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逃亡

「パーティーは卒業生のみだ、お前だろうとも参加を認める訳にはいかない」


「僕はプラチナの婚約者ですが?」


「だから何だ?生まれが一年遅かったことを悔やむがいい」


「他の男に彼女のエスコートを譲りたくありません」


「特例はない、諦めろ」


一連の問答が終わったあと、王子達は黙って見つめ合う。お互いに無表情であるが、その場にいるプラチナは冷ややかな空気を肌で感じ取った。

仲が悪い、とまではいかないのだろうが兄弟である王子達は相容れないところがあるのだろう。

賞状筒で口元を隠すと、短く息を吐く。二人のやり取りのせいで居心地が悪くて堪らなかった。


(スフェン殿下に嫁いだら、このやり取りを見せつけられますのね・・・やはり結婚などできませんわ)


自身は姉弟仲が良いせいか、冷えた関係を見ると息苦しく感じていた。口を出すべきではないと分かっているからこそ見守るのみだが、見せられるのは心が痛んで辛い。

自分には王子の妃など無理だ。改めて感じたプラチナは、絶対に婚約者を辞退しようと決意を新たにした。そのために引き攣りそうな口元を正して、緩やかに微笑む。


「申し訳ございません、本日は諸用につき卒業パーティーには参加いたしませんの」


「そうなの?」


銀で縁取られた眼鏡の奥で、スフェンの黄緑色の目が見開く。ヘリオドールも驚いたようで、切れ長の目が大きく見開いていた。

二人の驚きを余所に、プラチナはマリアライトに目配せをする。彼女は小さく頷くと、並び立つヘリオドールを見上げた。


「ヘリオドール様、私も家庭内の事情で本日のパーティーには参加できません。貴方のことですから、私のエスコートをしてくださると思っていました。その善意を無碍にしてしまうことをお詫びします。申し訳ございません」


ヘリオドールの頭が勢いよく動いてマリアライトを見つめる。更に目を大きく開いていた彼だが、その目が鋭いものに変わるとプラチナを睨み付けてきた。突き刺すかのような鋭利な金色の眼差し。迫力の凄まじさに彼女は怯みそうになる。


「二人共とはおかしい。何か企み事でもあるのか?」


「・・・ヘリオドール殿下は少々疑り深いと思いますわ。わたくしとマリアライトが出席できないのは偶然です。企み事などありません」


「どうだかな、君はいつもマリアライトと行動を共にしている。疑われても仕方ないと思え」


「その性格をどうにかなさいませんと、いつか足元を掬われるかと」


「義妹殿もその挑発的な物言いは控えた方がいい」


わざわざ義妹と言うのは煽っているとプラチナにも分かっていた。。ただ、何度も言われたことと、あまり気が長くないことで、遂に限界が来た彼女は感情露わに顎を上げて見据える。


「まだ義妹ではありません。そのような関係ではないのに、わざわざ仰るとはわたくしを怒らせて遊んでいるのですね?受けて立ちますけれど!?」


「駄目だよ、プラチナ。兄上の分かりやすい挑発に乗ったらいけない」


「久し振りに義妹殿の化けの皮が剥がれたな。今の君の言動のほうが普段の猫を被った姿よりも好ましいぞ」


「あなたに好まれたくはないのですけれど!?」


「プラチナ」


人前で大声など出さない・・・家族とセラフィの前では出すが、それ以外では淑女然としていたプラチナが大きく吠えた。

ぎょっとする遠巻きにしていた人々。ヘリオドールは口元を歪めて笑い、スフェンが背中を撫でることで宥めようとする。それを他人事のように感じていたが、マリアライトの声が届いたときにプラチナはハッとした。

怒れる顔を深呼吸することで緩め、熱した心を冷ます。彼女は、心配そうに眉を寄せるマリアライトを見つめて体の力を抜いた。そして、覗き込んでいたスフェンに気付いて微笑む。何の意図もなく、無意識に笑った。


(比べると、スフェン殿下はわたくしに合っていたと分かりますわ。ヘリオドール殿下とは違って配慮のできる方ですもの)


彼の労ってくる手に安堵したのは初めてのこと。何より触れることを許している時点で、苦手な婚約者に不快感はないのだと自覚できた。


「女性に対して喧嘩を申し込むとは、何を考えていらっしゃるのです?今の行為はヘリオドール様らしくありません」


「喧嘩を売った訳では無いが・・・マリアライト?」


ヘリオドールの胸をそっと押したマリアライトは、彼から離れてプラチナに歩み寄る。賞状筒を持つ腕に自身の腕を絡めると、振り返った。彼女の顔こそ見えないが、語気から怒っているのだと分かる。


(怒るマリアライトなんて久し振りに拝見しましたわ。以前は・・・あのときもヘリオドール殿下が怒らせていましたわね)


思い出したことで笑みを零すと、マリアライトの落ち着いた声が落ちる。


「私達は失礼します。では、行きましょう、プラチナ。お父様達に卒業のご報告をしないといけません」


向けられた顔には笑みが浮かんでいた。楽しそうに笑う彼女にプラチナも満面の笑みを浮かべると、二人並んで歩き出す。ちらりとヘリオドールに視線を向ければ、彼は苛立ちで顔を歪めていた。


「プラチナを困らせるな・・・」


(え?)


すれ違いざまに聞こえた呟きに瞠目する。誰がと一瞬考えるが、すれ違った相手はスフェンだった。彼が漏らした呟きでしかない。彼女が聞いたことのない低く威圧的な声。

ふと、スフェンを見上げた。見たことない鋭い眼差しをマリアライトに向けていたが、プラチナからの視線に気付いた彼の顔は、すぐに優しいものに変わる。


「プラチナ」


いつも耳にする優しい声色。ただ、立ち去ろうとするプラチナの手首を掴んだ力は少し強い。

掴まれたことで歩みは止まり、困惑と見上げる彼女に、スフェンは掴んだ手を引いた。その口元に寄せられる。指の背に感じる柔らかいものは彼の唇だろう。


「今度、個人的にアカデミーの卒業祝いをしよう・・・二人っきりでね」


「・・・ええ、そうですわね」


自分の手を引くことでスフェンの拘束を逃れたプラチナは、マリアライトと並んで歩き出す。


(今のは一体・・・いえ、もうお会いすることもないのです。考えても仕方のないこと・・・さようなら、スフェン殿下)


先程の彼の言動に引っかかるものを感じながら、彼女は振り返ることなく会場をあとにした・・・───。






───・・・卒業パーティーが開場された時刻。

ヴァイスシュタイン家の前には長距離用の大型の馬車が停まっていた。屋敷の玄関から見ていたプラチナは背後へと振り返ると、見送ってくれる両親へと笑いかける。


「それではお父様、お母様。暫くお別れになってしまいますが、ご心配はされないで。全てが丸く収まりましたら帰ってまいります」


「ああ、気を付けて行っておいで」


「何か不調が出たらすぐに戻るのですよ?母は貴女が無茶をしないか心配です」


「大丈夫ですって!お母様は心配性でいらっしゃいますわ」


言葉を交わして身重の母親を気遣いしつつ抱き締めると、後ろに控えていた姉弟に手を振る。


「アクロアとセレスは、わたくしがいないからと羽目を外さないように。あとで悪いことをしたと分かったら、お土産は無しになりますわよ!」


「勿論です、お姉様〜。私、お姉様の妹ですもの〜」


「淑女らしく上品にお帰りをお待ちしてます、いってらっしゃいませー!」


年子で似た容姿の姉妹に声をかけると、背筋を真っ直ぐ伸ばして立っている弟に顔を向けた。すぐ下の弟はスフェンと同級生でクラスメイトだった。異変に気付いた彼が、弟に追求をするかもしれない。


「ユークレイス、頼みましたわよ」


「・・・スフェンの追求をはぐらかせばいいんですよね?分かってますけど、姉上の猪突猛進な考え方は相変わらず理解できません」


「思い立ったが吉日ですのよ!東洋の島国にある格言ですわ!」


「はぁ、そうですか」


様々な様子で見送る家族に手を振ったプラチナは軽い足取りで馬車に向かい、軽やかにステップを駆け上がると、開かれていたドアから中に入り込む。

先に乗っていたセラフィに笑みを見せて頷いた。


「リオン侯爵邸に向え」


御者に指示を出した彼女から視線を外すと、窓枠に顔を寄せて夜の王都の光景を眺め始める。


「お嬢様の思惑通りになるでしょうか?」


「ええ、きっと思った通りの展開になるはずですわ!」


これは楽観ではない。繰り返すようだがプラチナは暴走していた。自分の考えは上手くいくとしか思っておらず、気ままな生活はすぐそこだと完全に思い込んでいる。それを諌める者も、忠告する者もいない。彼女を知る者達は、暴走状態では止められないと分かっているからだった。

上機嫌なプラチナは、夜道を照らす街灯の光を青い瞳に映していく。何度も光を受けることで瞳は宝石のような煌めきを宿し、やがて馬車の速度は落ちて、貴族の邸宅前に停まった。灯のない場所の中、高い塀に囲まれたせいで敷地内は見えないが、鉄の門が開かれてマリアライトが歩み寄ってくる。街灯を見ていたプラチナの瞳がそれたことで煌めきは失せ、内部の暗さのせいで仄暗い海の色となる。

大きな鞄を持つ侍女を伴って馬車のドアの前までやって来た彼女を出迎えるために、輝かしい未来で自ら瞳を輝かせるプラチナはドアを開いた。


「時間通りですわね!」


「はしたないことですが、窓からずっと見ていました」


差し出した手にマリアライトが手を重ねてくれた。少し握り締めて引き寄せると、彼女も馬車の中に入る。


「ありがとうございます、フローラ」


「道中、お気を付けてくださいませ」


侍女に声をかけて鞄を受け取ったマリアライト。セラフィが直ぐに手を差し出して受け取ると、荷物置き場に下ろした。

そして、彼女がプラチナの隣に座ることで御者に合図を送り、出発を促す。ゆっくりと、徐々に馬車の速度が上がっていく。街灯が照らす夜の煉瓦造りの車道。プラチナが乗った馬車は蹄と車輪の音を奏でながら進んでいく。


「おじ様は納得されました?」


真横にいるマリアライトに身を寄せて言葉を送れば、少し困ったように微笑んだ。


「お父様は納得こそされませんでしたが、私の体調を慮ることで理解はしてくださいました。明日には国王陛下とヘリオドール様に辞退届と手紙をお渡ししてくださいます」


「そうですの、結婚式までもう少しでしたものね・・・わたくしのお父様は快諾してくださいましたわ。既に国王陛下にお話をされたそうです」


「まあ、対応が早いですね」


フッと笑みを零すマリアライト。ほっそりとした指先で口元を隠すと、彼女の顔は窓へ向かう。その薄紫の瞳は、何度も街灯の光を受けて煌めきを宿す。


「あとは追手から逃れるだけです・・・上手くいくでしょうか?」


「上手くいかせるのですわ!」


アカデミーの卒業パーティーのことで王家も貴族達も、王都を警備する騎士達の目もそちらに向いている。いくら馬車が王都の外へ向かっても、さほど気にされないだろう。パーティーにはヘリオドールという花がいる。皆、華やかな王太子に夢中になっているはずだと。


「お嬢様、障壁の門が近づいてまいりました」


「分かりましたわ」


プラチナは唯一得意とする魔法を自分とマリアライトにかけた。色素を変える変化の魔法。髪の色や瞳の色、肌の色すら変えられるが、それは初歩中の初歩の魔法だった。魔力の乏しい彼女にはそれしかできないが、だからこそ完璧にできた。

すぐに茶色の髪と瞳をした美少女が目の前に現れる。それは自身も同じだろうとプラチナは笑った。


「馬車についている家紋も偽装してありますわ。わたくし達は、南の港町ヴラウゼーに戻る商人の姉妹という設定ですわよ」


「分かりました」


警備の騎士に停められた馬車。地味な色合いになった二人はしっかりと彼らと言葉を交わし、偽装した証明書を提示した。堂々とした様子に彼らは疑いを持つことなく、プラチナ達の通行を許可する。

馬車は門の中を進んで王都の外へ。無事に通過して、離れていく王都の門。草原を割るように整備された街道を少し進むと、プラチナは馬車の中の照明を灯した。


「上手くいきましたわ!」


自信満々に言えば、マリアライトは楽しそうに微笑んだ。


「流石ですね、プラチナ。商人らしい所作が完璧でした」


「マリアライトの説得力のある口添えがあってこそですわ」


悪戯が成功した少女達のように無邪気に笑う二人。暫く肩を揺らすほど笑い合っていたが、マリアライトがフッと息を漏らすと、ゆっくりと落ち着いていった。


「変装は我が公爵領に入ってから解きますわね」


「ええ、分かりました・・・でも、本当に脱出できてしまいましたね」


彼女はそう呟くと、視線を落とすことで目を伏せた。

婚約者を辞退するために二人は国王に辞退届を、婚約者である王子には手紙を送ることにした。正式な書類だと自身の印章で封をして。

しかし、それは一方的なもので、突然の辞退を王家と王子達が納得するはずがない。話し合いをするべきだと思ったが、時間をかければ彼らはプラチナとマリアライトを捕らえることに方針転換をするだろう。「オトメゲームノアクヤクレイジョウ」という魔物だから妃にはなれないと言っても、無理強いを敷く。なぜなら二人は関係強化を図りたい有力貴族の娘だからだ。マリアライトに至っては妃教育もしっかりと受けていた。今更、別の婚約者を選ぶなど手間がかかる。

だから、逃亡を企てた。王家の膝下である王都から逃れて暫く身を隠す。いくら婚約を継続させていても、本人がいなければ結婚はできない。そのうち王家は見つからない二人を迎え入れることを諦めて、婚約解消をする。別の有力貴族から新しい婚約者を選び、第一王子のヘリオドールに至っては年齢から早々に婚姻を結ぶはずだ。

これはプラチナが考えたことだった。理由もきちんと王子達への手紙に書いたことで憤慨はされるだろうが、納得はしてくれるはずだ。全て予想でしかないが、そうなるはずだと彼女は思い込んでいる。



馬車での旅は続き、宿も二軒ほど泊まって三日目。プラチナ達はヴァイスシュタイン公爵領の領内に入った。兵士達も二人が来訪すると知っていたことからスムーズに手続きは終わり、彼女達の乗る馬車は中心に位置する領都ではなく、更に奥の緑地へ。大きな湖が側にある林へと進む。中心からは遠いが、近くに村があることで道は整備されていた。石畳の道を馬車は進み、木の生い茂る林の脇を進んでいく。


「そろそろですわね」


「お嬢様、ヴァイスシュタインの馬車では入れぬ道がありますので、入口に荷馬車を用意してあります。質素で小さな作りですが、耐えてくださいませ」


「勿論ですわ」


ずっと控えていたセラフィに答えると、馬車が停まった。

マリアライトが窓から外を覗き、プラチナも続いた。見えるのは背の高い草が生い茂る林。地面を抉って作った小さな土の道が中に続き、その手前には木製の荷馬車があった。ロバが引くらしいそれは、実に質素で貴族の令嬢が使うとは思われない。


「偽装は完璧ですわね」


「お嬢様もマリアライト様も美しさは霞んでおらず、かなり目立ちますが」


すでに変化の魔法を解いてはいるものの、年頃の町人の娘が着るワンピースを身に付けていた。造花の付いた日除け帽子を被っていることで、顔は隠せている。可愛らしくはあるが豪華ではないので、彼女達も町娘としか見られないと踏んでいる。


「大丈夫ではなくて?」


「お二人共、内から溢れる麗しさは隠せていません。民が見れば、すぐに貴族令嬢と気付くでしょう」


「そうですの?・・・まあ、わたくし達は『外』に出る予定はありませんから、見つからなければ大丈夫でしょう」


プラチナが頷けば、セラフィは視線を外して馬車のドアを開いた。先に降りて手で開け支えてくれている。彼女が馬車から降りるとマリアライトもあとに続いて降りて、生い茂る草の前に立つ。じっと眺めている彼女の様子を窺いながら、プラチナはセラフィに目を向ける。


「荷物は私が降ろします。お嬢様達は荷馬車にお乗りしてお待ちください」


「分かりましたわ。マリアライト、行きましょう」


「ええ・・・この林はどなたかの私有地ですか?生えている草の種類を見ましたが、薬草の類も混ざっています。薬師か魔法使いの方にとっては素晴らしい採取場ですよ」


後ろからついてくるマリアライトへと顔を向ける。彼女は、プラチナが誇らしい顔をしていると思ったはずだ。


「ここはわたくしが保有する土地ですの!破格の値段でしたが、自分の私財でお父様から購入しましたのよ!」


「まあ!もしかして、アクセサリーショップの収益からですか?流石ですね、プラチナ。貴方はしっかりと自立されています」


荷馬車のステップを上り、腰を下ろす。その横にマリアライトも座った。プラチナは自信満々と胸を張る。

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