レベル1の帰還者
俺の隣の部屋に、大学生らしき男が引っ越してきたのは3ヶ月前だった。
いつも静かで、特に話したこともない。
ただ、夜中になるとベランダ越しに奇妙な声が聞こえてくる。
「スキル『光刃』、発動」
「よし、レベルアップした……」
「この世界の魔素はやっぱり薄いな……」
――いわゆる“異世界転生モノ”のセリフみたいなやつ。
最初はふざけて一人遊びでもしてるのかと思ったが、あまりに毎晩続くので気味が悪くなった。
ある日、思い切って管理人に相談した。
「あの、隣の部屋の人、最近引っ越してきた人ですよね?」
管理人は不思議そうに首をかしげた。
「隣の部屋? ……そこ、もう半年空室だけど?」
背筋がゾッとした。
いや、確かに男はいた。引っ越しのトラックも見たし、何度か姿も見かけた。
混乱しながらも、その夜、スマホで隣のベランダをこっそり撮ってみることにした。
しばらくすると、例の男が出てきて、月に向かって何かを呟いている。
「“帰還の詠唱”が働かない……やはり、この世界は囚われの異界……」
撮った映像を確認してみた。が――男の姿が映っていない。
音声だけが録音されている。
次の日、俺の部屋のドアポストに、紙が一枚入っていた。
「この世界に“戻って”きたのは君だけじゃない。
忘れてるだけで、君も一度、向こう側へ行ったんだよ。
覚えてないかもしれないが、君は“死んで”いる。」
混乱して紙を破り捨てようとしたとき、スマホがバグった。
ロック画面が崩れ、カメラが勝手に起動し、映し出された俺の顔に、こう表示された。
「レベル:1 記憶制限中」
「職業:元転生者」
「死亡条件:前世の記憶を取り戻すこと」
部屋の空気が変わった。背後に気配を感じる。
……いやだ。思い出したくない。
何をしていたのか、どこで死んだのか――何を「してしまった」のか。
隣の部屋から、あの男の声が再び聞こえた。
「……次は、お前の番だよ。忘れたまま、終わるつもりか?」