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第十六話 学園祭

さーて、学園祭ですが、去年と違って在校生なので、ルーキーとはアプローチが違います。

その辺をお楽しみいただければ幸いです。

追記: 4万文字を超えていたため、残りを追加しました

 山のような決済書類の中にそれは紛れ込んでいた。

 反射的に決済していた中で異彩を放つそれを見た瞬間、僕は手を止めた。

 餅つきの合いの手のように流れ作業に付き合っていたクラウディアさんが、不思議そうに僕を見る。


「どうなさいましたか?」


 口元をムニムニとゆがめて、僕は内容を彼女に見せた。


「要請書、ですか?」


 無言でうなずく彼女へ、金箔の縁取り・十三個の割り印・三個の紋章印・十二個の公証印が打ち込まれたそれを見せた。

 じっとそれを呼んだクラウディアさんは、眉毛をハの字にして首をかしげる。


「え・・・と、つまり元帥は今年、学園祭に参加できないということですか?」

「あぁ・・・うん、それに近い状態です。」


 教授会十三人会と国連軍十二委員会と生徒総代と学園長からの要請に加え、元帥府の主だったメンバーからの連盟意見書まで添付されているそれは、リョウ=イズミおよび彼らのチームのチーム企画を辞めてほしいという内容のもので、列記されたメンバーの個人企画も遠慮してほしいというものであった。

 生徒総代からは、リョウ=イズミの名前で出される全ての企画を却下するという脅しが入ったし、教授会からはありとあらゆる手段を使って妨害を辞さないとか何とか。


「どうなさいますか?」

「・・・元帥府の連中なんかひどいもんですよねぇ。」


 自分たちは女装の男性仕官のみでフレンチカンカンの練習なんぞしているくせに、僕だけ仲間はずれで、警備上の理由のみで参加するな、だなんて。

 ひらひらと要請書をちらつかせて、要請内容を読んだことを認める印を押す。

 くやしいけど、完全に外堀を埋められてしまった。


「自分から進んで企画なんてやるつもりはなかったけど、ここまでされると悔しいですねぇ。」


 決済済みのトレイに要請書を放り込み、僕は腕組していた。




 数日後。

 すでにマイカー状態のアマンダ研所属電気スクーターを駆る僕は、僕ではなかった。

 今日はアヤの日なので、ヒサナガスーツを着てメイクを施した格好で教務塔にむかっていた。

 とり急ぎの用があるのでシューターで地下へ移動したいのに、どうも今日はルーキーの目が多すぎて移動できないのだ。

 いく先々でルーキーに絡まれてしまい、移動の時期を逸していた。


「そろそろ何か感づいたのかも知れんな。」


 とのアマンダ教授の台詞を思い出すまでもなく、僕ことアヤが神出鬼没である実態を統計的に調査した結果なのだろう。

 データ統計が取れているという事は、僕の出現場所と時間の関係が有機的に繋がってきている事を示唆する事になり、ともなれば、教務等の前には・・・


「あ、アヤ先輩!」


 すててててっと可愛い声の女子生徒と男子生徒が現れた。

 ぺとっと僕の腕に絡みついた少女達は、にっこり微笑んで見せる。


「で、今日は何の遊び? 私の行きつけの場所全部に網を張ってるのかしら?」

「!」


 思わず目を見開いたルーキー達であったが、切り替えた表情で微笑む。


「・・・ばれました?」

「そりゃーね、これだけあからさまなら、解るわよ。」


 僕は胸元からカメラを引っ張り出す。

 ちっ、と小さな音を立てて、デジタルカメラが起動する。


「で、何の目的かしら?」


 カメラ越しに少女達を覗き込むと、彼女達は頬を赤くする。

 そのままパンして男の子達に向けると、まるで彫像のように固まった。

 面白いのでそこいら中にカメラを向けると、向けた先々で人が固まっていた。

 なんだろう、このカメラには新機能でもあるのか?

 ひとしきり遊んだところで満足した僕は、少女達に微笑んだ。


「さーて満足したし、道を空けて頂戴。」

「ま、満足してません!」


 反射的に応えるルーキー達。

 ふむ、いつもならこの手でいけるのに。

 デジカメを胸元にしまい、彼女達を覗き込む。

 ちょっと下に顔を向け、のぞき上げるように見つめる。

 顔をちょこっと赤らめて身を引きそうになる少女達であったが、それでも体を放さなかった。

 ちっ、これも失敗。

 どうも視覚誘導が研究されているようであった。

 それとも耐性が出来たかな? まぁ、所詮は付け焼刃だから仕方ないか。


「・・・はいはい、で、何のようなのかしら?」


 僕がそう聞くと、にこやかに彼女達は微笑む。


「お話させてください!」


 どうやら着替えるタイミングは得られそうも無い。

 急ぎの用は遅れそうだ。



 男女合わせて十数人、これだけの人数を養う予算は無いので、とっとといつもの喫茶店に向かいことにした。

 あそこにいるいつものメンバーにタカロウ。

 そう思って行けば、やはりいつものメンバーがたむろしている。


「ハイ!」


 僕が手を上げると、メンバーもそれに応えた。


「なんだ、また俺達にたかろうってか?」


 JJの声に僕は投げキッス。

 鼻息荒く任せろと叫ぶので、僕はいまだ店内に入ってきていない十数名のルーキー達を呼んだ。


「ぎゃ、ぎゃ~。」

「コーヒーだけよ」


 そういいながら、僕はほそく笑んでいた。


「で、どこに座れば・・・」


 店内は結構狭い。

 メンバーがいつもたむろしている場所以外は、こまごまと人が座るようなスペースしかない。

 が、そこはそれ、常連の強み。

 サクサクとテーブルを入れ替えて、会議テーブルのようにしてしまった。


「と、言うわけで、奥さん、コーヒー人数分お願いします~。」

「はーい、JJのつけね~?」

「ひゃ~~~」


 なんとも間延びした会話が一段楽したところで、僕は少年少女たちに向き合った。


「で、お話の中身は何かしら?」


 僕がそう聞くと、周囲でもじもじ始めた。

 なんとも、こう、雰囲気がよろしくない。


「あのねぇ、お話って君たちがしてくれるんでしょ?」


 ちょこっとだけ不機嫌そうに言うと、はっと顔を上げるルーキー達。

 何かを言おうとワタワタとしている姿があまりにも面白くて、思わず笑ってしまった。


「あ、あの、アヤ先輩?」

「ん?」


 にこやかに微笑んで少女に応えると、彼女は意を決したように声を出した。


「あ、あの、せんぱい! 質問があります!!」

「なに?」

「先輩は、イズミ元帥にお会いしたことが無いというのは本当ですか?」

「ええ、以前子猫ちゃんに応えたとおり。一面識も無いわ」

「で、では、こんな噂をご存知無いでしょうか? イズミ元帥が女装趣味だって。」


 店内がドカンと湧いた。

 主にチームの居るあたり。

 涙を流して笑っていやがる。

 ・・・むかつく。


「・・・はーい、こーひーおまたせ。」


 奥さんがコーヒーを持ってきたが、僕はみまちがえていない。

 彼女の顔面がひくついているのを。


「ご存知有りませんでした・・・か?」


 僕は最大限の精神力で声を出すことに成功した。


「・・・聞いたことは有るけど、事実かどうかはわからないわ。」


 よし、よくやった、僕!


「じゃ、あの、元帥が女装すると、この世の人とは思えないほどに美しいという噂も・・・。」

「ぶ!」


 ふきました、ええ、思わず吹いてしまいましたわよ、あたくし。

 気管にコーヒーが入って、思わず人工声帯を吐き出すかと思ってしまいましたわよ、ええ。

 涙がちょちょぎれる程苦しいのを我慢して、僕は声を絞り出した。


「だ、誰からそんな話を?」

「は、はい、あの、チヅル=スミタという少女がイズミ元帥と同じ学校出身で同じ演劇部に所属していて・・・・。」


 思わずため息一つ。

 国連学園における情報統制の不備だ。

 出る情報には厳しいが、入ってくる情報には甘すぎるのだ。

 とはいえ、泣かす。泣かすぞ、ちーちゃん!


「で、私にどうしろって言うの?」

「は、はい、あの、イズミ元帥とアヤ先輩の二枚看板で演劇部を立ち上げたいんです!!」


 がつんっと視界が真っ白になった。


「お付き合いいただけないでしょうか!!」


 僕の思考はそこいら中を舞っていた。


「あ、あたし、演技には興味ないからぁ・・・」

「そこをなんとか!」


 一気にコーヒーを空ける。

 反射神経だけで「考えさせて欲しい」と返事をして、僕はその場をダッシュで逃げ出した。


 取り囲むルーキーの包囲網を突破して、逃げ出した先はアマンダ研究室。

 研究員のおねーさまがた中を縫って、休憩室に転がり込んだ。


「ん、なんだ、急用が有ったのではないのか?」


 紅茶をたしなむアマンダ教授は僕を覗き込んだ。

 頭をかきむしりぼさぼさ頭で教授に事の次第を相談すると、かのじょはけらけらと笑い出した。

 あまりに幼い笑い方に、思わず見とれていると、それに気付いた教授は真っ赤になってみせる。


「ばか者、女の素顔を見るものではない」

「教授はちゃんと化粧してますよ。」

「・・・あほう。」


 ぺちっとウエットティッシュが投げつけられた。

 甘んじてそれを顔で受けると、教授は耳に指を突き立てた。

 ぴっぴっと何かのゼスチャーをされて始めて気付く。


(と、盗聴ですか?)(うむ)


 ばばばっと身を探ってみると、出るわ出るわ発信機や盗聴器。

 本日接触してきたルーキー全員で仕掛けてきたようだ。


「まったく、乙女の秘密、高くつくわよ、と。」


 そういって僕はヒサナガスーツのアースコネクタを外して屈伸三回。

 瞬時に僕の周辺で紫煙が上がる。


「おお、すごい、それがタイプ11か?」

「ええ、いまだ試作βタイプですが、十分ですね。」


 そう言って、僕は再びアースコネクタをつける。


「ふむ、それだけのエネルギーを散らすのは勿体無いな。」

「じゃ、教授が何か作ってくださいよ」

「ふむ。」


 そのとき、にこやかな笑顔の裏に、あんな恐ろしいものがあるだなんて思っても見なかった僕だった。


「とはいえ、尋常ではないな」


 はき集めた盗聴器を観察していたアマンダ教授は眉をひそめる。

 僕へゼスチャーで「生きてる」。

 僕は「了解」。


「しかし、困りました。ルーキー達に演劇部に誘われましたわ。」

「ふむ、面白いな、演劇部か。」

「教授はご興味おありですか?」

「ふむ、これでも映像研究の一端を担っておるからな。」

「・・・私は演技には興味ありませんわ。」

「・・・面白い冗談だ。」


 そんな会話の中、高速で手話のやり取り押していた。

 アマンダ研では手話が必須技能なのだ。

 いや、音声関係の情報収集も行うので、マイクの周りでは必須とも言える。

 ゆえに、デニモ教授とアマンダ教授のところに出入りしている僕は、必然的に手話ができるというわけで。


『何処の盗聴器ですか?』

『わからん、しかしルーキーとは思えん技術だ。』


 彼女が言うには、かなり高度なECCM機能があるそうだ。


『暫く会話したら、とっとと逃げますね。』

『了解だ。』

「・・・では、教授。また明日。」

「ふむ、今日は泊まらんのか?」

「ええ、ちょこっと隠れ家を作ったので。」


 そう言って僕は休憩室の電気を消す。

 じっと耳を澄ませていると、どたどたと周囲を走り回る音が聞こえる。

 何か声を掛け合っているところを見ると、随分な人数で走り回っているようだ。

 さーてどうしたものかなぁ、と思っているところで背後のドアに気配が近づいてきた。

 音も無くドアの陰に隠れると、勢いよく扉が開く。


「完全に包囲されています!! どうかお静かに!!」


 ぜんぜん静かではない叫び声を上げて入ってきたのは、多分ルーキーだろう。


「何用だ、ここを女の園と知っての蛮業か?」

「まことに遺憾ですが、ご協力ください。」


 彫りの深い顔を無表情にした少年は、休憩室の明かりをつけ、じっとアマンダ教授を見ているようだ。


「して、この暴挙の真意は何処にある?」

「硬く固辞なさっていらっしゃる、イズミ=アヤ先輩のミスコン参加を承諾していただくため!!」


 阿呆だ、阿呆が束になってやってきた。

 十数人いる男たちがあけたドアの影から、僕はこの馬鹿どもをどうしようかと悩んでいた。




 アマンダ教授との押し問答の結果、彼らは盗聴器の全てを回収してその場を去った。

 開きっぱなしのドアをゆっくりと閉めて、僕は教授に向き直る。


「いやー、まじまじに阿呆ですよ、あいつら。」


 げんなりと僕が言うと、教授はにやりと微笑んだ。


「いや、そうでもないぞ。その格好のおぬしは異彩を放った美しさを持っておる。いや、一種強制力があるといっても良いぞ。」

「オカマバーのNo.1ってだけじゃないですか。」

「ふむ、そうでもないのが恐ろしいところだな。」


 そういってアマンダ教授は一つのファイルを取り出した。


「おぬしの素行調査の中で浮かび上がった事実なのだが・・・」

「素行調査って、あたしゃぁ浮気夫ですか?」

「・・・ふっ。」


 見事に鼻で笑われてしまった。

 そんな教授がざーっと広げた書類をみると、僕は思わず眉をひそめる。

 最近身についた技術のなせる技、傾向と内容を見渡して把握すると言うもの。

 その中の内容は、アマンダ研究室の書式に則った内容であったが、規格外のデータ-であった。


「なんすか? この身体外寸データつうのは?」

「最近確立したものでな、遠距離からでも目視サイズと補正値をデータ化する手法だ。」

「で、その手法で、僕をはじいた、と。」

「そう、だ。」


 まぁその内容たるや、頭痛を激しく呼び起こすものであった。

 だって、ねぇ?

 僕の身体サイズ比が胸部特徴を除いて女性のものと程同一であると結論付けているのだから。

 さらに阿呆に思えるのは、その比を指してこう表現しているのだ。

 『黄金率』と。


「で、こんな阿呆なデータで何をおっしゃりたいと?」

「・・・光学映像分析において世界最高峰と自負する我が研究所が導き出した結果に対する不遜な態度は許そう。しかし、この結論に対する無理解さは我慢できんな。」


 口をへの字に曲げたまま、アマンダ教授は広げられた用紙の端っこにチマチマと説明を書き始める。

 これが始まると長いのだよ、うん。

 小言と説明の中間のような長い話を要約すると、光学映像研究と言う分野よりも、視覚誘導効果を研究している部門での反応の話らしい。

 時代時代の黄金率に変化はあるが、現在の黄金率は世界的に見て導き出されるそうで、その比率は全体的にやせ方らしい。

 意識レベルと視覚レベルの差異から来る情報統計を行い、データ化したそのフォルムに僕のデータを入れると極めて近似的であることはわかたっとか何とか。


「さらに驚くべき結果として、今貴様が着込んでいるそれの身体特徴データは、貴様の上に理想的な胸を重ねた形と言ってよい。」


 かかかかかかかかっと一気に書類の裏紙に図解したアマンダ教授は、結果を言う。


「つまり、貴様の身体特徴は極めて久永スーツに近いものであり、無理の無い適合性を持っている。そのヒサナガスーツ自体の身体比率が黄金率に近いのならば、貴様の身体特徴もほぼ黄金率だといって良いだろう。」


 ・・・・女性のね。

 思わずがっくり。


「もし、本気でミスコンに出るのならば、このアマンダ研究室が全面的にバックアップして視覚誘導技術を最高レベルで投入するぞ?」


 真剣な表情の教授はずずいっと 顔を近づける。


「・・・いや、参加しろ、参加して我々の視覚誘導技術の有効性を証明するのだ! 最近では研究室での実験に喜びを見出すムスメッコばかりでフィールドデータの集まりが悪い。そんな中、貴様は積極的に免疫の無いルーキーに実践しているではないか、これは我が研究室の一員と言って過言無い!!」


 ぎらぎらと訴えるその目があまりに怖くて、二歩も三歩も引いてしまう。


「やれ、やるといえ、いってしまえーーーー!」


 ぶんぶんと僕を振り回すアマンダ教授の目は、正気の色ではなかった。





 その日、ルーキー達のマークは執拗を極め、日が変わるころになっても着替えるタイミングが無い。

 どうしたものだろうか、うろうろと徘徊していると、背後から二人の少女が飛びついてきた。


「どーしたの、アヤ?」「急ぎの用があったんじゃないの?」


 口元は微笑んでいるけど目が笑っていない。

 そりゃ怒るでしょう、彼女達ってば二時間以上も待ちぼうけだもの。


「・・・出入り口を押えられちゃった上に、ストークされてるのよ。」


 ぴっぴっぴっと周囲に指をさすと、そこから男子生徒の一団が飛び出して逃げていった。


「ありゃりゃ、今年の女子寮が安全なのは、アヤのおかげかしら?」

「なにそれ?」

「毎年、とちくるった若いエネルギー丸出しのお馬鹿が、トイレに忍び込んだり大風呂を覗いたりしているんだけれども、今年はそういうの一件も無いのよ。」


 去年もあったのだろうか? 何で誘われないかなぁ・・・


「あ、いま、何で自分はそのことを知らないんだろうって思ったでしょ?」


 ずばり、と顔に出してしまった。


「まぁ、そういうことに参加するのは、女子寮の住人とはあまり縁の無い人たちだけって話よ。」

「つまり、うちのチームとかなんかには声がかからなかったわけね。」


 むー、僕とて縁があるわけじゃないよなー。


「あ、今度は自分だって縁が無いとか思ったでしょ?」


 ・・・・怖いね君たち。


「あなたが読まれやすいのよ、アヤ」

「そうそう、考えていることがすぐに顔に出るんだもの。」


 ぐいっと両脇から僕を固めるイブとレンファ。

 なんだろ、と思っているところで彼女達はぐいぐいと僕を引っ張って行く。




 行き先は男子寮レクリエーションルーム。

 最近の別名は元帥閣下の遊戯室。

 よくよく僕たちのチームが占領している事をあらわす名前だ。

 二人の美女と共にその場に入ると、黄とJJが机を並べてこちらに向いて座っていた。

 二人とも伊達めがねをかけて、ニコニコ微笑んでいる。


「何してるのかしら? お二人とも。」


 レクルームの入り口からルーキーがのぞいている事を意識しての言葉使い。


「いえね、ちょっとした相談をしようと思って。」


 そういった黄の目の前に僕は座らされた。


「なに?」


 じっと見つめると、黄は何故か赤くなった。

 この馬鹿たれめ、そう思ってJJをみると、彼は視線を外してそっぽを見ていた。

 なんじゃ、こいつらは。

 そう思っていたが、僕はおくびにも出さずに小首をかしげる。

 何気なく用意されている椅子に座り正面を向くと、彼らは背筋を伸ばした。

 何が始まるのやらと思っていると、彼らは口を開く。


「・・・じつは、教授会からと生徒総代からの要請が僕らのチームに来たんだ。」


 そういった黄は、懐から公式通達用紙を引っ張り出す。

 豪華な縁取り、朱印割り印金印があしらわれた正式通達要請書で、別名命令書。

 そこにあるのは、イズミ=リョウチームの学園祭への参加中止を要請するものであった。

 先日、元帥執務室で見たものと同じものであった。

 とはいえ、僕は知っていてもアヤは知らないことなので韜晦して見せた。


「なんでかしら?」

「・・・んー、まぁお客さんとしてならいいけど、チームとして研究発表や企画立案は控えて欲しいというものだな。」

「だから、なんでかしら?」

「はっきり言えば、うちの中心人物の権力が強大すぎて、どんなトラブルが巻き起こるかわからないってのが見解だよ。」


 一介の生徒のつもりの僕だが、周りでそうと見てもらえないということだ。

 たしかに、僕が動き回れば警備の人員もすごい事になるだろうし、恐ろしいまでのテロリストの侵入も考えられると言うわけ、だ。


「なるほどね。・・・で、私に何のよう?」


 そう、その話を聞いた僕は『イズミ=リョウ』ではない、イズミ=アヤなのだ。

 見解自体は理解したが、それに対する意見は無い。


「あ、その、だな・・・。」


 何かを言いにくそうにしているJJから視線をそらし、僕は黄を見た。

 すると彼はにこやかに微笑んでいった。


「そこで、リョウ以外の僕たちチームは一時的に彼から離れて、君とチームを組みたいと思うんだけれど、いいかな?」


 すっと目を細める。

 なるほど、と思う。

 リョウ=イズミを警備上の理由により学園の表舞台から引っ込めて、そのかわりにイズミ=アヤを引っ張り出そうと言うのだ。

 イズミ=アヤを中心とさせたチームを構成し、要請書を切り抜けようということらしい。

 それならば、いいかもしれない。

 ほぼ強制的な要請書で縛ろうというのだ、それなりに反発させていただきたいもの。


「そうね、元帥閣下に異存が無ければ、私はいいわよ。」


 事実上の了解を口にすると、彼らはホット一息ついていた。

 と、ここで考える。

 何か条件をつけておいたほうがよくないか、と。

 急に浮かぶアイデアなんて大したものは無いけど、なんとなくそう思った。


「・・・でも、二つだけ私の条件を守ってもらえるかしら?」


 黄の目がすっと引きしぼられる。

 何かを警戒するときの癖で、僕の発言自体が的を射ている証拠だろう。


「私だけじゃぁ寂しいから、私のチームも仲間に入れてもらえるかしら?」

「君にチームがあるとは初耳だけど?」

「あら、有名じゃない? ジェニーや洋子やミリアムなんて。」


 ざっとJJの顔が青くなる。

 にやりと微笑んだ黄は勿論良いと了承する。


「黄、きさま・・・。」

「当然良いに決まってるじゃないか、僕たち『リョウチーム』自体の活動が出来ないんだからね。」


 ジェニーといえばJJ、洋子といえば洋行さん、ミリアムは・・・まぁ交渉次第。


「ま、まってくれぇ・・・・」


 そう言って出てきた我がチームたちを僕は微笑んでみる。


「何をするにしたって、動きやすいほうが良いでしょう?」


 唯一、その輪から外れた黄以外、皆うな垂れていたのであった。


「後もうひとつは・・・。」

「な、なんだい?」


 ここでも思いつき。


「企画内容は私に任せてね。」





 実際、僕たちチームの活動が出来ないとなると、お客様になってみるしかないかといえばそう言うわけではない。

 個人個人で他のチームや研究室の企画に参加すればいいだけの話なのだ。

 本当ならそうするべきだろう。

 教授会や生徒総代の意向ってやつはその辺にあるのは間違いないと思う。

 そうしないのは教授会や生徒総代の意思に沿わないものだけれど、まぁ楽しいなら良いでしょう。

 で、元帥職務室は、僕らチームのにわかオカマバーになっていた。


「いや、実際、よくばけたわねぇ・・・・」


 ルーキー以外の学園関係者には有名であるものの、アヤの日にぶつからない姐さんはこの姿をよく知らなかったらしい。


「結構この格好でこの部屋にきてるんですけどねぇ?」


 アヤの格好で小首を傾げると、姉さんはなんだか赤い顔をした。


「ば、ばかやろう、女に愛想振り撒くな!」

「ああ、でも、この格好のときってこういう風に動くのが癖で。」

「おまえ、本当にイズミ=リョウか?」

「勿論ですよ。」


 そういって、僕は人口声帯を吐き出した。


「ね? いつもの声でしょ?」

「あ、ああ。しかし・・・・。」


 そういって姉さんは僕の偽胸をもみしだく。


「この感触、絶対本物だぁ!」

「偽モノですってば。」


 そう言って、僕は自分の首筋に指を当て、一気に引き剥がす。

 これがヒサナガスーツタイプ11の脱ぎ方。

 豊満な体の下からは、筋肉の薄い、貧弱な僕の体が現れた。


「ね? こっちが本物。」


 耳まで赤くなった姉さんは、脱兎のごとく部屋から飛び出した。


「ん? どうしたんだろ、姐さんは。」

「あのねー、リョウ。姐さんもうら若き女性なのよ? 健康な男子の半裸をいきなり見せられたら動揺するわ。」


 イブが後ろから、脱いだばかりのスーツを引っ張るように合わせる。

 きゅ、とばかりに体にフィットして違和感が無くなった。


「さて、これがアマンダ研及びボスコック研初共同作品だ。」


 そう言って現れたアマンダ教授が手にしているのは、どう見ても用途の知れないものであった。

 いや、見たままの用途ならば理解できるが、なぜ共同開発物でそれなのかが判らない。

 真っ黒なそれを僕の胸に当て、アマンダ教授は何気なくタイプ11のアースラインをはずした。

 見取ったチームは思わず一気に離れる。

 このタイプ11、かなりの高機能の割には致命的な弱点がある。

 それは、あらゆる衝撃を爆発的な電力に換えて発散してしまうと言うものだ。

 その威力は電力換算で、最大22.6GW/秒というもので、近接したものは人だろうと物だろうと一瞬にして塵に換える。

 それを微弱にまで押えているコネクターアースを、アマンダ教授は抜いてしまったのだ。

 身の危険を感じて離れるのは当然だろう。


「きょ、教授!」

「まぁ見とれ。」


 そう言った教授は、何処から出したか判らない10番ゲージの暴徒鎮圧銃を出したかと思うとおもむろに発射した。

 あっけにとられた周囲の人間は、自分の死を意識したものだったが、次の瞬間に起きたのは死ではなかった。

 彼らの目に入ったのは、僕の胸の上で淡く光を上げる黒いブラジャーだった。


「どうだ、ボソンフェルミオール変換素材を使った蓄電ブラジャーだ!」

「・・・・すごいっすよ、ほんと。」

「ふっふっふ、今だ試作で放電の際に10%ほどしか出せんが、今は十分であろう。」

「じゃ、あとの90%ってなにになってるんですか?」

「光だ。今淡く光っておるだろう。」


 おお、と周囲が盛り上がる。


「おう、何の騒ぎだ?」

 モヒカン男は部屋に入るなり鼻血を吹いて倒れる。


「あう? なんで?」

「あのねぇ、裸の女性がブラつけただけの格好で立ってれば、血気盛んな男の子は鼻血を出すわ。」


 そういってレンファが僕の下半身にタオルを巻いた。

 あ、いかんいかん、スーツの上に何も着ていなかった。



 さて、歯抜けぼろぼろのイズミリョウチームとアヤチームが何をするかと言えば、元帥職務室に集まった人間の格好を見れば一目瞭然であった。

 極めて胸を強調したアメリカンな女性民族衣装。

 フリルがフリフリ、激みじかのふわふわスカート。


「ねー、あや、これ何?」

「ああ、うん、喫茶店の店員の格好」

「・・・極悪」


 その名も怪しき『麗人喫茶』。

 英語でいうならビューティーズラウンジ。

 カウンターの内側、レジの向こう、店員全てが美人で構成されると言うコンセプト。

 無論その美人は皆男と言うさらに怪しい内容。


「で、私たちは何でこんな格好なのよ。」


 そう言うイブとレンファは、男性ボーイのもので、きちきちに胸をサラシで締め付けた格好。格別のサイズを誇るイブなどかなり苦しそうであった。


「ふっふっふ、この企画の妙さ。男性陣は女装して美人に、女性陣は男装して麗人にって

ね。」

「きわめて学園祭っぽい企画だけど、誰の入れ知恵よ?」


 眉をひそめるレンファに、衣装の送りもとの伝票を見せた。


「ま、またなのね、おかーさまたちってば」


 イブもそろって覗き込んで肩を落とす。


「なんで、俺までこんな格好を!!!」


 黄はハンカチを咥えて身悶えている。

 無論、黄も女装させられている。

 お姉さんやおふくろさんにそっくりの化粧した顔は、妖艶な東洋系といった感じだ。


「えー、だってー、黄くんってばリョウチームの代表格だしぃ。」


 頭の悪そうな喋りのこの人こそ、今回の秘密兵器「ミリアム」だ。

 この久永スーツを初めて着たときは、極めてご立腹であったが、ずいぶんとなじんだらしい。


「あんた、あんただっていやがってただろうがぁ!」

「・・・結構悪くないと思うけど、にあってるぅ?」


 長身・銀髪の彼女がくるりと回ると、黄以外のメンバーが盛大に拍手する。


「いやーん、癖になっちゃうぅ。」


 両手で顔を挟んだミリアムが、身悶えた。

 姿見を前にして色々とポーズをとるミリアムは、視界のはしに映った僕に向けて手を振る。


「こんな事なら、幻美人企画は自分でやるんだったなぁ・・・。」


 そんな事まで言っているこの人物、リョウチームと同様に、個人的な企画も参加企画も禁止されている。

 学園トップクラスの公人だけのことはあり、随分とストレスがたまっているようだった。

 それを見取った僕が『麗人喫茶』に誘ったところ、初めはいやいやながら顔を出し、今では一番乗りのりになっている。


「さってと皆様、これより学園祭開始までの一週間、たびたびこの格好になっていただきます。」


 そう言った僕は、懐から取り出した全員分の小冊子を渡す。


「これは?」

「ん? ああ、アマンダ研推奨接客マニュアル。」


 ぱらぱらと冊子を見た全員が、自分の格好を忘れて呟く。


「あ、・・・あざとい。」

「ばか者、華麗に格調高く『卑劣』といわんか。」


 腕を組み胸をそらすアマンダ教授は、輝く笑顔で周囲を見回した。

 その表情を見て、誰もが思う。

 女は怖い、と。



「というわけで、申し訳ないけど君たちと企画は出来なくなっちゃったの」


 とあっけらかんとルーキー達に言う。

 自分のチームやリョウイズミたちのチームと企画を上げたので、参加できませんという説明は乱暴であったかとくびをかしげ、相当食い下がられるかと思いきや、誰も彼もが手放しで了承してくれたり応援してくれたり。

 なんだろう、全く。

 背後の見えない不安が僕を襲っていた。



 学園祭までの一週間、授業が無いのをいいことに、麗人喫茶メンバーの衣装時間を増やしてゆき自然に振舞えるようになりつつあった。


「・・・普段からこの格好の口調でしゃべりそうで、困っちゃう。」


 ミリアムがため息と共に言う。

 ちょっとした動きや動作の中にも催眠誘導が織り込まれており、何も知らない男が見ればグラグラくるだろう。

 少なくとも、先日お会いした北米社交界に悪名高き某女史などはだしで逃げ出すレベルだ。


「そーねー、本当にやんなっちゃうわ。」


 チャイナ風に改造した制服を着たレイフォウが言う。

 何のかんの言って、既にこの格好の口調と身振りを完璧にしているばかりか、毎朝のクンフーにも女性的な動きを取り入れているとか。

 なんでも、女性的動作には受け流す動作が取り入れやすく、バランスが良いとか。

 よくわからないけど、そういう動きが出来るのって、レイフォウの骨格が女性的だって事じゃないだろうか?


「へっ、みんなやる気まんまんじゃねーか。」


 べらんめーな口調のジェニーは短いスカートなんかも気にしないで足を組んでいた。


「いけないなぁ、お嬢さんがそんな口調じゃぁ。」


 すっとウォンが微笑む。


「そうだね、美しいお嬢様方は、にこやかな微笑むでいて欲しいと思うよ。」


 金髪小柄なヴァンがジェニーをたしなめた。

 二人は既にアマンダ研の催眠誘導と接客術を完璧としているが、誰がどう見ても売れっ子ホストにしか見えないな。

 まぁ、そりゃそうだろう、アマンダ研のお姉さま方が、自分たちがして欲しい接客の全てを絞り込んだマニュアルなのだから、それなりの形になる。

 で、さらに僕たちが行うマニュアルも、アマンダ研のお姉さまたち女が、愚かなる男をだますために使う全てが絞り込んであったりする。

 こんなのまともに読んだら、完璧な女性不信に陥るね、うん。

 たまにいつもの喫茶店で、アヤの格好で試してみると、ストーカーの山が出来たりするのが恐ろしい。

 そんな生活も、明日から始まる学園祭を終えればさようなら、だ。

 幻美人計画においてもこの学園祭が最後と言う事になっている。

 よいきりだと真剣に思う。

 皆と同じ格好の僕は、くるりと回ってみせて微笑んだ。


「さーみなさん、対抗模擬店の全てを、根こそぎ空にするわよ!」

「おー!!」




学園祭初日・準備公開日


 何の制約もなく、お忍びも一人もなく身内だけの公開日が初日。

 それ以外の日には何かと例外的に外部の人間が入ってきている。

 で、身内だけでそれだけ人が集まるかというとたいしたことがないというのが通例だ。

 だから初日は『準備公開日』などといわれているわけであるが・・・。


「・・・・これは凄いな・・・。」


 厨房方面から店内を覗いたアマンダ教授は、感嘆の息を漏らす。

 特殊授業用の一室を借り切ったはずの店内は、高級バーのような内装を無視した人口密度を誇っていた。

 予定収容人数が単位時間あたり60人であったのにもかかわらず、現在300人ほどが店内で屯しており、一切店内から動こうとしている様子は無かった。

 男性来客はくるくると動き回る店員達に目を奪われつつも、新たなオーダーをして店員の注意を引こうとしている。

 コーヒーばかりを何杯も注文して、先ほど三人ほど救護室に送られたぐらいだ。

 随所に設置されている催眠誘導効果をあげるための照明を避けながら、アマンダ教授は店内を見回してチェックする。


「ふむ、予定効果以上の反応だな。」


 店内の半分を占める女性客は、ヴァンとウォンの指名合戦でちのりを上げているし、その半分の男性は桃源郷に来たかのような笑顔でとろけているようだった。


「で、問題と言うのはなんなんだ?」


 誘導効果で問題発生ということで呼ばれたアマンダ教授は、どこに問題があるのだという顔をしている。


「・・・忙しすぎます。」


 そう言った僕は、アヤの格好で腕組していた。

 この格好で腕を組むと、胸の邪魔なこと邪魔なこと。

 どうやっても腕が胸の下に入って様にならない。


「よい事だろう? 始める際におぬしは他の模擬店を空にするとか言ったじゃないか、いっそすがすがしいばかりの盛況ぶりに、私も感心しておるぞ。」

「教授、女性客の半分は、オタクの生徒さんです。」

「ふむ、結果は見えていたのではないか?」


 半ば確信犯のアマンダ教授はニヤニヤ笑っている。

 まぁ、たしかに。

 宝塚的な要素に弱いアマンダ研のお姉さまたちにしてみれば、ヴァンやウォンなど猫に鰹節、蚊に素肌だ。

 ため息一つ上げたところで、がしゃんと大きな音が。

 ワイングラスに入った紅茶を振りかざし、数十人の女性がもみ合っていた。

 開店から四時間で何度目の騒ぎなんだか。


「痴情のもつれに嫉妬の嵐、なんと心温まるよい光景だ。」


 冗談とも本気とも取れない口調に、僕は半ば眩暈を感じたが、それをフォローする人員が即座に投入される。

 褐色の麗人『クロウ』。

 音も無くその場に現れ、もめていた女性全てに瞬間的情熱的キスの爆弾を投入、その場は一瞬にして静寂となり、全てが収まった。


「・・・騒がしい女は嫌いだ、外で頭を冷やして来い。」


 非道と言うべき冷たい言葉に女達は顔を上気させて従った。

 四分の一の空間が空くと、一気に新規のお客さんが流れ込む。

 中には何度めかの来店と言う人もいたりする。

 客を一瞥したクロウは、流れるようにその場を去り、厨房に入ってきた。


「サンクス、クロウ。大感謝!」


 そう言って抱きついた僕だったが、クロウは無表情に言う。


「・・・感謝は元帥閣下から直接頂くとしよう、利子つきでな。」


 思わず引きつって離れた僕に、クロウは素顔で微笑んだ。


「・・・冗談ですよ、元帥。」




 麗人喫茶と言うこの店は、女性店員に比べて男性ホストが極めて少ない。

 ゆえに、女性客にもウエートレスは女性(皮)店員が行くのだが、これが又恐ろしい事になる。

 如何にヴァンやウォンを独り占めにするかと言う熾烈な争いをしている中、滑るように現れた女性店員が仲睦まじく会話をして離れて行くのだ。

 その瞬間、視線だけで人が殺せるような嫉妬の嵐が吹き上げる。


「あ、アヤ、ご苦労さん。」


 にこやかに微笑むを見て、われ先に女性側のウエートレスを引き受ける女性客達が続出。

 既にどちらが客だかわからない状態だ。

 女の嫉妬と競争心を煽り立てる、極めてナイフエッジなやり方と言えるだろう。


「ありゃぁ、最悪の女誑しのてぐちよぉ」


 と、敵情視察に現れたマギー・トレモイユは、客として入店できなかったため、有志のスタッフとして洗い物を手伝ってくれながら顔を顰める。

 まぁ、有志ですので、そのぐらいはやっていただいて良いかと。


「そうですか? マニュアルどうりなんですが。」

「マニュアル?」


 そういって、カウンターの中に設置されている接客マニュアル『麗人編』に目を通した彼女は、がっくりと膝をついた。


「・・・なによ、これ。」

「アマンダ研究室推奨接客マニュアルです。」

「極悪の悪党の手口ね。」


 まぁ、異存は無い。

 とはいえ、こんな面白い事を止めるつもりも無い。

 ことは計画通りに進んでいるのだから。


「ですが、ご好評のため大混雑です。」

「まーねー、あなたの仲間のパンチラアクションと悪党ホストの手口で集金力は凄いでしょうよ。」


 ため息をつくマギー。


「でもねぇ、評判悪いわよ、ここの店。」

「評判ですか? でも、二度と来ないどころかリピーターばかりですよ。さらには、良心価格で明朗会計!」

「だから評判が悪いって言うの。 喫茶店って、なんのひねりも無い頭の悪い企画だっていうのが定番なのよ?クラスチームが集まって出来る唯一のネタなのに、ここまで研究室の技術を動員して・・・常識外よ。」

「それが私たちの売りです。イエーイ」

「あー、はいはい。」


 降参とばかりに両手を上げたマギーは、先ほど入れてあげたコーヒーをすすり、目を細める。


「・・・なによ。コーヒーもおいしいじゃないの!」

「喫茶店ですから。」

「嫌味なこと。」


 クラスチームで喫茶店をしていたマギー・トレモイユは、コーヒーの入れ方だけでも教えろとごねて、もっとも上手くコーヒーを入れるミリアムを拉致する事に成功したが、ミリアムの正体はいつぞ気付く事は無かった。

 彼女唯一の収穫だろう。



 催眠誘導装置関係の電力は、厨房内でカウンター担当をしている人間のタイプ11を経由して供給している。

 さすがに供給過多になってしまうので、休憩と放電と息抜きをかねて、僕はアヤの格好のままで学園祭の中を歩き回った。

 今日は初日なので、いまだ開店していない企画も多い。

 そんななか、開店している店に毛筆で『甘味所』とかかれた看板があったため、思わずフラフラと入って行くと、入ったとたんに左右から押さえつけられてしまった。


「え? な、なに?」


 押さえつけたのは、金髪タテロールさんと黒髪クノイチポニーテールさん。

 ともに東京都は伊豆諸島、八丈島の名産品を身につけている。

 覚めるような黄色の生地から『黄八丈』といわれる着物で、結構ポップな色合いだ。


「チヅル、このひと・・・違うわよ。」「でもでも、飛んで火にいる夏の虫~。」

「千鶴ちゃん、何の冗談かしら?」

「無理を承知で、手伝ってぇ。」


 ひょいっと僕を担いだチヅルは、店の三分の一を占めるカーテンスペースに僕を引き込んだ。

 何かといえば、お茶の葉と急須がいっぱい。


「和菓子やみつまめやマメカンなんかは何とかなるんだけど、皆がお茶が全然入れられないのぉ。」


 うるうるとするチヅル。


「私だって暇じゃないわよぉ?」

「そこをなんとか!」


 チヅルばかりか彼女とチームを組んでいる女生徒達まで拝み倒し。


「あー、もう、仕方ないわね。」


 じゃぁ、とばかりに急須を暖めたり湯のみを暖めたり茶の葉を蒸したり炒ったり。

 ふわっと緑茶のいい香りが周囲に立ち込める。


「千鶴ちゃん、私のとこの店から『抹茶』のセットを持ってきなさい。」

「え、いいの?」

「いいわよ、どうせ抹茶を注文するようなやからは今の店には来ないから。」


 そう、一般公開日ならまだしも、今はそんな客は居まい。

 そんな僕に疑問の表情だった彼女であったが、ひとっとびで籐の箱を持ち込んだ。


「さて千鶴ちゃん、覚えているわね?」

「えへへへへ・・・・。」


 僕と共にばーちゃんから習った茶道、覚えてはいないだろう駄目なんだろうと思ったが、一応基礎を押えているのでよしとしよう、僕はそう割り切った。


「和菓子には抹茶で御出しして。 そのときは熱湯ではなくちょっと冷ましたお湯で入れるの。香りがすぐに飛んでしまわないように気をつけてね。」


 ぴっぴっと話した後で言う事がなくなりその場を去ろうとすると、きゅっと女生徒に裾をつかまれた。


「なに?」

「本当に、本当にミスコンに出場なされないんですか?」

「私なんかより、あなたのほうがよっぽどお似合いよ。」


 そういって、その場を後にした。

 まー、期待されるのは嫌いじゃないけど、妙な話は嫌いなんで。


「埋め合わせは必ず~」


 手を振るロリータを背に、僕は本格的な放電をするための場所を探した。



 一日目の模擬店の売上として恐ろしいまでの金額に達した『麗人喫茶』であるが、評判は甚だ悪い。

 やれ美人局だ風俗営業店だなんだと言う風評が耳に痛い。

 もちろんそう言うコンセプトで始めたのだからその手の評判はそのままでいい。

 当初期間は性別反転阿呆企画でいくように始めたのだから、どうにでもなれというものだが、問題はもう一つのほうだ。


「回転率が悪すぎるんですって。」


 終業会議と称して集まった全員に僕がそう言うと、全員が首をひねった。


「どういうこと?」

「ヴァン、素が出てるわ。」

「おおっと、・・・これはこれは。で、どういうことなんだい、アヤ。」


 僕は胸元から手書きの手帳を出す。

 マンガなどではおなじみだが、本当に出来るとは思わなかった。


「んっと、ね。回転率って言うのは、単位時間あたりでどれだけのお客さんが来店したかってこと。つまり、売上は良いけど、来店できなかったってひとが不満を漏らしているのよ。」


 確かに、初日終了の時間になっても店の外に人が離れる事無かった。

 あまりの熱意に脱帽して、明日のための整理券を配り出したら4桁に達してしまって中断したぐらいだ。


「手段は少ないけど、いくつかプランは有るわ。」


 洋子も胸元から手書きの手帳を出す。


「いま、私の把握している予定だと、午前中の中央講堂前と午前午後の第三大型プールが開いてるのよ。」

「・・・で?」


 アーニィーが微笑みつつ促す。


「で、そこを押えて分室を作ってはどうかしら?」


 おお、と皆関心。



 接客当番が回ってきたので僕は仮設厨房から飛び出す。

 周囲からレーザーのような視線が集中するがまるっきり無視。

 どんなにみられても、僕自身が見られているわけではなく、タイプ11とその上の水着が見られているだけなのだ、・・・き、気にするものか。

 いくらプールだとはいえ水着と言う季節ではないが、無理に温水化したプールに入りながらの入浴喫茶は結構繁盛していた。

 いや、繁盛しすぎか。


 第三大型プールが午前中から全日で押えられた僕たちは、戦力を半分に分けてプールと部屋に分かれた。

 中央講堂前では双方の宣伝をするために、ヴァンとレイフォウが客引きしている。

 ちょこっと見に行ってみたら、殆ど繁華街のキャッチャーというかなんと言うか。

 持ち場のプールで待っていれば、十分おきに客を連れたヴァンとレイフォウが現れては消えるという繰り返しだった。

 で、プールサイドは既に満杯だと言うのに、客を連れてきてどうする!


「なに、私の仕事は、お客様をパラダイスに連れてくるということなのだからね。」


 聞く耳は持たないということらしい。


「お客を捌くのは、こっちの仕事ってわけね。」


 肩をすくめる洋子に僕は微笑んだ。


「なら、こっちにも考えはあるってことよ。」


 始めはプールサイドのみのオープンテラスのつもりであったが、急遽大電力による温水化をはかり、温水プール・・・というか水着入浴喫茶として開店したところ、馬鹿みたいな人数が集まってきた。

 水着必須という病んだ企画の癖に、既に息切れが始まっている。


「ひー、たかが喫茶店なんだから、冷やかしでいいのにぃ・・・。」


 プチモンブランとホットココアを山のように抱えた僕が、プールサイドを滑るように走ると、周囲から歓声が沸く。

 客の全てがプールに入っているために、極めてローアングルからこちらが観察される事になるのだ。


「本当に、性風俗に詳しい方ですねぇ。」


 すれ違いざまにミリアムが暗い声で言う。

 僕だってこんな事になるとは思わなかったんだい。

 確かに、受け渡しのときにかがむから胸が強調されるし、すごいアングルになる事は認めるけど。


「よー、きたよー。」


 楽器片手の女性達は、アマンダ研究室のお姉さまがたご一行。

 趣味のバンドの発表の場を探していらっしゃったので、空いたプールサイドをご提供したのだ。

 何でもどこかの研究室と合同企画でライブをやる予定だったのだが、いろいろあってぽしゃってしまたそうだ。

 昨日の麗人喫茶内で最後に暴れたおねえぁさまがたが彼女達。

 前もって配っておいたアマンダ研究室協力感謝チケットを初日早々に使って現れてのご乱行に、僕らも冷や汗いっぱいであった。

 不満戸口の嵐の中での話を覚えていたジーナが、今日の企画が決まったところで渡りをつけたのだ。


「しかし、アヤ、こんなかっこうしなくちゃ駄目なのか?」


 全員が全員、校舎でやっている麗人喫茶のウエートレス制服を着ている。


「そりゃそうですよ、麗人喫茶の企画内でやるんですから。」

「げー。」


 眉をひそめるものの、やめるつもりはないらしく、彼女達は機器のセットを始めた。

 セットを手伝っている傍ら、背後に熱い視線を感じたので振り向くと、炎のような熱い瞳の少女がいた。


「あ、あの、あのおねー様方は『アマンダシスターズ』じゃないんですか?」


 プールの編み越しに女性生徒が聞いてきたので、反射的に僕は頷くとキャーとか避けんで消えた。

 なんじゃ? とか思っていたところで消えた少女は数十人の少女となって帰ってくる。

 編み越しにおね-さまがたに狂喜する少女達に、リーダー役の女性がマイクテスト代わりに言った。


「タダ見はごめんだよ。」


 温水以外のホットな空気が、屋外麗人喫茶を席巻した。



 校舎内の麗人喫茶本部も盛況を極め、温水麗人喫茶から流れたアマンダシスターズのおねーさまたちが大暴れし、店内は一種サバト状態になったとか。

 ウエートレスやホスト役がステージに引っ張り込まれ、床が抜けるほどの大騒ぎとなったとの事。恐ろしい話だ。

 プール班で助かった。



「卑怯じゃないかね?」


 そういい始めたのはボスコック教授。

 研究室内の綺麗どころを集めて接客させるという、丸まるうちと企画が被る事をしていたわけだが、客引きはしない、おさわりなし、パンチラなしサービスも無しと言う引いた姿勢に客足が悪く、ここ二日ほどさんざんらしい。

 基本的に美人ウエートレス喫茶なんていう企画は、一般公開日前までに準備が間に合わなかった研究室の定番だというだけなのだが、それでも根こそぎ客が来ないとなればモチベーションに関わるというわけだ。

 とはいえ、僕らも学園長の後ろ盾もあって始めた事なので表立った抗議が出来ず、直接ネットで抗議と相成ったわけだ。


「教授、ここは格調高く『卑劣』とおよび下さいませ。」


 にこやかに微笑む僕に向かい、教授はがっくりと肩を落とす。


「私たちは攻めの活動をしているだけで、なにも店の回転率を落とすためにサクラを用意したりいたしませんわ。」


 僕のこの一言に表情が変り、真っ青になった。


「むろん、何の証拠もない話です。」


 学園長へリークも提訴もしないことを暗にほのめかすと、彼の顔色は普通になった。


「・・・一部の人間が卑劣な行為に及ぼうとも、われわれが後に続くわけには行かない。」

「勿論です、教授。学園祭が低俗な性風俗街になってしまいますものね。」

「というわけで、君たちの自重を・・・。」

「それはなりませんわ、教授。これはアマンダ研究室のフィールド実験でもありますのよ。じっけん、じっけん。」


 かっと目を見開いたボスコック教授は、一瞬どこか遠いところを見た後、ふっと倒れてしまった。

 さーてこれでよにんめっということで、次の通信に移った。


「お待たせしましたエメット教授、ご用件は?」

「・・・さわっていいよな? そう言う企画なんだよな?」


 このおっさん、本当に天才なのか疑いたくなるよ、本当に。




 二日目のプールは盛況を極めたが、聊か卑怯のけらいがあるということで翌日の使用申請をしなかったところ、同様異種の企画が突発で申し込まれ凄い騒ぎになたっとか。

 雨たけのこのように企画が立ち上がったものの、派閥同士の連携が上手く行かずに難渋しているそうだ。

 そんな情報をもたらしたミリアムは、キャラに会わない不敵な笑みをもらしている。


「・・・ま、所詮はお色気だけで攻めればぼろを出すし、そうでなければ私たちには勝てないと言うジレンマで話は進むまい。」


 ま、そのとおりなのだが、こっちはこっちで困った事が発生した。

 校舎で行っていた麗人喫茶の収容人数の飽和を対応できない事が判明したのだ。

 今日一日でわかったのだが、収容している客層が違い、麗人喫茶に来たがっていた人たちは相変わらず麗人喫茶に通いつめ、第三大型プールに来た客層は別であったのだ。

 つまり、人員を分化してまでした客員分散化は、新たな客層を獲得すると言う恐ろしい誤算によって休憩時間も取れないような各個撃破状態にされてしまったのだ。

 戦力の分散化は愚作と言う判断になったが、昨日までの客のリピートが有ったりすると厄介だ。

 少なくとも、新規の客もあわせ、昨日からのリピート率を考えれば、麗人喫茶本部だけでは押えきれない。

 でも、三日目の明日は全く空いてるスペースが無いときている。

 故あって、電子機器が全く使いえない状態の僕たちは、呆然としていた。


「あのーよろしいですかぁ?」


 閉めていた教室の扉を開けた少女に僕は微笑んだ。


「あら、ロリータじゃない、元気?」


 一分の隙も無い催眠誘導モーションで言うと、彼女は顔を真っ赤にした。


「よし、撃墜!」

「おお、みごと!」


 周囲から歓声が沸いた。


「あ、あの!」


 盛り上がる僕たちを静めさせたロリータは、意を決したように口を開く。


「お店を開く場所をお探しと言う事を聞きまして、良いお話をお持ちしました!!」


 ・・・何処から聞いたのやら。



 ロリータの持ち出した先は中央講堂。

 各種演劇関係発表で一日中押えられているはずの場所だ。

 洋子がそういうと、ロリータはにこやかに微笑んだ。


「正直なお話、演劇関係サークルでの集客能力は期待できません。」

「だから立ち退かせるの?」

「いいえ、皆さんの集客能力を利用させていただきたいのです。」


 頭からハテナを出した僕たちに彼女は説明した。


「中央講堂全体に広げられている客席を全て撤廃し、テーブルと椅子に仕掛け換えまして・・・」

「・・・演劇喫茶にするってこと?」

「まぁ、プラスアルファ、客席も舞台の一部にしたりお客様を激の一部にいれちゃったり。」

「もろ、大衆芸能だねぇ。」


 ぼりぼりと頭を掻くぼくは周囲をも見回した。

 誰もが面白そうな事に目を輝かしていた。

 どんな話になるかは知れたものだ。

 終業会議はいつの間にか場所を移し、中央講堂で前準備を始めた演劇集団と交わすものとなった。



学園祭三日目・特別招待客日


 演劇喫茶のほうに人員の大半がいってしまい、麗人喫茶の店員は極めて少数となってしまった。

 ミリアムと僕の二枚看板とヴァンが今の店当番。

 後はほとんど全員演劇喫茶に投入だ。

 当番ごとに出席表なるものを店の外に張り出したところ、三日目にして固定客が出来たらしく、好みのウエートレスの名前を聞いて所在を確認しようとした客達は、いっぱいのコーヒーと引き換えに情報を受け取り演劇喫茶に進撃して行く。

 アヤ・ミリアムファンといって良いのか、初日から行動を共にしている僕たちの追っかけのような存在も出てきているのがう雑多い。

 とはいえ営業時間のうちはお客様、にっこり微笑んで対応しますわよ、と。

 微笑み片手にローラーブレードを履いた僕とミリアムが、広めの店内を疾走しまくる。

 短いスカートをさらに短くして、ちょこっと風が吹けばスコートが見えてしまうような格好に異常加熱する店内。

 反対に、砂漠の王か油田王かと言った風情のヴァンは、逆に客からサービスを受け、そのサービスに対する対価をキスや抱擁で支払っていた。

 爛れた視線を受けた少女の一人など、そく失神したりなんかして恐ろしい限りだ。


「アヤ、交代よ!」


 極超ミニの少女二人が、こちらもブレードを履いて現れる。


「ミアン、ケイト」


 さっと手を合わせて選手交代。

 僕は胸元のピンマイクのスイッチを入れる。

 すると店内にあたかもプロ野球でのうぐいす嬢ような音声が響いた。


「選手交代をお知らせします、アヤ・ミリアムペアに代わりましてミアン・ケイト、ミアン・ケイトペア。」


 わっ、と店内が熱気に溢れる。

 キャー、オネーサマーとか声が聞こえる。

 待ってましたと声がかかり、交代にあわせて店外に出る人もしばしば。


「さー、オーダー聞いちゃうぞ!」


 マイク片手にミアンが可愛くポーズをとると、「ラブリー」だの「アイドル」とかいう掛け声がかぶさる。


「だめだめ、みんな一斉に言ってもらっても解らないよぉ!」


 ケイトが高い身長を縮めるように正面のテーブルに言う。


「・・・どうしたの? 私に言いたい事があるのかしら?」


 真っ赤な顔をした女子ルーキーを周囲がはやし立てる。

 正常な風景じゃねーなーと苦笑している僕とミリアムだった。



 ミリアムの表の顔で緊急事態があるという。

 僕も僕のほうでかねてからの打ち合わせ道理に三軍将軍ご一行を校内案内すると言う責務のため、一時素顔に戻る事となった。

 化粧がガリガリになっているのを丁寧に落し、シンナーくさい溶剤でつめを落し。

 タイプ11を蓄電下着と共に脱ぎ捨てて、かなり熱めのシャワーを被る。

 なれた調子で人工声帯を吐き出して、消毒ケースに収める。

 鏡に映る自分の顔を見て、やっと我が家に帰ってきたかのような気分になる。

 ホッと一息といったところだ。

 着慣れてしまったどころか最近略章の所為で型崩れをはじめた元帥服に着替え、身支度が終わる頃には部屋の入り口でクラウディアさんが待っていた。


「元帥、そろそろ将軍達がリニアホームにおいでです。」

「うん、じゃ、行きましょうか。」

「はい。」


 いつもの会話感覚、いつもの距離。

 ここ数日無かったものだけに、結構新鮮だった。



「して元帥、お勧めの企画は何処ですかな?」


 JJ将軍の一言に肩をすくめてしまった。

 お勧めとか言われても困る。

 イズミ=リョウとしてもアヤとしても学園祭を全く回っていなかったのだ。


「皆さんに前もってお渡ししておいたパンフレットからご希望を。」


 電話帳ほどもあるようなパンフレットをどうやって読んでか、色々と希望が出てきた。

 ・・・随行の奥様がたから。

 なんでも、JJ将軍に続き陸軍将軍超氏・海軍将軍ムハマド氏のご子弟も学園に入学したとかで、自分の子供の晴れ姿を見たいという話だ。

 唯一JJ将軍夫妻のみはその希望は無い。

 なにせ、JJ将軍の息子であるJJは、我がチームの一員として企画参加が禁止されているからだ。


「では皆さんのご子息の出展に行った後、私のお勧めに参りましょう。」


 まずは流体応用実験とは名ばかりの、空気砲による鬼当て。

 ルーキー達が鬼として立てかけられており、その姿に海軍将軍は泣いていた。

 いや、本当に涙を流す将軍と、けたけたと笑っている奥さんが印象的だった。

 次に行ったのは恐怖屋敷コンバット。

 クラスチームで出している企画で、蛍光塗料による3D映像結晶化技術や、遠近法を無視した直接視覚投影は極めで出来のよいものであった。

 僕は感心していたのだが、顎が外れるほど驚いた陸軍将軍は息子を引っ張り出して説教を始めたりする。隣で奥さんが泡を吹いていたりするのだから当たり前かもしれない。

 で、最後に案内したのは、中央講堂「演劇喫茶」。


「ほほー、飲食をしながら演劇が楽しめると言う企画ですな。」


 他の将軍の生の親子の対話に細く笑んでいるJJ将軍。

 自分の息子の馬鹿な姿を拝まれる事が無い事を安心しての言葉だけれども、ねぇ。

 あらかじめリザーブしておいた席から見る店内は、極めて混雑超満員。

 演目もバラエティーに富んでいて、面白い事請け合いだった。


「いらっしゃいませ、八人さまですねぇ♪」


 現れた大柄の女性に向かって僕が微笑むと、彼女は瞬間固まった。


「や、ジェニー、オーダーしてくれるかい?」


 心なしかカタカタ震えるジェニーをみて、JJ将軍はにこやかに微笑む。


「美しいお嬢さん、この方は極めて有能ですが、あなたがむやみに恐れる人ではありませんよ。」


 ダンディーな笑顔でそっと手を取る。

 赤くなるかと思って手をとったのに、ジェニーが青ざめたので将軍はいぶかしむ。

 少なくとも、少女といわれる世代の少女たちの好みに会うナイスミドルを自称する彼には腑に落ちないものがあるらしい。


「あなた、『美しいお嬢さん』はあなたに怯えてるのよ、手をおはなしなさいな。」


 パットさんの一言に傷ついた様子の将軍であったが、今だ手を放さない。


「・・・君を見えいると懐かしい気分になるよ、ワイフとであった頃、青春の日々が思い返される・・・、そう君のブローチ、この店の雰囲気にぴったりなだけではない、郷愁と思い出は呼び覚まされるよ。」


 ゆっくりとパットさんに視線を戻したJJ将軍は、不思議そうにジェニーとパットさんを見比べた。


「ふむ、きみはうちのワイフにとてもよく似ている。」


 見ればパットさん、涙を浮かべて震えている。

 どうやら真実に気付いて笑いを殺しているのだろう。

 ジェニーの正体と僕のたくらみに。

 女性と言うのは、なぜかくも鋭い観察眼を持っているのだろうか?


「す、・・・・す、すてきな、お、お、お店ですこと・・・。」


 噴出す寸前のパットさんは、視線を泳がせて気を散らそうとしたのだが、視線の先のジャンヌとレイフォンを見た瞬間、ばったりと突っ伏してしまった。


「奥様、ご気分がお悪いのですか?」

「まー、パトリシアさん・・・。」


 支えるように奥様方が集まったのを手で制して、パットさんが微笑みの表情で僕を見た。


「本当に楽しい出展ですけど、・・・元帥閣下のチームメイトは何処に?」

「あー、各々、各出展に参加してますよ、いろいろな形で。」


 意地悪そうに微笑むパットさんは、ジェニーに向かって微笑んだ。


「ではお嬢さん、オーダーを受けていただけるかしら?」

「・・・はい。」


 ジェニーは観念したかのような表情であった。



 程なく始まった演目は『学園版金色夜叉・エスペラント語バージョン』。

 なんつうか、極めてマニアックな内容だっただけにどんなものかと思ったが、思いのほか楽しめたといってもよいだろう。

 その後に始まった元帥府男性研究員有志によるフルドレスのフレンチカンカンは、あまりの錬度の高さに周囲の歓声を呼んだ。

 三将軍や奥方の喜ぶ顔を見て成功だと思った。

 無論、それとなく近づいてきたジェニーが似合わぬドスの聞いた声で『おぼえてろよ』の声を聞かなければ、だけれど。


 オーダーした軽食を楽しんでいたなかで、次の演目時間になっても始まらない劇に周囲がいらだち始めた。

 学園祭的トラブルで面白いのだけれども、長く続くといまいち面白いとはいえない。

 なんだろうなぁ、と思っているところで背後に人影。


「元帥、少々お話が。」


 その声で初めてその人に気付いた将軍達は目を剥いた。


「なんでしょう、軍曹。」

「実は、次なる演目でトラブルがあったようなのですが、その件で『何故か』私の端末に連絡が入りまして。」


 インビジカルエッジとまでいわれた彼女の所在をつかむ人間って一体。

 差し出された内容を見ると『次なる演目にて緊急事態につき、取り急ぎ元帥閣下に連絡されたし。/ロリータ』とある。

 どうも、彼女は凄いスキルを手に入れているようだ。

 ぽりぽりと頭を掻いてから、周囲に断りをいれつつ自分の学園製端末の着信規制を解くと、いきなり通話回線が開いた。

 着信指令も何も入れていないのに。


『元帥ぃ~、たすけてください~。』


 元帥回線に強制介入って、あなたどういう技術ですか?


「どうしたんだい、やぶから棒に。」

『主役が逃亡しちゃいました-』


 おもわずじっと壁掛け時計を見る。



「あ、あと5分しかないのに!」


 ゆっくりとドーランを塗る僕の後ろで明らかに下手な女装をした少年がいらだっている。


「せ、先輩、出来れば一幕目だけでも早く台本読んでくださいよぉ・・・」

「あのねぇ、きみ、もう君だって役を入れてないといけない時間だよ、僕にかまわず役に入ってなさい。さっき流してみたから大丈夫。」


 片手で台本、英文版のメヌエットを叩く。

 まったく、こんなものどこから仕入れたのやら。

 ・・・いやいや、仕入先なぞ限定できるか・・・。


「で、でも・・・。」


 ふぅ、とため息をついた僕は、何度ともなしに繰り返した台詞を口にした。


『ああ、いとし子よ、いとおしき君よ、この胸のうちを焼き焦がし燃え盛る思いを支えし心の君よ、呪われしわが身をいとうことなく愛をささげてくれる我が君よ・・・。』


 目が点になっている『我が君』役の少年が、思わず頬を赤くした。


「これでいい?」

「・・・はい。」


 目をウルウルさせて、まるで少女のように頷く少年を見て、これで良いのか疑問を感じていた。



 英語版と日本語版の差異はほとんど無かった。

 あたかも、日本語訳を僕の言い回しで英訳したかのような内容で、思いつく日本語を自分訳すればよいだけと言うのはかなりラクだった。

 そんな余裕があるせいで、客席がよく見える。

 一番前のほうにロリータと何故かサングラスをした千鶴がかぶりつきで見ているし、劇の一部と化している町娘姿の麗人喫茶ウエートレスたちは、劇の進行に合わせてこちらに掛け声などを出している。

 でも、随分タイミングがよすぎるよなぁ、やつら。

 相手役の町娘なんか、全く役に入りきっていないし、他の役だって錬度が低いくせにフレイバール少佐との絡みのときばかり熱が入ってるなぁ。

 冷静な思考が自分の背後に抜けて、あたかも自分の鳥瞰するように見え出したとき、視界の向こうでアマンダ教授が満足そうに微笑んでいるのがわかった。

 む? おかしい。

 麗人喫茶のほうは確かに教授の接客マニュアルが効いてるけど、こっちの演劇は・・・・。

 台本道理に幕袖へ引きながら、不意に鳥瞰状態が解け気付いた。

 そう、まずい事に、極めてまずい事に、フレイバール少佐の格好で『アヤ』の催眠誘導を使っていたのだ、全力で!!

 つまり、フレイバール少佐との絡みに熱が入っているのではなく、フレイバール少佐に役者がマジボレしているのだ。

 そうか、それで教授はあんなににも満足そうに!!

 ・・・ん?

 幕袖のプロンプタ原稿を見て眉を寄せる。

 英訳されたその原稿、その内容、台詞の言い回し、そしてタイミングのよすぎる声援。

 なんだかいやな予感がするなぁ。

 ぼりぼりと頭を掻いた僕だったが、壇上でもわかるほど三軍関係賓客が喜んでくれているので良しとしようと思った。


 劇終了と共に起きたスタンディングオベーションの後、見慣れた美少女が花束を持って現れた。

 イブとレンファがささっと花束を渡し、僕の両脇に並び立つ。

 何してるんだろう、と思っているところで、彼女達は恐ろしい事を言い始めた。


「今年から自由投票で候補者無しから始めた『ビューティーコンテスト』はいかがですかぁ?」

「一度見かけた人でも、劇中の誰かでもかまいません、美しいと心騒いだ人の名前を用紙に記入して投票箱に入れてください。」

『あなたの心が、今年のモストビューティーを決めます!』


 わーと声援と拍手が渦巻く。

 僕のみ初耳の話は、どうやら周囲の誰もが知っていたらしい。

 僕以外の誰もが。

 もしかしてはめられたのだろうか?



学園祭四日目・一般招待日


 四日目、この日は一般公開日を前にした一般招待客への公開日、生徒各々が三枚だけ発券できる特別優待券を持った人だけが参加できる公開日であった。

 この三人という枠、恐ろしいまでの競争率である。

 普通ならば両親+一名となるわけだが、その一名が恐ろしいことになる。

 友人知人が挙って奪い合い、死闘を演じることにもなるというのだから。

 かく言う僕は去年、僕はキヨネセンセとじっちゃんとチーちゃんを呼んだのだが、今年は政治的配慮による元帥枠もあるので結構な人数を呼んでしまっている。

 清音センセとグッテンねーさんが個人枠で、元帥枠では昨日お呼びした三軍将軍やそのご夫人、あとは政治的な配慮でどうしても呼んでおかないとまずい人たち多数。

 偉い人達との会合は、夜にでも合同パーティーを行うからいいとして、呼んでしまった個人枠の人たちをどうするかが問題だ。

 そう思っていたのだが、すべては杞憂であった。

 清音センセは突然現れたアマンダ教授と意気投合、すっぱりさっぱり消えてしまったし、グッテンねーさんにしても鈴・モイシャン両夫婦に挟まれるように学園に消えていった

 教授や両夫人のサインを見るまでもなく、頑張れと言う事だろう。

 さーて、どうしたものかなぁ、とおもっているところで、ちーちゃんと共に半泣きの墨田のじっちゃんと秋野さんを発見した。


「じっちゃん、よくきたねぇ!」


 ぱんぱんと肩を叩き合う僕だったが、じっちゃんは感無量であるようだ。


「うちの千鶴とぼっちゃんが、こうして肩を並べて国連学園に入学するなんざぁ夢のようでさぁ。」

「ほんとですよ、リョウさん。」


 いつもはクールな秋野さんも目元がウルウルしていたりする。


「これはこれは、墨田の親分」


 流れるように現れた黄老人は昨年と同じように車椅子であった。


「これは黄大人、お久しぶりです。」


 両手を交し合うその姿は、都心部を一手に占める実力者同士の握手ではない。

 国連学園に自らの血筋を送り込んだ事を誇らしく感じている身内同士の共感であろう。


「どうですか? 一緒に回りませんか?」


 そう言う黄老人に心地よく了承をしたじっちゃんは、後はよろしくとばかりに千鶴と僕に手を上げてその場から去った。

 後につき従う秋野さんと黄家の女性達は楽しそうに語らっていた。


「チーちゃん、この後の予定は?」

「生憎、ロリータの家族の案内があるの。」

「あっそ、なんだかなぁ。」


 思いっきり手持ち無沙汰になった僕は、麗人喫茶にすごすごと戻る事にした。



 アヤの格好で麗人喫茶に入ると、そこは昨日までの陰鬱と退廃が支配する雰囲気はなく、光と静寂の支配する純和風のたたずまいである。

 金髪銀髪の和服美人が、和風のテーブルにお茶やお菓子を静々と運んでいる。

 かく言う僕もしっとりとした色合いの和服。

 昨日までの雰囲気を求めてきた客も今日始めてきた客も、ほぉぅっとため息をつきつつ魅入られていた。

 昨日までの営業はほぼ今日のための今日以降の布石といっていい。

 俗悪と低俗の陰に隠れた魅力を、今日は前面に押し出したと言うわけだ。

 ポイントはうなじ。

 全員のウィグをアップでまとめ、首筋が露出するようにしている。

 毎日通っては尻をなでていたエメット教授でさえもセクハラ無しで神妙な顔で座っていた。

 その表情に戸惑いはあっても嫌悪感はない。どちらかというと、知らなかった何かに感動して言うかのようである。

 女性側の担当方面など、きびきびと動くヴァンとウォンに魅入られて凍り付いている。

 厨房から覗いて僕は、思わず笑みをこぼした。

 両親を連れてきた生徒も安心の店内構成に、昨日までの狂乱は見られない。

 しかし、それは期待とのギャップに苦しんでいるわけではないのだ。

 一面の光景に度肝を抜かれているのだ。


「なるほど、これが噂の『麗人喫茶』、ね。」


 長身のポニーテールとアマンダ教授が入ってきた瞬間、僕は思わず目をそむけてしまった。


「ふふーん。」


 絶対笑顔であろう事は間違いない声で、こちらをのぞきこんでいる。

 駄目だ、絶対に視線を合わせちゃいかん。


「で、アマンダ教授。あなた一番のお勧めの生徒ってどなたですの?」


 くっくっくっと笑いながら近づく人の気配。

 く、くるなー・・・・。


「このイズミ=アヤというのがここの首謀者でしてな。」


 ぐっと引っ張られた拍子に体が反転。

 思わず僕は豊満を誇る清音センセの胸に突っ込んでしまった。


「・・・ふーん、大胆な娘ねぇ。」

「あ、あの、すみません、バランスが崩れちゃって・・・。」


 ばっと離れた僕を見て、にやりとセンセが微笑んだ。

 あ、だめだ、絶対にばれた。


「そっかそっか、あれから癖になっちゃったのね?」

「な、何の事だか解りかねますわ、ミスキヨネ。」


 底意地悪く微笑んだ清音センセであったが、ぐっと僕の肩を引き寄せて耳元で囁く。


「今晩はお泊りだから、どこか部屋を用意しろよ、フレイバール少佐。」


 完全にばれました、全くをもって隠しとおせませんでした。


「どうしたんですか? アヤ先輩。」


 どうしても手伝いたいとねじ込んできたテルマに僕は力なく微笑んだ。

 バリバリ和装の僕たちに比べ、和装少女給仕風のテルマへ。


「あー、まー、人生において絶対に勝てない相手がいるって事ね。」


 なんだかわからないという顔で、テルマは曖昧な笑みを浮かべていた。



 自分の家族を呼んだメンバーが次々と交代で抜けて行く事を見越した僕達は、麗人喫茶の始めを動とするならば静を次なる段階とした。

 静寂と静止の美。

 日本様式における一つの究極美ともいえる形を再現する事は難しいが、その形を際立たせる事は容易だ。

 おしゃまやおてんばを急に静かにさせればいいのだ。

 しなもなく、一枚の絵のような静やかさでゆけばよい、涼やかな笑顔で微笑めばよいのだ。

 今までが今までであっただけの事はあり、全く隙の無い女性像に人は敬服しか感じられないものだ。

 そのせいか客離れがいい割には客足が途絶える事は無かった。

 人気と客足のバランスが取れている証拠ともいえるだろう。

 昨日までであったなら、いくらでも客足が止まっても言いが、きょうからはそうはいかない。

 どんな風にしても一定上に忙しくなってもらっては困るのだ。

 僕やミリアムはより一層表の顔が忙しくなるし、外来の客も飛び込みで来るために客足も多かろう。

 チーム内の人間も男に戻る機会も多いときたものだ。

 そんなわけで、風味中心の抹茶とお茶菓子は好評であるばかりか、昨日までセットを貸していた千鶴のチームもお手伝いに来てくれているのでかなり順調だった。



 手伝いに来てくれたちーちゃんのチームに店を任せた僕は、アヤの格好のままうろつくこととなった。

 放電を一定で行わないと、いくら蓄電ブラでもオーバーロードしてしまうから。

 とはいえ、この格好のままで歩くのは気が乗らなかったので開店休業のちーちゃんのチームの店に行った。

 一休みさせてもらおうと入ったのだが、そこには、なぜかうちのチームとその家族が集まっていた。

 何してるんだろう、と思ったが、よくよく考えればこの選択もやむ無しなのかもしれない。

 今回の学園祭の喫茶店は、ミスコン出場を狙う猛者ばかりのお色気路線が主体で、ご家族向けの施設ではない。

 しかしながら、物静かになったとはいえ麗人喫茶にはつれて行きたくないといったところ。

なにしろJJ将軍の夫人パトリシアさんに、一発で見抜かれた経緯があるからだ。で、安全なところは・・・と検索で引っかかるのがここだった訳だ。

 よほど和服が珍しいか、店内がどよどよとどよめく。


「あ、アヤ先輩、ちょっとお手伝いいただけませんか?」


 アングロサクソン系の少女が、困ったような顔でこっちを見ている。

 思いのほか客足がよくて、給仕に困っているとか。

 ここ数日の客足を考えると、絶対にここまで混まないと思っていたらしい。

 無論、彼女達のチームがやるべきなのだが、そのチームの人員は僕たちが奪ってしまっている。

 ここはお手伝いすべきだろう。

 にこやかに了承して、彼女に近づいた。


「ね、着替えたほうがいい?」


 振袖をちょいとあげて小首をかしげる。

 彼女達の店では、黄八丈の着物が制服になっていた。


「え、ええ、お願いできます?」


 いいわよー、と気軽に衣装を担いで部屋の控えスペースに飛び込む。

 運良く誰もいないので、ぱぱぱぱぱっと一気に着替える。

 このヒサナガスーツの胸はデカスギで和装に合わないんだよなぁ・・・。

 よく見れば、かんざしや髪留めなんて言うアイテムもあるので、ちょこっと留めてみた。


「よし」


 戦闘準備完了、というわけで、僕は暫くお手伝いをする事にした。



 結果的に、チーちゃんのところの人員と麗人喫茶が丸まる人員交換していたのだが、評判は良好。

 麗人喫茶にも甘味所にもご家族連れが集まって盛況となった。

 先日までのイメージで、色気たっぷりかと思いきや、ルーキーの女の子中心で明るい雰囲気の麗人喫茶には人が入りやすくなり、僕を中心にした女装チームが甘味所に乗り込んだのでこちらも盛況となったわけだ。

 僕たちのチームは、元帥執務室でさっと軽く打ち上げをしていると、ふらりふらりと教授会の面々が集まってきた。

 口々に「卑怯だ」「卑劣だ」「反則だ」などとのたまわる姿は泥酔者のそれで、一様に敗者の色合いを醸し出していた。

 おのおのの母国語で独白する集団って、結構不気味悪いことが判明した。


「まま、教授方、ここはひとつパーっと・・・。」


 突然現れた長身のくのいちポニーテール女教諭さんは、周囲の人々に素早いお酌。

 注ぎはじめのスタートから一分も経たぬうちに全員が車座になっていた。


「では、迎え来る一般公開日を前にして決起の乾杯を・・・・かんぱーい!」


 勢いにつられた全員が乾杯し、そして瞬間的に昏倒した。


「・・・清音センセ、何したんです?」


 流れるようにして雪崩式宴会を敢行したセンセは、笑顔で微笑む。


「先ほど仕入れたボスコック研究室の飲料式無力剤のテスト。」


 がっくり。

 思わず肩を落としてしまった。


「素晴らしい誘導技術です、まこと見事な意識効果です!」


 目をきらきらとさせたアマンダ教授が、ずずずずずいっと清音センセににじり寄った。


「すばらしい、これほど見事に意識誘導と視覚効果を融合させた人など見た事も無い! ぜひとも学園で共に研究をいたしませんか!!!」

 どんな冗談かと思ったが、アマンダ教授は本気らしい。

「教授、何度も申し上げておりますが、私ごとき一教育者には研究など身に余ること。 一人一人の生徒を導く仕事にも誇りを感じておりますのよ。」


 柔らかな物言いに、アマンダ教授は何処からか出したハンカチを取り出して悔しがる。


「そこをなんとか、そこをなんとか!」


 こんな食い下がるアマンダ教授は目ずらしい。

 もっと余裕ある人だと思っていたのだけどなぁ。


「教授、貴女の生徒さん達がこちらを怪訝そうに見ていますよ?」

「いいのです、いいのです! どのような狂態を見られても、あなたを得られることを考えれば!」


 ずいぶんとベタ惚れだ。

 そういえば、アマンダ教授の瞳が奇妙に潤んでいる気がする。

 恋する乙女の瞳?

 おもわずそういうと、それだ!とアマンダ教授は叫ぶ。


「そう、そうなのです、そうなんです! わたしはいま、猛烈に身を焦がすほどの恋に落ちているのです!! 」


 熱い瞳で熱弁を振るうアマンダ教授に辟易としながらも、清音センセは僕をにらんだ。


『おぼえておれよ・・・』


 へいへい、覚えておりますよ、とニコヤカニ微笑む僕を見て、彼女は怪訝そうな顔をしていた。

 くっくっく、あなたの生徒は思いのほか腹黒くなったのですよ。


 引き込み工作が一段落したころ、教授とセンセが僕らの輪に加わってきた。

 最悪の悪党の手口と称されたアマンダ研究室推奨接客マニュアルを見て、口をへの字にしていたセンセは、にやりと笑った。


「先生好みの悪党技でしょう?」


 僕の問いにセンセは首を横に振る。


「そう見えて、貴方達をコントロールする事に腐心してるわ。」


 こんとろーる、ですか・・・。


「あ、信じてないわね。」


 にやりと微笑んだ清音センセは、二冊のマニュアルを広げ、どこから取り出したのか、色々な場所に赤線を引き出した。


「あなた方に渡った接客マニュアルを見せてもらったけど、ちゃんと足止めで耳目を止める方法の厳選によって、見れる人間を極少数にしてるわ。接客の影響力をごく一部のものにして、その影響下にいる人間といない人間の温度差を作る事を意識してるのね。」


 それにどんな意味があるのだろう、そう思っていると、何処から取り出したのか、ビールをセンセはすすりだす。


「つまり、熱狂的ファンと一般人を作る事でお互いを見つめさせて、互いの冷静さを喚起するって言うことが出来るのよ。」


 おもわず周囲がどよめいた。

 そのどよめきは、どこからか現れたアマンダ研究室のお姉さま方。


「みよ、少女たち! そなた達が目論んだ真の意味を見破るほどの人物を活目せよ!」


 全力で拍手するお姉さま方は、センセに抱きついてもみくちゃに。


「教授、絶対に今期この人が必要です!」「今期以降、この方が居られれば・・・」「押さえましょう、今年度予算すべてを使ってでも!!」


 轟々と吼える生徒たちに向かって、満足そうに微笑むアマンダ教授。

 その中で一人が聞く。


「この方のお名前は?」


 それを聞いたアマンダ教授は、至極満足そうに微笑み、そして静かにそれもはっきりといった。


「キヨネ=アマノガワ」


 きゃーとかぎゃーとかすごい嬌声の後、センセを中心に上を下をの大騒ぎ。


「いやーすげーなー、いまだセンセのご威光衰えず、かぁ。」


 少しはなれたところで腕組していると、横で黄がため息ひとつ。


「リョウ、少なくとも、彼女の名声の大半はあなたの所為なのよ?」


 正面から睨むレンファの意見に僕は肩をすくめる。


「ま、申し訳ない思いもあるけど、今はそうも言っていられないんだ。」

「お仕事?」


 イブがきゅっと僕の腕にぶら下がる。


「そ、学園恒例行事へ出席が強制されているんだけれども・・・」


 もみくちゃ状態で、半ば切れかかっているセンセを片目に僕は微笑む。


「同伴者はつれなくてよさそうなのが救いさ。」


 その言葉ですべてを悟った仲間は、肉饅頭の真ん中のセンセを拝んでいたのだった。



 常識と正常曲線の斜め上を行くセンセこと天野川清音教諭は、僕らのチームの制止を振り切って、着替え中の僕の部屋、元帥職務室に踏み込んだ。


「え、と、アマンダ教授と生徒さんたちは・・・。」

「全員酔い潰した。」


 凄惨な笑みのセンセに僕は顔をしかめた。


「まったく、こちらの気遣いを無になさるとは・・・」

「何が気遣いだ、こっちとら女同士の趣味はないワイ」

「はぁ、もう、そういう意味じゃなくて、物理的に出席できないようにしたつもりだったんだけどなぁ。」


 ぼりぼりと頭をかく僕に向かって一歩足を進めたセンセを制止して、僕はテーブルの上のインターホンに向かって言う。


「クラウディアさん、やっぱドレスが必要になりました。あとメイクの人たちを呼んでください。」


 疑問顔のセンセに僕はいう。


「申し訳ないんですが、これから三時間ほどお時間をいただきます。」

「・・・あたしは眠い」

「ベット代です、気持ちよく時間を切り売りしてください。」

「きったねー」


 苦笑のセンセだったが、これから引き回される先を考えたら、きたねーどころではすむまいに。



 23号講堂は、講堂の中でも一番狭いとされているところだが、格式は一番高い。

 年に数えるほどしか使われないそこは、迎賓講堂とよばれるところで、各種レセプションに使われる専用スペースである。

 去年はまったく関係なかったスペースであるが、今年は立場上顔を出さざる得なかった。

 さらに、学園側から強制的にエスコート相手まで決められてしまい、参加を余儀なくされている。


「・・・というわけで、ここが第23号講堂です。」


 軽く僕に腕を絡める清音センセは、半眼で僕を睨んでいる。


「ここでの任務は、鼻の下を伸ばした阿呆どもを悩殺することと、学園教授陣に勧誘してくる間抜けたちの猛攻を掻い潜る事にあります。」


 じっと僕を覗き込む、センセ。


「ミッションは約三時間。どこかの阿呆親父をテイクアウトした際は、明朝までが作戦時間になります。」


 そこまで言ったところで、センセは薄気味悪い笑顔で笑う。

 胸元から取り出したのは一本のスプレー。

 無地にボスコック研究室のマーク入り。


「無作為にこれが撒かれないように黙るのだ。」

「・・・・」


 口をつぐむ僕を満足そうに見たセンセは、腕を組む。


「所詮、手品の手の内を理解しただけの観客なのよ、私。」


 国連学園受験を、手品と言い切りますか? 普通。


「確かに、ナイスバディーで、イロッポくてうら若き女性ではあるけど。」


 ちょこっとしなを作るセンセを、僕が半眼で睨む。


「・・・ふむ、それにしてもこのドレス、ぴったりね。」


 胸に手を当てて、あげたり下げたり。


「それは、うちのスタッフがどこからかサイズを調べてきたんです」

「優秀、ねぇ?」


 会場の片隅でそんな会話をしているところで、にこやかな微笑と共に幾人もの人が現れ、清音センセと会話してゆく。

 パーティーの主役はいつだって女性なのだと、思わずにやつく。


「君のパートナーは人気者だな。」


 銀髪の美丈夫、風御門先輩は、グラスを片手に現れた。


「ま、これだけ迫力のある美人ですから。」

「彼女と半年以上も一つ屋根の下で合宿状態だったんだって?」

「・・・ミスターが期待するような、つやっぽい話はありませんでしたよ」

「そりゃそうだろう。 そうでなければ、学園入学など実現できまい。」


 ひとしきり軽く笑ったところで、まじめな顔をする。


「・・・実は明日、私の招待で妹が学園に来ることになっている。」

「それはとても楽しみですねぇ~」


 にこやかに微笑むと、苦渋の表情のミスター


「とても言いにくいのだが、明日一日、ミリアムは存在できない。」

「ローテーションが狂いますよぉ。」

「しかし、しかし!」


 ふるふるとグラスが揺れるミスター。


「冗談ですよ、そういうこともあると思って、あれはあの形になっているんですから」

「恩に着る。」


 軽く頭を下げたミスター。

 細く笑む僕は、結構悪党なことを考えていた。




学園祭五日目・一般公開日。


 学園内を一種の戦闘状態にする怪事。

 去年も凄い事になっていたが、おもいっきりミスコンに縛られていたので、そのすごさを体感することもできなかったが、今年はもう、なんというか、すごい。

 すごい・・・臭いなのだ。

 人の体臭にはある種の傾向がある。

 日常食している食文化によって体臭は大きく違い、そして大きく違える。

 かくいう日本も、海外の人間からすれば醤油の香りのする空間だとか。

 納得のいく話だと思う。

 各国の調味料はとりそろう中央食堂の倉庫など、もう、一種の危険地帯だ。

 普段食べているものが違えば、体臭が違うのも当然といったところだ。

 そんな基本的な部分から違う体臭は、濃厚に交じり合うと悲劇を生み、そして惨劇を発生する。 拳ひとつ振り上げることなく人を襲い、多くの人を打ちのめすのだ。

 どんなに毎日の入浴をしていても、細胞単位に染み付いた生活体臭はなかなか抜けることがなく、そして交じり合えば最悪の事態を発生させる。

 心底それを去年感じた僕は、僕たちは、学園に入り乱れる体臭の無香空間を作ることに腐心した。

 その実現のため、僕たちがここ二週間のうちに口に入れているのはある種のお茶とそのお茶配合の食事だけで、苦くて食欲の落ちる味わいであったが、かなり効果があることは国連学園内元帥府職員で実験済みであった。

 元帥府の人間も各国各文化の集合体であるために、事務部屋がすごい匂いになるときがあるのだ。

 そんなときは一発逆転クサヤノヒモノかカレー臭で全てを塗り替えていたのだが、さすがに学園祭でそれは出来ないことも悟っている。

 ともなれば、ということでひそかにグッテンねーさんに手を回してもらい、格安でハーブティーを入手してもらったのだが、これが素晴らしいほどに効果的だった。

 体臭はほとんどハーブ系のものになったし、汗や排出物の臭いも軽減されるしといい事尽くめ。

 それを応用して、学園祭の一般公開日に目でもなく耳でもなく、鼻に訴える空間を作ろうということになったのだ。これ自体は麗人喫茶の主眼目的として書類作成されている。

 僕たちは自分たちの体臭改善のためこの二週間、飲み物と食べ物全てにこのハーブを投入し、風呂に入るときにもぬか袋のようにハーブを詰めたクッションで体を磨いた。

 その効果たるや、イブとレンファの喜びで全てがわかるだろう。


「卒業したら、このハーブで会社を作るわよ! お父様たちの会社をすべてひっくりがえせるわ!」「世界中の女性全てにこれを届ける義務が私たちにあるわ! ぜったいよ!」


 タダでさえホルモン過剰気味で肌の荒れる年齢である彼女たちは、つるつるすべすべの肌になったことを感涙で語る。

 アジア人のようなつやのある肌にあこがれていた彼女たちは、千金をもってもこのハーブを押さえ続けるのだろうなぁ、とか何とか思う。

 昨今、その肌艶のよさは女子寮でも評判で、かなりの問い合わせが彼女たちに集まっていたとか。

 ともあれ、その評判と実力は、この一般公開日に全てかかっているといっていいだろう。


 和服のジェニーことJJは、隣のリーラことリーガフにささやく。


「ねぇ、ほんとに呼び込みとかしなくていいの?」


 小首をかしげるリーラ。


「最初の作戦どおりなら、立ってるだけで大丈夫って、アヤが言ってたわ」


 眉をハの時にしてジェニーが困ったように微笑む。


「あの娘って、本当に秘密主義で困るわ」

「・・・私はなんとなくわかるわよ?」


 リーラの真似をするように小首をかしげるジェニーに、リーラは手元の扇子を広げてジェニーの耳元でささやく。


「私たちの周囲に、ちょっとした空間が出来ているのはわかる?」

「ええ、なんだか疎外感があるわよね? これだけ人があふれている正面正門の真ん中なのに。」

「誰も見ていないわけじゃないのよ? それどころか、よく見たいから距離をとってるの。」


 なるほど、とジェニーは思う。密着してては全身が見れない、か。


「で、ちょっと近づいて気づくのよ、私たちの周りの空気と自分の周りの空気に。」

「?」

「私たちの体臭って、限りなく無い上に、あのハーブの香りなの。でも、彼らは満員状態のリニアで体臭がごちゃ混ぜ状態でしょ? 近づいた瞬間に体臭の違いがわかってしまって、近づけないのよ」


 ・・・・眉を寄せるジェニー


「じゃ、私たちの正面で、この場から去りたいけど去れない。人の流れに乗りたいけど動けないって状態の、あの阿呆集団って・・・。」

「私たちの宣伝効果の標本みたいなものじゃない?」


 がっくり肩を落とすジェニーは、イズミ=アヤが身内でよかったと胸をなでおろした。



 校内の廊下をゆっくりと巡回する洋子こと洋行とレイフォウこと黄天翔は、こちらも何の宣伝もしていなかった。

 ゆっくりと校内を練り歩き、何の宣伝もせずに誰にも声をかけずに歩くだけ。


「ね、レイフォウゥ~、歩いてるだけでいいの?」

「手鏡で髪を直すふりをしながら、後ろを見て御覧なさい。」


 言われた洋子は胸元から出した鏡で背後をうかがって、瞬間、顔を引きつらせた。


「な、な、な、なんなの、あの、ゾンビの群れは。」

「歩行方法はアマンダ研究室の集大成で、そこいら中にチャームの魔法をかけながら歩いているようなものだし、一種臭気の坩堝の中でのハーブ匂は麻薬にも似た親和性で体を蝕むわ。」


 レイフォウのあまり穏やかではない表現の連続に、洋子は頬をゆがめた。


「だめだめ、洋子。そんな顔はあなたに似合わないわ。」


 微笑みながらレイフォウが優しく洋子頬をなでる。


「やだ、レイフォウ。そういうのって後にしてよ。」


 甘えるような台詞。

 全てはアマンダ研究室のマニュアルどおりなのだが、低い地響きのようなどよめきが、ゾンビの群れから発せられる。


(受けてるよん)気軽な黄に洋行は冷や汗。

(身の危険を感じるワイ)



 まったく客寄せ行為なしで行われた客寄せは、店名すら明らかではないのに嗅覚へ訴えてみせた。

 周回する客寄せ班が最終的に麗人喫茶に入ってゆくのを後から後から人がついてゆく。

 これを称してだれかれとも無く「ハメルンの笛吹き」作戦といったが、絶妙な話だと誰しもが思った。



 実の妹君をエスコートするミスターの元へ、何人もの女生徒が声をかけていった。


「あら、ミスター。かわいい方をお連れですのね? ・・・まぁ、妹さんですの? うらやましいですわ、こんな素敵な妹さんがいて。」

「あー、ジェニー。君たちも忙しかろう? 皆が待っているのではないかな?」

「やん、ミスター! もぉ、また女の子と一緒ですのぉ? あらやだ、妹さんですか・・・。どうりでそっくりぃ!」

「いやいやいやいや、リーファくん。君の待ち人が首を長くしているはずだから・・・」

「んん? これはこれはミスター風御門。 麗しいお嬢さんをご紹介いただけるかな?」

「ヴァン、君たち。私の妹を毒牙にかけないでくれたまえ!」


 かわるがわるに現れる麗人たちを目の前にして、風御門ステア嬢は、半眼で兄を見る。


「おにいさま、とても素敵な交友関係をお持ちのようですわね?」

「あー、その、なんだ・・・。」


 ずいっと顔を寄せたステア嬢は、にやりと微笑んでささやく。


「専属メイドのミリアム嬢と、皆さんはどのような関係ですの?」


 ざーと風御門の血の気が引く。

 腰元のポーチからPDAを引っ張り出した彼女は、にんまりと微笑んで画面をタップする。


「たしか、麗人喫茶、とかいうんですのよね?」

「な、な、な、なぜぇ?」

「先日、UNの秘匿回線で、差出人不明のメールが来ましたの。」


 差出人は最高機密につき削除。

 件名は国連学園祭についての秘匿事項。

 内容は、各種検閲で消されているが、ただ一文だけ読めた。


「麗人喫茶にて、僕と握手」


 真っ白になった風御門は、すうぅっと鋭い視線を校舎に向ける。


「・・・はっはっはっはっは・・・ステア、我が妹よ、よくお聞き。私は、一身上の都合が発生したので、この場から離れたいと思うのだが・・・。」

「だめだめだめですわ、お兄様。すぐにお兄様は逃げようとするんですもの。」

「しかし、妹よ。私はすぐにでも決闘せねばならない相手が居るのだ。」

「駄目です、お兄様。わたしがビューティーコンテストに投票するまで待っていただかないと。」


 がっくりとひざから崩れる風御門。


「投票・・・するのかい? 妹よ」

「もちろんですわ、お兄様。」


 にこやかに微笑む妹を見上げ、風御門は力なく微笑んだ。




 ステア嬢は、その部屋に入るなり「まぁ」と小さい驚きの声を上げた。

 満席の店内はで頬を緩めるように微笑む。


「おにいさま、これがあの方の企画意図なのですね。」


 深呼吸して、そしてウエートレス役のジルへ声をかけた。


「素敵なお店ですね。」

「ありがとうございます、ではこちらの席へどうぞ。」


 窓際の明るい席へ風御門と共に通されたステアは、店内を見回しそして壁に注目した。

 当番表となっているそれに、顔写真付の出席時間が書いてある。

 何人か居るその表の一番最後に注目したステアは、細く笑む。


「・・・あら、ミリアムさんにお会いできるかと思いましたのに、今日はこの喫茶に出席なさらないようですわね。」


 だらだらろ汗を流すミスターは、小さく指を鳴らしオーダーを出した。


「・・・コーヒーを二つ。」

「はい、承りました。」


 ジルが微笑みつつ、厨房へ消える。


「ねぇ、お兄様。本当にミリアムさんには会えませんの?」

「・・・い、妹よ、なぜそのようなことを聞くのだ?」

「だって、とっても素敵な女性でしたので、ぜひともお近づきになりたかったんですもの。」


 にっこりと微笑むステアに風御門は硬直した笑顔を浮かべる。


「おまちどうさまでした、ミスター」


 そういって給仕したところのジルに風御門が問う。


「・・・アヤくんは、いつだい?」

「アヤは・・・暫く出てきませんよ?」


 ジル曰く、先日から呼んでいる招待客と共に練り歩いているとか。

 もちろん、表の顔で。

 そう、そうだった、と思わずため息。

 学園内で生徒総代と元帥といえばきわめて代表性の高い公人であり、一般公開日であればその自由はないに等しい。

 風御門は地道な努力によりその責を元帥に振り分けたのであるが、元帥は己の責務と振り分けられた責務を一気にこなすつもりとの事。

 本日の時間はないに等しいことだろう。

 この恨み、どこに持ってゆこうものか・・・。

 暗い笑みを引きつらせて、細かく笑う風御門をステアは喜ばしそうに見ていた。



 本日の招待客である今の首相とUN選抜委員長殿と静岡県知事と対面した。

 はっきり言えば何の付き合いもない人間だが、元帥職と共に招待義務が生じた人間関係だ。

 つまらない小僧が案内しても相手の不興を買うだけなので、リニア駅にてお出迎え・入り口で握手・学園マーク入り文具一式を何セットか紙袋に入れて渡したところ、大層喜ばれた。

 なんでも、友人知人から何セットか頼まれていたのだが、この一般公開日ではそれも望めず、さりとて一番行きたい所が購買では格好も付かなかったというのが実際のところらしい。

 公務に当たっては希望などいえたものではないのだが、ソレを汲み取ってもらえてうれしいとか何とか。

 学園内に各々の行きたい所があるということがでたので、それでは流れ解散にしますかといったところ、表立ってソレは不味いという。

 公務だからなぁ・・・とおもったが、ちょこっといい物を出す。

 それは昨晩元帥府で余興に使ったサングラス。

 三つほど出して小さな声で言った。

「お忍び、ですね。」

 で、満面の笑みと共に流れ解散となり、僕はせいせいとしていた。

 これで何とか身内に時間が使えるというわけだ。

 昨日は色々とあった身内の案内を本日行おうと連絡したところ、嫌なメールが来た。

 曰く「昨日は色々と回ったから、今日は『アヤ』さんに案内してほしいわー/清音&グッテン 追伸:麗人喫茶にて待つ」

 がっくりと肩を落とす。

 何とか勘弁してほしいなーとメールしたが、まったく相手にしてくれる様子は無いようだ。

 ああ、仕方ないなー、と顔をしかめてシューターを探した。



 風御門はひどく驚いていた。

 麗人喫茶入り口に現れた二人の女性を知っていたから。

 一人は一昨年・昨年と世界の教育界を阿鼻叫喚に陥れ、学園受験における最大の謎といわれる在野の教師、キヨネ=アマノガワ。

 そしてもう一人は西側経済会における最大の巨人、沈黙の老怪人、ドイツのあの人であった。

 二人は談笑しつつ、風御門の席の隣に座る。

 ミス清音が手元の端末で何かを打ち込んで、向かいに座るあの人に見せると、なぜか二人で笑いあう。

 洋子にコーヒー二つをオーダーしたところで、初めてこちらに向かって微笑んだ。


「あら、こちらは生徒総代の風御門さんですね?」


 電話帳のようなパンフレットのはじめに書いてある挨拶の写真を引っ張り出して指差すミス清音。

 ほほー、と覗き込むようにあの人が風御門を見つめる。


「じゃ、こっちの可愛い娘さんが、妹のステア嬢だね。」


 凄みのある笑顔で少女を見るあの人。

 ステアはまるでコンクリートで固められたかのようにがちがちだ。


「ここでは顔は通っていないと思ったんだけどねぇ?」


 苦笑のあの人。


「無理ですわ、西側経済界に関わる方なら、当然ご存知の顔ですもの。」


 ミス清音は笑顔で言うが、その先の言葉を聞いて風御門は耳を疑った。


「わたしは全日好きのドイツ人だとばかり思っていましたけどね、最近まで。」

「新日だって好きさ。・・・まぁ、最近のリアル路線は好きになれないけどねぇ。」

(全日?新日? ね、なんなんだ?)


 政党だろうかと思っているところで、コーヒーを持って来た洋子が風御門の耳元でささやく。


「全日・新日は日本のプロレスの団体です。ミスター」


 目を見張って洋子を見ると、彼女は苦笑で更に言う。


「グランマは以前、空母の甲板で気に入らないやつをジャイアントスイングで海に叩き込んだことがありますから。」


 目をぱちくりして風御門があの人を見ると、彼女は崩れた笑いで答える。


「信じられないかい?」


 コクコクとうなずく風御門に向かい、老女は動いた。

 ソレはまるで疾風のごとくに。



 軽やかな和装のアヤの格好で、急ぎ特殊教室に飛び込むと、凄い絶叫が響き渡っていた。

 思わず眉を寄せ胸元のピンマイクのスイッチを入れる。


『お客様、おきゃくさま。店内での暴行行為は禁じられております。速やかに暴力行為をおやめください・・・・コブラツイストはだめだってばぁ!』


 そのアナウンスに答えるかのように絶叫が響く。


「Nooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!」

「いやだねー、こんなの遊びだーね。」


 そう言った老女が、流れるように体勢を変える。

 燦然と輝く日本プロレスの歴史の中で、栄光と歌われた芸術的スペシャルホールド。

 オクトパスホールドといわれたその技が、店内で燦然と輝いた!


「これが、わたしの得意な『卍固め』だぁーーーーー!」

「お、おにいさま、おにいさま、早くギブアップを!!」


 びくびくと痙攣する生徒総代を見、思わず合掌。

 成仏してください。

 みれば、周囲の我がチームも手を合わせていた。


 泡を吹くミスターをそのままステア嬢の横に座らせて、僕は二人の正面に座った。

 無理やりくっつけた席で、ミスター・ステア嬢・グッテンネーサン・センセが座る。

 そこで皆が深呼吸。


「いいじゃないか、りょうちゃん。」

「ええ、とても周りと違いますね。」

「・・・えっと、ねーさん。一応私は『アヤ』ということで。」


 おもわずにやついたねーさんは、満足そうに頷く。


「え、っと、はじめまして、イズミ=アヤさん?」


 当惑がおのステア嬢に、僕は微笑んだ。


「こっちの顔でどころか、会話しかしていませんものね。はじめまして、ステアさん。」


 お互い会釈の中、僕の背後から一人の男子生徒が現れた。

 交流はないが、顔見知りだ。


「あのー、あやさん。」


 にっこり微笑む僕に、男子生徒は聞いた。


「ミリアムさんは、今日非番なんでしょうか?」


 えらい爆笑が僕とステア嬢からはみ出たが、不思議そうな顔の男子生徒はソレを肯定ととったようだった。


「・・・できれば、彼女を、彼女を・・・」

「あー、むりむり。」


 思わず言う僕に、男子生徒は絶望的な表情。


「・・・もう決まった人がいるんでしょうか?」

「んー、まぁ、気になるなら彼女に投票してむるのね。絶対分かるから。」

「もう投票しました!!」


 びしっと敬礼した男子生徒に、西側経済界の怪老人は聞く。


「・・・その、投票ってのは、何の話だい?」


 異常なまでの気配に臆した男子生徒であったが、ちょっと深呼吸してにこやかに答えた。

 このへんは紳士教育の厳しい教育風土で育ったことが伺える。


「はい、今年行われる学園モストユーティーコンテストでは、出場枠を学園全員に広げ、完全推薦制で行われることになったんです。」

「ほぉ?」


 先を続けろという仕草に、男子生徒は不思議と逆らえる気持ちを失わされていた。


「そこで、学園祭内で見つけた美しい人を、どこでいつ見つけたかを記入して投票することになったんです。それにより、学園の真なるモストビューティーを決めようというものです!」

「ほーほーほ、そうかいそうかいそうかい。」


 きらりと光る瞳で、ねーさんは周囲を見回す。


「美しい人ねぇ・・・・。」


 にやりと笑うねーさんは、僕の耳元でささやく。


「ねぇリョウちゃん。このなかにリョウコさんが来てれば、ソレはソレは美しいだろうねぇ。」


 なっ!!

 思わず絶句の僕に、ねーさんは深い笑みを浮かべた。



続きは一時間後の予定です

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