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第十四話 夏休み・・・前

感想でほめられて、いい気になって発掘してしまいました(^^;


言詞力、偉大なりw



 さまざまな事件が起きる学園において騒動は日常だが、日常全てが騒動であるわけではない。

 騒動以外の日常が存在し、その多くの時間が騒動以外に使われている。

 無論、その合間に起きる騒動の回収やフォローのために、普段の時間が使われているともいえるかもしれない。

 そして今も、その騒動の後始末というか、騒動の続きというか。

 それが明らかに僕の日常を侵食していた。

 日常こそが騒動だといえてしまう日常にも思える。


 じゅるるとすすっているのは、三日ぶりの栄養補給であった。

 ビタミンとカロリーの複合栄養剤飲料で、500CCの飲料ボトルの中身で丸一日分のエネルギーがある

 そんなふうにクラウディアさんが何か言っていた気がする。

 でも、その段階で二日分ほどカロリーが足りない計算だ。

 ゆるくなったズボンを見てため息ひとつ。

 こんなものを飲むよりも、早々に部屋に帰って睡眠をとるほうがいいのだ。

 いやいや、浴びるほどのんだり食べたりしたい、したいのだぁ!

 が、馬鹿みたいな会議にいくつも参加しているうちに、部屋に帰る時間がなくなってしまい、丸三日ほど会議室に缶詰状態になっている。

 シャワーぐらいは浴びているのだが、ベットで横になる時間が取れない。

 湯船に入る時間が無い、食事をとる時間も無い、ああ、何でこんなにも時間が無いんだ?

 背後に控えるクラウディアさんも大して僕と状況が変わらないはずなのに、ぴりっとぱりっとしていたりする。

 どこで身支度を整えているのやら。

 やはり一流の士官という者は、そのもがちゃんとできることに意味があるのかもしれない。

 軽くひげをそって、顔を洗って歯を磨いて、髪の毛を整えて臨んだ会議の内容は、きわめて頭痛のするものであった。

 元帥府における随行職員、そう、国連軍から引っ張ってきた研究員達の取り合いというか陣取り合戦というか、もう泥沼のような会議であった。

 学園を出た彼らは、濃密な交流のはてに極めて有用性が高い研究を独自に行っているのだが、その応用性が高すぎるために人員の取り合いが起きているのだ。

 全ては僕の人事改革に端を発するものなので、取り合いのたんびに議長を勤めさせられてしまう。

 午前午後深夜早朝と続く会議なんてNetでやってくれれば楽なのに、何を思ってか元帥職務室に集まってはひと悶着を起こす。

 陳情からはじめて要領書の提出中に他の教授が乱入、リアルな空間でぎゃーぎゃーと騒ぎ立てる教授達に、僕は切れてしまった。

「だぁー! ちょっとは落ち着いてください!! そんなに論点が合わないなら、阿弥陀くじにデモしますか?!」

 思いつきでその場を収集しているのがありありとわかる態度に、クラウディアさんが休憩を入れてくれたのだが、それでもいいアイデアは浮かんでくるものではなかった。

 以前ならばネットでの会議が主流で、皆自分のテリトリーで鷹揚に会議をしていたものだが、最近は直接対決が主流らしい

 喧喧囂囂毎日会議しているのだから頭の痛いことだ。

 僕の自制心とか敬意とか言う単語が擦り切れ始めたころ、プチりと切れる。

「やかましい!!! なぜ独占をしたい!? みんなで仲良く研究なさい!! 僕は三日も寝てないんだぁぁぁぁ!!!」

 最後の叫びはどうでも良いとして、その一言が教授会を動かすことになった。

 それが元帥府所属にとどまらず、研究員全体のレンタル制度の開始であった。



 各研究室の研究員、所属学生、研究データを一定バーターで交換しよう出来るようにしたもので、これにより研究所間の垣根が低くなるものと思われた。

 ・・・思ったのだが、やはり一次利用権利を欲する研究室が多く、新規人員を押さえたがった。

 やれ、在籍中の出席率はどうだっただの、研究論文提出率がどうだっただの。

 最初は二・三人の教授で話していたはずなのに、いつの間にか何人も何人も教授たちが現れる。

「我が研究室での彼の実績は・・・」「いや、いやいやいや! 彼が継続研究していた内容は・・・・」「やめろぉ!! そうじゃないのだ!」

 次々にシューターから現れる教授たちは、口々に泡を吹きながら取っ組み合った。

 もう、団子状態で取っ組み合っている親父どもに向かって、僕はがっくりと突っ伏した。

 人数割りや研究員の割り振りについて下会議をしていた秘密会場のはずなのに、なぜかぎつけてきたのやら。

 このまま突っ伏したままで倒れたまま寝ちゃおうかなぁ。

 机は冷たくて気持ちよさそうだし、横になった瞬間、全部夢のなかだよなぁ。

 とかなんとか思ったが、肩口から重いものが首筋に差し込まれて気付く。

 起き上がってそれを見ると、クラウディアさんが差し出す凶悪な鉄塊であった。

 うつろな瞳でそれと共にクラウディアさんを見る。

 彼女はにこやかに微笑んで頷いた。

 僕は反射的にそれを手に入れて放った。

『ぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱん!!!』

 乾いた銃声が会場に響き渡る。

 それを聞いた誰しもが床に伏せた。

 銃社会に生きる人々の当然御反応である。

 反射的に伏せた全員が、ゆっくりと立ち上がり僕に向かって引きつった笑みを浮かべる。

「・・・これはこれは、空砲で威嚇とは穏やかでは・・・・」

 ボスコック教授は、自分の視線の先の銃口が空けた天井の穴を見て絶句する。

 実砲であることを知ったからだ。

「ばばばばば、ばかな、学園内での武装行為は・・・・」

「現施設は、国連学園に有って国連学園に有りません。国連三軍支配下の軍施設に相当し、学園法に縛られない空間に相違ありません。 ここでの指揮権、支配権は国連学園に無く国連三軍指揮下にあります。」

 片手でマガジンを開放、後ろ手で受け取った新たなるマガジンを装填する。

 チャンバーへ一発目の弾丸を送り込む。

「静寂による協力が得られない場合、いささか血なまぐさい展開になるやも知れませんね。」

「・・・れ、れいせいにいこう、リョウ=イズミ元帥・・・。」

「冷静に、ですってぇ?」

 手にした拳銃を机に叩きつけた僕は、腹の底から声を上げる。

 短時間ながら訓練で身についていて、安全装置にはちゃんと指がはいった。

 訓練って大切。

「屑みたいな会議に、何日も何日もつき合わせた挙句、大の大人が掴み合いの大喧嘩だとぉ? 入れ替わり立ち代り、自分の用件以上の重要事項はないとばかりの夜討ち朝駆けの阿呆な申し入れに協議立会い、僕は泣けてきましたよ!!!」

「あ、あのぉ、元帥閣下?」

「僕は何日部屋に帰っていないと思います? 四日、四日ですよ、・・・もう時計の針が回ったから五日目だ、授業にも出れずに雪隠詰で、あなた方が導くべき生徒を軟禁状態でつき合わせた上に殴り合いたぁ、あんた等恥じを知れ!!!」

 ぜいぜいと荒い息をしていた僕の体は、ゆっくりと、本当にゆっくちと傾き、そして視界が真っ暗になった。


 イズミ元帥府にてイズミ元帥倒れるの報は学園中に轟いた。

 元帥府内に設置されている医療セクションがにわかに活気付いたが、即時に解散が責任者キム女史によって宣言される。

「寝不足のがきんちょには、点滴うって寝かせとけばいいってだけだ。」

 喫煙所でタバコを吸う女史は、ぶつくさと文句を言いまくりであった。

「健康が服着て歩いてるような若造に、従軍医療スタッフなんていらんのだよ。」

 まぁ、そんな彼女達の不満を解消するために、国連学園における元帥府スタッフの聴講制度を作ったのだが、いまや阿呆みたいな評判ばかりが先行している。

 やれ、人事改革の前準備であったとか、すでに国連三軍の変革の野心を持って元帥府を開いたとかなんだとか。

「ま、あんまりにも動きが大きすぎて、真実を見誤っているだけだな。」と、これもキム女史。

「このがきんちょは、そんなに中距離を見ながら生活をしているわけじゃないのさ。付き合ってみれば解るよ、もっと遠くの、三年も四年も先の事を望遠鏡で見ながら生活しているんだ。だから今が疎かになっちまうのさ。」

 そう元帥府で、元帥不在の会議で彼女はのたまわったという。

 そしてにやりと微笑んでいった。

「あたしらは、あのがきんちょの足元を綺麗にしてやるのが仕事さ。わかるだろ?」

 元帥府において、リョウ=イズミを唯一『がきんちょ』と呼ぶキム女史こそが、最も心酔しているのかもしれないとクラウディアさんは思ったという。


 目覚めてみれば、タバコの香りが仄かに香る人影一人。

「お、起きたな、がきんちょ」

 多少眩暈のする視界に耐えながら身を起こすと、そこは自室ではなく元帥事務をしていた部屋の仮設ベットでもなかった。

「おまえさんは、自分のことを無敵超人か何かだと過信していないか?」

 思わず肩をすくめる僕。

「いかに有能なおまえさんでも、ここ最近の仕事の量は尋常じゃない。やりすぎだ。」

「聊か卑猥な言い回しですね。」

 ぼっと顔を赤くした女史は、ばっと何かを振り払う。

「ば、ば、ばかもの! 自分の体なのになぜ自愛できん!」

 言われてみれば、何でこんなににも一生懸命なんだろうと、自ら首をひねりたくなってしまう。

 初めは事態収拾だけのために始めた元帥職務なのに、いつの間にか生活の一部になっていて、当たり前のような生活になってしまった。

 素人の分際で組織を弄繰り回したり、人の迷惑を顧みずに人事をばらばらにしたり。

「・・・辞任、出来ませんかね?」

 すうぅっと息を吸ったキム女史は、数秒そのまま息を止め、ゆっくりと吐いた。

 聊か解りにくかったが、ため息なのかもしれない。

「やめたいか?」

 思わず力なく微笑んでしまった。

「確かに、成人もしていない『がきんちょ』が背負うには重すぎる肩書きだ。 だがな、おまえさんという看板だからこそ実現していることも多い。 解ってるよな?」

「・・・」

「しかし、ここ最近の仕事の量は尋常ではない。こちらのほうから抗議をしとくよ。」

「・・・・はぁ、やめたいなぁ。」

「今やめるということは、仕事がきつくて逃げ出すというほか無いぞ? 格好のいい理由ではないな。」

「やっぱり皆そう思いますよねぇ・・・。そういわれると、逃げ出しにくいんですよ? 男の子って。」

「わかっておるよ、だからそういうんだ。」

 本当のため息を漏らし、僕はがっくりとうな垂れた。


「・・・UN所属研究員の所属は『UN』です。元帥府を窓口とし、全ての人事確定を反故とします。」

 病室からの発表は、思いのほか静かに受け入れられた。

 意気消沈とした承諾と、萎みがちの発言の裏には何かあったのかもしれない。

 そう思ってちょこっと探りを入れてみると、僕が倒れた後でクラウディアさんが半狂乱となり、手がつけられない状態だったとか。

 目を三角にして、視線だけで人が殺せるぞという風に教授陣を睨んだ後、こう宣言したそうな。

「いま、元帥が居なくなったら、次席指揮権者が黙っておりませんからね!」

 さて、組織上の次席指揮権者は、三軍各々の将軍となるわけだが、実際は一つ空白がある。 僕の仕事を補佐するクラウディア空軍大尉どのが、口頭命令を一定期間代理作成し発令することが可能なのだ。

 むろん、ばれればただではすまない。

 しかし、そんなリスクをリスクと考えるような雰囲気ではなかったというのが、教授たち全員の一致した見解だ。

「君自身も怖かったよ、本当の軍最高権利者であることを思い知らされた。」

 と、デニモ教授の意見であったが、僕自身といえば寝不足と各種覚醒錠剤の副作用で、なかばジャンキー状態だっただけの話だ。

 冷静に考えれば、全部に参加せずに、はじめっから教授会で殴り合わせればよかっただけの話だし。

 遺恨を残さないように、生徒達で試験出題をし、その成績順に権利譲渡をするというのも面白かっただろうか?

「ふむ、やっぱり睡眠は大切だなぁ。」

 ぼそりと独り言を言ったと共に、病室のドアが開いた。

「あ、おきたなぁ~?」

 くのいちポニーテールの少女は、小脇にルームメイトを携えて現れた。

「なんだ、手みあげなしかい? ちーちゃん。」

「へっへっへ~、ちゃんと小脇に抱えてるじゃない。」

 そういってロリータを僕のベットの上に乗せる。

 彼女の胸にはリボンが巻かれており、のしまでつけられていた。

『お見舞い』

 そんな風にかかれているのを見て、思わず僕はにやついてしまった。

「あ、あの、元帥、この上には何がかかれているんですか?」

「ああ、これ?」

 僕が指差すと、よこでちーちゃんが人の悪そうな顔で微笑む。

 なにかネタを張れってか。

「これにはね、『私を食べて』ってかいてあるんだよ」

 瞬間真っ赤になったロリータは、そのまま背後に倒れてしまった。

「・・・本当に食べちゃってもいいのかな?」

「ばか。」

 真っ赤になったちーちゃんが、僕を張り倒すのであった。


 全てのUN研究員は元帥府預かりとすると言う決定は、怒声や罵声が渦巻いたものであったが、時間経過と共に沈静化に向かい事となった。

 なにせ、研究員達が自らの一時権利をどこに預けるかを選択できるようにしたし、新たに研究したいところに対しても元帥府経由でアクセスできるようにしたのだから。

 古巣に戻りたい人間は古巣に素直に戻れるし、他の研究室と協力体制に入りたければ簡単には入れるというわけだ。

 この有用性は浸透し、不満を訴える声を飲み込んでいった。

 まぁ、不満が聞こえなかったわけではないが、その不満が高まれば、僕の罷免も近くなるわけで。

 嬉しさ2倍かな?などと不謹慎なことを考えたりするのも、睡眠不足が原因だろう。



 不満といえば、イズミ=アヤはこの研究室に寝泊りしている事になっている割には、ここにきても押さえられないという不満が多いそうだ。

 そこで出鱈目な言い訳をアマンダ教授が思いつく。

「やつは、カメラ片手に学園中の映像素材を集めることに従事しておってな。やつの隠れる能力は忍者マスタークラスじゃないか?」

 そういえば、と噂が立つ。

 女子寮の吹き抜けをひとッ飛びで四階フロア-まで飛び上がったとか(ヒサナガタイプ7の着用実験中の話だ)、直線状どうやってもいけない所へまるでテレポートするかのように現れるとか(シューターをルーキー達が知らないと言うことに起因する噂だ)、魚以上の速さで中央池を泳ぎきったとか。

 そんな噂を一つにまとめたアマンダ教授。

 さすがに忍者はなかろうと思ったが、どうやら皆信じ始めている感があった。

 それもまた面白い。

 ここ数日イズミ=アヤが現れなかったのは教授会に埒監禁されていただけなのだけれども、今後の言い訳にも使えるだろうということで、そのままにした。

 ということで、久しぶりのイズミ=アヤの日にアマンダ研究室のロッカーから無防備に学食へと向かった。

 本当はアマンダ研の電気バイクを使おうと思ったのだけれども、全部で払っていたので仕方ない。

 十数メートルも歩かないうちに、たーと走って寄ってくる女子ルーキーが現れる。

 暫く無視して歩いていると、背後に妙な気配を感じた。

 ざわつくような波打つような気配をいぶかしんで振り返ると、そこに居たのは大量の人間であった。

 ニヤニヤと微笑んでいる在校生。

 僕の視線で真っ赤になったルーキーの男子。

 そして黄色い叫び尾上げて失神までするルーキーの女子。

「あのー、何の集まり?」

 僕のその問いに誰も答えなかった。

 帰ってきたのは歓声ばかりだったから。

 なんでこんなに人が集まるのか側からない僕だった。


 解らないことは解らないことと思いっきり無視する事にした僕は、学食で端っこの方に座る。

 トーストとコーヒーというのが公式のイズミ=アヤのライフスタイルとなっているので、無糖ブラック三倍濃縮エスプレッソを啜る。

 爆発的に苦いものだけど、慣れれば結構面白い味をしている事に気付いている。

 『リョウ=イズミ』に戻っても、試してみようと思った。

「あ、あの!」

 周囲を遮断するような雰囲気を作っていたつもりであったが、彼女には、テルマにはわからなかったらしい。

 もしくは、先ほどコーヒーに全神経を集中していたときに雰囲気が途切れたか?

 かけられた声を無視するほどささくれた性格ではないので、にこやかに微笑んで応対する。

「おはよう、テルマ。・・・久しぶりね。」

 顔を真っ赤にしたテルマが、僕の横の席についた。

 それとあわせて正面に男子が座る。

 見ずとも解る、少年だろう。

「で、何か用?」

「は、はい! あの、凄くお聞きしたい事があるんです!!」

 朝っぱらから元気が張り裂けている少女は、僕の言葉を待たずに叫びを上げた。

「・・・リョウ=イズミさんとお付き合いしているって本当ですか?」

 すぅっと僕の意識が白くなる。

 周囲で遠巻きにしていた在校生たちも真っ白になっている。

「その、嘘や冗談ではなくて、本当の本当をお聞きしたいんですぅ!」


 うみはいいよなー、よせてはかえすよせてはかえす。

 時々おおきななみなんかきちゃってさぁ、ざぶーんて、ざぶーんだよ。

 なんかさーまいなすいおんでいいよねー


 やや意識がどこかにいっている所で、覚えの強い香りが鼻をくすぐる。

 甘い、淡いこの香りは、2人の少女を思い出す。

 不意にその形が頭の中にまとまったその時、僕は正気に戻った。

 そしていつのまにか立ち上がっていた僕の両脇にはイブとレンファが居た。

「きいたわよぉ、アヤァ~。リョウと付き合っているらしいってぇ。」

「夜の密会を繰り返しているんですってぇ? 私達に隠れてぇ?」

 ぎゅうぎゅう体を押し付けてくる二人の瞳は、どう見ても面白がっているとしか思えない。

「あのねぇ、あなたたちも知っての通り、イズミ元帥とは一面識もないのよ、私。」

 ええ! と驚きがルーキーの少年少女達から上げられる。

「入学からこっち、彼とは一つも授業は重なってないし、重装備で撮影活動しているときはこっちが身を隠してるし、彼の周りって最近ガードが多くて『本当のGF』達だって近づきにくいのよ?」

 そう僕がいうと、イブとレンファは目を潤ませて僕に抱きついてきた。

 それを見ていた在校生達は、口笛を吹いたり何したり。

「じゃ、じゃぁ、アヤ先輩は、今、フリーなんですか?」

 少年の一人が、今にも倒れそうな勢いで聞いてくる。

 僕は、あらかじめ仕込んでおいたカメラを胸の谷間から抜き出す。

「今は、これに夢中なの。この子が私の相棒。」

 スリムなデジカメであったが、スチールに負けていない性能を秘めた学園製だ。

「か、カメラになりたい。」

 そう呟く少年達にウインクして、僕は学食を去った。

 あとからトコトコと数人付いてくるが気にしないことにする。


 アヤになったり、リョウになったりと忙しい日々の中、学園は一年で最も長い休みに入ろうとしていた。

 その名も夏期休暇。

 研究室にはあまり関係ない話であるものの、ルーキー達には再び訪れた凱旋の機会だ。

 ルームメイトやチームを従えて、華々しい休みを送るだろう。

 で、その時期が近づくに従い問題が、瞬間的に、爆発的な量で発生した。

 夏休み前だということで大量に流れる元帥職務書類。

 日々消化するだけでも正気を疑う量があるのに、通常の三倍を超える量が日々電送されてきている。

 まぁこれについては、例の老人二人がいるので聊かの軽減はあるのだが。

 次に、各研究室からの国連軍への協力依頼処理。

 夏休み前にして必要データを集めてしまおうという魂胆の書類は狂気なレベルに達していた。

 僕は山積みの書類を見上げて呟く。

 夏休みは遠い・・・、と。



 一晩二晩かけて処理した感想は、もう一語に尽きる。

「終わらんねぇ、これは」

 サインしてもサインしても終わらない書類の山は、いまだ増える様相があるそうだ。

 休み前に急いで出された書類は、いまだ管理部門でスタックされているものがあるらしく、それもここ一週間以内に処理しないといけないものらしい。

 なんでもっと早くできなかったのかなぁ、と呟いたところ、その原因の一端に僕もいるそうだ。

 本来、というか今まで頑迷な書類処理形態があった為に、元帥府まで上がってくる書類はある程度セーブされていたという。

 しかし、この程の人事異動により、書類発生時点で厳選されたため、発生した書類の殆どが事前処理段階で止まる事無く元帥府まで上がってきているという。

 さらに、人員移動によって浮き上がった以前からの問題の改善案や改善報告が爆発的に発生し、今の書類の山になっているという。

 研究員問題も書類増加に拍車をかけているそうで、その増加量は予想もつかないそうだ。

 全ては自分のまいた種なのだろうか?

 考えたくないなぁ。

「・・・とはいえ、書類は処理しないと終わりませんよぉ、と。」

 ということで、僕は地道にサインを始めた。


 授業以外の時間の全て(睡眠も仮眠だけで)、三日ほど職務室で缶詰になっていたところで、学園長からの召喚があった。

 なんだろうか、と思って行くと、学園長は極めて味わい深い表情をなさっている。

 何と言う表情だろうか? そう思って眉をひそめると、学園長は重々しく口を開く。

「最近、元帥業務にかかりっきりだそうだな?」

「はい、全く終わる様相の無い山積みの書類に気が狂わんばかりです。」

 何を思ったか、学園長は懐から鏡を取り出して僕に差し向けた。

「ひどい顔をしておる。そのままでは書類に埋もれて死ぬぞ。」

 全くひどい顔をしていた。

 真っ青な顔色、真っ黒な目のした、がさがさな唇、生気の無い瞳。

「ですが、どれもこれも自業自得ということで。」

「君が休まんと、君の部下も休めんぞ。」

 ぐ、っと痛いところをつかれた。

 確かに自分の顔も酷いが、クラウディアさんたちの顔も凄い状態であった。

 ワンさんやルカカさんなど死相すら見える気もする。

 ・・・いかんな、やっぱり休みを取らないと。

「・・・つまり、夏期休暇を取りなさい、と?」

 重々しく頷く学園長。

 どうしろというんだろう、僕はため息一つついた。


 元帥府として使っている事務スペースには、信じられない人員が集まっていた。

 全員にUN所属研究員のワッペンがついていることから、間違いなく元帥府所属の研究員であることが知れる。

 みんな手に手に書類を持ち、どこからかひっぱてきた電話でどこかと連絡を取っていた。

「え・・・っと、これはどういうことで?」

 クラウディアさんに聞くと、彼女も肩をすくめて見せた。

 そんな様子を見ていた一人の研究員がにっこりと微笑む。

「あのなぁ、イズミ元帥。あんたは俺達の上司で、俺達は部下だろ?瑣末な書類一つに至るまで抱え込まないで、こっちに回せよ。」

「え、でも、皆さんは研究目的がありますし・・・」

「これでも、私たちは事務のプロでもあるのよ。少しは頼りなさいって。」

 女性研究員が微笑んだ。

「俺達、おまえさんに無茶苦茶な借りがあるんだ。ちょっとぐらいバーター解消させろよ。」

 無言の僕の横で、笑い声がする。

 不意の声に驚いてみてみると、そこには銀髪の美じょうぶが立っていた。

「・・・先輩方、かれは間違いなく貸しを作っているだなんて意識していませんよ。」

 生徒総代の言葉に、研究員達は眉をひそめた。

「彼は、あなた方が如何に感謝しているかも知らないし、どうやって借りを返せるかを待っていたなんて知らないんです。」

 極めて強い疑問の色を浮かべた視線が僕に集中した。

 電話中の人も、書類をチェックしていた人も全員がこっちを向く。

「えっと、皆さん、わたしなにかしましたっけ?」

 ざわつく周囲の声を聞いてみると、『本気か?』『何を言っているんだ?』等という言葉が聞こえる。

「どういうことです?」と風御門先輩を見ると、彼は爆笑のあまりに呼吸困難に陥っていた。

 半ばむっとして、眉をひそめると、一人の研究員が明らかな呆れ顔で僕に声をかける。

「きみ、イズミ元帥閣下よね?」

「不本意ながら、三十三通目の辞任の人事書類が認可されるまです、が。」

「先月、信じられないような人事異動を断行した、イズミ元帥よね?」

「無茶苦茶な人事異動をして解任を狙ったものの、人事のスリム化が出来てしまい書類が爆発的に増えて自爆した馬鹿元帥です。」

 ちょこっとだけ眉をひそめて彼女はさらに言葉を続ける。

「・・・人事異動の際に、君のところにサーバー限界まで感謝メールが来てたのは見たわよね?」

「ええ、いまだに信じられませんが、好評のようです。」

 ふぅ、と彼女はため息をついた。

「少なくとも、元帥府お抱えになった研究員全員感謝メール出してるわ。」

 へ? と僕が周囲を見回すと、全員がにこやかに微笑んでいる。

「でね、ちゃんとメールに書いてあるはずよ。『及ばずながら、研究員としてUN軍人として、元帥府での業務につかせていただきます』って。」

 あー、たしかにあったかもしれない、と思い至るものの、実際は社交辞令だろうと僕は思っていた。

 だって、学園に入ったばかりのペーペーに、学園の大先輩方が頭を下げるだなんて、ねぇ?

 そんなことを言うと、皆に怒られた。

『なめるな!』と。

 我々は自分の能力を十分知っているし、相手の能力を多く見誤ることはあっても少なく見積もることは無い。前例の無い人事政策や研究開放、学園技術の統合放出などを見れば、如何に全体をつかみ、そして流れをよくしているかがわかるのだ、という話だ。

 そこそこ適当にやっているだけなのに、無茶苦茶な評価だ。

 まいったものだと頭を掻いていると、ぽんと僕の頭に手を乗せる人物が現れる。

 今度は誰かと思ったら、学園の黒幕、学園長であった。

「少しは自分の配下の人間を信じなさい。」

 配下、という表現には聊か引っかかるものがあったが、僕は頷くしかなかった。

「えーっとでは、一部の事務処理をお願いして良いでしょうか?」

「命令しろよ。」

「・・・では、近日中に提出を必要とする研究書類のまとめと各研究室への送付、及び研究室からの試験依頼要項原案とそのまとめを書式化していただくことと・・・・」

 周囲は目をむく。

「ば、ばかな、そんな事までやっているのか?」

「え、ええ、まぁ、ここが学園から出る最後のチェック所ですから、抜けてるところは満遍なく・・・。」

 眉毛を三角に立てた研究員達は、各々の関係ある研究室にバリバリと電話を始めた。

「あんたんところは元帥府を何だと思ってるんだ!」「オメ-らの手抜きでこっちにどれだけの仕事があると思ってやがる!!」「修正点と提出書式は全部送り返すから、一時間以内に戻せ!!」

 いやはや、信じられない勢いで目の前の書類が消えてゆく。

 いや、勿論、消えた書類はさし返しただけなのでなくなったわけではないが、見えないだけで気分が違うというものだ。

「すごいですねぇ。」

「凄いのはおまえだ、リョウ=イズミ」

 モヒカン刈りの研究員が僕の肩を叩く。

「こんな馬鹿みたいな書類と戦いながら、いままで補習研究題材化なしだって? 化け物か、おまえは。」

「こつこつやれば終わりますよ、大概。」

「しんじられん。」

 真っ赤な髪の毛を編み上げた女性がしなだれかかってきた。

「こんな馬鹿みたいに忙しいと、彼女も出来ないでしょ? よかったら付き合うわよ?」

 甘い香水の匂いに、思わず眩暈を感じたが、ばっと彼女と距離を開けた。

「あー、一応間に合ってます」

 引きつってしまった笑顔でそういうと、前期まで学園にいたであろう人たちがくすくすと笑っている。

「そうですよ、あねさん。彼の人事権と交際権は彼以外の誰にも与えられないことが学園長の名前で宣誓されているんですから。」

「そうなんですか? 学園長。」

「そうだな、彼が勝ち得た最も重要な権利だな。」

 苦笑いの学園長、引きつった笑みの風御門先輩。

 赤毛の女性は不満げに口を尖らせていた。

「ちぇー、将来有望な若いツバメが飼えると思ったのに・・・。」

「あねさん、私などどうですか?」

 すっと音も無く近づく風御門先輩を、ぴちりとデコピン。

「ばか者、ゲイと付き合う女がいるものか。」

 爆笑の周囲を見回して、僕は何だかぬるま湯に浸かっているるような気持ちのまま、ふんわりと気を失ってしまった。


 今月に入って二度目の入院に、キム女子は目を三角にしていた。

「おまえさんは、自分のことを無敵超人か何かだと過信していないか?」

 前と全く同じ台詞に、思わず笑ってしまう。

 前回は教授会に付き合ってのことであったが、今回は自業自得。

 何とも情けないことだった。


『囚人だって国家元首だって休みがあるのに、国連三軍元帥には休みを取らせないつもりか!!』

 元帥府常駐医療部からの報告は、そんな一言から始まっていた。

 ほぼ、何の抵抗も無く押し寄せた書類の分量内容を列記した目録を各部署に送り、一人で処理できるものならやってみろと併記した後、慢性疲労のために元帥の体調は極めて悪化しており、医師として一ヶ月の休養の実行を宣言した。

 無茶苦茶であるが、主治医たるキム女史は一線たりとも引く姿勢は見せなかった。

 そんな報告に添えられていた書類には元帥府所属研究員からのものもあり、現状に大きく問題が存在していることを訴えていた。

 この程行われた人事異動の要は「情報の通気性のよさ」であるにもかかわらず、元帥府に全ての情報を集約せんとするために、トラフィックオーバーを起こすという問題があるというものだった。

 現在元帥府に常駐している研究員と同規模の事務所の開設が急務であり、その体制への移行のためには運用実験も含めて一ヶ月が必要だというものであった。

「急務なんですか?」

 僕の問いに、赤毛の姉さんヴォード女史は微笑んだ。

「急務だよ、急務。今は夏期休暇中だから良いけど、休暇が明けたらあんた寝る時間も無いよ。」

 つらつらーと彼女の並べる書類を見て目をむいた。

 今までの書類数と、これから予想される流通量、僕が単位時間あたり処理できる書類の数、そして一日の処理できるであろう書類の数。

 ぐるぐるぐるぐる、思わず目が回る。

「ちょっと色はつけたけど、殆どこの書類道理になるね。」

「あねさん、こんな書類いつの間に作ったんですか?」

「へっ、こんな書類なんざ一時間もあればすぐできるって。」

 つまり、こんな書類をさくさく作っちゃうやつらが、いま国連三軍でごろごろしているわけで。

 そりゃ仕事も増えますよ。

「ま、この夏期休暇は、元帥殿も休めるだろうさ!!」

 制服の腕をメッシュに改造したモヒカン男、クラウンズが吼えるように言う。

 こういう言い方がスタイルなのだそうだ。

「申し訳ありません、先輩方。本来の皆さんのお仕事とはかけ離れたことばかりお願いしてしまって。」

「あー、まてまてまて! それ以上言うな!! いいか解ってるな、俺達は部下、部下だからな!!」

 モヒカンの彼は、顔を真っ赤にして両手を振る。

 見た目とは違い、極めて恥ずかしがりやなのだという。

 集まってくれたかつての国連学園生徒達のおかげで、僕ははれて夏休みを取ることが出来ることとなった。

 休み明けが思いやられるけど。


前書きでも書きましたが、ほめられると嬉しいものです。

叩かれると凹みますがw


もっともな内容というのは頷けますが、「正論を言っている自分は正しくて偉い」という理論展開をしている人を見ると、言われている作者さんがかわいそうになります。


その辺は手加減すべきなんだろうなぁ、と期待を込めてあとがきでしたw

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