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第十七話 元帥閣下のご乱心

学園祭に比べると分量が無茶苦茶少ないです。


それでもアップしちゃいましたw


「酷いです!! あんまりです!!」


 いつもの喫茶店で紅茶を飲んでいると、いきなり現れたテルマが叫びを上げた。

 何事かと思っていると、彼女の背後にどやどやと人ごみが現れる。

 みなルーキー達で、女子も男子も入り混じっていた。

 何が酷いのかが理解できなかったので、聞いてみると・・・


「なんでイズミ=アヤの日をなくしちゃうんですか!」

 僕および周囲の仲間は絶句。


「は?」

「先輩は学園長の指示で、イズミアヤになる日を作っていらっしゃったはずです。でも、なんでそれをやめてしまうんですか?!」

「あー、どうも理解できないんだけれども、どういうこと?」


 そう言ってイブやレンファを見たが、まったく彼女たちも理解できないという表情であった。


「私たちのイズミ=アヤを返してください!!」


 涙乍らの彼女の意見は、彼女の背後に控えるルーキー達の総意であるようだった。

 僕はというと、思わず頭痛を覚え、こめかみを押さえていた。

 何と言ったものかと首を傾げたが、疑問が口からこぼれてしまった。


「君達は、僕とイズミ=アヤが同一人物だってわかってるんだよね?」


 しぶしぶながら、本当にしぶしぶながテルマは頷いた。


「で、この前のビューティーコンテストで隠し課題である『幻美人プロジェクト』が終了したのも知ってるよね?」

「我々は納得してません!!」


 鼻息も荒く、テルマはずずいっと前に出る。

 それにあわせてレンファが身を乗り出した。

 最近彼女のクールな部分が消え始めている気がする。

 それはそれで可愛いんだけれども。


「あのね、テルマ。あなた達は、学園に挑んで負けて、イズミ=アヤに挑んで負けたのよ。その上で何を求めようというの?」

「私たちは飽く事無く挑みつづけます、それはイズミ元帥がお認め下さったことです!」


 レンファとテルマが、視線で火花を散らしたが、僕がそれに加わることは無かった。

 なにせ、今年度に入って、学園祭が終わるまでの間は全く気の休まることが無い日々が続いていたのだもの。

 が、『幻美人プロジェクト』が終わったとたん、なんとも開放的な生活が待っていたのだ。 これならば書類がちょこっと増えても文句は無い。

 とはいえ、夏休み以降、元帥書類専門事務局が国連学園事務局に隣接されたため、仕事が減ったのなんのって。

 今処理している書類の数を数えてみれば、・・・あれ? クラウディアさんが着任した当初程度の量だ。

 なんだ、随分と書類を処理する速度が上がったなぁ。

 自分ひとりの世界にはまっている僕が、我に帰ると、いつのまにかテルマ達をひょいっと押しのけてクラウディアさんが立っていた。

 以前ならば学園での立場は部外者だということで、学園生徒に対して一歩も二歩も引いていたが、今ではその面影も無い。まぁいいことだろう。


「元帥、お時間です。」


 書類整理の合間の休み時間が終わったのだといいにきたのだ。

 それでも後一時間も机に座っていれば仕事が終わる。

 なんと嬉しい環境だろう。

 ニコニコしながら席を立つと、その前をルーキー達が固める。

 テルマや他の女の子達が涙を浮かべている。


「もう、イズミ=アヤ先輩にはあえないんですか?」


 どうやら彼女達は、女装した僕を意図的に別人として扱っているようだ。

 頑迷な話だと思う。

 愚かしいまでの純真さは、いとおしくもある。

 しかし甚だ迷惑だ。

 でも、ここで声高に迷惑だといえない自分が恨めしい。


「そうだ、ね。ビューテーコンテストのディフェンディングチャンピオン再出場制度は廃止したし、入学式のホスト役もバーターで飛ばした。君達の隠し課題としての『幻美人プロジェクト』も終了してるからね。」


 今にも泣き出しそうな彼女を正面に見据えて覗き込む。


「与えられたものに縋るものではないよ、テルマ。挑む相手は何も目に見えるものばかりではないのだから。」


 その言葉に何を思ったかは解らない。

 僕としては「イズミ=アヤ」に拘らず、新た強い人間関係に挑みなさいといったつもりだった。

 しかし彼女は深く深く考える姿勢を見せていた。




 元帥執務室で最後の書類を吟味していた。

 二人の老人は、元帥府の事務処理組織の長的な扱いで執務室には常駐していない。

 始めてこの部屋を使い始めたころと同じで、最近はクラウディアさんと僕だけでいることが多い部屋だ。

 とはいえ、幻美人開始と共に使い始めていたので、よくよく教授連中が来ていたものだが、最近はおみかぎりである。

 彼らが欲する書類の大半が初めに僕のほうへ来なくなったのだから当然かもしれない。

 そんなこんなで僕の元帥職務は思いのほか楽になっていた。


「元帥、よろしいでしょうか?」


 最後の書類をチェックしていた僕へ、クラウディアさんが覗き込む。


「なんでしょう?」

「・・・元帥は、もう女装なさらないんですか?」


 がっくりと僕は倒れこんだ。


「・・・とてもよくお似合いでしたのに・・・。」

「お似合いでもなんでも、僕はあのカッコウが嫌いなんですよ。」

「そうですか・・・。」


 とても残念そうに、本当に残念そうに彼女は俯いた。

 思わず何か声をかけようと思ったが、ここで何か声をかけようものなら、自分の立場が悪くなること請け合いなので、ぐっと我慢していると、じっと彼女は見上げるように僕を見る。


「・・・本当に、ほんとうに、あのかっこうなさらないんですかぁ?」


 ぐっと眩暈のような何かを感じたが、頭の中でかにかが警報を上げる。


『危険、危険!』


 この種の危険は数々潜り抜けてきているが、今まで同種の危険を感じたことが会った気がする。

 いや、これはおぼえのある危険だ。

 瞬間、この警報の大元を思い出す。


「あ・・・、アマンダ教授の差し金ですね!!」

「ばれちゃいましたか。」


 てへへと微笑む彼女は、今までの危険な雰囲気を感じなかった。


「元帥は手の内をご存知なので、十分気をつけるように言われていたんですが、やっぱり引っかかりませんでしたねぇ。」


 なんてこった、元帥府内部にも敵が居たとは。

 とっとと書類をまとめて逃げ出すように部屋を出ると、外ではアマンダ教授が無表情に立っている。


「失敗、か。」

「失敗かじゃないでしょ! 機密漏洩もはなはだしいんじゃないですか?!」

「果敢なる挑戦だよ、うん。」

「それはルーキーの合言葉です。」


 がっくり肩を落とす僕の背後からクラウディアさんが微笑むを浮かべて現れた。


「もう少しだったんですよぉ。」

「ふむ、これから手を変えねばならんな」


 あれやこれやと話し合う、二人の女性の背中を見て、僕がげっそりとしてしまった。



「単位不足?」


 教授会に呼び出された僕は、思わず聞き返した。


「そうだ、君の取得単位が不足する可能性が高い。」


 な、なんで! と僕は手元の手帳を引っ張り出して、一気に単位計算を行った。

 しかしどう計算しても取得している授業単位に不足は見られない。

 が、教授会が提示した単位は目を剥くものであった。


「な、なんですか?このアマンダ研授業出席単位不足というのは!!」

「君自身は取得していない単位だがね、もう一人の君が受講しているではないか。」

「あ、あれは、別人でしょう!!」

「いや、君は君自身の発言で彼女が君自身であるといっている。昨年彼女が得た単位軽減考慮も君自身が得ている。ならばその逆もしかりだろう。」

「な、な、そんなぁ~。」


 無茶苦茶である。


「とはいえ、本気で我々も受講せよというつもりは無い。我々は君自身には多くの借りがあり、それを返せる機会を虎視眈々と狙っているのだからな。」

「わざわざ波風立てて、助けてやるから恩に着ろというのはどうでしょうねぇ。」

「ふむ、そういう見解もあるかな?」

「まぁ、一見解のひとつにすぎんな」


 いつもは顔を真っ赤にして怒鳴りあう教授たちが、にこやかに微笑みあって互いの意見を肯定しあっている。

 なんとも気味の悪い光景だ。

 そんな教授たちの中で最も背筋の冷たい表情をしているアマンダ教授は言う。


「なに、そんな難しい話ではないのだよ、リョウ=イズミ。我々の学習能力上昇計画に一口乗ってくれるだけでいいのだ。」

「ご存知の通り、わたくしリョウ=イズミは、元帥職務遂行と学業推進のために、極めて多忙な日々を送っております。」

「ふふふ、貴様・・・最近時間に余裕があることは調べがついておるぞ。」


 そういって取り出したのは、アマンダ教授の下部研究組織の報告書まとめであった。


「ここ数週間平均で一日の元帥拘束時間は5時間半、それも飛び飛びに入っている。それもこれもクラウディア女史の配慮によるもので、実際はもっと短くなるであろう事は重々理解できる。 ・・・最近仕事も無いのに元帥職務だといって逃げ出して、職務室で惰眠をむさぼっておることも調べがついておる。」


 ぶっ、と思わず吹くと、アマンダ教授が満足そうに微笑んでいる。


「僕の人事権を教授会は左右できません。」


 いまさらながらの一言を言ったが、全く応えている様子は無い。


「なに、貴様が惰眠をむさぼっておる時間を、可愛い後輩のために使えといっておるだけだ。」

「だーかーらー、プライベートな僕の時間というものがですねぇ。」

「やかましい、とっととこの皮を着ろ。」


 ぺしっと投げ渡されたのは、久永タイプ11。

 着慣れたきぐるみだ。


「それを着て受講すれば、双方の単位を認めよう。」

「そうそう、我々も依存は無い。」


 ちかづいて、ヒサナガスーツの尻を撫でるエメット教授。

 このおっさんは全く応えていない。


「思いっきり僕の単位を教授会全員で人質に取ろうって言うんですね?」

「人聞きの悪いことを。」

「勝手に在籍させた教授会と学園長の策謀を、あたかも僕の責任かのように見せて。」

「・・・ひ、人聞きが悪い・・・」

「一般の学生の生活を無茶苦茶にして・・・」

『きみきみ、自分の立場を考えたまえ』


 全員で僕に突っ込みが入る。


「?」

「我々教授会が人事権を持っていない人間など、この学園で君たちのチームだけだ。さらに言えば、元帥称号を持っているのは君だけだし、次期生徒総代に押されているのは君だけなんだ。」

「生徒総代については、風御門先輩の思惑であって、僕の立場とは別です。」

「君は、自分や自分の周りを不当に低く評価しようとする傾向があると報告を受けているが、本当にそうだな。」


 ごしごしと顎をさするチャン教授。


「君、及び君の仲間は、いま学園内で最も注目されている集団であることに間違いない。外の柵を加えてみれば、君たちの動き一つで世界自体が動くといえるだろう。」

「お、大げさな話は・・・」

「君の縁者、西側経済界のトップたる彼女の存在だけでも、UN三軍は君を手放さないだろう。」

「・・・・・・・」

「学園から出て行く情報は硬く閉ざされている。しかし、学園に入ってくるデータ-はいかなようにもできる。知ることができる。 君の縁者自体の存在がなぞであったので判らなかったが、この春から精力的な活動を始めたので分かった次第だ。我々は君が思うほど無能ではないのだよ。」


 つまり、情報のでもとは国連情報局ではないということだ。

 秘匿性が極めて高いことが知れる。


「さらに言えば、君の祖母にあたる『リョコウサン』なる人物についても極めて興味深い情報が集まっている。」


 おもわず咽てしまった。


「記録で一番古いのは明治当初の横浜。成人女性の姿での写真が残っているので生まれはそれ以前だろうが、恐ろしいことにそれ以降の写真は全て同じ姿であった。」


 ずらりと並べられた写真は全てバーちゃん。

 黒髪であることや、きりりと結い上げられた姿などは昔風だが、顔かたちは今にいたるまで変わらない。


「君の祖母は何者だね?」

「りょうこさんですが。」

「・・・」


 会話になっていないことは自覚していたが、それで彼らは反論を窮した様だった。




 りょうこさん関係の一切の究明行為の停止と引き換えに、いやいやながら僕はある現実を受け入れざる得ない状況になりつつある。

 苦い顔でいつもの喫茶店に居ると、いつものメンバーが集い始めた。

 左右に腰掛ける美少女二人は、苦笑のまま何も話しかけてこない。

 求めず、さりとて冷たくなく。

 恐ろしいまでに配慮が行き届いた人間関係。

 ありがたいやら、信じられないやら。


「・・・なんで思い通りにいかないのかなぁ。」


 呟く僕にイブは言う。


「面白い遊びを面白いルールで子供に見せれば、何度でもせがまれるのが道理よ。飽きるまでね。」

「僕は、僕の最善を選択しただけなんだ。もちろん、何もしないっていう選択もあったかもしれないけど。」


 ちょこっと上を向いたレンファは、ゆっくりと僕のほうを向く。


「あなたって、最高のエンターテーナーなのよ。皆を、とっても楽しくさせる。私たちも夢中だもの」

「・・・笑われてる自覚はあるけどねぇ。」

「もう・・・似合わない落ち込みはやめて! あなたは飄々とみんなの思惑の斜め上を行っていてくれなくちゃ!」


 思わず、苦笑でイブを見る。


「なんだか過分な評価だねぇ。」

「あなたが自分をどう思っていても関係ないわ。今までがそうだし、これからもそうだと確信してるもの。私たちは、私たちが思うあなたと共に行くわ。」


 うっわーと思わず日本語でうめいてしまった。

 つまるところ、私たちは、私たちが思うところのあなたと見つめる、苦しかったら這い上がりなさいってなわけだ。

 本来ならそういう人間関係なしで学園生活を送っているはずだったのに。

 いやいや、楽しいよ、こういう関係って。

 自分を相手に独占される喜びというのを、彼女たちのおかげで知ったようなものだもの。

 これを称して『愛』という清音センセが独身なのは、いささか腑に落ちない現実だと思う。


「・・・ごめんなさい、こういうこと言うつもりは無かったの。」


 二人はうなだれる。

 こういう風に言われては、男として動かないわけには行かない。

 たとえ彼女たちの背後に誰が居ても。


「悔しいなぁ、僕はこうやって君たちに思い通りに動かされちゃう。」


 笑顔で言う僕へ、二人の美少女は悔恨の表情を浮かべていた。


「いいよ、いいさ、君たちが差し伸べた手なら、迷わず握るよ」


 ぽんっと二人の肩をたたく僕。


「りょ、りょう・・・。」


 半ば涙も浮かべた彼女たちに微笑む。


「もちろん、斜め上に行かせてもらうよ?」


 柔和な笑顔を引く付かせた美少女というのは、間違いなく見物であった。




 こうなれば、破れかぶれ、だ。

 そんな気持ちで僕は久しぶりのヒサナガスーツに袖を通す。

 あつらえたような寸法で一体化。

 女性の表皮器官全てを再現したかのようなそれは、ちょこっとバージョンアップしていた。


「耳まで覆うとは・・・」


 今まではあごの線まで覆っていたヒサナガスーツであったが、とうとうあごの線から耳まで覆うこととなった。

 顔は一切覆っていないので奇妙な装着感であったが、耳の形が代わったのが面白い。

 どこかで見た耳の形だなぁと思っていたが、どうもリョウコさんの写真から形成したものらしい。

 なんとなく覚えている形と一緒だもの。

 鏡に映るスーツの耳は望郷を感じさせたが、それはそれ、これはこれ。

 さーて、はじけちゃうからな。




 イズミ=アヤ再来を叫ぶ声が学園中に響き渡ったのはある朝のこと。

 すでにアヤの席として誰も座ろうとしない中央食堂の一角に人影を見たとの情報が舞って直ぐの事であった。

 真っ黒なブラックコーヒーにトーストというスタイルは、在りし日を思い起こさせるものであったが、過去と違うものもあった。

 彼女の横には元帥府所属の武官殿がおり、すらりとした足を組みながら何らかの書類を処理していた。

 あたかも一枚の絵のようなその姿に誰もが胸を詰まらせ、そして近づけないで居た。


「・・・では、また後ほど。」


 一礼と共に武官殿が居なくなった途端、どっと人の波が押し寄せた。


「アヤ先輩!」


 テルマは涙と共にイズミ=アヤを抱きしめる。


「わたし、わたし、とてもとても会いたくて、とってもあいたくてぇ・・・・!」


 滂沱の涙の少女。

 その周りに何人もの少女が集まり、イズミ=アヤを取り巻く。

 彼女の号泣はテルマの頭を優しくなでるイズミ=アヤの姿と一枚になった。

 完全なる復活、誰かが呟く。

 そして誰かが叫ぶ!


「イズミ=アヤのふっかつだぁ!」


 驚いたように顔を上げるテルマは、左右を見たあとで抱きしめたその人を見上げ、そして再び涙した。



 航空物理学教室は、一種の躁状態になっていた。

 イズミ=アヤがイズミ=アヤのままの格好で、イズミ=リョウの席に座り受講していたからだ。

 的確に、明確に応答する姿は一種感動であり、感涙しているものすら居た。


「まてまて、中身は・・・」

「中の人など居ない!」


 黄の言葉に誰もが電光石火の対応をする。


「しかしだなぁ・・・・。」

「ばかもの! これでイズミ=アヤが航空物理学研究教室のチームメイトであるという既成事実が!」

「・・・だめだ、話にならん。」


 がっくりうなだれる黄。



 ひそやかに汗を流し、薄着で肌を露出させるイズミ=アヤ。

 冶金学の実習中、何の躊躇も無くもろ肌を脱いだ彼女を前にして三人の生徒が鼻血を吹いて倒れた。

 きょとんとするアヤを、何人もの女生徒が取り囲みつつ、女性の壁の中でイズミ=アヤの実習が続く。


「ね、ねぇ、アヤ。あなたのプロポーションって、どうやって維持してるのかしら?」


 思わず聞く女生徒に苦笑のアヤ。

 中身の人を思い至った女生徒は、ただただ困惑、であった。




 今まで、イズミ=アヤは元帥服をまとうことは無かった。

 当然のことながら、元帥とイズミ=アヤの姿を同一させないための配慮である。

 しかし、今日の元帥はイズミ=アヤ。

 黙々と庶務をする元帥職務室に、ちょこちょこと書類の質問が現れては消える。


「みなさん、その程度は、ご自分の判断でなさってください。」


 硬い表情で言うクラウディアさんであったが、元帥府所属の研究員たちは後を絶たず、苦笑で迎えるイズミ=アヤの表情見たさに通うものすら居たという。




 すっかり恒例の宴会にも、イズミ=アヤが登場であった。

 上品に微笑むイズミ=アヤ。

 何の抵抗も無くお酌をして回るイズミ=アヤ。

 つまみが切れる前に、部屋付属の小さなキッチンでつまみを作るイズミ=アヤ。

 ほろ酔い気味でほつれ髪のイズミ=アヤ。

 宴会メンバーはいつものチームばかりではなく、どこからか男子寮・女子寮から人間が集まりつつあった。


「ま、なんだか大勢になってしまいましたね? じゃ、食堂に移動しましょう」


 ぽむっと手を叩くイズミ=アヤ。

 人々は盲目にその言葉に従っていた。





 なんの積もりかはしれないが、イズミ=アヤはここ数日アマンダ研究室につめていた。

 十年来の研究者のようなその素振りはたいしたものだが、アマンダ教授は何らかの違和感を感じていた。

 あれほどまでにリョウ=イズミが嫌っていたイズミ=アヤの姿を、ここ毎日見ているばかりではなく、中身の人は熱心にアヤをロールしているのだ。

 中身を良く知る教授ですら、はるか過去からイズミ=アヤの存在と触れていたかのように思えている。


「教授? どうなさいました?」


 柔らかに微笑むアヤ。

 抱きしめたくなる気持ちを抑えて、教授はにこやかに言う。


「では、行くぞ。」


 そう、助教授格の人間が、研究室にいつまでも居ていいはずもあるまい。



 研究資料をまとめて授業中研究室へ先に行くアヤを見送り、アマンダ教授は晴れ晴れとした気持ちで周囲を見渡した。

 きわめて良好なイメージと、そして爽快な授業であったことを誰もが共有していたはずであったから。

 見渡し、見つめ、言葉を発しようとした瞬間、彼女は大きな違和感を感じた。

 何かがおかしい、何かが変だ、と。

 あたかも・・・・・・・

 見つめる、見つめる、見つめる。

 そして見つける。

 いつもならば最前列に居るはずの、二人の少女たちが、極めて遠い席に座っていることを。

 顔色悪く、絶望的な思いを顔に出していることを。


「イブ=ステラモイシャン、リン=レンファ。君たちに何があった?」


 存分に将来を期待していたし、彼女たちが望むのならば必ず研究室入りを許可するつもりであった二人は、思えばここ数日はれない表情をしていなかったであろうか?

 思い起こせば思い起こすほどに腑に落ちない。

 それは絶対に忘れてはいけないものを忘れてしまっているかのような、靴の上からつま先を掻くかのような、いらだたしい感覚。

 アマンダ教授の表情を見て、二人の少女は今にも泣き出しそうな、それでいて安心したかのような顔をする。


「さすがは教授。完全にはかかっていらっしゃらないようですね。」


 真っ青であった表情に、ささやかな血の気を戻したレンファは、少しずつ教授に近づく。

 しかし、いつも一緒であるかのように振舞うイブは、離れた席から動こうとしていなかった。

 何があるのか、そう思っているところで、レンファは教授の手を握り、指を絡めた。

 不意にそれが対意識誘導研究の成果の一部であることに気づいた教授であったが、再び開く教室のドアを見つめた瞬間、その思考が飛んだ。


「あら、レンファ・・・。どうしたの、ひどい顔色。」


 すっとアヤがレンファの頬に触れると、にこやかな笑みでレンファが微笑む。


「ううん、なんでもないの。今月、ちょっと重くて・・・。」


 恥ずかしげに頬を染めるレンファの顔色は、先ほどと違って晴れやかなものであった。

 そういえばと視線を送った先にイブの姿は無かった。




 女子寮大浴場。

 唯一アヤが出現しないそこで、イブとレンファはため息をついていた。

 先ほどまで正気を失っていたレンファを、イブは無理やり対意識誘導し、湯船に放り込んで正気に戻したのであった。

 リョウ=イズミによる斜め上宣言に後、彼は恐ろしいほど精力的に活動し、彼の目標とした作戦目標を達成しようとしていた。

 現在正気を保っているのはイブとレンファ、黄、あとは避難中の学園長と生徒総代のみである。

 イブとレンファは、彼の発言以降で何かあるものと準備していたが、黄は独自の感覚で何かを察知し、生徒総代と学園長の避難を促した。

 さすがリョウ=イズミに一番近いところに居る男、といったところであろう。

 彼が何を行うつもりかを、いち早く察知し、彼がもっとも重点目標とするべくした人間を避難させたのだから。

 しかし、学園の大半と生徒の大半を抑えた現時点で、彼の目標は達成されていると見て間違いない。

 それはアマンダ研究室下、通称ファンクラブ連合の情報集積にも現れている。

 いままで一番情報が厚かった「イズミ=リョウ」に関するレポートが姿を消し(そう、まったくなくなったのだ、書庫欄すら!)、多くの情報が「イズミ=アヤ」になっていたのだ。


「恐ろしい人よ、彼。」

「本気になった彼って、本当に怖いわ。」


 苦笑の二人。

 怖い怖いといいながら、恐怖よりも別の何かのほうが気になっていたから。


「意識しないと、こっちだって忘れそうだもの『イズミ=リョウ』を。」

「・・・さっきは半分飛ばされたわよ、もう。」


 頬を膨らませるレンファは、大浴場に一人の女性が入ってきたのを見取った。


「あら、教授。お珍しいですねぇ。」


 先ほどの授業とは打って変わった険しい顔。

 奥歯に何かが挟まったまま、どうしても取れないふうの顔だ。


「少女たち、何かが変だ、何かが変なのだ!」


 頭をかきむしる美貌の教授の手をレンファはとった。

 むにむにとマッサージしているうちに、教授の顔色が変わる。

 あたかも雷撃に打たれたがごとく!


「・・・ぬ、ぬかった!!!」


 どすどすとシャワーに向かったアマンダ教授は、冷水のシャワーの中で己が感覚を反芻した。

 今までの違和感と、今の意識と、そして一人の生徒に出し抜かれた屈辱とを。




 鼻歌を歌いながら、かぜを従えて長髪のそれが歩む。

 対意識誘導フィルター越しにも心が揺れそうになる。

 口ずさんでいる鼻歌だって、フィルターごしなのに心を蝕む。


(短期決戦しかあるまい)


 声なく呟いて、その人影はイズミ=アヤの前方10mに降り立った。

 まるでアポロ時代の宇宙服のようなその姿をみてアヤは小首をかしげる。


「まて、イズミ=アヤ・・・いや、リョウ=イズミ! そなたには学園征服容疑がかかっておる!」


 再び小首をかしげるアヤは、二歩散歩と近づいたが、その宇宙服は飛び退る。


「一歩たりとも動くな! そなたの足元には光学粒子捕縛網が張り巡らされておる!!」


 驚いたように周囲を見た後、恨めしそうにアヤは宇宙服を睨む。

 ぐらりと揺れた宇宙服であったが、がんがんと頭をたたき、アヤへ指差す。


「きかん!きかんぞ!! そなたの有効射程および対抗意識操作も実行中だ!」


 んー、と何かを考えていたふうのアヤは、ふっと苦笑い。

 ずるりとウイグを脱いで両手を挙げた。


「はい、降参。」


 にっこり微笑むその顔は、懐かしきリョウ=イズミのものであった。




「なんだか軍事法廷のようですねぇ。」


 思わず呟く僕に、にこりともしない教授陣。

 肩をすくめる僕に、多くの教授たちがつばを飛ばして激を放つ。

 全てはネット経由でアクセスしており、スクリーンも全て空間投影によるものだ。

 そんな彼らの表情の表すところ、それは罪を問うものであり、裏切りを詰るものであり、怒りをあらわにするものであった。

 馬耳東風とばかりに聞き流した僕は、にっこり微笑んで一言。


「楽しかったでしょ?」


 ぐぐっと言葉に詰まる教授陣。

 たしかにここ数日の授業も研究も飛躍的にのびていた。


「しかし! それは君の洗脳効果によるハイ状態なだけだ!」


 まぁ、それはそうなんだけどね。


「・・・楽しくありませんでしたか?」


 にんまり微笑む僕を見て、数人の教授がフェードアウト。

 擬似スクリーンのノイズが強化され、視界も音も遮られた空間で鎮静剤を打たれている。


「リョウ=イズミ君が行った意識誘導は巧妙にして過酷、犯罪的であり暴力的だ。」

「ええ? 僕は単に皆さんのご要望道理に・・・。」

「我々は、君に一種のピエロとなってもらいつつ、事態収拾を狙っていたに過ぎん。」

「それが甘アマなんですけどね。」


 ふぅ、とため息をして僕は周囲に視線を送る。


「確かに面白かったでしょうし、楽しかったでしょう。しかし、その楽しさの裏にどんな危険があるかも考えずに何度も味わおうとするのは、モルヒネの鎮痛作用を忘れて違う目的に使っているようなものですよね?」

「きみのそれは、高純度の合成麻薬よりもたちが悪い。」


 宇宙服の向こうでアマンダ教授が腕組をしている。


「確かに我々は悪乗りしていた様だ。 各々の研究結果や途中経過が君の下を通り過ぎているにもかかわらず、君自身を一般生徒に毛が生えた程度と侮っていたのだ。」

「そんなことは無いでよ? わたしはどこまでも一般生徒ですよ?」


 僕の一言にアマンダ教授は腕振りひとつで答える。


「もう、騙されん。その誘導には対抗措置を行っている!」


 すると新たなスクリーンに幾つもの研究室の名前が並んだ。


「意識誘導の助長のために、何個の研究室の技術が使われているか、我々が気づかぬはずが無かろう? これだけの研究結果を有機的に複合できる人間が一般生徒か?」

「ちぇー、もう少しで上手くいったのに。」


 僕がふざけ半分で言うと、宇宙服のヘルメットを取ったアマンダ教授が、僕をじっと見詰めた。


「ああ、少なくとも学園内の人員98%までにその効果は及ぼされ、君の意図道理、特殊視されていたイズミ=リョウの存在全てが抹消されつつあったよ。」


 そう、僕は、このアヤの扮装を通して、現状特別視されている僕の立場全てをアヤにおっかぶせ、僕自身は静かな学園生活を送ろうと思ったのだ。

 そのために、意識誘導ばかりではなくエアコンへガスの混入や飲料水への薬剤の混入、照明の点滅周波数変更や端末へ意識外意識の刷り込みなども多用し、リョウ=イズミへの特殊視をなくそうとしたのだ。

 黄の裏切りとイブ・レンファの活躍により、ずいぶんと早くばれてしまったけど。


「本来なら、学園法規による在籍抹消処置もありえるところであった。」


 まぁ、学園を辞めてしまうのが一番の早道なんだけど、目的達成のために色々としがらみが多くなるのでやめることも出来ない。 ならば裏切り者として追われるならば・・・そいうのも考えていなかったわけではないけど、そうなると本来の目的から遠ざかってしまう。

 悩みところ、である。


「しかし、この目的への有機的なアプローチは我々教授会の想像を超え、無限の可能性の示唆を感じさせるに十分なものであった。」


 なるほど、美味しいネタだとおもう、ということかな?


「そこで、教授会は、リョウ=イズミに今回の計画書の提示を求めるものであるが、了解してもらえるかな?」


 ・・・ここまできて、僕の自主性が尊重されている気がする。

 逆さ貼り付けの上、打ち首獄門なんていうのも考えていたんだけどなぁ。


「・・・了解してもらえんか?」

「アマンダ研究室のEA0122フォルダを展開してください。全てが入っていますから。」


 僕がそういうと、スクリーンの向こうの人間や、目の前のアマンダ教授が端末にかじりついた。

 数分ほどして、ボスコック教授が震える声を上げる。


「りょ・・・リョウ=イズミ! き、き、き、君の書いたこの書類の巻末についている『教授会性格診断アナグラム』というのはなんだねぇ!」


 それは、僕の演技指針であり、意識誘導効果を上げるために分解した教授陣の多面性格グラブのための資料だ。

 まぁ、簡単に言えば、教授陣がイズミ=アヤに対してどのような劣情を抱くかというものの簡易図ともいえる。

 たとえば、この図から某教授はイズミ=アヤに対しセクハラし放題ながら、たまに厳しいお仕置きをしてくれて、さらに時々耳元で「もう、教授のえっち」とかささやいてくれるのが最高であると読み取れる。

 事実、あからさまな情報に、何人もの教授がスクリーンの前から消えている。

 さっくり精神洗浄中なのだろう。

 ボスコック教授はむっつり助平タイプで、イズミ=アヤは異性に対してガードが甘く無防備なシャッターチャンスがあふれていると感じていたことが暴露されていて、ばれない範囲で小型カメラによる撮影が数度行われることを明記されている。


「・・・青筋立ててがなるな、ボスコック。そんなお遊びの部分までもが我々に興味深い真相研究結果とも言えるだろう?」

「・・・む、うむ。」


 あれ? ここで凄い怒声と罵声が渦巻く予定だったんだけれどもなぁ。

 急いで仕込んできた部分なので、けっこう粗が大きいから、挑発がばれたかな?


「はっきり言おう、君のようなムラのある人物は学園で制御し切れん。しかし、君のような人材を外に放出する積もりも一切ない!」

「・・・合成麻薬みたいな人間を、いま、この学園において置けますか?」


 にやりと笑うアマンダ教授。


「無論、一時的に放逐せねば、学園内の精神洗浄もままならん。・・・そこでだ。」



 発表された新たなる単位は、すでにある程度の人員が決まっていた。

 リョウチームの面々などなど。

 知る人はそれを「学園所払い」とか言うとか言わないとか。

 この制度は長く続くかにおいて疑問があるが、真相については長く語り継がれることは必死だった。

 なにせ、悪名高き中間試験が中止になったのだから。


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