「オトメゲームノアクヤクレイジョウ」について
称賛というものが純粋に嬉しい。もっとマリアライトに感心してもらおうと、気力が湧いてしまう。
(ええ、ええ!慢心こそしなければ、いくらでも褒められるべきなのです!)
慢心はしない。 何事にも冷静な視点を持つことができなければ、暴走してしまうと分かっているからだ。分かっているが、今まさに暴走しているとプラチナは客観視はできていない。
「貴方のお父様は子煩悩な方ですもの。貴方が望んだことに協力は惜しまないのですね」
「ええ、今回の辞退も快諾してくださったと言いましたでしょう?元々、お父様はスフェン殿下との婚約に難色を示していましたの。国王陛下に対する忠義から最終的には従ったようですけど、わたくしの真っ当な理由を聞いて良しとしてくださいましたのよ」
(わたくし自身も驚いてしまうほどの快諾でした・・・おそらく、お父様もスフェン殿下に思うことがあったのでしょう)
納得だと頷くプラチナ。
その様子をマリアライトが微笑み、その間にセラフィが荷物を荷馬車に載せていく。
ふと、マリアライトは淡々と仕事をこなす自慢の侍女へと視線を向けた。
「以前から思っていましたが、貴方の侍女の方は力持ちでいらっしゃいますね。護衛もされているようですし、武道の心得があるのですか?」
大きな荷物も軽々と。何度も馬車と荷馬車を往復するセラフィは、汗もかかずに涼しい顔で職務に従事している。疲労など感じさせない彼女を、プラチナも視線で追った。
「マリアライトも武門の家系と名高きドルヒリッター家をご存知でしょう?セラフィはそちらの息女ですの。本来ならば王家の騎士となるところを、お父様がわたくしの護衛にと引き抜いたのですわ」
「まあ!あの高名な騎士様を数多く排出した名家の?そのような素晴らしい騎士様が護衛として付いてくださるなんて」
最後の荷物を載せ終えたセラフィは、馬車の御者に手を上げてる。合図を受けた彼は、鞭で馬達に指示を送ると馬車を走らせた。
木々のせいでプラチナ達の視界から馬車は失せる。見守っていたセラフィは、二人に感情のない顔を向けた。
「御婦人方の話題になれたことは嬉しく思いますが、私は騎士ではなくプラチナお嬢様の侍女です。忠誠を誓った方の警護と命令を全うするのみ。勿論、マリアライト様も私の護衛対象ですが、侍女であることには変わりはありません。どのようなご要望でも仰ってください。必ず成します」
「は、はい、よろしくお願いいたします」
簡素ながら姿勢良く礼をしたセラフィは、御者台に乗り込むと手綱を操ってロバ達に指示を出す。二頭のロバはゆっくりと歩き出し、引かれる荷馬車は林の中の道を進み始めた。
「あの、気分を害されたのでしょうか?」
こっそりと耳元に囁いてきたマリアライトに、プラチナは首を横に振って答えた。
「無表情で淡々としていますからセラフィは誤解を受けやすいんですの。彼女は職務に忠実な真面目な方ですので、言葉に間違いはありませんわ。あなたに関心を寄せられたことを喜んでいますし、あなたを必ず守るとも思っていますのよ」
「そうですか・・・ありがとうございます、セラフィ様」
「敬称は結構です。気軽に名前で呼んでください」
「恐れ多い、そう思っていますのよ」
「まあ・・・では、セラフィさんと呼ばせていただきますね」
荷馬車はひたすら緑の中を進む。時折、景色について話したり、セラフィとマリアライトが会話したりなど穏やかなやり取りをするだけ。決して心地良くはない荷馬車の揺れだが、爽やかな空気の漂う自然の中を進むことで苦にはならなかった。三人の声以外で聞こえるのは、野鳥の鳴き声や木々の葉が擦れる音。荷馬車の車輪の音にロバの足音。
若草の香りを感じながら、プラチナはゆったりと呼吸をする。今は不快感など一切なかった。
(思った通り、いい場所ですわ。ここならば穏やかに暮らせそうです)
やがて荷馬車の速度が落ちて、蔓が絡まった低木の脇に停まる。突然、林の中心で停まったことにマリアライトは綺麗な瞳の目を瞬かせているが、プラチナは笑みを見せて立ち上がった。
御者台から降りたセラフィの手を支えにして、ゆっくりとステップを降りる。
「突然停りましたけど、どうされたのですか?ロバが怪我でもしましたか?」
「いいえ、目的地に到着したのですわ」
プラチナは胸元のポケットを探ると、コインサイズのカボションカットされた緑色の宝石のペンダントを取り出した。彼女は金のチェーンを摘むことでペンダントを蔦が絡まる低木群に向ける。
宝石が淡い光を帯びる。呼応するように低木群も光り、ぐにゃりと空間が歪めば丸太で作った二階建てのロッジと、それを囲む蔦の絡まった煉瓦造りの塀が現れた。
プラチナは手のひらにペンダントの宝石を乗せて、マリアライトへと振り返る。目を丸くした彼女は、それでも上品に口元を手で隠していた。
「隠蔽の魔法ですか?」
「そうですわ。ただ、わたくしではなく宝石の力ですの。この宝石には高名な魔法使いにお願いをして、隠蔽の魔法を込めていただきました。わたくしの少ない魔力を使わずとも永劫に効力がありますので、どんな大きなものでも容易く隠せるのですわ」
「なるほど・・・では、こちらのお家は」
荷馬車の上で立ち上がったマリアライトに手を差し出す。添えられたか細い手をしっかり握って支えると、彼女はステップを降りた。
プラチナはその手を握ったまま、現れたロッジに足を進める。
「わたくしの持ち家ですわ!今日からわたくし達が過ごす家ですのよ!」
無邪気な少女のように笑った彼女は、マリアライトの手を引いてロッジの玄関の前まで歩いた。木目のある柔らかい雰囲気のドアを開け放ち、荷馬車を塀の中に誘導したセラフィから「お嬢様、どこにいようとも淑女であるとお忘れなきように」と注意を受けつつも、マリアライトを内部に誘導した。
「まあ・・・」
感嘆の息がマリアライトから漏れる。彼女の瞳もキラキラと輝いていていた。
ロッジの中は豪華ではないものの、木製の家具と繊細な手織りの敷物で彩りを加えた温かな雰囲気を漂わせている。貴族が住むには相応しくないないが、平民とすれば充実した生活が送れるほどの質と設備があった。
その程度になるようにプラチナはインテリアコーディネートをしたが、マリアライトも気に入ってくれたようだった。柔らかな光を湛える鈴蘭の形をした照明をうっとりと見つめ、暖色のカバーが付いたダブルソファの布地に触れる。
「以前、山間部の村に訪問したときに用意していただいた部屋に似ています。こういった空間はとても落ち着きますね」
「気に入りまして?」
「ええ、とても・・・他の部屋もこのようなデザインですか?」
「ええ、わたくしの部屋もマリアライトの部屋も同じものにしてありますわ。あとでご案内しますわね」
プラチナはローテーブルを挟んで向かい合うダブルソファに手を向ける。合図を送れば、マリアライトは被っていた日除け帽子を脱いで、綺麗な所作で着席した。
彼女も日除け帽子を脱ぐと、室内に入ってきたセラフィに顔を向けた。
「お茶の用意はありますの?」
「はい、リビングの続きにあるキッチンの棚にあります。今、ご用意します」
「よろしいのよ、わたくしが用意しますわ。あなたは室内に荷物を運んでくださる?」
「分かりました。では、それぞれのお部屋に運びます」
「ええ、お願いしますわ」
「ありがとうございます」
もくもくと働くセラフィに言葉を送れば、続いてマリアライトが礼を送った。プラチナはキッチンへと足を進め、カウンターの上にあった若草色の茶器を寄せると、棚から茶葉の缶を取り出した。彼女もマリアライトも好きな銘柄の茶葉で、香りの良さを想像しつつ、テキパキとお茶の準備をする。
蒸らした茶葉の香りが匂い立つティーポットと二客のティーカップをトレイに乗せたプラチナは、ローテーブルへと歩み寄って置いた。そして、すぐに砂時計を反対にする。
「ありがとうございます、プラチナ」
「わたくしはこのロッジの所有者。つまりは家長ですので、あなたをもてなすのは当然のことですわ」
胸を張って言えば、マリアライトは声を漏らすほど笑ってくれた。彼女の笑顔を眩しく思いながら、向かい合うようにソファに座る。
「一段落といったところですわね」
「ええ・・・」
胸元を手で抑えたマリアライトは、好みの色合いをしたティーポットに目を向けた。ただ眺めているように見えたが、少し顔が暗い気がする。
「やはり思うことがありますの?」
「・・・あなたのおかげでここまでは楽しく過ごせましたが、こうして落ち着くと考えてしまいます。『オトメゲームノアクヤクレイジョウ』として誰も傷付けずに来れたことを安心して、いつまた誰かを傷付けるのかと不安が募っていくのです」
(やはりマリアライトは非常に賢い方ですわ。忘れかけていた、ええっと・・・オトメゲアクヤクの正式名称を覚えていらっしゃるのですもの)
スフェンに送った手紙では、マリアライトに確認しつつ綴ったことで、正式名称を書くことができた。その開放感からもう覚えてなくていいと脳内から消去してしまっていた。
(・・・しかし、オトメゲアクヤクなど未だに不確かな存在です。マリアライトは信じていらっしゃいますが、シエル嬢が仰っただけの未知の存在。自身のことだと思い詰めるのは良くないことですわ)
これからは王子の婚約者でも貴族令嬢でもない生活が始まる。マリアライトには心機一転して穏やかに暮らしてほしいとプラチナは思っていたが、そう事は運ばないらしい。
砂時計の砂が全部落ちた。暗くなったマリアライトを視界の端に捉えつつティーカップに紅茶を注ぐと、自身のカップにも注ぐ。ふんわりと漂う好ましい香りを感じながら、プラチナは僅かな時間で悩み、すぐに閃く。
「ああ、そうですわ!オトメゲアクヤクについて考えてみません?」
「え?」
「わたくし達が転じたという魔物の本質を考えてみるのですわ。もしかしたら他者を攻撃するきっかけが分かるかもしれません。そして、理解が深まれば力の制御ができるはずですわ」
ただマリアライトに安心してもらいたいという心遣いに過ぎなかった。一生とは言わないが、暫く二人はロッジで生活するつもりなのだ。暗い顔のままで新生活は送れないだろう、とプラチナは考えている。
「そうですね・・・私の周辺にいることでシエル様は怪我をした。触れずに他者を傷付けることは確かだと思います」
「その場合、魔法が使われたということでよろしくて?離れた位置にいる人を傷付けるなど、魔法でしかありえませんもの。そうであるならば、あなたもわたくしもそのような力は無いと言えます。遠隔で傷を付けるとすれば風の魔法ですが、あなたは攻撃に準じる魔法は体得していません。そして、わたくしは変化以外の魔法は扱えませんわ!才能がないので!」
「お嬢様、そのようなことを自信を持って言うべきではありません」
誇らしく言えば、マリアライトの鞄を運ぶセラフィが通りすがりに窘める。
「事実ですので!無いものを妬んでも仕方ないことですわ。惜しむことなく諦めるのも勇気です」
「勇気・・・プラチナの陽光のような明るさに陰りはないのね。時折、羨ましく思います」
「・・・勇気とは違うと思います」
離れていくセラフィが何か呟いたようだが、プラチナは気にしない。職務に従事する自慢の侍女から視線を外すと、真っ直ぐにマリアライトを見つめた。
「悩むほど気持ちがないとも言えます。物事に置いて深く考えられる方は、何に対しても真摯な気持ちがあるのだとも思いますわ・・・この話は一旦棚上げしましょう。今はオトメゲアクヤクです」
「ええ、そうですね」
頷いたマリアライトは、やっとティーカップに手を伸ばして一口飲んだ。ふわりと表情が緩んだことから、彼女が少しでもリラックスできたのだとプラチナは感じる。
「能力に関しては疑問が残りますわ。わたくしにもあなたにも無い力を行使している。もしかしたら齟齬があるのかもしれません。シエル嬢は『攻撃をする』とは仰っていたのですわね?」
「ええ、はっきりと私に仰られました。『オトメゲームノアクヤクレイジョウなのに攻撃をしてこない』と」
「その物言いですと、オトメゲアクヤクは意思を持つことで攻撃をするのでは?例えば、わたくしがシエル嬢に傷を負ってほしくて、『肌が裂ける』と念じるとか」
「確かに・・・でも、私はシエル様に傷付いてほしいとは思ったことなどありません。ですが、彼女は私の側にいたことで何度も怪我を負っていて」
プラチナはティーカップの紅茶を飲み干すと、音を立てずにソーサーに乗せた。教育の賜物で上品に座っている彼女だったが、その脳内は暴れるように慌ただしかった。
(もう!マリアライトは分かっていませんわ!何度言っても分かってくださいません!!シエル嬢が怪我をしたなんて嘘か偽装ですのよ!!あなたを貶めようとしたのです!!ヘリオドール殿下を落とすためにあなたが邪魔だったから、虐めをでっちあげ、あら、荒ぶった言葉を使いそうになりました。落ち着いて、わたくし・・・とにかく!捏造しようとなさったのです!!シエル嬢の見た目がか弱い乙女だからと騙されていますの!!)
「プラチナ?顔が険しくなっていますが、つまり私は不可解な力を行使したと言うことでしょうか?」
「いいえ、違いますわ」
きっぱりと言うと、プラチナは両手で頬を包んで軽く揉んだ。険しくなってしまった表情を緩めようとする。
「・・・わたくしの見解ですが、やはりオトメゲアクヤクの力は思うことで発動するのですわ。シエル嬢はあなたが攻撃してこないとしっかり仰ったのでしょう?つまり、あなた自身はシエル嬢を傷付けていません。怪我に関しては齟齬が生じているのです。あなたはシエル嬢の言葉と、怪我をしたというぎ・・・ごほん、怪我をしたという事実が繋がっていると思い込んでしまった。それがオトメゲアクヤクの力だとも思ったのです」
頬を揉みながら言うと、マリアライトの視線は落ちた。自身のティーカップの紅茶を眺めているように見える。
静まった彼女の様子に、プラチナは頬を揉み込む手の動きを止める。
「・・・・確かに、貴方の言う通りですね。シエル様は私が傷付けたとは言っていません。怪我をしたとは言ってましたが・・・わ、私、もしかして勘違いを?オトメゲームノアクヤクレイジョウに関しても・・・もしかして、魔物だというのも思い込みだったのでしょうか?」
「いえ!勘違いをしたのは能力のことだけですわ!わたくし達はオトメゲアクヤク!シエル嬢ははっきりと仰ったのですから!!」
マリアライトの言葉を、プラチナは急いで訂正した。
もし魔物でないと分かったら、きっと彼女は王都に帰ろうとするだろう。プラチナを連れて。多方面に謝罪をした後、ヘリオドールの妃になることを選ぶだろう。そうなればスフェンとプラチナの婚約も再び結ばれるはずだ。マリアライト自身が後押しをすることで、より強く結ばれてしまう。
(たとえマリアライトを騙しているとしても、それだけは絶対に、確実に嫌ですわ!わたくしは自由を手に入れるのです!!)
決意からしっかりと頷く。
視界の中のマリアライトには不思議そうに見られていた。
「プラチナ?」
「ん〜・・・そうですわね!わたくし、国立図書館で魔物大全の全てに目を通しましたが、オトメゲアクヤクという記述も、似たような性質の魔物も存在しませんでしたわ。マリアライトはどうでした?」
「え・・・あ、ああ、詳しくは、調べられなかったのですが・・・オトメゲームノアクヤクレイジョウという魔物の記述は無かったです。あまり、時間がなくて・・・確認できた蔵書も少なかったのですが・・・ごめんなさい」
頬どころか顔全体を真っ赤に染め上げたマリアライトは、恥じるように両手を顔に押し付けた。目元だけ見えるが、薄紫の瞳が右往左往と泳いでいる。
(恥じらうご様子ですが・・・知識を得られなかったことを恥じていらっしゃるの?)
きっとそうだと話を続けることを選んだ。
「そうですのね。仕方ないですわ、あなたは結婚式のお話で登城されたのですもの。ヘリオドール殿下のお相手」
「んんっ!」
「マリアライト?」
くぐもったうめき声を上げた様子に、プラチナはきょとんとした。どんな感情からか分からないが、マリアライトは完全に両手で顔を隠す。その顔が真っ赤だと、耳まで赤いことで分かった。
(少し様子がおかしいですわ・・・この話題は続けるべきではありませんわね。オトメゲアクヤクに関して突き詰めるべきです)
「・・・マリアライト、わたくし思ったのですが、オトメゲアクヤクは知る者が希少なほどの発生率が低い魔物なのでしょう。その名を口にしたのはシエル嬢のみです。フリーデン王国の蔵書にもない稀有な魔物ということは、わたくし達がこの国で初の例なのでは?」
「・・・・・・」
そろりとマリアライトは覆い被せていた両手から顔を上げた。未だに肌は朱に染まり、涙で瞳が潤んでいるが、真っ直ぐ見つめられることでプラチナは話を続ける。
「そもそも、オトメゲアクヤクの正式名称、ん〜〜〜・・・オトメゲアクヤクレイジョウでしたか?」
「・・・オトメゲームノアクヤクレイジョウです」
「それですわ!あまりに長い名称ですが、意味がきちんとあると思うのです!いえ、無意味な名の魔物などいないのですが、オトメゲアクヤクにもきちんと意味がある。汲み取るべきではと、わたくしは思いますわ!」
彼女の言葉にマリアライトは手を顎まで下ろし、指先を添えて思案し始めた。真っ赤な顔も正常な色に戻っていくことから、恥じらいよりも考えることに集中してくれたのだろう。
プラチナも考える。意味のない文字の羅列のような名称に、意味があるのかと考えて、不意にシエルが言っていた言葉を思い出した。
「そう言えば、シエル嬢はアクヤ、クレイジョウとも仰っていましたわ。オトメゲムノ?という前の部分がない状態の名称です」
「アクヤ、クレイジョウ?アクヤ、ク・・・アクヤク、レイジョウ?悪役令嬢・・・もしや、悪役の令嬢と言うことでは?」
ハッとしたマリアライト。プラチナも彼女のイントネーションで復唱して、理解をする。
「つまりわたくし達は悪役の令嬢ということですの?」
「そう、だと思います。前半のオトメゲームノがあることで混乱しましたが、私達は悪役令嬢という名称の魔物なのです」
間違いないとマリアライトは真顔となり、疑いのない眼差しをプラチナに向けた。
「悪役の令嬢ですの・・・悪役という言葉は創作物の配役に使われるものですが、令嬢となるとわたくし達が転じた理由が分かりますわね」
「ええ、つまりアクヤクレイジョウは高位の未婚女性が転じる魔物の名称」
「未婚ですの?」
「高位の女性だとすれば既婚者も該当します。その場合は悪役夫人となるはずです。わざわざ令嬢という既婚者には使わない言葉を用いることで、アクヤクレイジョウは未婚女性のみが転じると表しているのです」
「なるほど!流石ですわ、マリアライト!言葉の本質を見抜かれる力は知識あるがゆえですわね!」
アクヤクレイジョウは悪役令嬢だった。説得力のある言葉にプラチナは納得と感心をする。
彼女には、それが実際に存在するのかなど些末なことだった。
「貴族令嬢である私達だからこそオトメゲームノアクヤクレイジョウとなった・・・やはり私達は魔物なのですね」
自分が魔物だとマリアライトが確信したからだ。これで、彼女はプラチナを連れて王子達の元に戻ろうなどと考えない。
(ごめんなさい、マリアライト)
内心で謝る。
完全に信じていないプラチナだったが、羅列と思っていた名称が自身の立場を指すもので、魔物だと納得させられるものだった。信じているマリアライトの心を後押しする上手く出来た言葉だと思いながら、それでいて新たな問題に悩む。
「オトメゲームノとは、なんでしょう?」
全く知らない言葉だった。少し切り分けても「乙女」という単語は浮かび上がるが、「ゲームノ」というのは全く分からない。「乙女ゲームノ悪役令嬢」と繋げてみても、「ゲームノ」が意味不明で混乱してしまう。
「乙女とゲームノは切り離すべきではないのかもしれません。オトメゲームノが一つの単語なのでしょう。そうすると、この言葉はかなり不可思議になりますね」
「どこかの地名か、ある特徴があるアクヤクレイジョウに付く称号か・・・」
「シエル様に詳しくお聞きすれば良かったですね」
「もう会うことはない方なのですから、悔やんでも仕方がないことですわ」
消化不良ともやもやする二人は同時に溜め息を漏らした。少し雰囲気も暗くなる。
そんな憂う令嬢達に、荷物運びを終えたセラフィが書類の束を持って近づいて来た。