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第一話 新学期3

第三章

 深夜といってもいい時間、真っ暗なうちに黄は部屋を出る。

 一族に伝わる拳法の訓練に行くためだ。

 隣のベットを音も無く抜け出し、僕が朝食に行くころに合流する。

 今日も出て行ったなぁと気づいたが、声もかけるまでもないということで、僕は二度寝した。


 開け放たれた窓、涼しい風が入ってきているのが解る。

 黄のやつ、窓を開けるなら一声かけろ、と思って意識の覚醒を始めると、いいにおいがすることに気づいた。

 とても丁寧に入れたコーヒーの香り。

 この部屋にはちゃんとアメニティー設備もあるが、僕も黄もコーヒーなど人が入れてくれるものと思っているのでこの部屋で入れたことなどない。

 では誰が、とおもって身を起こす。

 そこには、理解しがたい存在が立っていた。

 腰まで届く銀髪、女性かと見まごうばかりの線の細い顔、細身ながら筋金が入ったかのような体、で、全裸。

 これが女性ならばどきどきと顔を赤くするところだが、相手が相手だ。僕は自分でもわかるほど血の気が引いていた。

「これはこれはリョウ=イズミくん。いい朝だよ?」

 謳うかのように僕の名を呼ぶこの人物は、学園一有名な人物だろう。

 曰く、学園でもっとも危険な男。曰く、男子寮でもっとも部屋に入れてはいけない男。曰く、背後に立った瞬間に男の貞操を奪う○門泥棒。

 二人の美少女は言う、ゲイ・オブ・ザ・ブラックホール。

 お気に入りの男子の部屋に忍び込み、媚薬入りのコーヒーを薦め、散々手篭めにしたうえで自分のハーレムーに加えるという超絶鬼畜王。

 学園における生徒代表者、生徒総代エメット=風御門、そのひとである。

 こんなのが今までの代表なのか!!!

「いま、芳しき飲み物を入れたんだ。一緒に飲まないかい?」

 ぶんぶんと首を横にふり、そのうえで「私は呑む意思がありません」ときっぱり否定。

「遠慮しなくてもいい。私の愛がたっぷり入った特製だ。」

「私は衆道をたしなむ趣味はございません!」

 両手を広げゆっくりと近づく怪人から逃れんと、僕はベットから飛び降りた。

「なに、そんな事を言っていられるのは最初のうちだけだよ。暫くすれば、君の方から私の所にやってくるようになるさ。私の愛に触れれば、ね。」

 ぎりぎりの緊張感の中、思わず反射的に浮かんできた言葉が口から出る。

「なぜ僕なんですか。新入生のなかで、もっと先輩好みのやつは一杯いると思うんですけど? マイクとかスティーブだとかジェイジェイとか・・・」

 大概こんな状況は他に無いものだが、他の状況でも似たような発言をしてしまい、後々酷い目にあって来ているにもかかわらず、懲りない性格のせいか言ってしまう。

「何故かは解らないが、今年は君を始めに落とそうと入学式で見てから心に決めてね。そう思っているうちに、なんだか、こう、胸がときめきだしたのだよ。」

 見た目で彼の目の色が変わってきていた。

 色白な彼の肌も徐々に朱がさしてきている。・・・全身が。

「・・・近づけば近づくほどに、私の心の制御が失われてゆく。ああ、こんな気持ちは初めてだ、まるで制御を失った原子炉がメルトダウンを起こしているようだ! この熱い気持ち、君に解るか?!」

 徐々に近づく彼の顔は、なにやら怪しくひきつりだしていた。

「これは・・・、これは、恋だ。恋なんだよ!! 肉欲に支配されがちな私の弱い心に湧いた、最初の、初めてのルルド泉なのだよ! 愛と言う名の根源的な力が私に起こした最初の奇跡なのだよ! 今まで知る事すら出来なかった本当の感情が今、君にめがけて弾けようとしているのだ!! どうか一緒に新たなる心の夜明けを祝っておくれ、マイハニィィィィ!」

「誰がハニーだぁーーーー!!」

 この15年間、これ以上の危機を迎えた事があるだろうか? いや、ない、絶対に無い。

 絶対の窮地・貞操の危機等という言葉は色々とあるが、男性でこのての危機を迎えるにあたってどのような言葉を使うべきか?

 この場で僕は、痴漢や性犯罪者達に襲われる事を危惧する女性の気持ちが解った。

 目の前にいるような変態性欲者達の荒い息を感じながら夜の町を歩ける女性達を、感動をもって尊敬せざる得ないとおもう。知人に護身用のナイフを持って夜の町を歩いている女性を知っているが、その気持ちも良く解る。将来に渡って女性の味方でありたいと心から思う。

 しかし、そんな思いも今の状況には役にたたない。ああ、この窮地を誰に救ってもらえる神様はどこにおわすか! どのように祈るべきものか!!

 ずりずりと後ろに下がる僕に対し、先輩も距離をつめる。

 距離を離す、距離をつめる。

 距離を離す、距離をつめる。

 距離を離す、距離をつめる。

 距離を離す、距離をつめる。

 距離を離す、・・・・・。

 無限に続くかのような攻防の中で、風御門先輩は徐々に興奮を露にしはじめた。

 息を荒くして、肩で息するような状態に有った風御門は、急にその勢いを納めた。

 すっと姿勢を正すと、僕に向かって優しく微笑む。

「さぁ、僕に触れたまえ。さぁ僕に飛び込みたまえ。今日ならば、総てをゆるそうじゃないか。」

 寒気のする笑顔が近づいた瞬間、反射的に僕の拳が先輩の顔に叩き込まれていた。


 だらだらと鼻血を出した先輩は、真顔になって僕に向き直る。

「ごめんね子猫ちゃん、そんなに恐がらせるつもりはなかったんだ。でも、私もちょっと興奮し過ぎてしまったようだ。この調子では君の涙しか見れそうもない。この続きはまた明日としよう。」

 まるで何もなかったかのように彼は部屋のドアを開け去っていった。

 鼻血と裸で。

「・・・助かった。」

 ぼくはペタリと床にしゃがみこんでしまった。

 突然訪れた恐怖と混乱で放心しているところ、同室の黄が入ってくる。

 茫然としていた僕を覗きこむ黄は、ニヤリと笑う。

「どうやら無事だったようだな。」

「な・・・なにおぅ? ・・・・あぁ! 貴様知ってたのか!!」

 急激に活力を取り戻した僕は、黄の胸倉をつかみ上げる。

「しらいでか。朝練に出る時に、こそこそと入り込んでいるとこを見たぞ。」

「それを何故教えんのだ、きさまはぁ!! もう少しで変態性欲の泥水を浴びる所だったんだぞぉ!」

 ぶんぶんと黄をゆする僕は、いきなり思い付く。

 何の理由もなく、こやつはこんな外道の支援をしたりしない。

 しかし、しかるべき理由があればどんな事でもジョークでする。

 その理由といって考えられるのは・・・・

「・・・賄賂だな、黄。何を貰った?」

 襟首をねじり上げる僕の拳に、びくりと動揺する黄の動きが伝わった。

 同時に目を逸らす辺り、まったく嘘のつけない質といっても良い。

 こんな弱気になるのならば、始めっからやらなければいいのに。

「な・・・・なんのこと、だ?」

「この後におよんで何をとぼけているんだ、キリキリ薄情せい!」

 更にぶんぶんと揺する僕に黄は、ぽつりぽつりと白状しはじめた。

 その話を総合して、余計な話を排除して要約すると・・・

「学園祭のミスコンの審査員の資格につられただとおぅ!! きさまゆるさぁん!!」

「ぐえぇぇぇぇ、ゆるしてぇぇぇぇ!!」


 僕は一人で歩いていた。

 入学以来殆ど一緒に行動していた黄は、流石に悪いことをしたと思ったらしく10mほど後ろを歩いてくる。

「あのさぁー、ごめんよぉー」

 反射的にキッと睨むと、黄は子犬のように身を縮めて街路樹に身を隠した。

 そう簡単に許してたまるものか。

 ぷんぷんと怒りつつ、女子寮との合流に来ると、二人の美少女が遠慮がちに手を振っているのが見えた。

 いささかささくれ立っている気分だが、彼女たちにその怒りをぶつけても良いわけではない。

 無理やり顔をゆがめたが、はたして笑顔になっているだろうか?

「あのー、どうしたの、二人とも?」

 苦笑いのイブに僕は深いため息で答えた。

「あのバカ黄のやつ、ゲイのバカ大将の手引きをしやがった。」

 瞬間、二人の美少女どころか周囲の人間が駆け寄ってきた。

「えええええええ!! ミスター風御門が部屋に来たの!?」

「うっそ、ほんと! ええええ! じゃぁリョウの初めては男になっちゃったのぉ!!」

「うそうそうそうそ、やだやだやだやだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 周囲の女子たちは何故か涙を浮かべたり騒いだり、男子たちは沈痛な面持ちで。

 中には肩を震わせている人間が居る。

「てめぇ、黄! それでも貴様、リョウのチームメイトか!!」

「ボコだ、ぼこれ!」

 次第に人の輪が黄に固まりだしたところで、思わず僕は背筋が凍った。

 そういいえば、黄の家の武術って、一対多が得意だったっけ?

「ま・・・・まったまった! 怖い目にあったけど、実害なし、実害は無かったんだってば!」

 僕のその言葉に、周囲の人間が「あんな悪童でも庇うとは」とか「純潔は命をもってもあがなえない」とか囁かれた。

 どうも誤解があったらしい。

「そうじゃなくて、本当に何もされてないの、拳骨で撃退したの!!」

 ・・・・・・・

 十秒ほどの沈黙の後、津波のような絶叫が聞こえた。

「ええええええええええええええ!!」


 午前中の授業全てが片っ端から休校になったのは、どうも緊急教授会が開かれたかららしい。

 まぁ、手持ち無沙汰だったので、僕とイブとレンファ、そしてちょこっと離れて黄はいつもの店でコーヒーしてた。

「しっかし、凄いわねぇ、リョウ。あのゲイ・オブ・ザ・ブラックホールから逃れるだなんて。」

「ほんとほんと、信じられないわよ。背後のルパン三世の手を逃れて純潔を守る打なんて。」

 君たち、僕が無事で残念なのかね?

 思わず拗ねそうになったが、彼女たちの次の台詞で気分が立ち直った。

『ほんとうに、よかった・・・。』

 そういう風に言われると、なんとなくうれしかった。

 さりげなく席を詰めてきた黄は、しかめっ面で腕を組む。

「さて、今日は良かったとしても、明日が困るな。」

 そのまま僕の横に座った黄。

 僕も眉をひそめてうなずいた。

 まぁ、そろそろ許してやらんと、部屋も一緒だしね。

「ほんとだよ。鍵でも変えようかなぁ。」

 とはいえ、生徒総代は共通鍵を持っているので鍵を変えても意味がないという話もある。

 つっかえ棒やバリケード案はあるが、毎日行えるほどのものではない。

 地道に拒絶しても聞いてくれそうな雰囲気でもないのが恐ろしい。

「あーあ、何で僕なんだろう・・・。」

 べったりと臥せる僕の頭をイブが撫でてくれた。

「去年は一人も毒牙にかからなかったっていうし、どこか琴線に触れたんじゃないかしら?」

「どこかってどこさぁ?」

「そりゃ、やっぱり、山岳踏破試験のあとに宴会をしでかすとか言うふてぶてしさ?」

「教授会を出し抜く抜け目なさ?」

 山岳踏破の後は、皆で盛り上がったくせにぃ。

 ええーっと僕が顔を上げると、正面の二人の美少女は身を固めた。

 え、ええっと、なにかな? と小首をかしげて、初めて自分が眼鏡をしていないことに気づいた。

 あ、いかんいかん、と眼鏡を探すと、いつの間にか隣に居る黄が持っている。

 そっぽを向いている黄からとりあげて眼鏡をしようとすると、二人の美少女の手が添えられた。

 いやいやと首を振る様が、あまりに淫靡で頭に血が上る。

 潤んだ瞳が集中する視界で、黄の手が二人の手をなぎ払い、ささっと僕に眼鏡をかけさせた。

「・・・ハァゥゥンンン・・・!」

 同時にイロッポイため息を吐いたイブとレンファは、殺さんばかりの視線で彼女たちの手を振り払った黄を睨む。

「な・・・なんで!!」

「あのなぁ、あれ、男にも効くんだぜ?」

 黄の一言に目をむいた二人の美少女は、テーブルの反対側から僕を抱え込んだ。

「ま、まさか!!!!」

「・・・・!!!」

 豊満な胸二組に抱えられた僕には見えなかったが、凄い雰囲気だけ感じられる。

「・・・僕の趣味は違うけど、そっちの趣味の人には堪らないらしいよ?」

 その黄の言葉に対し、ぎゅっと二人は僕を抱え込んだ。

 く、くるしい・・・・ぎぶぎぶ!

 かすかにタップする僕を二人は一途に抱きしめていた。


 ゆがんだ眼鏡をかけながら直しつつ、正面の二人を見る。

 顔を赤く染め、ちらちらとこちらを見ては下を向くという繰り返しだ。

 黄およびイブ・レンファの証言では、僕が眼鏡をはずすと「信じられないほど」イイ男に見えるそうだ。

 漫画じゃあるまいし・・・と眼鏡を取ろうとすると、正面の二人は本気でビクリと体を揺らす。

 どうも演技ではなさそうだと思って黄を見ると、苦笑で答えた。

「いやね、リョウの眼鏡って伊達の癖に始終つけてるから気になってさ、はずしてみたら驚いたというわけで・・・・ね。」

 そういえば、同室になって二日目あたりで、妙によそよそしい日があったが・・・。

 それか、と聞いてみると「それだ」と短い返答。

「うっそだろぉ・・・・。」

 思わず店内の鏡を見る僕。

 そこには、流行遅れの丸眼鏡をかけた平凡男が見える。

 ぼりぼりと頭を掻いた後、イブに視線を向ける。

「ほんと?」

 疑問一杯の僕へ向かってイブは頬を朱に染めて頷く。

 口をへの字に曲げてレンファに視線を移すと、彼女も頷いた。

 信じられないが、本当らしい。

 短い付き合いだが、その辺の嘘はわかる関係だと思っている。

 苦い思いが胸を締め付ける。

「ほんとうなのか・・・・。」

 なんだか走馬灯のように過去が振り返られるなぁ、と思う。

 そういえば、子供の頃のこと、初めて公園デビューしたときはいじめられた。

 眼鏡をバーちゃんからもらってからはいじめられなくなったけど、そういうことなんだろうか?

 バーちゃんの知り合いに騙されて女装したときは眼鏡をしていなかったのだが、瞬時に誘拐されそうになり大変だった。

 近所のいじめっ子たちに助けてもらったときは、何故か名前で呼んでもらえなかったことを覚えていた。

 もしかして、僕だとわからなかったのだろうか?

「・・・・ああああああ、どうしよう、このままじゃ・・・」

 このままじゃぁ、まともに人と向き合えない。

 ため息と共にそうもらすと、正面の少女たちが僕の手を取った。

 震える手で僕の手を握り締める。

 潤む瞳を意思で押さえ込み、正面から僕を見つめる。

「じ、時間を頂戴、絶対に正面から受けてみせる。」

「おねがい、私たちと向き合って。私たちも絶対に向き合うから!」

 その真剣な瞳に、ぼくはぐらっときた。

「あ、あのさ、無理しなくても、僕と関わらなければ・・・」

「ばか! そんなんじゃない、そんなんじゃ嫌の!!」

「ばかばかばか!! そんな中途半端だったら、はじめから関わらないわよ!」

 骨が折れるんじゃないかという握力で握り締める女の子。

 なんだか半分泣いているかのように思える。

 だから、おもわずごめんと謝ってしまった。


 午後からの授業に向かったイブとレンファは、気丈に微笑んで店を去る。

 残されたのは僕と黄。

「で、どうする?」

 変わらぬ調子の黄。

 流石に常識外の現象続きのせいか、何時もと同じ調子の黄には助かる。

「彼女たちは・・・・まぁ、時間が何とかしてくれるだろ。」

 あの力強い意志を秘めた視線を思い出し、その献身的な友情に感謝。

「いや、そうじゃなくて、明日の朝の話。」

 がぁ・・・・

 一切の解決案がない問題を忘れていた。



 人海戦術でベットをばらして壁に立てかけた僕たちは、部屋の真ん中で車座になっていた。

 これで窓からの侵入は有り得なくなったわけだ。

 その協力者に感謝と振り向く先には、三つの集団が居る。

 一つは、なんとなくつるむ事が多い航空物理教室のJJたち三人の航空物理組。。

 一つは、学園内新聞における輝ける期待の星、田所洋行さんたち三人の報道組。

 で、最後の一つがまったく今まで交流の無かった三人だ。

 曰く、「前々からリョウ=イズミくんと話がしたかった」という三人であるが、その特徴は顕著だ。

 線の弱そうな感じ、なよっとしたかんじ、全体的な受身感。

 思わず皆が思った。「耽美」と。

 個人的には面と向かって話し合いたいタイプに見えないが、ここは間違いなく使えるカードだ。

 どうせミスターの餌食になる僕を覗きにきたのは間違いあるまい。逆に使ってやろうじゃないかと邪悪な思いが胸に渦巻く。

 奴らが口々に言う「いやいや心配だ」とか「まず友人関係に相談すべきだ」とか「貞操は大切に」とかいう台詞は信じないぞ。

「ま、こうやって集まってもらったことだし。」と、僕はクローゼットに腕を差し込む。

「そ、だな。感謝の意味を込めて・・・。」と、黄もクローゼットに差し込む腕。

 同時に引っ張り出されたのは数々のグラスと一升瓶。

 流れるようにコップを渡して、器を満たす僕と黄。

「かんぱーい!」

 恩師直伝の雪崩式宴会であった。

 乾杯のタイミングが命、である。


 その後のことを正確に記憶している人間は居ないだろう。

 少なくとも僕の意識は3時ぐらいまであったものの、それ以降早朝までの記憶を失っていたし、他の人間も同じようなものだろう。

 ただ話した内容が色々とあったのは覚えている。

「で、リョウくん。きみの何処を彼は好きだと言ったんだね?」

 病弱な耽美系の見た目をしていた「耽美」の筆頭らしき男、マクドナル=尼崎は真剣な目で僕をにらんでいた。

「知らんよぉ。」

 なんとなく予想が付いているものの、僕は韜晦した。

 まだ予想だし、何処かにおいとくこととなった話だから。

「おれはリョウに目をつけたのは当然だと思ったけれどもね。」といいだしたのは「航物」のJJとスティーブだった。

「こいつは結構目元が涼しくてよ、上級生にも隠れファンがいるぐらいだぜ。」

 初耳である。

 吃驚したように黄を見ると、黄も驚いていた。

「言葉使いもわららかくてよ、俺なんか、こいつの話す英語を聞いてると落ち着くもの。」とJJ。

 僕の英語の由来は、昔家に下宿していたアメリカ女性によるものなので、やわらかいのはそのせいかもしれない。

「今はやりのアジアンビューティー趣味っやつ・・・・ですか?」

 ふらふらとしながらメモを片手に話をしているのは「報道」の田所たどころ 洋行ようこうさん。

 この人はかなりお酒に弱いらしくて、僕らの半分ほども呑んでいないのにもうふらふらだ。が、それでもメモを片手に話の内容を書いているのは凄い。

 でも、翌朝そのメモを見ても何が書いてあるか解らなかろう。

 覗き込んでみれば、既に何が書いてあるか解らないぐらいだから。

「いや、そういう流行り廃りじゃなくてだな。いわゆる所、中間美ってやつだ。」

「ああ、美形ってやつはその時代の最も中間的な顔だって話だね。」

「そうそう、それでだな・・・・」

 喧々囂々と皆が妙な論争に熱を入れている輪を外れて、僕は部屋の端で休んでいた。

 すると横に黄がやってきて耳打ちをする。

「どう思う、りょう?」

「皆も目が腐ってるんだろ? こんな平凡な顔がいいだなんて。」

「まじめに聞いてるんだよ。」

「・・・・わずかだろうと信じがたい。少なくとも学園に来るまでそんな話を聞いたことが無かったぞ。」

「成長と共に美形のレベルが上がっているんじゃないか?」

「おいおい、僕は、平・凡・な・ん・だ。」

「そう思ってるのはリョウだけだって。」

「くぅー。」

 冷やかしや茶化しにあるようなふざけた語調ではなく、どちらかといえば突き離すような語調は、黄が結構本気で話している証拠だ。

 ここまで言われれば、眼鏡の有る無しで何らかの見え方の変化があると思うしかない。

 また、人によっては、眼鏡がある状態と無い状態で変化があるものの、それなりに好意的に映る可能性があると言うのも認めざる得ないだろう。

 まったく信じられないけれども。

「・・・・(げぇーーーー)」

 力無くうめく僕に、いつの間にか皆の視線が集まっていた。

 酒に酔っ払った焦点の無いうつろな視線が総べて、僕の顔に集中していた。

「えっ・・・と、なにかな、皆の衆?」

 にこやかに言う僕に、すすすっとマクドナルド=尼崎が近づき手を取っていった。

「・・・共に学園祭で、学園祭に向けてチームを組まないかい? 君となら何でも最高なものが出来そうな気がするんだ。」

 どこでそんな話しになったんだろう。さすがに酔っぱらい集団である。

 すると今度はJJがやって来て、僕と黄の間に入って両腕で僕等を引き寄せた。

「何を言ってるんだ、マック。学園祭でリョウと黄がチームを組むのは俺達とに決まっているだろ。なんて言っても同じ教室の仲間・・・そう、チームメイトじゃないか!」

 その言い回しが気に入ってか、JJは僕等をぶいぶい振り回してご機嫌だった。

「そ・・・そんな。ジャン、たかが一授業が一緒だからってチームメイトだなんて乱暴なんじゃないか?」

「・・・ふっ。一つも授業の接点もないやつに比べれば、遥かに有利じゃないか? 0と1じゃ無限の開きがあるぜ。なぁマック。」

 ふと気付くと、ここに集まった連中総てが愛称で呼びあっていた。

「そう思わないか、黄?」

 にやけた顔のJJを見つつ、黄は懐から手帳を取り出した。

「まぁ、たしかに0と1とは無限の開きがあるけれども、コンマ数パーセントと70%とでは大きく違うのが解るよね、JJ。」

 黄が見ているのは選択時間表だった。そして黄が何を言わんとしているのかをJJも理解したようだ。

 ふぅと深いため息をついて、JJは苦笑をした。

 マイクもスティーブもベルナルドも肩をすくめている。

 事情通の「報道」の田所さんは、ははーん なるほどといった顔をしていた。

 事情に疎いのはマクドナルド御一行さまだけらしい。

「どういう事なんだ、ジャン。」

 すでにマクドナルドの目は点になっていた。程なく落ちる事だろう。

「ああ、僕から説明しますよ、マック。」

 当初の予想に反して、時間が経過するにつれ意識がはっきりして来たらしい田所さんはにこやかにマクドナルドに話し掛けた。

「黄とリョウは全く同じ選択をしてますから除外しますが、彼らと70%もの高い確率で授業を同じくしている人達がいるんですよ。誰だとおもいます?」

「ヨーコ、もったいぶるな。」

 ようこうと発音しにくい彼らは、なんとなく彼の事を「ヨーコ」と呼び出したようだ。でもヨーコっていうのも何とも言えないものがある気がする。

「ああ、ごめん。・・・その人達って言うのが・・・」

「イブとレンファだろ?」

「ああああ! 一番良い所を!!! 酷いよ 黄!!」

「なになに、遠慮するなって。」

「会話になってなーーーーい!」

 どたばたと騒ぐ彼らをよそに、マクドナルドはうわごとのような言葉を発して倒れこんでしまった。

「ば・・・・ばかな・・・・。」

 ふと見ると「耽美」のみなさんは、彼を置いて先にヒュノプス誘いを受けていたらしい。更に見れば「報道」の皆様もマグロ状態になっており、元気なのは「ヨーコ」こと田所さんのみとなっている。

「まぁ、学園祭まで長いことあるんだしさ。気長にいこうよ。」

 僕はそんな言葉を発した・・・・そこまでの記憶のみである。


 目を開けると朝だった。

 適当に量をセーブして呑んだ御陰か体に残るアルコールも少ない。

 とはいえ、若さの勝利であると確信している。

 見回すとそこにはくんずほぐれつに絡み合ったマグロ達が苦しげなうめき声を上げている。マクドナルドと田所さんなど抱き合っているように見える。僕や黄やJJは壁に寄り掛かって寝た御陰でその中にはいない。

 ともあれ、黄やJJに抱きつかれているんだけど。

 なんでこう、なんというか、抱きつき癖のあるやつばかりなんだろう。

 見様によっては耽美な風景なんだろうなぁとか思っているところで、扉の方でかちゃりという妙な音が聞こえた。

 良く見ると鍵を閉めていなかったドアが徐々に開こうとしていた。

「ふふふ・・・昨日私がやって来たのに今日鍵を付け替えていないとは、かなり期待して良いのかな子猫ちゃん。」そんな身勝手な呟きを聞くまでもなく、その人物がだれなのか理解していた。

「さぁ、私の愛を・・・・」

 そこまで言った風御門先輩は、部屋の内部に入ろうとした瞬間、体を固くした。

 そして部屋の内部を見て絶句していた。

 自分好みのナチュラル耽美系の少年や、アメリカンな美少年や、童子と言っても良いような幼さを持った亜細亜系の少年達が、くんずほぐれつの寝姿で目の前にあるのだから。

 様子をうかがう僕に全く気付かずに、先輩は暫し茫然とその風景を見ていた。

 感無量といった所なのだろうか?

 こころなしか頭がちょっと揺れているように見える。

 目眩かな? と思っていた所で、先輩はふらふらと後ろに下がりだした。

「き・・・・きみたち!!!」

 大声で部屋に向かって叫ぶ。気持ちうわずっているように聞こえる。

 声にならない声を上げて、皆がムクムクと起きだす。

 みな睡眠不足の為かクマがすごい。

「あ・・・Mr、オハヨウございます。」

 間抜けた事に優雅に挨拶するマクドナルドは、未だ両腕に田所さんがぶら下がっていることに気付いていないようだった。もしかすると彼は何かを抱いて寝るくせがあるのかもしれない。

「き・・・きみたち!っこ・・・ここここで、なななんあなな何をしていたんだね!」

 完全に起き上がったものがぐるりと見回して、首を傾げる。

 JJや黄も起きたらしいが、なんかぼーとしている。

「あ・・・ああ、みんなで交流会をしていたんですよ。ええ。」

 JJを引き剥がしながら僕は言った。

「こ・・・交流会・・・かい?」

 びくりと僕の方を見た先輩は、何故か赤い顔をしていた。

「ええ、僕等新入生は、この学園の事や今までの自分達の生活の事で大きく悩んでいますからね。その悩みを皆で話し合おうじゃないかという集まりなんですよ。」

 それを聞いた先輩は、顔色を真っ青に変えてがくがくとうなずきだした。

「そ・・・そうかね。・・・それならいいんだ、それなら。は・・羽目をはずさん程度になかよくなりたまえ。・・・・それじゃぁ」

 しゅたっと手を挙げた先輩は、形だけでもさわやかに僕等の部屋を後にした。

 しばらく経ってから、部屋のあちらこちらで声のきしむ音がしはじめ、限界に達したかみんな爆笑を始めた。

 抱き合い、互いを叩きあい笑い転げる姿を忘ぜんと見ていた僕に、皆が握手を求めて来た。「最高だ」「うまくはめられたぜ」「今期最高のショーだった」等など。

「なに、何のことだよ。」

 ふと皆が笑いを止め、戸惑いに満ちた顔をした僕を見た後に再び爆笑を始めた。

 先程なぞ比べ物にならないほどに。

「リョウ、じゃぁ全然知らないであんな事言ったのか?」「いや最高最高、それ以上の言葉が欲しいくらいに最高!!」「Mr.のあの顔といったら!!!」

 格別の疎外感を覚えていた僕の肩を叩き、黄は言った。

「今の台詞と同じ事を言って、巡回に来ていた前生徒総代をけむにまいて、新入生だったMr.は、自分のハーレムを作る足掛かりにしたんだってさ。」

「つまりMr.はその言葉を否定する事も出来なければ、疑う事も出来ないって寸法さ!」とJJは、むくんだからだを上下に揺さぶって喜んで見せた。

「最高によくできたシナリオだと思っていたけれども、総てが偶然だったとは・・・最高のドラマをこの目に見せてもらったよ。」涙を流して笑っているマクドナルドは、依然田所さんを抱き込んだままだったが、田所さんもそんなことは気にならないらしくけたけたと笑っていた。

「少なくともこの場に居たと言い張るやつらがこの人数の3倍は現れる事受けあいの事件だな。」「でもすぐに解るぜ嘘なんてさ。この一体感は虚言じゃでないもんな。」

 ふと、そう、何の気も無しに皆が押し黙る。

 真剣な面持ちで互いを覗きあう。

「これって・・・・チームって事だよ・・・ね。」

 一言一言を確かめるようにマクドナルドが、いやマックが言うのを聞いてみな笑う。

「チームって事に決まってるさ!」

 口々に言う彼らは手を組み肩を組み合っていた。

 有耶無耶のうちに集まった男達は今、何となく固い友情を感じていた。


 基本的に服装の自由な学園に、パリっとした校内制服、第二礼服をちゃんと着た集団が現れた。

 人種や宗教によって固まりがちな集団とは違い、十数人のその集団は人種もまちまちで、当初は何が支えて集まった集団なのか皆解らなかった。

 しかし、まことしやかな噂がささやかれた途端、それは真実として伝わりつつ彼らの正体を明確にさせた。

「ルーキーのリョウがまたやった、今度はチームを組んで」

 何をどうやったかなんて話しはどうでもよかったのだ。

 学園に新たな主役が現れた、その事実だけが彼らを躍らせているかのようだった。



「よぅ、おそかったな!」

 JJは喫茶店の奥で手を振っている。

 ここ数日で僕や黄の馴染みの場所や店は、いつのまにはチームの馴染みの場所になっていた。

 いつもの喫茶店には、休講になったやつやレポートの作成に追われているやつなど、必ずチームの誰かがいるようになっているし、寮のレクリエーション室も僕と黄の部屋も同じ様なものだ。なにかいつもひとが周りにいるようで、うざったいようなそれでいて安心感がある。

 なんというか、毎日がお祭りの前夜のような、そんな気分だった。

 僕と黄がドアを抜けた後にやって来た二人を見て、JJ以下新しいチームメイトの連中はどよめいた。学園期待の新人美少女ペア、イブとレンファが続いて現れたからだ。

 しかし、いつも外で見せているような笑顔ではなく、彼らが始めて見るような、ぶすっと不機嫌そうにふくれている顔をしている。

 またそんな顔も可愛いのだけれども。

「おっす。」

 僕はいつも座っている席に座ると両脇に彼女達が立っていた。

 それを見たJJとマックは、ささっと席を譲り、彼女たちを僕の両脇に座らせる。

 各々彼女達は二人に微笑むものの、僕から視線をはずしたままだった。

 だったら側に座らなければ良いのにと思うものの、今日の朝、黄にいわれた事を思い出さずにはいられない。



「なぁリョウ、イブとレンファの機嫌が悪いのに気づいているか?」

「ん? ああ、なんか不機嫌だよな。」

 そう、取ると触ると不機嫌なのだ。

 ここ数日、朝も昼も一緒になるにもかかわらず、一言も口を利きたがらないのだ。

 そのくせぴったりと側に寄って来る。

「一応忠告、謝っとけよ。」

「何でだよ。僕が何かした?」

「何かしたし、何もしなかったからだよ。」

 最近黄は色々と訳の解らない事をいうのだけれども、ここは謝っておくべきである事は知れた。



 その当の黄は、この店のマスター直伝の紅茶をと、カウンターの中で格闘している。

 コーヒー以外は泥水にならないらしい。

「あ・・・・あのぉ・・・」

 そう言葉を発した僕を、殺さんばかりに二人は睨む。

 なんでこんなに怒っているのか解らない。しかし・・・・

「ごめん」

 ばっと動いたかとおもうと、二人は僕のほっぺたをぐぐーっと両脇から伸ばした。

 幼い頃から変わらず、僕の頬は良く伸びる。

「あうあう・・・・」

「・・・なんで私達に教えてくれなかったの!」

「・・・どうして私達に話してくれなかったの!」

「そりゃ、私達、女だけれども、一枚かませてくれたって良いじゃない!」

「なんの話しもなく、あんな事するなんて水臭いじゃない」

「そんなに私達の事が信用出来ないって言うの?!」

「入学から短い間だったけれどもちゃんとチームしてたと思っていたのに!!」

 早口で捲し立てる彼女たちの声は、何となく涙の匂いを感じさせた。

 涙ながらに叫ぶ彼女達を見つつ、なるほどと思った。

 何もしなかったし、何かしたとは良く言ったものだ。

 はたから見ていれば愉快な風景だろうけれども、こと当事者の目から見れば凄惨な風景に思えてなら無い。どちらも同じだという話もあるが。

「ふぁんふぉふぉふぉふぁふぁ?(何のことかな?)」とは言わなかった。

「ふぉふぇふふぁふぁふぃ。(ごめんなさん)」とだけ言い続けた。

 しばらくしても彼女たちの怒りは収まりそうも無かったので、僕はすっと二人を抱き寄せると、頬を持っていた手が離れる。

「ここに集まった連中は、4っのチームのあるまりなんだ。JJ達と洋行さん達とマックたちと・・・・僕等のね。」

 キョトンと彼女達はこちらを見上げる。うっすらと涙に濡れたその顔は、無茶苦茶可愛い。

 ああ、だめだ。もう、完全に取り込まれている気がする。

「・・・この前の事は本当に偶然なんだ。マックなんかは、僕が皆を巻き込んでMr.をはめただなんて思っていたらしいけれども、全くそんなことはないんだ。何の理由にしろいろんな奴等が集まったもんで、ついうれしくなって酒盛りしたら雑魚寝になっちゃって、そうしたらMr.がきて大騒ぎになっただけなんだよ。」

 一部真実じゃない部分はあるものの、嘘はいっていない。

 一気に言う僕の台詞を聞いて、二人は眉を顰める。

「それだけ?」

「それ以外、どんな噂が立っているかは知らないけれども、本当にそれだけ。」

 きっぱりと言いきる僕は、更に言葉を継いだ。

「え・・・・っと、今度何かやると気にはいの一番にお知らせいたします。チームメイトとして。」

 よろめくような調子の僕に、彼女たちは明るい言葉で答えた。

「ん! まぁ及第点ね。」

 そう言って二人は僕の両頬にキスをして見せる。

 みんなのはやし立てるような声が辺りに響く。

 孤独に耐えることになるとみえたこの学園生活は一気に人の輪を広げて行くかのようだった。


 和気あいあいと盛り上がる僕らの話題は、いつのまにか先日の酒盛りの時の話に流れて行った。

「またやりたいね。」

 誰かがそんな事を言うと、なにやら又やろうと言う話が「いつやるか」と言う話になってきた。

「今度は私たちも呼んでよ。」

 イブのその一言に、ちょっと固まる。

 みな心の心の中に浮かべた酒盛りの風景に、両名を加えてみたのだろう。

「いや・・・・ほら・・・まずいだろ。寮でやるんだし、男子寮だし。」

 赤裸々スケベ、アメリカ生まれのイタリアンで通っているJJが、思わず言葉を詰まらせながら言うと、周りの男たちも口々に「女子禁制だし・・・」とかなんとか言い募っている。

「あら、ご存じないのかしら? 寮規に『男子、女子寮への進入を原則的に禁ず』とは書いてあっても、その反対については何の記述も無いのよ。」

 辺りの人間は「え?」という顔になった。

 いつのまにか人の輪の中に戻った黄を見ると、広辞苑クラスの本をめくっている最中だった。

 学園周辺の店には、何の理由かは分からないものの、電話帳感覚で学園法規を定めた本が無料で渡されている。

 まぁ、当然学生用なんだろうけれども。

 猛烈な勢いでページをめくっていた黄は、呆然とした顔で僕を見た。

(ないの?)(無い)そんな意味合いの視線が交わされる。

 そんな様子に気づいた他の人間も、黄からひったくるように本を調べるものの、その手の条項は見当たらなかった。

「へへへ、無理無理。以前まであった条項だけれども、4年前にひっそりと廃項となっているんだから。」

 おおおお、というどよめきが走る。

 少なからず夜這いに入れなくても、引き入れることは可能だったのだ。

 勿論学業に勤しむことや国の威信を背負って入学してきた娘達が相手にしてくれるかはべつにして。

「しっかし、なんで男子寮だけ廃項になったんだろう?」

 耽美系のリーガフは、お絞りで顔を押さえながら言った。

 僕と対面に座っている彼の目には、二人の美少女が思いっきり目に入ってきているせいで、冷静ではいられないのかもしれない。

「ああ、それならMrの御陰ね。」

「風御門先輩の?」

「そう、彼が入学した年が5年前。ハーレムを作り出したのを公に阻止出来なかった生徒生活正常化委員達が、寮内の風紀の悪化に苦慮して、正常な意識を呼び込もうと言う発案を元に、密かに廃項になったんだけれども・・・みんな気づかなかったらしいのよね。」

「Mr.の方も、手当たりしだいと言う訳ではなく、彼なりの好みによる選別があるらしく翌年は誰も餌食にならなかったそうなの。みんな気が抜けちゃったのね。」

 恐ろしい男である。

 学園側をも動かす男色というのはどういうモノなんだろう。

「その生徒生活正常化委員ってなんなんですか?」

 洋行さんは手帳を取り出してこちらを向いた。どうやら初耳の名前らしい。

「別名、対男色委員会。Mr.に端を発する攻撃的男色を押え込むために生まれた委員会なんだけれども、今や有名無実ね。」

「なんで?」

 僕がレンファに向って聞くと、反対側から手が伸びてそちらを向かせた。

 固い笑顔を見せるイブは言う。

「全部Mr.のお手つきになっちゃったからよ。委員会も自分達の身の安全を計りたい連中の集まりだったらしいし。」

 ぞぉぉぉっと背筋を冷たいものが走った。本当に恐ろしい男だったのだ。

 しかし、彼女たちはこんな話を何処から持ってきているのだろうか?

 その疑問を口にすると、二人はにっこり笑う。

「乙女の秘密よ。」

 何だかなぁ。


 軽い食事を皆で取った後、三々五々に散っていった。

 チームだからと言ってもいつも一緒にいる訳ではない。

 とはいえ寮ではまた集まって来るのだろうけれども。

 じゃぁまた後で・・・そういって皆と別れると、いつもの4人になっていた。

 イブとレンファが先に歩き、僕らがそれを追うような、そんな僕らの関係を象徴するようないつもの歩きかた。

「なんか、こうして私たちだけで歩くのって久しぶりね。」

 うつむきかげんにレンファは言った。なにか寂しげにもみえる顔だ。

 イブもなんだか影のある顔をしているような気がする。

 久しぶりも何も、教室の移動のときは大体こんな風に歩いているくせに。

 しかし感傷的な気分が、それを口に出させなかった。

「リョウがいて、黄がいて、レンファがいて、私がいて・・・・そんな関係ってずうっと前からあるような気がしていた。けれども、出会ってから一ヶ月も経っていなかったのよね。」

 言われてみれば何年も彼女たちや黄とは大騒ぎしていたような気がする。

 それでも数えてみれば3週間ちょっとしかたっていない。

 急に彼女たちは振り返った。

 透き通る笑顔がそこに有った。

「ちゃんと私たちも大切にしてくれないと、もう遊んでやらないぞ!」

「同じ事を黄にも言われたよ。」

 僕たちは笑った。お腹のそこから。

 軌道に乗りかけたこの生活も、暫くで出番場をくじかれる。

 それは学園最初の大型連休が待っているから。


新連載、オリジナルの妄想小説ですが、いかがでしょうか?


ご評価いただければ、この先も掲載したいと思います。


掲載ペースは週一程度で、別途連載している「南洋校舎」とはかぶらない予定です。

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