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あの日グラウンドに置いてきた夢の続きは、音楽室で響きはじめた  作者:
第3部 夏のスタンド

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12/22

第12話 県大会開幕

夏の県大会開幕日。

朝から降り注ぐ太陽が、すでに真夏のような熱気を帯びていた。吹奏楽部の面々を乗せたバスは、野球部の選手たちとは別のルートで球場へ向かう。車内は、楽器のケースがひしめき合い、独特の活気に満ちていた。


「うわー、緊張するー」


明日香が、隣に座る悠真に、小さな声で言った。彼女の指先は、チューバのケースをぎゅっと握りしめて、白くなっている。


「大丈夫だよ。練習通りやればいいんだ」


悠真がそう言うと、明日香は、少しだけ顔をほころばせた。


「悠真くんは、緊張しないの?」

「いや、するよ。でも、この緊張、野球の試合前と、ちょっと似てるんだ」


悠真は、窓の外を眺めながら、そう言った。


「マウンドに立つ時、心臓が早鐘を打つんだ。でも、そのドキドキが、逆に俺を強くしてくれる。今は、このバスの中で、同じ感覚だ」


悠真の言葉に、明日香は、そっと頷いた。

バスが、球場の駐車場に到着した。扉が開くと、一気に熱気が流れ込んでくる。すでに多くの観客が詰めかけ、球場全体がざわめきと期待に包まれていた。


「よし、お前たち! ここからは、戦場だ!」


葛城顧問が、大きな声で、そう叫んだ。


「俺たちの音で、球場を、俺たちのグラウンドにしてやるぞ!」


部員たちは、一斉に立ち上がり、それぞれの楽器ケースを抱え、バスを降りていった。

悠真は、野球部が使うであろう、選手用の入り口をちらりと見た。今は、まだ、あっちには行けない。そう自分に言い聞かせ、悠真は、吹奏楽部員として、応援席へと向かう道を選んだ。



---



応援席は、すでに多くの観客で埋め尽くされていた。野球部のユニフォームを着た応援団、保護者たち。

その熱気に、悠真は、鳥肌が立った。


「うわー、すごい人だ……」


明日香が、そう言って、目を丸くする。


「よし、みんな! 楽器を出して、セッティングだ!」


葛城顧問が、指示を出す。

部員たちは、手際よく、それぞれの楽器を組み立てていく。

悠真は、スネアドラムを台に置き、スティックを握りしめた。手が、少し震えている。


「大丈夫か、悠真」


北原が、そう言って、悠真の肩に、手を置いた。


「はい」


悠真は、頷いた。


「お前のリズムが、みんなの音を、支えるんだ。自信持って、叩け」


北原の言葉に、悠真は、深く、頷いた。

試合開始を告げるサイレンが鳴り響く。

野球部の選手たちが、グラウンドに飛び出していく。その中に、三枝の姿が見えた。彼は、マウンドに立ち、静かに、グラウンドを見渡している。


「みんな、応援、頼むな!」


三枝の声が、応援席に、響いてくる。


「はい!」


吹奏楽部員たちは、一斉に、そう答えた。

そして、いよいよ、初演奏の時が来た。葛城顧問が、指揮棒を振り上げた。


 タァーン!


悠真が、スネアドラムを叩いた。

その音に、トランペットや、チューバ、クラリネットの音が、重なっていく。


 ドンドン

 チャカチャカ

 ドンドン

 チャカチャカ


悠真は、リズムを叩く。

そのリズムは、先ほどまでの震えが嘘のように、正確で、力強かった。



---



試合は、一進一退の攻防が続いていた。吹奏楽部の応援は、途切れることなく続いていく。


「よし、お前たち! 応援歌、行くぞ!」


葛城顧問が、そう言って、応援歌の譜面を掲げる。


 タァーン、タタタ、タタタ、タタタ、タァーン


悠真は、力いっぱい、スネアドラムを叩いた。汗が、ユニフォームから滴り落ちる。


「フゥー、フゥー」


明日香が、苦しそうに、息を吐く。


「明日香、大丈夫か?」


悠真が、小声で、明日香に尋ねる。


「うん……ちょっと、苦しい……」


明日香は、そう言って、チューバを抱え、少しだけ、顔を歪めた。

応援は、体力勝負だ。特に、金管楽器は、肺活量が必要になる。悠真は、野球で培った体力で、なんとか、ついていけているが、明日香は、見るからに、辛そうだった。


「明日香、無理しないで、休憩してもいいんだよ」


悠真がそう言うと、明日香は、首を横に振った。


「ダメだよ。私、低音担当だもん。私が、音を出さないと、みんなの音が、バラバラになっちゃう」


明日香は、そう言って、再び、チューバを吹き始めた。その音は、少しだけ、かすれていたが、それでも、力強かった。



---



試合は、終盤に差し掛かっていた。

スコアは、まだ「0対0」。吹奏楽部の応援も、ますます、熱を帯びていく。


「よし、お前たち! 最後の応援歌だ!」


葛城顧問が、そう言って、指揮棒を振り上げた。

悠真は、汗で、滑りそうになるスティックを、ぎゅっと握りしめた。


 タァーン、タタタ、タタタ、タタタ、タァーン


悠真は、力いっぱい、スネアドラムを叩いた。その音に、美咲のトランペットの音、明日香のチューバの音、そして、部員全員の音が、重なっていく。

その音は、まるで、一つの大きな波のように、グラウンドに押し寄せていった。

「カキーン!」

打球音が高らかに響き、ボールが、ライト方向へ、飛んでいく。

「やったー!」

観客席から、大きな歓声が上がった。

サヨナラ勝ちだった。

吹奏楽部員たちは、一斉に、楽器を掲げ、喜びを爆発させた。


「やったな、明日香!」


悠真が、明日香を見て、笑った。


「うん! やった!」


明日香も、そう言って、涙を流した。


試合後、選手たちが、応援席に、挨拶に来た。

「ありがとうございました!」

選手たちが、深々と頭を下げる。その中に、三枝の姿があった。彼は、悠真を見て、少しだけ、微笑んだ。

悠真は、三枝を見て、胸が熱くなった。



---



試合後、部員たちは、ぐったりと、ベンチに座っていた。


「はー、疲れたー。もう、動けないー」


新堂が、そう言って、地面に、倒れ込んだ。


「でも、楽しかったね」


岡嶋が、そう言って、微笑んだ。


「ああ、楽しかった。それに、なんか、すごい、達成感がある」


悠真が、そう言った。


「だろ? これが、応援だ」


北原が、そう言って、悠真を見た。


「お前は、野球をやっていたから、応援の気持ちが、わかるんだな」


北原の言葉に、悠真は、頷いた。


「はい。なんか、選手の気持ちが、少しだけ、わかった気がします」


悠真は、そう言って、空を見上げた。空は、もう、夕焼けに染まっていた。


「俺は、野球は、もうできない。でも、この仲間と、甲子園に行きたい」


悠真は、心の中で、そう呟いた。


「そして、今度は、俺たちの音で、選手たちの背中を、押してやりたい」


悠真は、そう決意し、スティックを、ぎゅっと、握りしめた。

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