第11話 応援練習開始
合宿を終え、野球部との再会を経て、悠真の心は吹奏楽部の活動へと完全にシフトしていた。
野球への未練が消えたわけではない。だが、マウンドに立てないという事実を静かに受け入れ、今自分にできることに集中しようと決めていた。
夏が近づくにつれ、吹奏楽部の練習は、コンクール曲と並行して、夏の野球応援曲の練習が始まった。
ある日の練習後、葛城顧問は、部員全員を集めた。
「よし、お前たち。いよいよ、この時が来たぞ」
葛城顧問が、そう言って、ニヤリと笑った。
「夏の、野球応援だ!」
部員たちの顔が、一斉に輝く。特に、一年生は、初めての野球応援に、胸を躍らせていた。
「この夏、お前たちは、選手たちを、全力で、応援する。俺たちの音が、グラウンドに、甲子園に、響き渡るんだ!」
葛城顧問が、熱い口調で、そう言った。
「野球応援は、コンクールとは、全く違う。音を、遠くまで、飛ばさなければならない。一音一音に、気持ちを込めなければならない。
選手たちが、どんな状況でも、諦めないように、俺たちの音で、背中を押してやるんだ!」
葛城顧問の言葉に、悠真は、心を揺さぶられた。父が、幼い頃、甲子園で言っていた言葉を、思い出した。
「この音は、選手の背中を押してくれるんだ」
葛城顧問は、そう言って、部員たちに、応援曲の譜面を配布した。
悠真は、譜面を受け取り、中を見た。そこには、聞き慣れた、力強いメロディーが、音符で描かれていた。
「これは……」
悠真は、思わず、声を漏らした。
それは、幼い頃、甲子園で聞いた、あの応援歌だった。
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応援曲の練習が始まった。悠真は、打楽器隊の先輩たちと一緒に、リズム合わせに励んだ。
「おい、悠真。もっと、力強く叩け」
打楽器リーダーの北原が、そう言って、悠真を指導した。
「はい!」
悠真は、スティックを握りしめ、力いっぱい、スネアドラムを叩いた。
タァーン、タタタ、タタタ、タタタ、タァーン
悠真の叩くリズムは、まだ、少し、硬かった。
「お前の音は、まだ、野球の音だ」
北原が、そう言って、笑った。
「野球の音?」
悠真が聞き返すと、北原は、頷いた。
「野球は、一球、一打に、全力を込める。お前の音は、まさに、それだ。でも、応援は、違う。応援は、選手たちを、励ます音なんだ。
もっと、柔らかく、温かい音を、出せ」
北原の言葉に、悠真は、ハッとした。
悠真は、目を閉じ、スティックを、少しだけ、柔らかく握った。そして、心の中で、三枝たちの顔を思い浮かべた。
タァーン、タタタ、タタタ、タタタ、タァーン
悠真が、再び、スネアドラムを叩いた。その音は、先ほどよりも、ずっと、柔らかく、温かかった。
北原は、悠真の音を聞き、満足そうに、頷いた。
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応援練習は、日々、熱を帯びていった。葛城顧問の指導は、ますます、熱血になっていった。
「おい! トランペット隊! もっと、音を出せ! 腹の底から、声を出せ!」
葛城顧問が、そう言って、美咲たち、トランペット隊を指導する。
「はい!」
美咲は、そう言って、トランペットを、力いっぱい、吹いた。その音は、まるで、夏の太陽のように、力強く、輝いていた。
「よし、いいぞ! その調子だ!」
葛城顧問は、そう言って、美咲を褒めた。
「チューバ隊! もっと、低音を響かせろ! グラウンドを、震わせるんだ!」
葛城顧問が、そう言って、明日香たち、チューバ隊を指導する。
「はい!」
明日香は、そう言って、チューバを、力いっぱい、吹いた。その音は、まるで、大地のように、力強く、重厚だった。
「よし、いいぞ! その調子だ!」
葛城顧問は、そう言って、明日香を褒めた。
悠真は、葛城顧問の指導を見て、感心した。野球部の監督とは、また違う、熱い指導だった。
「お前たち! 夏の大会は、もう、すぐそこだ! 最高の音を出して、選手たちを、甲子園に連れて行くぞ!」
葛城顧問が、そう言って、部員たちに、檄を飛ばした。
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夏の太陽は、容赦なく、グラウンドに照りつけていた。吹奏楽部は、野球部のグラウンドの横で、炎天下での応援練習を始めた。
「よし、お前たち! 炎天下での、練習だ! 水分補給を、怠るな!」
葛城顧問が、そう言って、部員たちに、指示を出した。
悠真は、スネアドラムを叩きながら、汗をかいていた。汗が、目に入り、少し痛かった。
「悠真! 大丈夫?」
明日香が、そう言って、悠真を見た。
「うん。大丈夫」
悠真は、そう言って、明日香に、にこっと笑った。
「無理しないでね。熱中症になっちゃうから」
明日香は、そう言って、悠真に、冷たい水を差し出した。
「ありがとう」
悠真は、そう言って、水を受け取り、一気に飲み干した。
応援練習は、延々と続いた。選手たちが、ヒットを打てば、応援歌を演奏し、三振をすれば、静かに、次の打者の応援歌を演奏する。
「お前たち! 野球は、流れが、大事なんだ! 俺たちの音で、流れを、作ってやるんだ!」
葛城顧問が、そう言って、部員たちに、指示を出した。
悠真は、葛城顧問の言葉を、胸に刻み、スティックを握りしめた。
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夕暮れ時。練習を終えた悠真は、明日香、新堂、岡嶋と一緒に、帰り道を歩いていた。
「はー、疲れたー。もう、動けないー」
新堂が、そう言って、地面に、座り込んだ。
「もう、新堂先輩! そんなこと、言ってちゃ、ダメだよ」
岡嶋が、そう言って、新堂をからかう。
「だって、マジで、疲れたんだもん」
新堂は、そう言って、伸びをした。
「でも、楽しかったね。なんか、野球部の人たちと、一つになった気がした」
明日香が、そう言って、にこっと笑った。明日香の言葉に、悠真は、頷いた。
「うん。俺も、そう思った」
悠真は、そう言って、空を見上げた。空は、もう、茜色に染まっていた。
「なあ、みんな。夏の大会、絶対、勝とう」
悠真がそう言うと、明日香、新堂、岡嶋は、悠真を見て、頷いた。
「うん!」
「当たり前だろ!」
「はい!」
四人は、顔を見合わせ、にこっと笑った。
(本番で、全力を出す。俺たちの音で、野球部を、甲子園に連れて行く)
悠真は、心の中で、そう誓った。
 




