第七話 冬休み逃避行
第一章
国連学園の冬は早い。
10月を越えるか越えないかと言うところで雪が降り始め、豪快なまでに雪が降り積もる。
学園が出来る以前までは、年間で殆ど雪など降るとことではなかったと言う話であるが、実際に降っているのだから、そんな話など何の足しにもなりはしない。
本来ならば全校で冬休みが施行される。そして通年ではその冬休みをルーキーは味わう事は無い。なぜならば、この冬休みには中間試験における単位不足を補う為の特殊課題が行われるからだ。
課題などと言われると宿題のように思われがちだが、そんなものではない。
正直な話、勝ってよかったと実感する内容であった。
自由と博愛が謳い文句の国連学園は、その名に恥じぬ柔軟さで生徒の自由と趣味を乱すことなく数々のカリキュラムを用意している。
「んで、これがカリキュラムパンフレット?」
いつもの喫茶店で、16ページほどのパンフレットを捲って僕はため息をついた。
「そ、よくぞここまでって内容だよ、ほんとに。冬休み中学園にいたら、間違い無く暗殺されるって内容。」
選択科目は多岐にわたっていた。
「なになに? ・・・修験道体験コース。雪の山野を駆け、氷漠となりつつある滝で滝行…。」
「八甲田山コース。かの日本陸軍遭難コースを体感勉強する。」
「おいおい、この24時間耐久小テストってのはなんだ?」
まったく小テストではない。さらに合格するまで毎日続けられるそうな。
「なぁ、リョウ。TVチャンピオン収録に紛れ込み優勝するってのはなんだ?」
ほかにも・・・・・
コンビニの全品を完全撃破するとか、某ギャルゲー数本を単独でクリアーするとか(もちろん報告書提出)、某所で行われる冬のイベントを全日程参加遂行するとか・・・。
一見冗談の様に見える事例全てに協賛の研究室が潜んでおり、独自の研究成果を人体実験できる好機として虎視眈々としていることが伺える。
「不気味なのはこれだな、世界一周旅行御招待。」
デニモ・アマンダ・久長研究室が協賛している辺りで、どうも胡散臭さが拭えない。
一見何のかかわりも無いかのように見える三つの研究室が、何処までも白に見える灰色のカリキュラムを用意するなんておかしいのだ。
少なくとも世界一周を用意していて、なんの策略も無いのならば、真っ先にアマンダ研究室の女性陣が乗っ取ってしまっているだろうから。
このところ縁深い彼女達が新しい水着や衣類を購入したという話は聞かないので、どう考えても楽しい方向性のあるたびではないはずだ。
冷静に考えて、・・・黒だ。
「んで、どうしよう。」
冷や汗にまみれた僕らが、休みの間だけでも学園外へ逃亡すると決めたその判断は間違いの無いところなのだろうと思う。
例えそれが、世界を巻き込むような大騒動になるとしても、その時点ではその事を誰も予想し得なかったに違いない。
海外旅行の始めてが国連学園なのならば(国籍を停止されて国連人となったのを国外とするなら間違い無い事だと思う)、始めて飛行機に乗ったのはカナダ行きのジャンボだった。
んで、カナダは***空港は非常に広かった。
「なにボサッとしてるの。」
僕の後ろからカラカラとトランクを押してゲートを出てきた金髪の美少女イブが言う。
「・・・外国って、飛行機乗ってくる外国って初めて来るんだ。」
「だから物珍しいって?」
ある種の疑問を一瞬に氷解させるほどの美少女レンファが僕に並ぶ。
美人は飽きると言う話しを聞くが、適度な美人は「慣れる」のであるというのが実感。
いつまでも顔を見るたびに言語障害を起こしていてはその先への進展が無いから。
「…いやさ、だって、・・・海外旅行なんて結婚して新婚旅行でもしないと行かないと思ってたから。」
ぼーっとなってどうしようもないことを言ってしまったことに気付いた僕は、思わず顔を赤くする。
何故か最近彼女らの前での失言が多い気がする。
「まっ。」「あらっ。」
すうっと二人は僕に寄り添って、ぴたりと体を寄せる。
「それはどちらと、かしら?」
うわーん、かんべんしてくれー、と思わず嘆きを入れようとしているところで、正面から大量の光の束が現れる。
瞬間的な光は花火のようであり、それでいて太陽の光を感じさせた。
危険な物ではない。
ただの写真撮影用のフラッシュだ。
そう気付いたそのとき、フラッシュの手前に四人の人影が見えることに気付いた。
ゆっくりと近づいてくるその影は調整休暇中に見知った、今僕の双方に控える少女達の両親に違いない。
「やぁ、よくきたね、リョウ=イズミ君。そして愛しの娘達よ。」
大柄なモイシャン氏は、まるで威嚇している熊の様に両手を広げて、そして僕を抱え込んだ。
ばんばんと背中を叩く彼が離れると同時に鈴氏が僕に握手を求める。
「やぁ、サマーバカンスは待っていたのに、東京で一騒動起こして遊んでいたんだって? 家族の団欒より家の娘達は君達と遊ぶほうが良いらしい。じつに我々の若い頃にそっくりだ。」
こんな報道陣のまえでそんな話をするのは・・・と思っていたが、なにやら向こうさんも悔しそうな顔をしているだけで此方には話しかけようともしていない。
ふと、学園情報機密法という強力な国際法が身のうちに登る。
国連学園に関する全ての情報は秘匿され、開発された全てのものは国連学園のものであると言うやつである。
つまり国連学園に所属する僕たちの会話自体が情報機密であり、僕ら自身が国連学園の秘匿すべき情報なのだ。
その禁を破ったものはお家断絶、というか日本の某有名新聞社が一日にして消えたのは有名だし、今をもってフランスの某TV局は活動すらさせてもらえないでいる。
そのため、誰が映っているか分からないような場合は良いが、確実に僕らの存在が明らかになるような写真は取れないし、聞いた話しを記事にすることも伝え言うこすら出来ない。
つまりモイシャン・鈴両氏の写真は撮りたいけれども、国連学生が一緒だと記事に出来ないのである。
ゆえに彼らは悔しい。
しかし、巨大コングロマリットの企業トップとはいえ、親が子供とその友達を迎えに来ると言う行動に何か問題があるのだろうか?
黒山の、というか、色とりどりの人だかりが出来るような事なのだろうか?
そう思って素直に聞くと、その場で四人の大人と二人の少女に爆笑されてしまった。
「本気かね?」「本気よ、彼、そう言うことにはとことんにぶいの。」「それは面白い。」「こっちは面白いとか言ってられないわ。」「まぁまぁ、そんなに笑っちゃかわいそうよ。」「でも。うふふふふ、素敵ね、リョウくん。」
まぁなんというか、彼らがこれだけ笑うのだから、何かしら理由が有るのだろうと思って更に聞いてみると、笑顔な鈴氏が説明をしてくれた。
どんな企業でも、一企業である限り国連学園卒業生は欲しい、そうだ。
確かに、考えても見れば未知の非公開の知識を持って社会に下りてくるのだから、喉から手が出るほど欲しいだろう。
それなのに、モイシャン・鈴両氏の子女は二人そろって国連学園に入学を果たしている。
いずれ企業運営に関わるであろう実子が国連学園生なのだ、労することなく二人の卒業生を得ることを約束されていると言うのに、その上でボーイフレンドを連れてきたのだ。
これは彼らの企業が地盤を置く国にとって由々しき事態と言えるだろう、と。
「ぼ、ボーイフレンドォ?」
「ちがうのかね?」
「いや、その、あの、チームメイト、で、あります。」
「なるほど、ではチームと考えると更に事態は深いものとなる。」
「はぁ?」
世間にも国連学園内では一人で活動するよりもチームで活動することが多いことが知られている。そのチームメイトは国家を超えたつながりであり、彼等のつながりによって紛争の多くがこの世から消えたといっても良い。
そんな強固なチームと言う繋がりの中心が、この世界屈指のコングロマリットのトップに我が子の様に親しみを込めて対応されているのだから視線も集まると言うものだろう、と彼らは言う。
「は、中心? 誰がですか?」
「君だよきみ。情報鉄壁カーテンの向こうに繰り広げられた中間試験の結果なぞ、我々にとっては労することなく手に入れられる情報なのだよ。」
げぇ、と思わず顔をしかめる。
「いや、済まないと思ったがね。商人と言うものは意地の汚いもので、知れる情報は何でもあつめなけれが済まないものなのだ。」
さっと差し出されたそのプリントアウトには、中間試験における詳細と結果などが記載されており、なんと「ドロケイ」などのルールや地方ルールまで書いてある。
読み進めてみれば、なんと入学当初の親睦会のことから載っているではないか。
流石に学園内でも完全情報規制が行われた「幽霊騒動」には一つの記載もないのが唯一の救いだ。
「これだけの騒動の中心人物でありながら、あの中間試験代表されるように将来を嘱望されている。そんな人物を中心人物といわずしてなんという?」
「さる情報筋から聞いた話しでは、次期生徒総・・・・」そこまで喋りかけたモイシャン氏と鈴氏の口を、僕は無理やりふさぐ。
「ミスター、『絶対の秘密』と『公然の事実だけど秘密』ってのは違うと思いませんか?」
こんなに口の軽い二人がどうして企業トップになれたんだろうなどと悩んでみたが、背後に控える両婦人の姿を見た瞬間なんとなく納得する僕だった。
パーティー・パーティー・パーティー・またパーティー。
西洋系社会と言うのは何でこうも立食パーティーが好きなのだろうかと僕は首を傾げる。
にこやかな笑顔で対話するモイシャン・鈴両氏を遠目に見つつ、僕は目の前にあるテーブルのローストビーフをつついていた。
この短い期間の中で、対話というのは格闘だな、と僕は感じた。
パーティーの名目は一先ず置いておいて、さりげない会話の中で自らの要求を相手に快諾させると言う状況を見ていると、嫌でも距離を取りたくなると言うものだ。
最初は両氏とも僕を連れて歩きたがったが、頑なに遠慮をしたために許してくれたようだ。
彼らに話しかける人間も、僕がそばにいないことを喜んでいるように見える。
まぁ、彼らが行う戦略的会話を真っ向から崩してしまうような素人が居るよりも、居ないほうが良いに決まっているから。
小腹が減っている僕は次なる獲物を探していると、テーブルに寄りかかるように一人の初老の女性が背中向けで立っているのが見えた。
側で会話している重役風の男と政治家風の男との会話を聞いている感じであったが、なんとなく苦しそうに見える。
気になって、つつつと寄ってみると、丁度手が届くぐらいになって彼女の体がふらついた。
反射的に彼女を背後から支えるて、余計なことを言ってしまった。
「大丈夫ですか? おねーさん(フロライン)」
背後がドイツ系の雰囲気だったので、思わずドイツ語な確認だったが、いくら何だって言い過ぎだよと、自分でも反省。「フロライン」は無いだろう、「お嬢さん」は。
しかし受け止められた女性は、そのままの姿勢でげたげたと笑い出した。
「にーちゃん、いくらなんでもこの年でお嬢さんな訳ないだろう。」
ざっくばらんな口調に僕もつられて苦笑すると、彼女は少しこのままにしていてくれと言った。
軽く了解をすると彼女はすっと力を抜いた。
重役風と政治家風の男達は慌てて彼女に老女に近づこうとしたが、彼女は片手でピッと拒絶。それを受けて男達はうろたえた。
「若い子に抱きとめられるなんて、何年振りかねぇ?」
嬉しそうに僕を見上げるように振り向くと、彼女は体を硬くして驚愕の表情を浮かべた。
硬い表情が徐々に和らぎ、そして喜びに溢れる。
もちろん、僕も驚きで一杯だった。
「リョウちゃん、ひさしぶりだねぇ!!」
「グッッテンねーさん、ひさしぶり!!!」
共に日本語で叫んだ僕らは、大きく抱擁を交わした。
「なんだなんだい、何年ぶりだか。・・・五年、五年ぶりだよ。いや、久しぶりだねぇ。元気にしてたかい?」
砕けた口調のグッテンーねーさんは、バーちゃんの一番弟子を名乗るドイツ人で、さる昔に色々とヨーロッパでばーちゃんと一緒に暴れたそうだ。
僕が小さいころも、バーちゃんが行方をくらませてからも、何度も何度も訪ねてきてくれた優しい人だ。
「はい、みんなに迷惑かけながら元気にやってます。」
にっこり微笑んだ僕を、グッテンねーさんは怪訝そうに見た。
「・・・ところで、リョウちゃん。 なんでこんな泥臭いパーティーにいるんだい?」
どろくさい? まぁ、確かに泥臭い。
西洋的ロビー活動という戦場だもの。
「主賓に御呼ばれしたんです。」
「主賓・・・っていやぁ、鈴とモイシャンんとこのムスメッコ達かい。 あのぼんくら親父どもに似ないで頭のいい子達だけど・・・。」
何か考えたグッテンねーさんは、ひひひっと、いつもの笑いをした。
「・・・なんでもさ、ふすめっこふたりで惚れた男のお披露目が今回の目的らしいっつうのが笑えるさね。 目の中に入れても小躍りしているような可愛がりかたしていたっつうのに、どんな小僧が二股かけたんだか。それを馬鹿親父どもは気に入っているっているってんだから大爆笑さね。」
言っている内容は内容だが、彼女自身の言葉に悪意は感じない。
十分面白がっていても、その実「ムスメッコ」の目が曇っていたら活を入れてやろうという思いが溢れている。
「グッテンねーさんは、イブとレンファを知っているんですか?」
「そりゃ知ってるさ、こーんな小さい頃から遊んでやってるからねぇ。 結婚もしてないあたしにとっちゃぁ娘みたいな気がするね。」
「孫でしょ? 孫。」
「やかましい。 ちょっとぐらいサバ読ませろ。」
かっかっかと笑うグッテンねーサンは、不意に眉をひそめた。
「・・・・りょうちゃん、その服ってもしかして、第三礼服かい?」
「・・・ええっと、実は、国連学園に入学しました。」
瞬時、彼女は大爆笑して僕の背中を叩く。
「ひゃっはっはっはっはっは! じゃ、お譲ちゃんたちを垂らしこんだのは、りょうちゃんかい!?」
げたげたと笑う彼女であったが、不意に優しげな表情になった。
「・・・そうかい、そうかい。流石はあの人のお孫サンだねぇ。」
嬉しそうな彼女に対し、なんとなく照れみたいなものを感じる。
肉親に誉められるとこんな感じなのかもしれないと。
「墨田のじじーも、ぶんぶくれだろうねぇ。 『アタシがボンを責任持って成人させるんでヤス!!』って息巻いていたくせに、りょうちゃんに逃げられるたぁ情けない。」
「じっちゃんから逃げたわけじゃないんですよ。どうしても学園に入学する必要があったんです。」
僕の真剣な表情に、グッテンねーさんは苦笑した。
「わかってるよ、りょうちゃん。おまえさん、墨田のじじーやアタシに気兼ねしているんだろ?」
まぁ、そういう理由もある。
しかし、誰にも話していない本当の理由は別にある。
国連学園に入った本当の意味が。
漫才よろしくで日本語も巻くしあう僕とグッテンねーさんの周りに人巻きが出来始めた。
「おやおや、りょうちゃん。いい男だからみんな気になるらしいいねぇ。」
ちょいちょいとつつくねーさんに僕は顔をしかめる。
ざわざわと人が集まり出したところ、モイシャン・鈴の両ファミリーが登場した。
それに合わせて彼女に耳打ちをする。
「ねーさん、ちょっと話を合わせてもらえません?」
「なんだい?」
「じつは、りょーこさんの事を、モイシャン氏と鈴氏には『母』と紹介していまして…。」
「・・・? 行方不明じゃなかったのかい?」
「幾分込み入った事情が…。」
「・・・いいねぇ、悪巧みは大好きだよ、あたしゃ。」
そんなやり取りを不審にも感じなくてか、二人の主催者はグッテンねーさんに笑顔を向けている。
「これはこれはグランマ、御元気そうで何より。」
「おや、リョウくん。グランマと御知り合いかね?」
グランマと呼ばれてねーさんは鼻を鳴らす。
彼女は年寄り扱いされる事を非常に嫌う。
以前など、ばばー扱いした僕と口論の末、力技のグッテンねーさんに負けた。神社の御神木へ逆さ貼り付けにされた事もあるし、両足を縛られた状態で川に放り込まれたこともある。カテゴリー的に幼児であった僕に対して、幼児虐待とか言うレベルをはるかに超えた攻撃をする恐ろしい人だ。
「たとえお世辞でも『お嬢サン』とぐらい言って見せるのが男の甲斐性ってもんじゃないかい?」
「これはこれは手厳しい。」
「反射的に『フロライン』って呼べるような洒落っ気の無い男達と付き合うのってのは、そりゃー疲れるってもんさねぇ。」
きらりと光る彼女の視線に、モイシャン・鈴両氏が顔を蒼くする。
背後の婦人達の顔も引きつっているあたりで、なにやら良くない状況なのがしれた。
緊迫の一瞬、ねーさんは声を立てて笑う。
「なにびびってるんだい、冗談だよ冗談。」
あからさまに安堵の表情を浮かべる二人の紳士に老女は言葉を重ねた。
「あんた達の無粋さは変らないがね。・・・その代わりといっちゃ何だけど、この子とお宅のむすめっこ二人を、あとでちょっと借りるよ。」
軽快な笑い声と共に、ねーさんはパーティー会場から姿を消すのだった。
暫く固まっていた二人の紳士は僕に飛び掛るように詰め寄る。
「りょ、りょうくん。グランマとは何を話したのかな?」
「い、一体全体どうなっているんだね?」
ちょっと考えて口にする。
「・・・リョウコさんと昔っからの知り合いで。僕も昔からお世話になっています。」
「なんと・・・」「ジーサス」
口々に天を仰ぐ二人の紳士を他所に、婦人達は面白そうだと目で語っていた。
「ひゃっひゃっひゃひゃ、そうかい、そうかい。そいつは面白いねぇ。」
パーティー会場内でグッテンねーさんにあてがわれた部屋に行った僕達は、五月調整休暇の時の大騒ぎの顛末(真実のほう)を彼女に聞かせていた。
彼女の前でのイブ・レンファは、まるで借りてきた猫のような大人しさで僕の話しに追従するだけの存在であるかのようだった。
良く言えばお行儀良い、本当のことを言えば気持ち悪い、そんな仕草。
「しっかし、そんなにそっくりなのかい?」
「皆はそう言いいますけどね。」
肩を竦める僕を彼女はまじまじと見つめていた。
「見てみたい…ねぇ。」
ばっと身構える。
それを見たねーさんは邪悪としか言いようの無い笑顔を浮かべる。
「…イブ、レンファ。やっちまいな。」
蓮っ葉な物言いに反応した少女二人。
何時もの悪ふざけしたときの顔ではない、どうしようもない力にあがなえないと言う表情であった。
それでも手際が言いと思うのは気のせいであろうか?
~およそ10分
仕上がった顔を見て、今までの借り物のような表情だった二人の少女は、瞳の潤んだ見慣れた雰囲気となった。
細かいところを自分でやるときに眼鏡を外したのが原因だと思う。
手鏡で小修正をしてねーさんに向き直った瞬間、彼女は感嘆の息を漏らした。
そっと伸ばす手は微妙に震えており、まるで腫れ物に触るような思いを感じさせる。
「・・・・・・リョウコサン、そっくりじゃないかりょーこさんに。」
大量の涙にあふれさせた彼女は、ゆっくりと僕の胸の中に倒れこんできた。
「…すまないね、りょうちゃん。暫くこのままにしてくれないかい?」
涙声の彼女に僕は無言で頷く。
その気配を感じた彼女は、静かに静かに泣くのであった。
「なぁ、りょうちゃん。お前サンの目的はんだね?」
泣き止んで暫くのことだった。
赤い目を腫らしながら彼女は聞いた。
思わず僕が肩を竦めると、不敵な年齢相応の笑顔を浮かべ彼女もそうした。
「流石にそっくりだよ、そんなところもね。」
「そうですか?」
「ははは、そんな風にとぼけるのもあの人は得意でね。・・・まぁいいさ、今は言えないんだね?」
「・・・ええ。」
「なら聞かない。でもね、あたしゃー昔からりょうちゃんがおきにいりだったからね。・・・ほんとは墨田のじじーなんかに任せるつもりは無かったんだ。」
苦笑を浮かべるねーさん。
「りょうちゃんが、りょうちゃんがどうしても日本でりょうこさんを待つんだって言ったから、あたしも諦めたんだけどね。」
それを聞いて、イブとレンファの目が開かれる。
なんで? なんでそんなに驚いた顔をしているの、二人とも。
「でも、りょうちゃんがじじーのトコカラ出たってんなら、アタシも世話焼く権利があるってもんさ。なにかあったらあたしに言いな。全面的にバックアップするよ。」
『ええええ!!!!!』
いままで様子をうかがっていた二人の少女が大声を上げる。
その声に驚いた僕が彼女らを見ると、恥も外聞も無く驚いているのが知れる。
「かっかっか、やっとりょうちゃんにが頼れそうになったんだ。全て預けてあたしゃ隠居と洒落込もうかねぇ。」
『ええええええええ!』
さらなる絶叫が別室を切り裂いたが、老女は気持ち良く笑っているだけだった。
第二章
僕は翌日早々にカナダを立つ事にした。
それは件の「グランマ」と既知の仲である事を、周囲の人間に知られてしまったからだ。
ただの老婆ならば知り合いでも問題無いだろうけれども、あの人はそうではなかったのだ。あのパーティーに集まってきた人間の殆どがあの老女を目的にやってきていたのだという。
「あの方はね、世界中の銀行資金の半分を握っている方なの。」
ねーさんを送り出した後、再び別室で二人から聞いたことだった。
「少なくとも、北米・ヨーロッパであの人に逆らえる人間は居ないわ。」
「国のトップともなれば、全世界の80%はあの人の言いなりね。」
空恐ろしい人間も居たものだ。思わず化粧落としの手が止まってしまった。
「でももっと恐ろしいのは、あの人にもう旦那さんも子供も居ないって事なの。」
彼女は傑出した好人物で、そして限りなく一般人であった。
そのため我侭はほとんど無いし、政治干渉も殆ど無いので誰もが恐れながらも近年まで触らぬ神に祟り無しで通してきたといっても良い。
しかし最近になって、彼女の体調が思わしく無くなってきたのだ。
それによって浮かび上がってきたのは「後継者問題」。
彼女の資産を後継した者こそ、真の意味で世界を握るものといっても良いだろう。
彼女の資産がすべて引き出されれば、実体経済自体が全て消えてしまうのだから。
「その人が言ったのよ、全面的にバックアップするって。」
重い、重い沈黙が僕らの間に流れた。
「その上、全部をリョウにまかせて隠居するとか言ってたものね。」
更に重い空気が室内を占める。
「僕にとっては、昔からの知り合いで、ばーちゃんの友達で・・・・。受け取る謂れも無いんだけど・・・。」
長い時間の沈黙の結果が早朝発の飛行機となった訳である。
世界転覆の鍵を握ってしまったと人に思われるであろう僕と、その事実を知ってしまったイブ・レンファ。
再び仲良く逃亡とあいなった訳であった。
「でも何処に行くって言うの?」
第三礼服に大型トランク姿のレンファが首を傾げる。
帽子の羽がゆれ、優美な曲線を描きだした。
こう言う仕草が似合う人間が着ると、非常に優雅な礼服のはずの第三礼服は、なぜか僕が着ると仮装行列の真中の人ぐらいにレベルが落ちてしまう。
「少なくとも直行便で行けるところに逃亡先は無いわよ。」
同じく非常に似合うイブ。
なんでここまで見た目が違うのだろう?
普段は見た目なんかどうって事ないと言っているのだけれども、こうも違うと凹むな。
まぁ、こちらはこちらでがんばりましょう、そんな気持ちをこめた笑顔で、懐から三枚のチケットを取り出した。
「なに、グッテンねーさんの支配が資本主義社会圏に広がっているのならば、出来たてほやほやな共産主義圏に逃げ込めばいいんだよ。」
三枚のチケットの行き先は香港。
ルームメイト黄=天祥が里帰りしているのを良いことに、顔見せがてらお邪魔しようと言うのである。上手くすれば新年のイベントや、お祭騒ぎに明け暮れている間に冬休みが終わってくれるかもしれない。
思わずため息のレンファ。
「なに?」
「グランマを『グッテンねーさん』なんて呼び方出来る人間が、この世界に何人いるのかしらって、思っただけ。」
軽く肩をすくめる僕。
「君たちが『グランマ』と呼ばせてもらえているほうが驚きさ。あのひとをババー呼ばわりして何度ひどい目にあったか。」
その言葉に何を思ったか、二人の美少女は笑顔を引きつらせていた。
「で、いつのまに手配したの?」
「ああ、ちょこっと電話したら、黄の関係者の華僑さんから回して貰えたんだ。」
実のところそんなに簡単なことではなかったのだけれども、まぁ込み入った話をする必要も無いので説明を省くことにした。
赤塗りの中華航空機に搭乗した僕達三人は、一路香港へと向かって行った。
広いシートでぐっすりと寝ているところを、両脇に座っている少女達に起こされた。
黄家の関係者らしい、もっともな高級感溢れるシートのおかげか寝起きは割とよく、パチリと目を空けると、いやーな光景が目の前で展開されていた。
片手を挙げている男が握っているのは、パイナップルとの俗称の有る手榴弾。
その横では小銃を構えた男が油断なさげに周囲に警戒している。
「…これ、何の余興?」
げんなりと小声で言うと、耳元でレンファが呟く。
「どうやったかは知らないけれども、機材更新の時に潜り込んだらしいわ。まだ要求は出ていないの。」
まぁ何を言っても、最低三つの要求は変わらないだろう。
「・・・仲間の開放・金の確保・政治亡命ってのが不朽の黄金パターンだね。」
そう言う僕を、二人の少女は眉をひそめて見た。
危機感が足りないと言う風に見ているように思える。
なめている事は否めないが、仕方が無い事だろう。
なにせハイジャックというテロは、前時代的にして最も効率が悪い。
現場に自分がいなくちゃいけないし、その上、最も効力を発揮する時には自分も粉みじんになっているのだから。
もちろん、どこか有名な建築物に突っ込むというなら効果絶大だが、人質として乗客を残している時点で、旧来的なハイジャックなのだろう。
しかし、そんな古めかしいテロに出るという事は、彼らも十分追い詰められているという事だ。
そんな現場で余計な事を言うのは、些か配慮にかけた行為かも知れない。
ちょっと反省。
そんな風に言う僕に対し、自動小銃の男がジロリと睨んだ。
「おい、色男。見せしめって知ってるか?」
「中国語で一罰百戒ってのだろ?」
一人の人間を惨たらしく惨殺することによって、後の人間に警告を与えるって言う言葉。
まぁ彼らがスケープゴートと言う単語を使っていたので、間違った解釈ではないと思う。
にやりと嫌な笑いを浮かべたその男は拳を振り上げた姿勢のままでぴたりと止まる。
「貴様ら・・・国連学生か?」
「それ以外でこんな恥ずかしい服、誰が着てるって言うんだよ。」
ぐっと言葉を詰まらせたその男は、暫く口を閉ざしていたが、急に狂気的な笑い声を上げ始めた。
「そ、そうか、そうだったのか。俺達にもつきが有るってもんだ!」
ひとしきり笑い終わった男は、ぞっとするような瞳の色で僕達を見つめる。
不意に機内インターフォンを手にすると、朗々と声明を口にし始めた。
「我々は国連学園廃止運動体『赤の星』である!」
ひやー、そんな思いが僕の背中を走る。
赤の星といえば、旧ソビエト官僚組織が中心になって発足させた、国連学生生成委員会の残党組織で、一般国立推進機関学校と同じレベルでしか入学数を伸ばせなかったために廃止させられたというが、実際にはこの入学希望者で集まる生徒の底辺が低すぎたためとか、組織自体がリストラ候補者を集めて作られたものであるとか言われている。
事情に通じた人間ならば誰でも知っている話しだ。
リストラ候補になった人間達は、政府を恨み、そして国連学園をうらんだ。
自ら鍛え上げた生徒達を入学させないくせに、他の機関からは大量に入学希望者達を受け入れていたから。国が自分達以外に国連学園関連組織を作り運営していたから。
ねじくれにねじくれた彼らは、解散命令と同時に自らが作り上げてきた天才達と地下にもぐり、赤い星の中核となったのだ。
実は近年行われた残党狩りによって、その多くの幹部達は現在の段階で既に監収されており、世の中で一番安全になった国連学園反対過激派であるというのが世間の見解だった。
が、目の前で彼らはテロに興じている。
世間の評判などあてに出来ないと言うものだ。
「我々の目的は四つ! いち、収監されている仲間の開放。に、活動資金10億ドルの供給。さん、我々の罪を現時点で全て帳消しとする事! その四、現在の国連学園をこの地上から無くす事!……以上の要求が満たされない場合、本機体の安全は保障しかねるものである。なお、本機体には国連学園学生が三名乗っていることを確認するものである。」
お約束の要求に、僕は小さくため息をついた。
なんでトラブルばかり舞い込んでくるんだろう、と。
赤い星の声明は世界同時通訳され、各メディアを走り抜けていった。
そしてその情報の光が地球を200周したぐらいになって飛行無線に連絡が入った。
相手はまず国連学園学生が本当に乗っているかを確認させろと言うので僕と二人の少女がコックピットにやって来た。
『…学籍番号と姓名を言いたまえ。』
浪々としたその口ぶりに聞き覚えの有った僕は、思わずその答ではない言葉をつむいでいた。
「あれ、ミスターじゃないですか。どもども、こんちわー」
『なっ、なんでそんなところに居るんだ、リョウくん。』
「イブもレンファも一緒ですよ-。」
「ハイ、ミスター。ご機嫌はいかが?」
「ニィハオ、ミスター。朝早くから御免なさいね。」
『…私のところに届いている資料だと、君達はカナダに滞在する予定になっているはずだが?』
「ああ、まぁ、実は色々とありまして。」
『きみは、いつでも色々と有るな。どんな時でもトラブルの中心にいる。』
「それは卓越ですわ、ミスター。」
「一緒に居れば、人生をとても楽しめますわ。」
乾いた笑いの交換のあと、ミスターは硬い声で言った。
『…現段階で私達に出来る事は、君達の安全を無線越しに確認する事だけだ。』
つまり、要求など聞くつもりも無いし、手加減だってしないと言う事。
「いやいや、じつは有る事をお願いしようと思っているんですが。」
『犯人達の感情を逆なでしない内容で有る事を祈るが…、なんだね?』
「こんな事も有ろうかと遺言がデニモ教授の所の端末に入れて有るんですよ。E-3で開いてください。」
「おい! 貴様、この事態を予期していたと言うのか!」
柳眉を立てる犯人に皮肉っぽい笑顔を見せる。
「なにせ海外旅行って初めてなもんで、遺言を何パターンか書いておいたんですよ。僕らって意外に狙われてますからね。」
『判った、デニモ教授のところの端末に行けば判るんだな?』
「はい、E-3って言えば判ると思います。」
『試験の時もそうだったが、君はあらゆる事に用意周到だな。』
苛立たしく、風御門先輩の指が机を叩く。
「試験の時もそうでしたけれども、大概は出たとこ勝負なんですよ、僕って。」
呑気な会話に割り込むようにハイジャック犯は怒鳴り散らし、僕らをコックピットから追い出したのだった。
パイナップルの男は僕達の側に立ち、神経質そうにちらちらと此方を見ている。
イブやレンファに悪さをするつもりなのかと警戒していたが、どうもそう言う訳ではないと言うことが直に知れた。
男は落ち着き無さげにうろうろしていたが、意を決したように僕の前に立って、蚊が囁くような小さな声で言った。
帽子をかぶらせてくれ、と。
「え?」
「・・・・帽子を、被らせてくれ。頼む!」
切実な表情で言う彼は、始めの印象とは違い、なにか少年の雰囲気を感じさせた。
左右で寝たふりをしていたイブとレンファもびっくりして彼を見ていたが、真剣さは見取れたようだ。
いいよ、と気楽に僕が彼にかぶらせると、輝く笑顔でその姿を鏡に映していた。
「・・・にあうか?」
「僕より数倍にあうと思うよ。」
「そうか!」
単純に喜んだ彼は、自分の名前をミーミルと名乗った。
彼は創設時からのメンバーで、年齢が低かったために収監は免れたが、日夜活動には余念が無いと言う。
どんな活動をしているのかといえば結構素朴で、活動資金を稼ぐためにアルバイトをしたり、機関誌を発行したりと言うものだと言う。
彼が描く諷刺マンガは好評で、機関誌の枠を越えたニーズが有るとか無いとか言う話だ。
IRA等の血なまぐさいテロリストを予想していた僕は、拍子抜けしてしまったといっても過言でもない。
「おまえたちはいいやつらだな。」と苦い笑顔で言った彼だったが、それでも国連学園は許せない、と彼の目は言っていた。
何故なのだろう? そう思って直接口にしてみると、何の逡巡も無く答えが返ってきた。
「真実に学習を求める貧困の家庭には門を開かないくせに、金持ちばかりに門を開く! 英語圏以外には柔軟な入学システムを持っているといいながら、その実英語を喋れないと入学も出来ない! お前たちだって金持ちだろ? 親が金を持っているからって楽に入学できたんだろ?」
大変心外な話しだったので口を開こうとしたところ、僕の両脇から烈火のような言葉が走る。なんとロシア語だ。
「貴方、私やレンファをどう思おうとかまいませんが、彼を同じように評価することは許せませんわ!」「イブや私は確かに生まれに恵まれましたけれども、彼は生まれた以降が困難の塊だったのよ!!」
彼女達は身振り手振りを交えて僕のことを言い始めた。やれものごごろつくまえに両親が飛行機事故で亡くなったとか、幼い頃から一緒だった最後の肉親で有る祖母も行方不明だとか・・・。
「じゃぁ、おまえ。どうやって受験したんだ?」
答をロシア語で考えていたためか、何の躊躇いも無く反射的に言ってしまった。
「人様には言えないようなアルバイトで稼いだ。」
その言葉にはイブやレンファも目を剥き、僕を覗きこむ。
この目は何か面白いものを見つけた時の猫と一緒に違いない。
「…そうか、苦労してるんだな。」
なんとなく気落ちした風の男は、僕に帽子を返してその場を去って行った。
「ところでリョウ、人には言えないアルバイトって私達にも内緒なの?」
「人心と法律に抵触するようなことなので、ここは一つ勘弁してください。」
「・・・許すと思う?」
ハイジャック犯達の指ひとつで吹っ飛ぶであろう飛行機の中とは思えない呑気な会話が続くのであった。
軽い睡眠の後、機体が高度を下げているのがわかった。
耳が痛くなるような急激な気圧変化は、多分着陸体制に入ったからだろう。
同じように耳の違和感で起きたであろうレンファがこちらを覗きこんだ。
「何処かしら?」
「時間からすれば・・・環太平洋西側北半球って所かな?」
「それって判らないって事でしょ?」
「そうとも言うね。」
実りの無い会話を切り上げた僕達は、結構見慣れた風景が眼下に広がっているのを見た。
そこは特徴的な場所、極端に平地が少ない、長めの列島諸国。
僕らのホームのあるあの国。
「日本だわ」
イブが何時の間にか起きて下を覗き込んでいる。
僕はその風景を苦笑いで見つめていた。
眼下に見える道路は、間違いなく東名高速道路。
見える風景を察するに、静岡国際空港に着陸するつもりなのだろう。
国連学園付属といっても良いその空港に降り立つ赤い星。
彼らなりに燃える展開なのだろうと察する事も出来るが、どちらかといえば日本行政の腰の弱さを狙った行動にも見える。
どちらにしても世論は紛糾している事だろう。
「皆さん、本機は現在高度を落とし、日本の静岡国際空港に着陸する予定となっています。多少のゆれが予想されますのでシートベルトをご着用下さい。また、着陸体制に入りましたら、席のリクライニング・テーブルを元の位置に御戻しいただくようお願いいたします。」
職業意識の御かげか、スチュアーデスの言葉に一点の曇りも無かったのだが、背後から女性の声で「加油」と聞こえた。
この状態が如何に危険かが知れる瞬間に思えた。
「リョウ、何するの?」
イブのその問いは「どう」ではなく「何」という、正に僕が何かを企んでいるかのように思えるもので、反対に首を向けてみるとレンファも同じような顔をしていた。
「…まるで、僕が何かをたくらんでるみたいないい方は、やめてほしいなぁ。」
「あら? だってデニモ教授の所の端末E-3っていえば、あれじゃない。」
「そうよ、少なくとも私達なら出来る事が有ると思うわよ、E-3ならね。」
どうやら僕がミスターに何を託したか彼女達は判っている様だった。
出来れば同じような聡明さで向こう側も理解して欲しいところだが、その辺は心配無いだろう。ミスターも即座に試験の話の事を持ち出していたし、今回の方針も断片的に伝えたのだから。さらに言えば向こうには、世界最高学府に通う、綺羅星のような天才達が居るのだ。
静岡空港に無事ランディングし終えた赤い機体は、空港施設に近づくことなく滑走路に位置していた。
そこは見通しが良く、警官隊や自衛隊が円状に包囲している事が知れる。
「いやー、凄い事になってるねぇ。」
ニヤニヤ笑いの僕は目的のものがあるか見回した。
するとあるわあるわ、テレビ局の中継アンテナに偽装した装置の数々。
自衛隊の装備とは一線斯くした洗練されたデザインの数々。
思わず嬉しくなってコツコツとリズム良く窓をノックする。
それと同時に機内放送が僕を呼び出した。
『リョウ=イズミという男。コックピットに来て欲しい。』
優しい頼みかたであったが、素直に従わないと、その言葉の外に「人質の命が惜しくば」という文学的な色合いの無い修飾語がつくことになる。
反吐が出るほど嫌な話だ。
二人の少女を残してコックピットに行くと、そこは先ほどとは違った緊張に包まれていた。
三人ほど居るハイジャック犯たちは皆汗を流しているし、機長と副機長も何か緊張気味だった。
「何の用でしょう?」
「貴様は、その、国連学園生徒だな?」
「ご覧のとおり。」
「そして日本からの入学だな?」
「はぁ、英語に苦労しました。」
ぐっと言葉を呑み込んだ一人が、搾り出すように言葉をつむぐ。
「…ミス・キヨネの教え子だと言うのは…、本当か?」
「何処でそんな事を聞いたんですか?」「質問しているのは我々だ!」
絶叫にも近い彼らの問いに、僕が頷くと彼ら表情は信じられないほどに柔らかになった。
「では君が、日本の公立中学校から試験を受けた合格者なのか?」
「…僕自身の情報を含め、国連学園機密維持法に抵触するので何も言えないことは理解して頂けますよね?」
この質問自体が答のようなものだ。
三人の男は喜色を浮かべた表情でインカムを僕に渡すのだった。
「要求はもう一つ増えた。ミス・キヨネをこの場に呼べ。」
「何で?」
「人質の命は惜しくないのか?」
「…日本人は過去、テロリスト達に屈ました。絶対にしては行けない事をしたんです。その過ちを僕に繰り返せと言うのですか?」
冷え冷えとした視線に何を思ったのか、彼らは差し出したインカムを引っ込めた。
「でもまぁ、ギャレー要員の補充を条件にその役目を引き受けましょう。」
彼らからインカムを毟り取るようにして僕は通信機の火を入れた。
「・・・というわけで、年の押し迫った時期に申し訳無いですけれども、ミスターその辺何とかしてもらえないでしょうか?」
神経質にコツコツとインカムを指でつつきながら、僕は通話していた。
『判った、何とか連絡をつけて2時間以内にそちらに向かわせよう。』
「すみませんです。こっちもなんでそんな要求されるのかわからないもので。」
『・・・まぁいい、こちらからも連絡だ。収監されている幹部の開放については現在閣議中だと言う情報が入っている、が、例によって難しいだろう。遺言の件は了解した。これでやっと試験で負けた理由が判ったよ、安心して冥土に旅立ってくれたまえ。』
ミスターもマイクの向こうでコツコツと神経質そうに机を叩いている。
温もりの無い会話が終わると、コックピットの三人は沸いた。
早口で何かを言い合っていたが、こちらを向いて日本語で「アリガトウ」を連発している。
何の騒ぎかわからなかったので、さっさとその場を去って席に戻りその事を二人に告げると心底馬鹿にされてしまった。
「何考えてるのよ、リョウ! ミス・キヨネは今じゃ世界的VIPよ!!」
何ででしょう? そんな風に聞くとレンファが凄い顔で睨む。
「あのねぇ、国のバックアップ無しに一介の教師が、単なるワンツーマン体制だけで僅か七ヶ月で、生まれてから十数年間一般学習をしていた人間を国連学園に送り込んだのよ!
全く無名のマラソン趣味の男の子を、一年も満たない期間でオリンピック選手にして金メダルとらせてしまったようなものよ!
世界各国でニュースになったのよ? 今だ国立施設からの勧誘が山ほど有る上に、国連学園情報部・日本国家公安委員会・CIA・SASS・MI6・SAMODもろもろの監視体制に24時間置かれているのよ!」
「え?」
「それも全てはリョウが『国連学園にいきたい』と言ったから。それを実現させたからなのよ?」
なにか目に見えない重いものが背中の上にのっかてきたようなきがしてきた。
「そんな人間を赤い星が手に入れたら、間違い無くこの空港は戦場になるわ。」
うわー、と思わず背中に汗が大量に流れ落ちる。
しかし既に矢は放たれたのだ、後戻りは出来ない。
そんなこんなしているうちに2時間は過ぎ去り、約束の時間となっていた。
機内がざわざわとしはじめると同時に、機体の背後から聴きなれた音楽が流れてくる。
聞いた人間によっては思わず座って右手をひねりたくなるような音楽。
「なんで、軍艦マーチが…。」
ぐぐぐっと首をひねって音のほうを見てみると、緑色のバンの上に御立ち台と巨大なスピーカーをつけた広報カーがものすごい勢いで走ってくるのが見える。
さらにその御立ち台の上にスタンドマイクを手にした女性が立っているではないか。
その人が何者が認識できた瞬間、僕は眩暈を起こした。
「なんで右翼の広報カーなんかに乗って来るかな-、あのセンセは。」
「え? 格好いいじゃない。」「そうね、なんか痺れるほどのエナジーを感じるわ。」
イブとレンファの評価は機内の誰にも通じるらしく、機体右側に止まった広報カーを一目見んと窓に人間が鈴なりになった。
暫く車を運転している人間と言葉を交わしていた清音センセは、手にしたスタンドマイクを握り声をあげた。
『あー、あー、マイクのテスト中!』
広報カーに積まれたスピーカーから、機内でもわかるほどの大音量でセンセの声が聞こえる。
『赤い星、聞こえたら機内照明を点滅なさい。』
すると機内照明が点滅する。
宜しいとばかりに頷いたセンセは、再び声をあげる。
『貴方達の要求通りに私は来ました。…しかし現在、空港施設の各所から貴方達を狙撃せんと待ち構えている団体が多数あります。ゆえに、私はこの場で、滑走路で貴方達の話を聞くことを決意しました。この方法の利点は三つ。一つ、オープンな音声なので貴方達は卑怯な事が出来ないし、世界的に私達もだまし討ちが出来ない。二つ、日韓米の合同軍の射線上にこの車があるので、一切の射撃を阻止できる。三つ、情報回線を通していないのでハッキングがされない。以上!』
センセは自分の言葉が理解されるまで十数秒同じ姿勢でいた。
『……我々、赤い星機動班は、ミス清音の申し入れを受諾する。』
機内放送に雑音の混じった声が響いた。
多分、多チャンネル放送で声を発信しているのだろう。
『受諾を感謝する。』
センセは、聞いたことも無いような硬い声でその無線に答えた。
『我々赤い星は、ミス・キヨネを同士となることを要求する。』
感情の一切を無視した冷たい声は、その実胸の奥に渦巻くような熱い感情を意識させた。
『答えは「否」。脅迫されて付いて来るような奴なんか、あなたたちだって用は無いはずよ。』
『国連学園に携わったのなら知っているはずだ、あの強大な権力、あの無慈悲な権力を!』
血を吐いているかのような言葉であった。
確かに恐ろしいまでの権力が有るといえるだろう。
国連学生が四人ほど集まれば地域の国連軍を動かす事が出来る元帥府が開設できるし、あらゆる警察権力や政治権力・軍事関連施設等に干渉する事が出来る。
無論その背景には絶対の理由が必要だが、権利として有している事は間違い無い。
『あらゆる正論はテロ行為によって嘘という泥に塗れた子供の綺麗事と変わるわ。己の主張を通したくば、通せる立場になりなさい!』
どんなに正しい主張があろうとも、国法を犯して主張すればすでに受け入れられるものではない。スーパーでお菓子をねだる子供の我侭と違いは無いのだ。
『我々には選択肢が無い、選択肢が無いのだ!』
その一言にセンセは薄笑いを浮かべる。
『外から変えられないのならば、内側から変えるべきね。少なくとも私はそう言う教育方針よ。』
ずざざざざっと機内の視線が僕に集まる。
思わず照れ笑い共にコツコツと窓を叩く。
すると何処からとも無く照らされた窓の端っこが赤く点滅した。
コツコツ・チカチカを繰り返していたところ、膠着状態の対話が再開された。
『機体の保守とアテンダントメンバーの交代を航空会社から申し入れがありました。受諾してもらえますか?』
『食料の補充も要求する。』
『アテンダントメンバーに持たせるとの報告です。』
『了解、受諾する。』
その交信が終わったところで一息した僕は、どっかりと自分の席に戻って座り一伸びをする。
すっと寄ってきた二人の少女は、僕の肩に手を置いて顔を覗きこむ。
僕も彼女達の手の上に自分の手を置いた。
苛立ちげに僕の肩を指でたたく彼女達に僕も指で答える。
そんな事を数分しているところで、急に彼女達の顔が緩み吹き出した。
ケタケタと笑う彼女達を軽く睨んで黙らせたところで、例の帽子男が現れた。
「何が可笑しい?」
不機嫌とは行かないまでも、あまり良い機嫌ではない風に見えた。
「いやね、あの人は全く変わらないなって話していたんだ。」
「そうね、前にお会いした時と全く御変わりなくて安心したわ。」
「…ミス清音のことか?」
「ええ、リョウの恩師なの。」
愕然とした表情で彼は僕を見つめた。
「…では、お前が一般公立中学から受験して唯一入学を果たしたと言う…。」
「その辺の情報は国連学園法が有るんで喋れないけれども、あの人の生徒で僕が国連学生だと言うのは事実。」
殆ど喋っていると言う話も有るが、まぁ問題あるまい。
ゆらゆらしながら寄ってきた男は、パイナップルを持ったままで俺の手を取った。
「…俺は嘘だと思っていた。パブリックスクールから入学なんて、どうやっても出来ないと思っていた。あのミス清音も、今日話すまで宣伝用の虚像だと思っていた。しかし違った。彼女は我々が予想した以上の快人物で、そしてお前も存在していた。」
ぐっと光を込めた瞳が僕を見つめる。
「俺はまだ受験資格を持っている。…内側から変えられると思うか?」
彼は答えを自分で持っている。しかしそれでも人からの答えを求めた。
そんな時に僕は人の背中を押したりはしない。その時に背中を押した人間に責任を求めてしまうのが人に答えを求める人間の共通の傾向だから。センセの受け売りだけれども。
「困難に際し、人に頼るのはよせよ。『俺にはこれが出来る!』って信念が無ければ何をやってもいっしょだよ。でも『出来る』と思う信念こそが全ての成功の源だ。」
答えになっているだろうかといぶかしむ思いで彼を見ると、彼の瞳には何かが燃えていた。
僕はその瞳を黙って見つめていた。
着陸した国が日本で本当に良かったと思う僕。
荷物の受け渡しなどと言う絶好の機会があれば、アメリカなどはカウンターテロ組織が一気にカタを付ける事になるだろうから。
少なくともテロは皆殺し、乗客も負傷と言うのが一般的な展開だ。
しかし、その中には、荒事を目の前にした子供達の心の障害と言う被害は入っていないし、そのケアをするのも戦闘を行った人間ではないと来ている。
非常に納得がいかないことだと思う。
ゆえに、馬鹿正直に食料とフライトアテンダントの交代だけの人員しか用意しなかった日本政府には感謝しても感謝しきれない思いだった。
少なくともミスターの根回しが効いたに違い無い。
新たに派遣されたフライトアテンダントたちは、自ら武器携帯をしていないと表明するためが体にフィットしたチャイナドレスに身を固めており、場違いな色気を醸し出している。
ギャレーで暫く準備をしていた彼女達は、機内インターフォンで放送をした。
「皆様、御疲れのところ大変ご迷惑をおかけしております。わが社の機密体制が不十分であったためにおかけしたご苦労の数々はお詫びし様がございませんが、せめて本機ご利用の間を快適に過ごして頂けますように御食事、飲み物、雑誌などをご用意させていただきました。ご入用の際には一声おかけ下さいますよう、お願いいたします。」
なんというか、行き届いたと言うか予想していたんかい、という風情の放送であったが、それを聞いた人々は安堵の息を漏らしたようだった。
生きるの死ぬのというのがハイジャックの常識的な状況だが、なんとなく和やかな雰囲気を感じないでもない。
生気をあふれさせつつある機内に、チャイナドレスの女性達がキャスターを押して散り始めた。
スープやコーヒーを乗客に与えつつ近づいてきたアテンダントに僕は声をかける。
「僕はコーヒー」「私も」「私も」
そう続ける少女達にアテンダントは苦笑いで答えた。
「ここのコーヒーは泥水以下だぞ。」
聞きなれ無い女性の声と、僕のルームメイトの口調で。
「…黄、いつから女になったの?」
レンファの問いに黄は小声でボディースーツだと答えた。
なんとかミスターは、長久研がやっているスキンボディースーツの試作品を仕入れてくれたらしい。
耐熱耐圧対衝撃という無茶苦茶な要求を、ウエットスーツのような薄地に放り込んだと言う狂気の研究成果で、現時点の世界で最高の防弾スーツだといってもいい。
が、このスーツには信じられないような欠点が存在していた。
なんと女性の体型にしか生成できないというのだ。
研究中は女子生徒を実験台にしていたので問題無かったのだが、いざ対外実験用に試験製作して見ると、女性体型以外での耐性は皆無。まだ紙の方が強いと言う状態になってしまった。なぜなのかは今だ研究の域を出ないが、どうしようもない事なのかもしれないと言うのが最近の噂だ。
女性体型しか形成できないといって需要が無い訳ではないし、詰め物をすれば男性でも着れるのだから性能的に問題あるまいと言うのが長久研の見解だったが、評判は極めて悪い。なにせ作れる体型と言うのが、誰もが振り向くような極上体型の女性体型だけだったからだ。
そのボディースーツを着た黄は、男性から見た目で言えば、非常に凶悪な体型をした女性にしか見えない。
細部にわたるパーツが浮き出ている事から、チャイナドレスの下に何も来ていないのであろう事は明白だ。
が、ボディースーツの表面に女性特有のパーツを細工すると言う神経を疑いたくなった。
胡散臭げな視線を受けた黄は、嫌そうな顔で僕の視線にこたえた。
「最後まで飲み干せよ。」
格好に似合わない言葉でその場をアテンダントが、女の格好をした黄がその場を去った。
僕らは仲良くのみ干すと、底に何かが書いて有るのがわかった。
瞬間に読み取った三人は、きゅっとコップを握りつぶしてディスポーターに放り込む。
「んで、何だった?」
「はずれ。」「はずれ。」
二人の少女はにやりと微笑んでいた。
「リョウは?」
「あたり。」
「ご愁傷さまぁ。」
まぁ、僕達にカップを渡したのが黄なのだから仕方ないのかもしれない。
ため息一つで立ちあがると、彼女たちから小さなポーチが渡される事となった。
「何これ?」
「小道具」
どうせ碌な物じゃ有るまいと思って黄が消えたギャレーに入って中身を見ると呆れた。
「リョウ、本格的だな。」
今だ何時もの声ではない黄は、小さなポーチを覗き込んで言った。
一つ一つ取り出して僕に見せる。
「パンツ、ブラジャー、生理用品・・・流石、女装の年季が違うな。」
「やかましい、さっさと交代だ!」
黄の細い首筋に指を入れ、チャイナドレスをスーツごと引っぺがすと、そこには真っ白なインナースーツ姿の本当の体が現れた。
「乱暴な男は嫌われるぞ。」
「とっとと声帯をはかんか。」
どかりと黄の背中を叩くと、んぺとばかりにミスコン時に御世話になった人工声帯が現れる。
それをよく拭いた僕は、大きく口をあけて丸のみにした。
「あー、あー、ん。」
何時もとは違う、甘ったるい少女の声が僕の口から漏れる。
黄と僕は服を交換し、黄は第三礼服に僕はスキンボディースーツに着替えが完了した。
ポーチの中にあった化粧道具で軽く化粧をすると完成、鏡に映るその姿は僕の原型を無くした、妙な女性だった。
「さってと、んで、私のサーベルはこれで良いとして、黄のは?」
すでに違う自分気分な僕は、思わず『私』などという一人称を使ってしまっている。
「あるある、キャスターの中。」
ちょろりと覗きこむと、確かにそれらしいものが見える。
「んじゃ、給仕にいってくるわねん。」
見た目に合わせた言葉使いのつもりだったが、黄は今にも吹き出しそうな顔をしていた。
「吹いたら殺すよ。」
そんな捨て台詞で僕はキャスターの中のサーベルと僕のサーベルを交換して黄に渡す。
ガラガラと音を立ててキャスターが向かった先はコックピット。
配置や何かは全て先ほど記憶済みである。
軽いノックで開かれたコックピットには三人のハイジャック犯と二人の乗務員が居た。
じろじろとこちらを見る五人の男ににっこり微笑んで飲み物のサービスをはじめた。
「おい、女。お前度胸が有るな。」
そう言ったのは先ほど僕にインカムを渡した男だった。
今度は僕の、いやボディースーツの胸にサブマシンガンを押し付けると言う行為で威嚇している。
9ミリパラベラム弾や45口径如きでは、例えゼロ距離であってもこのスーツに傷一つ負わせる事は不可能だ。
そんな余裕から思わず皮肉めいた台詞を一つ二つ。
「鉄砲を持っただけのお子様を恐れるようには教育を受けていませんから。」
卑下たる笑みを浮かべた男達への一言で、気勢が一気に上がる。
「おい、今俺達がその気になれば、おまえなぞ蜂の巣だと言うことがわかっているのか?」
「崇高な目的を掲げているように見せて、その実、女と見ればケツを求める犬っころ以下のテロリストの言い分など世界が聞くのかしら?」
視線が音を立てて火花を散らせる。
しかし、男達の気勢は上がるのと同じ速度で平時に戻った。
「たしかに、な。済まなかったお嬢サン。あんたが信じられないほど魅力的だったので、こっちも正気を失っていたよ。済まない、心から謝罪する。」
真剣な申し入れに僕はにこやかな笑みで答え、その場を後にしようとすると、
「…待ってくれ!」
一人の男が僕を呼びとめる。
何事かと見ていると、何処から取り出したのか赤いバラを一輪差し出して言った。
「結婚してくれ。」
「テロリストの亭主を持つつもりはないわ。」
「…テロリストを辞めたら、考えてくれるか?」
「女一人の為に生き方を変えるような惰弱者に興味は無い!」
おぞましい汚らわしい。いくら女の体型をしているからって、男が化粧をした顔だぞ。
顔なんて剃ってる余裕ないから産毛で一杯なんだぞ。
そんな顔に求婚するなんて・・・全く信じられない。
ぶつぶつと文句を言いながらギャレーに戻ると三人の国連学園生徒が待っていた。
「ひゃー、凄いかっこうね。」「むちゃくちゃエッチくさい格好だわ。」
そんな事を言いつつ、二人の少女はボデースーツの胸に顔をうずめる。
「どうだった?」
そんな意味を込めて黄は僕の手に指を走らせる。
僕もその指に答えてリズムよく叩く。
背中に回された二人の少女の指がゆっくりとリズムを刻み、僕もそれに答えるように指で叩く。
全ては「トン」と「ツー」で構成されたデジタル暗号文章、モールス信号だった。
中間試験で各自がファイルの開け閉めを監視してモールスとするために、チーム全員でモールス信号の勉強をしたのだった。
ミスターと直接通信した時は、マイクやテーブルを叩き合う事によって通信できたし、その後も窓ガラスを叩く動作を遠方から学園の機材でピックアップする事によって送信され、赤方レーザーによって飛行機の窓ガラスの一部を光らせる事によって受信が行われていたから結構ばれていないと思う。
そして今も、指を叩き合う事によって密談を済ませていた
全ての情報交換を済ませると、三人の学生は思わず吹き出した。
「なに? プロポーズされたの?」「やだー、流石はイズミ=アヤさんね。」「男殺しの異名は伊達じゃないわね。」
むっとふくれる僕を見た二人の少女は再び「かわいい~」を嬌声を上げて飛びついてきたのだった。
むっとする僕の口に、黄の手から飴が一つ放り込まれる。
ギャレイからぞろぞろと出てきた僕達を、六人のハイジャック犯たちが囲んだ。
手にてに拳銃やサブマシンガンを持った男達は、かなり凶悪な顔をしている。
後部に居たであろう客達は前方に移動させられており、これから起こることを予想させる。
中の一人が悲しそうな顔で僕を見ていた。
「あんたが工作員だったなんて、悲しいよ。」
本当に泣き出しそうな顔で言った。
話がどう言う風になっているかわからないが、本筋として間違っていないはずだ。
「いつばれたのかしら?」
「コックピットにあんたが入ってきたときから判っていたよ。あんたみたいな良い女がいつまでも結婚しない訳無いじゃないか。だから調べた。そうしたら航空会社の名簿にはあんたの顔が無かったんだ。」
一筋ふた筋と涙がこぼれているのがわかる。
「・・・顔は綺麗なままで死にたいの。ここにお願いね。」
そういって僕は自分の胸の真中を指差す。
「・・・あんたにわかるか? 俺の気持ちが。一目見たときからあんたに恋してるんだ。その俺があんたを撃たなくちゃいけないんだ!」
「ぐだぐだ言う男に興味は無いね。あたしに惚れて欲しければ、すぱっと一発ハートを射止めるんだね。」
にやりと笑って見せた瞬間、胸骨に熱い感触が閃いた。
気付いてれば、自分の胸から信じられないほどの赤い液体が噴出す。
口のなかでかみ締めた飴が割れ、赤い液体が口の中に広がり、我慢できずに噴出した。
痛さの為に半ば意識が遠のいたが、僕を六本の手が支えてくれた。
赤い液体で染まった僕に駆け寄ろうとした男を、三人は抜き払ったサーベルで牽制する。
「なぁ、後生だから、その女にキスをさせてくれ。たのむ・・・」
そう言う男の前で三本のサーベルが重ねられた。
サーベルを重ねると言う行為は、学園において大きな意味を持つ。
意思を重ねる事、意味を重ねる事、そして運命をも重ねる事。
それは決意であり決心であり、最高の敬意でも有る。
それを見て男も怯んだが、三本のサーベルならば恐れるまでも無い。
このサーベルが四本重ねられたその時に真の恐怖すべき権力が発令される。
避けえぬ困難に際し、四人の国連学生の要請が一致したその時、国連軍を代表する国連の力全てが発揮されるのだ。
過去、中東の某国でそれは発せられ、地球半分が国連軍集中配備地域として指定され、相手ので形一つでユーラシア大陸南部が焦土と化するほどの戦力が注ぎこまれた。
もしこの場で発せられれば、USA環太平洋第7艦隊すら召集を受け、世界中に散らばる戦略核の照準がここに向く事だろう。
気を取りなおして再び近づこうとする男の目の前にサーベルはまだ掲げられていた。
決意を込めた四本のサーベルが。
「・・・四本だと!!」
よく見れば、支えられたチャイナドレスの女性も一本掲げている。
そして耳を済ませばあの声が聞こえてくるではないか。
「我らに危害を加えしものは、我が家に危害をくわえしものか?」
『「Yes!」』
女の声に呼応する三人の国連学生。
「我らの家に危害をくわえしものは何者か?」
『「目の前の愚かなる者たち」』
「我、我らの力を持って、目の前の愚かなる者に戦線を布告する。友よ同意せしか?」
『「Yes.Yes.Yes!」』
静かなる宣言と共に僕は顔を上げる。
思いのほか衝撃は強く、多分肋骨にひびが入っているだろう。
しかし顔は笑顔を無理やり浮かべる。
「我、この戦いの最初の戦傷者としてここに宣戦に布告を宣言するものなり!」
「その名は何ぞ?」
支えられていた体を奮い立たせ、三人を庇うように立つ。
これでとっさの狙撃にも対応できるはずだ。
「我が名はリョウ。リョウ=イズミなり!」
「ばかな!」
合わせられたサーベルが一瞬光を発するつともに、彼らはトリガーに指をかけたが、誰も動く事は無かった。
その場で昏倒した六人のハイジャック犯を目の前にした僕達は安堵の息を漏らすのだった。
アドレナリンの増加によって反応する睡眠薬は、精神疾患や凶暴性に強い人間の更正を目的に開発されたものだった。
無味無臭の気体で、持ちこんだキャリア全てに積まれていたために、アテンダントの巡回のつど濃度を高められて行った。
一定濃度まで行ったと言う事で、さてさてどうやって相手を興奮させようかと思っていたところで勝手に犯人達は興奮してくれた。
駄目押しをするために宣誓をして見せたところ、尋常ではない興奮に身を任せた六人に睡眠薬が発動してその場に倒れこんでしまった。
フィールドワークとその有用性を証明できた睡眠薬のボスコック研とボディースーツを提供した長久研は大いに鼻を膨らませている事だろう。
赤い液体、スキンボディースーツの衝撃吸収流動体まみれになった僕がタラップを降りて行くと、広報車に今だ乗っているセンセが出迎えてくれた。
『無事でなにより。』
今だマイクを片手のセンセは、人目でチャイナドレスの僕がわかったらしい。
「全然無事じゃないですよ。」
今だかわいい声の僕は、思わず眉をしかめる。
口の中は血糊でぐちゃぐちゃだし、胸骨も多分ひびが入っているだろう。
円陣を組んでいた地元警察が駆け寄ろうとするのを、僕達は制止する。
「本件について、我々国連学生四人によって元帥府が開かれました。よって本件の解決は国連に帰属しております。」
浪々と流れるように語る僕に警官達が駆け寄った。
「何を言っているんですかお嬢サン、こんな大怪我で!」「おい救急車の用意を!!」
無理やり担架に載せようとする男たちの手を振り切って、僕らは身の証を立てた。
胸の前にサーベルを掲げ、そして名乗る。
「国連学生、黄=天祥」「国連学生、イブ=ステラ=モイシャン」「国連学生、鈴=連花」
三人がサーベルを掲げる姿は様になっていた。
本当は僕はこの場を逃げ出したかったのだが、元帥府設立には四人の国連学生の同意が必要なのだ。三人しか身の証を立てていないこの場から逃げる訳には行かない。
肩甲骨あたりにあるスーツの継ぎ目に指をかけて、一気に引き下ろしつつ僕も名乗りをあげた。
「国連学生、元帥敷設申告者、イズミ=リョウ」
引き下ろされたスーツ下から本当の僕の胸が現れ、丁度中心あたりが赤くなっていた。
何故か真っ赤な顔の警察官の後ろから、見知った顔の国連学生達とUNとマークされた軍人達が駆け寄ってくる。
思わずスーツを胸元まで上げ、引きつった顔で笑顔を振りまく僕だった。