第一話 新学期2
第二章
数少ない、イブとレンファと同じじゃない授業『冶金学』教室での汗をシャワーで流し、さてお昼にしようかといつもの店に行くと、珍しくも結構な盛況であった。
殆どの席は埋まっており、いつも僕と黄が座る席だけあいていた。
いつもの席に座って見渡せば、なぜか全員生徒でルーキーだった。
中央食堂での嫌がらせが出来ないからって出張してきているのかと思いきや、誰もちょっかいをかけてこなかった。
視線はたびたび向けられているものの殺気や殺意の類のものは無く、名状しがたい生暖かいものが籠もっている。
なんじゃろべ、と思っていたが、目の前に無注文で出てくる日替わりが来たので、何も考えず両手を合わせる。
「いただきます」「いただきます」
僕と黄が声をそろえて言うと、周囲からくすくすと笑い声。
忍ぶような笑いだが、嘲りの類ではない気がする。
まぁ、先日までを考えれば進歩したものだということで。
そんな思いを感じつつ、黙々と食べていると、ざざっと周囲を囲まれた。
男女合わせて十数名、みんな真剣な顔をしている。
このまま全員で僕をたこ殴りしたうえで、裏山に埋めてもばれないかもしれないなぁ。
そんなことをボーっと考えていると、一人が切り出した。
「あ、あの、きみ、君たちって、リョウ=イズミ君と黄=天翔君ですよね?」
僕が食べかけのエビフライを咥えたままうなずくと、正面で口いっぱいにご飯を入れて頬を膨らませている黄もうなずいた。
なんとも行儀の悪いことだが、食事の時間を削るつもりは無いのでそのまま。
「・・・あの、僕らとチームを組みませんか!!」
『?』
同時に僕と黄は首をかしげた。
いつもの店に集まった15人のルーキーは出席授業重複率が平均15%ほどの集団なんだそうだ。
まぁ、コアと呼ばれる必須授業を入れての重複率なので、完全選択授業となるともっと低い率だろうと思う。
そういえば、ちょっと後のほうに学園内報道グループに所属した田所洋行君が居る。
彼とは冶金で一緒だから、全然接点が無いわけじゃない。
しかし、彼と接点があるからって、その仲間全員と接点が出来るかというと、どんなものかと小首をかしげる。
どうしたものかと思っている僕らの前で、彼らはすでにチームとして教務等への出入りを許可されているし何箇所かの研究室に出入りも始めていることをうたい上げた。
如何に自分たちのチームに入ると有利かを説明する姿は、テレビの通販宣伝番組のような胡散臭さをかもし出している。
「・・・どうかな、チームにならないかい?」
答えはノーなのは決まっている。
目を見れば、黄も同じ意見だった。
ただ、疑問は残る。
彼らはこれほどまでにアピールしなければならないのか?
どれだけ有利であるかをアピールしているということは、彼らが得られるメリットがそれを越えているということに相違ない。
彼らが感じている優位性に見合うメリットが僕たちにある?
『?』再び首を傾げる僕らを、抱きこむように現れたアメリカン。
「はっはっはっはっは! まったくおめーらは自分たちを知らないよなぁ。」
あ、JJだ。
というわけで、僕と黄は左手をすすっと真上に伸ばし、右腕をきゅっと上向きに曲げる。
JJと会ったときに、僕と黄はこうやってポーズをとることにしている。
名づけてJJポーズ。親愛の証だ。
「あのなぁ、そのポーズやめろって。」
「やー、JJ。」「おお、JJ」
「そろそろ、航空物理だぞ」
「おお、ではいこう」「ん、皆のしゅう、これで失礼する。」
呆然とする人たちを置いて、僕らは次の受講先である航空物理の教室に向かった。
JJポーズのまま。
「てめーら、いい加減にしろよ!」
五人のJJポーズに囲まれたJJは、半ば切れていた。
僕・黄がはじめたJJポーズは瞬く間に広まり、終いには担当教授までがJJポーズで教室に入ってくるまでになった。
・・・まー、怒るわな。
「はっはっは~。」
ひとしきり笑った僕は、JJの真向かいに座る。
「ところでさっきの話。」
「喫茶店のあれか?」
「そうそう。」
彼らを割って現れたJJは、僕らがそこに居ることがわかっているようだったし、彼らが取り囲んでいた理由もわかっていたようだった。
誤認でなければ、彼らが僕らを求める理由ってやつもわかっているような気がする。
というわけで、率直に聞いてみると、JJに笑われた。
それどころか彼のチームメイトにも笑われてしまった。
「本気で言ってるのか、リョウ=イズミ」
「真剣な顔だけど、ジョークだよね? 黄。」
「あ、いま、心外だって顔してる、二人とも。・・・まじ?」
真剣に頷く僕と黄に、彼らは同時に肩をすくめた。
ああまったく、と彼らは話し出した。
彼らいうところ、僕たち二人への注目は入学当初からあったという。
まぁ、入学試験の一部で突出した結果を出したのだからそう言うものかも知れないけど。
下っ端白人グループをあしらったのは、好意的に評価されているらしいが、二人の美少女たちと交流があることから怨嗟をこめた注目も加わった。
これは僕たちの所為ではないといいたいが、基本的に美人は好きなので黙っておく。
それだけ注目が集まれば嫌がらせのひとつでもとというところだが、僕らに来た嫌がらせは一つどころではなかった。
リアルとネット両面での嫌がらせを見て、有志各位が自分のチームへ組み込むことで保護が出来ないかと思っていたのだそうだが、突如イズミ=リョウ・黄=天翔両名の生活圏が消失し、対応が遅れていたそうだ。
あわや自主退学かと有志各位は恐れていたが、どっこいシブトく曲がらず元気であった二人。
それどころか猛烈な反撃と共に凱旋してきたというのだから皆目をむいたという。
同情とか哀れみとかではなく、本気でチームを組んでみたいと彼らは思ったらしい。
というのがJJチームの話であった。
「だから、これから結構なアプローチがあると思うぜ。」
『げぇー。」
「それにさ、リョウたちとチームを組めば、もれなくもう二人が付いてくるもんね。」
リーガフがいやらしく笑う。
「・・・だれ?」
小首をかしげる僕に、黄は教室の出口を指差した。
そこには美少女二人組み。
「はやく! 次まで時間が無いわよ!」
「もうぅ、はやくはやくぅ!」
思わず顔を見合わせて苦笑の僕と黄だった。
夕暮れのいつもの店。
店内が一杯だったので、むりやり倉庫からテーブルと椅子を引っ張り出してオープンカフェ状態にした。
なぜか昨今人気の喫茶店の薄暗い店先、丸テーブルに椅子は四脚。
「ごめんなさいねー、何でか最近お客様がおおくて。」
薄暗い店先でお冷を飲んでいた僕たちに、奥さんが恐縮して現れた。
「いえいえ、こうやって勝手させてもらえているだけでうれしいですよ。」
「奥さん、こちらは勝手にやってますから、中を面倒見てください」
僕と黄の言葉に気を良くした奥さんは、一度中に戻って何かを持ってきたようだった。
「結婚式のあまりものだけど、使ってね。」
もってきたのは飴色に光るキャンドルスタンド。
暗くなりつつある風景とあいまっていい雰囲気だった。
「ところで、リョウ君、黄君。あと二人来るのかしら?」
「ええ、最近は四人で行動しているみたいなものですから」
そういっているところで、ふらりと二人増える。
「こんばんわ、奥様。」「お邪魔します、奥様。」
ちょっと日本式に礼をするイブとレンファ。
「や、待ってたよ。」
僕がそう微笑むと、二人は僕らのテーブルに付いた。
「なんだか雰囲気のいい席ね?」
「僕らの特設常連席さ。」
「中が一杯でね。無理やり開設中」
ふぅーん、とローソクを見つめながら彼女たちは微笑む。
その影と光が一緒になった表情が、その表情を見ていると、心の奥底がざわめいた。
「でも、ここで食べるのは、いつもの日替わりでしょ?」
「あったりー」
きゃっきゃと笑いあう僕らであった。
ひとしきり食事が終わり、コーヒーで一息ついたところで、周囲が囲まれていることに気づいた。
またですか、と眉をひそめると、今度は趣の違う集団であることに気づいた。
おしろいくさいというのが黄の呟き。
なんというか、化粧くさいと僕の呟き。
眉を潜めて見回すと、結構な数の女生徒たちであった。
「みなさん、何か御用ですか?」
微笑と共に周囲を見回すと、なぜか女性たちは険しい顔をしていた。
げげ、今度は女子からのイジメですか?
むー、さほど接点があるわけではない女子だけど、総スカンは避けたいなぁ。
そう思っていたが、彼女たちの視線の先が僕たちではないことに気づいた。
さーてさて、これはどういうことかなー、と思っていると先頭の女性が口を開く。
「協定違反じゃなくて? イブさん、レンファさん?」
先手、先頭の女性。
ルーキーはルーキーだが迫力と戦意を持つ人だ。
「後決めのルールなんかに縛られるなんてナンセンスだわ。」
「少なくとも、私たちはあなたたちよりも早く気づいて、そして築いてきたわ」
後手、レンファ・イブ。
ゆっくりと立ち上がる二人の美少女は、なんだか気合が入っているように見えた。
双方のやり取りの中身はわからないが、先手不利の雰囲気がわかる。
ああ、なんだかジ○ンプ格闘路線。
「誰にでも公平に権利があるべきじゃなくて!」
「誰にでも公平じゃないのがこういう事柄よ? でも常に早くて正確な人間が勝つわ」
「はじめから公平だったわ。あなたたちが価値を認めなかった人間を私たちが欲しただけだもの。」
先手の少女、ぐっと言葉に詰まる。
そしてなぜか僕と黄に流し目を送る先頭の女性。
見回してみれば周囲の女性が潤むような目をしてこっちを見ている。
な、なんだ、・・・なんだこれは! まったく理解できない展開だ。
「わ、私たちが、私たちの目が節穴だったことは認めるけど、それでも!!」
「思うことは公平よ。でも、絶対に報われるわけじゃないわ。」
「だって、あなたたちは、すでに!」
「・・・まだ、なのよ。」
ため息を吐いて、疲れたような笑みで僕を見るレンファ。
イブも肩をすくめて苦笑い。
「えーっと、何の話でしょう?」
僕がそういうと、彼女たちはみんな驚いたような顔になる。
そしてその顔のままイブとレンファを見る。
「この三週間ばかりがんばってるけど、この程度なのよ。」
こそこそと近づいてきた、いや、イブとレンファを中心に十数名の女性が集まってくる。
「・・・は、しましたの?」
「完璧に・・・してるのよ。」
「・・・うそ、だって、ほら!」
「ぜんぜん・・・・・もう信じられない!」
ごそごそとなにやら話し合っていた女性たちであったが、暫くするとその人の輪がほぐれた。
手に手にお互いの手を握り合った女性たちは、「がんばろう」とか「負けませんわ」とか口々に言い合っている。
そして僕と黄を見た後、複雑な笑みでイブとレンファを見た。
「何が起こってるんだ、黄」
「こっちに聞くな」
肩をすくめる僕と黄であった。
朝、寮からの道を四人で歩いていると、それとなく女の子が近づいてきてイブやレンファに声をかける。
がんばれとか、応援してるわとか言う台詞は同じルーキー。
まだまだね、油断してると付け入るわよというのは在校の先輩たち。
なにを何を言っているかが解らなかったので聞いてみたが、誰もがあいまいな笑みを浮かべてどこかに行ってしまった。
なんだかなぁ。