第9話 初めての合宿
バスは、山道をひたすら登り続けた。
窓の外は、緑一色。時折、木々の隙間から、太陽の光が差し込み、木漏れ日が揺れる。悠真は、隣に座っている明日香と、他愛もない話をして、笑っていた。
「合宿、楽しみだね。」
明日香がそう尋ねると、悠真は頷いた。
「ああ。修学旅行みたいで、わくわくする」
「わかる! 私も。夜の練習、ちょっと怖いけど……」
明日香は、少し顔を曇らせた。
「怖い?」
悠真が聞き返すと、明日香は、小声で言った。
「夜は、真っ暗なところで、個人練習をするんだ。先輩たちが、お化けが出るって、からかうんだよ」
明日香の言葉に、悠真は、思わず笑ってしまった。
「なんだ、お化けか。俺、全然怖くないよ」
悠真がそう言うと、明日香は、安心したように、にこっと笑った。
「よかった。じゃあ、もし、お化けが出たら、悠真くんが、守ってくれる?」
「任せとけ」
悠真は、胸を張って、そう言った。
バスが、合宿所に到着した。合宿所は、山の中にひっそりと佇む、古い建物だった。だが、中は、清潔で、広々としていた。
「よし、お前たち、荷物を置いたら、すぐに、体育館に集合だ!」
葛城顧問が、大きな声で、そう叫んだ。部員たちは、一斉に、荷物を持って、部屋へと向かった。
悠真は新堂と同じ部屋だった。部屋に入ると、新堂が、ベッドに飛び込んだ。
「うわー、疲れたー。もう、寝たいー」
新堂が、そう言って、伸びをした。
「ちょっと、新堂先輩! まだ、練習が、、、」
悠真が、そう言って、新堂を窘めた。
「わかってるってー。ちょっと、休憩」
新堂は、そう言って、目を閉じた。
悠真は、自分の荷物を整理しながら、窓の外を見た。窓の外は、もう、夕焼けに染まっていた。
---
合宿二日目の朝。悠真は、葛城顧問の笛の音で、目を覚ました。
「おい、お前たち! 朝だ! 起きろ!」
葛城顧問の大きな声が、部屋中に響き渡る。
悠真は、すぐに起き上がり、顔を洗った。隣のベッドでは、新堂が、まだ、ぐっすりと眠っていた。
「新堂先輩、起きて!」
悠真がそう言って、新堂の肩を揺らすと、新堂は、目をこすりながら、ゆっくりと、起き上がった。
「うわー、マジかよ。もう、朝かよ」
新堂は、そう言って、再び、ベッドに倒れ込んだ。
「新堂先輩、起きないと、監督に怒られるよ」
部屋のドアを開けて、ちょっこりと顔を出した岡嶋が、そう言って、新堂をからかった。
新堂は、渋々、起き上がり、顔を洗った。
朝食を済ませると、部員たちは、体育館に集合した。体育館は、まだ、薄暗く、空気が冷たかった。
「よし、朝練を始めるぞ。まずは、基礎練習だ」
葛城顧問が、そう言って、指揮棒を振った。
悠真は、スティックを手に、基礎練習に励んだ。だが、朝早くから、頭は、まだ、ぼーっとしていた。
「おい、真田! リズムが乱れてるぞ!」
葛城顧問の声が、悠真の耳に響く。悠真は、はっとし、集中力を高めた。
「すいません!」
悠真がそう言うと、葛城顧問は、頷いた。
「いいか、お前たち。朝練は、一日を左右する。朝から、集中力を高めろ。そうすれば、本番で、最高の音が出せる」
葛城顧問の言葉に、部員たちは、真剣な表情で、基礎練習に励んだ。
---
午前中いっぱいは、基礎練習。そして、午後からは、合奏練習が始まった。
悠真は、スネアドラムの前に座り、指揮台に立つ葛城顧問を見た。葛城顧問は、指揮棒を振り、部員たちに、合図を送った。
「タァーン」
悠真は、スネアドラムを叩いた。その音に、クラリネットや、トランペット、チューバの音が、重なっていく。
「タタタ、タタタ、タタタ、タァーン」
悠真は、譜面を追う。だが、譜面は、まだ、完璧には頭に入っていなかった。
「おい、真田! リズムがずれてるぞ!」
葛城顧問の声が、再び、悠真の耳に響く。悠真は、汗をかきながら、スティックを握りしめた。
「すいません!」
悠真がそう言うと、葛城顧問は、首を横に振った。
「謝るな。集中しろ。お前のリズムがずれると、全体の音が、おかしくなるんだ」
葛城顧問の言葉に、悠真は、ハッとした。
野球部では、ピッチャーは、一人で、マウンドに立つ。だが、吹奏楽部では、一人一人が、チームの一員なのだ。
悠真は、目を閉じ、集中力を高めた。自分の心臓の鼓動と、メトロノームの音を、重ね合わせる。
「タァーン、タタタ、タタタ、タタタ、タァーン」
悠真は、再び、スネアドラムを叩いた。その音は、先ほどよりも、ずっと、安定していた。
葛城顧問は、満足そうに、頷いた。
---
夜の個人練習を終え、悠真は、明日香、新堂、岡嶋と一緒に、合宿所の外に出た。
「うわー、星が、めっちゃ綺麗!」
岡嶋が、そう言って、空を見上げた。
空には、満天の星が、輝いていた。都会では、決して見ることのできない、美しい光景だった。
「なんか、こういうところで、楽器を演奏したら、気持ちよさそうじゃない?」
明日香がそう言うと、新堂は、ニヤニヤと笑った。
「じゃあ、明日香、チューバ、吹いてみろよ」
「えー、無理ですよ! チューバ、めっちゃ重いし」
明日香は、そう言って、笑った。
悠真は、何も言わずに、空を見上げていた。星が、キラキラと、輝いている。その輝きが、まるで、吹奏楽部の音色のように、悠真には見えた。
「なんか、今日の練習、すごく、疲れたけど、楽しかったな」
新堂が、そう言った。
「うん。私も、楽しかった」
明日香も、頷いた。
悠真は、二人を見て、にこっと笑った。
「俺もだよ。みんなと一緒だと、楽しい」
悠真の言葉に、明日香と新堂は、少し驚いたような顔をした。悠真は、いつも、あまり、自分の感情を表に出さないからだ。
「悠真くん、そんなこと、言ってくれるんだ」
明日香がそう言うと、悠真は、少し照れたように、首を横に振った。
「別に。思ったことを、言っただけだよ」
悠真は、そう言ったが、心の中では、確かな感情が、芽生え始めていた。
---
合宿最終日の朝。
悠真は、体育館で、部員たちと一緒に、最後の合奏練習に励んでいた。
葛城顧問の指揮棒が、軽やかに、宙を舞う。部員たちの音は、まるで、一つの生き物のように、呼吸をしていた。
「タァーン、タタタ、タタタ、タタタ、タァーン」
悠真は、スネアドラムを叩いた。その音は、正確で、力強かった。
「タタタタ、タタタタ、タタタタ、タァーン」
リズムは、完璧だった。
合奏が終わり、葛城顧問が、満足そうに、頷いた。
「よし。これで、今日の練習は、終わりだ。みんな、よく頑張った。特に、一年生は、初めての合宿で、よくついてきた」
葛城顧問がそう言うと、部員たちは、拍手をした。
悠真は、汗をかきながら、スティックを握りしめた。
「悠真、どうだった? 初めての合宿は」
北原が、そう言って、悠真の肩を叩いた。
「楽しかったです。それに、なんか、吹奏楽が、もっと、好きになりました」
悠真がそう言うと、北原は、笑顔で頷いた。
「だろ? 吹奏楽は、一人じゃ、できない。みんなで、一つの音を、作り上げるんだ。それが、吹奏楽の醍醐味だよ」
北原の言葉に、悠真は、深く、頷いた。
「俺、この仲間と、一緒に、甲子園に行きたい」
悠真は、心の中で、そう呟いた。
「この仲間と、もっと、良い音を、作りたい」
合宿所から戻った帰り道。
悠真は、明日香とコンビニに立ち寄った。
「悠真くん、なんか、顔つきが変わったね」
明日香が、そう言って、悠真を見た。
「そうか?」
悠真がそう言うと、明日香は、にこっと笑った。
「うん。なんか、すごく、頼もしくなった」
明日香の言葉に、悠真は、少し照れた。
「ありがとな。明日香」
悠真は、そう言って、明日香に、にこっと笑った。
悠真の心は、もう、空白ではなかった。そこには、新しい仲間たちと、新しい夢が、芽生え始めていた。
 




