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第十話 新学期その2


 男として、およそ考えられるレベルでの贅沢を現実のものにしているとタカに言われた。

 気の置ける仲間達と、影からそっと支えるガールフレンド、そして全世界単位でのバックアップを持っていれば、何も怖いものは無いだろう、と。

 一年卒業を決めたタカは、このまま就職するそうだ。

 国内有数の家電メーカー研究室に入ることとなったタカは、非常に高いレベルの給与を与えられる代わりに高度な能力を求められるだろう。

 摩擦社会とも言える日本国内で就職するのはどんなものかと思っていたが、どうも実家の経済状態が思わしくなく、それを支えるために卒業するらしい。

 個人的には何とかしたいと思うことだったが、彼のプライドと僕の元帥という地位が邪魔させていた。


「でもまぁ、おれもリョウの友達ってだけで、結構いろんなところからオファーがあったんだぜ。」


 にやりと笑うタカ。

 この一年で起きたことを思い返しているのか、これからの一年を思いやっているのか、それは誰にもわからなかった。



 国連学園には退学は無い。

 どんなに素行不良でも、どんなに成績不振でも、あらゆる手段が講じられて解決される。

 精神面での不安は格好の研究材料だし、成績不振という状態すら改善への道が研究になるからだ。

 ゆえに、入学したてだろうと一年目だろうと、学園を去るものは一定の成果を見せた卒業生であるというのが学園側の弁である。

 無論学業成績や個人の素行以外の問題も多い。

 祖国が国連を脱退するとか、戦争状態になってしまうとか、実家に緊急事態が発生するとか。

 少なくとも、入学試験の最中、黄と僕と共に行動していた始めてのチーム感覚を感じさせてくれたロシア系女性は、母国が連邦から分離独立運動に成功してしまったために、一次入学停止状態で一年以上を過ごしている。

 当時の学園の対応如何では、僕も入学を取りやめるつもりであったが、彼女は必ず国をまとめてから学園に来ると約束してくれたので、僕も入学することにしたのだ。

 入学を無事に果たした中でも実家の問題は結構身近な話で、タカのほかにも数人友人が家庭事情で卒業していった。

 ここ数年続く日本国外国内不況の影響は、在学中の彼らに影響ないものでも、それを支えた家族には痛手であり、経営会社の倒産や整理解散なども少なくない。

 借金もあり、生活苦もある家族を捨てておけず、彼らはわが身を克てとする為に学園を去るのだ。

 一見の勝者も、いささか状況が重なると厳しい現実となるわけだ。

 我がチーム内にはそのような悲しい別れは無いものの、結構実家は苦しいらしいという話をよく聞く。

 僕などは実家がほぼ無人で、貯蓄がそのまま家などの固定資産税に持っていかれるシステムになっていたのだが、現在国籍停止中の僕から税金は発生しないし、管理して言うのが国連(色々と問題が発生したらしいが)だから、納税義務すらない。

 生活費は国連持ち。

 何だか気楽な生活をしているなぁと感心してしまった。


「ほんと、実はリョウって根無し草だったのね」


 タカの旅立ちに立ち寄った後、何時もの喫茶店でガム抜きのアイスコーヒーをすするレンファは言う。

 ここのコーヒーは水出しなので、結構希少。

 以前はあまっていたらしいが、僕らチームが出入りするようになってからは、限定数とか言い始めている。

 それはさておき、まぁ、彼女の言うとおりの生活な気もする。

 自宅はあっても、管理しているのは僕ではないし、待っている家族がいるわけでもない。

 事実、国連学園入学以降は日本国籍もないし、個室といえば寮のベットぐらいなもの。

 心底の意味で国連国籍こそが僕のよりどころといえる。

 まじまじと僕を見つめるレンファは、ちょっとだけ俯いて小声で言った。


「・・・ごめんなさい、言いすぎだったわ」

「・・・?」


 笑顔の僕を見たレンファは苦笑いだった。

 抜け駆けなしの協定を結んでいるというイブとレンファ。

 それでも毎日三人いっしょと言う訳ではない。

 こんな風にレンファと二人でいることもあるし、イブと二人でいるときもある。


「おまたせー」


 そういって現れたのは、三人の美少女と一人の少年。

 イブ・千鶴・ロリータ・黄である。

 ちょうどお昼の時間に集まれると言うことで、いつもの喫茶店に集合と相成った。

 四人が入ってきて閉まるかと思った扉は、その後十数人の女生徒を出現させて閉じる。


「・・・あ?」


 思わず唖然とする僕だったが、それを見て女生徒、今年度入学のルーキーたちが歓声を上げた。


「きゃーーーー」


 呆然と身内を見ると、みんな苦笑している。


「・・・どうなっているんでしょうか?」

「ごめんねー、りょーにーちゃん。」


 そう言ったちーちゃんは、チョコっと肩をすくめる。


「私がりょーにーちゃんの幼馴染だって知れ渡っちゃってから、おにーチャンねらいのグルーピーが私の動向を探っていたみたいなの。」


 動向を探っていた?

 それよりグルーピーって何?

 あうあうと見慣れたチームの二人の少女を見ると、能面のような笑顔でルーキーたちを威圧している。

 夜間の刑務所のサーチライトかのような視線には合いそうもない。

 視線のレーザーが周囲を制圧し、一時的な静寂が支配する。

 ロリータはロリータで、カチカチに緊張して、指一本動かせる様子もない。

 どうしたもんかね?

 そんな視線で黄をみると、かれはにこやかに目で答える。

 知ったことか。

 本気で面白がっているぞ、こいつ。

 心底まいったと思ったのだが、参ったはそのときばかりではなかった。


 木曜、いつもの航空物理の教室で、僕は突っ伏していた。

 授業は聞いていたし、ノートも取っていたが、日増しに高まる疲労感からは逃れられなかった。


「リョウ、そろそろ移動しよう。」


 黄に声をかけられて、のろのろと動き出す僕を見て、教室の外から黄色い歓声が響いた。


「Ryoh~!」


 お義理で手をあげながらそれに応えると、きゃーと歓声が再びあがった。

 教授達にも「実際どうにかならんか?」と言われているが、どうにもならない。

 色々と「騒ぎを大きくしないようにしてくれ」と婉曲に言っているが、「日本人の男の子はシャイで可愛い」とか「あなたの良さがわからないなんて、国連学生でも今までの娘は駄目ね」とか言って相手にしてくれない。


 直接「周りは十分迷惑しているし、僕も迷惑している」とか「学園内での人権の侵害に当たる」といった事もあるが、向こうの方が上手であった。


「学園長に『私設ファンクラブ』設立および活動の許可を受けています。」とか言ってきた。


 事の真相を学園長に問いただすと、「既に三軍の長たる元帥としての活動をしている以上、公的民亊サービスに関わるように」とのお達しが出てしまった。

 彼女たちの活動予定所がすでに提出済みだとか、活動総括が提出されるとか・・・。

 つまり、色々と評判が下がるであろう国連三軍のマスコットとして、身を粉にして働き給えというわけだ。


「僕はさっさと元帥なんて辞めたいんです!!」

「ではそのよう書類作成し、三軍人事部会に提出し可決させたまえ。」

「・・・ぐぅっ」


 そう、その人事部会というやつが厄介なのだ。

 国連三軍の人事に関わるすべてを取り決める人事部会が、今まで書き提出した221枚の辞表を握りつぶしていっているのだ。

 理由はさまざま。

 やれ、三軍集結体制維持のためには元帥の存在が必要不可欠とか、国家内紛争やテロリズムに早急に対抗する為の必要処置とか、絶対的に不穏な時代である今に必要処置だとか言っている。

 斜に構えてみれば、僕から提供される国連学園の最新技術を企業的な利益抜きで得られるというメリットが大きいのではないかと思っている。

 が、クラウディアさん曰く。


「元帥あっての三軍協力体制です。各々の将軍達も実の所現状を非常に満足に受け入れられているんですよ。」


 何の事やら。

 元帥である副産物は、受けいれざる得ない部分であろう。なにせ国連三軍の力を大いに使わざる得ない状況がここ最近多いから。

 静岡市内の買出しに出ている学園生徒や教授陣が多くトラブルに巻き込まれているし、それの対応に日本警察は頼れない。

 即座に三軍を動かせる今の体制は得がたいものだろう。

 しかし、三軍のマスコットとして扱われるなんて言うのは真っ平であった。



 授業体制での問題もさることながら、さし当たって個人的問題のほうが大きい。

 何が問題かといえば、彼女らのいうところの「今までの」国連学生の方々だった。

 現生徒総代の風御門氏は「国連学生として秩序ある行動を。」といっているが、過去の悪行を考えると全く説得力に欠ける。

 教授会の教授たちの影響力も、入学したてのル-キーたちにはどこ吹く風といった所。

 で、僕本人の弁も聞く耳をもたないといった所。

 打つ手が無い状態で、群がる少女達の網の目をかいくぐるようにいつもの喫茶店に来ると、いつもの席以外は超満席であった。

 肩身の狭そうな我らがチーム。

 その他の席を埋める新入生の女生徒たち。

 強力なレーザー光線のような視線を避けるように席につくと、僕はチームの皆に弱々しく微笑んでみた。

 とうとう数少ない憩いの場を荒らされてしまった。


「・・・・まいった・・・。」


 ばったりとテーブルに伏せる僕に、チームから失笑が沸いた。


「ねぇ、なんか打つ手無いのか?」


 黄の一言に全員が両手を挙げる。

 意見があるわけではない。お手上げなのだ。

 なにせ学園の最高責任者が「Ok」を出したのだ、いかに嫌でも学園内に居る限り避ける手段は無い。


「まぁ、相手が飽きるまで待つか、あきらめるしかないかねぇ。」


 JJの言葉に僕は危険な視線を向けた。


「・・・JJ、新入生の間に妙な写真が出回っているという噂があるんだけれども・・・。」

「・・・・」

「なんでも、僕が半裸の状態で酒盛りしている所の激写した写真で、馬鹿みたいなバーターで取引されているんだって?」

「・・・そう、なのか?」


 がばっと起き上がった僕は、身長に余るJJを思いっきり引き寄せる。

 目の前に寄せたJJへ壮絶な笑みを浮かべた。


「しらばっくれるのは止そうよ、JJ。誰のカメラで取られて、誰が現像したか知っているんだから。」


 そういいながら空いてるもう一つの手でマックを引き寄せた。


「そう、誰が現像したかもね。」


 大量の脂汗を流す二人を離して座ると、真っくらな顔で二人はごめんと謝った。


「俺も、あんなに加速度的に広がるとは思わなかったんだ。」


 僕もクラウディアさんから聞くまで知らなかったのだが、コピー・孫コピーと何度もコピーされた影像までも広がっているらしい。

 情報規制ファイアーウォールに多数引っかかる情報から、それが出てきたそうだ。

 国連学園関連の情報の多くは「国連学園法」に関わるものなので、一切合財検閲される。

 そのため検閲で浮き上がった情報を集計してみた所、そんな写真が大量に出てきたそうな。


「まぁ、ちょっと行き過ぎかもしれないわね。」


 棒付き飴を頬張りながら、レンファはチロリと背後を見ると、一部からきゃーとか女の子の声がした。

 どうやらレンファのファンもいるらしい。


「でもなぁ、学園長お墨付きじゃぁ、手段ないし。」


 頭を抱える洋行さんであったが、その横でリーガフが指を鳴らした。

 その表情に僕らは光明を見たのだった。



 リーガフの提案は十分なものだと感じる。

 そう、何も防戦する事は無いのだ、歩調を合わせてしまえば良いだけの事なのだ。

 規制されるからこそ情報の価値が鰻登りになるのだから、その情報自体を制御してしまえばいいのだ。


「公認ファンクラブの承認、降りたよぉ。」


 正式名称は『アマンダ映像情報研究室付人類情報伝達研究分室』といって、歴然とした正式研究室である。

 その名のとおり映像研のアマンダ教授が監督する映像情報の伝達を研究する部署という事になっているが、その研究対象が学園内の有名人に限っている事が特異な点だ。

 研究対象は「イブ」「レンファ」「リョウ」等などのリョウチームと言われている人物や関係者である。

 研究対象者の情報や噂の伝達を、正式にレポートとして提出してきた場合、成績への加算とされるしバーターも発生するという間違いなく本当の研究室なのだ。

 が、そのバーターもポイント制で、貯めたポイントによって研究対象の生写真やポスターなどが入手できるという制度をとっていた。

 興味の無い人間には意味が無いが、研究対象者との対話ということで実験レポートに対する感想などもまとめて協力者に提供される。

 まぁ、はがきを出して、ポイント貯めて、懸賞貰って、会誌を読んでと、いわばファンクラブの活動を研究形式にしたのだ。

 こんな事が出来るのはJJやスティーブが準講師の資格を取得してくれたからだろう。

 アマンダ教授には大きな借りを作ってしまったわけであるが、彼女自身大いに乗る気なので気にしない事にした。


「で、会員番号の一番はもらえるのだろうなぁ?」


 何か勘違いしている教授であったが、協力者ポイントIDカードに番号を振る関係から一番を渡す事になった。

 至極ご満悦の表情の教授。

 が、事態は急に加速する事になった。


 レンファ・イブの非公式ファンクラブからの要請で、事務作業を合同にしたいといってきたのだ。つまるところ、正式な公認ファンクラブにしたいという事だ。

 その数、会員数にして215人と322人。事務要員は各々15人ずつであった。

 が、さすがに研究室分室の責任者となっているJJとスティーブの資格ではそれだけの人間を扱う事が出来ない。

 どうしたものかと思っているところでアマンダ教授からの申し入れがあった。


「なに、一つにするから問題が出るのだ。サンプルケースを集計する規模によって分室を増やせばいいのだ。」

「教授、さすがにそんな許可は下りないんじゃないですか?」

「新分野の分室の設立自体は学園長の許可が必要だが、既存分野の分室増設は監督教授の判断だ。うちのムスメッコの誰かに名前を貸させてやろう。」

「せんせ、さすがにそこまで借りを作ると、僕達も気が引けるんですが。」

「・・・まぁ、無茶は言わん。ちょっとしたバーターを受け入れてもらえればいいだけだ。」

「・・・なんです?」

「今度の調整休暇の全日程、君達チーム全員の身柄を我々にすべて押さえさせてもらう。なに、人体実験をするわけでも新薬実験をするわけでもない、ちょっと付き合ってもらうだけだ。」


 にやりと笑う教授。

 僕達は受け入れるしかなかった。



 俗称「公認ファンクラブ連合」は破竹の勢いでその勢力を伸ばしていった。

 イブ・レンファ両名の非公認ファンクラブ加盟者に加え、ルーキーなどは何の疑問も無く「素敵なおねーさまファンクラブ」として登録していった。

 また、協力者から要望があった場合、本人の許可を取って研究対象者になってもらうという活動もしているので、ファンクラブ連合というよりも、ファンクラブを管理している芸能プロダクションの色合いが強くなっている。


「最近、歌でも歌わされるんじゃないかって不安に思うわ。」というのはレンファ。


 研究室発足から二週間で、この喫茶店のグルーピー利用者の熱狂は減った。

 研究室へ寄稿される情報の条件の中に、被研究者に大きなストレスを与えないようにするという条件が盛り込まれているからだ。

 なんというか、まるで野生動物保護を訴えるかのような話。

 他にも色々とあるが、その条件を協力者達は会則として読んでいる。

 正しいか正しくないかは別にして、異常加熱していたファン騒動は、一応沈静化していった。


 と思っている。


「リョウ、この二週間、お前が何処で何をしているか、アマンダ教授の所に全データが行っているって事に気付いているか?」


 考えないようにしようよ、黄。

 実害が無ければいいんだ、実害が。



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