのような声に僕は首をかしげる。


「あのな、リョウ。僕としては自分の価値を良く考えたほうがいいと思うぞ。」

「なにそれ。」

「ほんとうに頑迷なのよ、リョウ君は。」


 黄を助手席に座らせて、後部シートに僕らを座らせた先生は肩をすくめる。


「この前、こっちに帰ってくるって言うから、『周りでお祭り騒ぎになるから気をつけろ』ってちゃんと忠告したのに、まったく信じちゃいないのよ。」


 珍しく一発でかかったエンジンを、しばらく暖気。

 どんなに急いでいてもこの工程ははずせない。

 後で痛い目にあうから。


「リョウ、ミス清音がちゃんと忠告なさっていらっしゃるのに!」


 怖い顔で二人の美少女が僕をにらむ。


「・・・だって、いかに国連学園だって言ったって、所詮は高校生だよ?」

「あなたがどう思おうとも関係ないの、評価は周囲が決めるんだから!」


 脇をつねるレンファ。


「少なくとも、入学一年前まで一般教育しか受けていなかった人間が国連学園に入ったってだけでも国を挙げての歓待があってもおかしくないのよ!」

「でもでも、世界的な有名校に入ったからって・・・。」


 たいしたこと無いだろ? と言いかけてやめた。

 まったく価値観が通じていない気がするからだ。


「あのね、リョウ。たとえば、いままで引きこもりの超オタクだった人が、二・三ヶ月の練習でマラソンのゴールドメダリストなったとするわね?」


 そりゃありえません。という僕を、周囲の人間全員が鼻で笑った。


「・・・いたとするわね?」

「・・・はい。」

「そんな人が目の前を歩いていたら、興味ない?」

「居たとしたら、化け物だモノ。みたいよねぇ、怖いもの見たさで。」


 僕がにこやかに言うと、全員がため息をついた。

 なぜ?



 細かにゆっくりと、暖気中の車の中で説明されたことによると、先ほどの例えは僕のことらしい。


「でもね、僕一人の力じゃなくて、清音センセのお陰なんだよ?」


 そう、全てはセンセのお陰だと僕は思っている。

 前から国連学園受験のことは、色々な理由から考えていたのだけれども、夏の進路相談の時に初めて「国連学園」に進学するとセンセに打ち明けたのだ。

 その時の大騒ぎは凄いもので、僕が狂ったとか、気が触れたとか・・・職員室どころか教室まで大騒ぎとなった。

 学校の90%までの人間が、絶対に合格など無理だろうと断言していた中で、担任である清音センセだけはこう言ってくれた。


「何か理由があるのね? なら、やりなさい。私が全面的に応援するから。」


 その全面的応援というのが、その日からいきなり始まった。

 朝に昼に夜に、センセはあらゆる時間を使って僕に個人教諭をしてくれ、その上各部門の専任教諭達をあらゆる手段を用いても引っ張り出し、各々受験対策勉強を僕に付けさせた。

 空き部屋だらけの僕の自宅に夜具まで持ち込み、半ば強制的な合宿生活の成果は、秋の対国連学園模擬試験で覿面に表れることとなる。

 全国規模で行われる対学園模擬試験の順位も夏から見てウナギのぼりに上昇。

 正月を迎えるころには、合格と言う言葉が現実味を帯びだしていたという結果には、周囲の誰もが驚き、そして興味をかきたてていた。

 3学期ともなると、学校のほとんどの人間が僕の受験にたいして協力的に接してくれるようになっていたし、同学年の仲間も勉強に付き合ってくれてた。

 この効果かどうかは知らないが、その年の受験結果は非常に優秀なものがあり、卒業組の元PTAからセンセに感謝状が出たという話だ。

 僕の合格という個人情報は国連学園情報機密条例によって保護されているものの、僕の情報が報道に乗らないだけで、センセの情報は世界的に広がってしまった。

 ニュースが世界に駆け巡った後にやってきたのは、センセへの賞賛と期待だった。

 その期待は数字となって現れ、今年の我が母校の入学人数は例年の5倍にも達したとのこと。

 多くの人間が清音センセの受け持ちを望んだとかいう話だが、センセは今年一年、担任を持つことなく研究職員となる事が一昨年から決まっていたので、入学者の多くはため息をもらしたそうだ。


「違う違う、リョウ君が優秀だっただけで、私はそれに付き合っただけなのよ。本当に優秀なのはリョウ君なの。」


 その言葉にイブとレンファは頷いた。


「もちろんですわ、ミス清音。あなたの優秀さは間違いありませんが、それについてこれる人間もまた優秀に決まってますもの」とレンファ。

「どうかこの朴念仁に世の中の価値観を教えてやってください!」

「はぁ・・・・・、まったく進歩と言うものが無い。」


 暖気を終えた車を運転しながらも、がっくりとうな垂れるセンセ。


「国連学園に入って、超絶な美少女を二人も連れて来ているから少しは変っただろうと思っていたけれども・・・まったく変わっていない。」

 がっくりと気力を失った風のセンセは、ちょいと二人に目を配らせて言う。


「この子はね、私が受け持ってる頃から始終この調子なのよ。


 誰にでも優しくて、誰とでも仲良くなっちゃうの。

 その上、男女の隔たり無く仲良くなるものだから始末に悪いわ。

 過去、中学時代にも上級生・下級生問わずに彼に思いを寄せてる娘はいたけれども、全然駄目、アタックしに行って気づいてもらえないんですって。

 この子って全然そういう事に鈍いのよ。」

 きっとセンセは僕を睨んだ。

 にらまれた僕にとっては初めての衝撃的な話だった。

 人気があったなんて信じられなくて、思わず辺りを見回してしまう。

 僕と同姓同名の誰かの話を聞いている気分で、腰の座りが悪かった。


「近年希に見る、世界最大級の朴念仁にして超級鈍感のこの子の所為で、私は教師生活のかなりの時間を、この子宛ての恋愛相談に使わされたものよ。」

「全くの初耳です。そうだったんですか?」

「初耳に決まってるでしょ! その辺の話が直接君の所にいかないように、私が切り盛りしてたんだから。学園受験を志している人間に、そんな事を言えるわけないでしょ?」

「・・・と言う事は、その話しって三年の夏以降なんですね。」

「それ以前は、馬鹿らしくて話す気にならなかっただけ。」


 鼻で笑ってセンセは、顔をゆがめる。


「夕暮れの校舎裏に呼び出されて来た男が、何気ない無邪気さで世間話しかしない、人の出鼻を挫く天才なんだからしようがないじゃない。」

「えーーーーっと、それって僕の事ですか?」

「それ以外の誰だって言うのよ。」


 別に学校では成績が良かった訳ではない。顔も凡庸、成績は受験の為のものだし、スポーツも人並みと言う僕にどんな魅力が有ったと言うのか?


「最悪なのは、この子は自分がもてる事に気づいていないし、全く信じようともしない事。そんなものだから思いを寄せてきている娘がどんなにモーションをかけても気づかないのよ。 そのくせこの子の行動自体が女の子にとってみればモーション以外の何物でもないってのが更に質が悪い。」

「センセ、モーションって言われても、どんな事ですか? 誰かに何かされた記憶もした記憶もが無いんですが。」

「ほほーぅ。・・・まァそういう事にしておこうか。」


 思いっきり思わせぶりだが、ここでその事をつついても良い事はなさそうだ。


「それにセンセ、僕がそんなに注目を浴びてる理由がわかりませんよ。顔もたいした事ないし、成績もよくなかったし、家柄もいいわけじゃないし、・・・・」


 解らない、そういうつもりであった。が、振り向いた黄の顔を見て思い出した。

 そうか、その頃からそうなのか。

 人気があったと言われている期間が何時からなのか、少なくとも小学校の頃にはそんな話はなかったし・・・いや、もしかしたら僕が知らなかっただけなのかもしれない。

 急に神妙な顔で黙った僕を、センセは睨みつけた。


「反省しても駄目よ。それに、迷惑掛けた娘に会おうなんて思わない事。そういう無配慮な思いやりは、その娘にとって毒にしかならないのよ。」


 全く思ってもいなかった忠告だったけれども、僕は神妙に肯いた。


「ミス清音。それでも、そこがリョウのいいところなんじゃないですか?」


 静かな声でレンファは言う。


「多分、皆そこに引かれているんだと思います。」


 合わせてイブも言った。


「あはははは・・・さすがは学園生徒。短期間に見抜いてるね。」


 苦笑をしつつ、センセは二人に視線を送る。


「でもね、君達はまだ若く、そして前途が明るのよ。それなのに、こんなの相手にしてると、貴重な青春の時間を浪費したーって後で思う事になるわよ?」


 意地悪げに聞くセンセに、二人は微笑む。


「学園での、今の時間は千金に値しています。彼の御陰かもしれませんね。」


 イブは穏やかに言った。


「多分、告白をしようとした娘たちも、同じ事を思っているのかもしれませんよ。」


 レンファも続けて言う。

 さっきまでの痛い雰囲気は消えていた。


「イブさん、レンファさん。あなたたち良い子ね。」


 そこはかとなく居心地の悪い車内。

 僕は自分への評価が一人歩きしていることに当惑をおぼえていた。

 本当の僕など、彼女たちに見向きもされない小さい存在のはずなのに。



 轟々と吹く風は、庭先の竹林を揺らせる。

 東武東上線の始発駅、池袋から数駅のところにある中板橋駅から2分のところにそれはある。

 一見してあきらかな純日本建築の典型的な家。

 土塀に囲まれ、竹林を抱えたといえば聞こえはいいが、江戸終焉期から全く改良されていない古民家。

 それが我が家。

 戦前から見られる旧家が、いま板橋区の中ほどの平成の世まで残っているのだから驚きだろう。

 先日まで区の重要保護施設にと言う話もあったが、公開義務などがあるのでお流れになっている。

 我が家の庭先の、最近では先生専用となってしまっている駐車スペースに、CXはエンジンを止めた。

 そして僕等は皆、玄関から入って驚いていた。


「すごーい! リョウの家って料亭みたい。」というのが学園からの3人集。


(うげぇ・・・なんだ、あの、うずたかく積まれた荷物は!・・・信じられん。)と、これは僕。


 センセの表情は読めなかったが、多分僕と同じだろう。

 しばらく呆然としていた僕たちだったが、いそいそと手鏡で二人の少女がメイクを直し始めた。


「どうしたの?」


 僕がそう聞くと、二人は聊か緊張した面持ちで僕をにらむ。


「リョウのご両親にお会いするんですもの、少しでも粗相が無いほうがいいし」

「と、突然お邪魔するんですから、少しだけでも印象をよくするほうが・・・。」


 ちょっと顔を赤くしているところを見ると、自分達の行為の非常識さを自覚しているらしい。


「あ、それには及ばないよ。この家には誰も住んでいないから。」


 当惑気味の僕に、へ? という顔で二人はこちらを見る。


「両親は昔、飛行機事故で、ね。 唯一の肉親の祖母は行方不明、だからこの家には今誰もいないんだ。」


 自分で言っていても、結構悲壮感ある状況であると理解する。

 両親不在、肉親行方不明、生活費は両親の生命保険で賄っているけど、高校入学と同時にバイト三昧の予定だったのだ。

 固定資産税に、家の補修費に、インフラの支払いにとお金はいくらでも消えて行くのだから。

 しかし、国連学園に入学したおかげで、衣食住は保証され、この家は国連管理で保管されているのだからありがたい。

 固定資産税などの税金だって国籍停止と共に棚上げなんだから、学園様様だ。

 そんなわけで、思わず苦笑してしまった。

 そんなことはとうのの昔に知っているだろうと思っていたことなので、改めて話していなかったが、彼女達との付き合いは一月ちょっと。 自分から話した記憶が無いのだから知っているはずも無い。

 一瞬の空白のぬった瞬間、二人の少女は滝のような涙を流す。


「ご、ごめんなさい、なんて無神経なことを・・・。」


 あー、と僕は困ってしまう。

 小さいころから両親はいなかったので居ないのがあたりまえであった。

 だから彼女達の同情は理解できないし、祖母行方不明はそれこそあの人らしいことなのでたいした問題ではない。

 両親や肉親以上の愛情を周囲から受けて育った僕は、彼女達が思うような不幸な人生を歩んでいるわけではないのだ。

 そんなふうに、身振り手振りで彼女たちに笑いかける。


「・・・」


 赤く目を晴らす二人の少女は、不意に黄をにらむ。


「もしかして、全部知ってて東京を案内させようというの、黄!!」

「・・・あ、うん」

「この、朴念仁!」「無神経!」「あー、もう、黄のせいでいらない恥をかいたじゃない!!」


 がくがくと黄を振り回すイブとレンファ。

 照れ隠しなのがありありとわかるが、僕は苦笑していた。

 そんな風景を見て、僕はなぜか、東京に帰って着てよかったと感じていた。



 誰もいないという割には、庭や室内がきれいなのにはわけがある。

 僕の国籍停止に伴い、数々の権利や所有物が国連管理下に移行されたが、個人所有物もそれにあたる。

 一度国籍停止されると、あらゆる補助や給付を国連から受けるわけだが、その間の所有物の管理の大半も国連が行う。

 学園に持ち込めない車、自転車、ペットなどなどの個人が所有し管理していたもの全てが国連管理の下に置かれたりする。

 全く前例の無いことだが、僕が現在暫定的に所有しているこの家も管理対象ということで、保持、維持に関する全てをやってもらえていたりする。

 国連学生として受けるべき義務なのだそうだ。

 実際、国連学生を狙ったテロは後を絶たないし、個人所有物に関する盗難も後を絶たないそうだ。

 まぁ、土地一式を盗むと言う人間など、アニメの中サル顔三代目ぐらいにしか存在しないように思えるが。

 塵一つ無い室内を見回して、何だか生活観がないなぁとおもったりなんかする。

 とはいえ、キッチンにあるものや本棚にあるものなど全く代わり映えしていないもので、維持管理に気を使っていたであろう事は間違いない。

 イブとレンファを二階の客間で、僕と黄は土蔵を改装した僕の部屋で着替え、それぞれ思い思いの格好で今に現れた。

 黄は僕の服を借りる(彼とはほとんどからだのサイズが同じため、学園でもクロゼットを共有している)ということで軽装だったが、ダンボール数箱分の荷物を持ち込んだ彼女達は凄かった。

 どこのパーティーに出るんだというフォーマルドレスを着て現れたのだ。


「どこに行くんだよ。」と思わず僕は苦笑いで聞いてしまった。

「だ、だって、その・・・正式にご挨拶できると思ったから・・・。」

「こういう服しか用意してなくて・・・」


 消え入る彼女達の声を聞きながら、思わず吹いてしまった。

 彼女達の普段の交友関係ならこれがあたりまえなのだろう。

 無理やりお邪魔することになった家での事なのだから、なおさら気合が入ると言うわけだ。


「本当に、目麗しい女の子連れてきたわねぇ~。」


 昆布茶をすすりながら、清音センセはため息をつく。

 先生の格好も、普段着を通り越してラフ。

 僕と黄はジーパンとタンガリーシャツというラフ。

 浮いていることこの上ない。


「あ、あの、あのさ、リョウ。 あたしたちもリョウの服、かりていい?」


 真っ赤になる彼女達にうなずくと、そそくさと離れの土蔵を改造した僕の部屋に飛び込む二人。

 それを見つつ、思わずにやけてしまった。

 家に帰ってきて、人並みにすけべぇ心が舞い戻ってきてしまった僕の脳裏に、彼女達の着替えが想像出来てしまったのだ。


「どんな服着てくると思います?」


 センセに聞くと、肩をすくめる。


「まぁ、無難なところで、Gパンとシャツだろ?」


 ぶなんかぁ、とひとここち。

 僕より一回り小さいイブならば無難だが、一回り大きいレンファは・・・。

 かなり危険な想像になってしまった自分を諌める。

 だってなぁ、こっちとら平均的健康的男子学生だものなぁ。

 そんなこんなと考えているところ、静々といなくなった二人が、凄い勢いで走ってやってきた。

 二人ともGパンをメインにした服装だったが、かなり凄い格好であった。

 自分より一回り大きなシャツとGパンを無理やり着たイブのその姿は、首の後ろあたりの脳みそを掻き立てる何かがあったし、全体的に服が小さいせいかレンファの臍だし上胸だしの弾けた格好で西海岸の香りがしたりする。

 爆発的な魅力を発する二人の美少女が僕に詰め寄った。

 引きつった笑顔で。

 突きつけられたのは一枚の写真。

 和服の似合う女性。

 瞬間、胸の奥がざわついたが、どうにかこうにか飲み込んだ。

 その様子を見取ってか、二人は眉毛をひくつかせた。


「リョウ、この人、誰?」


 言った瞬間レンファの笑顔が消える。

 イブの笑顔も消え、ずずずいっと密接する。

 本来なら頬を赤らめる状況であるが、写真を見てちょっと涙ぐんでしまった。

 二人の少女は「え?」という顔になる。


「これは、バーちゃんの写真だよ。」


 それは、初めてバーちゃんから貰ったカメラで写した、唯一の写真。


「えええええ!!!」

「こんなきれいなプラチナブロンドの!」

「それ白髪」

「小じわひとつ写真に写ってないのに!!」

「若作りなだけだよ」

「・・・いくつななのよ!!」


 ひー、ふーみーよーと指折り数えて・・・


「多分、当年とって・・・97かな?」

「うそつけぇ!!」


 二人の電撃の突っ込みは、僕の胸に直撃。


「ほんとほんと」

「ええええええ!!!」


 最初の血相はどこへやら、二人は根掘り葉掘りとバーちゃんのことを聞き出し始めた。



 騒ぎすぎてのぼせてしまったイブとレンファにおしぼりを渡してひと心地。

 玄米茶をすすりつつどうにか二人は我に帰ったようだった。


「いくら東洋人が若く見えるって言っても、これは反則よ・・・。」


 ひっぱりだされた僕のアルバムを見つつ、二人は呟いた。

 アルバムは主に僕中心で写されていたが、過去バーちゃんが写っている写真が混ざっているため、彼女達の説得に使った。

 少なくとも、バーちゃんの髪の毛が東京オリンピックあたりまでは黒かったのはわかったが、彼女達は胡散臭いものを見るような目で僕とアルバムを見比べている。


「・・・合成写真だって言われたほうが納得できるわ。」

「そうね、でも多分、写真鑑定に持っていっても本物と出るのも解る。」


 ずずんと俯いた二人は、きっと僕のにらむ。


「リョウのおバーさまって何者なの!?」


 正直な話、僕のほうが聞きたいが聞いたところでまじめに答えてくれないのは解っているので聞いたことは無い。

 まぁ、人並み以上に非常識な若作りだということだけは断言できるが。


「うううううう、全世界の女性がのどから手が出るほど知りたい秘密が目の前にあるのに~」


 ばんばんばんとテーブルをたたくレンファ。


「リョウ、どんな手段を使ってもおばあ様を探すわよ!!」


 凄い決意の瞳のイブ。

 こえーなーと思いつつセンセを見たが、彼女は全く興味なさそうであった。


「まぁ、そのうちあえるよ、そんな気がするんだ。」


 彼女達に僕は微笑む。

 なんとなく彼女達は、ぼぅっとしてみせていた。


「・・・でも、りょう、こっちの黒髪の人はだれ? おかーさま?」


 差し出された写真は、黒い髪の毛を肩口まで伸ばした和服姿。

 丸めがねをかけたその顔にある唇には、赤いルージュが引かれている。

 ぶはっと飲みかけたお茶を噴出してしまった。

 せき込む僕をよそに、彼女達は清音センセにその写真を見せる。

 瞬間、彼女も盛大に大笑いを始めた。


「ひゃーはっはっはっはっは! なんだ、りょうくん、全部写真は始末したって言ってたくせに、じぶんでもってるんじゃないのぉぉぉぉ~~~!」


 げたげたと笑う大柄美人と言うのはいかなものかと思ったが、むせ込む僕には反撃の余力は無かった。


「何方なんですか? この女性は?」

「ま、まった、その質問待った! いわないで~~!!」


 そう言った僕を押さえ込んで、わが恩師は口を開く。


「それはね、りょうくんなのよ。」

(ひ、ひどい、いわないでっていってるのに~)

「えええええええ!!!」


 話の輪から外れていた黄までもが大声をあげる。

 すべるような動きでコブラツイストを清音センセが僕に決める。

 バーちゃんの妹分と共にプロレス観戦に言っていた名残。


「せんせ、せんせ、はいってます、はいってますってば~~~」


 パンパンとギブアップのサインを叩くが、彼女はお構い無しだった。

 固定された僕と写真を見比べる、三人。

 微妙に顔を赤くする彼女達を視界におさめたまま、僕の意識は暗闇に飲まれていった。



「はい、できあがり~」


 その言葉を聞いて、僕は気づいた。

 目覚めると、視界には学園の友人三人と、清音センセがうつりこんできている。

 いまだしっかりしない意識のまま体を起こし周囲を見回すと、いまだ居間に居ることがわかった。

 清音センセに締め落とされて、どのぐらいの時間が経っているのかを確認しようとしたところで、異変に気づいた。


(この、視界の両端に入ってくる黒い物体はいったい。)


 ちょこっと手を伸ばして触ると、それが鬘である事が判った。

 徐々にしっかりしてくる意識の中で、不意に思い出す。


(こ、これは、あれか!!)


 思いっきりその手にあるものを、その鬘を取って投げ捨てようとすると、両脇の少女が、イブとレンファががっしりとめる。


「だめだめ! こんなに麗しいんだからだめ!!」「いやいや、もう少しその格好でいていてくれないといやぁ!」


 すっと差し出される手鏡を、この手で砕きたかったが、さすがにバーちゃんのものなので無理。

 上げるも下げるも出来ない両手をかざした僕に翳された手鏡に映っているのは、黒髪を肩口まで伸ばした、先ほどの写真の姿そのもの。


「いや~~ん、おばあ様の写真を見て誰かにそっくりだと思ってたけれど、リョウそっくりだったのねぇ~」

「さすがは孫と祖母、すんごくにてるぅ~」

「リョウ、おまえって女顔だと思っていたけど、凄い、凄いことになってるな。」

(どこからこの写真が出てきたんだよ)


 僕はがっくりとうな垂れた。


「あ~~ん、その生気無い顔もいい~」


 頬寄せる二人の少女をよそに、僕は思考の深みに落ち込んでいた。

 僕にしてみれば、ただの普通の顔に化粧とウィグをつけただけの顔だと思うのだが、殊のほか女性陣に好評だ。

 十代という性別的に曖昧な時期がそうさせているのだろうと冷静に考えているのは、すでに現実から僕の意識が遊離しており、イブとレンファにされるがままになっているという事実から逃避したいがため。

 バーちゃんの徹底的なフェミニスト教育は、僕を金縛りにし、逆らうことの出来ない逃避状態に置いていた。

 眼鏡をさすがに外せない僕の顔を全面的にいじることは出来ないが、有効範囲で産毛をそり、化粧を施すことに彼女達は熱中している。

 コブラツイストを極めて満足した清音センセは、楽しそうに黄と世間話をしていると言うのが腹立たしい。

 昔から面白いことがあると取っ掛かりをつけ、皆を舞台の上にたたせてから梯子を取り払い、後は下で楽しく見物といった風情があった。

 今回も、ウィグを初めから用意していた様子からすると、どんな状況でもこの状況を力づくで作り上げるつもりだったのであろう。

 ともなれば、わざわざあの写真を用意するまでも無いわけで、あの写真を誰が準備したものか?

 ネガもポジもプリントも一切焼却したはずなのに。

 じっくりと思考の迷路にはまっている僕をよそに、二人の少女は満足げな声を上げた。


「できたぁ!」


 何が出来たのだろうと、瞬時に意識を戻してみた。

 が、それは凄い状況であった。

 まず、髭産毛を問わずそり落とされ、眉毛も半分以上そられてしまっている。

 顔のあぶらっけはこしとられ、化粧水で補完された顔面にファンデーションと薄紅が踊る。

 そられてしまった眉毛を補うように書かれた眉毛の下では、薄めのシャドーが無理やり引かれており、怪しさ爆発を醸し出している。


「どうです、ミスキヨネ!」

「会心の出来ですわよ」


 胸を張る彼女達を見て、僕はなんといったら言いかわからない。

 明日から毎日眉毛が生えそろうまで眉毛を鏡に向かって書かないといけないのかなぁ、などと暗い気持ちのさせられてしまった。

 そんな僕をよそに清音センセはぐぐっと親指を立てて見せた。

 喜ぶ二人を見て、なんだか僕の周りに居る女性はみんな同じのりだなぁと感心してしまった。

 清音センセやイブ・レンファ、バーちゃん、グッテんねーさんもこんなノリだったであろう記憶があるし、幼馴染の・・・・

 そんな僕の回想を中断して、それは突然現れた。


「おにーちゃん、おかえり!!!」


 センセと同じく、くのいちポニーテールの少女は、化粧をして姿かたちが変わってしまっている僕をまっすぐに見据えている。

 その少女の名は墨田 千鶴。

 両親不在の上に育ててくれていた祖母まで失踪した後、思わず呆然としていた僕を育ててくれた墨田のじいちゃんの孫娘で、僕の幼なじみだ。

 一つ年下の彼女は、子供のころから何処に遊びに行くのでも一緒で、僕等の仲間内ででも可愛い妹のような存在である。

 が、中学に入るころになってめきめきと成長を始め、いまや身長175センチの立派な体格の少女となってしまっている。

 大きく開け放った襖から、飛び込むようにぼくに抱きつく。

 高低差1m以上の妹ダイブの衝撃が、巻きついた彼女の両腕を通して肩にのしかかる。

 さらに、彼女は比較的運動方面に優れ、見た目以上の筋肉質なために質量が高い。

 全力の両腕で空手チョップを食らったといっても過言ではない。

 ぐっとうめくと共に涙が出そうになったが気合で引っ込める。

 が、意識まで引っ込んでいってしまった。

 本日二回目の失神は、誰も意図していないものであった。



 楽しそうな談笑、それが耳を打つ中、僕は意識を取り戻す。

 ぼうっとして身を起こすと、四人の女性と一人の男性が卓を囲んでいた。

 楽しそうに話しているなーと意識を明確にしてゆくと、徐々に話の内容が理解できてきた。


「・・・じゃぁ、この写真って、千鶴ちゃんが持っていたの?」

「はい、そうです。 こんなにきれいに撮れてるのに、おにーちゃんってば全部燃やすって言うから、一枚だけ取っといたんです。」

「まぁ、ありがとうね、千鶴ちゃん。 おかげでこんなに麗しいリョウの姿が・・・」


 振り返るレンファは固まった。

 無論、不機嫌そうに眉毛をしかめる僕が目に入ったからだろう。


「あのー、おにいちゃん、おこってる?」

「怒ってますよ、十分に」

「・・・・私たちも、やりすぎたかしら?」

「・・・自覚していてくれてうれしいよ。」


 冷え冷えとした沈黙、僕はさっさとメイクを落として寝てしまおうと思ったのだが、沈黙を破る存在が牙をむく。


「・・・大体、おにーチャンもいけないじゃない。」


 何が? そんな視線で彼女を千鶴を見ると、彼女はぼろぼろと泣いていた。


「かえってこないって、このお休みは帰ってこないっていうから、わたし、どんなに悲しかったか知ってる? 清音センセから急に帰ってくる事になったって、もう帰ってきてるって聞いてどんなにうれしかったか知ってる? それなのに、それなのに・・・・」


 一呼吸おいた彼女は、きっと僕をにらんだ。


「お兄ちゃんは、おにーちゃんは、あたしに一言も直接電話してくれない。こないって話も、帰ってくるって話も、みんな誰かから聞いた話なんだよ・・・・。清音センセが教えてくれなかったら、ぜんぜん知らなかったんだから!」


 いやな雲行きになってきたなぁと思っていると、いつのまにか千鶴の両脇にイブとレンファが居る。

 双方共に僕をにらんでいた。

 背中をいやな汗が流れているところで千鶴は爆発した。


「おにーちゃんは、あたしが嫌いでさけてるんだぁーーー!!」


 びー、と泣く千鶴の両脇で、びしっと二人の美少女が僕に指を突きつける。


「なんて人なの、身内に対する情報漏洩すら国連情報機密法に抵触するとはいえ、合格発表あとからこっち電話一本もしていないんですって!?」


 あのぉ、彼女自身も年齢的に国連学園受験資格があるので、情報機密レベルが極めて高いんですが・・・。


「季節の挨拶や雑談ぐらいなら直接電話しても検閲を受けるだけじゃない!!」


 検閲と言いましても、リアルタイムで情報部に監視され、後々内容確認のための面接まで受けさせられるのは苦痛じゃありませんか?


「リョウは鈍い鈍いと思っていたけど、ここまで朴念仁だとは思ってなかった!!」


 きゅうっと千鶴を抱きしめるイブとレンファであったが、抱きしめられた千鶴は徐々に平静を取り戻してきたようであった。


「・・・・ご、ごめんなさい、いいすぎ、だよね、おにいちゃん」

「いいの、千鶴。この朴念仁はもう少し女心の機微を解って貰わないと!」


 びしっと指差す二人の美少女に、千鶴は苦笑を浮かべて。


「おねーちゃんたちがやりにくい?」


 ぼっと赤くなるイブとレンファは、子猫のように千鶴とじゃれあうのであった。

 逆切れされて話をそらされた僕は、呆然と、あっけに取られているのであった。



 どんな流れかわからないが、千鶴はいつのまにかイブとレンファの妹の位置に座り、同じ部屋に泊まるそうだ。

 さほど狭い部屋ではないので三人寝ても余裕があるだろうけれども、なかの良いことだと思う。

 なんだかなぁと疲れ気味にメイクを落としていると、背後で黄が笑っていた。


「ま、リョウの迂闊さ加減は楽しませてもらったよ。」

「やかましい、・・・と。」


 そられてしまった眉毛がそろうまでは、ちょっとだけメイクをしなければならない。

 さすがに半分眉毛が無い状態って・・・怖いし。

 寝るときに顔が変わる女性という話を聞くが、寝るときに顔が変わる男って一体。


「うちのねーさまもかーさまも、眉毛は無いがメイクじゃおちんぞ。」

「? どういうこと?」

「細い眉毛は女性の憧れだからな、初めから脱毛して刺青にするんだ。」

「おおおおおお、なるほど!」

「やってやろうか?」

「おれはナチュラル眉毛が一番、じゃい」


 むっとして睨むぼくを、彼はげたげたと笑って見せた。

 完全に他人事になってやがるな。

 鏡越しに再び僕は睨んだが、何の気にもしないで黄はさっさと寝てしまった。

 その余裕、気に入らんのぉ・・・・。

 僕はその夜、ごそごそと前後策の対応におわれる事となった。

 なに、徹夜だって痛くは無いさ。

 悪巧みはいつだって心から楽しめるってものだもの。

 へっへっへと笑う僕を無視して、黄は眠る。

 深く深く眠っている。


「へっへっへ~」




第三章 帰郷二日目


 朝は明ける。

 ちゅんちゅんとスズメなんかも鳴いていたりする爽快な朝だ。

 そんな朝、僕は僕なりのメイクをわざわざして、倉庫から引っ張り出した鬘をつけて朝食を作っていた。

 背後のイブ・レンファは僕の背中をポーっとみていたりする。


「ふわ~、そのメイクもいいのね~。」

「ちゃんとメイクできるんじゃない!」

「おにーちゃんは、学校で演劇部の部長さんだったのよ。」


 するりと現れた千鶴が、イブとレンファに並ぶ。


「ええ!? 演劇部だったの?」

「うん、そうだよ。結構有名で、全国大会にもでたんだから。」

「へ~、じゃぁ、メイクの技術は自分で持ってたのねぇ。」

「まぁ、ね」


 と、僕は人数分のオムレツを並べる。

 振り向きざまにさっと腰まである髪の毛が広がる。

 じつは、これは視覚効果を狙ってみている。


「はーい、っと、できあがり~。」


 女性陣の座るテーブルに並べてゆく。

 オムレツ人数分、レンファ、イブ、千鶴、あとは僕と黄の分。

 どうせセンセは朝食をとらない主義なので、よし。


「黄は?」

「まだ寝てるよ」


 ふーん、とレンファは何も感じていないようだが、男子寮に住む住人なら不思議に思うだろう。

 黄は寮の誰よりも早起きし、いつも暗いうちから拳法の練習をしているからだ。

 そんな黄が朝寝坊、何かあると考えるのが普通だ。

 無論、そんなことを知らない彼女達は、なにも思わないだろうけれど。

 そんなこんなで朝食の準備完了というところで、がたんとか言う音が部屋から聞こえる。


「・・・・うぴゃ~~~~~~!!」


 なんとも奇怪な叫び声が聞こえたかと思いきや、ものすごい勢いで誰かが廊下を走ってきた。

 どどどどど、という音はあたかも「怒」という感じに思えるのが面白い。

 単純な興味でキッチンの入り口を見ていた女性陣は、不意に僕が右に一歩ずれたことに気づいた。

 丁度、胸の位置に僕が右手を開くと、一部のすきも無く握りこぶしが大きな音を立てて現れる。

 彼女達から見れば、こぶしばかりではなく、こぶしをそこにつきたてて、肩を震わせている人が一人。

 僕と同じく鬘うつけられ、さらに寝ているまにメイクまでされてしまった黄 天翔そのひとであった。


「き、きさま・・・、これはどういうつもりだ・・・」

「いや~、不幸は分け合わないと。」


 型も何もあったものではない拳が僕を襲うものの、子供のダダッコパンチごときに遅れをとるわけも無く、全てよけてしまう。


「ぬ~~~、リョウ、おまえが女装させられるのは良いが、おれまで道ずれにされるいわれは無い!!」

「あれ~? じいさまにいわれたんだろ~?『友達を大事にするんじゃぁ』って。」


 僕はすっと身を寄せて、黄の胸でのの字を書く。

 ちらりと見つめると、黄は真っ赤になって離れた。


「ば、ば、ば、ばかもの! 俺にはそっちの趣味は無いわい!!」

「僕にも無いよ、でも、黄ってこういう格好の女の子がすきなんだろ?」


 さーっと長い黒髪、無造作にきたラフ系ファッション、そんでもって気軽な感じのエプロン。メイクはちょっとお姉さん系。

 先夜の話と清音センセに色目を使っていることから重度のシスコンまたはマザコンと踏んだのだが、間違いないようであった。


「ま、おとなしく朝ご飯でも食べようよ、ちゃんと準備してるからさ。」


 してやった気分で一杯の僕は、僕らを見つめる少女達の目の色の異常さに気づいていなかった。



 さて本題の東京案内と言う段になって、いつのまにかショッピングと言う状態になってしまった。

 まぁ、都心部へ、それも銀座有楽町方面に、女性4人とお供の男二人ともなれば、おのずと知れた結果だろう。

 ただ、知れなかった結果と言うのが、僕と黄の両手いっぱいの荷物と、千鶴・清音センセ以外の人間が第三礼服を着ていることだろう。

 厳密に学園法規を遵守する必要はないが、どうしてもその格好でと言う女性陣の願いもあり、致し方なくその格好をしているが、人にはどんな風に写っているのだろう?


「でも、さすがにすごいのねぇ、国連学生って。」


 感心して言う千鶴は、僕らの周囲10メートルほどの位置に離れてこちらをのぞきこんでいる人の輪を見ていった。


「なにが?」

「だって、警察官だって一歩はなれているとこにいて警戒しているだけで、近づいてもこないじゃない」


 むーとぼくは眉をひそめた。

 実際、僕らを中心に10mほどの空白があり、その空白を人の輪が取り囲んでいる。

 これは珍しい珍獣を見にきている人の輪とも見えるわけで。

 はたまた、今にも爆発する爆弾が見えるのに離れられないと言ったところだろうか?

 どちらにしても国連学生が四人そろって行動しているのだから脅威といって良いだろう。

 まだ放射性物質を搬送中というトレーラーのほうが可愛いに違いない。


「あたしも学園に入ろうかな~・・・。」

「千鶴ちゃん、あなたの傍に、極めて特殊な国連学生が居るからそんな気になるのだと思うのだけれども、国連学園受験って生易しいものじゃないのよ。」

「そうよ、普通は生まれてすぐにから国連学園準備を始めるのが普通だし・・・」

「でもでも、おにーちゃんは・・・・」


 そこまで言ったところで、イブとレンファが彼女の口をふさぐ。


「国連情報機密法に触れるわ」

「・・・・(了解)」


 小さくうなづいた彼女の口から二人の手が離れる。


「・・・でも、その人は、受験勉強を始めるまで、学年でも下から数えたほうが早いって成績だったのよ。」

「・・・・・」


 短い沈黙のあと、イブとレンファが僕を睨む。


(ほんとなの!?)


 僕がうなずくと、彼女達は力なくため息をつくのであった。


「千鶴ちゃん、その人は本当に、本当に例外中の例外だからあてにしちゃだめ」


 何だかえらい言われ様であるが、僕の成績が低かったのだって訳があるのだ。

 遥か前、色々な面でじいちゃんに世話になっている事に申し訳なさを感じ出していた僕は、前々から考えていた国連学園受験をすることにしていた。

 が、第三諸国以外からの学園への受験には、かなりの額の受験費用と入学支度金を必要としている。どちらも入学または選外となれば戻ってくるのだが。

 世話になりたくないのに、受験費用と言う高額な出費で世話になるのは本末転倒だと考えた僕は、短期で高額なバイトを始める事にした。

 中学1年の中ほどから2年間、知り合いの姉に頼んで紹介してもらった安全な店でのバイトだったが、これには条件が二つあった。

 女装する事と、年齢を偽る事。

 さすがに中学生を「夜の店の」ウエートレスとして紹介するわけにはいかなかったからだ。

 慣れない化粧と女装に当初戸惑っていたが、これがなんとなく受けたらしく、指名が増えたり、チップをもらったりしたのだから世の中って面白い。

 日中学校で死ぬほど「隠れて」勉強、夜には女装バイトと言う生活になんとか慣れてきた頃に、運悪く隅田組の若頭の秋野さんが、何故かその店にやってきてしまった。

 ストイックでタイトな生活をしているはずの秋野さんが何で来たのかが解らないのだけれども、最初は全くばれなかったので安心をしていた。が、僕の不用意な僕の言動と秋野さんの洞察力によってばれてしまい、その場で思いっきりお説教を食らった上に二度とこんな事をしないと言う約束をさせられてしまった。

 店の従業員控え室で更に2時間程のお説教をくらい、約束を破ればじいちゃんにこの事を報告するとまで言われては、ぐうの音も出ない。

 なにも趣味でバイトをしていた訳ではないのだけれども、昔から頭が上がらなかった人であるだけに、更に頭が上がらなくなってしまった。

 とはいえ、国連学園受験準備が隅田組・学校に知られないように成績も偽装していたわけだ。

 実のところ、知り合いの姉と言う人から渡りわたって清音センセまで情報が回っていたらしいのだが、当時の僕にはそんなことを知る由も無かった。


「で、さぁ、まだ買い物かなぁ?」


 弱音を吐いた黄を見る僕の目には、同感の意味がこめられている。

 ひと時争ってもルームメイト、心が通じているものよ。


「あ、つかれた? じゃ、休みましょうか。」


 そういって彼女達が向かったのは、某有名ホテルの喫茶室であった。

 さすがに有名ホテル、ホテルマン達の教育も確かなもので、ひとめたりとも僕たちを奇異な目で見たりはしない。まぁ、他のお客さんたちがチロチロこちらを見ているのがご愛嬌。


「いやいや、五月とはいえ暑いからね、息が抜けるよ。」


 ふはー、と僕は肩の力を抜くと、不意に席順が変なことに気づいた。

 いつもならば僕と黄が並んで、その正面にイブとレンファが来るように座るはずなのに、気づいて見れば僕をはさむように、いや、僕と黄をはさむようにイブとレンファが座り、不自然にもその正面にセンセとちーちゃんが座っている。

 部屋の端っこの多人数がけのシートとはいえ、かなり不自然に思えた。

 というか、いやーな予感を感じていた。

 さて、何が出てくるか、と思っていたところで黄の隣に座るイブが口を開く。


「あの、さ。二人とも、私たちが本当はカナダに行くはずだったのは知ってるわよ、ね?」


 無論である。

 北米社交界の花である彼女たち自身に加え、北米経済界の重鎮とも言える両親を持つ彼女達の凱旋である。

 ここぞとばかりのロビー活動が展開されたであろう事間違い無しであろう。


「本当はカナダで入学披露パーティーが開かれるはずだったの。」


 やっぱり、というか、当然だろう。

 学園内にある「いつもの喫茶店」の奥さんなど、自分の子供が学園に入学できたら、自慢のために近所を一日中引っ張りまわすといっていたぐらいだから。

 無言でうなずいている僕と黄を見て、意を決したように彼女達は口を開いた。


「全部、ぶっちぎったつもりだったんだけれども・・・。」


 何かをいいにくそうなイブ。

 さてさてどうしたものかと僕の隣のレンファを見ると、彼女もなにやらもじもじしている。

 普段クールな彼女が、こんなふうにもじもじしているのを見たら、彼女のファンはどう思うだろうか?

 たぶん惚れ直すのが関の山だろう、そのぐらいに可愛い。


「どうも話がすすまないようだから、私が話したげるわよ」


 そう言い出したのは、引率の先生状態の清音センセ。


「実は彼女達に昨日、彼女達の両親から連絡が入っての。」

「ほほー?」

「それでね、カナダで開くはずだった入学披露パーティーを、日本で開くことにしたから出席するようにって言ってきたんですって。」


 僕は思わず天を仰ぐ。


「なんて強引な・・・。」


 そして、やっぱり親子だけ会って強引なことだと思う。


「でも、ま、ご両親がわざわざ日本まで出かけてきて祝ってくれると言うのだから、謹んでお受けすべきじゃないの?」


 僕は苦笑で言ったが、彼女達はますます申し訳なさそうであった。

 まだ何かあるのか?

 そう思っているところで、センセの話が再開。


「出席にあたっては、今回のお休みでお世話になっている家の方もお呼びなさい、と。」


 ほうほう、さすがは国際コングロマリットの長達だけの事はあると半ば感心しているところで、言葉のその意味が脳みそにしみてきた。


「・・・さすがにまずいっすよねぇ? 若い男女が一晩とはいえ同衾してたとあっては・・・。」

「そうねぇ、さすがに芳しくは無いわね。離れと母屋で別れていたとはいえ、ね。」


 言い訳、すべきかなぁ、などと顔をしかめているところで、話が続く。

 まだ先があるのだ、いやな予感がする。


「と言うわけで、学園の仲間の家に泊まったのではなく、以前からのメールフレンドの家に泊まると言う設定で嘘をついたわけなのよ、彼女達。」


 なるほど、と二人を見ると、苦々しく微笑んでいる。


「というわけで、君達二人には変装して欲しいのよ。」


 なるほど、と理解。

 つまるところ、メールフレンドと言うのは千鶴にするのだろう。

 僕がそう言葉にすると、千鶴は可愛くピースサイン。

 それで彼女のドレスを見繕っていたのかと、今日の買い物の中身を思い返す。

 ご機嫌なわけである。


「じゃ、僕たちの役割は・・・・」


 自分の頭の中でシュミレートをしてみたが、十分と言える役割が思いつかなかった。


「千鶴のお兄ちゃんたちじゃ、意味がないよなぁ」

「そうだな、じゃ、弟は?」

「一緒だって。やっぱりイブとレンファに道義的な理由で危険が及ばないと言う立場じゃないと。」

「難しいな、それ。兄弟はだめ、・・・夫婦か?」


 不意に千鶴を見ると、彼女もびっくりと言う顔だった。


「二人の夫じゃ重婚だ」

「じゃぁ・・・・」


 黄と二人でぼそぼそと言い合っていると、ぐっと清音センセが頭を寄せてくる。


「悪いけど、時間が無いの。プランは決まってるから、答えだけきかせて。 彼女達を助ける?それとも見捨てる?」


 こう聞かれてNoと答えられるほどユーモア感覚に優れていない僕たちは、極めて明確に「助ける」と答えてしまった。

 僕らの両脇でしてやったりと微笑む少女達に気付く事無く。



 約束は重要だ。

 守ると決めた事はさらに重要だ。

 そう思っていることを破ることはできない。

 だからって・・・・


「何でこんな事になったのかなぁ。」


 きらめくパーティー会場で、僕と黄と千鶴は呆然と立っていた。

 本来なら清音センセにも付き合ってもらうつもりだったのだが、あの人、結構な有名人なので公の場にはあまり出てこないほうがいいのだと本人談。

 今ごろ、鈴・モイシャン両家のつけて、寿司でも食べているのであろう。

 悔しいくも羨ましいことだと僕は思う。


「まぁ、所詮僕たちと彼女達との役者が違うってことだろ?」


 あきらめきった少年の口調で、中華系美女がため息をついた。

 その横で千鶴が買ったばかりのドレスに身を包み、うれしそうにしている。

 スレンダーな体つきの中華美人は、長い髪の毛を三つ網みにして首筋から前にたらしている。つややかな輝きの髪もさることながら、黒光りする流錬なるドレスは一目をひきつけるらしく、先ほどから何人もの男性に声をかけられている。


「仕方ないか。」


 細目の中華美人、変装した黄に微笑む僕も先ほどの第三礼服とは趣の違う格好をしていた。

 輝かんばかりの白い和装は立ち羽ばたく鶴があしらわれたもので、リョウコさんが昔着ていた着物だ。

 前もって清音センセが変装用に準備していたものだと言う。

 鬘も用意してあり、準備万端といったところだろう。

 ま、どうこう言っても仕方ないのであきらめたと言うのが現実だ。

 普段は芸能人などの結婚披露宴などに使われる某ホテルのパンケットには、その収容人員を超えるほどの多くの人がいた。

 タキシードや礼服に身を包んだ紳士、艶やかなドレスに身を包んだ淑女、有名人、政治家、資産家、会社役員・・・分かる人種はその辺までで、あとはどんな集まりなのだろう。


「しっかし、凄い人出だな。」と黄。

「そうですね、なんか政治家の立食パーティーみたい。」


 辺りを見回す、ちーちゃん。

 確かにそう見えない事も無い。

 綺麗なドレスもアクセサリーも、この人口密度では光モノの一つぐらいにしか見えない程で、逆にシンプルなドレスを選択したちーちゃんなんかの方が目立つように思える。


「それにしても・・・・」


 と僕と黄に視線を走らせたちーちゃんは、にやにやと嫌な笑いをしている。


「・・・もてもてねぇ、二人とも。」


 そう、悲しい事に、先ほどから僕達の周りに色々と人が集って来るのだ。

 中年実業家風の油っぽい男、政治家風の笑顔の裏で色々やってます系のおやじ、ナイスミドル系のギラギラおっさん、イタリアマフィアの系統を汲んでいますタイプの情熱空回りオヤジ、もう中年の見本市と言った感じ。

 殆どが出会いの記念のプレゼントと称して、指輪やネックレス・イヤリング等のアクセサリーを手渡していったが、全てに電話番号やホテルの部屋番号を書いたメモを添えていたりする。

 既に束となったメモをちーちゃんに見せると、僕らは苦笑して見せた。


「で、それ、どうするの? おにいちゃん。」


 僕は、鼻でっ笑って見せる。


「プレゼントは換金して皆に還元。メモは・・・」

「メモは?」

「身元を調査の上、奥さんに送り届ける。」

「そいつは酷い。」


 顔を顰める黄。

 くすくすと、僕とちーちゃんは笑っていた。

 そんな中、歩きにくいはずのドレスをきゅっとひらめかせて、黄が僕の陰に隠れる。


「どうしたん?」

「やばい、身内が来てる。・・・なぜだ?」


 黄が隠れた方向と反対側に視線を向けると、あでやかなチャイナドレスに身を包んだ二人の女性と、車椅子に乗った老人が一人、いろいろな人に囲まれてにこやかな談笑をしていた。女性の一人は赤のドレス、もう一人は紺のドレス、そして老人は黒のスーツ。

 片手のグラスを飲むふりをして視線を凝らすと、赤のドレスの女性と視線が合ってしまった。

 まいったなーと思ってゆっくりと視線をずらすと、青いドレスの人にも視線が合ってしまった。

 極めて気まずい気分になったので微笑むと、向こうは瞬間的に満面の笑みを浮かんで見せた。

 なにかおもしろかったかな~? とそんな風に思っているところで、僕に視線を合わせたままの二人の女性が中央の老人をつつく。

 しばらく煩わしそうに無視していた老人であったが、何かを赤のドレスの女性に囁かれたとたん、くわっとこちらを向いて目を開かせた。

 ゆるゆると表情を柔らかくしてゆき、老人は女性達に何かを命じる。

 青のドレスの女性が前に立ち人を掻き分けつつ、赤のドレスの女性が車椅子を押して、まっすぐにこちらを目指してつっきてくる。

 誰がどう見ても、人違いとかそういう話じゃなさそうだなぁ。

 そう思って背後の黄に意識をやると、なんと僕の背後で隠れたまま硬直していたりする。

 本当にびびってるなぁ、とそんなくだらないことを考えて言ううちに、この状況で緊迫していなくてはならないのは黄だけだと理解。

 そんなことを考えていると、僕は急に僕は余裕たっぷりになってしまった。

 人ごみを掻き分けてきた青いドレスの女性が僕の正面にきたとき、彼女は両手を出す。

 すっと、その手が僕を押して黄の姿でもさらさせるのかと思ったのだけれども、その手は素早く僕を抱きしめた。


『りょうこさま、お久しゅうございます!!』


 思わず目をぱちくりしてしまった僕。

 続いて現れた赤のドレスの女性も僕に抱きつく。


『りょうこさま、こんなところでお会いできるとは思ってもおりませんでしたわ!!』


 早口の英語であったが、何とか聞き取れた。

 僕の横に立っていた千鶴を指差し『娘さんかしら?』『可愛い娘さんね』とかなんとか言い合っている。

 さらに加わったのは老人。

 ゆっくりと差し出された両手が僕の両手を包み込み、そっと彼の額がつけられる。


『あなた様にいただいた恩義、一族全てで返しても返しきらぬもの、心よりの感謝を。』


 渋い声であったが、老人の声とは思えぬ張りがある。

 さて、こまったぞ、と僕。

 どうやらこの人たちは、僕とりょうこさんを間違っているらしい。

 しかし、黄の身内と思われるこの人たちに、どんな恩義を与えたと言うのでしょうか? ええ、りょうこさんってば。


『どうかなさいましたか? りょうこさま』


 青のドレスの女性が覗き込んできたので、僕は苦笑いで答えた。


『どなたかは存じませんが、お人違いをなさっておりませんか?』

『え?』

『私、申し訳ありませんが、皆様方との面識がございませんのよ。』


 その一言で、三人の人たちが真っ青な顔をした。


『ま、またまた、そんなご冗談を・・・』


 血の気の引いた顔で老人が言うが、僕は肩をすくめる。


『事実、私は皆さんがどのような方々で、何を恩義と感じているかも存じません。』


 けして冷たい言い方にならないように注意を払ったつもりであったが、三人の人たちは非常にショックを受けているようであった。


『こんなにそっくりなのに・・・』

『笑顔も、苦笑も、グラスを持つその姿すらそっくりですのよ』

『でも違う、方なのですか?』


 僕は気の毒そうにうなずいてみせる。

 すると三人とも非常に肩を落とした様子であった。


『何だか申し訳ありませんわ、皆さんのお探しの方じゃなかっただけで、こんなに気を落とされてしまうだなんて。』

『いえ、こらこそ申し訳ありませんでした・・・。』


 消え入るように言う青のドレスの女性であったが、不意に何かを思いついたかのように顔を上げる。


『あの、もしかして、あなた様のご家族でリョウコというご年配の方は・・・』

『おりますわ。当家の宗主は皆リョウコの名を襲名しております。』


 にこやかに微笑む僕に、二人の女性と一人の老人が破顔する。


『では、イズミの家の方なのですね?』

『はい』


 無言に深い握手をした後、三人ともが強い礼をする。


『我が家は、あなたのうちの宗主さまに救われました。詳しいことは申せませんが、一族全てが命をなげうっても贖えぬほどの恩でございます。 恩義に報いるため、友情のため、あなた様一門には我々黄家が全力を持って助力をさせていただきたい。』

『どのようなことか存じません、ですがりょうこさんがした事の恩義を私が受けるわけには行きません。神出鬼没なかたなので、上手くは行かないとは思いますが、何とか本人にしてやってください。本人は望んでいないでしょうが、勝手に人との縁を結んでいるあの人の責任なのですから。』

『・・・りょうこさんはすばらしい後継者をお持ちのようだ。』


 ふたたび音も無く重ねられる僕と老人の手。


『りょうこさまのこと抜きで、我々ができることがお申し付けください。あなた様の背後に居るものが我々とつなぎを取るでしょう。 十分に全てを果たせ、天翔』

『あとで、部屋にきなさいね天翔。何でそんな格好をしているか、詳しく聞くから。』『そのメイク、誰に教わったか教えなさいよ、天翔。あと、メーカーもね。』


 ゆったりと去る三人をみつつ、背後を振り返ると、黄はがっくりとがっくりと打ちひしがれていた。


「ばればれだな。」

「・・・ばればれだ。」


 うるうると涙を流す黄の目元にハンカチを当てて、思わず撫でてしまった。


「で、おまえさん、何人お姉さんが居るんだ?」

「いまのは、ねーさまとかーさまだ。」


 僕の目には、どちらが年を取っているかすらわからなかった。


「おまえの母親は、不老不死か? はたまた後妻か?」

「正真正銘、実の母親だよ。」


 思わず苦笑の僕と黄だったが、英語がちんぷんかんぷんであった千鶴は、少々不満げであった。



 事の次第をかいつまんに説明すると、彼女は笑顔になった。


「なんで、こんな女装しているのがわかるかなぁ。」

「どんなにメイクしてても、身内はわかっちゃうものなんだよ。」


 にっこり微笑む千鶴。

 そんなものだろうかと肩をすくめる。

 しかし、そんなものかもしれないと思い直す。

 男の子は女親に女の子は男親に似ると言う。

 女親から見れば、自分に似た息子が自分と同じように化粧しているのだからわからないはずも無い、かもしれない。

 なるほどなるほど・・・。

 そんな風に感心していると、人の波を割るように現れた人々が居る。


「これはこれは、お楽しみいただいておられますかな?」


 品の良い見た目のアングロサクソン系ナイスミドルとモンゴロイド系の紳士。

 艶やかなチャイナドレスが似合う妙齢の熟女と白い花のようなドレスを着た年齢不祥の女性。

 左右にいるイブとレンファの姿が無くても、どのような人物か分かる。


「イブさんとレンファさんの御両親でいらっしゃいますね?」


 僕はにっこり微笑んで会釈をして見せる。

 それに倣うように黄と千鶴も会釈。

 そう、会釈こそ、日本というものが一番出ているのではないだろうか。

 そんな風に考えてしまう自分を、何となく笑う。


「私の身内が皆様方の予定も考えず、かってに大切なお嬢様方をお招きしてしまい、恐縮していましたの。」


 ちょこっと眉を寄せて、困った風の表情を浮かべると、両親に隠れたイブとレンファが『ぐっ』と親指を立てる。

 どうやら、とてもいい感じらしい。

 すると二人の父親が、つかつかと僕に近づいてきたかと思うと、力強く手を掴んで引き寄せた。

 なにかとりつかれたような表情にみえる。


「う・・・うちの、うちの娘がお世話になっているそうで・・・」

「・・・いや、その、うちの娘まで一緒にお世話になってしまっているそうで・・・」


 どうやら、千鶴がペンフレンド、僕と黄が保護者と言う話は上手く言っているらしい。

 ブンブンと握手を強要する二人であったが、左右から双方の奥さんから引き剥がしにあい、未練たらたらで元の位置にもどされる。


「申し訳有りません、貴方が余りにもお美しいので、マックも動転してしまったようで・・・。」

「ご迷惑のかけどうしですみません、娘といいこの馬鹿亭主といい・・・」


 逆に前に出てきた二人の女性は、旦那と同じように僕の手を握り、ブンブンと握手を強要してみせたりする。

 いつのまにかイブとレンファは、千鶴と黄に合流してこちらの様子をニヤニヤとうかがっている。

 同じ女装なのに、黄は高みの見物をしゃれ込んでいる。

 いや、両婦人の挨拶にあっている間も、黄が中年親父のナンパに会っているのを見ると、こっちのほうがいいか?などとも思う。


「わたくし、イブの母親のミランダ=ステラ=モイシャンと申します。これからも末永いお付き合いをお願いいたします。」

「わたくしは、鈴 蘭花と申します。本日お会い出来て嬉しいですわ。」


 さて、この場合何と答えたものか。

 一瞬考えて、答える。


「わたくしは、千鶴の保護者のリョウコと申します。」


 すっと会釈をして見せると、いつの間にやら両脇にミランダ・ランファの両名が僕の両脇についていた。

 その早業といい、立ち位置といい、なにやらイブとレンファを思わせる感じだ。


「ささ、女は女同士、積もる話もあるでしょうから、こちらにどうですか?」

「先ほどから拝見させていただいていますけれども、男性からのアプローチにご迷惑なさっていらっしゃるご様子で。別室にお茶を御用意させていただいておりますのよ。」


 たしかにスケベ中年のナンパも閉口していた。

 が、何十年もの間、正真正銘の女をやっている彼女たちの目を、別室に行ってまであざ向け続けられるかというと、正直な話を言えば自信ない。

 いやいや、絶対にばれる。

 黄に助けを求める視線を送ったが、中年ナンパの渦中にあって切れかかっているのが見えた。


「ささ、どうぞこちらに。」

「イブ、レンファ。あなたたちは皆さんのお相手をなさい。」


 げげ、やばっ、等と思った僕の目が細まるが、イブやレンファから何のリアクションもないままに、二人の女性に僕は連行されてしまった。

 残された二人の父親と娘たちは呆然と見送っていただけだった。

 ・・・あ、黄、逃げやがった!



 別室というのは、この施設の貴賓室のような場所で、落ち着いた色合いに統一された部屋だった。

 二人の女性は自らの部屋かのように思わせる気軽さで、あたりの調度品からポットやカップを選び出して「茶」を入れだした。


「さ、どうぞお掛けください。」


 イブの母ミランダが、僕に席を薦める。

 おずおずと座る僕は、どこからぼろが出るかと緊張の思い。

 すっと顎を引く仕種や、腕を回す癖などを、ばーちゃんの記憶の中から引き出して、丹念に真似て見せる。

 多分、バーチャンそのままに演じきれれば、ばれる事はないだろう。

 薦められたお茶を啜りながら、そんな事を考えていた。


「とてもお綺麗でいらっしゃいますのね。」

「ええ、殿方が血迷うのも無理も無いと思いますわ。」


 僕の方を見つめる二人の女性。

 非常に美しい二人の女性に見つめられるという状態に、僕は思わずもじもじとしていた。

 居心地の悪さのために挙動不審にならないようにと、セルフコントロールをしていたのだけれども、次の瞬間に全てが崩れ去ってしまった。


「こんなに素敵な方が、男性だなんて驚きね、ランファ。」

「ええ、さすがは歌舞伎の国って感じね、ミランダ。」

「・・・ぶっ。」


 思わずお茶を吹き出した僕は、思わず彼女たちを見つめ返す。

 そこには悪戯をして少女のような二人が微笑んでいる。


「大丈夫よ、リョウくん。 この事で騒ぎを起こすつもりはないわ。」


 にっこり微笑むのは、レンファの母ランファ。


「実は、私たちだけ昨日のうちに娘から聞いていたのよ。『二人の初めてのボーイフレンドを紹介したいんだけれども、お父様達に知られると大騒ぎになっちゃうから・・・』て言う風に。」

「でも、さすがに予想を越えた紹介だったわ。」

「はぁ・・・何と言うか、申し訳有りません。」


 思わず地声で僕が言うと、あらっという顔で二人は僕を見る。


「まぁ、無理に声を作らなくてもその恰好にお似合いよ、その声。」

「ハスキーで、とても素敵だわ。」


 急に恥ずかしくなった僕は、顔を赤らめる。


「初めてのボーイフレンドがこんな素敵な子だなんて、さすがは我が娘たちね。」


 にこにこと微笑む二人は、急に真顔になってこちらに顔を寄せる。


『ところでリョウくん。本命はどちらなのかしら?』


 まるで打ち合わせていたかのように、二人の声はハモッっていた。

 その表情の裏には、見た目とは違った感情が渦巻いているのがありありと分かったが、どちらが本命もなにも、そんな事を考えて見た事も無かった。

 二人とも魅力的な女の子だし、僕なんかと釣り合いが取れるだなんて思っていなかったから。

 僕の眼鏡の下の呪われたような力が失われれば、彼女たちも僕なんかにかまっていた事など後悔するだろう事は確実だし。


「まさか、どちらも本気ですっていう訳じゃないわよね?」


 すぅっとランファの手が、僕の顎にかかる。

 何と言うか、この仕種だけで顎から体が痺れる思いだ。


「恋愛は自由ですけれども、乱れた関係だけは許せないわよ。」


 ミランダの手が、僕の眼鏡にかかった。


「あ、だ・・・駄目ですっ!」


 あまりの心地の良さに、想わず反応が遅れてしまった。

 そういった瞬間には、すでに外された眼鏡がテーブルに落ちていた。

 急いで眼鏡をかけ直してみたが、彼女たちの表情は劇的に変化していた。

 いままで年上の女性の余裕を感じさせていたその表情は、何度か僕が見かけた事のある彼女たちの娘達と同じ表情になっていた。

 真っ赤になって頬と、泣き出さんばかりに潤んだ瞳。

 美しい口紅が引かれた口が、小さく開かれたその表情。

 これが何を意味しているものかは分からないが、何となく良くない状態である事は理解出来た。


「あ・・・あの・・・・。」


 僕が声を出すと二人は、びくりと体を震わせて、ゆっくりと伸ばした手を更に僕にあてがった。


「・・・本当に・・・本当だったのね。」

「信じられなかったけれども・・・本当だったわ。」


 暫く僕の顔を撫で回していた二人は、感極まったように重いため息をついて両手をテーブルについた。


「あのー、これの事も娘さん方から?」


 控えめに声をだす僕に、二人はだるそうに首を縦に振った。

 ま、早かったけれども、これでボーイフレンドという件も立ち消えだろうと思う。

 眼鏡を外すだけで、誰彼ともなくいい男に見えるような人間を、自分の娘の相手にだなんて考える親がいるとは思えないから。


「・・・確実に子宮に来る顔だわ。」

「・・・娘たちのボーイフレンドじゃなければ、危ない所ね。」


 小さく英語のつぶやきを交わし合う二人を見つめる僕。

 かなり勉強した筈ではあるものの、日常的会話に通じている訳ではないので良く解らない言葉も多い。

 しかし何と無く分かる内容で考えると、なんか非常に大人な会話に聞こえる。


 どかり、という表現に感じる勢いで席に座り直した二人の女性の表情には、くっきりと疲労の色が浮かんでいた。

 疲労の原因が何なのかは分からないが、多分精神的なものではないかと思う。

 それでも笑顔を崩さないのは立派としか言いようが無い。


「リョウくん、あなたがその気になれば、この世界の女の子は・・・女性全てが貴方のものになる筈よ。そんな野望を持った事はないの?」


 幾分真剣な問いがランファから発せられる。


「はぁ、この顔の事ですか?」


 ちょい、と眼鏡に僕が触れた瞬間、彼女たちもビクリと体を震わせた。


「そう、その超絶な美形であるその顔でなら、女の子どころか男性の心も思いのままだと思うわよ。」

「はぁ。」


 何と答えたものかと、思わず上を向いてしまう。


「この顔は多分、僕にとっては呪いなんです。 人とちゃんと付き合えないように誰かがかけた呪いなんですよ。

 たぶんイブやレンファは、この呪いの所為で僕みたいな平凡な男が気になっているんじゃないのかな?

 そんなのって嫌じゃないですか。 彼女たちみたいに、とても素敵な女の子達と対等に付き合えるようで居たいじゃないですか。 

 だから、だから・・・ええっと・・・。」


 色々と言葉を捜している僕の口を、遮るようにミランダの手が伸びた。


「・・・うちの娘たちを甘く見ないでちょうだい。


 うちの娘たちは、あなたのその内面で考えている、そんな所に引かれているのよ。

 うわべばかりの二枚目なら、実家に居る時に何百人も見ているわ。

 でも、誰にもなびかなかった。

 何故だと思う? 見た目がすべてではないと心から思っているからなのよ。

 そりゃぁ、中身が気に入った上で見た目が気に入れば、尚の事良いけれどもね。」

 年齢不祥の美しい婦人、ミランダが軽くウインクを飛ばす。


「あの子達はとても良く出来た子供たちで、小さい頃から私たちを困らせるような事は一つもしなかったのよ。

 だから楽だった反面、ちょっと寂しかったの。

 でも、貴方の御陰で、あの子達ったら学園に入ってから毎週のように電話をかけてくるの。

 その度に恋の相談を持ち掛けるのよ。

『おかあさま、この前のアプローチは上手く行ったと思うんだけれども、彼の反応が良く分からないの。東洋人の表情って良く分からないわ。』とか『あんなにあからさまにアプローチしているのに、なんで気付かないのかしら。』とか『・・・絶対に気付いてないわよ、おかあさま。 あれが分かっていて解らないふりだったら、絞め殺したやりたいぐらいに無反応何ですもの。』とかね。

 私たちまでね、年頃の娘になってしまったみたいに感じてるわ。

 その度にね、娘を産んでよかったわぁって、最近良く思わせてもらっているのよ。」


 にっこりと微笑む二人の女性を見て、どんなに若く見えても、母親である事を実感した。

 しかし、心なしか頬が赤らんで見えるのは気のせいだろうか?

 笑顔の彼女たちへの言葉を捜したが、僕の頭には何も浮かばなかった。

 無言の彼女たちに、何かを話さなくてはと思っている所で、背後のドアが勢い良く開かれる。


「おかーさま! 絶対ないしょだっていったのに、酷いですわ!」


 ばたんと開け放たれた扉の方を向くと、2人の第三礼服とちーちゃんがいた。

 苦笑を浮かべたちーちゃんは首をかしげている。

 多分、全て会話が英語で交わされていたので、半ばしか理解出来ていないのだろう。

 つかつかと近づいてきたイブとレンファの二人は、両脇から僕を引き上げるように立たせてた。


「自分で、自分たちで伝えるつもりだったんだから! 絶対自分で話すって決めていたんだから!」


 初めてだった。

 いつもクールで、僕なんかより一枚も二枚も上手だった彼女たちが、感情そのままに悔しげな涙を見たのは。

 僕の両脇を固めた二人の力が、裾を引き千切らんばかりに入れられている。

 怒っているのか、はたまた悔しいのか、僕には判断つきかねていた。

 その中でちょっとした疑問があったので口にしてみた。


「えーーーっと、そのー。アプローチって何の事?」


 首をかしげる僕の両足に、二人に踵が踏みおろされた。


「この朴念仁!」「究極鈍感!!」




 主役不在のパーティーも中盤を越え、そろそろ切れもいいという所で、僕らは会場に戻る事が出来た。

 相変わらず、イブ・レンファは第三礼服だったが、チーチャンは動き易いドレスに着替えていた。

 本当の所、僕は早々に帰りたかったのだけれども、イブリン・ランファのタッグチームに捕まってしまい、チーチャンはイブニングドレス姿にされてしまった。

 出る所が出て、引っ込む所が引っ込んでいるちーちゃんは、開放度の高いドレスを選ばれて真っ赤になっていたが、いざ着てみれば良く似合う、似合う。

 僕は格好を変えていないが、ロングのウィグをアップでまとめて簪を使っていた。

 この艶やかな簪は、ランファ婦人からのプレゼントである。


「あぁぁ、これだけメイクし甲斐のある男の子っていいわぁー」と、両女史に弄繰り回された結果は、会場に入った途端知れた。


 お義理にでもイブやレンファに挨拶する中年たちが、再び僕にアプローチしてきたし、色々な男達がちーちゃんに近づいて来たりしていた。

 英語で色々と話し掛けられてパニックになった彼女は、思わず僕の後ろに隠れる。

 可愛いとか麗しいとか声をかけている男達へ、僕はにっこりと微笑んだ。


「この子はまだ、自由恋愛を語らせるほどの年ではないの。ごめんあそばせ。」


 背中のちーちゃん共々、僕は男達の円陣を軽く抜けていった。

 円陣の中にはイブとレンファが残されてしまう。

 まぁ彼女たちなら社交場の男達の扱いも慣れたものだろう、と口には出さずに思う事にした。


「お・・・おにいちゃん、わ・・・わたしビックリした。」


 僕と移動していたちーちゃんは、小さく僕にいった。

 男勝りといったイメージを自分でも強く感じていた彼女は、この状況にドキマギしていたらしい。

 そりゃそうだろう、彼女の周りに集まってきた男達は、どちらかと言えば俳優クラスの美形とか、渋さを感じさせる男性ばかりだったから。


「ま、こんなに可愛いんだから当然ね。」


 にやにやしながら作り声で僕が言うと、鈍い衝撃が背中に走る。


「ぐぅ。」

「・・・ばか。」


 思わずよろめく僕は、周囲に親父が固まったような集団がなくなっていることに気付いた。


「黄さん、どこに行ったのかしら?」


 千鶴が見回すと、あっと声を発した。

 彼女の視線のほうを見ると、先ほど退場した黄の身内と共に黄天翔その人が、第三礼服に身を包んで現れる。

 京劇役者のようなりりしいメイクをほどされている。

 会場でたたずむ僕を見つけると、朗らかな笑顔で近づいてきた。


「やぁ、おまたせ。」


 にこやかな笑顔で口を開くと、耳元で僕に囁く。


「ぜんぶ、ゲロさせられた。・・・すまん。」


 げげ、っと眉をひそめる。


「どこまでだよ。」

「学園でルームメイトな事、イブとレンファがチームだって事、なぜ女装しなくてはいけなくなったかって事。」

「本当に全部じゃないか。」

「かーーさまとねーさまに挟まれて、真実以外を口にできるものか。」


 笑顔の黄であったが、聊か血の気が引いている。


「じゃ、もしかして、あの女性達が凄くいい笑顔で手を振っているのは・・・。」

「あとでお茶でもご一緒しましょうね~、というお誘いだ。・・・断るなよ。」

「あのなぁ、イブとレンファの母親達からも、二次会に誘われてるんだぞ。」

「悪いが、却下だ。 こっちの約束にはリョウの親友の命がかかってるんだ。」

「命?」

「俺の命が、風前の灯なのだ。」


 真剣な黄。

 間違いないんだろうなぁ。

 どうしたものかと思っているところ聞き耳を立てていた千鶴が、履きなれないヒールのために、よろめく。

 どん、とぶつかられた僕が、背後によろめいてしまった。

 くるりと振り向いて耐えようとした僕を男が抱きとめる。


「大丈夫ですか? 麗しい方。」


 バリトンの響きのよい声を聞いて、僕は眉をひそめた。

 何となく聞き覚えのある声。

 ふと見てみれば、僕を抱き留めた人物は白い制服のようなものを着ている。

 更に見て見ると、その襟元に口紅をつけてしまった。


「あ、すみません、慣れない場に出てきたもので、はしゃぎ過ぎのようですわ。」


 2・3歩離れてその人物を視野に押さえた瞬間、僕は固まってしまった。

 見慣れに見慣れた第三礼服、流れるような銀色の髪の毛が腰まで届き、女性を思わせる細身の顔。

 学園の誰もが知っている最大危険人物にして最強有名人、Mr風御門その人だった。


「あ・・・あの・・・。」


 半ば青ざめている事を自覚しつつも、僕は声が出せなかった。


「これは美しい。・・・どうです? 私とパーティーの後でお付き合いになりませんか?」


 嫌味無く僕の手を取ったMrは、そっと口付けをした。

 この手際、かなりの修羅場をくぐっているのだろうが、彼はゲイじゃなかったのか?

 そんな疑問を浮かべている僕へ、辺りの女性たちが羨望の視線をこちらに送っているわ、嫉妬の視線を滾らせているわでもう大変。

 今、女性の恨みを一手に背負うの僕が男と解ったら、彼女たちはどんな風に思うだろう。


「申し訳有りません、連れがおりますので・・・。」


 そう言って身を翻そうとした所、風御門先輩の目が細まって僕の背後を見つめた。


「おや、そこに居るのは黄君ではないか。どうしたんだい、こんな所で。」


 しまった、そう思って振り向くと、黄はバツの悪そうに頬を指で掻いていた。


「おお、Mr風御門。貴方こそ何故ここに? 私はこのパーティーの主賓たる両嬢に招待されたのですがね。」

「私も似たようなものだよ、黄君。今年も学園に残っていたら、本国の両親にこのパーティーへの出席を頼まれてね。親の名代として、学園の先輩としてお祝いに来たのさ。」


 肩を竦める仕種も様になるのが面白くない。

 が、そんな表情も表に出さず、僕は数歩離れたにじりじりと下がって事態を見詰めた。

 ちーちゃんは僕がゆっくりと位置を変えるのに合わせて、僕の背中に引っ付くように立ち位置を変えた。


「誰なの、おにいちゃん。」

「・・・学園最悪の人物。」

「えぇ? だってあんなにカッコイイのに?」

「あのねちーちゃん、良くお聞き。変態という奴等は信用してはいけないよ。やつらがどんなに社会的立場が良くても高くても、優しくても優秀でも、自分の趣味のためならばどんな汚い真似もへいきって人種なんだよ。そして少しでも接触を持った人間を自分の方へ取り込むためならばどんな労力も厭わないし、嘘も平気。」

「・・・あの人・・・変態なの?」

「・・ああぁ、もう、超がつくほどの変態。ゲイの風御門と言えば学園で知らない者はいない。」


 まぁ、と両手で口を覆ったちーちゃん。


「で、先ほどからかなり失礼な事を私に向って言っている麗しの御婦人と美少女は君のなんだね?」


 あれま、わざわざ日本語の小声で言っていたのに、聞こえていたらしい。


「ああ、彼女たちは主賓の両嬢のペンフレンドとその保護者でいらっしゃる。」


 よくよく聞いてて思ったのだけれども、黄のこのぞんざいな口振りは久しぶりに聞く。

 以前は僕やイブ・レンファ以外にはこういう口振りだったのだけれども、いつのまにかチームの中でも聞かなくなった口調だ。


「ほほぉう、それはすばらしい。ぜひお名前をお聞きしたいですね。」


 つかつかと近づくステファン=エミット=風御門。

 それに合わせるようににじり離れる僕。


「どうしました御婦人、なにも取って食べようという訳ではありま・・・せんよ。」


 ゆっくりと動きを止めたMr.風御門は、なにか奥歯に挟まったような妙な顔になる。


「・・・すみません、御婦人。貴方とは何処かでお会いした事が無かったでしょうか?」

「あら、古典的な口説き文句ですのね。」

「プレイボーイの名も高いMr.とは思えませんわ。」


 彼の言葉に合わせるように現れたのはイブとレンファだった。

 何となく僕とMr.風御門の間に割って入っているように見える。


「これは学園の最も美しき華たちではありませんか、この度は父に代わってお祝いを申し上げますよ。」


 ゆったりと礼をする風御門先輩に、二人の美少女は一礼をした。


「いえ、Mr.の意志にそぐわぬこの催しに、御本人で出席頂けただけでも私たちの喜びですわ。」

「拙き小さな祝宴ですが、最後までごゆっくりいただきたいものです。」


 そのまま庇うように彼女たちは会場を後にしようとするが、それに風御門先輩が追いすがろうとする。

 ぐっと強引に手を引いて、僕を振り向かせた風御門先輩は僕に顔を近づけた。

 唇が触れようとして、わっと辺りの空気が盛り上がった所で、乾いた音が辺りに響く。

 パン!

 僕の手が風御門先輩の頬を叩いた音だった。


「な・・・」


 言葉も無くよろめく彼に向い、僕は啖呵を切る。


「無礼者、引き際を心得なさい!!」


 そのまま、去ろうとした僕に、風御門先輩は掠れた声で追いすがった。


「せ・・・せめてお名前だけでも・・・」


 消え入りそうな彼の言葉に、僕はちょっと考えて答えた。


「リョウコ・・・リョウコさんとお呼び。」


 明朗な声と笑顔で放たれたそれは、思い出の向こうのバーチャンの台詞だった。

 まいった、やりすぎたか、そう思った瞬間、周囲は歓声に包まれた。

 お、おお? そんな風に周囲を見ると、わらわらと握手を求める男女の姿が。

 先ほどのギラギラとした視線ではなく、さわやかな憧れをこめた視線の男性。

 嫉妬に狂った羨望の視線ではなく、敬意と尊敬をこめた女性の視線。

 口々にこの会場の話は語り草になるでしょうといっていた。




「本当に胸のすく思いでしたわ」


 しきりにイブ・レンファらの両親にパーティー後の会食を薦められたのだけれど、すっぱりサッパリと辞退申し上げて帰路に就くことにした僕だったが、出口で待っていた黄家の車には同乗させられてしまった。

 そのことを清音センセに連絡しようとしたら、すでに荷物を抱えて帰ってしまたっとのことであった。

 つまり、帰りもこの格好で帰れというわけだ。

 渡りに船と乗り込んだロングリムジンの後部座席は広く、六人対面座席が二セットほどあった。

 前側の対面席には黄と老人が対面で座り、後部側の座席には僕と千鶴と女性が二人。

 いまだどちらが姉で母かもわからない。


「ほんとうね、あの色男顔に一撃、ですもの。」


 ころころと笑う赤のドレスの女性。


「はは、やりすぎたと反省しています。」


 女言葉もなしに素直に反省すると、彼女達は僕の手祖取った。

 撫でるように僕の手を触っているが、そのときに気付く。

 赤のドレスのほうが母親で、青のドレスのほうが姉だろう、と。

 女性の年齢を判断する要素の中は色々とあるが、もっとも嘘をつかないのは関節だろう。

 肌やつやなどは化粧や手術でどうにでもなるけれど、細かな部分の関節はさほど変更が効かない。

 手などはその際たるところだろう。

 握手でその年齢が知れると教えてくれたのは、昔の夜のバイトのおネーサンだ。


「でも、ほんとうに、りょうこさまにそっくりでらっしゃいますね。」


 青のドレスの女性が微笑む。


「ほんとうに、りょーこさんにそっくり。」


 隣の千鶴がうっとりと微笑んでいる。


「この少女は、りょうこさんの縁者で?」

「はい、りょうこさんの親友の墨田氏のお孫さんです。」


 ちょこりと千鶴がお辞儀すると、二人の女性は目を丸くする。


「では、隅田組の?」


 苦笑の千鶴に対して、女性達は感嘆の息を漏らす。


「運命を感じずにいられません」


 そういった、赤のドレスの女性は、なんとパーティーの後、隅田組に表敬訪問するつもりだったと言うのだ。

 なぜ? と僕と千鶴が向き合うと、赤のそれすの女性がにこやかに言う。


「東京進出にあたり、関東で最も権威ある『ヤクザ』にお話を通しておこうかと・・・。」

『ヤクザではありません、任侠です。』


 思わずハモる僕と千鶴。


「そもそも、隅田組は関東一円に地をおろす八州連合ではなく、独立した組織です。 遠く、徳川幕府開闢時におかれた自治組織を母体にした人の道を極める組織です。非道と人外の行為でカネにまみれるヤクザなどと同一で見ていただいては迷惑千万です。」


 一気にそこまで言うと、思わず千鶴は真っ赤になってしまった。


「も、申し訳ありません。立場もわきまえず、失礼なことを言いました。」


 ぺこりと頭を下げる千鶴の背後から、老人の笑い声が聞こえてきた。


「・・・すまなかった、墨田のお嬢さん。 我々の認識が甘かったことをお詫びしよう。」

「い、いえ、そんな・・・。」

「いや、本当に申し訳ない。 そして大きく感謝せねばらるまい。」

「・・・あの、なぜですか?」

「今までの認識で隅田組組長と会見したのならば、けっしてよい結果が得られなかっただろう。しかし、あなたの忠告によって、我々は見解の相違があることを知った。 お互いのよい関係のために、どんな小さな誤解も生みたくないものだ。」


 穏やかな表情を思わせる声に、千鶴も笑顔を誘われていた。

 懐の深い人物であることをうかがわせる物言いに、僕も感心してしまっている。




 僕の実家まで送ってもらえたのだが、黄と千鶴はそのまま隅田組へ直行した。

 なにせ、黄は黄家のご令息だし、千鶴は隅田組のご令嬢だ。

 主役は自分たちでないにしろ、それなりに関係あることだろう。

 そんなこんなで、僕は自分の部屋へとなだれ込み、さっさと着替えて庭まで行くと、想像を絶する風景が広がっていた。

 庭を囲むような紅白垂れ幕、枝振りを無視した植木を中心に広がるちょうちんたち、そして正面に広げられた横断幕。


『イズミ=リョウくん 国連学園入学おめでとう!』


 達筆な文字は、間違いなく清音センセのものに違いない。

 横断幕の下でカラオケをしていた魚政のたっちゃんを蹴倒して、清音センセはマイクをつかむ。


「さぁ、本日の主役の登場だぁ! はくしゅ~~~!!」


 すでにべろべろの状態のセンセは、ふらふらとこっちに近づいてきて、横断幕の前まで僕を連れ出す。


「センセ、これな何事ですか?」

「町内からの心尽くしよぉ。リョウ君が帰ってきたって町内で触回ったら、集まる集まるカンパの山。あんまり凄い量になっちゃったから、皆で消費する事にしたの。」


 ふと見まわせば、近所の奥さんがたや旦那さん、商店街の店主の人々、更には学校の教師の主だったメンバーまでべろべろに酔っ払っている。

 見なれない顔の人間まで多く居たのでよくよく見てみれば、胸に国連情報部徽章がついていたりする。


「あ、あの人たちは・・・・・」

「ああ、庭先で隠れていたんで、無理矢理誘っちゃたのよ。まずかったかしら?」


 まずいも何も、どうりで僕付きの情報員が今日に限って気配を感じなかった筈だ。

 僕的には彼らの情報秘匿性(個人情報の秘匿厳守)を考慮して女装したつもりだったけれども、初めから彼らは付いて来ていなかったのだ。


「あの人たち、国連情報局と公安ですよ。どうやって呑ましたんですか?センセ。」


 当然ともいえる僕の疑問に、師匠たるセンセは一言。


「雪崩式宴会。」

「納得。」


 さすがは師匠。




 大体、宴会と言う物は三つの要素で支えられていると、我が師は教える。

 一つは酒。これが切れると自然に解散となる。

 一つは人。皆酔いつぶれるとこれまた解散。

 最後に勢い。気が萎えたり明日が気になりだすと解散。

 三つのうちどれかが絶えると終わってしまうガラスのように繊細なものこそ宴会なのだけれども、今日この場にある宴会は、一味も二味も違った。

 まず酒。

 これは信じられないほど差し入れられており、更に言えば消費される側から差し入れが増えるので尽きる事無し。差し入れといえば酒だなんて発想を持っているのはいいが、相手は未成年なんだけどなぁ。

 次に人。

 最初のメンバーは流石に酔いつぶれつつあるものの、店番をしていた息子や奥さんが駆けつけてきたり、学校の仲間なんかも飛び込んできているので人も尽きる事無し。

 最後に勢い。

 既に突っ走っている泥酔者に追いつこうと呑んでいるので、皆突っ走り。

 もう、何の目的で集まったのかもわからない雰囲気だった。


「ぼん、きやしたぜ!!」


 地元に愛された任侠、組長墨田寅之助を筆頭にした隅田組の登場に会場が沸く。

 ヤクザとは異なり、どちらかといえば民事一般を一通り解決する隅田組への町内の信頼は厚い。

 組員の政吉さんなど、スーパーの職員でもあり、セールスから注文受けまで全般的に行い、行った先で老人介護やら家の修繕までしてくるものだから、その人気言わずもがなである。

 どやどやと盛り上がる組員と街の人々を割るように、組長・若頭と僕の前に現れた。


「ぼん、あらためておめでとーござーやす」

「じっちゃん、イの一番に挨拶にいけなくてごめんね」

「何を言ってるんでやすか、ぼん。身内は一番最後ってのが坊ちゃんちの家訓じゃね-ですか」


 笑顔のじっちゃんと僕は抱擁を交わす。


「秋野さん、これからもじっちゃんをよろしくね。」

「もちろんですよ、リョウさん。」


 こちらは硬い握手。


「じゃ、みんなで軽く飲んでいってよ。なんか訳の解らない量の飲み物が持ち込まれちゃってて、どうにもこうにも。」

「・・・・」


 硬い笑顔のじっちゃんは、庭の入り口を見て苦笑した。

 僕もそれを見て、がっくりとうな垂れる。


「なんで樽酒なの・・・」

「祝いの席でやすから・・・」


 さて、どうやって消費するか? 酒屋で一升瓶でも借りてきて、汲みわけようかしら?


「ま、どうにかなるわよ。」


 突如現れた清音センセは、人も物も押しのけて酒樽を中央まで引っ張りだす。


「さ、隅田組のご好意ですわよぉ! 一気に行くわよ!!」


 その掛け声と共に、おお!と怒声に近い声が周囲に響いた。

 みな、コップや升を片手に振り上げる。


「じゃ、鏡割りは・・・」


 フラフラとした視界で彼女は何かを見つけて微笑む。


「りょうくんと、黄くん!」


 へ? と思って背後を振り返ると、なんと先ほど分かれた黄家の方々が立っていた。


「あ、あの、これはとてもお恥ずかしいところを・・・」


 ぽりぽりと頬を掻く僕に、黄家の女性達は微笑んで答えてくれた。


「私たちも堅苦しい場は苦手ですのよ。・・・組長さんから本日凱旋パーティーに出席するとお話を聞いて、私たちもご同席させていただければと思いまして、突然お邪魔させていただきましたの」


 柔らかな言葉を聞いて、思わず周囲が静かに拍手を始めた。


「我が家の天翔と、こちらの泉家のお坊ちゃまがルームメイトだというのも何かの縁、祝いの席、同席させて頂いてかまいませんな?」


 老人の言葉に、僕は微笑みながら頷いた。


「格式も何も無い、山賊の夜のような集まりですが、どうぞ御ゆっくりお楽しみください」


 そう言った僕のすそがちょいちょいとつつかれる。

 割烹着姿の千鶴であった。


「ねーねー、おにーちゃん。今なんていったの?」

「あ、ああ、山賊みたいな宴会だけど、楽しみましょうっていったんだ。」


 それを聞いた瞬間、千鶴は嬉しそうに笑った。

 視線の先のじっちゃんと微笑み合う。

 何だろう、そう思ったところで、黄の姉と思しき女性が耳元で囁く。


「我々の会合は難航しておりましたの。・・・当然ですわ、当初我々も話をまとめるつもりは無かったのですから。」


 驚きで思わず彼女の顔を覗き込むと、思わず彼女は頬を染めた。


「・・・あ、あああ、すみません」


 そう言ってぱっと僕が離れると、頬を染めた女性に並び立つように母親と思える女性が微笑む。


「ぼっちゃんや、リョウコさまが我々を結び付けたんですの。 あなた達が我々を分け隔てなく受け入れてくれたから、私たちも手を結ぶことが出来ましたのよ」


 ・・・彼女達の言葉、どんな意味があるのか理解しかねた。

 しかし、自分の存在が自分以外の誰かのためになれるのなら、それはそれで幸せなのではないかと思った。



「リョウ、あの組長って何者だ?」


 いつのまにか私服に着替えた黄が僕の隣に立っていた。


「・・・何者って、ただの任侠の組長。」

「あのなぁ、身びいきな話しだけれども、うちのじいさまってのはアジア社会では結構な実力者なんだぞ。そのじいさまが、車椅子から降りて頭を下げた相手なんだぞ。『ただの』で済む相手じゃないだろ。」

「黄、地位とか名声ってそんなに凄いことか?」

「少なくとも、凄いことじゃないが厳然とした事実だ。」


 ふぅ、と僕はため息をついた。


「ぼくは、僕の知っているじっちゃんは、どこにでもいる孫に弱いじーさんだよ。」


 ちょっと無言で、そして黄はため息をつく。


「・・・リョウはそういう感覚に疎そうだものなぁ。」

「悪いか?」

「いや、好ましいよ。」


 肩をすくめる黄。


「どちらかと言うと、こういうパーティーの方が好きだしね。」

「ま、肩は凝らないね。」


 先ほどまでもイブ・レンファのパーティーを思い出しつつコップの中身を煽っていると、玄関先でわっと盛り上がる雰囲気が感じられた。

 何事かと覗いて見ると、なんと燕尾服の紳士とドレスの淑女が二組に、見慣れた第三礼服の少女が二人立っていた。


「はーい、リョウ。来ちゃったー。」「へへへ、こっちのパーティーには招待状は要らないわよねー?」


 可愛く手を振る彼女らをよそに、二人に紳士の表情は硬い物だった。

 何と言うか、硬直と言うのだろうか。

 ふと、今自分が女装していない事を猛烈に悔やんだが、一応礼儀的に会釈をして見せる。 その姿を見るや否や、二人の紳士は猛烈な勢いで僕の所まで近づき、ずずいとこちらを覗き込むのだった。


「あ、あのぉーなにか?」

「そうか、君がリョウ=イズミ君か。」


 モンゴロイドの紳士が僕に握手を求めて来た。

 立ち上がりそれに手を沿えると、隣の白人男性もそれに手を添えた。


「娘から聞いているよ、公立の学校から学園に入学した天才だとね。」


 ぎゅー、っと力の限り二人は僕の手を握り締めて言った。


「なるほど、リョウコさんにそっくりだ。流石は親子だね。」

「顎の線などうりふたつだ、お母様に感謝し給え。」


 つー、とイヤーな汗が頬を伝い、イブとレンファを覗き見ると、彼女らも引きつった笑顔をしていた。


「み、皆さん。こんなむさ苦しい席においで頂き、誠に有難うございます。・・・ところで、お二人はイブとレンファのお父様でいらっしゃるようで。お二人にはとても良くして頂きありがたく思っております。」


 一気にそう言うと、ふたりはキョトンとした顔をしていたが急に笑い出した。


「はっはっは、そうか君とは初対面だったな。」「いやはや、何故か君とは初対面だと言う気がしなかったもので自己紹介が遅れたね。」


 互いに微笑み合うナイスミドルが二人。

 所で二人とも、なぜ僕の手を放してくれないのだろうか?


「ところで・・・・」

「お母様は、リョウコさんはどちらにおいでかな?」


 ハモリつつも二人は周囲に視線を走らせている。

 なんてことだ、こういう魂胆だったのか。

 あのあと家族内での食事を済ませた後に、イブとレンファが外出するという話でも切り出したのだろう。

 行き先と僕の名前が出た後で、先ほどの自称「リョウコ」との関係に行き着くまでに時間はかからなかったのだろう。なにしろチーちゃんの保護者で家主と紹介しているのだ。

 続柄に関して、さすがに祖母とはいえなかった二人は、なんとか僕の母と言ったのだろう。

 口元だけ友好的な微笑みで、真剣な瞳が言っていた。


「ぜひとも。このほどのパーティーでの非礼をお詫びせねばと・・・」「無礼な若者のせいで大変ご立腹の様子で帰られたので、出来うる限りのお詫びをせねばと・・・」


 まぁ、彼らの言葉に嘘はあるまい。

 しかし・・・・、さすがに呼んでくる訳にはいかないので、無い知恵を絞ってみた。

 というか、悪い知恵の類に違いない。


「は、母は、帰って早々逃げるように外出しました。」

「外出?」

「ええ、なにやら困ったような顔で『気合を入れすぎた』って言って、変装して出て行きましたよ。」

「ど、どこにいらしたか・・・聞いていないのかね?」

「あ、はぁ。ああ言う時の母は、CIAでも見つからないでしょう。雲隠れの天才ですから。」

「・・・・そこまでご立腹なのか・・・。」

「いやいや、母が雲隠れするときは必ず自分が悪いときですよ。自分が悪くないときは、絶対踏ん反り返っていますから。」

「・・・そうなのかい?」

「ええ。」


 自信に満ちた口調で言いきって見せる僕だった。

 そう言ってみて気づいたのだが、ばーちゃんに同じ事が言えると思う。

 もしかしてこの10年にわたる失踪と言うのは「雲隠れ」なのか?

 そんな思いが表情に出たのか、二人の男性はバンバンと僕の肩をたたいた。


「いやー、実に愉快で麗しい女性じゃないか、大切にしたまえよ。」

「素敵な雰囲気を持った女性だ。君は彼女の息子として胸を張り給え。」

『イブにしろレンファにしろ、一筋縄ではいかんからな。困った時には相談に乗ろう。』


 耳元で囁く二人の声に、僕は背中を冷たくしていた。


「は、ははははは・・・・な、なんのことやら・・・・」

「なになに、隠す事はない。 私たち男親に嘘を付いてまで転がり込んだ「ペンフレンド」の男の家だ。どんな関係かは直知れる。」「昔私たちも学生の頃、休暇の時には親を騙してデートや別荘に泊に行ったものだった。」


 どかりと僕の両脇に陣取った両紳士は、近所のおばちゃんから渡された酒入りカップをにこやかに受け取り、一気に明けた。

 歓声と拍手に迎えられた二人の紳士は、泥酔状態で前後不覚になるまで一気を続けたのだった。



追加 帰郷三日目



 一晩明けて朝日の中。

 何も無くなった庭先を眺めていた。

 宴会も酣の午前1時、モイシャン氏と鈴氏がつぶれてしまい、家の空き部屋に放り込まれた後に両婦人の参戦。

 墨田組の若い衆と呑み比べとなった。

 隅田組対北米企業連合の戦いかと思いきや、黄家の女性たちもすっくと立ち上がる。

 視線を絡めた女性達は、お互いをライバルと認めているようであった。

 視線の応酬に挟まれた隅田組の若い衆が、新たに樽の鏡を割ったところで戦いが始まる。

 娘達が止めるのも聞かず、ドレスを振り乱して呑む二人の婦人。

 止める黄を拳で黙らせた黄家の女性達。

 すでに雰囲気に飲まれた若い衆が、ワンコそばよろしくに彼女達の杯にどんどん酒を流す。

 受けた女性達は厚い火花を散らしあっていた。

 その姿は、先ほどのパーティーでの楚々としたイメージと異なるもで、「これが地なのよねぇ。」というイブの台詞は重いものだった。

 二時間にわたる接戦は、酒樽が空になるという恐ろしい結果を持って終結した。

 付き合うように飲んでいた隅田組の若い衆が轟沈してしまっているのも印象的。

 ああ、片づけを手伝ってもらおうと思っていたのに・・・と呟いた僕に、四人の淑女は親指を立てて「任せなさい」と言ってくれる。

 あたかも打ち合わせた台詞のようだったので、思わず「はぁ?」 と思っている所、ミセス・ミランダが何処からとも無く小さなカードを取り出すと、それに向って二言三言話し掛けた。

 同じく、ミセス黄も胸元から引っ張り出したカードに話し掛ける。

 すると、何処に隠れていたのか、黒いスーツを身に纏った100人はいようかと言う集団が現れ、酔いつぶれたひとや泥酔状態の人を効率的に運び出しはじめた。

「あ、あの、その人たちは・・・・」

「大丈夫よリョウクン、皆さんの身元は分かっているから。明日起きるまでに家に送っておくわ。」

 人ばかりではなく机や敷物食器にいたるまで撤収されてゆき、30分もしないうちに庭には彼女たちしか居なくなっていた。

 何とも恐ろしい事に、庭先の芝生等も人が居た事を忘れさせるかのように復元されていたりする。

「ではリョウクン、私たちもこれでおいとまさせてもらいますわ。」

 にっこり微笑んだ二人の婦人は、ベロベロの旦那たちを担ぐように連れてその場を去ってゆくのであった。

「私たちもおいとましましょう」

 そういって老人を連れた二人の中華美人も会釈をする。

 女性陣全員が、全く酔っているように見えないのが恐ろしい。

 まるで風のように去っていた人たち。

 僕の両脇で小さくてを振る娘達や息子を残して。


 衝撃的な昨夜から、というか三時間ほどしか経っていないにもかかわらず、いつの間にか我が家に集まるご家族様御一行。

 黄家の皆様は、極めてラフな着こなし。

 モイシャン・リン両家はシックな着こなし。

 まぁ、普段着、というよりも我が家の格式にあわせていただいた格好といった感じだろうか。

 が、皆がみんな今に集まって、談笑しているというのはどういうことだろうか。

 我が家にイブもレンファもおとまりしていることはバレバレで、そのことを責めに来ているわけではないらしいし、女装をさせられた黄のことで抗議にきているわけでもなさそうだ。

 さくっと作った大和粥を、皆でおいしそうに啜っているところを見れば、朝食をたかりに来ただけという見解も無いわけではない。

 ただ全員に共通のなのは、この場にいることを極めて当然かのような雰囲気を醸し出している事だろう。

 まるで東京の大家族か、異邦人長屋といったところだろうか。

 いつの間にか現れた清音センセと共に、どこから取り出したか缶ビールで乾杯などを始めていたりするのが更なる恐怖を感じる。

 この女教師、人数が集まると宴会を始めおって。

 不埒な。

『それでは、皆さんのであいとこれからをいわいましてぇ~』

『乾杯!!』

 それは凱旋休暇中続く、悪夢のような宴会の始まりであった。

 二度と里帰りはせんと、思わず誓う僕だった

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