第十三話 梅雨の終わりに・・・
長々と続いた雨がやっと上がった。
天気図を見れば解るとおりに、本格的に梅雨が明けたのだ。
僕の課題が終了した頃、教授会からの申し渡しがきていた。
暫く休んでいた『幻美人プロジェクト』の再開についてだった。
暫く学園を離れるという言葉と共に「イズミ=アヤ」は姿を消したのだが、それもこれも全て僕の成績が低下していた為だ。
多くの時間を隠し課題に吸われていたために、課題を終えることが出来無くなっていたのだ。
致し方なく教授会も一次的な隠し課題の停止をを容認したのだが、十二分に成績が戻ってきた所で再開を申し入れてきたのだ。
もちろん、拒否権は無い。
目の前で行われた会議で、全員一致の決議はあまりにも恐ろしく見えた僕だったが、教授会の満場一致での決定は学園長の決定と同等であるために、逆らう術もなく再開せざるえなかった。
では、活動開始は何処からにしようか? というプラン検討が、教授会に続いてチームによって同じ場所で行われる。
そんな会議場所は、総勢、三桁を越える人数を内包してもまだ空間的に余りある場所に、この程引越しをする事になった。
学園各地にあるシューターに近く、そして神出鬼没に現れる事が出来る場所。
学園地下施設の中央に存在する核シェルターに、『幻美人プロジェクト』が移ってきたのであった。
「やっぱり、何気ない場所で活動を始めるべきだね」
と、ゲオルグであったがJJとしては、人目を引いておいた方が言いという。
「なぜ?」
「だって、アレだけ目立つ人間がここ最近姿をくらませていたんだ。今までとは逆に燦然と現れて周囲の違和感を増長させ、後輩達にヒントを与えた方がいい。」
「いや、無理にヒントを与えなくても彼らには理解できる頭がある。日常の中にある題材を隠れ課題としているんだから、日常にうずもれさせるべきだ。」
ゲオルグとJJ、共に譲らないが共に正しい事をいっている。
ともなれば、あとは好みの問題だと思った僕は、申し訳ないがゲオルグプランを基本選択とする事にした。
そこでJJ。
「いいのか? このままルーキーに正体を悟られないままだと、ミスコンに推薦されるぞ。」
どきりと心臓が跳ね上がる。
嫌そうな視線でJJを見ると、彼はニヤニヤと微笑んでいる。
しかし、あとの事はあと、明日の事は明日考えるという今の精神状態の僕に何を言っても無駄だった。
ココ最近寝不足である為か、アヤの格好となってもあくびが絶えない。
何時もの食堂の席に座っていると、何処とも成しにルーキー達が集まりだした。
この格好のときにしか飲まない濃いコーヒーを啜っているうちに、出口が無いほどの人が集まりきったようだ。
「あ、あの、席をご一緒させて頂いても宜しいでしょうか?」
軽く頷く僕だったが、テルマ少女とその集団であったに、何時もとは違うメンバーが混じっていた。 その2人とは面識深い関係だったりする。
「ご紹介させてください、こちらの2人は・・・。」
「千鶴=墨田さんとドロレス=ファイランド=アースさんね。」
人工声帯から出た声を聞いた途端、2人の少女はぴょこんと頭を下げた。
「式典ではお世話になりました、またお会いできて幸せです。」とちーちゃん。
「・・・よろしくお願いします。」と、ロリータ。
テルマは何となく置いて行かれた感じになっていた。
「で、少女達。そろそろ食べはじめないと、時間が足りなくなるわよ?」
その一言に、少女たちはそろって席につき始めた。
食事の最中、テルマや彼女のチーム達から色々とチーちゃんたちについて聞かされた。
やれ、学業に熱心だとか、それで居て周囲に十分気を使っているとか、明るい態度と細やかな配慮が良いとか何とか。
半ば無表情に食事を続けているチーちゃんであったが、首のあたりは赤いのを見ると十分に照れているに違いない。
ロリータなど半分硬直している。
僕自身も何だかくすぐったいような気がしてならない。
僕自慢の妹分、そんな心のうちを誰かに話したくてしようが無い気分だった。
「・・・それでですね、アヤさん。」
もじもじとする彼女達。
一様に下なんかを見たりなんかしている。
「お願いがあるんです、・・・いわば挑戦です。」
爆発的に嫌な予感が背後に走る。
テーブルの挟んでチーちゃんやロリータが苦笑していたりする。
何かが行われようとしているのだろう。
「それ、私、聞かないといけないかしら?」
「はい、けっして学園と在校生は私達を飽きさせないと、果敢に挑戦せよと言ってくださった方がいらっしゃいましたから!」
きらめき瞳に照らされて、僕は思わず見知った2人を見たが、二人は肩をすくめるばかりだった。
嫌なとこばかり学園に馴染むものだ。
がっくりと項垂れて、一応聞く事にした。
「で、その挑戦って何かしら?」
グッと力をこめた彼女は、絞り出すように声を放つ。
「わっ、私達と、競っていただきたいんです!」
嫌な予感で押しつぶされそうになりながら、僕は聞いてみた。
「な、なにで競うの?」
にんまりと微笑むテルマ。
「もちろん、学園祭のミスコンです!!」
僕はその場でがっくりと力尽きた。
チームの皆は口を揃えて「出るしかあるまい」という。
彼女たちはルーキーで、それに挑まれた僕は先輩なのだから、と。
「僕、だけか?」
そう言う僕に、皆は言う。
「今は、私、だろ?」
いまだアヤ姿の僕。
本日は既に実習済みの内容なのでパスしたのだが、何処からかアヤの姿を見つけたルーキー達に付きまとわれて、昼食時間の今まで、着替えるタイミングを失っていた。
地上で食事をしていると何かと見つかってしまうので、関係者以外立ち入り禁止のプロジェクト部屋での食事となっていた。
いつもの喫茶店からのテイクアウトを頬張りながら、元帥職務も遂行する。
なにやら本気で自分が何者なのかを疑いたくなってきた。
「しっかしねぇ、僕は前回でお役御免になってるはずだろ? 今年は審査員になりたかったのにぃ。」
「それは難しいね。 今年はディフェンディングチャンピオン再出場制度が適用されたから。」
「な、なんだと、そんなルール聞いたこと無いぞ!」
「ある女性生徒総代の時代に、女性蔑視だということで女性への適用を禁止されたんだ。」
「女性?」
「ああ、女性『のみ』」
「性別差別だ、人権蹂躙だぁー!」
つまり男の僕には適用すると言い出したわけだ。
腐れ生徒総代め。
「出なきゃ良いのさ、棄権するよ。」
「・・・アヤはルーキーに挑まれている、ディフェンディングチャンピオンはイズミ=アヤ。誰が出場するのかなー?」
むっとした僕は二人の少女を睨むが、全く感じるものがないらしく、ニコニコしている。
泣いてもだめ、怒ってもだめ、すねてもだめ。
万策尽きた僕は、本気でがっくりとしてしまった。
お昼からはじめた書類の切りが悪いために、プロジェクト部屋で書類整理を続けていた。
着替えるタイミングを逸していたままであったので、いまだアヤのまま。
「元帥、お似合いですね。」
立場上、間近でアヤの格好を見ることが少ないクラウディアさんは、頬を赤らめて言った。
「あのですねぇ、僕は好きでこの格好をしているわけじゃないんですよ。」
「でもお似合いなことには変わりません」
いやに強硬に言う。
「・・・僕は、この格好は嫌いなんです。」
「・・・すみません。」
しゅんとしょげ返る彼女。
これでも十二分に成人女性のはずなんだけどなぁ。
際限なく落ち込まれると、それなりに困るので苦笑を浮かべてフォローする。
「まぁ、気にしないことにしますよ。クラウディアさんに誉められるのはうれしいですから。」
その一言で笑顔を取り戻してくれるのだから、こちらとしてもあり難い。
「元帥、あと、この書類だけで本日分終了です。」
「本日分? じゃ、夜の部はなし?」
「はい、緊急書類以外は一切なしです。」
緊急書類は仕方ないだろう。まさに緊急、一分一秒を争う書類なのだから。
「じゃ、これから着替えて散歩に行くねぇ」
とウヲーキングクローに飛び込むと、彼女はこほんとせきばらい。
「・・・できれば、この後の時間をお貸しいただきたいのですが・・・。」
消え入るような声を聞いた僕は、メイクを半分落とした顔で彼女を除き見る。
「メイクを落とした後でいい?」
「結構です。」
「もしかして、デートのお誘い?」
「おしいです。」
・・・何なんでしょう。
メイクを落とし、標準制服に着替えた僕は、クラウディアさんの付き合いでいつもの喫茶店に行った。
いつもの席に座ると、その横にクラウディアさんが立つ。
「あれ? 座らないんですか?」
にこやかな笑みを浮かべた彼女が、喫茶店の入り口を見たとたん、数人の少年少女が現れる。
見慣れた少年少女はルーキー達であった。
「実は、彼らから元帥のお時間があるときに会見を申し込まれておりまして・・・。」
つーっと冷や汗一筋。
「は、はじめまして、イズミ元帥!」
走りよる少年少女たちの迫力に僕は押されていた。
「あの、お忙しい中、申し訳ありませんでした!」
元気一杯の声だと、思わず苦笑い。
「で、何か用かな?」
僕が小首を傾げると、はいはいはい!と皆が手を上げる。
「く、くらうでぃあさん、前もって質問内容のチェックはしているんですか?」
「勿論していません。そちらのほうが面白いでしょう?」
真っ黒けに学園に染まっている・・・、彼女を僕はそう感じた。
こ一時間の会見を終えた僕は、いつの間にか公私にわたり立場が変わってしまったと思った。
あたかも学園代表のように振舞わざる得なくなっていたり、ルーキー達の矢面に立たされざる得なくなっていたり。
基本的に、僕の立場は一般学生で、二回生で、友達と馬鹿をやっている時間が一番好きな学生というもののはずであった。
が、いつの間にか権力構造のトップに引き上げられ、祭り上げられ、あれよあれよというまに、馬鹿のしにくい立場になってしまった。
「元帥、ご相談もなく、申し訳ありませんでした。」
「いやいや、いい気分転換だったよ。ありがとう。」
こうやって連絡武官として派遣された彼女にも気を使う毎日だ。
学業と元帥職務だけで一杯一杯の毎日に何の意味があるのか?
徐々に僕の中でその思いが大きくなってきていた。
だから、僕は一大決意をしたのだった。
心の底から楽しいと思える学生生活のために!
三軍将軍が召集した会議は紛糾していた。
明らかに無茶苦茶とも思える人事指令が元帥府から発せられたからだ。
その人事は佐官から一兵卒にいたるまで発令され、国連三軍が混乱の極みにあった。
なぜそのような人事権の暴力ともいえる指令が発令されたかがわからない。
少なくとも、先日の査問会ではそんな素振りは見られなかったからだ。
「・・・もしかすると。」
国連海軍JJ将軍はモニターの中で顔をしかめる。
「J、何か思い当たる節があるのか?」
「・・・夏期休暇を前にして、空軍からいつも以上の元帥決済書類が送られている。そのことでご立腹なのかもしれん。」
「うちも、増えてるぞ。」「うちもだ・・・・。」
試算したところ、通常流通量の五倍。
チャン将軍、シン将軍、JJ将軍。
誰もが思った、こりゃ怒るよ、と。
分析官の報告では、まったく人柄も適正も評価表も考慮しないでランダム(軍用乱数表に合致した)配置された人員は恐ろしいもので、定数ばかりはそろっていても元事務員ばかりの歩兵隊や、後方支援要員ばかりを各方面から集めた(お茶くみすら失敗するような女性事務員も組み入れられた!)調査部隊など問題点は多岐にわたっていた。
「自らの無能をアピールしての罷免を狙ってます。」
彼の一言があれば、世界戦争すら起こせると言うのだから、この程度の小さな齟齬ぐらいは目を瞑りたい。しかし、国連三軍機能自体の崩壊を自らの罷免材料としようとしている狂った行為は看過出来るものではなかった。
三人の将軍は静かに見詰め合った。
彼の望むことを、三軍に最も望まれたトップの望みを言葉にしてよいものかどうか。
僕は上機嫌だった。
元帥罷免の日がもうすぐにやってきているからだ。
国連三軍数千万人に及ぶ人事を一気に一晩で入れ替えると言う指令を発令したばかりで、その指令を見た将軍たちは間違いなく僕の気が触れたと言うことで罷免するだろう。
普段人事面での移動の際に排除される軍システム部分にも手を入れたのだ、暴挙といってもいいだろう。
書類の作り方や慣例を知っている人間をシステム根幹から駆逐し、伝統や儀礼に詳しい人間を現場から一掃したのだ、仕事になるまいて。
発令施工前に罷免、そして人事刷新中止となと言うのが僕の目算だった。
事務方の人員を空母に乗せたり艦長にしたり、マッチョな歩兵を広報のデスクにつかせたり、前衛バリバリの人間を後方へ送ったりともう、絶対に不満一杯だ。簡単なスクリプトなんか組まず、ミスマッチのみを念頭に自分の手でいじった人事は、自分が見ても無茶苦茶だった。
これを見て平然としているクラウディアさんって、もしかすると大物なのだろうか?
まぁ、今回の人事異動ではクラウディアさんの職務遂行上の弊害も発生しているので、彼女の怒りもひとしお、綺麗にバイバイ出来るだろう。
そんなことを考えながら、いつもの喫茶店でキシシと笑う僕の元に、二人の美少女が現れた。
「あら?今日はご機嫌ね」とイブ。
「・・・クラウディアさんは一緒じゃないのね。」とレンファ。
するりと僕の両脇に座った彼女たちは、いつものように紅茶を頼む。
「ま、ね。彼女はそう、高密圧縮容量120GBにも及ぶ人事書類を暗号化しながら転送中だからね、ちょっと時間がかかるかな~」
「ま、悪巧みで彼女をいじめてるの?」
「ちがうちがう、・・・いや、彼女は望んでいないかもね。」
そういいながらため息をつく。
彼女自身僕の連絡仕官でいたいといってくれている。それを鵜呑みすれば、僕の罷免はうれしくないだろう。しかし、あれだけの美人で有能な人が小僧のお守りなんて仕事をずうっとしていたいわけがないわけで。
上官への気遣いと言うのはとても痛いと僕は思う。
出来れば彼女をすぐにでも解放してあげたいけど、それもこれも罷免あってのこと。
まぁ、罷免寸前には彼女自身の進退を良くしてあげたいと思うけど、それもこれもあの人事書類の反応次第。
即効か遅効かはすべてが終わってからとなる。
元帥を罷免になるような男などと言うことで、もすかすると学園の生徒総代なんて話も立ち消えるかもしれないし。
うん、これはいいね~
にこやかな笑顔の僕を、不気味そうに二人とも見ていた。
「リョウがこんなにはしゃいでいるの、はじめてみたわ」
「なんだか、子供みたいで不気味ね」
「僕は十分に子供だと思うけど?」
何気ない一言。
この一言が現実的な一言だとは誰も思っていなかった。
「おはようございます、元帥」
いつもの朝、いつもの喫茶店にいた僕の元へ、大量の書類を抱えたクラウディアさん。
なぜかその後ろに年配の老婆と老人がいた。
「おはよう、クラウディアさん。」
ざざっと、テーブルを埋め尽くす書類。
二人の老人は手際よく整理し、項目別に配列。
いつもならばうんざりするはずの書類は、一気に整理完了し、後は僕がサインするだけになった。
この手際、この速さ、何と言うか・・・プロだ。
思わず感心してクラウディアさんを見ると、彼女はもっと喜びを眼に浮かべていた。
「感謝です、感激です、感動です。私の元に二人のアシストが配属されると聞いて事前に調べてみれば、失礼ながら退役延長なされたお二人で、しかも戦史編纂課最後の二人だと言うではないですか。少なからず元帥のお心を疑っていました・・・・。」
そう、寝ることとサボることしかしない老人二人を彼女の配下に入れようと画策していたのだから、疑って当然。
思わず眉を寄せていると、クラウディアさんが、かっと拳を握る。
が、しかし、その最後の二人は事務処理のエキスパートなんですね!、と。
最後の二人と聞くと規模縮小の中で残された閑職のように思われるが、実際はそうではなかったのだ。かの老人たちは、集まってくる情報からデータベース制作・検索ソフトの改良・書物管理などを人30倍行える事務プロだったのだ。
僕も知らなかったけど。
「イズミ元帥、退役延長どころか元帥府への直接の招聘を感謝しております。」確かこの老人は王=重言。資料では、仕事場で囲碁や新聞ばかりを読んでいるとかいてあったので、囲碁の手ほどきを受けて、黄への連敗記録を塗り替えるためだけに呼んだのに。
「イズミ元帥、遣り甲斐のあるお仕事をいただいて、とても感謝してますわぁ」こちらはルカカ=カワワ=テルクッテ。事務机の上に無数の編物が埋まっていたとか。
正直な話、評価報告を鵜呑みにして編成したんだけどなぁー。
心苦しいけど、クラウディアさんにも見限ってもらうつもりだったのに。
「元帥、なにか?」
クラウディアさんの心配顔に苦笑で答える僕だったが、苦笑はそれに収まらなかった。
その日、元帥当てのメールボックスは将官・仕官・兵士からの直接メールで溢れた。
さぞ苦情ばかりだろうとほくそえんで見てみると、思わず眉をしかめる。
僕の英語解析能力が誤っていなければ、多分、お礼、だよなー。
もしくは感謝。
たとえば一例を紐解いてみると、
『この度、国連空軍空母「父とこの大地」海兵部隊より広報か窓口に編入された、クロイツ軍曹です。私のごとき一兵卒の家庭事情に配慮していただいた人事に、心から感謝の念が絶えません。 一年のうちに数日しか家に帰れないという夫婦生活のなかで、やっと出来たわが息子の出産に間に合うように配慮された地上事務所への勤務のこと。そして見た目とは違い、腕力を振るうことを嫌悪していた私の精神鑑定書を十二分にご考慮いただいたこと。わずかばかりの間に全軍掌握なされた実力を垣間見た気持ちであります・・・・』
おかしい、勤務評定ではこんなことは書いていなかった。
『作戦参謀室勤務がとかれ、戦史編纂課に配属されたとき、すべての出世の道がなくなったかに見えましたが、出世のためのすべてがここにあることに気づかされました。システム課から配属されたもの、庶務のエキスパート、歴戦のファイターパイロット、曲者の全員が合致したときすべてがわかりました。この歴史編纂課こそ真の参謀本部であると・・・』
性格的に最悪の相性の人間をひとつ狭い部屋に押し込めただけなのに・・・。
しかし、真の参謀本部って・・・。
『庶務課より調査部へ転属せしミスズ曹長であります。当方の偽装行動を見抜いた慧眼恐れるに足る主とみるものなり。終生お仕えいたしたく・・・・』
だれだだれだ、近年まれに見るメガネどじっこだと評価したやつは!! 調査部をがたがたにしようと思ったのに~~~~!
『ゲイの巣窟から救い出していただき、ありがとうございます。あと一日遅かったら僕は両親に顔向けできなくなるところでした。配属先の従軍教会は、皆さんいい方ばかりで・・・・』
確か彼は、軍広報部の人事課だったはずだ。まったくものにならないと言う報告が入っているので、そんなに素行が悪いなら、教会に派遣してしまえと・・・。
「・・・・なぜなのかな?」
ばったり机に倒れこむ僕。
一晩中まんじりとしながらメールをチェックした結果は、空恐ろしいものだった。
総数八十二万三千二十五通。
そのすべてが感謝の手紙であった。
これだけ感謝している人間がいれば、その逆に不満を持っている人間がいるであろうと思って待っていたが、ひとつも見つけられなかった。
どういうことなのか?
手元に残っている資料をいくら調べても、感謝の言葉なんて出てくるはずがないのに。
やはり机上の空論、というやつなんだろうか?
そんなことを思いながら、ずるずると着替えをはじめた。
致し方ない、ヒサナガスーツ。
飲みなれた人口声帯。
今日はアヤの日であった。
ふと気づけば、学園内にUNの徽章を漬けた若者が多く存在していた。
研究塔を歩きながら、なんだろう? そう思っているところ、ふいに右から引っ張られた。
見てみればそこはアマンダ研究室事務所。
引っ張りこんだのは研究室長たるアマンダ教授。
その顔は満面の笑みを浮かべている。
「やるではないか!この~!!」
ヘッドロックの上にぐりぐりと僕をこぶしで責める。
「あうあうあう、なんですかぁ~もう!」
そのまま教授の個室に連れ込まれた僕は、ばんばんと肩を盛大にたたかれる。
「貴様は思い切ったやつだと思っておったが、ここまで徹底しているとは思わなかったぞ」
にこやかな笑みは、怒っているわけではないのだろうけど、意味がわからなかった僕は当惑気味であった。
「え~っとなんでしょう?」
「この期に及んでお惚けか? まぁいい! クレアもリアも貴様のおかげで戻ってこれたのだ、私もむすめっこ達も大助かりだ!」
えっと、どういうことかな~、と言う視線で僕が答えると、彼女は合点が行ったと言う顔をしたあとで、思わず顔を赤らめた。
「す、すまん、アヤ・・・どうも、慣れんな。」
咳払いひとつをした教授は、わざとらしく噂話をはじめた。
「かの国連三軍唯一の元帥は、軍内人事に関する一大改革を行ったのだ。その改革は巧妙でな。人事関係の配列を軍内一般ランダム表に合致する形で配置しながら、その実隠れた適材適所を施行しているそうだ。」
「は!?」
本気で驚く僕を見て、教授は満足そうに微笑んだ。
「(いい演技力だな)・・・その中でも軍内研究者達の扱いが巧妙なのだ。一時的に元帥府に引き入れることにより学園における活動を確保し、さらに以前から許可されていた元帥府内人員の学園授業聴講制度を利用することによって優秀な人材を各研究室に還元したのだよ。」
「・・・はぁ?」
「わからんか? 集められた軍内研究者のほとんどは、国連学園出身者なのだよ。それも各研究室トップクラスのな。」
「・・・・えぇぇぇぇぇぇ!!!!」
本気で驚いた、まじめに驚きすぎて、頭の中身が真っ白になった。
そんな僕を教授は引き寄せる。
「研究資材自体を国連軍と国連学園で共有し、さらに研究まで同一化するという強引な手法には恐れ入ったぞ。 化け物みたいな支持率がなければ出来ぬこと、感謝の念が絶えん。」
「ま、まってください、教授。わ、わたしは、そんな、え、でも!!」
にこやかな笑みとともに僕を放した教授は、音を立てて僕の頬にキスをする。
「この程度で返せるバーターではない、いずれ本格的にバックアップするからな」
ぽいっと放り出された僕は、事務をしている研究員達の中で呆然と立ち尽くしていた。
その日の活動先すべての教授に感謝されつつ、僕はふらふらと食堂に流れ着いた。
アヤの格好のままでいつもの喫茶店にいっては、なにかとけないことになっているので、昼食などは食堂で取っている。
リョウ=イズミと食事自体の同一性をなくすために、ここでの食事は必ずトーストとコーヒーと決めていたが、今日はカロリーが極端に足りない気分であったのでコーヒーに砂糖をがんがん入れる。
それを見た少女が心配そうに寄ってきた。
「大丈夫ですか? アヤさん」
いまやルーキーの中心格にいるテルマであった。
彼女の後ろからは、彼女のチームも心配そうに覗き込んでいる。
「あー、いろいろあって、ちょっと疲れているだけよ。」
そういった僕に彼女も疲れた顔をする。
「あら、あなたもお疲れ?」
その一言に苦笑を浮かべる。
「あ、その、ちょっとだけ、悩んでいるんです」
「?」
彼女の悩み、それはUN徽章をつけた軍関係者の増加であった。
「あの受験をくぐりぬけた人しか学園に入れないと思っていたので、ちょっとイズミ元帥はずるいなーって。」
背後の少女たちも同じような顔つきであった。
なるほど、彼女たちもあの受験を潜り抜けてきたと言う自負があるのだ。
「でも、さっきアマンダ教授から聞いたけれど、ほとんどみんな元国連学生らしいわよ。」
「え?そうなんですか?」
「そう。 国元の事情や家族に事情のためにやむなく卒業したあと国連軍に入って研究を続けていた人たちで、経費削減と効率化のためにむりやり軍務についたままに呼び戻されたんですって。」
「じゃぁ、研究室は大助かりなんですか?」
「あなたたちも経験豊富な先輩が増えたってところね。」
「そ、そうだったんですかぁ~。」
ほうっと息を吐くテルマ。
「一年先に入学しただけかと思っていましたけど、こうやって実力を見ると本当に凄い人なんですねイズミ元帥って。」
答えに窮する僕。
「天才って、本当の天才っているんですね~。」
「このまえ教務塔でお見かけしましたわ。」
「あ、あの喫茶店って入店資格審査があるって本当ですかしら?」
「元帥って次期生徒総代なんですって!!」
「きゃ~~~」
さて、彼女達は、本人を目の前にしていることに気づいたらどう思うだろうか?
げんなりとした僕の口には、コーヒー色の液体の味はしなかった。
もうだめだ、ちくしょう! そうおもった僕は、元帥職務用と成った部屋で着替えて三軍将軍を呼び出した。
おかしい、絶対におかしいのだ。
自分でも信じられないぐらい無茶苦茶をやったのに、何で誉められるの? なんで感謝されるの?
「がぁーーーーーー!」
思わず叫びをあげた瞬間、回線がつながる。
きわめて錯乱した姿を見た割には、三人とも冷静だった。
「このたびの人事、感服いたしました」
何事もなかったように切り出す陸軍チャン将軍。
「見事も何も、あてずっぽうです」
「ほほぅ、それは異なことをおっしゃいますな。わざわざ人事ファイル全てを接収し、毎晩毎晩書類と格闘し、そして見事の一語に尽きるタイミングでの強制発令。そしてわれわれには一切上がってこない苦情、外部からも問い合わせがあるほどの完全な迷彩人事でありながら適材適所、これ以上の采配はないでしょう。」
クラウディアさんの報告がすでに彼らに届いている査証だろう。
僕のところに来る軍内メールは必ずクラウディアさんを一度通るから。
放置していたのは不味かったかも知れない。
「すべて、休み前に片付けたかっただけです」
ふぅとため息を漏らす空軍JJ将軍。
「仮に、もし仮にすべてがばらばらのいい加減で決められた人事だったとしましょう。われわれは信じませんが、そういう分析をする分析官もいましたから、そういう仮定も可能でしょう。が、もしそうであったと言うのならば、本来なら罷免を受けてしかるべき罪と言えます。」
瞬間、僕の心は沸き立ったが、チロリと向けられた視線でいやな予感が膨らむ。
「が、それはすべて、結果がネガティブであった場合のみです。」
「そう、今回の人事異動で国連軍内に大きな問題があったことがわかりましたが、その問題すべてが解消したのです」
「すべて?」
「はい。」
沈痛な面持ちの海軍シン将軍は、資料を画面上に表示した。
それは何人もの人事ファイル。
が、その中で目を引くものがあった。
たとえば、ミスズ軍曹。移動によって曹長。
「やはりご存知でしたか、ミスズ軍曹を。」
ご存知もくそも直接妙なメールをもらったと言うと、全員が目を丸くした。
「あの、インビジブル・エッジに!!」
話によると彼女は自称殺し屋という、有名なテロリストだそうだ。
誰の依頼かは調べられなかったらしいが、僕の暗殺を試みるために国連軍にもぐりこんだという。そこで情報収集と足場固めをはじめ、さぁこれからというところで人事異動。それも天敵とも言える情報部に元帥自らの署名で異動になったのだ。
瞬時に彼女は自らの器を知り、依頼を断念したと言う。
彼女の戦歴は十数年前から続くものだそうで、誰にも気づかれづに誰にも判らないように暗殺を成功させることから、インビジブル・エッジと呼ばれるようになったという。
が、素顔不明・年齢も不明と言う体たらくで、さらに気づかれる事もなしに国連軍に潜り込んでいたと言うのだから恐ろしい。
さらに出てくる問題点は、軍内監視機構自体の麻痺とも取れるもので、なんとも頭の痛いところだった。
「すべて、すべて偶然です!!」
「偶然ならなおのこと、ですな。」
そう言ったのはチャン将軍。
「わら我は勝利のために、作戦成功のためにすべてを注ぎます。それがたとえオカルトロジーに傾倒したものであろうとも、根も葉もない噂であったとしても、プラスの材料ならば必ず取り入れます。」
ばっさりと断言するチャン将軍を見て、僕はめまいに似たふらつきを感じた。
「われわれが行うべき改革の多くをこなしていただいたことを感謝します。」
「この断行人事は末永く語り継がれますでしょうなぁ。」
歯が浮き上がるようなお世辞が並べ立てられた通信回線上の会議を、僕は無言で切った。
何もかもが上手くいかない。
どうしてこうも裏目裏目に出るんだろう?
ぎしっとせもたれに倒れこんで、僕は頭を抱えていた。
国連軍の解体すら覚悟しての無茶苦茶な命令は、無茶苦茶な理由により肯定され、無茶苦茶な理由で歓迎された。
無能のそりを受けたいのならば、公金横領やセクハラに従事すればいいという話もあるが、その手のことに対するパッションが足りないせいか、全く触手が動かない。
調整休暇以来、その手のことに臆病になっているという向きもあるが、実際、女性一人に対して責任の取れないようなことはしたくない。
思わずため息で書類をのぞく。
有能な老人達とクラウディアさんの手によって整理された書類は、流入量に比べてはるかに楽になっている。
僕以前の段階で決済が済まされて良いものが全くなくなっているといっていい。
そういう点では、僕の行った人事異動の恩恵を僕自身が受けているといってもいいだろう。
きわめて複雑な思いのする休み前であった。




