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あの日グラウンドに置いてきた夢の続きは、音楽室で響きはじめた  作者:
第3部 夏のスタンド

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13/21

第13話 準決勝のドラマ

県大会準決勝。甲子園常連校、西城高校との一戦。

真夏の太陽が照りつける球場は、朝から蒸し暑い熱気に包まれていた。

スタンドを埋め尽くす観客のざわめきが、まるで生き物のようにうねり、悠真の耳に届く。


野球部のユニフォームを着た応援団の、太い野太い声が轟き、それに負けじと、吹奏楽部の面々も楽器を構えた。悠真は、ユニフォームの下に着込んだ練習着が、すでに汗で張り付いているのを感じた。


「おい、お前たち!気合を入れろ!相手の応援に、負けるな!」


葛城顧問の大きな声が、マイクを通さずに、部員全員の心臓に直接響くようだった。

彼の顔には、この試合にかける熱い想いがにじみ出ている。


「はい!」


部員たちは一斉に返事をした。

悠真は、スネアドラムのバチを握りしめ、目をグラウンドに向けた。


マウンドには、三枝が立っていた。

一球一球、魂を込めるように、力強い球を投げ込んでいく。その投球は、去年の覇者相手にも臆することなく、堂々としていた。

悠真の脳裏には、かつて自分がそのマウンドに立っていた時の記憶が鮮明に蘇る。あの時の高揚感と、今、このスタンドで仲間たちと音を奏でる高揚感が、不思議と重なった。


 ドンドコ、ドンドコ、ドンドコ


悠真は、三枝の投球のリズムに合わせて、スティックを動かした。その音は、まるで三枝の心臓の鼓動を映しているかのようだ。

他の打楽器も、美咲のトランペットも、明日香のチューバも、すべてが三枝の投球を後押しする一つの塊となって、グラウンドへと向かっていく。



---



七回表。緊迫した均衡が破られた。西城高校の強力打線が、三枝の投球を捉え始める。

 カキーン!

乾いた打球音が響き、ボールはライト方向へ飛んでいく。悠真は思わず息をのんだ。

三枝は、わずかに顔を歪めた。その表情に、ほんの少しだけ、焦りの色が浮かんでいるように見えた。


(まずい……)


悠真の心臓が、早鐘を打ち始める。

不安が、スティックを握る手に伝わり、リズムがわずかに乱れた。


「悠真!集中しろ!」


すぐ横から、北原の静かな声が飛んできた。その声に、悠真はハッとした。


(そうだ。俺は、もうマウンドには立てない。でも、ここで三枝を支えることはできるんだ。)


悠真は、一度大きく息を吸い込み、三枝の表情を、もう一度、心に刻んだ。

そして、もう一度、スティックを握りしめる。手の震えは、もう消えていた。


悠真は、野球部のベンチにいる監督の顔を思い浮かべた。監督は、どんな時も選手を信じてくれた。だから、自分も信じるんだ。三枝を、そして、この音の力を。


「よし、お前たち!応援歌、行くぞ!」


葛城顧問が、力強く指揮棒を振った。

悠真は、再び、一心不乱にスネアドラムを叩き始めた。その音は、先ほどよりも、ずっと力強く、三枝の焦りを打ち消すように、静かに、そして熱く響き渡った。



---



試合は、九回裏に入った。

スコアはまだ「0対0」のまま。延長戦への足音が、刻々と近づいていた。

スタンドの熱気は最高潮に達し、応援席全体が、今にも爆発しそうなエネルギーを宿している。


「よし、お前たち!最後の応援歌だ!」


葛城顧問が、絞り出すような声で叫んだ。

悠真は、汗で滑るスティックを、ぎゅっと握りしめた。


 タァーン、タタタ、タタタ、タタタ、タァーン


悠真のスティックが、力強く、正確なリズムを刻む。

その音に、美咲のトランペットの鋭い音が重なる。明日香のチューバは、まるで大地を揺るがすように、低く、力強い音を響かせた。

すべての音が、一つの波となって、打席に立つ仲間の背中を押す。


その時、甲高い打球音が、球場に響き渡った。

 カキーン!

打たれたボールは、まるで意思を持ったかのように、ぐんぐんと伸びていく。ライトの頭上を越え、フェンスを直撃。


「やったー!」


観客席から、地鳴りのような大歓声が上がった。

サヨナラ勝ちだった。

吹奏楽部の面々は、一斉に楽器を掲げ、喜びを爆発させた。

隣にいた明日香が、目に涙をためて、悠真に抱きつく。


「やったね、悠真くん!」


その震える声に、悠真は何も言葉を返せなかった。

ただ、明日香の肩を叩き、二人で喜びを分かち合った。


マウンドにいた三枝が、天を仰いだ。

その目には、安堵と、かすかな喜びの色が浮かんでいるように見えた。彼は、悠真のいる応援席に視線を向け、小さく、しかしはっきりと、頷いて見せた。

その仕草に、悠真は胸が熱くなった。



---



試合後、グラウンドに降り立った野球部の選手たちが、応援席へと向かってくる。

ユニフォームは土で汚れ、顔には汗と泥がついていたが、その表情は、達成感と喜びに満ちていた。


「ありがとうございました!」


選手たちが、深々と頭を下げた。

その姿に、吹奏楽部の面々も、深々と頭を下げた。


悠真は、三枝の姿を探した。

三枝は、悠真の目の前に立ち、静かに微笑んだ。


「三枝!ナイスピッチング!」


悠真は、思いっきり手を振って、そう叫んだ。

三枝は、その声に、ほんの少しだけ口角を上げた。


「お前たちのおかげで、勝てたよ。」


三枝の言葉が、悠真の心に染み渡る。それは、慰めの言葉でも、気遣いの言葉でもなく、心からの感謝の言葉だった。

悠真は、三枝に何も言葉を返せなかった。ただ、三枝のまっすぐな視線を受け止め、にこっと笑うことしかできなかった。


「やったね、悠真くん!」


明日香が、興奮した様子で、悠真の肩を叩いた。


「うん。やったよ。」


悠真は、明日香の顔を見て、心の底からそう答えた。


「私たち、決勝でも、最高の音を出そうね!」


明日香の言葉に、悠真は力強く頷いた。



---



試合後、グラウンドの隅に集まった吹奏楽部の面々は、疲労困憊だったが、その表情は、達成感と喜びに満ちていた。


「みんな、最高だ!

今日のお前たちの音は、まさに、魂の叫びだった!」


葛城顧問が、満面の笑みで部員たちに拍手した。部員たちも、顧問の言葉に、嬉しそうに微笑んだ。


「よし、みんな!」


葛城顧問が、そう言って、手を差し出した。

悠真は、明日香、新堂、岡嶋とハイタッチをした。彼らの手のひらは、汗で少し湿っていたが、その熱気が、悠真の心に温かく伝わってきた。


「やったな、みんな!」


悠真がそう言うと、明日香たちは、笑顔で頷いた。


「うん!」

「当たり前だろ!」

「はい!」


悠真は、打楽器リーダーの北原ともハイタッチをした。


「お前、今日は、最高の音を出してたぞ。」


北原が、そう言って、悠真を褒めた。

その言葉は、何よりも嬉しかった。


「ありがとうございます!」


悠真は、心からの感謝を込めて、北原に頭を下げた。


悠真の心は、もう喜びでいっぱいだった。今、この場所で感じている喜びは、仲間と分かち合う、温かい喜びだった。


「俺は、もう、野球はできない。でも、この仲間と、甲子園に行けるんだ。」


悠真は、そう心の中で呟き、スティックをぎゅっと握りしめた。

かつてグローブを握っていたこの手は、今、新しい夢を掴むために、確かに、力強く、動いている。

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