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第一話 新学期1


第一章 


 目を覚ました僕は5才の子供のりょうくんではなく、15才となった僕 リョウ=和泉だった。

 身を起こし、ぐっと伸びをすると、べきべきと背骨が音を鳴らす。

 祖母の言いつけどうり、寝る時すら掛けつづけている眼鏡の歪みをかけたまま直し、視界を整えて外を見ると、白々とする朝を迎えつつある空が見えた。

 祖母が消えたのは、僕が小学校に入った夏のことだった。

 書き置きを残して、お手伝いさんの皇さんと共に姿を消してしまった。

 何が原因かわからない失踪だった。

 その時は、またいつもの冗談だとおもっていたのだけれども、日が経つにつれて現実味が増していった。

 夏休みの一ヶ月ほど茫然として、食事をする事すら忘れていた僕を面倒見てくれたのは祖母の親友の墨田じぃちゃんだった。

 その御陰で今を生きているようなものなのだが、その事を墨田じぃちゃんに言うと、こっ酷く怒られる。


「あたしゃーねぇ、ご恩のあるリョーコさんからぼんを御あずかりしているだけなんですから、そんな言い様はしないでくだせい。ぼん一人を無事育てさせていただいたって返せないほどのご恩を頂いているんでるんですから・・・・」


 これからが長い。

 この手の話しで3時間はだらだらと怒られる。

 じぃちゃんは「ご恩」の為だけに世話をしているかのように言っているが、その実、本当の親とても叶わないであろうと言うほどの「情」をもって世話をしてもらっているのを、この身に感じている。

 口に出さないのは、じぃちゃんの照れである事も知っている。

 それでも僕はこれ以上迷惑をかけたくないと感じていた。

 これから僕がやることと、起こるであろう騒動の全てで迷惑をかけたくないと思っていた。そんな色々な理由とその思いを背負って、この学園に入った。

 国連学園へ。


 世界最高の学府が、日本の静岡県静岡市とは名ばかりの山奥、井川に出来たのは、今をさかのぼる事30年前。

 21世紀を切り開く人材の育成を目的として開設されたこの機関は、この20年のうちに天才育成機関とかなんとか言われるほどの学園へと成長した。

 最高の教育陣、最新の教育カリキュラム、最高の施設、国連主体の運営の為に一切学費がかからない。

 誰もが求める教育機関といえる。

 ただし、受験のオリンピックと言われるだけの事は有る試験内容は、世界最高の入学競争倍率を誇っていた。

 当然である、国連加盟国総てから受験生が集まるのだから。

 学園入学試験合格と言うだけで十分なステータスとして、以降の人生の潤いになるというイワクツキのそこは、完全全寮制という古臭いシステムでありながら、毎年定員いっぱいの新入生を飲み込み、少数の卒業生を輩出している。

 「ちゃんと」卒業できた少数の人間は、破格の待遇で超一流企業や政府機関に向かい入れられることは有名だけれども、一年や二年いただけの途中卒業者(退学という言葉は使われない)でも、そこいらの大学生など裸足で逃げ出す就職率を誇っている。

 現代のガンダーラとも言えるこの学園に入学出来ても学び続けられるものは少ない。

 あらゆる意味で。


 ベットを抜け出して隣のベットを見るともぬけの殻。

 隣のベットの主は暗いうちから拳法の練習をしている、というか、本当の練習は人に見せるものではないとの事。

 流派や絶掌(拳法における決まり手、必殺技なんていう言い方もある)などが外に漏れた時点で負けることもあるからとか。

 どうしても知りたいわけじゃないけど、なんとなく気になる秘密という感じだ。

 兵法と理を体現する中国拳法、絶掌ってのは奇策なのかな?

 そんなことを思いながら、ささっと着替えて洗顔をしみると、鏡にメッセージがあった。


「『いつもの所で7時』か。」


 きゅきゅっとペーパータオルでそれを消して、僕は背伸びした。


「中央食堂なら無料だけど、気分の悪いやつらがいるものなぁ・・・」


 着たきり雀状態で校内制服を着た僕は、寮をあとにした。


 あらゆる権力と民族性を排斥したはずの国連学園でも、やはり心の問題はクリアーできていなかった。

 一応、国の威信や特定団体による掌握が無いように配慮された学園法規や制度があるけれど、集まる人間の心の中までは支配できるものではない。

 だから人は集まる。人は群れる。

 出身国や宗教や出身学校などで。心のありようで。

 無論、そんな行為を馬鹿のすることだと感じている人間は多いのだが、集まってしまった人間の結束は強固であり頑なであった。それがどんな意識で集まったものだとしても。

 集まってしまった集団の中でも、ある種の白人という集団の結束は強く、且つたちが悪かった。

 あたかも自らを優良人種かのように振舞う所業や、他の人間を見下す行為などは無視すればいいのだけれども、自分たち以外の人間に嫌がらせするのは鋭いことだ。

 たとえば研究の認められた有色人種に無言電話を繰り返すとか、不幸の手紙を大量に送るとか、部屋に落書きをするとか、中央食堂で嫌がらせをするとか・・・。

 あまりの程度の低さに学園側でも手を焼いている。

 しかし、やつらは学園側は自分たちを容認しているがゆえに手を出さないのだと思い込み、さらに嫌がらせに邁進していると言う。

 優秀な人間ほど嫌がらせをされるということで、学園裏MVPだとか言われているそうだが、そんなもの受けた人間からすればうれしいはずも無い。

 そのうれしく無さを、何故か実は今僕らは味わっている。

 事の原因は、入学試験のときに中途半端な成績をとってしまったためや、入学順位が一桁に入ってしまったことにあると思う。

 それを気に入らない某白人集団が入学歓迎式典の懇談会でこう言った。


「白人文化圏ではない人間が入学順位一桁に入るなぞ思い上がりだ」、と。


 最初に何語を話しているか判らなかったのだけれども、ぐるぐる思考を回して返答を行った。


「・・・その御意見を素直にお聞きしますと、白人文化圏の方でなければ入学順位一桁ではいけないかのように聞こえますが?」

「ふん、そういっているのが判らないとは、国連学園入学試験の質は落ちたものだ。」


 その意見を言う男の周囲で、白人在校生の一部がいやな笑いをした。

 選民主義もここにきわまれるというところだ。

 確かに今はびこっている物質文明の中心をたどればヨーロッパ系に行き着くと思うが、それにしたって時代の変遷の一部であるだけ。

 冷静な思考はそんなことを考えていたが、何時も過激に発言する攻撃思考はそんな状況で大人しくいることを許さない。

 ざっくり切り返す為に牙をむいた。


「なるほど、つまり白人文化圏の方々はその威信を持って入学順位一桁を死守せねばならないわけですか・・・・、ところで先輩方の入学順位は何位でしたか?」


 バッサリ! 正面から切りつける。

 その途端、真っ白に周囲が変わった。

 そして、徐々に正面の男は色が変わる。

 白から赤に、赤から紫に。

 あまりに血が上りすぎて顔色が黒くなっていた。

 ぶるぶると拳を振るわせた男を、他の在校生が、有色人種の在校生が笑う。


「・・・だれだ! 私を笑うのは!!」


 首を左右に振る方向での笑いは収まるが、視界の外では誰もが笑っていた。


「きさまら・・・・どうなるか覚えていろ!!!」


 手にしたコップを床にたたきつけ、ずんずんと男は去った。

 べーと僕が舌を出すと、今度はわらわらと有色人種の生徒が集まる。


「きみ、いい度胸だ!」


 ばんばんと肩をたたく人は、多分アフリカ系の人だろう。


「あのばか、あそこまで言ったら自分が入学順位三桁だっていえないよなぁー」


 アジア系の有色人やハーフと思われる有色人がわらわらと集まってくる。

 ケタケタと笑う彼らに共感されてもうれしくは感じなかった。

 なにせ、この程度の言葉で切り返せる馬鹿を増長させている学園に在籍しているのだから。

 国連学園はノーカラーだと思っていたという風に遠まわしに言うと、誰もがばつの悪そうな顔をした。

 曰く、彼ら自体は何も恐ろしくないが、彼らの首魁が恐ろしいのだという。

 彼らの首魁は生徒総代(生徒会長のようなもの)で、あらゆる権力を持っているのだそうだ。

 そんな、権力とかいったって生徒のもの。そんな恐ろしいものか、と思ったが、彼の持つ権力のうちで最も恐ろしい権利というのが「同居権」だとか。

 何事かと思いきや、なんとその同居権というのは、任意の誰かと無理やり同居することが可能なのだとか。

 何じゃそりゃと思いきや、一応建前として、素行不良な生徒の更正に当たるために必要な権利なのだそうだが、それを彼は自分の趣味のために行使するそうだ。


「しゅみ?」

「かれは、生徒総代は・・・ゲイなのだよ。」


 ぶっ、と思わず含んだジュースをふいてしまう。


「げ、げい?」


 重々しくうなずく先輩方。


「じゃ、じゃぁ、もしかして生徒総代の手勢ってみんな・・・・」

「それは無い。 彼もかれの好みがあるからね。」


 ふぅ、と思わず汗をぬぐう。

 あんな阿呆と懇ろになる男性とは、どうやっても気が合わないはずだから。


「で、でもですね、そんな恐ろしい人を野放しにしていていいんですか?」

「・・・・」


 遠い目でみんなどこかを見ていた。

 打つ手が無いらしい。

 僕としては深いどん底感を味わっていたのだが、やり込められたほうは根強く恨んでおり、こそこそと嫌がらせが始まった。

 たとえば、中央食堂。

 入り口でわざわざ入るのを邪魔したり、トレイに乗った食事の上にわざわざ納豆を振りまいたり、人が食事をしている横にわざわざディスポーターを持ってきたり。

 たとえば寮の部屋。

 ベットを水浸しにしたり、僕たちの部屋の中の人様に見つかりやすいところにエロ本を山の様に置いて評判を落としたり、端末にウイルスを送りつけたり、ドアに落書きをしたり。

 たいしたことの無い嫌がらせだが、低俗であるだけに、いささかうんざりとしていたのだ。


 色々と嫌がらせがある中で、食事ぐらいは平和にしたい。

 そんな訳で静かにできるところを共に嫌がらせを受けている同室の黄と探していたのだが、やっとこさ民間経営の喫茶店があることを見つけ、朝からお邪魔し始めたというわけだ。

 奥さんも旦那さんも学園ができる前から井川に住んでおり、学園設置の際に市外に下りずにここで生活することを選んだそうだ。

 そういう選択に甘かったころの話なので、今では実現不可能だろう。

 静かな食事を所望する僕らは、必然的にそこを根城にし始めた。


「おはよーございまーす。」


 カランカランと鳴るベルをくぐって、僕はいつも座っている席に向かった。

 四人がけの一番奥の席、そこには黄が座っていたのはいいが、その正面に女生徒が座っているのが判った。


「お、お安くないね、黄。」


 そういって僕は黄と並ぶようにすわり、そして息を呑んだ。

 だって、無茶苦茶グレードの高い美少女が二人座っていたから。僕や黄をみて、悠然と微笑んでいるのだから。

 いまや彼女たちを知らない学園生徒はモグリだろう。

 今期入学したルーキーながら、今年の学園祭でのミスコン入賞は確実といわれ、そして白人集団にも有色人集団にも熱いラブコールを送られている二人。

 そして彼女たちは僕と黄の入学順位の近くのため、入学式典で結構お世話になっていたのだ。

 こういうとき、女性に何を話していいのやら・・・。

 深い海を思わせる視線の所為で僕の思考は途切れ途切れになって、そして瞬間的にショートした。

 だから思いもしなかった言葉がすらすらと出始めてしまった。


「おくさん、僕と黄はいつものお願いします~」

「はーい」


 視線を彼女たちからはずせないはずなのに、何気なく体が動く。


「や、おひさしぶり」


 すちゃっと片手を挙げると、悠然と微笑んでいた彼女たちの表情が一瞬ゆがみ、そしてぐらりと揺れたかと思うとうつむいた。

 ありゃ? 怒らせたかな、と思ったら、かわいい笑顔で笑っていた。

 歳相応の笑顔で。


「聞いたわよ、あなたたちの活躍。」


 いい香りのコーヒーをすすりながら美少女のひとり、イブ=ステラ=モイシャンは言った。

 活躍といっても何のことやら、と言うと彼女は指折り数える。


「入学式典でバカ白人連合の下っ端をやり込めたり、中央食堂で有色人を通せんぼをする阿呆白人をそのまま引きずって朝食につき合わせたり、納豆嫌いな人間がはじめた嫌がらせの途中にその人間を納豆で洗脳したり・・・」


 ちょ、ちょっとまってください、すべて降りかかる火の粉を払っていただけで・・・

 そういったら、今度は鈴=レンファがおかしそうに言う。


「普通だったら喧嘩をするようなところを、あなたたち二人でいなしちゃうらしいじゃない。聞いたわよ、白人バカがベットを水浸しにしたら、仕掛けたやつらのベットと入れ替えたらしいじゃない。それも、周りのルーキーたちを巻き込んで。どうやって抱き込んだの?」


 いえません、いえません、ほほを赤らめるようなエロ本を学園関税を越えて持ち込んだ英雄として見られているだなんて言えません。

 持ち込んだエロ本を回し読みした仲間でつるんでいるだなんて言えません。

 少なくとも、女子寮の皆様には知られたくない「チーム」です。


「あなたたちが集中攻撃されているおかげで、結構色々な人が被害がなくなったって感謝しているわよ?」

「君たちも、感謝組?」

「うんうん、もちろん感謝よ~。なんと言っても、あなたたちとは入学順位で縦続きじゃない? 色々と聞かれちゃって~」

「あ、でもでも、変なことは言ってないわよ? お互いプライベートを明かした仲って訳じゃないしね。」


 こんなところで軽く肩をすくめる姿でさえも愛らしいのって反則じゃあるまいか。

 きらきら光るような彼女たちを見ているうちに、僕は思わず体の力が抜けた。

 それと同時に、彼女たちからきらきらが消えた。

 いや、彼女たちが美しくなくなったわけじゃない。

 愛らしさは変わらない、しかし何かが急に無くなって、それを補って余りある何かがにじみ出てきた。

 その正体はわからないけど、僕としてはこちらの雰囲気のほうが好きなので思わず微笑んでしまった。


「っ。」


 息を呑む雰囲気でわれに返ると、二人の美少女は僕を見つめていた。


「え、えっとなに?」


 僕の言葉に身を一瞬振るわせた二人の美少女は、なぜかしどろもどろ。


「あ、あ、あのさ、あ、あ、あ、あたし達って参加授業の合致確率って結構高いじゃない?」

「そ、そうそう、ほら、さっきチェックしてみたんだけど、そ、そ、そう、ね、70%、これすごいと思わない?」


 イブの差し出したハンドヘルドPCを持て僕も驚いた。

 黄と僕は今期一年まったく同じ選択をしているので合致確率は100%なのだが、そんな人間はほとんどいないといっていいだろう。

 本来なら合致確率は30%以下で、30%を越えている時点でよく会う人間といえる。

 授業でよく会い、息が合う、出身国や民族にかかわらない集まり、意思と思いが繋がる仲間の集まり。

 そんな人間関係を学園では「チーム」と呼ぶ。

 だから、気軽に考えたことを言ってしまった。


「ははは、なんか、水準以上のチームって感じだね。」


 そういって思わずしまったと思った。

 彼女たちをナンパしているように見えないだろうか、と。

 嫌悪の視線を予想して彼女たちを見ると、二人の瞳は喜色にあふれていた。


「ほ・・・・ほんとにそう思う?!」「それって、本気にしていいわね!!」


 思わず迫力に押された僕がうなずくと、二人の美少女は黄に視線を移す。


「いいわね、いいといいなさい!」「了解よね、追従よね!」


 青い顔色の黄もうなずくと、満面の笑みの二人は、ダッシュでその場を去った。


「あ・・・あのぉ・・・・。」


 か細い僕の声を、黄のため息がふさいだ。


「・・・ふぅ・・・。なんでうちのルームメイトは騒動がすきなんだ・・・。」

「え・・・だって、何か変だった?」


 何かを言おうとして、そして再びため息。


「ま、すぐにわかるよ」


 三人分おごれよ、となんだかわからない言葉を残して黄も消えた。

 レジでしようが無く全員分お会計を済ませると、奥さんに相談してみた。


「いまの、なんだったと思います?」

「やっだ、リョウくん。もう、鈍感なんだから。」


 クエスチョンマークを頭に抱えた僕は、おつりを片手にその場を去った。




 授業塔に向かう桜並木のなか、僕と黄を見つめる視線の十字砲火。

 何じゃろ、と思って視線のほうに首を向けると、誰もがこちらから視線をそらしていた。


「な、なんだ?」


 疑問を口にすると、黄はあきれたようにため息。


「判らないのか?」

「わかろうはずも無い。」


 なんでだよ、と肩をすくめる黄とにらみ合いながら進むと、なぜか正面に人だかり。

 号外とかいいながらビラをまいているところを見ると、校内新聞の号外なんだろう。

 前回の号外は入学順位速報で、あの情報の所為で白人の方々に目をつけられてしまったのだ。

 だから号外というやつにいい感情を覚えていない僕だったが、内容は気になったので取りに行こうと一歩踏み出した瞬間、空気が凍った。

 物質化したかのような視線の嵐の中、いろんな国の発音で僕の名前が呟かれている。

 な、なんだ?

 そんな疑問の僕の正面に、一枚のプリントが差し出された。

 その紙の中央には、二枚の写真。

 隠し撮りと思われる僕と黄の写真と、抱き合ってピースサインをしているイブとレンファ。

 その写真を飾る東京スポーツ風味の極悪フォント。


『今期最有力美少女コンビの嫁ぎ先は、なんと!!』


 がっくりと脱力した僕は、隣にいるはずの黄をみると、そこには同じアジア系であり、黒髪つややかな長髪・長身の美少女、レンファがいた。

 はっとおもって反対を見ると、金色の髪の毛たおやかな美少女、イブがいた。

 二人は仲良く号外を取り、そして僕を見つめた。


「あー、もう広まっちゃわー、はずかしぃ~」

「もう、こういうことって隠しておけないものね~」


 きゅっと左右から腕にぶら下がれた僕。


「あのぉ、我がルームメイトは・・・どこに?」


 空いてる手で二人の美少女は授業塔入り口を指差す。


「あ、てめー、にげやがったな!」

「巻き込まれるのはごめんじゃい」


 とことこと建物中に逃げ込んだ黄。

 僕は二人の美少女という重石を両腕にぶら下げたまま、呆然と立ち尽くしていた。



 夕飯を食べようとよったいつもの喫茶店のテラスで僕はべったり伸びていた。

 横に座る黄は、面白そうに笑っているが、正面に座る二人の美少女は申し訳なさそうに座っている。

 まぁ、なんというか、はめられたらしい。

 彼女たち二人は、それこそ学園中からチーム参加要請や集団への加入要請があったそうだ。それこそ夜討ち朝駆けで。

 イブとレンファ二人のチームだという意見をまったく聞いてもらえずに困っていたところで、ふと思ったそうだ。

 チームを組んでしまえばいい、と。


「で、なんで僕らかな・・・。」

「な・・・・!」


 顔を真っ赤にしたイブとレンファはぐっと二人で身を寄せ囁きあっている。


「・・・判ってないみたいよ、この朴念仁」

「信じられない、あきらかにアピールしてるに・・」


 僕には良く聞こえなかったが、結構険しい表情で囁いた後、何かをあきらめるようにため息の二人。


「・・・少なくとも、あなたたち以上に気の合う人がいなかったから。」

「こんな事話して、許してくれそうなのはあなたたちだけだと思ったから。」


 僕だって、許すかどうかなんて・・・・

 そういおうと思ったところで、彼女たちの顔を見た。

 そして、負けた。

 だめだよ、こんなかわいい顔で「いやって言わないで」って顔されたら。


「・・・君たちとチームになれてうれしいよ。」


 だから、こんなことを言ったしまった。

 彼女たちの輝くような笑顔につられて。



 桜舞う道を、僕とルームメイトの黄は行く。

 入学式から毎日で通い慣れた道だ。

 男子寮からのこの道は、学園設備北部からの道で、もう暫く歩くと学園設備中央部に位置する女子寮の道とぶつかる。

 ちょっと目を凝らせば、朝日に照らされた道の向こうに、まぶしい少女たちの姿が見えるだろう。

 いかに、入学受験のオリンピックなどと呼ばれる恐ろしい受験倍率を勝ち抜いてきた人間たちでも、高校生程度の年ではリビドーを押えるほどに達観できるはずも無く、ぎらぎらとその視線を正面に向けている。

 普通の学校なら、少女たちはそれを半ば無視していることだろうが、この学園では、国連学園では違う。

 女子もまた男子に向けて探るような視線を向けているのだ。

 将来有望なボーイフレンドを捕まえるために。

 この一週間で何人ものカップルが生まれ、そして早々に破局する中、僕と黄はそういう浮世の時勢から取り残されつつも、途切れることのない情報を得ていた。

 それもこれも・・・・。


「はぁーい、元気?」「おはよ、元気そうね?」


 この、声をかけられるだけで周囲から数ヶ国語の「殺」という気配を放射されるような相手が色々と教えてくれるのだ。

 力なく視線を向けると、そこには実に形容に優しい二人の少女が居る。

 簡単にあらわすなら、「美」とつければいい。

 しかし、美少女の概念には色々と個人差があると思うので、詳細な形容をすれば・・・

 片や長身でスレンダーボディー、絶対そのままスーパーモデルになれると確信させられる真っ黒な長い髪の毛を後に編んだ中華系美少女。その名を鈴=レンファ。

 片やすこし低い身長だが、メリハリのある体は超セクシー。輝かんばかりの金髪をふんわりカールさせたヨーロッパ系美少女。その名をイブ=ステラ=モイシャン。

 今年の新入生ルーキー最高の美少女と噂名高い彼女たちは、ルーキーはもとより在校生にもアタックされているとか。

 今年の学園祭におけるモストビューティーの称号も彼女たちに送られるのではないかとマコトシヤカに囁かれている。

 そんな彼女たちから、僕らはなぜか毎日声をかけられる。

 彼女たちが仕掛けた罠によって、僕ら四人がチームと目されているからだろう。


「おっはよ。」

「ん、よいあさだな」


 こんな風に普通に気軽な挨拶ができているのは、なによりこの国連学園の標準会話が英語で行われているおかげだ。

 日本語だったらドモリまくりだってばさ、相手は超級美形だもの。

 すすっと近づく彼女たちから、なぜかいつも黄は一歩引く。

 及び腰になるのは致し方ないが、逃がすまじと取り囲む彼女たち。

 たっぷり接近されて連行というのがこれまでのパターンだ。

 はてさて、本日の醜聞はいかなる内容か。



 国連学園の授業パターンは選択授業制だ。

 無論、必須のコア授業はあるけど、それも週何時間も同じ内容でやっているので、コア授業の時間帯はまちまち。そういう点では、完全な選択制といえる。

 己の能力と学力と目的にあわせて授業を選択し、修学を行うことをこの学園の生徒には求められる。

 ゆえに、普通の学校にあるようなクラスメイトという関係は存在せず、授業の選択分布が近いもの同士やフィーリングが近いもの、ルームメイトがいつの間にか仲良くなって「チーム」と呼ばれるグループになる。

 僕と黄は100%同じ選択分布な上にルームメイトということもあり、すんなりチームといえるだろう。

 で、結構おなじ授業分布なのが、例の美少女二人なのだ。

 それゆえに、僕ら四人はチームとして認識されるようになってきているのだが、これがかなりの不評らしく、僕と黄の周辺をさらに不穏なものにしている。

 いままで人種的な圧力であった嫌がらせは、人種年齢を問わないバラエティーに富んだものとなってきており、僕らに敵対することで一体感を得ているかのようにも見える。

 彼女たちとチームと目されるまで散文的であった嫌がらせメールは、詩的な引用や文化背景を感じさせる艶やかなものとなり、各国の世相を感じさせる。

 黄と僕は思わず関心半分、殺すとか死なすという直接表現が無いことに寂しさ半分といったところかな?

 実際、面白おかしい内容や殺すとかいう内容にどう繋がるかは手紙の目的と意識が一本化した作品といえるもので、どうも一人で見ているにはもったいない気がする。


「こんなもの、すぐ犯人がわかるだろ?」だから仕返しをしようというのが黄の意見だが、僕としては様々な言葉の悪口の図鑑を見ているようで面白いと思う。


 ずいぶん後の話だが、これをファイルにまとめてレポートにして提出したら、入学当初に僕へ誹謗厨房メールをした連中からずいぶんと恨まれたもだが、これは別の話。

 嫌がらせメールの存在を知った二人の美少女はメールアドレスを公開すべきだといったが、僕は笑顔で断る。

 なぜという問いに僕は答えた。


「だって、もうすぐ報復が開始されるもーん。」




 その日から一週間、学園メールサーバーのトラフィックは近年まれに見る物量となり、無視できないほどのメールがハードディスクを埋めた。

 学園保安部による調査では、通常時量の2500倍のデーターパケットが飛び交い、そして授業などにも使われる回線すらも汚染しつつあったという。

 原因は・・・と調べてみると、単純にメールの量が多いことが主な原因であったが、そのメールはほぼ一定の人間を中心に全校生徒を巻き込んでいた。

 内容がふるっていて、主題内容が『不幸の手紙』ときている。

 各国語で書かれたそのメールは、人の不快感と恐怖感を掻きたてるものがあり、期限内に友人数名以上に出せという指示は強制力があるように感じられたとのこと。

 ともなれば、一通ごとに数倍、数倍がまた数倍といった形に恐ろしい数になったという。

 メール巡回の中心に居たであろうと思われるルーキーが倒れた時点で、教授会も事態解決のために重い腰を上げた。

 というよりも、事の事態を仕掛けた生徒に対して事情聴取を行うことにしたのだ。

 思うほど学園の大人は無能ではないのだ。

 というか、人が倒れるまで静観している根性はたいしたものだと思う。



「・・・呼ばれた理由はわかるかね?」


 数十名からなる学園首脳陣『教授会』は学園における権力の象徴だ。

 彼らが一丸となって発する結論はシバシバ生徒や学園全体を戦々恐々とさせる。

 めったに一致などしないが。

 その教授会の円卓の中心に座らされた僕は、あたかも戦時裁判の被告のようだ。


「いささかの心当たりもございません。」


 このふてぶてしいまでの態度、戦時裁判などであろう事か。

 刑事よりも民事に近いこの場を切り抜ける最良は、度胸と根性。

 自信に裏打ちされた誠意と、ふてぶてしいまでに筋金を入れた根性こそが勝利の鍵。

 相手は軟弱エリート生徒さんの直訴となれば負けませんよ~、などと不謹慎な笑顔の僕。


「ならば、ここ何日かで起きているメールサーバーのトラフィックオーバーの原因について知っているかね?」

「まったく知りません。」

「最後にきこう、この事態に陥った生徒たちに何か言うことはないかね?」


 まったく知らない、かかわりないという証言は完全に無視されているわけだ。

 流石は学園体制側、こちらもちょっとはカードを切らざる得ない。


「なんでも噂によりますと、不幸の手紙が蔓延し、受講中でもメールの配信に追われていたとか。それが本当ならば、阿呆としか思えません。全て処理したければ返信用の自動スクリプトを組めばいいだけですし、不幸の手紙などというものなどはじめから無視すればいいのですから。」


 そう、この事態を招いているのは、はじめに不幸の手紙を送った人間でなければ、途中で増長している人間でもない。はじめに受け取った人間が、出さないで無視すればよかったのだ。

 誰もが忘れたころに犯人探しをするのもいいだろうし、それ自体を研究するのもいいだろう。しかし、客観性を見事に失って事象に飲み込まれるなど、学園の生徒としてあっていい話ではない。

 いや、少なくとも僕はそう思う。

 そんな意味のことを習い覚えた「上品な言い回し」で発言すると、正面の議長役の教授は微笑んだ。


「・・・君のその胆力と洞察力に免じ、このほどは不問に伏そう。しかし、次があるとは思わないでくれたまえ。」


 ばればれですね。

 思わず苦笑すると、議長役の教授が出てゆく。

 思いため息を漏らすと残った教授陣が全員で拍手してくれた。

 今までの無表情ではなく、満面の笑みで。

 それを見て僕は、教授と言われる人たちもこの場を切り抜けることを願っていてくれたことを感じた。

 なんだかとてもうれしかった。



 無罪放免を勝ち取った僕であったが、周囲の視線が今までと違っていることを感じた。

 今までは殺意をこめた羨望であったが、最近はもうちょっとやわらかい気がする。

 女生徒たちからも声がかかることが多くなったし、男子からも声がかかるようになった。

 相変わらず殺気をみなぎらせているやつらも居るけれど、学園内の住み心地はかなり改善したものと感じるぼくだった。

一話分連投します。

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