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第九話 新学期その1


サイド A:在校生


 国連学園第一礼服は、なんとなく燕尾服に似ている。

 とはいえ第三礼服に比べれば各段に地味なので我慢もできようと言うもの。

 が、今回に限り、僕だけが第一礼服の着用を差し止められた。


「・・・国連学園入学式典で、現存唯一の『元帥』として発言していただく訳ですから。」と言うのが僕付きの事務武官リバティー=クラウディア国連空軍大尉(先日昇進したのだが、昇進理由は不明瞭。口止め人事と思われる。)の意見だった。


 なぜ? という僕の視線に大尉はにこやかな笑顔でこたえる。


「元来、国連学園学生の皆さんは、暫定的に元帥なのです。その方々が施設外で身につける礼服なんですから、当然元帥礼服を着ていただく事になる訳です。」


 現在、学生側のトップである生徒総代の風御門先輩すら第一礼服だと言うのに、僕だけ第三礼服なのは納得がいかないとごねた所、クラウディアさんは笑顔で付け加える。


「では、第三礼服とは一線画くした所を追加いたしましょう。」


 滑るように控え室から去ったクラウディアさん。

 といっても、モノは追加。これ以上どうなると言うのだろうと思っているところで、彼女が再登場。

 で、彼女が持ってきたのはジャラジャラとした光物の数々。


「連合徽章にアドミラルライセンス、勲一等国連徽章に・・・・」

「ね、ねぇ。これって・・・・なに?」

「もちろん、元帥がお持ちの勲章の数々ですが。」


 頑なに辞退したおかげか、数々の勲章は地味な略式記章へと変更されたのだが、いまいち地味になった気がしない。

 それはまるで出来の悪いパッチワークのようであり、子供の作ったレゴの壁のようでもあった。

 恥ずかしげにしている僕の胸を見て、クラウディアさんは何となく蕩けた目をしている。


「クラウディアさん、どうしましたか?」

「・・・はっ、いや、その、素敵です、元帥」


 真っ赤になったクラウディアさんを見つつ、控え室で重いため息が僕から漏れた。




 首を斜め姿勢からゆっくりを起こす。

 照明のせいで暗くなっているが、正面に座る新入生達は一様に注目をしていた。

 まぁ判らなくも無い。

 国連三軍元帥として国連軍旗三種類全てをバックにし、目の前にはテロ鎮圧装備をフル装備にした兵士が一個中隊整列しているのだから。

 元帥なんぞがいなくても三軍は十二分に機能するくせに、なぜか最近ガードが厳しい。

 今まで簡易外出許可証(静岡市街や周辺の町への買出しのときに取得する許可証)ではついて来なかった国連情報局員や、国連軍内情報局員が最近になって付かず離れずで尾行してくるのだった。

 先日もチームで買い物に行ったとき尾行に気づいたので、ぱっと一気に散ってみたが、僕にだけ尾行がついてきた。

 なんの逡巡も無しに。

 思わずその場で振り返り、現在以降の尾行の中止を言い渡すと、泣きながら『任務を遂行させてください』というもので仕方なく同行してもらった。


「・・・われわれは尾行をしているわけでして・・・」

「あのね、素人でもわかる尾行がついている客って、お店にとって嫌な客だと思わない?」


 集まってきたチーム全員で、尾行していた国連情報局員に対して説教をはじめたりなんかをかました。

 その効果があってか、今度は尾行などという消極策ではなく、ガードという積極性を見せ始める。(僕がそのように指示したからという理由が更に腹立たしい。)

 学園内外を問わず、アタックチームが交代で僕をの前後についているのだ。

 当初は小柄な学生と見まごう人間ばかりついていたのだけれども、最近はバリエーションが増えてきて、長身の女性や初老の男性などもアタックチームに入ってきたようだった。


「危険が無いとは言いませんが、大げさすぎやしませんか?」


 という僕に、ガードチームを張り付かせているクラウディアさんはきっぱりと言い放った。「少ないぐらいです」と。

 これ以上無いといったレベルでの確信に、僕は引き下がるしかなかった。



 思わず最近を思い出していた僕は、耳が痛くなるほどの静寂の中で我に帰った。

 今はこのステージで新入生達に挨拶しなければならない。

 ゆっくりと、何の不自然さも無いようにクラウディアさんが用意した原稿を覗き込んでみて、思わずギョッとする。

 まるで軍事訓練のときの訓示のような内容を理解した僕は、音も無くため息をついて再び新入生を見つめた。


「イズミ元帥府のイズミ=リョウ元帥です。みなさん、ご入学おめでとうございます。」


 自分の声がアンプによって増幅され、講堂内に響き渡るのを感じ、それが消えるまで待った。


「皆さんに一言だけ。」


 すっと顔を寄せた僕は口を開いた。


「学園と在校生はあなた達を飽きさせることは無いでしょう。」


 波のようにざわつく新入生をにこやかに見つめ、そして再び口を開く。


「・・・果敢に挑んできてください。」


 第三礼服の背中に追加されたマントをたなびかせて僕はステージを去った。

 静寂の客席に、皆呆然としているかと思いきや、なぜか全員で敬礼。

 むー、なんか変な感じだ。

 僕は舞台袖で不服の表情をしているクラウディア空軍中尉を見ながら、目で謝った。



サイド B:新入生


 絶望的な容貌をしていた。

 この世の美を自称するナルキソスが見たならば、即座に自殺することだろう。

 黒く輝き流れる髪の毛、顔の半分もありそうな眼鏡の向こうで知性輝く瞳、そして涼やかな口元。

 造形美に対する類稀なる感動が、眼前の演台に現れたのだ。

 その容姿に加えて、真っ白な海軍制服地に数々の勲章とつば広の帽子、肩口の金刺繍など嫌味なぐらいに高圧的な衣服が重なると、それは重厚な気配を背負う肩書きとなった。


 国連三軍元帥。


 彼が元帥として任命されてから、数ヶ月と経っていないはずなのに、すでに私の目から見てなんら位負けする者ではなくなっていた。

 彼のバックには国連三軍の軍旗が並び、そして演台のすぐしたには黒ずくめの兵士達が突撃銃を抱えて直立している。

 背筋が寒くなるほどの緊張の中、舞台裾から現れた彼は一言も発することなく天を振り仰いだ。

 降り注ぐライトを浴び、何かを確かめるかのようなしぐさに、周囲からため息が漏れる。

 無限とも思える時間が過ぎたあと、彼はおもむろに視線を私達に向けていう。


「イズミ元帥府のイズミ=リョウ元帥です。みなさん、ご入学おめでとうございます。」


 ささやきかけられたかのように誰もが頬を赤くした。

 ちょっと視線だけで周囲を見ると、ルーキーみんなが、男女を問わずに同じリアクションをしている。

 何が起こっているのか理解できず、混乱に思考が白濁する。


「皆さんに一言だけ。」


 すっと顔を寄せた彼は口を開いた。


「学園と在校生はあなた達を飽きさせることは無いでしょう。」


 波のようにざわつく私たちをにこやかに見つめ、そして再び口を開く。


「・・・果敢に挑んできてください。」


 真っ白になった頭で言葉を反芻する。

 灼熱の思考が反射的に敬礼をさせていた。

 新入生はみんな思い思いの敬礼をしていたのだった。



 後に続いた祝辞を夢うつつで聞いていると、いつのまにか会場が移されて歓迎会の会場に移っていた。

 横断幕に「ようこそ、国連学園へ」と書いてあるのを見て、心底入学できたのだと感慨が深くなる。

 わたし、ドロレス=ファイランド=アースは、あの過酷な入学試験を乗り越えて、はれて国連学園生徒となれたのだ。

 両親からはもちろん、学校や地区の威信をかけて望んだ試験に打ち勝ったのだ。

 ライバルがいた、応援してくれる友人がいた、数々の試験をくぐりぬけた。

 心から晴れがましい思いを深呼吸していると、女子寮同室の日本出身者チヅル=スミダがにこやかな微笑で私を覗き込んでいた。


「ね、ロリータ。うれしそうね。」


 そういう彼女も心から喜びを表した笑顔だった。


「あなたこそ、入学成績トップクラスじゃない。国でご家族がお喜びよ」


 苦笑のチヅル。

 彼女の言葉には裏がないが、私の言葉は賞賛と言うよりも皮肉の部類に違いない。

 実際、学力テストは過酷だったけれども、予備試験に比べれば大したことなく、誰もが満点近い成績だっただろうが、その中でチヅルは自己採点でも60%ほどしか出来なかったそうだ。

 すでにその時点で入学資格があるのかすら疑問であったが、さすがは国連学園、その先に大きな罠が待っていた。

 国連学園が建つ土地に存在する、山あり谷ありのクロスカントリーランニングコースを走らされたり、湖をシーカヤックで全速力を出したり、そのまま素潜り潜水をさせられたり、命綱無しで岩山を上らされたり、その岩山からバンジージャンプをさせられたり。

 最後の最後に山奥で一晩明かすと言う試験など参加者の半分が棄権したぐらいだった。

 しかし、すべての試験に参加したばかりか、トップの成績を収めたチヅルは体力部門のトップ、満点の成績を上げた。

 それは学園入学試験史上五人目の快挙だとか。

 さらに彼女を引き立たせたのが、学園入学試験における成績配分だった。

 学力など、やる気があれば必ず追いつくものだと言う風に思っている学園教授陣は、学業成績など50%以上なら何でもよかったのだ。

 が、過酷な学園生活の中で最も重視されるのは「気力」「体力」「精神力」「行動力」等で、その体力を基礎に学園生活を乗り越えざる得ない、体力や気力の無いものは去るしかないと言うのが学園の見解なのだ。

 ゆえに、学力と体力の成績配分はなんと学力:体力比で2:8。

 たとえ自己採点が60%だとしても、学力など合格成績の二割に過ぎないのだ。

 満点と半分との違いはわずか10%。

 そのため、彼女と同じように体力試験を全部受けた人間が、今回トップ入学となっているが、体力成績上で見るなら彼女がトップといって過言ではない。

 筆記試験が満点だからと体力試験を受けなかった人間は多くいるが、合格した人間は皆無だった。

 よくも受験のオリンピックといったものだとおもう。


「まぁ、試験を受けるだけ受けてみろって身内に言われなかったら、絶対入学できるだなんて思わなかったかもねー」


 ぽりぽりと頬を掻く彼女は、あの麗しの元帥と同じ黒髪で、瞳も黒いと言う純系の日本人だった。ただ、多少彫りが深く身長が高いことで、背負う何かを感じさせる。

 聞く話によると、彼女自身、国内のハイスクールから陸上選手として引っ張りダコだったそうだ。

 国体選手でもある彼女は、この入学を機に選手生命を終えたことになる。

 国連学園の生徒は、入学とともに出身国の戸籍が停止され、新たに国連所属の市民としての籍を得るのだ。


「ね、未練は無かったの?」


 少なくと、あの体力試験の結果を見れば、オリンピック選手への道だってあるはずなのに、未練はないのか? そう、私は聞いた。


「もっと気になることがあったから、全部放り投げてこの学園にきたのよ」


 気持ち良いほどの笑顔にはかげりは無く、後悔など微塵にも感じるものではなかった。

 彼女を何がそこまで思わせたのか?



 談笑する私達の正面に、私達と同じ新入生の人垣が近づいてきていた。

 何かを探るような人垣は、どうもその中心に居る人物の取り巻きであることが知れた。

(いやだなー、ああいう人たちも居るのかなぁ)

 母国で成績を争った仲間の中に、自らの出自を鼻にかけて取り巻きを作り、周囲に嫌がらせをしていた貴族連中が居たことを思い出した。

 学園にもそんな馬鹿が居るのだろうかと思っていたが、どうも様子が違っていた。

 人垣は中心人物に視線や好意を寄せていたが、話し掛けるタイミングを逸しているようだったのだ。

 ちらりと人垣の隙間から見えた人を見て言葉を失った。

 それは美しい二人の女性。

 一人は艶やかな黒髪の東洋女性で、すらりとしたその体は今すぐにでもモデルとして高収入を得られるだろうと言う核心が詰まっており、さらにその表情は人々の心をつかんで離さないものがあった。

 もう一人は女性はきらびやかな金髪で、涼やかな笑顔は西洋系の美女特有の愛らしさと色気が混在している。小柄な体にもかかわらず、張りのあるスタイルはどのムービースターにも劣らないものだろう。

 くらくらする視界の中、二人がなぜかこちらを見ていることに気づいた。

 じっとこちらを見ているので、何か自分がしただろうかと思っていたが、じつのところ視線が微妙にずれている事がわかった。

 誰を見ているのだろうと周囲を見てみると、なんと我がルームメイトのチヅルを見ているではないか。

 絡み合う視線に何がこめられているのか、私はじっと事の成り行きを見ているつもりだったが、運命と言うものはそんな楽観を許さないらしい。

 しばらく静止していたチヅルだったが、急に私を小脇に抱えて人垣を割った。

 ずるずると引きづられるように言った先は、先ほどの凄い美人のところ。

 な、なにをするんだ、と思っているかいないかというところで、彼女は凄い美人に私ごと抱きついた。


「やーっと追いついたよ、おねーちゃん!」

「ち、ちーちゃん!」「ど、どうしてここに!」


 美人が驚きに顔をくずすというのは見ものだ。

 一生に何回も見れるものではないだろう。


「へっへっへ~、じつは先生に勉強を見てもらったのでーす」


 得意そうに言うチヅルをみて、二人の美女達はため息をついた。


「はー、あの人は・・・まったく。」

「またやったのねぇ、あのひと・・・。」


 疲労の濃い顔の二人の前に、私は引っ張り出された。


「そして、彼女は私のルームメイト、ドロレス=ファイランド=アースでーす。」


 引きつった顔の私を見て、二人の美女の笑顔が戻った。


「・・・そう、チヅルちゃんのルームメイトなの。私はリン=レンファ、あなたのルームメイトの・・・そうねぇ、義理のお姉さんってところなの。よろしくね。」


 知ってる、しっている、思い出した。北米社交界でその名を知られた綺麗ドコロのトップクラス。

 その笑顔のために、世の男達が奔走する魔性の笑顔。

 彼女の一声で、かの界隈の男女が一斉に動くという話は有名な話だ。


「私は、イブ=ステラ=モイシャン。チヅルのおにーさまの深いお友達、よ。ちづるちゃんのおねーさまもやってるわ。」


 さらに知ってる、わからないはずが無い。

 自分の兄が勤める会社の親会社の社長、彼こそが彼女の父親なのだから。

 レンファと共々北米社交界で勇名をはせている、トップビューティーだ。

 少なくとも、彼女達二人がくれば、パーティーは成功間違い無しと言われている。

 そんな二人の見つめるなか、私は重い口を開いた。


「あ、あの、わたし、ドロレス=ファイランド=アースと申します。」


 ぺこりと頭を下げると、ふわりといい匂いが全身を包んだ。

 はっと気付くと、二人の美女が私を抱え込むように抱きしめていた。

 あの北米社交界の花たちが!


「んー、かわいいかわいい! ちーちゃんをよろしくね。」「私たちの妹の友達って事は、私たちの妹と同じって事。困ったことは言いなさいね」


 くらくらするような至福瞬間、背中に濃密な嫉妬が渦巻いて居ることに気付いて冷や汗の私だった。




サイド A:在校生


 一分に満たないスピーチが先頭に行われた為か、今年のスピーチは非常に短時間で終わり、新入生および在校生にはおおむね評判は良好だった。

 大いにしゃべりたかった人もいたようだったが、次々に行われるスピーチの数々が「インパクト」狙いの短いものだったので、急遽受けのいい内容に変更したようだった。

 そのせいか、毎年時間不足で押せ押せになる生徒総代主催の新入生歓迎パーティーは大いに時間の取れるものとなった。

 学園サイドの有識者とミスコン上位入賞者は、強制的にホスト・ホステス役をおおせつかり、学園内を案内することになっている。

 イブもレンファも鈴なりの女生徒を従えて講堂中央に消えていったが、僕自身どうしたものかと思っていた。

 なにせ、僕は僕の格好をしていなかったからだ。

 出る所は出て、引っ込む所は引っ込むという、凶悪なプロポーションに国連学園女生徒制服の僕は、あの時のウィグを付けていた。そう、あの学園祭のときの。


「ではみなさん、これから学園生活に必要な施設の一部をごしょうかいいたします。」


 ところどころが平仮名になってしまうようなこの声も、あのサイバネ研の人口声帯。

 体の方も久永研のスーツだった。

 実際、さっきまで着ていた元帥の格好で案内をしようと思ったのだが、クラウディアさんたちに大きく反対されてしまった。

 それでも学園での義務だというと、強制的にガードをつけると言い出した。

 ガード付のホスト役ってどうよ?

 そんな想像をして、さすがに学園生活に支障が出てくると思った。

 そこで、何らかの代替案を模索している所、黄からぬるりと何かを取り出して僕に見せる。そう、見慣れた、あれだ。


「これならば、防弾性に優れ、どんな刃も通しませんし、さらに身体機能強化もしますから一万フィート上空の飛行機とともに落ちたとしても死にません。」

「す、すばらしいですわ! この装甲服を使用しましょう!」


 まぁ、言葉と性能だけを聞けば装甲服に聞こえるかもしれませんけれどもねぇ。

 肩をすくめる僕は、その久永研のスーツの欠点を話すと、さらに目を輝かせるクラウディアさんだった。

 身を守れる上に十分な変装で一目にもつかない、最高です! だそうだ。

 普段からこの格好をしていただいて、執務のときだけ元に戻っていただくのが最高なんですが・・・などと本気で考え出している彼女へ、一言。


「女装のまま授業を受けるなんて考えたくありません。」


 が、今回は彼女の強い要望を受け入れることとして、致し方なく女装することになった。



 で、イブやレンファたちと共に歓迎パーティーに出席した所、爆発的な人間の束がやってきた。

 暑っ苦しい男達がまた手の甲などにキスをするのかと思いきや、集まってきたのは女生徒がほとんど。

 男子生徒などそれをうらやましげに遠巻きにしていた。

 このままではかなり動きにくいということで、僕はイブ・レンファと別れ、うろうろと講堂の真ん中に移動すると、今の僕の体型に負けていない若手の教授が横に立つ。


「一人では大変であろう、手伝ってもよいぞ。」


 くそ寒い静岡の山奥で、ボディースーツとも思えるボディコンを通してきている教授、アマンダ教授だった。

 彼女自身もミスコン出場者であるために、今回の案内役をさせられていた。


「して、その凶悪な肉体は?」


 耳元で囁く教授に、囁き返す。


「久永スーツ、です。」


 形の良い眉毛を寄せた彼女。


「今度、久永教授と視覚上の誘導共同実験をせねばなるまい。」

「・・・見た目だけですけど、何かあるんですか?」

「そこいらへんの基礎から叩き込まぬといかんか・・・。」

「いやいや、叩き込まれても困りますって。わたし、教授の授業受けてませんし。」

「ふむ、遠慮はイランのだがなぁ。」


 ふん、と鼻を鳴らす彼女であったが、機嫌が悪いわけではないようだった。


「あ・・・・あのぉ。」


 そう声をかけてきた少女に、二人して微笑み返した。


『入学おめでとう、お嬢さん。』


 これが在校者の新入生への挨拶だった。



サイド B:新入生


 なんでも、このパーティーで新入生の校内案内役をしている在校生は、昨年度行われた学園祭の出し物に参加したメンバーだそうだ。

 その出し物と言うものが俗悪で、その名も「トップビューティーコンテスト」だとか。

 それを聞いた取り巻き達は「女性人権の無視」だとか「女性の品評会」だとか叫んでいたが、彼女たちはクスクスと笑いながら聞いていた。

 確かに、美しさで順位をつけると言うのは女性として面白くないけれど、これだけ全世界から集まった女性が居るのだから、一番を決めたいと言う気持ちもわからないでもない。

 そんなことを考えているものだから、思わず聞いてしまった。


「どっちが優勝したんですか?」と。


 瞬間的な怒声でも聞こえるかと思っていたけれど、実はみんなその話題には興味があったらしく、年相応の少女の瞳で彼女達を見つめた。

 お互いを見詰め合った二人の美女は、同時にプッと噴出した。

 しばらく笑いつづけた二人だったが、どうにか笑いを納めて私たちを見回す。


「あのね、実は私たち、二人とも準優勝なのよ」


 戦慄が走る。

 いや、衝撃といっても良いだろう。

 この学園の生徒たちは何処を見ているのか?

 そんな思いが視線になったのか、彼女たちは苦笑をせざる得なかった。


「あなた達も会えばわかるけど、上には上が居るものよ。」


 そういって何故かチヅルに向かって微笑んだ。

 何を微笑まれたかわからなかったらしいチヅルだったが、急に瞳を細めていく先を見た。

 合わせて同じ方向を見つめると、そこには多くの女生徒を引き連れた二人の女性が見とれた。

 栗色の髪の毛を長く伸ばした髪型もさることながら、大きなめがねの向こうの笑顔は心をとろけさせた。

 背後にいる女性ホルモン全開のボディコン女性も目を引くが、やはり栗毛色の彼女が心を鷲掴みにした。

 その視線に気付いてか、二人の美女はにこやかに彼女達を呼ぶ。


「教授、アヤ!」


 その言葉に気付いた二人の女性は、ゆっくりとこちらを向く。

 長身のボディコン女性はにこやかに手を振っていたが、栗毛色の女性のほうは引きつった笑みを浮かべている。

 つかつかと近づいたレンファ・イブは、栗毛色の女性とボディコンの女性を紹介する。


「こちらは、国連学園最年少の天才教授、アマンダ教授でーす。」


 にこやかな微笑みにつられ、周囲から拍手が沸いた。


「んで、こちらの美少女こそ、昨年のビューティーコンテストの覇者『イズミ=アヤ』ちゃんでーす!」


 おお!と低いどよめきが周囲を響かせる。

 肩を組むイブ・レンファ・アヤは、まるで一枚絵のように光っていた。


「私たち三人とも、教授のところでお世話になってるのよ。」


 ちらりとアマンダ教授をイブが見ると、教授はゆっくりと頷いた。


「ああ、こやつらは実に優秀でな。 存分に目をかけている。」


 自身満々のその台詞に、栗毛の少女アヤがちょっと異を唱えた。


「教授、あからさまに贔屓するだなんて、発言はよろしくないんじゃないんですか? 仮にも教育者であらせられるわけですから。」


 その台詞を不敵な微笑で答える教授は、すっとアヤに近づいてヘッドロックを決める。


「ばか者、学園教授とはいえ、私もまた研究者なのだ。己の研究に役立つ人材は贔屓するに決まっておろう。・・・おぬし達も、己の成績がよければ良いだけの話なのだから、問題なかろう?」


 そう私たちに話し掛けるアマンダ教授に、私たちは快く答える。


「Yes!」


 極めて国連学園的な答えだと、教授は喜んでいた。

 そんななか、複雑な表情のアヤを見つめるチヅルの顔は険しかった。


 校内案内が終わり、女子寮前で解散になろうかと言うところで、例の二人の美女、イブとレンファに呼び止められた。


「これからあなた達の歓迎会をしようと思うの、時間いただけるかしら?」


 にっこりと微笑むチヅルの横で私は石になった。

 はっきり言おう、私は綺麗なおねー様方に弱い。

 もちろんゲイではないが、雑っぽいオトコよりも麗しい女性とお話しているほうが心踊る。そんな私がお誘いを断れるはずも無く、ふらふらとついてゆくと、先ほどの女子寮とは趣の違う、なんとなく暗い感じの建物が現れる。


「あのー、このたてものは・・・」


 私の問いに、イブは答えた。


「男子寮よ。」


 は? という疑問と、一気に駆け上がる怖気を覚えた。

 も、もしかすると、ついてきたのは失敗だったのでは?

 もつれ合う男女の肢体のイメージが、頭の中で乱舞しているなか、二人の美女は苦笑した。


「ロリータ、学園は男女関係に限って言うなら健全なところよ。学園法規を思い出しなさい。」


 レンファに言われてはっとする。

 そして自分の考えを見透かされて、思わず真っ赤になった。

 なんというか、自分の浅ましさを呪いたくなったが、両方から私を抱きすくめる美女の感触がその思考を駆逐した。


「かわいいったらありゃしない。」「本当にかわいいこねぇ。」


 くらくらする頭を支えながら、男子寮を歩くと、部屋から顔を出す男性たちは声援を送ってきた。


「よ、おめでとう、ルーキーのお嬢さんがた」

「歓迎するよ、かわいい女の子達」

「よ、今度、おねーちゃんたちがいないといにおいで。かわいがってあげるよー!」


 にこやかな言葉の雨の中、一つの部屋の前で婦たちは立ち止まった。

 すっと取り出したキーで部屋をあけると、そこには十数名の男性が車座になっていた。


「やっほー、今日の主役を連れてきたわよー」(注釈:ここで本来つれられて来るのは、イズミ=アヤの予定であったが、二人の少女のいたずらで変更になった)


 おおぉ、と声を上げる人たちを見て、私は息を飲んだ。

 誰もが美しく、そして男性的な美を持っていたから。

 東洋系のしなやかな美、西洋系の一筋はいった美。

 男性モデルクラブか何かに紛れ込んだ気分だった。


「あ、おひさしぶりでーす!」


 そうチヅルが言うと、周囲に割れんばかりに驚きが響く。


「え、えええ!」「な、なんで!」「う、うっそだろ!」


 どうやらチヅルは彼らとも面識があるようだった。


「・・・チヅル、君を去年見たときは、受験準備をしているように見えなかったが?」


 涼やかな顔つきの男性が険しそうな顔でいうと、チズルはぺろりと舌を出す。


「へへへ、先生にお願いしちゃった」


 全員が、男性全員ががっくりと肩を落とす。


「な・・・なんていう人だ。」「信じられない・・・恐ろしい人だ」


 そんなことを呟く男性を尻目に、わたしはチヅルに聞いてみた。


「ね、ねぇ? なんでみんな脱力してるの?」

「それは多分、私が国連学園入学をこの前の夏休みに決めたからだと思うわ。」


 えええええええ! 私の中で叫びもれる。

 本来国連学園入学準備などと言うものは、生れ落ちてからすぐにはじめるものだし、遅くとも八歳の春からカリキュラムが組まれないと事実上入学できないことになっていた。

 なっていたと言うのは、彼女以外にも恐ろしい記録を樹立した人間がいて、なんと入学六ヶ月前から準備して合格してしまった人間が居るのだ。

 入学者自身は国連学園情報機密法に保護されているので、誰かはわからなかったが、入学者を送り込んだ教師は、彼女は凄い勢いで報道された。

 何人もの人間が彼女の取材に赴き、何人もの人間が自らの組織への加入を求めた。

 が、彼女は頑として受け入れなかった。

 自らは、一介の公立教師であることに誇りを持っているから、と。

 そう、愕くべきは入学者も公立中学校からの入学で、教師たる彼女も公立中学の一教師なのだ。

 そんな、国連学園専門授業も行えなかったはずのコンビで、わずか六ヶ月の短期間で準備し、そして合格させたと言う。

 最初はデマカセだと思っていたし、そういう怪奇現象は噂話で十分だと思った。

 が、それが真実だと知れたのは去年の年末、静岡新国際空港でのハイジャック事件だった。

 ハイジャック犯が乗っ取った航空機には国連学生が三人も乗っており、その中の一人が彼女の元生徒だったのだ。

 国連学生の要請を聞き入れた彼女は単身空港に乗り込み、犯人の安否をも図りながら交渉し、そしてその結果全員無傷と言う快挙で事件が終えられた。

 実績、そしてその知恵と勇気が再び彼女の名前を世界に知らしめた。

 キヨネ=アマノガワ。

 この日本には、そんな彼女に匹敵する教師がほかにも居るのか!

 ぐらぐらと揺れる思いの私に、チヅルは話し掛ける。


「でもね、私の場合は先生も二度目だから楽だっていってたのよ。」


 にこやかな笑みのチヅルに、私は詰め寄る。


「二、二度目って、二度も国連学生を短期間に入学させてるのってまさか!!!」


 ぴったり額がくっついた状態になったことに気付いた私は、ぐっと自分を抑えて深呼吸。

 しばらくしてからチヅルに再び聞く。


「あ、あなたの先生の名前を教えてもらえるかしら?」


 反射的に答えられたその名を聞いて、私は意識を失った。


「あまのがわ=きよね」



サイド A:在校生


 生徒総代からあてがわれた控え室で、思わずため息が出る。

 アマンダ教授の機転で途中から抜けられたから良いものの、あの場で記念にと部屋番号交換が行われたときには驚いた。

 確かに自分が新入生で、校内案内されたときに新入生同士で行ってはいたが、まさかホスト役にまで交換をという話にはならなかった。

 窮地をアマンダ教授に救われた僕は、早々に控え室に飛び込んで、さっさと着替えをしようとしたものの、控え室には自分用の着替えが何一つ置いていないことをロッカーを開けて発見した。

 そこにあったものは一枚の紙。


『着替えは我が部屋にあり。 取りにくるがよい。 黄』


 ぶチンという音が聞こえた気がした。

 全力で繰り出す拳は、ロッカーの背面を簡単に突き抜けていた。

 確かに身体強化機能がある。



サイド B:新入生


 気を失っていたのは大した時間だったわけではなかったが、心配そうに覗き込むチヅルには申し訳ないことをしたと思った。

 極めて深く謝ると、彼女は微笑んで私を抱きしめる。


「ごめんね、変なこと言ったつもりは無かったんだけど・・・・。」

「あ、あの、ぜんぜん、その、私こそごめんなさい。勝手に興奮して気を失って・・・。」


 しかし、興奮の末の失神に値するであろう話だと思う。

 なにせ、あのキヨネ=アマノガワの教え子とルームメイトになれたのだから!

 くらくらする頭の中で、その興奮をかみ締めようとしていると、急に引っかかることを思いついた。

 そう、彼女はチヅルは『二度目』なのだ。

 つまり、チヅル自身が『一度目』を知っている可能性が高い!

 キヨネ=アマノガワの教え子達と会話できるだなんて・・・

 夢見ごこちになる自分を正気づかせて、どうにかチヅルを見た。


「あ、あの、チヅル。 もしかして、あなた、去年の入学者と面識あるかしら?」


 怪訝そうな顔のチヅルは、急に顔を崩して苦笑する。


「あ、ああ、言ってなかったっけ? 去年入学した『その』幼馴染を追っかけて、私入学したの。」


 あうあうと、思わずうわごとのように何かを言おうとして、それを飲み込んだ。

 ぐっと言葉を煮詰めて、喉から発しようとした瞬間、背後のドアが勢いよく開かれる。


「てめー、黄! 何てことしやがる!」


 栗色の髪の毛をなびかせて、凄惨な怒りの表情の彼女、イズミ=アヤがそこにいた。

 呆然とする私とチヅルに気付いた彼女は、思わず呟いた。


「な、なんでちーちゃんがいるの・・・?」


 さっきの怒りは何処へやら、毒気の抜かれた表情の彼女に、チヅルは抱きついた。


「やっぱり、おにーちゃんだ!!」


 むぎゅっと抱きしめるチヅルを見て、アヤは思いっきりため息をついた。


「やっぱり、ちーちゃんは騙しきれないかぁ。」


 ちょっと上向きに喉を鳴らすと、ぺっと口から何かを吐き出した。

 半透明のリングで、中央で割れた膜が張られている。


「で、何でちーちゃんがここにいるの?」


 その声を聞いた瞬間、私は激しいデジャヴーに襲われた。

 つい最近この声を聞いたことがある! と。

 あまりの衝撃に、それがいつだったか、誰だったかを思い出せずにいた。


「へっへっへ~、先生にお願いしたの。」

「またあの人も無茶するなー」

「でも先生は、国連学園の試験形態は見切ったから、何人だって入れて見せるって息巻いてたよ。」

「げー、二度の試験合格者の傾向で、見切れるものなのか? ふつう。」

「先生、普通じゃないから・・・。」


 がっくりと肩を落とした男声のアヤは、自らの頭に手をした。

 ぴちぴち音を立てた頭は、ずるりとその栗色の髪の毛を下ろす。

 それは至極精巧に出来たカツラだったのだ。


「ああ、もお、なんだかなぁー。」


 そういった彼女は、すでに彼女の顔ではなかった。

 男声で男顔になった彼女は、先ほど入学式典で現れた男性の一人だった。


「みっともないところを見せてごめんね。僕は、リョウ=イズミ。ちーちゃんとは幼馴染なんだ。よろしくね。」


 真っ白な思考が、私の意識を吹っ飛ばした。



 イズミ元帥の女装は、実のところこれが初めてではないらしいが、趣味であると言うわけでもないらしい。

 なんでも、去年のビューティーコンテストで特典のほかに「イズミリョウチームの人事権」という副賞が勝手に付けられた事に端を発するそうだ。

 仲間内で最高の綺麗どころのイブ・レンファがいた彼らは、かなり状況を楽観していたそうだが、並み居る参加者の中に数々の参加者が現れ、さらには先ほどのアマンダ教授までが参加を表明したそうだ。

 事に危険性を感じた元帥たちは、イブ・レンファに隠れてもう一人の候補者を立てたという。

 それが「イズミ=アヤ」。

 元帥たちは男性の立場から考えられる、最も受けの良いメイクと女装をして戦いに臨み、見事勝利したそうだ。

 たしかにその勝利、実感することが出来る。

 先ほどのイズミ=アヤの格好は、女性の自分から見てもクラクラくるものがあったから。


「で、そのコンテスト参加者は必ずホスト役をしないといけなかったんで、教授と組んで学校内を回っていたわけなんだ。」


 苦笑の元帥を見ていて、思わずときめいてしまった。

 あの日に出会ったあの人に似ていたから。

 国連学園生徒でありながら、母校の関係者として自らの後輩を守ろうとしたあの人と。

 思い切り聞いてみる、彼女は彼らと何らかの関係があるはずだから。


「あ、あの、イズミ元帥。お聞きしたいことがあります!」


 ぴょこりと片方の眉毛を上げた元帥は、小首をかしげる。


「なんだい? 入学祝いとして、大概のことは教えてあげるよ。」

「は、はい、あの、チヅルの出身校の演劇部はご存知ですか?」

「あ、ああ。知ってるよ。」


 知らないわけがない。彼女の恩師たるミス清音が顧問だったのだから。


「その出し物の、『メヌエット』というものはご存知でしょうか?」


 瞬時、元帥の顔色が変わった。


「・・・ああ、あれはコンクールでもいい所にいったからね。・・・しってるよ。」


 なんとも歯切れの悪い口調だったが、質問は続けられそうだった


「・・・その、あの、去年の夏に再演されたときに、たまたま私、見に行っていたんです。それでそれで、あの、ご存知だったら、ごぞんじだったら! フレイバール少佐をご紹介いただけないでしょうか!!!」


 それを聞いた元帥は、ばったり背後に倒れた。

 なぜかそれを見ていた全員が、痙攣するほど笑っていた。



 真実は三回の失神と引き換えに理解できた。

 まさか、あの麗しの少佐がOGではなくOBだったとは・・・。

 このイズミ元帥こそが、アマノガワ=キヨネ教諭と共に一年に満たない期間で国連学園入学を果たしたつわもので、あのフレイバール少佐なのだ!

 さらに驚きなのは、あの舞台自体に女性は上がっておらず、町娘や少佐の婚約者やなどすべてが男性だったというのだ。

 私は絶対に、男子部員のいない演劇部で、男性役もすべて女性がやっているのが面白い舞台だとばかり思っていたのだ。

 じつは、「女子部員がいない演劇部で、女装は恥ずかしいから、女子が男装をしているように見えるよう演技することにより、全員が女子であるかのように見せた演技」だったのだ。

 なんとも恐ろしい。恐ろしくも回りくどい。

 もっと驚きだったのは、あの劇のあとで少佐がどこかの中年を張り飛ばしたシーン。

 あそこで少佐の背後にいた軍人すべてが国連学生で、あの宣誓も終わっていれば真実に元帥府が敷設されていたというのだ!!

 あの、一地方の公立学校の講堂で。

 さらに、その軍人たちは、今目の前で車座に座るリョウイズミチームの面々であるという。

 一番の驚きは、あの少佐が、イズミ元帥だったということ。

 もう、失神し通しだ。


「そうかー、あの舞台を見にきてたんだ。」


 恥ずかしげに微笑む元帥。

 なんだかほんわかしてしまった


「あの舞台はさ、廃止寸前だった演劇部に自分の息のかかった生徒を送り込んで、好き勝手遊ぶために清音センセが作った舞台なんだ。」


 息のかかったとか、好き勝手とか、どうもミスキヨネのイメージに程遠い単語が聞こえてくる。


「あの、ミスキヨネは、廃止するに忍びない演劇部を立て直そうと、才能のある生徒を集めて、一番映える演劇を仕立てたという見解は・・」


 できないでしょうか? といおうとしたところで、全員が手を横に振る。


「ないないないない。」


 いわく、彼女は面白そうなことならば全力投球だそうで、演劇部にしても面白そうだったから今一番面白い手法をとったに過ぎないと元帥は言う。

 先日のハイジャック事件のときも、面白くて便利だという理由だけで、近所の右翼団体から広報車を借り出して、空港入り口から車の天井で腕を組みつつ立ち、コンバットマーチを流しながら現場まで入ってきたというのだから破壊的だ。

 しかし、それでも、ミスキヨネは偉大だと思う。

 その演劇を見た多くの生徒予備軍が、翌年の入学とともに演劇部に入部したというのだから。

 はふぅーとため息をつくと、千鶴が私を覗き込む。


「イメージ、壊れたったかな?」

「ううん、イメージははじけたけど、『とっても』面白くなってきたわ」



 なし崩しの歓迎会に、リョウ=イズミチームで無い人たちも沢山やってきてくれた。

 すし詰め状態の部屋から出た皆さんは、ぞろぞろと手馴れた感じでおつまみや飲み物を持って一階に移動。

 そこではもっと多くの男性が歓声とともに迎えてくれた。


「さぁ、おとこども。ここにいるルーキーは、うちの身内だから、自由恋愛以下、セクハラ以上で手を出したらただじゃおかないぞー!」


 そう叫ぶイブさんに、重低音の歓声が答える。


「じゃ、君達挨拶して。」


 いつのまにか着替えた元帥が、私たちの背を押す。


「あ、あの・・・。」


 私が戸惑うのを見た元帥は、ちょっとチヅルに合図を送る。

 とたんに彼女は大きく息を吸い、そして声を出した。


「はい、私は、『チズル=スミダ』です。 右も左もわからないルーキーなので優しく教えてね.」


 ぱちっとウインク一つで周囲が燃え上がる。

 私も、負けられない。

 そんな思いがあるから学園には入れたのだから。


「・・・始めまして皆様、私『ドロレス=ファイランド=アース』と申します。若輩ものですが、皆様と共に楽しい学園生活を遅れればと思っております。よろしくお願いします。」


 礼儀にかなった挨拶をすると、チヅルを超える歓声が周囲に響いた。

 勝った、そう思ったのはつかの間。

 周囲から集まる男性に、すごい量の紙切れを渡されて愕いてしまった。


「あらら、人気者ね。ロリータ」


 そぞき込む私の手の中には、無数のメールアドレスが入っている。

 それぞれ得意技なんかも書いてあるのをみて、私は首を傾げてしまった。


「ほー、これは力強いコネだね。」


 一枚一枚を見ながら、元帥は微笑んだ。


「この一枚一枚は、学園生徒の一部の人の得意技が書いてある。でも、この人たちとの交流が深まれば、君自身の得意技にもなるんだよ?」


 まったく意味がわからなかった。

 でも、なんとなくわかったことは、このメールアドレス全員に返事を書こうということだけだった。

 カーボンコピーの同報郵便なんかじゃなく、定格文章なんかではなく、一通一通心をこめて書くものだと感じていた。


 一晩かけて終わらせたメール書きは、何年にも続く大量文通の始まりだったことに私は気付いていなかった。



サイド A:在校生


「リョウさま、だって。」


 不機嫌そうなイブ。


「ありがとう、お嬢さん、だって。」


 あからさまに膨れているレンファ。

 月明かりの中庭で僕は途方にくれていた。

 ここで気の聞いた台詞の一つでも吐ければ良いのだけれども、何一つ湧き上がってはこなかった。


「あ、あのさ、一応、ちーちゃんのルームメイトだし、そっけないのも失礼だし・・・。」


 そっけないどころか盛り上がっていた。

 あの舞台の最後で出てきた騎士風の役どころが、実は今、全員そろっているという話を聞いて再び少女は失神していた。

 あーでもない、こーでもないと話しているうちに、1年程度しか経っていない出来事が懐かしい思い出のように語れた。

 こういうのもいいなとは思っていたが、その話の深部を聞くたびに失神するのは勘弁して欲しかった。


「結構可愛かったわね。」


 レンファはそっぽを向いたまま、そうつぶやく。

 ぼりぼりと頭を掻いた僕は、苦し紛れに口を開いた。


「・・・いやーでも、ちーちゃんが学園に入ってくるとは驚きだったよ。勉強は嫌いだったし、スポーツ特待生だって事でいろんな学校から誘いがあったのに。」


 そう、ちーちゃんはボールを使わない競技に関して無敵を誇っている。

 陸上も水泳もウインタースポーツもスノウスポーツも何でもこなす万能選手だったりする。

 そのため、早いうちから高校からのスカウトが足げに隅田組に通っていたりした。

 本人もその気だと思っていたのに。

 そうつぶやいたとたん、二人の少女の表情は変わった。

 今までのような余裕のある顔ではなく、何となくそわそわとしている表情。

 今にも口笛でも吹きながらその場を去ろうとしている表情に見えた。

 すっと両手で彼女達の肩を掴む。


「何か知ってるんだね?」




 あきれた事に、ちーちゃんはレンファやイブの入れ知恵で清音先生の個人教授を受けていたそうだ。

 かなり軽いつもりで「もしかしておんなじ学校で遊べるわ」とかいったそうだ。

 それを思いっきり本気にしたちーちゃんは、力いっぱい清音先生と大暴れということらしい。


「・・・二人とも、センセが今どういう状態なのか分かってるんだよね?」


 不機嫌そうな僕に二人は平謝り。


「だって、本気にするとは思わなかったのよぉ~」

「ミス清音もその話を聞いて笑ってたしぃ。」


 あの人ってば何を考えているんだろう、と僕はため息を付いた。

 なにせ清音センセという人は、今世界的に注目をされている人物なのだ。

 僕を在野中学から国連学園から入学させたという実績はもとより、先日のハイジャック騒ぎでの対応も人権擁護団体や政治団体からも拍手喝采で迎えられ、ぜひとも講演をとか破格の待遇で迎えたいとか、もう、熱病にも似た人気はうなぎのぼりだった。

 国賓待遇の来日者すら面会を求める中、清音センセは誰一人とも会わなかった。

 その理由が又ふるっていて、人気に拍車をかけた。


「たとえそれが国会議員でも総理大臣でも天皇でも、私をいぬっころのように呼び出すような行為は認めません。私は自由の国の国民であると信じます。 私も、私にでも、たとえ公僕であったとしても、会食の相手を選べる自由がこの国に存在しているものと信じます。」


 この台詞を書いた書状を受けた某国大統領は、生涯の宝にすると公言し、完全密封処理と完全封印をして家宝とするそうだ。

 現在、執務室に飾ってあるそれは、和紙で書かれたその書状の写しだという事。


「・・・この上、僕らの事でセンセに迷惑かけるなんて・・・・、なに考えてるの。」


 ちろりと冷たい視線を向けたつもりだった僕だったが、二人とも思いのほか堪えている様子は無かった。それどころか、何となく目をウルウルさせていない事も無い。


「・・・どうしたの?」

「だって、僕達の事って・・・。」

「それって、私たちのことって、プライベートって事だよね?」


 あうっち、完璧な台詞ミス。

 どんな言い回しが正しかったかは解らないけれども、これは完全にミスだと僕は感じた。

 多分、いや絶対の予感としてこの後の展開が読めた。


『で、どっちの問題かしら?』とか言いながら、しなを作ってくるに違いない!


 さっと身構えた僕を背後から抱え込む人。


「それは、りょーにーちゃんとチズルの問題だから『僕ら』なんでーす!」

「ちーちゃん、抜け駆けは駄目-!」「もう、油断もすきもない!」「でもでも、抜け駆けはおね-ちゃんたちのほうだよぉ」


 もしかして、こんな生活が続くのだろうかと、そんな疑問が僕の頭の中で渦巻いていた。



 続いた、いや、混乱は増した。

 真面目にどうにかしないといけないと、本気で思う僕だった。


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