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第八話 年度末

第一章


「あら、リョウ。もう終わりなの?」


 いつもの学園外周に有る喫茶店に向かう道すがら、イブと会った。

 日常的にレンファとセットで見られる彼女だが、時として別行動となる場合が有る。

 こんな時を狙って彼女達にアタックする輩がいると言うが、本当なのだろうか?


「うん、デニモ教授のところの音声解析実習しか残ってなかったから、今日で期末試験はおしまい。」


 ヒラヒラと手を振って見せると、花がほころぶが如くにイブが微笑む。

「あたしもさっきの試験でおしまい。」


 軽く舞うように僕の横についた彼女。


「やっぱり、準優勝特典?」

「うん、苦手教科だけ試験を受けたの。」


 始め僕は得意教科のみを試験でクリアーして、苦手教科は特典利用しようとしたのだが、周囲の人間から奇異の目で見られてしまった。

 曰く、


「苦手な教科は、実際に試験を受けて、どこまで理解しているか確認する必要が有るんじゃないのか?」


 ・・・ごもっとも。

 なんと言うか、みんな優等生だよなァ。

 そう言う訳で、優勝・準優勝・優勝チーム特典に加え中間試験での全面勝利が味方して、僕らチームは、かなりの試験を免除と言う事になっていた。

 しかし、免除と言うだけで、好きに試験を受ける権利も存在する訳で…。


「レンファも物好きだよなぁ。全試験受けるんだって?」

「うん、あのこ、実は勉強虫だから。」


 驚く事に、我がチームの誇る実質的なミス学園の一人鈴=連花は、これまで得た特典成績を全て棚上げにして全ての試験を受ける事を宣言した。

 総科目数は三桁を超えるものが有ると言うのに、何とも無謀な話で有る。

 喫茶店ではいつもの場所にいつものメンバーが既におり、ひらひらと手を振っている。

 参考書や教科書を広げて入るものの、どちらかと言えば息抜きに居るように見える。

 それもそのはず、勉強するなら自分御部屋に行った方が良いし、同じ選択をしている仲間と頭を付き合わせたほうが遥かにいい。


「あ、リョウ。今日はおしまいか?」

「ああ、今日はおしまい。んで、今日でおしまい」


 にこやかな僕の台詞に彼らはうらやましそうに声を上げる。


「あのねぇ、替ろうか?」


 そう言った所で全員が首を横に振る。

 今、僕が陥っている状況に比べれば、レンファの全教科試験のほうが楽かもしれないと彼らは感じているからだ。


「なぁ、遠慮するなってば、な?」


 肩を抱きこみぐいぐいとベルナルドをゆすって見たが、彼は苦笑するばかりだった。


「リョウ、リョウ。『責任』なんだから。」


 苦笑のイブを恨めしそうに僕は見つめたが、その背後の存在を見てがっくり肩を落とした。


「元帥、お探ししました。」


 たんまりのファイルを抱えた国連軍女性士官が店の入り口に現れる。


「クラウディアさん、元帥はやめましょうよ。」

「はい、元帥。いいえ、それは出来ません。私はイズミ元帥府に派遣された連絡士官ですから。」


 身長180センチをゆうに超える彼女は、硬い表情で僕に手持ちの書類を渡した。


「現在受信中の書類に付きましては夕食前にお持ちいたします。それまでにこちらの決済をお願いいたします。」

「あのですねぇ、クラウディアさん。確かに僕はイズミ元帥府を開設しましたが、いつまでも元帥だって言うのは問題が有るんじゃないでしょうか?」


 何度も繰り返してきた質問。

 確かに事件解決のために元帥府を開設はした、したけれども、その事件自体はほぼ解決しているから、僕は元帥やめても良いよね? と聞いているわけだ。


「元帥、何度も御説明いたしておりますが、通常の開設であれば問題が無かったのです。しかし今回の開設理由が国連学園反対派によるテロリズムであった事は明白。このような場合は再発防止をかねて長期体制で全軍協力状態を維持すると言うのが通例です。それを開設者が知っていようといなかろうと、です。」

「でもですね、例えばこの書類とか、この確認書とか・・・全然わかりませんよ。」

「御理解頂けない場合は私が補佐することになっております。」

「それだったら全部クラウディアさんが決済しても一緒じゃないか。」

「勿論そのように思われる場合もございます。しかし、現在三軍体制での活動を可能とした元帥府はイズミ元帥府しか開かれておりません。なにとぞ御協力を」


 そういって書類を僕に預けて去る彼女に見守った僕は重いため息をはいた。


「『責任』・・・かぁ。」


 そう、元帥府開設は権利で、その維持は責任なのだ。

 実際国連学生は多くの危険にさらされているものの、自衛の手段は殆ど無い。事件に巻き込まれた時に四人以上の国連学生がいれば問題はないが、大概の場合はそんな大人数では移動しない。

 そのために事件に際しては非常に自衛に対して困難を極める。

 世間で言われているほどには権力が有る訳ではないのだ。

 しかし事件・事故が起きたその時に、国連学生による元帥府が開かれていた場合は事情が異なる。必ずしも四人以上の国連学生による同意は必要無いし、必要とあらば一人の要請によって国連全軍が動く事もありうる。

 それは元帥資格保持者という一人の国連学生の責任下で行われる世界大戦の可能性も秘めていた。

 つまるところ、僕みたいなどうでも良い一人の学生の手に世界の命運の一端が握られているとも見られるわけである。


「まぁ、あきらめたまえ。最終手段に元帥府設立を選んだ時点で君の運命は決まっていたんだ。」


 にこやかな笑顔で現れた銀髪の男を僕は睨む。

 この人ときたら何かと面白がって。


「素敵な女性士官が秘書についているのに、何が不満なんだね?」


 僕が入学当初は「最強のゲイ」として知られていたエメット=風御門先輩であったが、色々な事があって現在ノーマルを僭称している。

 以前はあった男性ばかりのハーレム-は解散し、現在平均的な男女比率での交際を続けているそうだが、実際どうなのかは誰も知らない。平均的な男女比率と言うのも眉唾な話ではないだろうか? だって、その比率で「交際」していると言うのだから。


「・・・僕、あの人苦手なんですよ。」


 きりっとしてて融通が利かなくて、非常に実直で誠意ある真面目で優秀な女性。

 美人ではある、しかしそれを忘れるほどに頑ななイメージがあった。

 一言で言えば、とっつきにくい。


「でも彼女はリョウのこと好きみたいよ?」

「ええっ!」


 横にいたイブを見るものの、彼女はニコニコとしているだけだったので真意は知れない。

 しかし、クラウディアさんの行動と言動から、どうやってそんな感情を読み取れるのやら。


「どうして? どうやって?」どうして好きになるの? どうやってわかるの意味。

「解かるのよ、女の勘ってやつね。」


 少なくとも「女の」と言われてしまうと二の句がつげない。


「私にもわかるよ、君を見る彼女の目は恋する少女のものだ。」


 リバティニア=クラウディア国連空軍中尉28歳、恋する乙女と言う年齢なのだろうか?


「だめよ、リョウ。いつになっても恋する心は乙女なんだから。」


 わからん、わからん、と苦笑をした僕は、手元の書類を片付ける事にした。




第二章


 ナルニアAセットをつつきながら、最後の資料に目を通していた。

 それは国連空軍所属大型空中要塞『Coercion』に関するもので、運行航路及び機材の更新に関する書類だった。

 いつもは僕の両脇にイブやレンファが居るのだけれども、扱っている書類が書類なので周囲は空席ばかりとなっている。

 唯一いるのはクラウディア中尉のみ。


「クラウディアさん、これなんですが・・・。」

「はい。」


 赤ペンで二・三しるしを付けた機材を見せると眉をひそめた。


「これが何ですか?」

「これ、僕の裁量で違うものに切り替えて良いですかねぇ?」

「・・・権限はございますが、皆が納得するものでしょうか?」

「少なくとも性能面・価格面では100%の満足が得られます。」

「では、そのようになされば良いと思います。」

「・・・見た目がねぇ・・・。」

「?」

「まぁいいか。久長教授もフィールドテストがしたいって言ってたし。」


 そんな会話がここ最近の夕食の風景だった。


「んじゃ、今日の分はこれでおしまい。夜の分は有りますか?」

「あ、はい。後ほど御部屋までお届けします。」


 全く隙の無い敬礼をした彼女がそこを去ると、津波の様に人が押し寄せる。

 いつものチームではなく、なんと各研究室の教授たちであった。


「リョウくん、いやーありがとう。伸縮性が高いβタイプの型抜きが順調だよ・・・」と久長教授。

「で、どうだね、うちの新素材は割り込む隙はあるかね?」とミルアー教授。

「な、なな、強度試験の結果は来てるのだろう? 報告書を早く回してもらえんかねぇ。」


 こんな調子でもみくちゃにされる日々が最近続いていた。


「皆さんへの回答は書面でお伝えすると何度も・・・」

「何を事務局のような事を言っておるのだ。教授と生徒の仲ではないか。」


 まったくなにがなんだかと言う調子で。

 実際、こういう要求に対応していては時間も有ったものではないのだけれども、教授権限評価を最低にしてやるとか、来年のミスコンに匿名で推薦してやるとか脅されては、一介の生徒の身分では逆らえず、細々と報告書類なんかを渡してしまうのがいけないのかもしれない。

 なんやかんやとやり取りしているうちに、手元のナルニアセットはすでに冷めていた。


 ストレスでメタメタになった僕は、そのまま部屋に帰らずにレク室に転がり込む。

 すると、そこではチームの皆が卓球などを勤しんでいた。

 なにやらうちのチーム、こよなく卓球を好む。


「よー、リョウ。大変だなァ」


 アメリカンスマイルのJJに、僕は軽くジャブをする。


「やっぱり最後に宣誓をしたのが失敗だったのかなぁ。」


 ジャブを受け止めたJJは、苦笑いであった。


「あの状況では最善の選択だったんじゃないのかな? 俺でもああするよ。」


 力強いスマッシュをしつつゲオルグは言う。


「そーだねー、でも僕だったら宣誓出来なかっただろうなァ。」と洋行さん。

「なんで?」

「いや、だって、ちょっと責任が重過ぎるもの」

「はぁー。そうだよなぁ」

「どうしたんだ、リョウ。愚痴なんてらしくないぞ。」


 マクドナルドはキラキラ光る笑顔で言う。こいつのこう言う所は変わらないなぁ。


「・・・なんかさぁ、肩書きとか見ためだけで最近人が集まっている気がしてさァ、何の肩書きも無いリョウ=イズミなんて、何の魅力も無いんだろうなァとか考えちゃってね。」


 何の前触れも無く僕の口が両方に引き伸ばされる。

 可憐なその手は間違い無い。


「ひふ、ふぇんふぁ」


 イブとレンファ。


「また馬鹿なことを言ってるわね、リョウ」「本当に自分を知らないって言うのは恐ろしいわ。」


 二人の少女は、いつものように僕の両脇に立ち、そしてぎゅーっと僕を抱きしめた。


「あ、あのさぁ・・・」

「だまってじっとしてなさい。あの軍人さんに一人占めされてた分を取り戻してるんだから。」「イブなんて良いじゃない、私は最終日まで試験なんだから。」「あら、それってわたしのせいかしら?」「もう、いじわるぅ。」


 こんな風にベタベタされると身の置き場に困ってしまう。彼女達の態度だって何の魅力の無い「本当の僕」という存在に向けられたものではない事を知っているから。

 チームの皆は苦笑をしているけれども、内心は穏やかではないだろうと思う。

 なにせ学園一位二位を争う美少女を結果的に一人占めにしているのだから。

 最近は無いが、入学当初などは怨嗟の視線だけで穴だらけになっているような毎日が続いていたものだった。

 それを考えれば、チームの誰かが彼女達を心底好きであってもしようが無いと思う。


「あ、また何かくだらない事を考えてるわね?」


 ぴろーんと僕のほっぺたを引っ張るレンファ。


「私達のにとっても、チームにとってもあなたはあなたなのよ、リョウ。」


 素直にその言葉を聞ける気分ではない僕だった。

 僕の心は彼女達の温かい言葉さえ素直に受け取れないほどにネジくれているようだ。



 黄と共に部屋に戻ると、少数の書類を抱えているクラウディアさんが部屋の前で待っていた。


「あ、元帥。お休み前のお時間に申し訳ありません。」


 かっちり敬礼の彼女を見て僕も黄も苦笑いだった。

 綺麗な動作で書類を僕に渡すと、彼女はそのまま立ち去ろうとしていた。


「まって、クラウディアさん。お茶でも飲んでいきませんか?」


 ぴたりと止まった彼女だったが、振り向いたその顔は何故か赤いものだった。


「・・・それは上官命令でしょうか?」


 なぜ命令と言う受け止め方になるのだろうか? そう思った僕だったが、更に苦笑を深くして言う。


「上官命令と受取りたかったら、何も言わずにこの場を何も言わずに立ち去ってください。そんな理不尽な命令を聞く必要はありませんし、抗命罪で訴える事もありません。そうでないのなら部屋にどうぞ。・・・僕と黄のへやですが。」


 黄に何の打ち合わせも無く彼女を誘ったが、文句が有るはずも無い。黄はこのての年上の女性が好みだから。

 言わずもがな黄もおいでおいでをしている。



 本当に、ほんとうに紅茶へちょっと多めのブランディーを入れただけだった。

 しかし、一杯の紅茶を飲みきる前に彼女はいい調子になっていた。


「げーんーすーーいー、きいてますかぁー?」

「あー、はいはい、きいてます。」

「『はい』は一度だけです。」

「・・・・・・・・はい。」

「よろしぃ。」


 ペタペタと僕の頭をはたくクラウディア中尉。

 目は半眼となっており、空いた手で黄に紅茶の御替りを要求していた。


「あのー、クラウディアさん。飲みすぎなんじゃないですか?」

「何をおっしゃるんですか、元帥! 紅茶にのみすぎもなにもないじゃないですかぁ!」


 ケタケタと笑う彼女を見て、何か重大な間違いをしてしまった事を痛切に感じていた。


「あたしわですねぇ、げんすい。配属前には凄くおこっていたんですよぉ。」


 ぷはーとはく彼女の息は、紅茶以外のにおいしかしない気がするが、少なくともボトルに半分はいっていたブランディーはもう無い。


「いくら元帥府をひらいたからってぇ、特殊軍法によるげんすいだっていったってぇ、学生じゃないですか、それも高校一年生なんですよぉ、ええ、私なんて28になっても中尉、ちゅういなんですからねぇ!!」


 まぁ彼女の言い分はわかる。解かりすぎるほどに解かると言うものだ。


「・・・でも、『でも』でもなんですよぉ。」


 今まで怒りに震えていた彼女の顔が、にへらーと緩む。


「げんすいってば、さすが国連学生っていうかぁ、溢れる知性がほとばしるっていうかぁ・・・。げんすいってすごいんですねぇぇ」

「な、なにが?」

「だってすごいじゃないですかぁ、入学と共に伝説の元帥生徒総代を手玉に取るわ、中間試験では現状を逆手にとってルーキーを全面勝利に導くわ、先のハイジャック犯を手玉に取るで、もう今年の全学園MVPに決まりだって言うのが噂でぇ…。」


 伝説の元帥生徒総代とは風御門先輩の事。彼も一度テロに遭い、元帥府を設立した。

 その際の三軍体制は一年の永きにわたり、主要施設の変革は今も記憶に新しいと言う。

 MVPとは学園有志によって投票されるランキングのトップに来る生徒の事。

 学力・判断力・そして仲間に恵まれていると言うのが条件なんだそうだ。

 僕は部屋備え付けのハリセンをもってクラウディアさんをはたく。

 何故そんなものがあるのかについては秘密だ。


「いったーい」

「何の確証も無い事を流布しないで下さい。」

「でも、みんな言ってますよ。・・・ねぇ。」


 そう言って彼女は黄に言うと、黄は曖昧に頷いて見せた。

 つまるところ情報の出所の一つではないという事だろう。

 僕がギロリと睨むと、黄はへらへらと笑い出した。

 ああ、なんだかなぁ・・・。


「噂は噂です。確証の無い噂で動く軍はないでしょ?」


 苦々しい言葉を吐いたにも関わらず、クラウディアさんは聞いていなかった様だ。


「げーんーすーいぃぃぃぃぃ、のんでますかぁぁぁぁ」


 べったりへばりついてくるクラウディアさんを引っぺがしながら思わず呟く。


「たすけてくれぇ、だれかぁ。」


 言ったか言わないかというタイミングで、急に扉が開き現れた。

 そこには見なれた一団が、大小の瓶や皿を構えていた。


「騎兵隊登場。」


 先頭の二人の少女、イブとレンファの目は尋常ではなかった。


「・・・たすけてくれぇ」


 再び騎兵隊が訪れる事は無かった。



第三章


 死屍累々となった我が部屋で身を起こすと、クラウディアさん一人が起きあがっていた。

 最初に酔っ払ったはずの彼女は、息を殺して僕の端末に向かっていた。

 真剣と言うよりも殺気を孕んだその視線は、画面の向こうの親の敵を見るかのように見えない事も無い。

 どうしたものかと思ってじっくり見ていると、どうやら作業が終わったらしく、ドライブから記憶媒体を抜き取って振りかえる。

 すると覗き込んでいた僕と真正面から視線が合ってしまった。

 声にならない息が彼女から洩れ、椅子に座っていたはずの彼女はそのまま崩れ落ちる様に床に倒れこむ。

 嫌な崩れ方だと思った僕は助け起こすものの、腕の中の彼女は官能的な妙な声を出して震えだしたのだった。


「あ、あなたは・・・だれ、なの?」


 震える唇で言う彼女。

 何を言っているのだろうと言う思いが、僕の口から漏れた。


「クラウディアさん。リョウですよ、イズミ=リョウです。」


 瞬間、彼女の体は強張り、がたがたと痙攣をしたかと思うと、ぐったりと動かなくなってしまった。


「クラウディアさん、クラウディアさん?」


 ぺちぺちと頬を軽く叩く僕の手に、微妙な反応を見せながらも彼女の意識は戻る気配が無かった。

 どうしたものかと思っている僕の背後に、何かの気配が感じられたと思った瞬間、顔にいつもおなじみの感覚が戻る。

 そう、今の今まで僕は眼鏡をかけていなかったのだ。


「いやぁ、いつもながら凄い威力だなぁ。」


 声を殺して現れたのは黄。


「正直言ってちょっとジェラシー感じるぅ。」

「流石にあれを受ける気はないけれどもね。」


 僕の両脇を支える様に二人の少女が、イブとレンファが現れる。

 混乱のきわみにあった僕は、思わず彼女達を見るものの、何が起きたのか全く解からなかった。


「・・・クラウディアさん、どうしちゃったんだろう?」


 すると三人は同時に肩を竦めるのであった。



 目覚めたクラウディアさんは、今だ夢うつつの中に居る様だった。

 頭はゆれ、視線も定まっていない様だったものの、僕を見た瞬間に顔を真っ赤にして正気に戻ったようだった。


「大丈夫ですか?」


 そんな問いかけにもビクリと体をさせただけで、何の反応も無かった。

 参ったものだと苦笑している僕だったが、実際はそんな事を言っているような状況ではなかった。

 彼女が僕の端末から抜き出した情報を先ほど検索して見た所、殆どが各研究室の最重要機密マーク付きのファイルばかり。

 国連学園における最重要機密という指定のデータのみ入っていたのだ。

 国連学園には情報機密に対する厳しい規制が存在している。

 その規制に触れたものは理由の如何を問わず厳しい罰則が存在している。

 法人であっても国家であっても個人であっても、いかなる人物であってもその存在を許されることは無い。

 ・・・一定条件を除いて、一切だ。

 そのことを骨身にしみているのであろう、クラウディアさんは、先ほどから震えていた。

 正直な話、この場で射殺されても文句が言えない立場だから。

 無論、この部屋に集まった人間で事を荒立て様とする人間など居ない。逆にこの状況は美味しい等と思っている人間は居るかもしれないけれども。

 彼女が目覚めるまでの間で、仲間には今の状態を手短に黄が説明した。

 僕も初めて聞くような内容であった。


「・・・国連空軍中尉 リバティニア=クラウディアさん。貴方が何をしたかは、ここに居る全員が理解しています。」


 彼女は体を硬くした。

 クラウディアさんは間違いなく、この三軍体制に乗じて国連学園内部の情報を掴もうとした一軍人の指示でスパイしていたのだと黄は言う。

 が、それは間違いなく命令であり、そして指示した人間は更迭されない。

 そう言う仕掛けになっていると黄は話すのだった。

 実際、そう言う人間は大嫌いだと言う人間がそろっているチームの方針は決まっていた。

 ゆえに、この後に出てくる台詞は彼女の予想を越えているだろう。


「そして・・・、だれもこの情報が流出したことを確認した人間はいません。」

「はぁ?」


 思わずクラウディアさんは気の抜けた顔になった。


「この記憶ディスクに入っている情報は、すべて「リョウ=イズミ」が閲覧した事になっているので、学園法上問題ありません。」


 歌い上げるようなリーガフの台詞を、マイクが次いだ。


「更に言えば、この記憶ディスクに収まっている機密情報も全て・・・」


 そう言いながら展開し始めた情報の全ては、各研究室の最高機密・門外不出の機密情報のマーキングがされているだけの情報。

 名前と数字の羅列の情報を見たクラウディアさんは、思わずめまいを覚えたらしくふらふらし始めた。


「エヂーマーキス_35ポイントプラス20、スコットランドメイン_66ポイントマイナス20・・・」


 小声で読み上げるJJ。

 それは、各研究室で管理している、受講生徒の成績データだった。


「持っていく所に持っていけば、凄い価値で引き取ってもらえるでしょうけれども、このデータを持ち出して喜ぶのは、国連学生ぐらいのものですね。」

「・・・何故ですか?」


 彼女の問いは、多分、自分をなぜかばうのかというものだろう。

 その辺は大した意味は無い。

 本来彼女は、軍転用可能なデータを持ち出すはずだったが、成績表を引き出したと言う時点で僕らは彼女を無害な存在だと認識した。それゆえに、多少の縁が出来た彼女が銃殺される所を見たくないと思ったと言うのが正直な所だ。

 実際にデータが抜き出されたとしても、教授会のサーバーになんか入っている情報など、教科書程度の内容であって、決して最新技術ではないのだから、それについても問題ないだろう。

 何の問題にもならない行為かと思いきや、それが成績公示期間となると話は別だ。

 自らの成績を真っ先に知りたいし、できれば良い物にしたい。

 それゆえに、サーバー進入を志すものも入るのだが、それについてはひとつの校則がある。そこに居る全員が生徒手帳を出して一項目を指差す。


『国連学園内情報網に置ける特別措置A2334-21:あらゆるクラック行為を禁じたネットで有るが、国連学生に限り例外を1項追加する。1.各研究室の成績データは各生徒各々で死力を尽くして奪取すべし。全てのセキュリティーを越えて奪取せし場合、十分な褒賞を与えるものとする。』

「・・・何なんですかぁ!」


 もはや混乱のきわみに有る彼女に、僕は囁く様に言った。


「つまり貴方が抜き出した情報全て、『りょう=いずみ』が引き出したと言う事実しか残っていない今、誰も罪にとわれることは無いんですよ。」


 ぐるんぐるんにめが回っているクラウディアさんは目が泳いでいた。


「あなたの直属の上司は多分、ジュリアー空軍総司令だと思いますが、彼が失脚すると僕達も困るんですよ。」


 ぽりぽりと頭をかく僕にクラウディアは何事か言おうとしたが、初めて気づいたかのようにJJを見て驚いた。


「ま、まさか・・・。」

「そう、そのまさか。」


 JJこと、ジョージ=ジュリアーは国連空軍総司令の息子なのだ。

 妙な色気を出した空軍総司令にお灸を据えてやるのは簡単であるが、さすがにJJの家庭が崩壊するのを見たくは無いので、見て見ぬふりをすることにした僕らだった。

 いまだ混乱の極みにあるクラウディアさんを肴に、僕らは再び祝杯をあげることとなった。


「・・・んで、何の御祝い?」

「そりゃもちろん、教授会の難解なプロテクトを超えた若き英雄「リョウ=イズミ」誕生祝に決まってるだろう?」


 思わず口に含んだ御茶を吹く。


「・・・きたないなぁ、何するんだよ。」

「だ、・・・だって、データをえたのはクラウディアさんで・・・。」

「『国連学生に限り』だぜぇ。」

「IDはリョウのものだよねぇ。」

「クラウディアさんが死刑になってもいいのかなぁー。」


 ずずずいっと迫り来る友人達を退け、僕が咳払いを一つ。


「リョウイズミのIDで、皆がハッキングした、だよね?」


 隣にいたJJの背中を叩く。


「まぁ、それで納得するか。」


 あわや妙な勲章が増えるのを阻止したことに満足した僕だったが、実際は何も阻止されていなかった事に気付くまで、大して時間は要らなかった。



第四章


 学園ネットに告知が出されていた。

 教授会のサーバーに侵入した上にデータを奪取した人物のIDが公表されたのだ。

 『ryou01001』というIDは、一期生の1クラス所属で有る事が示されている。

 つまり、今年一番大暴れしていると噂のルーキー『リョウ=イズミ』その人である。

 アクセス開始からデータ奪取までが僅か3分と短く、いかなる手段を用いたのか教授会でも解析中だと言う書きこみになっていた。

 また、同じサーバーに生徒側からの告知が追加されていた。

 それは今回のハックがグループで行われたと言う犯行声明であり、それゆえに今回の功績はグループ全体の勝利で有ると言う風に書かれていた。

 グループ全員の署名が追加されているそのファイルは、密かにアーカイブの状態でコピーが続出しているらしい。


「なんで?」


 僕のその問いに、洋行サンは苦笑で答えた。


「国連学園史上に残る情報ですよ、誰もが現実に有った事として記念にダウンロードしたいんじゃないですか?」


 しかし国連学園史上に残ると言っても、奪取成功したのは僕らで実に十三人目だったりする。


「・・・あのねぇ、夜に忍び込んでコミックヒーローみたいな活躍で盗んでいた時代とは違うんだよ? 世界有数のセキュリティー、イロジカルとラップの数々、ツイスター式シャッフルによるパルスジャグラー。おおよそハッキングなんか出来る環境じゃないのにやり遂げたって言うんだから・・・。」


 しかしなぁ、と僕は首をかしげた。


「・・・この端末から教授会のサーバーに入るなんて簡単なんだよ?」

「え?」


 チーム全員がギョッとするなか、僕はアイコンクリック一つで教授会のサーバーに侵入した。


「・・・えええええええ!!」


 セキュリティーの問題で、どんなに最速で侵入しても数10分はかかると言われている侵入を、僅か一動作で行った男、リョウ=イズミをチーム全員が穴があくほど見つめている。


「なんでぇ!!!」

「だって、僕のID、最優先資格者だもの。元帥だよ、僕。」

「・・・・・ああああああ!!」

「そんな抜け道がぁ!」

「あああ、無茶苦茶なセキュリテーホールじゃないかぁ!」


 軍最高責任者は、国連施設へのあらゆる侵入を許可されているものの、データ閲覧までは自由ではない。かたや生徒はすべてのデータ閲覧が許されているが、十分な許可なしにはNet内を行き来できない。

 では、両方の資格を持つ国連学生元帥は?


 もちろん教授会のサーバーに進入してクラックすることが目的なのではない。

 いち早く報告書や連絡を行いために、致し方なくアクセスしているだけなのだが、一般生徒には未知の領域だったということを今更ながらに思い知る。

 とはいえ僕自身は一般生徒なのにと不満げな顔をしているリョウだった。


 かくして、元帥の称号を持つ国連学生は、これ以降重要機密ダッシュには関わってはいけないと言う国連学園法を作る原因になった男として、僕は名を残す事になってしまったらしい。

 不本意な事だ。


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