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第十五話 夏休み・・・なのですよ

本当にちょうしぶっくれてますね、私。


俺様超人型主人公も、度を越せばアリかとw


 この夏は記録的な外出となった。

 それもこれも国連軍が全面バックアップする事による全世界的安全宣言が発令されたことが原因といえる。

 というか、地位と権限を傘にして押し通した。


 人事が刷新された自称国連三軍統合参謀部(戦史研究部屋)は、今年の夏期休暇において、極めて魔術的なプランと作戦を持ち込んだ。

 それは国連学生全てが帰郷したとしても、極めて高い安全衛で保護できるというものであった。

 その高い確率というのは、前年比で23倍とのこと。

 時節的に考えて、昨年の冬に起きたハイジャック事件や昨日起こった篭城事件によって情報部の地位ががた落ちになっており、そこに付け入る形で勢力拡大をしているかにも思えるので慎重に書類を見ると、なんと計画段階で情報部と有機的な連携が詠われており、統合化すら視野に入れていることが見受けられた。

 乗っ取りやM&Aではなく、連携。

 柵や旧悪的な風習を取っ払うと、これほどまでに風通しが良くなるものかと感心してしまう。

 いやはや、どんな連中が自称統合参謀本部にいるのやらと、思わず冷や汗をかいた。

 まぁ、自分で人事異動した連中なんだけどね。

 しかし、この計画案の一番の肝は、なんといっても僕の居場所であった。

 少なくとも、この計画どうりなら仲間も友人も守れるに違いない。

 一気に読みきって、思わず万歳三唱。

 そのあと何にもまして最重要最速処理議案として判子を押してサインした。

 とっとと正式書面化して、写しを作って、保管用に封蝋までしてしまった。

 もう、これ以上の処理は必要ないというところまで処理して、満面の笑顔と共にクラウディアさんの手に渡す。

「いかがでしょうか、元帥」

「さいこー、ほんとにサイコ-!」

 思わずクラウディアさんとダンスなんか踊ってしまったりした。

 その上で、学園ネットに国連軍からのお知らせとか言って、ばんばん宣伝を始めたり。

 よっしゃーとばかりに国連学生ばかりではなく、教授陣も帰郷させちゃうぞとか、生徒総代だって帰らせちゃうぞとか、一気に事務量で全てを押し流してしまった。

 その姿を指して元帥閣下のご乱心とか事務所ではいっていたが知った事ではない。

「しかし、私は、生徒総代として、学生の一般報告を受ける義務が・・・」

 どもっていた生徒総代殿をばんばん後押し。

「いえいえいえいえいえいえいえ、先輩のご家族にも連絡したところ、父上様も妹君もぜひぜひ帰郷して欲しいと涙ながらに・・・」

「・・・な、な、なに? 実家に連絡したのかね?」

「ええ、勿論。」

 深いため息と頭痛に耐えるようなしぐさで数秒止まっていたかのようなミスターであったが、諦めたように帰郷していった。



 計画では、いの一番にUN専用機で北極海を渡る予定であった。

 一気にロシア経由でヨーロッパに侵攻し、南下しつつアフリカ大陸へ進撃。

 南極方面を経由しつつ南米から北米へ進撃するという縦一周コース。

 明らかに横一周を意識している各国や各組織の意表をついていること請け合いだ。

 こうなると航路上の定点で迎撃するほかなく、極めて解りやすい襲撃帯が出来上がる。

 地上攻撃でも空中攻撃でも不自由するところばかり飛んでいるものだから、元帥閣下の嫌がらせ旅行とかいう副題すら付いている。

 が、なぜか今、僕は目覚めると東に移動していた。

 機内時計を見て、意識を失ってから約三時間。

 太陽が見える方向や下に何も見えない情景から太平洋を渡っている事は疑いない。

 さらにいえば、だだっぴろいスーパージャンボに乗っている元帥府の主要メンバーや僕の両脇に座る美少女二人、色々と散らばるチームメンバーを見れば誰の発案かも知れる。

 そして形の上での上司である僕をはめた人物にも心当たりが・・・・


「・・・ある」


 じろっと背後を見ると、クラウディアさんがにこやかな笑みで微笑んでいた。

 以前など僕が不機嫌な顔をしているだけで泣きそうになっていたくせに、最近は全くひるむ事がない。

 これを強くなったと呼称して良いものかどうか不明だ。

 左右の少女たちもご機嫌で、にっこにこである。

 僕としては暫く不機嫌でいようと思ったのだけれども、これだけ楽しそうにされてしまうと暗い感情も続くはずもなく、思わずため息と共に二人を見た。

 それにあわせるように、左右から僕に体を押し付けてきた。

「・・・あのですね、極めて如何ながら・・・こういうことされるのが嬉しいんですけど、やめません?」

「嬉しいんでしょ? ならいいじゃない。」

「・・・極めて重要な問題を先送りにしたままにしたくないんです。」

「青い空の下を大型航空機で遊覧。左右に絶世の美女。愉快な仲間達とも一緒。これ以上何を望むの?」

 愉快な仲間たちというのは絶妙な表現だが、僕は手綱を緩めない。

「なぜ国連学園にいるはずの僕が飛行機に乗っていて、いま、僕が何処に向かっていて、君たちがどうして聞き分けてくれなかったか全てを聞かせて。」

 なるべく感情を絡めないように言ったつもりだが、どうも不機嫌さが声に出てしまった。

 それを咎めるように睨むチーム連中。

 イブもレンファもちょっと泣きそうな顔。

 ・・・悪いのは私ですか?

「リョウ・・・知ってるんだから、あなたがこの休みに何をするかって事を・・・。」

「・・・いやよ、絶対にいやよ! あなただけ、あなただけが危険な目にあうだなんて!」

 ボロボロと涙を流しながら彼女たちは僕にしがみついた。

「いや、ほら、ね、ぜんぜん何のことだか。 今年の夏休みは僕、学園で・・・・。」

 涙でぐちゃぐちゃになった顔で、二人の美少女が怒りに朱がさす。

「うそっ! あなたは、学園中の人間を外に出す代わりに、あなたがおおぴらに外遊することによってテロの標的を自分にするつもり!」

「全部わかってるの、わかってるのよ!」

 平目で周囲を見回すと、誰もが僕を睨んでいた。

 計画を全てわかっているはずのクラウディアさんや元帥府の連中まで僕を睨んでいる。

 いや、元帥府の連中以下学園組は皆、この計画に反対だったってことかな?

「・・・リョウ、何度も倒れて。 忙しくて忙しくて会えなく・・・。」

「・・・いつも一緒にいるつもりだったのに、凄く遠くにいる・・・。」

 あ、なんかいやな予感がしますよ、ええ、とてもいやな予感です。

 僕が何か言おうとしたところ、二人の少女の瞳で一気にはじける涙の波。

 あ、あ、あ、あ、あ、何で泣くのかなぁ!

 まるで幼子のように「びー」と泣く二人の少女の真中で、僕は思わず頭を抱えた。

 何がどうなって、どう悪いんだ、僕は。

 確かに彼女達の誘いもチームの誘いも断りました。

 それは、僕自身が一介の国連学生だったのなら問題ないことだけど、僕が休みに動くとなれば多くの人に迷惑をかけ、そして多くの人を危険にあわせるのだ。

 家族や恋人がいる人たちを、自分のバカンスのために迷惑かけたくない。

 しかし、それ以上に家族以上の仲間の身の安全が自分一人で購えるのだ。

「・・・それは判ってくれてただろ?」

 僕がそう言うと、声もなく二人は涙を流しつづけてる。

 あー、なんか違うぞ、君たち。

 僕の知っているレンファはもっと泰然としていて、僕の知っているイブはもっと子悪魔的で。

 僕なんかより一枚も二枚もう上手の大人だったはずなのに。

 僕がそれを言おうとしたところで、はたと言葉を止めた。

 これが地なのか? そう思ったからだ。

 ああ、どうしたらいいんだろうか。

 思わず困惑義気に彼女達の頭を抱き寄せ、ちいさくごめんと言った。

 そう、確かにチームをないがしろにしていた。していました。

 始末しなければならない事が山積だったために、それに全ての時間が吸われていた。

 食事も休憩も無しだったので、何日彼女達と顔をあわせていなかったのかわからない気もする。

 彼女達への負い目を感じているってことは、これって恋人扱いをしているのかなぁ?

 僕は、僕の目的のために誰にも所有されず、誰も所有しない生き方をしようと思っていたのに。

 まるでくもの糸にからめとられた羽虫のような気持ちも感じたが、どちらかといえば所有される喜びのようなものも感じている。

 やっぱり一人では生きられない性格なんだと悲しさ一つ。

 諦めた僕は、ゆっくりと二人の少女を両腕で抱き寄せて呟く。

「・・・で、僕たちは何処に向かっているの?」

 彼女たちがこれですぐに答えるなら、極めて巧妙な嘘泣きといったところなのだけれども、彼女達はぐすぐすと涙を引きずっていた。

 困りがおで背後に視線を向けると、クラウディアさんが一枚の用紙を僕に向けていた。

 一番上に行程表タイムスケジュールとかかれた用紙には、みっちりと今後の移動予定がかかれていた。

 最初にアメリカに渡りアメリカ出身者のチームメンバー家族を招いたパーティーがJJ宅にて行われ、その後ニューヨークにて北アメリカ・日本のメンバー家族主催によるパーティー。

 その後、同様のパーティーがドイツ、香港にて行われて日本に帰るという世界一周旅行。

 その間UN軍仕官学校に出席したり、UN軍基地によって公聴会に出席したりといやな色いあのある行程だ。

「・・・これって、何処が休みなんですか?」

 思わずそう言うと、クラウディアさんは苦笑いだった。

 まぁ、UN三軍と僕らのチームの思惑がこの拉致になったのだろうけど、どれだけの人員が動いているのかわからなかった。

「・・・もう、日付変更線を越えてるんでしょ? 諦めたから、ちゃんと説明して。」

 きゅっと両方の肩に乗っかる頭を抱きしめる。



 ロサンジェルスに降り立った僕たちで、二人の少女がサングラスをしていた。

 本気で泣いたための目が腫れてしまったのだ。

 本当に申し訳ないと思う。

 今回の拉致は、三軍将軍で立案され、元帥府でプランニングされ、民間某所から支援されたものだった。

 チームはその馬尻に乗っただけで、イブとレンファは最後まで反対していたのだという。

 それを知った僕は、心から謝罪をしようと思ったが、彼女達はそれをさせなかった。

 それで又口論となり泣かせてしまうという繰り返しになったところで、僕は沈黙の反省を行う事にした。

 何を言っても彼女たちを泣かすことしか出来ないなんて、何とも情けない。

 謝罪とお詫び、全てを彼女達に向ける笑顔にしよう、僕はそうと心から思った。

 とはいえ、立案者には痛い視線を向ける。

 両手を広げて息子を抱きしめたJJ将軍へ、殺意すれすれの視線を送ると、彼はびくりと背を縮めた。

 ゆっくりと視線を僕に合わせると、貼り付けたような笑顔でやってくる。

「これはこれは元帥閣下、長旅ご苦労様です。」

 差し出された右手を無視して僕はJJ将軍を睨みつける。

「・・・・」

 だらだらと汗を流す将軍の右手をゆっくり握って、小さな声で言った。

「・・・おいたが過ぎるのではありませんか? この休暇中、学園のだれも同行しない事を表明したはずですが?」

「心から申し訳なく思いますが、またとないこのチャンスの中で啓蒙活動をして頂かない事には三軍共に動きません。」

「僕自身の休暇がなくなるなんてことはどうでもいいのです。僕と同行することによって即死の危機すらある仲間のことを言っているのです。」

「・・・彼らは心から任務への献身を願っております。この休暇時期の活動自体、彼らの進言から発案されたものなのです。」

 がっくりと肩を落とした僕。

 なんで貴重な夏期休暇を危険な旅行でつぶそうとするかなぁ。

 すっと身を起こしたJJ将軍は、背後より美しい女性を招いた。

「紹介させてください、元帥。これは、我が最愛の妻です。」

 にこやかな笑顔の女性が一歩前に出て、ちょこっと会釈をした。

 その身のこなしは全く違和感の無い日本式の挨拶。

「始めまして、イズミ元帥閣下。夫と息子ともどもお世話になっておりますわ。」

 そう言った彼女の言葉は、完全な日本語であった。

 驚いて目をしばたかせる僕の右手を、彼女は夫から奪うように握手した。

「パトリシアと申します。よろしくお願いしますわ。」

 へ? パトリシア?

 僕の頭の奥のほうで記憶がスパークした。

 握った手の感触が何かを思い出させる。

 広い空、流れるような金の髪の毛、両手を開いて僕を抱きしめた女性。

 ああ、彼女の名前は・・・、僕は彼女をこう呼んでいた・・・。

「・・・パット先生?」

 瞬間、はっと息を吸う気配と共に、女性は見る見る瞳に涙を溢れさせた。

「ぼっちゃま?」

「先生、その呼び方は嫌いだっていってるじゃないですか。」

 はぁ、と息を吸いきった彼女は大声で泣きながら僕を抱きしめた。

「ぼっちゃま、ぼっちゃまだわ! ああ何てことでしょう、元帥閣下がぼっちゃまだっただなんて!!」

 英語と日本語がごちゃごちゃになった言葉を叫びながら、僕も懐かしさに胸が一杯になっていた。


 当時パット先生は、JJが手のかからない年になるまでの数年で、夫にさんざん浮気をされるという憂き目に遭っていた。

 そして浮気の数が三桁を超えた夫を見切りをつけて、全てを放り投げて逃避行に出た。

 行き先は特に決めていなかったそうだが、色々放浪の末に東京は板橋区に流れ着いた。

 当時の東京は、どちらかというと英語に対する敷居が高く、道案内をしてもらおうと商店街を放浪していたパット先生を殆どの人が無視していた。

 そんななか、途方にくれていたパット先生をリョウコさんがナンパして、家までつれてきた。

 食事の後、しきりにお礼を言うパット先生をさしてこういった。

「覚えるなら、こういう綺麗な英語を覚えなきゃぁねぇ。」

 あれよあれよという間に段取りを済ませ、僕の英語指導と家事を任せる替わりに大学の学習費用を全て負担するという約束で彼女を保護した。

 就労ビザも無い彼女が得られる現金収入は少ないが、我が家に間借りして家族として暮らす事とするとかなりの現金を必要としなくなる。

 アルバイトを何個かすれば、家を自分で借りる事もできる程度だが、彼女は我が家に住み込んで色々と僕やリョウコさんの世話を焼いてくれたのだった

 おかげで僕は日常会話における英語を難無くこなせるようになったし、英語圏での常識を身につけることも出来た。

 我が家としては言う事の無い先生だったのだが、そんな彼女も一年半ほど日本に滞在したあと本国に帰っていった。

 骨身まで冷え切ったような雨の中、傘も差さずに迎えに来た旦那さんに連れられて。

 だんなは一晩ほどリョウコさんにお説教をくらっていたのが記憶に深い。



 サロンバスに移動した僕たちだったが、僕はJJ一家に僕は取り囲まれてしまった。

「今でも忘れませんわ、大奥様とぼっちゃまとくらした日々を。」

 ハンカチで涙を拭いながらパットさんは笑顔で話していた。

「へぇ、マムが家出していた先ってリョウのうちだったんだぁ。」

「そうよぉ、とぉってもお世話になったんだから。」

 JJ親子に挟まれた僕は、息子と奥さんに引っ張られていた。

「そうかぁ、始めてあったときに、なんだかひたしみやすい奴だと思ってたけど、マムが英語を教えていたんだぁ。」

 覗き込むJJに、僕は苦笑い。

 僕だって驚きだ、パット先生の息子がJJだっただなんて。

 さらに言えば、りょうこさんに一晩中お説教を食らった軍人さんがJJ将軍だっただなんて知らなかった。

 その事実に向き合ったJJ将軍は、ばつが悪そうにしている。

「そうだったんですねぇ、リョウの英語って、綺麗で丁寧で教授陣からも評判がいいんですよ。」「そうそう、パトリシアさんが教えてくださった英語のおかげで、リョウの人生は素晴らしいものになっているのでしょうねぇ。」

 向き合った席から、サングラスを外してイブとレンファが笑顔をむける。

 どうやら炎症止薬が利いたらしく、いつもの美しい顔となっている。

「いいえぇ、うちの子と違ってぼっちゃんは全く手がかからなくて、こちらが拍子抜けするぐらいだったんですのよ。」

 笑顔のパット先生をみて、JJは聊か表情を曇らせる。

 まぁ、やきもちなんだろうなぁと思うが、僕としてもやきもちを焼きたい。

 なにせこんな素敵な母親がいるのだから。

 僕にとってもパットさんがいた一年ちょっとは素晴らしい日々だったのだ。

 だから僕は、彼女が実家に帰るとき泣いてしまったのだ。

 りょうこさんにもお手伝いさんの皇さんにもみられないところで、ワンワン泣いたのだから。

 そんな思いが心にわだかまっていた所為だろうか、あとで赤面の至りとなってしまうとは思いもよらなかった。



 着替えた僕たちは、JJ将軍宅にて、「自称」ホームパーティーに出席していた。

 かつて在米経験の長かった友人の話では、ホームパーティーというのはちょこっとしたお菓子や料理をつまみに、話題や会話を楽しむ集まりのはずであった。

 友人の母はその状況に満足せず、チラシ寿司や手巻き寿司や杵と臼等で本格的な餅つきを実施し、近所に名をはせたという。

 暫くするうちに地元の有名一家となって、日本食に関するスクールを開き、一財産を築いたというが、その辺は蛇足。

 ともあれ、僕の考えるホームパーティーって、家族とか友達が集まってわいわいするだけのものだと思っていたのだけれども、どうもその規模が違っていた。

 野球場のような庭に数百者著名人が集まって、立食パーティーで喧喧囂囂と言う風景が目の前に広がっている。

 僕の横に立ったJJに僕は囁く。

「アメリカのささやかなホームパーティーって、恐ろしい規模だな」

 存外、JJ一家の規格外規模を揶揄した形だが、JJは顔をしかめて言い返す。

「あほ言うな。これはどう見てもUN空軍上級士官御一行様だろうが。」

 見渡す視界のなかの男性殆どが軍服である事に気付いて納得。

 がやがやと歓談の中、一段高い中央でJJ将軍が声を発した。

「お集まりの諸君、我が家のささやかなホームパーティーにご参加いただき有難う。」

 わっと周囲が沸く。

 お義理に湧いているわけではなく、好意の色濃い歓声はしんそこJJ将軍が慕われている証拠だろう。

 こんなに人気があるのに、僕を神輿に担ぎたいと言う気持ちがわからない。

「このたびの休暇にあわせて、我が息子とその仲間達がこのパーティーに駆けつけてくれた。 中には驚くような人物も多いので紹介したい。」

 ばっと将軍が手を差し伸べると、JJが背後から押し出された。

 一歩前に出たJJが一礼をすると、背後から僕や皆も押し出された。

 背後から押したのはパット先生。

 今までスポットライトの外にいた僕たちが明かりの中に入ると、大きくどよめいた。

「そう、皆さんもご存知であろう、我が唯一の上司、無二の上官殿が、我が息子のチームメイトだったのです。」

 おおとざわめく声が大きく頂点に達し様としていた。

 なんだかショーめいていて気分が悪いが、致し方ないのだろうと納得しておく。

 僕が一礼をすると、周囲もそれに習った。

 盛大な拍手に迎えられる中、JJ将軍に演台へ引っ張り出されてしまった。

「何は一言、お願いいたします。」

 何を言えというのだろう、と思ったが、こういう席での台詞は定型的に決まっている。

 ・・・決まっているが、ね。

「・・・私、リョウ=イズミの出身は日本ですが、実のところこの地アメリカに大きくかかわりがあり、親愛の情を感じております。 幼い頃、家族の愛情を知らずに育った私に母の愛と隣人を愛する心を教えてくだすった人は世界を旅するアメリカ人女性であり、アメリカという国の心だったのです。 つい先日まで大恩のあるその女性が何処の誰だかわかりませんでしたが、わかった今、心からの感謝をもって答えさせていただきたいと思います。『あなたの育てたもう一人の息子も、壮健にしております』と。そして大恩のあるこの国USAに、心からの感謝を!」

 大滝のような拍手が巻き起こり、演台に駆け寄る人々が握手を求めてきた。

 にこやかに握手を返しているところ、一人がポツリと聞いた。

「その女性って、どなたなんですか?」

 僕は意地悪そうに背後を振り返る。

「その女性は、ある事情で二年ほどの間、家庭も夫も全部放り投げて世界を旅なさっていた方なんですよ。」

 すると年配の軍人達が息を飲んで一点を見つめた。

 そこにはバツの悪そうなJJ将軍と、ぼろぼろと涙を流すパトリシアさんがいた。

「も、もしかして!」

 小さく言葉を切った人に向かって僕はウインク一つ。

「学園機密保持法に引っかかりますから、その先は秘密、ですよ。」



 ニューヨークでのパーティーにもJJ将軍は参加するという事で、スーパージャンボの客席についていた。

 ジャンボの運行自体UN空軍で行われているせいか、客室乗務員達が極めて緊張しているようだった。

 少し考えれば、僕も上官なんだろうけど、機内の扱いはどちらかといえばお客様。

 その違いはと考えてみたが、JJ将軍がことあるごとに細々とにらみを聞かせている所為かもしれない。

 JJ将軍が五度目の怒りを見せた瞬間、JJが声を上げた。

「おやじ、もういいかげんにしてくれよ! こっちとら、エレメンタリーの遠足に両親が同伴しているような居心地悪さがあるんだから!!」

 びしっと指差した先にいた将軍は、決まり悪そうに頭を掻いて下を向いた。

 夫をたしなめる婦人、にこやかな笑顔、はにかむような息子、僕は思わず苦笑してしまった。

 なんとなくうらやましく思った僕は、両親のことを思ってみた。

 が、どんなに思い返しても、僕の脳裏に両親の特徴も、長所も短所も思い浮かぶ事はなかった。

 僕の知っている両親は、幼い頃に見たと記憶している遺影に写された笑顔しかなかったから。

「リョウ。」

 小さく囁くようにイブが言う。

 そっと手を添えてきたので、何かと思ってそちらを見ると、ひどく心配そうな顔をしていた。

 何か不味い事があったのかと思った僕は、笑顔を浮かべて・・・。

 いや、笑顔を浮かべるつもりが、なぜか頬を一筋の涙が伝っていた。

「あ、あれ?」

 呟く日本語も、なぜか湿っている。

 瞬間、自分で知らぬ間に涙を流している事に気付いた。

 わ、わっと、湧き出す涙を止められず、おもわず飛び跳ねるようにトイレに走った。


 トイレに据えられた鏡をのぞくと、ひどい顔をした自分が居た。

 おもむろに眼鏡を取って顔を洗っても、まったく晴れる様子はない。

「まいったなぁ。」

 最近では独り言も英語であったのに、今、口から出てくる言葉は日本語だった。

 ぱんぱんと両頬を叩いて気合を入れる。

 なんだかトンでもなく恥ずかしい所をみんなに見られてしまったような気がする。

 いや、気がするどころの話ではない、自分の状況や、自分の生い立ちに自己憐媚を感じて泣いてしまうなんて恥ずかしい、本当に恥ずかしい限りだ。

 僕はかわいそうなんですとか何とか言って、負けてしまう自分が嫌だった。

 両親等に負けぬほど愛情を注いでくれた人達に砂をかけるようで恥ずかしかった。

 もう、本当に恥ずかしすぎて気が変になりそうであった。

「だぁ、もう、忘れろ忘れろ、忘れろ!!!!」

 涙の後を消して、かきむしった髪の毛を整えてキャビンに戻ると、何となく気まずい雰囲気であった。

 なんてことはないといった表情で戻ったのに、みんなの視線が痛かった。

 可愛そうとか済まなかったと言う色合いの視線に堪えかねた僕は、一度は座った席を立ち上がり、全員に向けて頭を下げた。

「すみません! 皆さんの楽しい雰囲気をぶち壊しにしてしまって、本当にごめんなさい!! ・・・反省してるから、これ以上じろじろ見ないでください。」

 もちろん、みんなの視線が非難の視線でない事ぐらいわかっている。

 しかし、冷徹で計算高い嫌な部分の僕が、この台詞を言わせた。

「俺こそ、俺達こそ悪かった!」

 そう言ったのはJJ。こういう風に言う人間だと僕はわかっている。

「・・・リョウの事、知っていたはずなのに、無神経すぎた! 本当にごめん!!」

 口々に謝る仲間、でも、僕はそれを押しとどめた。そのままにしていれば、計算道理に収まっていたはずなのに、・・・自分からずれてしまった。

「ちがう、違うんだ。 僕には確かに両親はもう居ない、でも、両親以上に愛情を注いでくれた人たちがいっぱい居るんだ、それこそ本当にいっぱい! だから、両親の事で自己憐媚を感じるなんていけないんだ、その人達に失礼なんだ! 本当に悲しいだなんて感じていない、僕は可哀想なんかじゃないんだ!!」

 自分でもどうしようもないほど思考が暴走していた。

 こんな事を言うつもりは無かった。

 僕自身がかわいそうだなんて思って欲しかったわけじゃない。

 同情を集めたかったわけでも、自分が不快な会話だといって非難していたわけでもない。

 それなのに、無用に熱くなった言葉だけが漏れ出てしまった。

 いかん、そう思って片手で顔を押さえると、頬には滂沱の涙が流れていた。

 すべてが計算外、大暴投の自分を見つけた僕は、思わず再び逃げだろうとしたが、二人の少女に引き止められてしまった。

「いいの、泣いて、泣いていいのよ。」

 レンファが優しく抱きとめた。

「私たちが家族で、私達が兄弟。・・・それでいいよね?」

 イブの言葉が僕の体と心にしみていった。


 幾分の時間をあけて僕は我にかえった。

 そして急に自分の有りようが恥ずかしく、そして極めて都合が悪い事に気付いた。

 二人に謝りながら体を離すと、やおら声を上げて宣言する。

「今より一時間ほどの監視記録と、バックアップの消去を命令します。」

 チョット間を空けて機内放送で「了解」と返事が返ってくる。

 その声はなんだか涙にぬれているような声であった。

「・・・・やっぱり」

 がっくり肩を落とす僕を、みんなは何事かと覗き込んでいる。

 言おうかどうしようか迷っていたが、呟くように僕は口を開いた。

「・・・この機内の音声は、くしゃみの音から針が落ちる音に至るまで記録監視されているんだよ。」

 それを聞いて将軍は真っ青な顔をする。

 どうやら自分で命令した事なのに、完全に忘れていたらしい。

「じゃぁ、今までの話は・・・。」

「三軍情報監視室まで筒抜け。さらに言えば、この機内にいる部隊全員が聞き耳立ててたんじゃないかな。」

 はずかしい、本当に恥ずかしくて気が狂いそうになった僕は、うなだれて倒れるようにシートについた。

 NYまでの道すがら、妙に無口になる乗客たちであった。



 ここまで機体を操縦した兵達と、機体を降りる際に握手をしたが、なにやら二人とも厳つい顔に潤んだ目をしていた。

 僕の横のクラウディアさんも、なにやらウルウルしているものだから立場がないというか、居心地が悪いというか。

 敬礼で別れるときに、機長・副機長・機関士が声を揃えて叫ぶ。

「元帥。我々も、我々全空軍兵も元帥の家族であります!!」

 倒れるかと思った僕を、横に居たクラウディアさんが支える。

「・・・私も、家族だと思ってもいいですか?」

 頬を赤らめた彼女を見て、自らの迂闊さというか情けなさにのろいを唱えずに入られなかった。

 暫く、この、とても恥ずかしい台詞を、何度も何度も聞かされ続けるのだろうと思うと、気が遠くなるようであった。



 ニューヨークでの会場は、某ホテルのワンフロアをこの日のためにぶち抜いて作ったそうだ。

 今回はホームパーティーとか言っていなかったので、それなりに覚悟していたのだが、それでも来客の数に圧倒されていた。

 UN軍関係者はもとより、モイシャン・鈴両家の関係者や、マック・スティーブなどの家族・関係者・来客などがひしめいていた。

 各界の著名人も入りという話だが、その各界の著名人とやらに知り合いは殆どいないので安心して会場を練り歩いていたのだが、世の中はそんなに甘いものではなかった。

 東京の通勤電車のような混雑振りの会場内を僕が歩くと、ひと三人分ぐらいの隙間が出来たり、僕に向かって視線を向けてひそひそやっていたりと意識の集中を大きく感じる。

 そんな中でも周囲が気にならないのか、僕に話し掛けてくる男性/女性がいるが、殆どが昨年カナダで行われたパーティーの出席者で、グッテンねーさんに取り成しを・・・という申し入ればかりだった。

 僕としては話ぐらいしてもいいのだが、グッテンねーさんはこういう人づての頼みごとを大きく嫌っているため、そのことを話すと意気消沈して離れていった。

 十五人目におんなじ回答をしたところで、目麗しい女性たち五人に囲まれた。

 にこやかな微笑みはいいのだが、彼女達の視線は極めて無遠慮なものだった。

 上から下まで舐めるような視線は、あたかも奴隷の品定めをしているかのようであり、頭からかぶりつく予定のチョコパフェを睨むようであり。

「ハイ、ご機嫌かしら?」

 中央の女性が、上半身の殆どの肌を露出しているかのようなドレスで言った。

 メッシュ地で肌の色の全体がわかる状態で、ごく一部しか完全に隠されていないその体を均一なプロポーションに保っているのは節制と管理なのだろうか?

 そんなことをボーと考えている僕を見て、周囲の女性もクスクスと笑っている。

 それがなんとなく癇に障る。

「何か御用ですかな、お嬢さんがた。」

 何の感情も含めない調子で言うと、明らかの女性たちは気分を害したようだった。

「いえ、学園生徒のガリベンさんに、このようなパーティーの作法はご存知ないかと思ったもので、親身に教えて差し上げようと思いましたのよ。」

 言葉ばかりは馬鹿丁寧だが、聊か何かを含む様子だった。

 アメリカ関係のチーム関係者だろうか?

「それはあり難いですが、私も少々思うところあって無作法を演じさせていただいております。それが皆様の気分を害したようで、心からの謝罪を。」

 礼儀作法の一端を、グッテン姉さん仕込みで発揮すると、周囲の雰囲気は柔らかなものになった。

 一応主催は身内なのだ、ぶち壊すようなことはできないものねぇ。

 軽く一礼して離れようとする僕を、にやりと微笑んだ女性が僕の脇に来る。

「まぁ、そうでしたの。 こちらこそ失礼いたしましたわ。 貴方がカナダくんだりの田舎者と肩を並べていたもので、私勘違いしておりましたの。 物腰もおっしゃり様も極めて綺麗な言葉使い、ジェントルマンでいらっしゃいますのね。」

 一転してこびた調子に、僕の頭の中の警報は最大音声で鳴り響く。

 カナダの田舎ものって、やっぱり彼女たちかなぁ・・・

 ということは、彼女達と何らかの対立関係にあるんだろうに。

 仲間の敵はやっぱり敵か、警報なるよなぁやっぱり。

「いえ、私自身、極東の蛮国生まれですので、ジェントルマンには程遠い身分です。 ですが、私に礼儀作法や言葉使いを教えて下さったのはとても気高い心をお持ちのアメリカ人女性で、彼女の薫陶あればこその私なのです。」

 まぁ、と彼女は微笑んだ。

「では、その素晴らしき女性に乾杯いたしません事?」

 彼女は手にとったグラスを自分と僕に握らせた。

 僕は苦笑でそれを遮る。

「申し訳ありません、この記憶は乾杯のためのものではなく、私と私の家族のための記憶です。 大変失礼なのは理解しておりますが、ご勘弁ください。」

 幾分彼女の機嫌を損ねたのは解った。

 これで離れてくれないか、と期待したが、彼女は再び微笑んだ。

「今この場にいない女性にも御やさしくらっさるのね。」

 ほんの少しだけ考えた彼女は、とろけるような微笑を浮かべた。

「では、今宵、貴方と出会えたことを祝って乾杯させていただけません?」

 さぁ~てっと、どうしたものだろうか?

 光の速度で思考した僕は、思った言葉を引っ張り出した。

「よろしいでしょう、貴女との出会いと別れに、乾杯。」

 流れるように乾杯した僕たちだったが、彼女はちょっと眉を寄せていた。

「出会ったばかりで別れを口になさるのは、少々無粋ではありませんか?」

「人は必ず二度挨拶します。それは、出会った時と分かれたとき。出会いを祝し、別れを悲しむ。 私は今、貴女と出会い、そして別れました。 お互い再び会える事を祈りましょう。」

 硬い笑顔で別れを言いわたし、背後から追いすがろうとする彼女の気配を引き離し、その場を去った。

 人垣が割れた先にいたのはモイシャン・鈴両家族。

 二人の父親は驚嘆の瞳を僕に向けていて、二人の夫人も驚きを表情に表していた。

 それより印象的なのは、張り付いたような笑顔でいる二人の少女の存在。

 彼女達の視線は僕の背後に向かっており、僕の勘違いでなければ先ほどの女性を見ているのだろう。

「ね、ねぇ、リョウ。 今の女性、誰だかわかっているの?」

 レンファの台詞に僕は無防備に振り返ると、彼女が烈火のような視線でこちらを見ているのが見えた。。

 夜叉もかくやという視線に僕が肩をすくめて見せると、ゆっくりとイブがこちらを向いた。

「夜叉のようなあの女性は誰なんだい?」

「・・・北米社交界で最も有名な女性。」

「それって君たちのことじゃないの? 僕はそう聞いてるけどね。」

「ある意味、私たちの上に行く人。男性は一目でみんな骨抜きにされて、女性は一目で彼女のことが嫌いになるの。」

 それは有名だろうなぁ、と感心してしまった。

「僕もあんまり好きなタイプじゃないなぁ。」

 ともなると、僕は女性的なのだろうか?

 それを聞いて、イブもレンファも絶句していた。

「あ、あのさ、リョウ。 彼女に近づくと、ぞぞぞってこない?」

「ぜんぜん。」

「じゃぁ、彼女に近づかれたとき、頭の中が真っ白にならなかった?」

「全く。」

 傍で聞いていた二組の夫婦は思わず感嘆の声を上げた。

 なんでも、パーテー会場に限らず、彼女が歩く先には餓えた男の人垣が出来、彼女がその気になればどんな男であろうとも彼女に従ったとか。

 政府官僚すら彼女のいのままで、今回のパーティーもその人脈を使って入り込んだらしい。

 気の利いた人間なら絶対に近づかないという人間なのだが、無防備に僕が近づいてしまったのを見て関係者の誰もが臍をかんだという。

「ぞっとくるわけ、無いじゃない、彼女の意識誘導って未熟だもの。自分の容姿を中心にした不確実性の高い自己流だから、不発も多いんじゃないのかな?」

 言われて二人の美少女は顔色をかえた。

 改めて彼女たちが受講している分野の知識をもって周囲を見た途端、府に落ちたという表情になった。

「・・・意識誘導だったんだ・・・。」

 呆然と呟くレンファ。

 イブなど目をまん丸にしている。

「・・・で、でも、なんで。 彼女結構な使い手だわ。」

 僕からしてみれば、イブやレンファを越える使い手ではない。

「アマンダ研究所のお姉さま方に比べれば、お遊戯みたいなものさ。」

 何せ僕らのチームは、学園内で最も危険な催眠意識誘導研究組織と友好があり、彼女たちの度重なる魔手を退けるために、自らの意識下へ対意識誘導プロセスを仕込んでいるのだ。

 そんなめんどくさい事を始めたのも、調整休暇での被害に基づくものであり、ルーキー以外の男子学園生徒の間でも使用者が拡大しつつある。

 拡大しつつあるが、免疫性の無い人には禁止している「対意識誘導防壁」。

 実は結構精神的な負荷が大きい。

 あまりそれに頼ると、意識のギアが低いところで固定されてしまい「鬱」状態となる恐れがあるので多様は禁物だ。

 とつとつと僕が語るその内容を聞いて、二人の美少女は目を丸めた。

 実は彼女たちにも内緒にしていた話。

「・・・最近、リョウの感応が鈍いのはそう言う所為なの?」

「いやぁ、ほら、君たちも最近バリバリ意識催眠誘導かけてくるから、それなりに防御しないと・・・ねぇ?」

 むぅ、とむくれかけた少女であったが、気を持ち直した。

「じゃ、この会場内の国連学生全員、彼女の意識誘導にはひっかからないの?」

「そうだね、マックの意識誘導防御が一番出来悪いけど、彼女程度では落とせないよ。」

 にっこり微笑んだ僕を、意地悪そうに見つめるイブとレンファ。

 こういう表情をするときの彼女たちってば、とっても怖いんだよねぇ。


 パーティーが終わる頃までに、この程参加していた国連学生男子全員が某女性に面会し、そして談笑のあと離れていったという。

 誰も再度彼女に話し掛けることが無かった事に絶望した彼女は、今までの名声も名前も捨てて修道院に入ったとか。

 さぞや主も扱いに困るシスターが生まれる事だろう。



 馬鹿なことをやっている傍ら、会場を回っている僕。

 ぎとぎと親父と談笑は避けたいなーと思っていると、いくばくかの集団の中で、ちょっと浮いている空間を発見。 僕はそこに身を寄せた。

「やあやあ、洋行さん。」

 くいっと肩を掴むと、彼はビクリと体をふるわせた。

「なんだ、リョウか。」

 ほぅ、と息を吐いた洋行さん。その陰に隠れるようにしている初老の男女が居る事に気付いた僕は深々とお辞儀をする。

 するとその男女も恐縮した風にお辞儀した。

「紹介するよ、俺の両親。」

 照れくさそうにしている洋行さんの横で、男女は恐縮しきった様子でぺこぺことお辞儀を繰り返す。

「ご両親、そんなに頭を下げないでください。洋行さんには学園内でとてもお世話になっているんです。目下の、息子ほどの子供なんですから、気楽に話してやってください。」

 にっこり微笑んで2人に握手すると、緊張しきった様子であったのがほうぅっと抜けたようだった。

 立食パーティーでもちゃんと休憩用のテーブルが用意されていたので、あれやこれやとテーブルに持ち寄って、ご両親と洋行さんとで話を始めた。

「おえらい元帥のお友達が居るというから、どんな人かと思っていたが、ほんにいい人でよかったぁなぁ。」「ああ、ほんによかったぁ。」

「おかぁ、おとぅ、おくに言葉まるだしだぁ!」

「ええだよ、なぁ、元帥さん。」「そうさぁ、ここじゃぁおくにもくそもねぇ。」

 にこやかな笑みの2人を見て、僕はまるで囲炉裏を囲んでいるかのような気分になって、とても和んでしまった。

「そうですねぇ。 日本語どころか英語にだっておくに言葉があるんですから、気にしない方がいいですね。」

「ほんとかぁ、元帥さん。」

「本当ですよ。英語を使う国には使う国特有の訛りがあるんです。だから気にしない方がいいんですよ。」

「なるほどなぁ、さっすがは学園の学生さんだぁ。」「おっとぅ、自分の息子もおんなじだぁ。」

 かっかっかと笑う二人を、恥ずかしそうに見ている洋行さんであったが、いつのまにか周囲に自分のチームが集まっている事に気付いた。

「ヨーコ、ご両親だって?紹介してくれよ。」

 JJがマックがスティーブが、皆が洋行さんにひっついてゆく。

「あんれ、みなさんべっぴんさんばかりだなぁ。」「男にべっぴんはないさぁ」

 けたけたと笑うご両親の会話を通訳した僕の話を聞いて、チームは面白そうに笑っていた。 真実に面白いと思えたのは、洋行さんも含めた全員が、本当に別嬪だったからに違いあるまい。

「よかったよぅ、勉強しかできねぇいなかもんでも、こんなにお友達ができたんだなぁ。」

「ああ、よかったよう、おとう。皆いい人見たいだなぁ。」

 純朴な笑顔の両親の前で、はにかむ洋行さんを見て、僕まで嬉しく思えてしまっていた。



 油っけたっぷりの立食パーティーの後に行われたパーティーは、学園学生とその家族参加のこじんまりとしたものだった。

 当然アメリカ組に加え、洋行さんのご両親も出席したのだが、自己紹介の席で僕は度肝を抜かれた。

 洋行さんも目が点になっていた。

「はじめまして、私は洋行の父、重三郎と申します。星のめぐり合わせか地の導きか、このような席にお招きいただき、大変光栄に思っております。息子共々、これからもよろしくお願いいたします。」

 とても低く格好の良い声が響き、思わず眩暈を感じるような言い回しだ。

「はじめまして、洋行の母、フサと申します。主人共々旅館経営にいそしむ日々に、このような晴れがましい席に及びいただけた事を、まことに嬉しく思っております。出来ましたら、この出会いをよりいっそうの喜びに換えられることをと神に祈り止みません。」

 落ち着き払った淑女の弁に、僕と洋行さんの視線は泳いでしまっていた。

 二人の挨拶の後、弁の立つ将軍や、モイシャン・鈴両親をも喝采の拍手をしている。

 言葉の内容もまとまっているが、その語調、表情などは、そのまま選挙にも使えるような好感に満ちたもので、先ほどのおくに言葉を連想も出来なかった。

 音もなく指を痙攣させて洋行さんに『どういうこった?』とモールスを送ると、彼も『わからん、わからん』を繰り返すばかりであった。

 歓談を始めた周囲から人が立ち、洋行さんの両親を取り囲むと、2人とも流暢な言葉で応答を始めている。

 時々ウイットに富んだジョークなどを交えている姿は、社交に長けた人たちに引けを取るものではない。

 ちょっと考えていた僕の横でレンファがにこやかに言う。

「よくあることよ、話す言語によって人格が代わるって言うのは。」

 なんでも、英語やフランス語を始めて話す段階で、姿勢や言動の方向を教わったときに言語の性格が決まるそうだ。

 多分ご両親は、とても古風な英語の使い回しを真剣に習ったのだろうというのがレンファの予想だ。

「リョウの英語も、とても古式ゆかしい言い回しだから、そのへんで教授陣の受けもいいらしいわよ?」

 会話の基礎を叩き込んでくれたパットさんに感謝感謝。

 そのパットさんは、楽しそうに洋行さんのご両親と話している。

 彼女の話し方は、確かに僕も「自分と似ている」と思えるものだった。

「言葉の喋り方も、世界への見識も彼女が先生でね。感謝しても感謝しきれないよ。」

「・・初恋の人かしら?」

「そのへんは秘密、だよ。」

 にこやかに微笑んで、手元の料理を口にしようとした僕のほっぺたが引っ張られる。

 いつもの笑顔であったはずのレンファは、ちょっと頬を膨らませて僕のほっぺたを引っ張ってる。

「な、なにかにゃ?」

「やっぱり、リョウって年上すきなのね。」

 彼女の本気は目を見れば判る。

 最近レンファのアイスビューティー然とした所が崩壊してきている気がするのは気のせいだろうか?

 まぁ、それはそれで可愛いからいいんだけれども。

 眉を緩めた僕の苦笑で、何かを感じた彼女は頬から手を話す。

 僕はゆっくりと耳元に口を寄せて囁いた。

「やっぱりさ、男の子っていうのは母親の影を追うものなんだよ。」

 はっと彼女の顔色が変わる。

 内緒だよ、と囁いて僕は席を立った。

(やっぱ、卑怯だったかなぁ。)

 そう思って振り返ると、いつのまにかレンファはその席に居らず、僕の横に立っていた。

「あら?」

「・・・卑怯者。」

 笑顔の彼女はぼくの頬を引っ張る。

「でも、許してあげる。」

 ぱっと離すと、その手を僕の腕にからめた。

 魅惑の肉体を、これでもかと引っ付けてくるもので、僕はどきまぎとしてしまう。

「・・・ご両親も見ているのに、ちょっと大胆過ぎないかい?」

「パパもママも、・・・ほら、GOサインで応援してくれてるじゃない。」

 どういう親だか、鈴夫妻は親指を立ててグッと下に向けて下げた。

 瞳は「狩れ!」とか言ってるし。

 両親不在天涯孤独の若造に娘をけしかける親って、どんなもんよ?

 横ではモイシャン夫妻とイブが悔しそうに歯噛みしている。

 なんでイブはこっちに来ないのかな? と思っていると、その疑問をレンファが解消してくれた。

「イブとジャンケンして、勝ったほうが今日のリョウを独り占めできるって事になってるのよ。 もちろん、間違いはお互いに起こさないって約束でね。」

 何と言うか、恐ろしい女の子達だと思う。

 その後押しをする親も親だな。

「・・・もちろん、リョウがその気になったら話は別よ。」

 肉食巨獣の色合いで僕を見る目、背筋が寒くなるのと同時に死への甘美な誘惑を感じないでもない。これは男性特有の感覚ではないかなぁと感じたり感じなかったり。

「ま、フェアにいこうよ。・・・僕はもう少しだけ時間が必要なんだ。」

 きょとんとした顔のレンファに僕は囁くように呟いた。

「あと二年もすれば元帥の役職からも一般学生の立場からも外れる。そのときに僕がこの学園に入った本当の目的を嫌でもわかると思うから。・・・そのときまで君達は待っていてくれるかな?」

 僕の腕を彼女はぎゅっと抱きしめた。

 その笑顔で答えを知った僕は、何となく気恥ずかしい思いで一杯になった。

 しかし、モイシャン一家の炎のような視線は忘れやしない。

 その視線だけで、世界を焼け野原に出来るような威力を僕は感じていた。



 アメリカ国内での行事はこのパーティーで最後なのかと思いきや、けつかっちんのスケジュールがやってきた。

 UN士官学校の卒業式への列席であった。

「いまだ、学園を卒業もしていない阿呆学生を来賓に呼んでどうしようって言うんですか」

「少なくとも、卒業仕官の第一希望トップが元帥府所属なのですから、顔ぐらいはお見せしないと罰が当たりますわ。」と、クラウディアさんの弁。

 がっくりうな垂れる僕の両脇に、二人の美少女が立つ。

「付き合ってあげる。」

 イブとレンファは、まるで囚人を連行するかのように僕の両脇に立ち、ずるずるとひきずっていった。

 残りのメンバーはニューヨーク見物とか。

 あの人数で国連学生がNY見物って、パニックを演出しに行ったのだろうか?

 気が知れない。

 彼らは昨年の東京見物での騒動を忘れたらしい。



 UN仕官宿舎に泊まる事になった僕たちは、その豪華さに目をむいた。

 一流ホテルと遜色の無い室内に思わず身を引く。

 いや、一流ホテルというものにも泊まった事無いけど。

 ビジネスホテルの三部屋分はあるかという部屋を見回して感嘆の息を漏らしていたが、どうやら同規模の部屋が後二つくっついているとか。

 そんなに部屋があってどうするのかと思いきや、将官とその随行武官の部屋と応接室だそうだ。

 なるほど、無駄に広いわけではないらしい。

 宿舎の担当管は、自らの感動を何度も何度も繰り返しながら、僕とクラウディアさんのを部屋に案内する。

「ちょっちょっと! じゃ、クラウディアさんリョウは同じ部屋だって言うの!?」

 目を三角にしたイブが、担当官に詰め寄る。

「当然、元帥と随行武官殿は同室です。」

 何の疑問も無い答えに、血の赤の瞳をたたえた視線が僕を襲う。

「ま、まって、まってくれ。随行武官の部屋は、どちらかといえば部屋が繋がってる別の部屋なんだよ、ドアで繋がってるだけで、倫理に反する行為は絶対にしない、ほんと!」

 とはいえ、いつも学園でも僕の着替え中だろうとなんだろうとかまわずクラウディアさんは現れるわけだけど、そのへんは言わないほうが良いだろう。

「では、武官殿はこちらの部屋に、元帥閣下はこちらに。」

 そう言って通された部屋で、思わず感嘆していたわけだ。

「元帥、お茶でもお入れしましょう。」

 そういって担当官が備え付けの茶器で紅茶を入れてくれる。

暖かで芳醇な香りの紅茶を見て微笑んだ。

「いつから先行潜入しているんですか? ミスズ曹長」

 担当官はにやりと微笑み、一礼をする。

「御慧眼、恐れ入ります。」と。

 あてずっぽうというわけじゃないけど、なんとなくそんな予感がしていたのでいってみただけなのだが、まーなんというか、期待を裏切らない展開だ。

 先ほどとは違い、まるで仮面のような顔で彼女は言う。

「・・・何処でお気づきに? 聊かの不自然さもなかたっと自負しておりましたが。」

 先ほど感じた違和感を、口に出してみた。

「さっきの勢いでイブに絡まれて、一歩も引かなかったのは不自然だったかな?」

「なるほど、参考になりました。」

 そういって彼女は音も無く瞬間的に消えた。

 無論本当に消えたわけではない。

 僕の錯角の方向に高速で移動したのだ。

 つまり今彼女のいる方向は・・・

 ぐっと椅子に座ったまま後ろを振り返ると、顔を真っ赤にした担当官がドアから出ようとしていた。

「・・・今度からは気付かないフリをしてください。」

 了解。


 一晩ゆっくりとしたかったけれども、そうそう休ませてくれる予定ではなかった。

 ざっと身づくろいをしたところでクラウディアさんからの呼び出しかかかった。

 無論、これは初めから準備されていた公務。

 開いたドアでは、さっと敬礼する姿を見ればわかるとおりの「軍人さん」モード。

 僕も練習していたように軽く敬礼をしてそれを受ける。

「2300、晩餐会への参列へ同行いたします。」

「同行を許可します。」

 あたかも自然に歩いているようで、歩幅やリズム全てに規定があり、地位が上がれば上がるほどそれを強要されている。

 それが軍というものなのだそうだ。

 歩き方や敬礼と言うこれの練習と言う時間が毎日とられていて、全くをもって参った。

 歩きつづけて十数分、会場の入り口にやってくると、四人の衛視が待ち構える。

 陸軍空軍海軍の各隊と元帥府から一名が敬礼をしている。

「ご苦労様です。」

 一声をかけて進み行くと、内側からドアが開いた。

 内側にも四人の衛視がいて、敬礼している。

 こんな事をさせるために研究職の皆様を呼んだわけではないのだが、彼らも面白いとばかりに参加しているらしい。

 クラウディアさんから聞いただけなので、事の詳細はあとで確認しよう。

 開かれた会場は既に開会されていた。

 見渡す限りの会場に、士官候補生たちが着席している。

 みな僕よりも年上のはずなのに、目下の僕がこんな偉そうでいいのだろうか?

 疑問は感じたが考えないようにして中央を進むと、自然に周囲から拍手が沸き起こった。

 なんでかなぁ、という疑問もあるが、これも端っこに置く。

 クラウディアさんとともに会場上座の席に着席すると、当施設の最高責任者が起立をした。

「さて、諸君。君たちがこの程無事卒業するにあたり、この会を盛り上げる人物を紹介しよう。 君たちを含めた人事を直接操作してくれた国連三軍最高責任者だ。」

 ばっと広げた士官学校校長は、僕に向かって手を差し伸べた。

 あわせてゆっくりと立ち上がると、自然にわきあがる拍手が会場を席巻する。

 その拍手が収まるのを待って、校長は言葉を続けた。

「・・・以前、国連陸軍主計局参事官であった私を、この士官学校に前準備もなく移動させた暴挙は、聊か常軌を逸するものがあるとかたくなに信じていた。」

 僕は心の中で冷や汗をかいた。

 やっぱり不満に思っている人間がいないなんてうそだよなぁ、と。

「国連軍を動かせる人間は、中核にいるべき人間は私しかいないはずなのだと盲信していた。」

 んー、たしかにこの人の事務能力は凄いものがあるって言う定評があった。

 だから奇を狙い人事的な閑職とも言える士官学校の校長なんかにしたのだけれども、その本人に会う事になるとは思ってもいなかった。

 やっぱり不満だよなぁ。

 握った拳が震えてるし。

「・・・しかし!」

 どん、と力強く拳がテーブルに叩きつけられる。

「私は間違っていた、間違っていたのだ。」

 熱く、熱く涙を流す校長は肩を震わせていた。

 あたかも青春学園ドラマの先生のように!

「誰よりも軍を愛する私は、いま、この場にいることを心から感謝をする。」

 ばっと差し伸べられた右手は、無理やりに僕の右手を握っていた。

「彼らの卒業を、彼らという素晴らしい原石に会わせて頂いたことを、心から感謝させていただきます!!」

 ぶんぶんとシェイクハンドを繰り返す校長は夢を見るような表情で東陶と語りつづけた。

 僕はというと、熱にうなされてういるときに見る悪夢を見ているかのような気分。

「・・・ああ、私にかけていたものがここにあり、彼らが求めるものを私が与える事が出来たのです。彼らは未熟だ、そして私も未熟だったのです。それを知る事が出来たのは、全てあなたのおかげです!!」

 声を震わせて叫ぶように感謝を声にする校長を見て、規律と自制を旨とする士官候補生たちはどんな風に見ているかと思いきや、誰もが熱い涙を流しているのが見えた。

 見渡す限り全員が!

 ・・・なんだなんだ、この性質の悪い宗教集団のような目は?

 選挙集会のような居心地の悪さは!!

 そ、そこそこ、クラウディアさん、うるうるとこっちを見ないように!

 あ、あねさんも瞳をうるませて敬礼なんかするな!

 モヒカンさん、あんたもぼろぼろ泣くなー!

 あー、もう、俺をそんな目で見ないでくれ!

「イズミ元帥、我が子達をよろしくお願いします!」

 がっつりと抱擁を決める校長の腕の中で、もうどうにでもしてくれと投げやりになっていた。


 糸の切れたマリオネットのようになった僕は、機械的な動作で食事を終えて控え室へと移動した。

 なんでも士官学校恒例のダンスパーティーがあるとかで、来客は強制参加だそうだ。

 で、強制は良いんだけれども、なぜか大量の奇妙な衣装の山が用意されていた。

「なんですか、このテレビ局の衣裳部屋みたいなのは。」

 思わずクラウディアさんに聞くと、彼女は苦笑を浮かべていた。

 彼女の話では、例年来客としてくる三軍将軍たちが参加する際、この中の衣装から任意に選んで仮装するそうだ。

 参加する士官候補生たちも思い思いの仮装をしているそうだという。

 JJ空軍将軍は昨年マリリンモンローの仮装をして、好評を博したとか。

 どこからか送風機を持ち込んで、スカート巻上げまで敢行し、大ヒーローだとか。

 趙陸軍将軍とシン海軍将軍は、気恥ずかしさのために受けを取れなかった事を今を持って悔やんでいるとか。

 とはいえ、僕がここで頑張っても意味が無い事なので、目下の衣装を検討。

 やはり、白黒ネズミか?

 いやいや、クラウディアさんを巻き込んでデュオな仮装も・・・。

 ・・・南洋の小美人はマニアックすぎるな。

 しばらく夢想している僕を、背後から僕を取り押さえる人が多数。

 何処から現れたか学園のチームのご一行様。

「リョウにはリョウの仮装があるじゃない!」

 そう言ってレンファが取り出したとランクケースは、ヒサナガ研究室のロゴ入り。

「今回はばれてもいいから、人工声帯無しね。」

「ま、まて、まちなさいってば! 流石にここではそんな格好はしたくないってば!!」

 皆を跳ね除けようとする僕を、ミスズ軍曹が現れて制止する。

「元帥、この仮装パーティーには軍内不穏分子のいぶりだしの意味があります。頭部はお守りしますので、ヒサナガスーツで体の防弾を・・・。」

 真剣なその表情に、僕は負けた。

 彼女の口元が微妙につりあがっていたのは見なかった事にしようと思うことにした。


 ばれる事が前提なのでウイグをつけず、化粧と仮装だけにした。

 一応、短髪のままだとばれすぎるので、ちょっとだけ着け毛をしたけど。

 小道具のかんざしを適当に挿して、七五三に着るような晴れ着を一気に袖に通す。

 ・・・が、ヒサナガスーツでは胸が大きすぎる。

 しようがなくタオルを総動員して形を整えた。

「ねー、リョウ。草履が無いけどどうする?」

「いいよ、着物で足元隠すし。」

「ねー、着物なのに下着着てていいの?」

「あー、最近はいいの、最近はつけててもいいの。」

 三人がかりで仕上げた着物は、本格的な和服でないものを本気で着たものになった。

 ちぐはぐな仮装でも古式に則ってきれば、聊か羽目を外した格好になるが、ちゃんと和装になるものなのだ。

 あとは、ちょこっと化粧と紅さしだけ。

「でーきたー!」

 イブとレンファは出来上がりに喜んでいたが、僕自身は暗澹たる思いだ。

 しかしながら、仮装衣装に防弾性は無いらしいし、ミスズ軍曹というプロの意見もあるのでいたしかたあるまい。

 一応、学園内の試験では、対戦車ミサイルを直接叩き込んでも衝撃伝導率0だったものなー。

 きゅっと姿勢を伸ばして正面を見据えた。

「じゃ、いきますか・・・。」

 静々と歩みを進めつつ、会場へ続く通路を覗き込むと、そこはサバトであった。

 魔女がいたヘラクレスがいた熊がいて猫がいた。

 アメリカンコミックヒーローは言うに及ばず日本で見慣れたコミックキャラクターや、ウエスタンヒーローたちが嬌声を上げている。

 男だったり女だったりどちらかわからなかったりと言うありさまで、続々と会場に正体不明な連中が流れ込んできていた。

 例年、この人の流れの中に乗って来賓が入場していると言うので、僕も列の端っこから参加した。

 みんな軍人歩きなのですり足だと苦労するなぁ、とか思っていると横にいたハンプティーダンプティーが口笛を吹いた。

「ひゅぅ、こいつぁー驚いた! すげ-美人がいるじゃねーか!!」

 ニヤニヤ笑いの猫が、その顔に驚きを浮かべる。

 とんがり鼻の魔女(の格好をした身長2メートルの男)がなにやら叫び声を上げている。

「あ、あのさ、きみ、だれ?」

 金髪のコミックヒーローが僕に覗き込んだ。

 声を出してはばれるなぁ、ばれるのはもう少し逃げたいなぁとおもったので、困ったように微笑むと周囲はわっと声を上げた。

「うひゃー、かわいいー!」

「おいおい、こんな日系の女子っていたかよ!?」

「まてまて、和服なんて仮装で手配したなんて・・・」

 整然と歩いていたはずの列が乱れたのを見て、歩哨の兵が声を上げる。

「総員、整然と歩け!!」

 瞬間、今までの騒ぎが嘘のように消え、先ほどのように整然と兵隊歩き。

 半ば安堵の息を漏らす僕を見た歩哨の兵は微笑んでいた。

 モヒカンさんの顔で。

 助かったよ、モヒカンさん。

 でも、涙の跡は拭いておこうね。


 全員が会場内に入ったところで始まった仮装パーティーは、大まかに分けて三つのグループに分かれている。

 陸海空ではなく、女性・男性・異性に仮装しているの三つ。

 僕はと言うと、男性グループと異性に仮装しているグループの間に立っていたのだが、どうも両方から声をかけられて困る。

 ダンスとかそう言うものには向かない服装なので、壁の花として立っていればいいかと思っていたのに、思いのほか煩わしく会話をしてくる人間が多い。

 やれ参謀本部への配属が決まって人生が約束されているとか、広報関係でアパレル関係ともリンクが取れるとか、出身がどこかとかとか。

 何処の隊の人間かとか配属はどこかとか言う質問は何度されたかわからないが、全て困ったように微笑んで切り抜ける。

 こっちからはしゃべらないのだから、相手も諦めるかと思いきや、なぜか鼻高々と自分自慢を始める始末。

 なにを思って自分の学歴や成績の話をしているのだろうと、思わず疑問を感じてしまう。

 今までした事なんて関係ないのじゃないだろうか?

 これからなにをするか、全てはそこにあるのだろう。

 信用や実績はいつも付いて回るし、それ自体は軽いものじゃないけど、そればかり口にするのはどうかと思う。

 まいったなぁ、と思っているところで、津波のように人の波が押し寄せてきた。

 境界線を割って現れた女性グループであった。

 あれよあれよと言う間にらちられてしまい、女性グループのエリアまで連れ去られてしまった。

 まいったなー、と思っているところで、このグループの首魁と思われるキャットピープルがにやりと微笑んだ。

「・・・イズミ元帥でいらっしゃりますね?」

 あちゃ、ばれちゃったよ。

 思わず顔を顰めて片手で右半分の顔を隠すと、キャーとかわーとか言う嬌声とウソーとか凄いとか言う叫び声が上がった。

「ほ、ほんとうに、イズミ元帥閣下でいらっしゃるのですか?」

 驚きを隠せない顔でキャットピープルが言うので、僕の素顔的な苦笑で頷いた。

 ほうぅ、とため息を漏らした彼女は、ぎゅっと僕を抱きしめた。

 ずるい!とかいう声と共に、わらわらと女性士官候補生が群がる。

「・・・あー、あんまりそう言うことは避けて欲しいなーと・・。」

 呟くように僕が言うと、キャットピープルににらまれてしまった。

「駄目です、駄目です、しゃべっちゃ駄目です!」

 あー、なんだかなぁ。

 思わず僕は絶望的な思いで上を見上げてしまった。

 代わりばんこの抱擁が済むと、いつの間にか女性グループの最深部に引っ張り込まれていた。

 飲み物や食べ物を皆が持ってきてくれるので楽だが、全員の視線がぎらぎらとこちらを見ているのが怖かった。

「えーっと、こういうのって、招待客の正体が割れたところで開放してもらえると聞いているんですが・・・。」

「駄目です、しゃべっちゃ駄目です!」

 ツインテールマーメイドがおいたおした子供をしかるように指を立てる。

 何でしゃべっちゃだめかなぁ、そう思って声色を変えてみた。

 最近は人口声帯を使っているので使わないけど、一時期これで実入りを支えていたのだ。

「ねぇ、なんでしゃべっちゃいけませんの?」

 ちょっと低いが女性っぽい声でそう聞くと、ツインテールマーメイドは目を見開いた。

「ま、そう言う声ならいいですよ。」

 にこやかなマーメイドは僕の横に座った。

「確かに例年なら、正体が割れた時点でご退場いただいています。」

 各軍の将軍がいては、いくら無礼講でも盛り上がりに欠けるからだ。

 さらにいえば、軍上層部の馬鹿な格好を肴に乾杯し、そのごは学生だけで盛り上がるというのも通例で。

「ならなんで僕は退場できないの?」

「良いじゃないですか、同年代の最高責任者なんて稀有の経験ですもの。私たちもこの無礼講をもっと楽しみたいんですのよ。」

 まーいいけど、と手渡された水に口をつけると・・・。

「ぐ、・・・これ、ウォッカじゃありませんか?」

「ええ、これ幸いと元帥を酔いつぶしてしまおうかと思いまして。」

 にやりと微笑む女海賊。

「それでは、その挑戦お受けいたしましょう。」

 にこやかに微笑む僕に、周囲がビールジョッキを運び始めた。



 死ぬ寸前と言うものが存在する。

 まさにろうそくの炎が燃え尽きる寸前に燃え上がるような。

 ここ2時間ほどの記憶が無いのだけれども、意識を取り戻してみれば、一人中庭のベンチで日本酒を傾けていた。

 いや、一人と言うわけではない。

 ゲロまみれのバットマンや半裸のアマゾネス、60年代の宇宙飛行士に悪魔の格好の女の子。

 さてさて、勝ったかまけたか?

「正気にお戻りですか?」

 背後で聞こえるのはクラウディアさんの声。

「ん、あ、うん。なんとか・・・意識が戻りました。」

 ほぅ、と安心したかのようなため息が聞こえた。

「今夜の御乱行、伝説となるでしょう・・・。」

「で、でんせつ? 御乱行?」

 振り向くとそこには、いつもとは違った、とても可愛らしくメイクされたクラウディアさんがいた。

「あれ、メイクイメージ変わりましたね?」

「これは元帥がなさったんです。」

 え? と思考を引っ掻き回すが記憶に出てこない。

 不意に感じた気配に振り返ると、そこにはミスズ軍曹が。

 しかし、このメイクは・・・。

「おばんでやす。」

 極めてドスの聞いた声でミスズ軍曹はにこりともせずに呟いた。

「あの、ミスズ軍曹?」

「おばんでやす。」

 助けを求めるようにクラウディアさんを見ると、彼女も沈痛に眉を寄せていた。

「・・・彼女は、自らの正体を明かそうとする元帥を押えたまではいいのですが、そのかわりに元帥から花魁のようなメイクとウィグを強要され、さらに・・・・」

 涙を拭うクラウディアさんを見たあと、再びミスズ軍曹を見ると・・・

「おばんでやす。」

 ごめんなさい、もう深酒はいたしません。



 最後に収容された士官候補生は一時間も寝ていないであろうはずなのに、僕らが出立する朝食の席には全員がぱりっとした格好で臨んでいた。

 無駄なく、機敏なその姿に感嘆の息を漏らすと、校長は満足そうに頷く。

「遊ぶときには死力を尽くし、仕事にも全力で臨む。これが実践できてこそ国連軍仕官です。」

 必死でにこやかな笑顔をうかげて頷くと、校長は満足そうに再び頷く。

「ときに元帥閣下は、どのような仮装をなさったのですか?」

 公式には僕の仮装はばれていない事になっているが、女性仕官の大半にはばれてしまっている。

 視界の範囲の女性仕官が肩を震わせているのは、なにも二日酔いが原因と言うばかりではあるまい。

「あー、言わないと駄目ですか?」

「そうですなぁ、毎年ばれていますので、出来れば教えていただければ嬉しいのですがね。」

 僕が耳打ちをすると、愕然とした表情になった校長。

「で、では・・・あの、『中庭の沈黙の女神』が・・・。」

 沈黙の女神? んんでしょう?

 思わず小首を傾げる僕の耳元にクラウディアさんが囁く。

「会場から抜け出して、お一人で中庭でのんでいる所、数々の男女が飲み勝負を仕掛けてきましたが返り討ちになさったのです。」

 誰が、といえば僕なんだろうなぁ。

 唯一の僥倖は、僕自身が一言もしゃべっていない事。

「そ、そうですかぁ、素晴らしい仮装でした、感動しました。」

「感動しなくても良いです。」

「いいえ、語り草になるでしょう。」

「語るなって。」

 思わずさくっと突っ込みを入れる僕だった。



 ピンシャンとしたイブとレンファに引き立てられ、JFK空港に着いた僕らに合流したチームもなぜか寝不足の風であった。

 理由は問うまい。

 男というのは色々とあるのだよ、そんな顔で僕らは微笑みあった。



 UNの航空機に乗った僕達であったが、その機体には僕達以外の乗客が乗っていることを知らされた。

 泥酔状態のUN空軍少佐で、バカンスの途中、泥酔状態を理由に民間旅客機への搭乗を断られたために無理矢理同乗を押し通したそうだ。

 さして狭いキャビンではないので、区分けを行ってキャビンを分けたのだが、その対応が気に入らなかったらしくアテンダントメンバーの軍曹達に当り散らしていた。

 急場に設置した仕切りの為に、声もパーティーションに何かがぶつかる音も筒抜けで、最後には機長に会わせろだの、責任者出てこいだのと大騒ぎであった。

 オートパイロットになったところで、『比翼の翼号』の機長は腕まくりでパーティーションの奥へ向かおうとしたが、僕はそれをさしとめた。

「元帥、何故です?」

 ぽりぽりと頭を掻いた僕は、現在友軍機と交信している内容をキャビンに流せばいいと言う。

「し、しかし、それはあまりにも・・・」

「精神安定上悪い、ですか?」

「はぁ、はい。」

 そっちの方が酔いが冷めるはずだと僕がいうと、周囲のチームを機長は見回した。

「彼らも国連学園の生徒ですよ。自らが置かれている状況を知っておいて損はありません。」

「わ、わかりました・・・。」

 機内インターフォンでコックピットを呼び出した機長は、現在行われている通信の一部始終を機内放送し始めた。

『こちら「生贄の翼」、「ハウンド03」へ。敵機三時の方向より4、速度3.2。迎撃は不可能、至急退避されたし。』

『こちら「ハウンド03」、「生贄の翼号」へ。応えは否だ。最高の元帥閣下を見殺しにするぐらいなら、この身を盾にする所存だ。』

『「ハウンド03」、その心意気や良し! 存分に死ぬ事を期待する!!』

 ば、ばかな! 僕は全力でインタフォンを毟り取り、叫ぶように言う。

「こちら馬鹿なUN空軍の総大将、略して『空の馬鹿大将』のイズミ元帥! 死ぬな、なんとしてでも死ぬんじゃない!! マッハ3.2の敵といえば地対空ミサイルだろ? 皆でよければ素通りだ!」

『ひゅー、いいねぇ、さすがはおれっちらの総大将だ。・・・「ハウンド03」了解。』

『・・・「生贄の翼」了解。』

 がちゃりとインタフォンを戻した僕は、機長を睨む。

「・・・我々には元帥をお守りする義務がございます。」

「誰かが死んだあとで残されても、全然嬉しくない。全員で生き残れるプラン以外は却下だ!」

 だが、知っている。

 いや、この段階で理解できている。

 この旅行が終わったあとに何人もの殉死者のリストを見る事になるだろう事は。

 今通信した相手が「ハウンド03」である事を、ハウンドリーダーでない事を考えれば、おのずと知れるというものだ。

 しかし、今はそのことを言及する時間ではない。

「・・・解りました。」

 苦々しい表情かと思いきや、機長の表情は晴れやかなものだった。

『あと十五秒で当機は急上昇いたします。安全姿勢をおとりください。』

 急いで全員がシートにつくと、瞬時に機体は「下降」した!

 まッさかさまに落ちるかのような下降をした後、機体は再び急上昇、ミキサーのような期待操作のあとで、やっと機体は安定飛行に入った。

 目を白黒させている僕たちの前に、再び機長が現れてにこやかな握手を求めてきた。

「いやはや、無事ミサイルをやり過ごす事が出来ました。」

 ぶんぶんと握手を上下にして言葉を繋いだ。

「驚かれたかとは思いますが、事前に我々の情報が外部にリークされている事態がわかりまして、とっさに操作を変更いたしました。」

 それが正解でよかったと喜んでいる。

「アジアではそれを『敵を欺くには、まず味方から』といっていますよ。」

「それはいい事を聞いた。この程の説明会では引用させていただきたいと思います。」

 にこやかな笑みの機長と共に、不意に区切られたパーティーションの向こうが気になった。

 ゆっくりと開けて見ると、一人の男が大の字になって倒れていた。

 頭部などに傷が多い事から、安全姿勢をとらないで居た事がうかがえる。

「どうします? 機長。」

「無論、大切なお客様である事には代わりませんので、ちゃんと手当てさせていただきますよ。」

 彼が指を鳴らすと、床からか現れた重装備の降下隊達が男を縛り上げ、手早く床下に戻っていった。

「いいんですか? こんな事をして。」

「もちろんいいに決まっています。当機は現在暫定的な元帥府でもあります。そこで元帥閣下に不敬を働いたのですから、それなりの罰を受けていただきませんと。」

「エアフォースワンかい。」

 思わず僕は呆れた呟きをしてしまった。



 ドイツ首都ベルリンにあるUN空港に降り立つと、滑走路半分は使ったかのような隊列が並んでおり、全員が敬礼をしていたりする。

 彼らの制服の色でそれがUN空軍のものである事がわかり、そしてタラップ正面で待ち受ける人間数名が妙な格好である事がわかった。

 なんというか、顔は男性の歴戦のパイロット然としているのだが、体の方が脳みそをかきむしるような女性的な曲線で終始しているのだ。

 奇妙な表情にならないように苦労して敬礼を返すと、割れんばかりの拍手が周囲に響き、僕たちを怯ませた。

 それでも無様ではないように、ゆっくりとタラップを降りて正面の半ヨーロッパ地区の局長である大佐へ握手をした。

「オドワルド=ステイ大佐であります。皆さんを歓迎させていただきます。」

 きっちりとした姿勢で差し出された握手を返すと、すっと大佐がその場を引いた。

 すると、先ほど見えた珍妙な体型の兵達が一列に並ぶ。

 総数20名。

 全員がパイロットヘルメットを抱えている。

「ハウンドチームであります。」

 敬礼の男は、ハウンドリーダーのコードネームを持つ男であった。

「元帥のお言葉、胸に刻ませていただきました。」

 彼の言葉と共に全員が敬礼すると、それにあわせて全員の魅惑的な乳房がゆれる。

 くらりとする眩暈の中、ある事に気付いた。

「・・・ヒサナガスーツ?」

「はい、見た目は『あれ』ですが、効果は絶大です。撃墜された友軍機は十機ですが、誰も傷ついておりません。傷一つないのです。」

 差し出された手を握手すると、そのまま抱きすくめられてしまった。

「我々のチーム全員が無事なのも、いち早く元帥がヒサナガスーツを試験導入していただいたお陰です。いつもはGスーツを上に着ておりますが、今日このひからこの姿で勤務させていただきたいともいます!」

 いやぁ、それはどうかと思うけどなぁ・・・と口には出さずに、ハウンドチーム全員と僕は握手をした。


 結局、戦線離脱はしていたが「ハウンド」チームは誰も死んでいないという事だった。

 各テログループのセクトに入り込んでいる情報員もヒサナガスーツのハードタイプを着ているそうで、重傷を負うものはいても死亡者はまだでていないとの事だった。

 幾分気が楽になった僕だったが、一応確認する。

「重傷者は・・・。」

「既に回収され、日常生活に支障ないところまでの回復の可能性は99%です。」

 クラウディアさんの報告に僕はほっと一息を付いた。

 空港内を移動中に出した質問が、空港を出る頃には帰ってくるという反応性のよさは驚きに値する。この有能さ、驚嘆の武官殿といえるだろう。

 そんななか、ドイツでの式典のついでにゲオルグの実家に寄ろうという話になった。

 ゲオルグの実家に顔を出す寸前の事で、超ロングなリムジンの公用車での護衛に気後れを感じていたものの、こういうデータがすぐに取り寄せられるのは嬉しく思った。



 郊外のある町、その一室がゲオルグの実家だという。

 2LDK程度のアパートメントに両親と三人の兄弟が住んでいた。

「ただいま」と声をかけるとともに、一人の弟と2人の妹がドアから飛び出してきて、ゲオルグにかじりつくように抱きついた。

「おかえり」とか「あいたかった」とか「おみあげ」とかなんとか、凄い勢いで挨拶していたかと思うと、不意に僕らのほうを見て目をぱちくりさせていた。

 じっと見つめた後、ぺいっとゲオルグを押しやる。

 テクテクと歩いてきた三人の子供は、僕らの顔を見上げてからごしょごしょと耳打ちをしあった。

 で、しばらくして、2人の少女は僕の両足にへばりつき、少年は黄にへばりついた。

 そしてやおらにくちを開く。

「おにーちゃん、どっちが『元帥』?」

 苦笑のゲオルグが僕を指差すと、2人の少女は大きく喜んだ。

「ヘイゼル、ベリータ、なんでわかったんだ?」

「だって、おにーちゃん、元帥さんっていい男なんでしょ?」

「一番格好いいひとだもの、この人が一番。」

 僕らは大いに笑い声を上げていた。


 リビングに通された僕らは、家具をとっぱらったカーペットの上でみんな胡座や正座をしていた。

 極めて自然に座った僕らを見てご両親は驚いたようだったが、僕らとしては毎回のように寮で車座になって飲んでいるので、実に違和感が無い。

 最初のうちは抵抗のあった人間も、最近ではじかに座る方が楽だとか言い出している。

「そうですか、こんなにたくさんのお友達が出来ましたか。」

 初老を既に越えている父親は、孫と言ってもおかしくない小さな息子を膝に抱いたまま、にこやかに微笑んでいる。

 どうです、今夜は皆で飲み明かしませんか? という提案であったが、ご辞退申し上げるしかなかった。この後も予定があり・・・。

 といっているところで、外で待機していたクラウディアさんが飛び込んできた。

「ご歓談中、申し訳ありません。 少々事態が急変しましたので。」

 そう言った彼女は、窓から隠れるように銃を構え、手鏡で外を見せた。

 小さな鏡の視界には、全世界的に共通な形容の出来る少年達が屯しており、こちらを伺っている。

 国連学生という存在は、実にこんな存在を招きやすい。

 そのための警備だったはずなのにと手元の端末を弄ってみたが、何の警告も発せられていなかった。

 好意的解釈をすれば、彼らは全く驚異ではないので警告を発していないといえる訳であるが、本気でそんなことを考えるほどおめでたい性格でもない。

 伸るか反るかの判断をしようとしたところで、ゲオルグが申し訳なさそうに手を挙げた。

 みんなの視線の中、彼はばつが悪そうに頬をかきながらいう。

「あのさ、あいつら、おれの、ダチなんだわ。」

 僕らは皆、目が点になっていた


 一つの通りを会場にしたパーティーは、老若男女人獣お構いなしで入り乱れるサバトのようだった。

 老婦人と少年が踊り、ネコと犬と少女が酒を酌み交わす。

 老人と少年と中年がセッションしているのをBGMに、町が踊っているかのようだった。

 何も考えずに僕らはそれに乗り、大いに楽しむ事となる。

「ハイ! 楽しんでる、彼氏?」

 地毛ではない金髪の少女がしなだれかかってきた。

 僕はにこやかに微笑んで、おでこを弾く。

「髪の毛をそんなに苛めたら、可哀想だよ、彼女。」

「いいのよ、金髪の方が受けが良いんだから。」

 僕は手ぐしで彼女の髪の毛を梳かしながら耳元で囁く。

「僕は、髪をこうやって撫で付けたときに、気持ち良い方が大好きだよ。 君の思い人もそうだと思うね。」

 すると少女は真っ赤になって、その場から走っていった。

 ちょっとやりすぎたかなと思っていたところで、背中が思いっきり叩かれた。

 咽こみながら振り向くと、思いっきりパンクな格好の少年達が僕を取り囲もうとしている。

 一難去ってまた一難かと思っているところで、一人の男が僕の肩を抱いてきた。

 凄いメイクで僕を睨みながら、顔を近づけて一言。

「エイミーに何を言った?」

 ああ、彼女は彼らのアイドルなんだろうなぁと僕だったが、こういう時に言わなくてもいいことをいってしまう癖は健在だ。

「・・・彼女、絶対地毛の方が似合うよ。そう思わないかい?」

 じっとこちらのほうを見ているので、口は止まらなかった。

「僕は、無理に染めている髪の毛よりも、櫛どおりのいい滑らかな自然な髪のほうが良いと思うんだ。だからそう彼女に言ったんだけど、君達はどう思う?」

 じっと僕のほうを見ていた彼らは、顔を引き攣らせた後、噴出すように笑い出し、終いにはそこいらでゴロゴロと転がりながら笑っている。

 一人、僕は彼らを呆然と見ていたが、立ち上がった彼らはにこやかに微笑んで、ポンポンと肩を叩いた。

「いや、俺やGが何度言っても聞きやしなかったが、おめーさんみたいないい男にいわれれば、あの金髪もやめるかもしれねーな。」

 何でも、さっきの彼女は今僕の肩を抱いている男の妹だそうで、兄としては出来るだけ真面目に生きて欲しいと願っているそうだ。

 不良の兄貴は皆そう言うよな、とか思う僕だった。

「リョウ、揉め事か?」

 ふらりと現れたゲオルグを、パンクの男達は苦笑で迎えた。

「揉め事じゃねーよ、G。俺の妹を改心させちまいそうないい男に感謝してたのさ。」

 風きり音がするようなストレートを交し合ったゲオルグとパンク男は、互いの腕を組んだ。

「ま、エイミーも無茶してなきゃ可愛いからな。」

 そう言ったゲオルグの前に、金髪の少女が現れる。

 同じ少女であったが、先ほどの金属的な金髪ではなく、どちらかと言うと日に焼けた麦藁帽子を連想させるような、そんな髪の毛だった。

 滴る水滴をいとう事なしに現れた少女は、ゲオルグの前に立った後、宣戦布告のように声をあげた。

「東洋人。お前、この髪の毛の色をどう思う?」

 僕を呼んでいるが、彼女の視線はゲオルグに釘付けだ。

 いくら鈍い僕でも彼女の思いは知れる。

 だから僕は、ゆっくりと深呼吸して、そして彼女に言葉をつむぐ。

「風と太陽がよく似合う、麦わら色の優しい色だね。」

 半身でこちらを向いた彼女は、顔を真っ赤にした。

 体を細かく振るわせた彼女、目だけでこちらを見てまた口を開く。

「今は、今は濡れてるからこんなだけど、乾けば爆発したみたいになる。コントで真っ黒になったコメディアンみたいな髪形になっちまう! それでも自然が一番か?」

「多分、君は可愛すぎるんだよ。皆が君の気をひきたいから余計な事を言ってしまうんだね。 君の髪の毛は全てに負けないライオンヘアだ、獅子の王女って名乗れば良いさ。」

 じわじわと彼女の瞳に涙が浮かぶ。

 プルプルと震える彼女は脱兎の如くにその場を去った。

 歓声を上げるパンクたちの中で、ゲオルグは力無くため息をついた。

「あのなー、リョウ。 どこでもそこでも粉かけてまわるなよなー」

 何の事やら理解できずに肩をすくめると、ゲオルグは再びため息をついて見せた。

 ゲオルグ君、彼女は君にこの台詞を言ってほしかったんだよ?


 夜半まで続く路上パーティーに地元警察の目が届いたのは自然な成り行きだろう。

 町一番の目抜き通りを占有してのパーティーだ、まず不法占拠だなんだと・・・。

 そんな風に道路の入り口を見ていると、現れた警察官たちは手に手に食料や酒を持ち込んでいた。

 パトカーで道路封鎖して、ぱいろんで誘導標識なんて出して、完全な公私混同。

「ひゃっはっっはっは~! Gがかえってきたってぇー?!」

 赤ら顔の大男が、げおるぐを抱きしめる。

 制服姿の警察官たちが彼をもみくちゃにする。

「てめーら、職務ってやつはどうしたんだよ!」

「ばかいうな、非番のやつらしか着ちゃいねーよ!」

「そうさ、当直のやつら、くやしがってるぜ!!」

 町中が彼の帰りを喜んでいる、人々がげおるぐのかえりを喜んでいる。

 それを見て僕も、僕らもうれしくなっていた。


 もう朝になろうかというところで、パーティーは解散した。

 すでに予定移動時間が過ぎていたためだ。

 この先の予定も長く、潜入人員も多いだろうからという配慮もある。

 半ば泥酔状態の人々と別れを告げつつ、その街を離れようとした僕たちに、一通の電話が入った。

 赤い元帥府直通電話にかけてきたその人は、今一番話したくない相手であった。

「・・・・ドイツにきていてあたしに話もなしとはいい度胸じゃないかい?」

 その闊達な日本語は聞き間違うこともない老婆。

「ぐってんねーさん・・・。」

 実のところ、このたびに出てからこっち、彼女にだけは今回の旅行がばれないようにとの特丸つきで情報規制を組んでいたのだ。

 なにせ、この老人、押しが強くてお金持ち、さらにはた迷惑な権力も持っているというのだからできるだけかかわりたくない。

 もちろん、幼いころから目をかけてもらってきていた恩があるが、それにしても彼女の立場というか、権力というか・・・はた迷惑なのだ。

「その上、三軍情報部に情報規制をかけた上で姿を消すたぁ、あたしを嫌ってのことかい?」

「あのねぇ、ぐってんねーさん。僕だって誘拐同然でつれてこられて、軍務半分なんですよ? 巻き込みたくなかったんですよ。」

 口からでまかせだ。

「ほほーう? 北米とヨーロッパのカウンターテロをパニックに陥れ、アジア地域の華僑まで動員して世界大戦クラスの紛争を起こしている元帥さまの意見としては聞いてあげてもいいんだけれどもねぇ。」

 全部ばればれだ、筒抜けになっているに違いない。

 たらりと冷や汗をかいたところで視線の先の少女たちも冷や汗をかいているのが見とれた。

 ・・・情報筒抜けの理由、発見。

「・・・でもね、一言もなしってのは個人的にいただけないねぇ。」

「はぁ、でも、このあとの予定が押していましてぇ。」

「わかってるよ。 このあとイギリス、フランス、イタリアのあとで、台湾・香港の予定だろ?」

 完全にばれてしまっていた。

「香港の黄家のパーティーにお邪魔するから、そのつもりでいるんだよ。」

 壮絶な笑みを浮かべていることがわかる声で、電話が切られた。


 日々、毎日のような軍関係者の公式行事の合間の友人宅訪問や将軍宅訪問は心落ち着くものがあった。

 全ては先行して地均しをしてくれている先行部隊のおかげだ。

 とはいえ、疲労は重なるし、かなり気分もささくれ立ちそうになるが、そこは我慢だ。

 あたかも駆け足のような世界一周は終盤に差し掛かっていた。

 そのためか、ずぅんと胃袋が重い。

 イタリアを飛び去る際、一枚の手紙を受け取ったのが原因だった。

 全員分の(同行している研究職員や武官のクラウディアさんの分まで)招待状で、重々しいサインがかかれていた。

 主に漢字で「祝 二年目」。

「これって嫌味かなぁ」

「まぁ、そんなところだろうな。」

 イブと僕は顔を突き合わせてため息をつく。

 が、ヨーロッパ組は驚きが渦巻いていた。

 良家の子女である彼らは「グランマ」の名の意味を知り、その上で恐れているのだから。

「な、な、なんで、あの影女王の招待状なんて来るんだ?」

 アフランシが眩暈を起こしてシートに座り込む。

 見た目平然としているのはイブとレンファのみ。

 真っ青な顔の男集は、なにやら喧喧囂囂と意見を交わす。

 しばらく目が泳いでいたようであったが、同時につつつっと僕のほうへ視線が集まる。

 何気なくその場から離れようとした黄の腕をつかみ、引きつった笑みを浮かべる僕。

 ため息と共に視線を泳がせると、JJがこちらを見ていた。

 ゆっくりを焦点をあわせると、JJはニッカリと微笑む。

「なに?」

「いやさ、リョウにも肉親がいたんだなってね。」

「あのねぇ、ちゃんと僕には祖母が居るよ。」

「ドイツの?」

「それは、ばーちゃんの友達。」

 ふーんと言った顔のJJだったが、眉をひそめた。

「祖母の親友が、わざわざお祝い?」

「家庭事情が複雑なんだよ。小さい頃にドイツに行って一緒に暮らさないかって誘われたのを、無下に断ってるんだ。だからちょっと顔を立てておかないといけないの。」

 JJの眉毛がぴくんと上がる。

「一緒にって、おまえ、リョウ!」

「養子縁組ってなるとさ、イズミの家がなくなっちゃうんだよね・・・。」

 なにやら興奮していたJJは、急に、本当に急に勢いを無くした。

「そうか・・・。」

「そうなのだ。」

 幾ばくかの無言のあと、JJは呟く。

「ま、おまえさんには親がいっぱいだな。」

 そうだな、と笑う。

 写真の中の両親、祖母、墨田のじっちゃん、ぐってんねーさん・・・いっぱいだ。

「しかし、グランマの養子になれば、合法的に世界が手に入るぞ。」

「世界が欲しいのかい? JJ」

「・・・わからん。でも、凄い権力に魅力を感じない男はいないと思うぞ。」

「僕だって、世界は欲しいけど、手に入れるにはこの世界は狭すぎるんだ。」

「え?」

 JJの問いに僕は苦笑で応じた。

 ちょっと口が滑ってしまった。



 恐ろしい事に、香港におけるパーティー会場は今までの比ではなかった。

 国連海軍最大の船である白亜の城、重装甲空母「モービテック」の甲板において行われる事となったのだ。

 モービテックの艦長と黄家は極めて深い関係にあり、黄の凱旋パーティー開催の話を聞いた途端、誘致してきたのだそうだ。

 無論、黄の一番上の姉がモービテック艦長の夫人であることも関係しているかもしれないが。

 黄家の長男のチームメンバー全員が集合する際に失礼が無いようにとメンバー表を渡された瞬間、艦長は極めて深い恐れと感動を味わったという。

 彼は感じていた、公私混同はなはだしいパーティー開催を決めた自分を最上位の上司に知られてしまう恐れと、香港支局の一介の事務局員であった自分を海軍最大の空母艦長にしてくれた元帥へ謁見できる感動を。

 彼自身、艦長就任は黄家の力添えに違いないと本気で思っていたが、世界規模のUN軍で同様の大抜擢が行われている中で自分の人事などまだまだだと思わされていた。

 たとえば、自分の広報事務の後釜など、強面の海兵であるという。

 見ただけで子供は泣き、ひと睨みで人が殺せるのではないかという迫力、そして違法駐車の車を軽々と移動させてしまう怪力は、どうかんがえても事務員のものではない。

 他人事ながらやきもきしていた彼であったが、一ヶ月もしないうちに評判が一転した。

 彼の妻の第一子出産以降である。

 鬼瓦のような顔での笑顔などさも怖かろうと思うのだが、近所の子供達には好評でUN広報香港支局は託児所の様相を見せ始めたという。

 朝な昼なに集まる子供達の中にはUN軍に入隊する事すら志す子供も多く、数年後の新兵には困らないであろう事疑いない状態だという。

 しかし、元空母勤務海兵は言う。

「君たちが大人になる頃には戦争の無い世界を作りたいと思っている。 だから軍人以外の仕事でなりたいものは無いかね?」

 学者を志すもの、警官になりたいというもの、医者を志すもの色々と発言され、そして一人一人にどんな勉強が必要かを諭していったという。

 その真摯さに近所の父兄も諸手を上げた。

 今ではUN広報香港支局は近所の警察よりも信頼が高く、地域住民の頼りにされているのだそうだ。

 彼がいた頃とは大違いであるし、広報支局としての活動としてどうかと思うが、この評判こそ三軍元帥の意図したところであろう事と知れる。

 空母内にしてもその人事変更は恐ろしいほどで、徹底しきっていた。

 内勤のものに一ヶ月で飛行編隊を組ませるように訓練させたり、甲板クルーであった人間や医療スタッフであった人間を寄せ集めて揚陸部隊を編成したり。

 陸軍から出向してきたもの空軍から飛ばされてきたもの、様々な人間でパッチワークになったこの職場はスタート時点で最悪であったが、一ヵ月後には最高になっていた。

 新たなる規範の制定、戦略構想の一新、旧悪癖の一掃、母港である香港で最悪と呼ばれた「モービテック」は、いま白亜の城と呼ばれるほどに変った。

 誰も今を悪くしたくて活動しているわけではない。

 しかし、今までの因習というものからは自由になりにくい。

 その全てを断ち切った人事改革は、恐ろしいまでの周到さで適材適所が行われ、一人一人の個性にマッチした配置が行われている。

 これを一人の少年がわずかの時間で行政し、そして強制執行したとは思えなかった。

 信じられなかったが、信じる事が出来た。

 彼は電子メールで送らなかった感謝を、直接手渡せる喜びに震えていた。



 無礼講の謳い文句で始められたパーティーは、極めて参加者を多く抱えていた。

 空母の主要幹部や非番のものはもとより香港経済界の重鎮、はては世界経済会に名をとどろかす人物ですら既に集まっているうえに、その婦人や娘・息子などが集まっていたからだ。

「甲板から落ちるんじゃないか?」

 ノンアルコールのシャンパンを舐めながら僕が言うと、横では黄ではなくレンファが答えた。

「まぁ、甲板のすぐ下にネットが張ってあるから大丈夫でしょ?」

「・・・落ちるのが前提条件なのかい。」

 聞いた話では、警備関係者の内輪で「どのネットに一番初めの人間が落ちるか・性別は?」などなど細かな条件付けで賭けられているそうだ。

 まー、好きにやって頂戴というのが僕の感想。

 半分涙目でイブが料理を取り分けて戻ってくると、そのあとを数々の男性たちが追ってきた。

 僕のところにイブが行き着くと、さも残念そうに去って行く。

「・・・酷い目に会ったわよ・・・。」

 何でも、ひっきりなしに声をかけられていたそうで、明らかに無視しているというのにしつこいそうだ。

 彼らも香港経済界に君臨する名家の子息、この機会を物にしようと必死なのだ。

 とはいえ、黄家とつながりの深い僕とは事を構えるつもりはなく、僕の傍まで来れば安心という事らしい。

「まぁ、男衆もいろいろなめにあってるからなぁ。」

 僕の視線の先では、名家の子女達の輪に囲まれた我らがチームがよく見える。

 口々に褒め称えられていたり、持ち上げられたりと忙しいようだ。

「いいわよ、男連中なんて。 女の子に囲まれて嬉しいぐらいにしか思っていないんだから。」

 確かに。

「しかし、活気に溢れているわ。」

 男の子も女の子も目の色が違う。

 恋愛や色事にうつつを抜かしているわけではなく、将来という展望に立った戦略の一端なのだ。

 こと、中国系の子女に多く見受けられる姿勢ではないかと僕は思う。

 少子化政策の中国において、一人の子供はいずれ一族を支える立場になる。

 結婚はお互いの一族を共に背負う事であり、一族の礎になることに相違ない。

 どんなに強く否定しようとも、それは現実として存在しているのだ。

 それゆえに彼ら彼女らの視線は熱く、そして強い。

 全てが戦いなのだと思わせる、そんな思いだ。


 経済界の人々や著名人と会話している中、一人の男が僕の背後に立った。

 会話に一呼吸おき、僕は振り向きざまに拳を放つ。

 心臓の位置に間違いなく吸い込まれたが、彼の右手がそれを止める。

「ご挨拶じゃないか、りょーちゃん」

 拳を引き、ぐるりとまわしげり。

 しかしそれも受けられてしまう。

 一呼吸で三発ほど拳を繰り出すが、軽くいなされておしまい。

「・・・へ、鍛錬怠ってるな、りょーちゃん。」

 むっとした顔だった僕は、諦めて笑顔を浮かべる。

「君が強くなりすぎだよ、龍平。」

 がっちりと握手をした僕と龍平を見て、何かのアトラクションかと思った周囲が拍手を送った。

「・・・ところで、おまえの両脇の美人は誰だ?」

「学園で同じチームの仲間。イブ=ステラ=モイシャン嬢と鈴=レンファ嬢だよ。」

 すっと居住まいを直した龍平は、ざっくばらんな英語で挨拶。

「・・・始めまして、俺はここにいるリョウの幼馴染にしてライバルの大崎=龍平です。」

「ライバル、ですの?」

 よそ行きの声でイブが問うと、龍平が鼻息を荒くする。

「そう、そうっすよ、もう、こいつは絶対男の敵! 俺の初恋をギタギタにしたうえにセカンドラブも邪魔する酷い男なんです!」

「そいつは言いがかりだ、初恋はおまえの勘違いだし、セカンドはおまえのアタック次第だと何度も・・・・。」

 そんな言い訳を聞かない龍平はいつもの事。

「きさまー! じゃぁ、これを見てなんと言い開く!」

 そういって龍平は懐から写真を一枚。

 げげ、まだこいつもってたのか!

「ばか! よこせ!」

「あほ、これは貴様の悪行の証だ、渡せるか!!」

 もみ合う僕たちの脇からレンファがそれを手に入れた。

「あ、み、みちゃだめ!!」

「どうぞどうぞ、見てやってください!」

 羽交い絞めにされた僕を誰も助けてくれなかった。 

 随行して身の安全を図ってくれているはずのミスズ軍曹ですら、レンファの肩口からその写真を覗きこんでいる。

「うっわー、かわいいー!」

 そう叫んだのは集まっている女性陣。

 イブにレンファにクラウディアさんにミスズ軍曹。

「ね、ねね、この写真の女の子、だれなの?」

 ぴっとレンファの見せた写真には、おかっぱ頭でミニサイズのドレスを来た子供が一人。

 それを見た参加客の皆さんも歓声を上げてる。

「そらみたことか、貴様の悪行を皆様が知る事になったぞ!」

 鼻高々の龍平を叩き潰し、僕はずんずんと写真に歩み寄って破ろうと手にとる。

 が、それよりも一瞬早く写真を奪った人がいた。

「おや、懐かしい写真じゃないか。」

 意地の悪い笑顔のその人は、世界で最も恐れられる老女。

「ぐ、ぐってんねーさん。」

「なつかしーねー、リョウちゃん。」

「な、なんのことやら・・・。」

 だらだらと汗を流す僕を両脇で押えてからイブとレンファがにこやかに聞いた。

「ところで、グランマ。 その写真の女の子って誰なんですか?」

 にやりと微笑んだ彼女はこう言った。

「もちろん、リョウちゃんだよ。」

 凄い歓声が上がる中、僕はがっくりと崩れ落ちた。


 事の始まりはたいしたことじゃなかった。

 グッテンねーさんの御見上げのお菓子を食べ尽くした僕は、もう少し食べたいと思ったのだ。

 で、そのことをりょうこさんに言うと、自然とお菓子が集まる方法を教えてくれた。

「・・・この格好をして、公園で微笑んでいるといい。 自然にお菓子が集まるよ?」


「それがこの格好?」

 立食パーティーのはずがいつの間にか僕を中心にした車座が出来ており、女性出席者を中心とした座談会の様相を呈してきた。

 今でもあの写真が回覧されており、コピーを取ろうとする人間までいたとか。

 さすがに国連情報機密保持法があるので閲覧までとなったらしい。

「で、集まったの?」

 まぁ、確かに集まった。

 キャンディーにクッキーにチョコにガム。

 市販されているお菓子の殆どを網羅するレベルになって、いつの間にか怪しげな大人に誘拐されそうになっていた。

 それを助けてくれたのが龍平だった。

「龍平くんって、リョウが初恋だったんだ。」

 へぇーと感心したレンファだったが、不意に眉毛を上げた。

「じゃ、セカンドラブを邪魔してるって?」

 僕と同じように車座の中心に据えられた龍平は、涙ながらに冒頭陳述。

「そう、あれは謎の美少女の正体が男だと知って打ちひしがれていた頃、あの天使に出会ったんだ!」

 まぁ、ざっくばらんに言えば、僕らの遊び友達の中でいっこしたの女の子。

 そう言ったところでイブが指を鳴らした

「ああ、ちーちゃんね。」

 龍平は幼い千鶴にひとめぼれして、何度も何度もアタックしているが、全くなびかない。

 それどころか、世界で一番すきなのは「おにいちゃん」とか当時の賜っていた。

 ゆえに、あいつは僕をライバルと標榜し、あるところで男を磨く修行をしている。

 世界で最もハードボイルドなところである事を最近知った。

「こいつは、こいつは、友達だけどライバルなんですよ!」

 相叫んだ彼の言を聞き、周囲は暖かい拍手に包まれる。

 大衆を味方につける手管、何処で学んだのやら。

 思わず僕は龍平を睨んだ。

「おまえ、まさかまだ僕にほれているんじゃないだろうなぁ?」

「ば、馬鹿言うな! 俺はノーマルだぁ!」

 真っ赤になった奴の顔を見て僕はちょっとだけ背筋が寒い思いであった。

 とはいえ、いまだ千鶴にほれているのは間違いないところで、いまだ約束は続行中だ。

 龍平が修行に出るといったあの日、懇願のようにされたあの約束。

「自分が一人前になるまで、千鶴には手を出さないで欲しい」

 あの約束がなくても手を出すつもりは無いけど、ね。


 東側経済界の魔窟のようなパーティーは、いつの間にかほのぼのとしたアットホームなものになっていた。

 全ては経済関連交渉を全面とした男性側の思惑よりも、奥方などを中心とした女性陣の思惑が全てを押えたからだろう。

 遅まきながら現れたグッテンねーさんが、その方向性を良しとしている事にも原因があるだろう。

 なんにしろ中心にいる人なのだ。

 会場の中心を陣取ったネーサンは、どこかの女王のようにフリーでやってくる謁見者と対話している。

 僕らチームは端っこのほうで一息つきつつその様子を眺めていた。

「なーなー、リョウ。あの方とどんな関係なんだ?」

 リーガフは畏怖のこもった視線でグッテンねーさんをみている。

「んー? ああ、ねーさんはうちのりょうこさんの子分。」

 ざわっと仲間の表情が揺れる。

「な、何で教えてくれないんだよ・・・。」

 引きつった顔のゲオルグは、眉が引きつっていた。

「俺の国じゃ、あの人に関わるのは阿呆のする事だって・・・。」

「あのさ、僕とネーサンは他人だし、戸籍が一緒な訳でもないし、恋人ってわけでもないんだよ?」

「だけどな、りょう! あの影の女王に関わって、何人もの人間が・・・。」

「・・・よく考えてよ、みんな。 僕だってあの人がどんな人か知らないし、結構酷い目に合わされてきたけど、結局はただの女性だよ。 美容にこだわり年齢にこだわり、体重の話を下途端に悪鬼に変るってな普通の人なんだってば。」

「・・・でも・・・。」

 瞬間、ネーサンの周辺で大きな声が上がった。

 見ていれば、香港経済人の子息の中でも顔がいい事が自慢したさにイブに擦り寄ってきた男が、グッテンねーさんに卍固めを食らっていた。

 そこで僕は両手を沿えて叫ぶように実況する。

「でました! 日本プロレス会に燦然と輝く伝説の大技、闘神アントニオ猪木が編み出したスペシャルホールド、オクトパスホールド・・・『卍固め』です!!!」

 おお! と歓声が上がりそれにあわせてネーサンがひと絞め。

 ぎゃとか、ふぎゃとか言う声と共に、男は泡を吹き始めた。

 見取ったネーサンは、素早く技を解き、男を放り出す。

「ばばーにはババーにしか出来ない生き方ってのがあるんだよ!」

 びしっと中指一つ立てるグッテンねーさん。

 いや、間違っても成人男性相手にオクトパスホールドを極めて失神させるような行為が老人の出来る生き方ではないことを誰もが知っている。

「な、なかなかアクティブな方・・・だな。」

 いままで動揺していた仲間内は、全く別の意味で動揺し始めていた。

「僕も色々と技の実験台になったよ。」

「・・・そうなのか?」

 ああ、頷く僕は、過去に実験された技を色々と説明。

「四の字固め、コブラスイスト、卍固め、チョークスリーパー、つり天井・・・。」

 ああ思い出す、悪夢の日々よ。

 少なくとも、彼女の同居の申し入れを断った理由の一つだ。

 りょうこさん詣出をしていた彼女の来日理由の一つがプロレス観戦であることを皆知らないのだろう。

 プロレスがやらせであるという批評を彼女は鼻で笑っていた。

 それでもアレがいいのだ、と。

 そして感動のあまり僕で実験、と。

 居たたまれない生活だ。

 ああ、とため息のような歓声が再び聞こえたので見てみると・・・

「ぎ、ぎゃー! まじジャイアントスイングなんかするなー!」

 僕が叫んだ瞬間、にやりと笑ったネーサンは、未だ気絶している先ほどの男を放す。

 充分な物理学的な運動量を得た男は、虚空に舞った後、甲板の端から落ちた。

「・・・あんたって人は! そこまでやる事無いでしょ!!」

 ダッシュでネーサンまで駆け寄った僕を、彼女は不敵な視線で見つめ返す。

「はん、人を貶める事でしか自分を高められない馬鹿なんて、この世から消えるべきさね。」

「それについては同感ですが、聊かやりすぎです。」

「いーや、網があることを判ってて投げ捨ててやったんだ、意識をなくして投げ捨てただけでも優しさ満載さ。」

「そう言うことではなくてですね、大人として、もう少しやり様があるでしょぉ。」

「おや、りょうちゃん、随分と陰険になったものだねぇ。」

「なにがですか?」

「この場は笑って済ませてやって、あとで経済的にも社会的にも抹殺してやろうって言うのかい?」

「だぁ・・・そうじゃなくて!」

「あのねぇ、りょうちゃん。あたしの世界での大人のやり方ってのはそう言うものさ。」

 満足そうに微笑んだグッテンねーさんを、周囲の人は今までと違った視線で見始めていた。

 それは敬意と親愛。

 うちのチームも、ずいぶんと変った視線で見ている。

 好奇心と・・・なんだろう?


「何でもっと穏便に出来ないんですか」

「この世で二番目に大切なものを汚されたんだ、殺さなかっただけでもありがたいだろうってものさ。」

「この世で二番目?」

「そうさ、あの方の忘れ形見を、口汚く中傷したんだ。 民族問題と自分の嫉妬を入れ替えて、恰も自分のほうが後継者として相応しいとね。」

 みるみる表情をゆがめるネーサンは、どこから出したかオートマチックの拳銃を構え、スライドさせる動作で一個目の弾丸を発射体勢にする。

「あー! やっぱりやめやめ、この世から抹殺決定!!」

 ダッシュで駆け出そうとした彼女を、僕は急いではがいじめ。

「あああああ! もう! 龍平、手伝え!!」

「だめだな、執事としてマスターの思い優先だ。 今この場でりょうちゃんを排除しないだけでも友情を感じろ。」

 影のように現れた龍平に、ネーサンは叫ぶ。

「りゅーちゃん、りょうちゃんをはずしな!」

「マスターそれは出来ません。契約違反です。」

「くっそー! 契約更新の時におぼえテロ!!」

「それは私の台詞ですよ、マスター」

 にっこり微笑む龍平。

 かなり公私共に磨かれてるに違いない。

 じたばたとあがいた彼女は、甲板に押しあげられて気がついた男が視界に入る。

「あー! このくそ馬鹿やろう、息の根とめちゃる!!」

 めん玉つながりの警官のように拳銃を乱射するネーサン。

 男は這うように、ダッシュで会場を逃げ出した。

「くっそー! 絶対に許さん!」

 身長差からぶら下がるようになっているネーサンを下ろすと、彼女は凄い顔で僕を睨んだ。

「何で邪魔するんだい!!」

「僕はねーさんに人殺しなんかさせたくないんです!」

「あたしゃーこの年になるまで何人だって殺してきた、つい最近だって何千人と首を切って路頭に迷わせた、昔は戦争で直接この手で何人も殺したんだ!」

「それがなんだって言うんです。今殺す理由になっていません!」

「あたしの大事なものが汚されたんだ、大事なもんが汚されたんだ! それだけでも殺してやる理由にならないってのかい!」

「しません! 絶対にしません! 彼がどんなに悪党であろうと、どんなに愚か者であろうと、自滅する機会を失わせる権利は誰にもありません!」

 不意にグッテンねーさんは静かになった。

 そしてゆっくりと振り向く。

「・・・本当に陰険になったねぇ、りょうちゃん」

「そりゃぁ、もう、ネーサン仕込ですから。」



 大急ぎでぐるりと回った世界一周の成果は、目の前の元帥執務室書類入れ「箱」に現れていた。

 その量は、もう、なんというか、背筋が寒い。

「うっわー、この書類全部休み明け提出の日付ですよ?」

 つまり、一ヶ月元帥府停止は守っているが、さっさと手から離したい書類は離すと言うことらしい。

「もういや、今からやっちゃいましょ。」

「はーい。」

 夏休み半ばで学園に帰ってきた僕たちは、静かな夏休みを始めようとしていた。

 無理なんだけど。



 大浴場で広々入浴を楽しんだ後、自室で転寝していた僕はエマージェンシーコールで叩き起こされ、ダッシュで元帥職務室へのシューターに飛び込んだ。

 数秒で目的地に達した僕は、端末に飛びつく。

 背後には既にクラウディアさんが控えており、・・・というか元帥職務室を現在彼女に占拠されていたりする。

 早めに書類処理をしている関係上、極めて有用なのだそうだ。

 点滅する確認ボタンを叩くと、大型プラズマディスプレイに各種情報が表示された。

 静岡国際空港にUN旅客機が次々と集まってきているのが判るのだが、何故集まっているのかが判らない。

 管制官が忙しそうに誘導する中、僕はUN軍空港の責任者を呼び出した。

「・・・お休みのところ申し訳ありません、イズミ元帥。」

「いえ、おかまいなく。 ・・・それで、何が緊急事態なんですか?」

「はい、元帥。国連学生達が旅行先より緊急避難申請による学園退避を宣言しておりまして、元帥のご判断を仰ぎたくコールさせていただきました。」

 つつぅと冷や汗一つ。

 緊急避難申請といえば、現地状況が悪化したための申請で、それはUN軍の計画が全く機能していない事を意味する。

 おかしい、前半の世界一周のカウンターテロ活動で危険要素はほぼ撲滅されており、続々と学生たちが帰ってくる状況なんてありえるはずがないのに。

「状況を確認します。三分待ってください。」

「了解いたしました。」

 振り返ると、既にクラウディアさんが数枚の書類を構えていた。

「元帥、少なくとも、現在機能していないシステムはありません。また、計画が障害を起こしているという報告もありません。」

 眉をひそめて一気に読み下し、そして現状の表示をディスプレイに呼び出して一息。

「緊急避難を許可しましょう。 避難先は第二講堂及び学生寮および中央食堂。それ以外の出入りに付いては原則的に禁止です。」

 それを聞いたクラウディアさんは、にこやかに微笑んで命令を書面にした。

 ささっと送信トレイに放り込むと、瞬時に空港から通信がオープンした。

「元帥閣下、本命令を施行します。 命令施行に対し、二十名のUN空軍兵を随行させます。」

「判りました、では先行する兵にリニアホームより第二講堂へ誘導するようお願いします。」

「了解!」

 ぴしっと敬礼した担当者の画面が消えるまで待って、僕は第二講堂に急いだ。


 開店休業状態であったいつもの喫茶店の奥さんとご主人に無理を聞いてもらい、茶器やコーヒーメーカーを第二講堂に持ち込んだ。

 電磁調理器やパンなどを中央食堂の冷蔵庫から引っ張り出し、いつでも火を入れられる当に準備。

 元帥府に集まっていたメンバー総出で準備できたのも、クラウディアさんが前もって根回ししてくれていたおかげ。

 優秀な人はどこまでも優秀なのだと感心してしまう。

 床下収納されている椅子をリモコンで適当に全面配置したのだが、その椅子が一杯になるとは考えもしていなかった。

 先行した陸戦装備の兵が開いた扉を、ずらずらずらずらと人が流れ込んできたのだ。

 それも第三礼服を来た国連学生ばかりではなく、壮年の男性や女性、見るからに小さな子供や老人。

 一固まりだったり、二固まりであったり。

 総勢五百名に達する人数は、実はまだ第一陣だそうだ。

 ぼりぼりと頭を掻いて正面の国連学生に尋ねる。

 彼は四月まで在学していたタカの友人で、多少の面識があったから。

「ね、ねね、何があったの? エマージェンシーな出来事の報告って受けてないんだけど・・・・」

 その言葉に、にんまりと微笑を返す男。

「はっはっは、緊急だってばさー、緊急。 なにせUN各軍が行く先々で護衛による過剰占拠、保護自宅及び訪問先を完全検疫ってな感じだぜぇ? これじゃぁ何処にも行けないよ。」

 げげっと僕は冷や汗。

「とはいえ、問題に対する緊急避難措置が許可されてるからね、緊急避難先の国連学園に転がり込んで学園祭以外の学園を家族にご案内といったところさ。」

 再び冷や汗、というかいやな汗。

 最近持ち歩いているPDAを引っ張り出して、現状の作戦進行状況を押えるものの全くシロ。

 真っ白けの問題なしと出ている。

「ああ、こっちからは苦情出してないし、地元の不満も押えたぜ。」

「なんで!」

「だって、アレだけのUNが来たんだ、地元経済も大活性化で大助かりだモノ。」

「そうなの?」

「・・・それって、元帥閣下の指令だって聞いてるぜ?」

 いつの間にか隣にいたクラウディアさんを見ると、うんうんと頷いている。

 手元のクリップボードには何枚かの手書き命令書があり、全て僕の筆跡だった。


 緊急避難申請という怒涛の表敬訪問に対し、学生寮と中央食堂の開放、国連軍空港宿泊施設解放で対応した一週間は、内外ともに一応の成功を収めた。

 行きも帰りもUN予算で切り回されたこの一件でかなりの赤字が出たかというとそうでもない。

 実際、宿泊施設はUN軍関係施設なので問題外だし、食事に至っては中央食堂を使ってもらったのだが、職員はおろか研究職まで追い出したせいか、去年の夏よりも食費が少ないぐらいだというのが概算だ。(所詮、食堂の経費は国連持ちで、維持費は毎月変らずかかっているのでまめに使った方が得なのだそうだ。)

 旅客機代も馬鹿にならないものだが、その辺は備蓄燃料の循環に一躍かっているので不慮ばかりの出来事ではない。

 全ては有能な元帥府スタッフが準備していてくれたおかげである。

 深々とお礼をすると、彼らはきょとんとしていた。

「元帥、ご自分の命令をお忘れですか?」

「え? なに?」

「・・・計画に関する推考を行い、計画補強を元帥府で行うので準備しておいてくださいって・・・。」

 すっと目を細めて、クラウディアさんに視線を送ると、彼女もこくこくと頷いている。

 あ、れ? そんな命令しましたか?

 したしたと全員が頷く。

 じっと考えたが全く記憶に無い。

「元帥、口頭命令に際しても命令書を作っておりますので、ご確認ください。」

 すすっと差し出したクラウディアさんの命令書控えを見て眉をひそめる。

 あ、れ?

 この日って夏期休暇前の日付だけど、クラウディアさんに許可サインした計画書を渡した日で、喜び勇んで興奮して元帥府の皆と酒飲んで・・・。

 時間を見ると日付が変る寸前の23時59分。

「・・・このときって、僕、飲酒してませんでした?」

「ベロベロでした、元帥。」

 泥酔状態の僕が出した命令を遂行するのですか、君たちは。

 頭痛を覚えて皆を見ると、イイ顔で微笑んでいる。

「有用な命令は泥酔状態でも有効です。」

 ・・・

「あのですね、じゃぁ、僕が泥酔状態で皆さんにフレンチカンカンを強要したとして…」

「あ、それ面白いですね、やりますか?」

「おお、学園祭の余興で・・・」

「元帥府特選芸!!」

「おおおおお!」

「ああああああああ! 命令してない、命令してない!!!」

「もう遅いですわ、元帥。彼らもまた国連学生であった事を思い出してくださいませ。」

 ずがががーんと絶望の表情の僕であった。

 衣装の発注や学園長への交渉まで始めようかといったところで、一週間ぶりにエマ-ジョンシーコールがなる。

 今度は空中母艦「デンドロビゥムⅢ北回帰線航路」からのものであった。

「こちら学園元帥府」

 流れるような手腕で、数人の研究員がテーブルにつく。

 あわせ、ホロ画面が表示され、メインスクリーンに灯がともる。

「お楽しみのところ申し訳ありません、元帥」

 楽しんでねーよ、と心の中で突っ込みを入れつつも向き合う。

「今から三分ほど前、アメリカ中央部から緊急要請が入りました。」

「誰からです?」

「現生徒総代、エメット=風御門氏から緊急救出要請です。」

 思わず目が点になる。

 確かあの人はちゃんと里帰りして、それで家についたことも確認されてて、更に言えば十数人の国連情報部が張り付いているはずだ。

 その事を言うと、相手はかすかに頷く。

「はい元帥、そのとおりです。」

「それで緊急救出要請ですか?」

「多分、情報局員には危険でないと判断されつつも、要救助者にとっては絶対危機なのでしょう。」

 思わず上を見上げてしまった。

 かの人の危機ってどんなんだ?

 少なくとも学園最強にして最狂といわれるあの御仁のピンチ、想像もつかなかった。

「・・・ほおっておきましょうか?」

「それは出来ません、元帥。」

「だよねぇ。」

 ぼりぼりと頭を掻いた僕は、情報局員への協力依頼をした。


 十分後、送られてきた映像は『戦争』だった。

 夕闇で銃火が花開き、砲弾の疾風が大地を洗う。

 怒声と罵声が渦巻く画面を見たとき、思わず僕は手元のPDAでテレビ番組表を見てしまった。

 いや、ぜったいアメリカB級映画だって思うって。

 斜め前にいた兵士が迫撃砲を発射、直後凄い音が周囲に響く。

「・・・これは、どこの遊びですか?」

「ハイ、元帥。風御門氏の実家の映像であります。」

「あの人の家はいつから紛争地域になったんですか?」

「ハイ、元帥。いまから七十分前、次期党首を巡り婦女子が口論となり、暫くするうちに殴りあいとなり、最終的には戦争になりました。」

「どうやったら戦争になるんだ。」

「少なくとも、4家のお嬢様方が固有兵を持っていらっしゃる事とエメット氏の妹君ステア嬢が過激に参戦なさった事が拍車をかけたものと推察されます。」

 そういいながらサブスクリーンで戦略地図略図が展開された。

 見事に五角形に散らばった軍は、お互いを攻撃しつつ、お互いを牽制しつつ。

 明らかな消耗戦といえる。

「各軍の兵たちに引いてもらえるように説得できませんか?」

「各軍の彼らもわかっているらしく、怪我人が出ないように仲良く喧嘩しているようです。」

 猫とねずみの親友ですか。

 だから情報部は何の報告もなし、と。

 でも、ミスターが緊急を言い立てる理由にはならないし、なぁ。

「ミスターの実家に連絡つきます?」

「二分お待ちください。」

 そういって暫く消えたメインスクリーンに久しい美丈夫が映る。

「・・・おお、待っていたよ、元帥閣下!」

「何してるんですか?」

「なにもかにも、我が私有地内で限定戦闘が始まってしまったのだよ。」

「そんなことは判っているんですが、なんでその中心にいるんです?」

「そりゃ、彼女たちが均等距離で私を奪い合っているからだろう。」

「・・・なんで逃げ出さないんです?」

「防弾装備も何もかも取り上げられていてね、あの弾丸の嵐の中を歩き気などない。」

「先輩に変装させた人を囮にしてみてはいかがですか?」

「すでに家令に実行させたが、見向きもされなかった。」

 万策尽きたという顔で、彼はこちらを見つめた。

「・・・そこで、学園内では女性関係処理の名手たる元帥閣下にお助けいただこうと・・・」

 あぁ、なんだか非常に気分が悪くなった。

 とても意地悪な気分になってしまったなぁ。


 翌日。

 真っ黒な論くコートを着た女性が、UN空軍兵に導かれるように現れた。

 真っ黒な帽子から流れるような銀髪がはみ出している。

 薄紅を引いた口は聊か怒りに震えていた。

「これはこれは、メイド長のミリアムさん、いらっしゃい。」

 僕が執務室手片手を上げると、彼女は被っていた帽子を叩きつけ、そしてコートも脱ぎ捨てた。

 出てきたのはゴシックロリータなドレスと、布地では隠し切れない豊満な肉体。

 思わず空軍兵たちはつばを飲み込む。

「き、きみは、いつもこんな準備をしているのかね?!」

 高く響くような、悲鳴のような声すらも兵たちの心を奪う。

「いえいえ、勿論いつもじゃありませんよ、ミリアムさん。」

 怒りとその他で真っ赤になった彼女は、盛大に地団駄を踏んでいた。


 彼女の怒りの原因は日本時間で昨日にさかのぼる。


 ステルス爆撃機は、風御門邸を照準した。

 誰も感知できない速度で近づき飛び去った後、一個の棺おけのようなコンテナが邸内に打ち込まれていた。

 地上戦ばかりに気を取られていた少女達は制空権を意識してい無かったため、いささか間抜けた抜け駆けを喰らったわけだ。

 館への直接攻撃を暗黙のうちに禁止と意識していた彼女たちは、瞬時に停戦を交わし、状況の把握が行われる事となった。

 目的は風御門氏の安否の確認である。

 風御門家長女ステア嬢を先頭にして突入された館には、一人の女性が立っていた。

 流れるような銀髪は氏を思わせるものであったが、透き通るような色気と女性であってもうらやむようなプロポーションは意識をどこかに飛ばされたかのようであった。

 館の従業員服とは違ったゴシックロリータな格好は、恰もメイド服のようであったが、彼女のプロポーションのためにメイド服とは一閃画した、挑発的なドレスになっているかのようであった。

「いらっしゃいませ、お嬢様方。」

 涼やかな声を突入した女性陣が聞いた瞬間、彼女は流れるような礼をする。

「あ、あなたは誰なの!」

 ステア嬢が叫ぶように言うと、女性はにこやかに微笑む。

「エメット坊ちゃまに仕えさせて頂いております、特命メイドのミリアムでございます。」

「知らないわ、そんな女!」

「勿論でございます、お嬢様。 私は、大だんな様から特命を受けて、国連学園内すら潜入しております専属メイドでございますから。」

「な、なんですって!」

 思わず周囲で声があがる。

 良家の子女が多く通う国連学園にあって、取り巻きや家令を送り込んだ例があっただろうか?

 己が子すら入学させるだけでも充分な苦労であるにもかかわらず、契約で繋がる家令すら入学させ、さらにそれに随わせているとは!

 風御門家のその実力に、どこもが息を振るわせる。

 しかし、長女ステラは真っ向否定。

「そんな話は聞いていないわ! お父様に確認するわよ!」

 そう言って彼女は懐から電話を取り出し、13桁の電話番号を押したあと、暫く待つ。

 5コール目に相手が出たところ、瞬時に眉がひそめられた。

 小首を可愛らしくかしげたあと、量目が驚きで見開かれ、そしてうずくまりつつ下を向いた。

 震える声で「Yes」を何度か繰り返し、そしてゆっくりと電話を切る。

 たっぷり一分うずくまっていた彼女であったが、目を真っ赤にしてミリアムに向き直った。

「・・・じ、事情は、はあく、把握いたしました。」

 何かをこらえるように声を詰まらせ、そして深呼吸のあと彼女は毅然と言う。

「あなたがいると言うことは、兄は既にここを発っているのですね?」

「はい、お嬢様。 坊ちゃまはすでに先ほどのコンテナに隠れ、皆様が突入したのにあわせて脱出しています。」

「ばかな、私達の私有軍が完全包囲しておりますのよ!」

「いいえ、お嬢様方。 あなたたちの想像以上の科学力によってステルス化したあのコンテナを、現行科学で追う事は出来ませんわ。」

 ひきっと表情を曇らせた女性陣。

 ステア嬢は諦めの表情で肩をすくめた。

「お兄様がいないとあれば、この騒ぎも暫くお開きですわね?」

「・・・そうですわね。」

 がっくりと肩を落としてその場を去る自称婚約者候補達を尻目に、ステア嬢はミリアムににじり寄った。

「全てをイズミ元帥にお聞きしましたわ、ミリアムさん。」

 にんまりと微笑むステア嬢を、ミリアムは苦々しく見つめ返した。


 と、まぁ、その後、記念撮影や映像を撮られたあとで開放されたミリアムさんは、ゆうゆうとUN軍輸送機で国連学園にやってきたというわけだ。

「何で、妹に正体をばらした!!」

「勿論そっちのほうが、おもし・・・事が簡単に進むからです。」

「いま、なんて言おうとした、なんて!」

 未だ人工声帯をはずしていないものだから、妙齢の女性になじられているようで面白い。

「いや、だって、人工声帯とヒサナガスーツがあれば、絶対に別人を演出できますが、念には念を入れるべきでしょう?」

 メイクを施した極薄のスキンフェイスフィルタを拭うように引っぺがして、再び叫ぶメイドさん。

「それにしても、もっとやりようがあっただろう!」

「事故も無く被害も無く、素晴らしいやり口であったと自画自賛です。」

 くぅ、と小さく唸ったメイドさんは、人口声帯を吐き出して呟いた。

「だから帰郷したくなかったんだ・・・。」

「・・・ミスターが決まった人を連れて行けば、皆諦めるんじゃないですか?」

 恨みがましい視線でミスターは僕を見る

「誰にも決めていない君に言われたくない。」

 まぁ、確かに・・・と肩をすくめる僕。

「しかし、本腰を入れて、あの方を探すしかないか。」

 ふと決意に燃えた視線のミスター風御門。

「・・・思い人ですか?」

「まぁ、そうだ。」

 はにかんだような笑み、その先の思い人を知っているだけに、少々気が重かった。

「・・・ま、この格好も少々面白くあったが・・・」

 当惑したように自分の姿を、部屋の姿見で見るミスターは、僕のほうに向かって眉をひそめる。

「まさか、学園外に出ている全員分のスーツを用意しているわけでは・・・・」

「それは純粋に軍事秘密なのでお答えできませーン」

 身震いのミスターを尻目に、僕はその場を後にした。


 その後、緊急要請は一報も入らなかった。

 折角色々と準備していたのに。

 後ほど聞いたところ、よほどのことがない限り元帥府に緊急要請を入れると嫌がらせをされるという噂が、マコトシヤカにささやかれたとか。

 失礼な。



 冒険一杯の前半と、書類と格闘した後半でどうにか身も心も軽くなった夏休み。

 あければ学園全体をパニックに陥れる一大行事が待っている。

 その名も「学園祭」


どこかの2次小説で、主人公の条件というものがあり、天才だとか不幸だとか色々とかかれていました。かれは、詰め込みすぎでしたね(^^;

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