1.フォリアンナの祝福
「子爵令嬢フォリアンナ・ディーフブランシェ! 君のような卑劣な令嬢は、私の婚約者として相応しくない! 残念だが、君との婚約は破棄させてもらう!」
貴族たちの通う学園で執り行われた夜会の席。伯爵子息クラッファート・シアルディークの声が朗々と響いた。
アッシュブロンドの髪。理知的な緑の瞳。整った顔立ちだが、その表情にはどこか人を見下したような冷淡さがある。
そのどこか冷たく危険なにおいのするクラッファートに淡い恋心を抱く令嬢は少なくない。
婚約破棄を告げられたのは、子爵令嬢フォリアンナ・ディーフブランシェ。
絹のように滑らかな銀色の髪。神秘的な輝きを秘めた銀色の瞳。白を基調とした上品なドレスをまとったその姿はあまりに清らかだった。秋の夜の月光がそのまま人の形をとったような、清楚可憐な令嬢だった。
彼女はその外見のイメージを裏切らず、神聖魔法に秀でていることでも有名だ。ディーフブランシェ子爵領の領民たちは、彼女のことを千年前の聖女の再来と称えている。
「卑劣とはいったいどういうことでしょうか?」
「君がこのスティエイラに嫌がらせをしていたことはわかっている!」
そう言いながら、クラッファートは傍らに立つ令嬢の腰をぐっと引き寄せた。
子爵令嬢スティエイラ・フォルオベル。
ふわりとしたローズレッドの髪にくりくりとした青の瞳。どこか幼さの残るその顔立ちはかわいらしい。しかしその体つきは子供のそれではなく、花開こうとする少女特有のみずみずしい色香があった。
目の前で婚約者が自分以外の令嬢を抱いているというのに、フォリアンナは眉一つ動かさない。
そんな彼女に対し、クラッファートは紙の束を突きつけた。それを手にすると、フォリアンナは思わず息を呑んだ。
その紙の束はフォリアンナがなした嫌がらせをした証拠を示す文書だった。
教科書を破いたこと。ノートに悪口をいくつも書き込んだこと。ハンカチを泥まみれにしたこと。階段の踊り場で後ろから背を押したこと、などなど。
その場で採取した魔力の痕跡。生徒の目撃証言と署名。すべてがフォリアンナの罪だと示している。その記録は正確かつ詳細で、フォリアンナが嫌がらせをしていたことは誰が見ても確信できるものだった。
しかしこれは一つとして事実ではない。まったくの捏造だ。
身に覚えのない悪事の証拠を突き付けられるとはどんな気持ちだろう。
クラッファートは罪を糾弾する厳しい表情を保ちながら、心の内では嗜虐的な喜びを覚えていた。
「それを見れば、私の決断も理解できるだろう! わたしはこのスティエイラとの間に『真実の愛』を見つけた! 君との婚約は破棄させてもらう!」
この証拠の文書も、腰を抱いた子爵令嬢スティエイラとの付き合いも、舞台劇じみた婚約破棄の宣言も。何もかもが、子爵令嬢フォリアンナを貶めることを目的とした策略なのだ。
およそ千年前のこと。この世界は魔王の登場により危機に瀕していた。王国は滅亡寸前まで追い込まれたが、勇者が現れこの危機を乗り切った。勇者の戦いに寄与したのは当時の聖女だった。
聖女の名は、ジアラクシア。銀色の髪と銀の瞳を持った美しい乙女だったと伝わっている。彼女は類まれな浄化の力と卓越した回復魔法を持ち、勇者の戦いを支えたといわれている。その冒険の物語は現在においても王国で語り継がれている。幼い少女は誰もが憧れる伝説的な聖女だった。
この聖女ジアラクシアの血を伝えるのが、メアナストラム公爵家だ。公爵家はその血筋によって神聖魔法に長けた者が生まれることが多い。何人もの聖女を輩出している、王国でも指折りの名家だ。
だが聖女の血を引くのは公爵家だけではない。歴史ある公爵家といえど、戦乱や政変を乗り越えるために他家へとその血を分けたこともある。
ディーフブランシェ子爵家はそんな家の一つだ。聖女の血を引くと言ってもそれは遠い祖先のことであり、王国の貴族において珍しいことでもない。ありふれた貴族の一つでしかなかった。
だが、ディーフブランシェ子爵家にフォリアンナという令嬢が生まれてからは話は変わった。
美しい銀の髪に神秘的な輝きを秘めた銀の瞳。神聖魔法に適性があるフォリアンナは、聖女の再来ではないかと噂された。
神聖魔法にも適性があるといっても、特別秀でたものではない。メアナストラム公爵家から選ばれた聖女に比べればその力は大きく劣る。しかし領民たちには関係なかった。伝説の聖女ジアラクシアと同じ特徴を持つ外見と、神聖魔法を扱えること。それだけで十分だった。
フォリアンナはディーフブランシェ子爵領の領民を中心に、民衆から聖女として称えられるようになった。
だが貴族社会はフォリアンナのことを聖女だと認めなかった。彼女のことを『偽りの聖女』と断じた。
女神に選ばれた清らかな乙女が聖女になる――それは建前であり、この王国から聖女として選ばれるのはメアナストラム公爵家の血筋の令嬢だけだ。遠縁すぎて血筋とも言えないたかが子爵家の令嬢が、平民の支持だけで聖女として認められるなどありえないことだった。
当初は情報操作で事を収めようとした。フォリアンナは教会の認めていない『偽りの聖女』。そのことを王都では新聞に記載し、地方へは吟遊詩人を使って広めた。
しかしそれは逆効果に終わった。民衆というのは支配層のそうした動きに反感を持つものだ。
「フォリアンナ様は真の聖女に違いない! 貴族たちは権威が脅かされるのが恐ろしくて、彼女のことを押さえつけようとしているんだ!」
そんな声が上がり、フォリアンナの人気はますます高まってしまった。
いくら民衆の声が高まろうとフォリアンナに聖女の称号を与えることはできない。かといって、押さえつけるばかりでは民衆は不満を持つばかりだ。
通常なら少し目立った子爵家など、高位貴族が圧力をかければすぐに事は収まる。だが現状その手は使えない。これ以上民衆の反感を買えば、大規模な暴動に発展する可能性があった。
いっそフォリアンナを暗殺してしまおうという過激な意見も出た。
だがこれにも問題はある。聖女として民衆に崇められている者が悲劇的な最期を遂げれば、民衆の信仰を集めてしまう可能性がある。王国の認めた正式な聖女は偽りであり、フォリアンナこそが真の聖女だ――そんなことが民衆に根付いてしまえば、王国公認の聖女への信頼が落ちることになる。それは政情不安につながる。死者は時として生者より厄介になることがあるのだ。
攻めあぐねる貴族たちの中で、声をあげる者がいた。
「婚約破棄によって『偽りの聖女』を貶めてしまいましょう」
それは謀略に長けたシアルディーク伯爵だった。
この王国において、婚約破棄をテーマにした恋愛小説や演劇が流行している。これになぞらえた状況にするのだ。
婚約破棄を告げられたヒロインにフォリアンナを当てはめる。普通の令嬢なら同情を買うことができるだろう。だが民衆はフォリアンナのことを穢れのない聖女と思い込んでいる。そんな彼女に、「恋に破れたつまらない女」という印象を植えつけることができればどうなるか。
フォリアンナはその神秘性を失い、信仰する民衆はいなくなり、ただの令嬢に成り下がることだろう。
むろん、こちらの思い通りに民衆が受け取るとは限らない。だがシアルディーク伯爵家には自信があった。
民衆は物語性を好む。流行の恋愛ものに沿った筋書きは受け入れられるはずだ。
シアルディーク伯爵家は、配下を民衆に紛れ込ませ民意を操作することを得意とする。現状のフォリアンナへの信仰を特別なきっかけもなしに変えることは難しい。だが婚約破棄され恋に破れた令嬢の評判を落とすならたやすいことだった。
何人もの貴族たちから様々な方策が提案された。しかしこの婚約破棄の策略以上に効果的で実現性の高いものは誰も上げられなかった。そしてメアナストラム公爵家の許しを得て、シアルディーク伯爵家はこの策略を実行に移した。
そうして伯爵子息クラッファート・シアルディークは、子爵令嬢フォリアンナ・ディーフブランシェと婚約を結んだ。この婚約にはメアナストラム公爵家の後押しもある。いかにフォリアンナが民衆の支持を集めていようと、たかが子爵家が抗うすべなどなかった。
二人はともに貴族の学園に通う生徒だった。周囲に婚約関係を知らしめるには都合のいい状況だった。
クラッファートは恋愛ものの愚かな子息のように、フォリアンナのことを冷遇した。フォリアンナの銀髪と銀の瞳を「目障りで品がない」と罵り、物静かな彼女のことを「つまらない女」と見下した。
そうする一方、子爵令嬢スティエイラ・フォルオベルと懇意に過ごした。スティエイラはシアルディーク伯爵家の配下にある令嬢であり、当然この付き合いも策略の一部だった。
そうしてフォリアンナに対して常に冷たく接し続けたが、彼女の方は一向にそれを気にした様子はなかった。クラッファートの悪罵をほほえみで受け流し、スティエイラとの付き合いに対しても目くじらを立てることもなかった。
普通の令嬢なら誇りを傷つけられたと怒りに燃えるところだ。そうして冷静さを失ったフォリアンナの様を周囲に見せつけて民衆の支持を下げる目論見だったが、これはうまくいかなかった。泰然自若としたそのさまは、民衆が聖女として崇めるのも無理はないと思わせるものだった。
だがもちろん、彼女の態度に関わりなく婚約破棄の筋書きに乗せるよう計画は組まれていた。
クラッファートと浮気相手スティエイラは、フォリアンナが嫌がらせをしているという事実を捏造した。それは実に念の入ったものだった。
フォリアンナの日々の移動経路を把握し、彼女の魔力が濃く溜まる場所で事件を起こし、魔力の痕跡を記録した。事件の当時にフォリアンナの姿を見かけるよう、学内の配下を利用して生徒を誘導した。そうした細かな積み重ねによって、嘘を嘘と思わせない証拠を作り上げたのだ。
シアルディーク伯爵家は謀略に長けている。その血を受けたクラッファートにとって、この程度の工作などたやすいことだった。
もともと学園というものは閉鎖的な空間だ。生徒を守るため、貴族の誇りを貶めないため、学園の権威を保つため……そうした理由から、よほど大きな事件でも起きない限り外部の調査を受け入れることはない。
だから学園内の教師を押さえ主要な貴族に根回しすれば、いくらでも嘘を事実に塗り替えてしまうことができる。謀略に長けたシアルディーク家が、大貴族であるメアナストラム公爵家の後ろ盾まで受けているのだ。策略は何の問題もなく、極めて順調に進行した。
フォリアンナ自身は何一つ干渉していないのに、彼女が嫌がらせをしたという確たる証拠は時間を経るにつれて積み重なった。通常の裁判なら十分に勝ちを狙えるだけの証拠を確保した。
周到な十分な準備を整え、満を持して夜会で堂々と、婚約破棄の宣言はなされたのだ。
クラッファートはフォリアンナの様子をじっくりと観察した。
彼女は証拠の文書に目を通している。完璧な資料だ。この場で不備を指摘することなど不可能な品だ。
彼女はまだ平静を保っているように見える。だが夜会の場で婚約破棄の宣言をされ、身に覚えのない嫌がらせをしたという証拠を突きつけられたのだ。心中穏やかであるはずがない。ちょっとしたきっかけで感情が発露することになるだろう。
フォリアンナはどんな反応を見せるだろうか。
怒りに燃えるかもしれない。公衆の面前で婚約破棄を告げられ、無実の罪を着せられようとしているのだ。怒るのは当然だ。
そうなったら好都合だ。クラッファートは怒りに燃える彼女に対し、嘲りの言葉で煽るつもりだ。激情に駆られた彼女は、令嬢としての礼儀作法を忘れた醜態を見せることになるだろう。
あるいは悲しみに暮れるかもしれない。絶縁を突きつけられ、こんな稚拙な嫌がらせをする女と婚約者に思われていると知った。悲しむのは当然だ。
それもまた好都合だ。クラッファートは悲しみに沈む彼女に対し、冷たい言葉で追いうちするつもりだ。悲しみに支配された彼女は、令嬢にあるまじき惨めな姿を見せることだろう。
いずれにせよ、そんな醜態を見せたフォリアンナのことを誰も聖女として認めることなどなくなる。『偽りの聖女』を貶めるという目的は達成されるのだ。
そして、フォリアンナはようやく文書に目を通すのをやめ、顔を上げた。
クラッファートは息をのんだ。
「……承知しました。ここまで準備を整えられては、もう逃げ道などないのでしょうね」
潔い言葉だった。その表情には怒りも悲しみも感じられなかった。口元に笑みすら浮かべたその顔から感じられるのは、諦観だった。すべてを受け入れ、そしてすべてを諦めた……そんな顔だった。
伯爵夫人になる道を断たれた。婚約者から絶縁を突きつけられた。無実の罪まで着せられた。その窮状をこんなにも穏やかに受け入れられる人間がいるなんて、クラッファートには理解しがたいことだった。
「その令嬢が、あなたの『真実の愛』のお相手なのですね……」
目を向けられ、スティエイラはビクリと身を震わせた。彼女もフォリアンナの不可解な反応に戸惑っていたようだった。
「……ああそうだ。彼女こそが私の『真実の愛』の相手だ」
そう言って、クラッファートは少し強めにスティエイラの腰を抱いた。彼女はハッとして我に返り、彼のことを抱き返した。フォリアンナの反応は奇妙だが、今さら策略をやめるわけにはいかない。
「本当に『真実の愛』の相手なのでしょうか?」
「……私の言葉を疑うのか?」
「いいえ、そういうわけではありません。ですが、気持ちの上では納得できないのです。『真実の愛』だと信じられるようなことを示してほしいのです」
どうやらフォリアンナはこの覆せない状況に対し、こちらの落ち度をあげつらうつもりのようだ。
確かにスティエイラとはこの策略のための関係だ。『真実の愛』など戯言に過ぎない。だがそんなものはいくらでもごまかせる。
「どうやって示せばいいんだ? この場で口づけでもかわしてみせればいいのか?」
そう言いながらクラッファートはスティエイラの顎を手に取った。スティエイラは瞳を潤ませうっとりとした目をした。もちろんこれは演技に過ぎない。彼女はクラッファートにとって優秀な配下だ。この程度のアドリブには対応できる。
見つめあい唇を近づけようとしたところで、フォリアンナから制止の声がかかった。
「いえ、そこまでする必要はありません。一つだけ質問に答えてほしいのです。『真実の愛』を交わしたお二人ならその結びつきも強いのでしょう。ですが運命は時として残酷なもの。どちらかに不幸が訪れることもあるでしょう。もし『真実の愛』の相手を失うようなことがあったとき……クラッファート様。あなたは生きていけますか?」
馬鹿げた質問だった。婚約破棄という舞台を演じ切るなら答えは決まっている。「愛する者を失って、生きていけるわけがない」とでも言えばいい。
言ったところでクラッファートは何の不利益も被らない。フォリアンナの窮状が好転するはずもない。
それなのに、フォリアンナは真剣な目でクラッファートの答えを待ち望んでいるように見えた。
その目を見て、クラッファートはその意図を察した。結局のところ、フォリアンナも愚かな女に過ぎなかったのだ。ただ気持ちの区切りをつけたくて、浮気相手のことを本気で愛していると言葉にして欲しいだけなのだ。
思わずため息を漏らしてしまいそうになったがこらえた。ここで白けた態度を見せたら台無しだ。クラッファートは改めて顔を引き締めると、堂々と返答した。
「このスティエイラこそ『真実の愛』の相手だ。彼女を失ってどうして生きていられるだろうか? 彼女との永遠の別れを告げられたなら、この心臓はきっと熱を失い、鼓動を止めてしまうことだろう!」
事前に予習した演劇を参考に、もったいぶった言い方をした。どうやらお気に召したようで、フォリアンナは満足げな笑みを見せた。
「ありがとうございます。納得いたしました。そこまで情熱的に『真実の愛』を示していただけたのですから、潔く身を引くことにいたします。でも、どうか最後にあと一つだけ、お願いを聞いていただけないでしょうか?」
まだなにかあるのか。クラッファートは内心うんざりしながらも顔には出さず、身振りでフォリアンナに続きを促した。
「『真実の愛』をかわしたお二人に祝福をささげたいのです」
あまりに意外な申し出だった。婚約破棄を告げられた者が、絶縁を告げた相手に祝福をささげるなど聞いたこともない。
だがこの予想外すぎる申し出がかえってクラッファートを冷静にさせた。
この状況に対して落ち着きを保っているフォリアンナだったが、その内心が穏やかであるはずがない。祝福をささげるというのはただの方便で、何かを仕掛けるつもりに違いない。例えば祝福をすると見せかけて呪いをかけるという手が考えられる。
だがそれはチャンスでもあった。彼女が呪いを使うつもりなら、それを察知して糾弾すれば、彼女をより貶めることができる。ここはあえて受けて立つべきだと判断した。
傍らに抱いたスティエイラに目を向け、手を通して微弱な魔力を送る。あらかじめ定めた符丁で魔力を送り周囲の人間に悟られず意図を伝える。シアルディーク伯爵家独自の意思伝達方法だ。
スティエイラはすぐに状況を把握し、こくりとうなずいた。
「ああ、いいだろう。祝福したいというのなら、喜んで受け入れようじゃないか」
「ありがとうございます」
そしてフォリアンナは目を閉じ、両手を合わせた。
その姿は、あまりに静かで、清らかで、侵しがたいものがあった。民衆が彼女のことを聖女の再来と信じるのも当然と思えるほどに、それは神聖な姿だった。
そして彼女の口から祝福の言葉が紡がれた。
「真実を語りし者たちよ。その言葉を違えることなく歩む限り、あなたたちに白き祝福があらんことを」
クラッファートは感覚を研ぎ澄ました。もし呪いの兆候が見られれば、すぐに制止してその蛮行を批判するつもりだった。
彼も謀略の家に生まれた者だ。呪いの魔法に精通している。呪いの魔法を受けると、白い布に泥がしみこむような、独特なおぞましさが感じられる。しかしフォリアンナの纏う魔力も、こちらに送られれてくる魔力も、清浄で澄み渡っていた。それは神聖魔法特有のものだった。
フォリアンナの祝福の文言は聞いたことのないものだったが、その中に明確な害意はみられなかった。
つまりこれは、呪いではない。ただの祝福だ。
クラッファートは眩暈を覚えた。婚約破棄を告げられた令嬢が、本当に元婚約者と浮気相手を祝福するなど意味が分からない。
相手の罪を受け入れ、許し、祝福をもたらす。それではまるで……本物の聖女ではないか。
「ありがとうございました。これでもう思い残すことはありません。それではこの場を失礼させていただきます」
そう言って優雅なカーテシーを披露すると、フォリアンナは会場を去った。クラッファートはあっけにとられてしまい、なんの反応も返すことができなかった。会場の参席者たちも同じようで、立ち去る彼女に誰一人として声をかけることができなかった。
そして、それが学園の生徒たちにとってフォリアンナの最後の姿となった。
翌朝、フォリアンナは生徒たちが起きるより早く学園を去り、子爵領へと戻った。そして二度と戻ってくることはなかった。
この夜会から三か月ほど過ぎたころ、学園に訃報が届いた。ディーフブランシェ子爵領で暴動が発生した。フォリアンナはそれに巻き込まれ落命した、という知らせだった。




