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2.フォリアンナの影

「フォリアンナが死んだというのは本当なのですか?」


 学園にフォリアンナの訃報が届く3日ほど前のこと。伯爵子息クラッファートと婚約者にして配下の令嬢スティエイラは、学園の談話室で向かい合って席についていた。

 談話室は会議に使うという名目で学園がいくつか設けた部屋だ。防音の魔道具が設置されたここは、生徒同士の密談に使われることが多い。生徒であっても貴族なら、こうした場所が必要となることがあるのだ。

 

 フォリアンナを『偽りの聖女』の立場から引きずり落とす計画は進行中だ。シアルディーク伯爵家は現在、子爵領の情報操作の指揮を執っている。その報告を受けているクラッファートは現地の状況を把握している。

 だから、策略の関係者であるスティエイラには学園が知るより早くフォリアンナの死が知らされた。しかし配下に過ぎない彼女には詳細までは知らされなかった。それを聞くためにこうして場を設けたのだ。

 

「ああ、本当だ。もともとフォリアンナの視察に合わせて暴動を起こすことで、彼女の立場をより大きく貶める計画だった。だが領民たちの失望は想定以上に大きかった。暴動の規模が拡大し、フォリアンナは巻き込まれたとのことだ」

「まさか、彼女が死んでしまうなんて……」

「なんだ? まさか情が湧いたとでも言うつもりか?」


 鋭い目でにらまれて、スティエイラはひるんだ。彼女はクラッファートの婚約者となり、学園を卒業すれば結婚することになる。

 しかしクラッファートにとって、彼女は配下の貴族に過ぎない。この婚姻も貴族の家同士の取り決めによるものだ。

 シアルディーク伯爵家は謀略の家だ。その家に嫁ぐということは、いずれは自らも手を汚す機会もめぐってくることになる。もしスティエイラが感情に流され判断を誤る半端者なら、クラッファートは彼女のことを排除しなければならなくなる。

 

「いいえ……ただ聖女を気取っていたフォリアンナが、こんなことで命を落とすのがどうにも納得いかないのです」

「ふむ……確かに私もそれは考えた。だがこうしたことに事故はつきものだ。あの暴動について、配下から不審な報告はない。フォリアンナの死亡も魔力鑑定で確認されている。あの令嬢は所詮、聖女を名乗れるような特別な存在ではなかった――それが証明されたということだろう」


 そう口にしながらも、クラッファートもまた腑に落ちないものを感じていた。

 フォリアンナは婚約破棄の宣言を受けながら落ち着いた態度を保っていた。そのうえ、こちらに対して祝福までした。『偽りの聖女』とは思えない器の大きさを感じた。

 そんな令嬢がたかが街ひとつの暴動に巻き込まれて死ぬというのは、少々解せないものがあった。

 

「やはりフォリアンナは何かを仕掛けていたのではないでしょうか。あの夜会の日の祝福、なにか別な意図があった気がしてなりません」

「あのあと教会で鑑定を受けた結果、あれが祝福だったということは確定したじゃないか」

「ですが、どんな祝福かはわからなかったではありませんか!」


 スティエイラは大声で叫んだが、すぐに口元を押さえて頭を下げた。

 クラッファートは今度は彼女のことを咎めなかった。彼もまた同じ不安を抱えていたからだ。

 あの夜会の翌日。教会に行って神官に鑑定を受けた。呪いは見つからず、祝福がかかっていることが確認された。

 しかし、その祝福がどういった種類のものかはわからなかった。

 どうやら特殊な祝福らしく、教会の高位神官であってもその正体がわからなかった。それでも祝福であることに違いはなく、害はないはずとのことだった。

 

 そんな得体のしれない祝福など取り去ってしまいたいたかったところだが、それはできなかった。

 術者本人以外が祝福を解除する方法は、実はほとんど研究されていない。害のある呪いと違い、わざわざ解除する必要などないからだ。

 その後、祝福によって悪いことが起きたことはなかった。かといって、特別いいことが起きたわけでもなかった。そして祝福の正体がわからないまま、それを仕掛けたフォリアンナは死んでしまった。


「……あまり気にしすぎるな。『偽りの聖女』は死んだ。もうすべては終わったのだ」


 クラッファートはそう断言してこの密談を終えた。彼もまた、嫌な予感を覚えていた。話をこれ以上続けていては不安が漏れ出るかもしれない。配下の貴族の前でおびえた姿を見せるわけにはいかず、話を打ち切ったのだった。




 それから一月ほどたったころ。クラッファートとスティエイラの二人は、再び談話室に集まっていた。

 テーブルの上にはいくつかの品々が並べられていた。何ページか破られた教科書。ひどい悪口の書き込まれたノート。泥で汚されたハンカチなどなど。

 すべてスティエイラの持ち物だ。何者かによって嫌がらせを受けている証拠だ。そのことについて相談するために集まったのだ。

 

 嫌がらせ自体は別に気にするほどのことではない。クラッファートのシアルディーク伯爵家は謀略を得意とする家であり、恨みを買うことも少なくない。まして3か月前には婚約破棄の宣言をしたのだ。不快に思う生徒もいることだろう。そうした家に嫁ぐものは害意にさらされることになる。

 スティエイラもその程度のことは心得ている。これがただの嫌がらせだったら、特に感情を波立たせることもなく速やかに対処していたことだろう。

 

 だが今、スティエイラは震えている。青くなったその顔は、恐怖と困惑が占めていた。向かい合うクラッファートもまた表情こそ平静を保っているが、冷汗までは隠せていない。

 

 稚拙でくだらない嫌がらせだ。それなのに、誰が実行したのかわからない。魔力の痕跡を調べてみても、クラッファートとスティエイラの二人のものしか検出されない。

 この学園で働く使用人の中にはシアルディーク伯爵家の息のかかった者が何人もいる。生徒の中にも協力者いる。しかし彼らに確認しても、犯人を見たという報告はない。

 

 こんな稚拙な嫌がらせをするような者が、誰にも見られずなんの痕跡も残さない。明らかに異常なことだった。

 クラッファートもスティエイラも普段から気を引き締めて備えている。しかしふと気を抜いた時に、気づくとこうした嫌がらせがされているのだ。ずっと緊張を保つのは難しい。相手はどうやら、そうした隙を的確につく術を身に着けているらしい。


「クラッファート様……私は、恐ろしい……恐ろしくてたまらないのです……!」

「敵の正体がわからず不安になるのも仕方ない。だが、この程度の嫌がらせがなんだというんだ?」

「だってこれは……私たちが捏造した嫌がらせそのものじゃないですか!」


 それが何よりも不気味なことだった。テーブルに並べた品々は、フォリアンナを陥れるため証拠を捏造した嫌がらせとほとんど同じ状態なのだ。

 

「あの証拠を作るために関わった人間は多い。嫌がらせの内容を詳しく知ることはさほど難しいことではない」


 フォリアンナの罪を捏造するにあたって、十分な資料を用意した。それはつまり、それだけ多くの人間が知っているということだ。

 証拠を集める過程を隠すことはしなかった。むしろ隠さず調べることで、資料の正当性を補強しなければならなかった。


「でも! あまりに一致しすぎています!」


 スティエイラは手のひらをノートに叩きつけた。そこには、スティエイラ自身が捏造したノートとほとんど同じ悪口がいくつも書き込まれている。いくら似たような嫌がらせをするにしても、ここまで一致するのはおかしなことだった。

 

「本当はクラッファート様もおわかりなのでしょう……?」

「なんのことだ?」

「フォリアンナです! あの女が私たちのことを恨むあまりに死にきれず、幽霊になって仕返しに来たのです!」

「ばかばかしい、そんなことがあるものか! 彼女が死んだのは学園から遠く離れた子爵領だ。この学園に入り込むことなど不可能だ!」


 仮にも貴族たちの通う学園だ。強固な防御結界が張られており、ただの幽霊が入り込むことなどまずありえない。学園内で命を落とした生徒が幽霊となり出没することはある。しかしそれも、すぐに教会から神官がやってきて対処する。

 フォリアンナが幽霊になったとしても、一か月にわたってスティエイラに嫌がらせすることなど不可能だ。

 

「聖人が恨みを持って幽霊となったとき、恐るべき力を持った悪霊になると聞いたことがあります……! フォリアンナはきっと、恨みを返すために悪霊となって帰ってきたのです!」

「あの女は子爵領の領民が崇めていただけの『偽りの聖女』だ! そんなことはありえない!」


 厳しい言葉で否定しながらも、クラッファートも自分の言葉を信じ切れていない。

 フォリアンナが悪霊になって帰ってきたというのなら、すべて説明がついてしまうからだ。幽霊ならば痕跡を残さず嫌がらせをできるかもしれない。その内容が捏造した証拠に似せているのも、意趣返しのためにあえてやっているのなら納得がいく。

 

「ああ……あの女はきっと私のことを殺すつもりなんです……階段から突き落として、殺すつもりなんです……!」


 まだされていない嫌がらせがあった。

 階段の踊り場で背中から押されるというものだ。実はこれはかなり危険な行為だ。階段の高さや落ち方によっては命を失うこともある危険な行為だ。


「落ち着け。注意していれば階段で突き飛ばされたくらいで死ぬようなことはない。君だって初級の回復魔法くらい使えるだろう? 恐れることは何もない」

「う……ううっ……わたしは殺される……『偽りの聖女』の悪霊に、殺されてしまう……!」


 クラッファートはなだめる言葉はスティエイラには届かなかった。彼女はすっかり怯えきっていた。

 とにかく、犯人を見つけなければならない。被害を受けているのは今のところスティエイラだけだが、いつクラッファートが標的にされるかわからない。

 クラッファートは改めて気を引き締めなおした。

 

 

 

 だが、どれだけ注意していても、ふと気がつくといつの間にか嫌がらせを受けていた。

 そしてついに、恐れていたことが起きてしまった。


「スティエイラ!」


 また。まただ。いつの間にか気を抜いていた。嫌な予感を覚えて階段の方に向かうと、階段の下にはスティエイラが倒れていた。クラッファートはこの状況でも冷静さを失わなかった。スティエイラは頭から血を流している。こういう時は動かさない方がいい。急いで校医を呼びにいった。

 校医はすぐに来てくれた。校医は優秀な回復魔法の使い手で、スティエイラの外傷をその場ですぐに治癒してくれた。だが、スティエイラは目を覚まさなかった。どうやらスティエイラは頭部を強く打ってしまったようだ。人間の脳は複雑で未解明なところが多い。回復魔法だけでは脳内の傷は癒せないことが多いのだ。

 

 スティエイラはひとまず医務室のベッドに運ばれた。学園の医務室は貴族用とあって、並みの診療所より設備は充実している。可能な限りの治療が施された。しかし一向に目覚める様子はなかった。

 こうなるとあとはスティエイラ次第だ。運が良ければすぐに目を覚ますだろう。だが、運が悪ければ……このまま目を覚ますことはないかもしれない。

 

 医務室にとどまったところでできることはない。クラッファートは状況を把握するため、ひとまず学園寮の自室に戻った。部屋には配下からの報告が届いていた。階段での魔力痕跡の記録もある。今回も犯人につながる証拠はまるでなかった。

 スティエイラはおびえていた。階段の上り下りの時は特に注意していたはずだ。何の魔法も使わずにそんな彼女の不意を突けるものだろうか。

 報告資料を検分していると、その中にはフォリアンナの使った祝福に関する調査報告があった。


「『偽りなき白の祝福』だと……聞いたことのない祝福だな」


 報告書には以下のように記されていた。

 

 

 

 ――『偽りなき白の祝福』とは、遠い昔の滅んだ王国で、罪人に対して使われていた特殊な祝福といわれています。

 刑を科された罪人は「これからは心を入れ替えて真面目に生きる」などと口にします。

 そんな罪人に対して神官が使ったのが『偽りなき白の祝福』です。

 この祝福を受けた者は、言葉通り真面目に生きれば、幸運に恵まれ幸せになれるとのことです。

 しかし「真面目に生きる」という言葉に反し、犯罪に手を染めようとしたとき……意思を奪われ、真面目に生きることを強いられます。

 呪いにも似た極めて強力な祝福で、どんな悪人もこの祝福には抗えなかったと言われています。

 これらのことはおとぎ話の中で語られるだけで、実在した証拠は見つかっていません。フォリアンナ嬢の祝福の文言が『偽りなき白の祝福』に酷似していたため、参考程度にご報告しました。

 

 

 

「なんだ、これは……」


 報告を読み終えたとき、クラッファートの全身を得体のしれない悪寒が走った。

 婚約破棄を宣言したとき。祝福を申し出てきたことだけでも異常だと思った。そのうえその祝福が、こんな得体の知れないものと一致しているというのは理解しがたい偶然だった。

 いや、偶然だったのだろうか。教会から認定されていなかったとはいえ、領地では聖女と崇められていた令嬢がそんな無意味なことをするだろうか。

 クラッファートはいったん先入観を捨てて考えてみることにした。

 

 もしフォリアンナの『偽りなき白の祝福』が本当に効力を発揮していたとしたらどうなるか。

 あの夜会の場において、クラッファートとスティエイラは偽りを語った。フォリアンナの立場を貶めるためだけに捏造した罪を着せ、ありもしない『真実の愛』を口にした。

 それを真実にすることを強要されたとしたら、どうなるか。

 

 嫌がらせを真実にすることを強要されたとしてもそれ自体は何の意味もない。スティエイラは嫌がらせを受ける側だ。もしフォリアンナが彼女に対して嫌がらせをしようとしたら、それを阻めないということはあるかもしれない。だがそれだけだ。普段の行動を制限されることはない。

 『真実の愛』についてはどうだろうか。これも大して意味があるとも思えない。スティエイラとは婚約して、そのまま結婚するつもりだ。浮気でもしたら何かあるのかもしれないが、今のところはなんの影響もない。

 あの場においてわざわざフォリアンナが祝福を言い出した意図が分からない。

 考えを進めるうちに、ふとひらめくことがあった。

 

「フォリアンナは死んでしまった。彼女が嫌がらせをすることはなくなった。この場合、いったいどうなってしまうんだ……?」


 フォリアンナの死によって、「フォリアンナから嫌がらせを受ける」というのは実現不可能なことになってしまった。だが、『偽りなき白の祝福』はどんな悪人も逆らえないほど強力なものだったという。実現不可能なことを無理やり実現しようとしたら、どうなるだろう。

 そこでクラッファートはぞっとする考えに至った。

 

「フォリアンナが悪霊となって仕返しにやってきたと思いこみ、スティエイラが自分自身に嫌がらせをする。そのことを忘却する。そうすれば、嫌がらせを受けたことが実現できたことになる……?」


 ばかばかしい考えだと思った。だが、クラッファートはこの思いつきを捨てることができなかった。

 他の人間の魔力痕跡が出なかったこと。配下の者が犯人と思しき人間を見つけられなかったこと。フォリアンナが死んだ途端に嫌がらせが始まったこと。

 スティエイラ自身が犯人で、そのことを忘れてしまっているのだとすれば、すべてに説明がついてしまう。

 クラッファート自身がそれに気づけなかったのも、『偽りなき白の祝福』の影響により、「嫌がらせを受け入れなければならない」と思い込んでいたせいかもしれない。

 

 そしてつい先ほど起きた階段の事故についてもそうだ。

 あれほど階段を恐れていたスティエイラが頭から落ちるなどということはまずありえない。どれほど不意を突かれ踏みとどまれなくとも、頭をかばって落ちるはずだ。

 だが、階段から落ちねばならないと思い込み、自分から落ちたのなら……頭を強打するような危険な落ち方をするのは、十分にありえることだ。

 

 フォリアンナが婚約破棄の場で『偽りなき白の祝福』を使った理由がわからなかった。恋に区切りをつけたい愚かな女の戯言だと思った。だが冤罪を着せてきたスティエイラに復讐するためだったとするのなら、納得がいくものがある。


「ばかばかしい……自分が死ぬことを前提とした仕掛けをするなど、できるわけがない……いや、ありえないとも言えないのか?」


 貴族社会で『偽りの聖女』と呼ばれていたフォリアンナ。彼女も上位貴族から疎まれていることくらい分かっていただろう。そしてクラッファートのシアルディーク伯爵家は謀略を得意とすることで知られている。そんな家が動き出したのなら、自分が謀殺される可能性ぐらいは考えるだろう。そうした者が自分の死によって発動する罠を張ることは、それほど珍しいことではない。

 

「もしそうなら、なぜあんなことを聞いてきたんだ……?」


 フォリアンナがあの場で祝福をした理由は冤罪を着せてきたクラッファートたちに仕返しをするつもりだったとする。しかし現在のところ、被害を受けたのはスティエイラだけだ。それはおかしい。浮気相手の女より、婚約破棄を宣言した男の方が憎いはずだ。

 わざわざ『真実の愛』について問いかけてきたことにも意味があるはずだ。

 もし現在の状況すべてが彼女の計画通りで、あの問いにはクラッファートにも何らかの害を及ぼす意図があったとするなら……。

 そこでクラッファートは気づいた。気づいてしまった。


「こうなることがわかっていたのか……それを前提にあんな質問をしてきたのか……? バカなっ、バカなっ、バカなっ! あの女、あの女はっ! なんて恐ろしいことを考えていたんだっ……!」


 クラッファートは顔面蒼白となり、全身に汗を流し始めた。彼は自分に訪れる恐るべき結末を、知ってしまったのだ。

 

 

 

 翌日の昼過ぎ。スティエイラは息を引き取った。脳内の損傷は想像以上に重かったらしく、手の施しようがなかった。

 知らせを受けてクラッファートがやってきた。学園の医務室に向かう彼の姿を見かけた生徒は、みな一様に息をのんだ。彼の頬はやせこけ、目は落ちくぼんでいた。普段の伯爵子息らしさはどこにもなく、その顔は絶望だけが占めていた。

 医務室に来たクラッファートは、校医の挨拶の言葉を無視してスティエイラの傍らに立った。彼女の首筋にそっと手を当てた。スティエイラは既に命を失っている。脈はまったく感じられなかった。

 

「ああ……やはりこうなってしまうんだな……」


 そう言って、クラッファートは深いため息を吐いた。そして、糸の切れた人形のように倒れた。

 校医が慌てて彼に駆け寄った。呼吸していない。脈も止まっている。心臓が鼓動を刻んでいない。

 回復魔法で何度も蘇生を試みたが、彼の心臓が再び鼓動を打つことはなかった。

 クラッファートはここのところ何かに思い悩んでいたと聞いていた。そして婚約者を失ったショックで急性の心停止を発症したのだろうと校医は診断した。

 

 しかし、真相は全く違うものだった。

 クラッファートはフォリアンナから『真実の愛』の証明を求められたとき、こう答えたのだ。

 

「このスティエイラこそ『真実の愛』の相手だ。彼女を失ってどうして生きていられるだろうか? 彼女との永遠の別れを告げられたなら、この心臓はきっと熱を失い、鼓動を止めてしまうことだろう!」


 『偽りなき白の祝福』は、対象者が言葉にしたことを強制的に実行させる。

 彼が口にした戯言を真実にするために自らの鼓動を止めたなど、誰が想像できるだろうか。

 この結末がわかっていながらクラッファートは逃れることができなかった。呪いと違い、祝福には解除する方法が確立されていない。逃れられない死の運命を前に、彼がどれほど苦しみ絶望したことか。

 それはもう、誰にもわからない。ただ彼の苦悶に満ちた死に顔を見て、よほど辛い思いをしたのだろうと思うだけだった。

 



 クラッファートとスティエイラの葬式は合同で執り行われた。墓地の一角で大勢の参列者に見られながら、厳かに棺が埋められていく。

 離れた小高い丘から遠視の魔法でその様子を見つめる者がいた。


「ああ、本当に死んだんですねぇ……」


 葬儀を眺めながら、のんびりとした声でつぶやいた。

 フード付きの野暮ったい旅装に身を包み、その足元には大きな旅行かばんがある。旅行者のようだ。

 フードの下には銀の瞳にベリーショートの黒い髪が見える。その装束には似つかわしくない整った顔立ちの美しい少女だった。

 

 髪型も髪の色も異なるが、その顔立ちと、なにより神秘的な輝きを秘めた銀の瞳は間違いない。子爵令嬢フォリアンナ・ディーフブランシェだ。死んだはずの彼女が、葬式を眺めていた。

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