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魔物では王子と結婚できない

「わたくしも、オトメゲアクヤクレイジョウですの?」


「は?・・・ああ、イントネーションがおかしいから変に聞こえたけど、『乙女ゲームの悪役令嬢』って言ったのね。そうよ、あんたははね、この」


「そうよ」。

その肯定がプラチナの心を高ぶらせる。にやにやと嘲笑いながら何かを言っているシエルの声はもう届いていない。

プラチナも「オトメゲームノアクヤクレイジョウ」だった。シエルの言い方から既に魔物となっているようで、シエルの態度から偽りでもないと分かる。存在していると言い切っている。

恐らくは図書館の記録にもない認知度の低い魔物なのだろう。シエルの故郷のみで出現して、ひっそりと倒されたとかなのだろう。「オトメゲームノアクヤクレイジョウ」は彼女の言葉を信じれば確実に存在した魔物。そうだと信じていい。そうだと思うことにする。そうすれば・・・。



───・・・私、このままではヘリオドール殿下の妃になどなれません・・・───。



脳裏に蘇るのは昨日のマリアライトが漏らした悲痛な声。彼女の涙混じりの声が木霊のように響き伝わる。

魔物では王子の妃にはなれない。貴族令嬢として在るべきでもない。非常に危険な存在だ。いつ人々に危害を加えるか分かったものではない。

プラチナとしては、マリアライトが魔物だというのは信じられないし、どうあろうと他者を傷付けるとは思えない。だが、シエルいわく魔物とされている。そしてプラチナも魔物だ。他の誰もが認めなくとも、今まさにシエルが喚き散らしてエントランス中に伝えている。


「ありがとうございます!」


「はあっ!!?」


プラチナは思い辿り着いたことで、感謝の言葉と共にシエルの手を両手で包み込んだ。

突然のことに目を白黒させた彼女は品のない驚きの声を響かせるが、もう構ってられないプラチナは素早く身を離して、軽やかに振り向くと入り口へと駆け出す・・・駆け出したい気持ちを抑えて足早に向かう。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!」


背後から浴びせられる怒声などプラチナの耳には届かない。すかさず開かれた扉から制服のスカートを踊らせ、喜び露わに馬車へと乗り込んだ・・・───。






「わたくしもオトメゲアクヤクレイジョウでしたわ!!」


「え?」


翌日、リオン侯爵邸に足を運んだプラチナはマリアライトと話したいと彼女の自室に足を運び、開口一番に告げた。

お茶の用意をしようとしたマリアライトは、硬直と動きを止める。見開いたことで真ん丸になった瞳に凝視されているが、プラチナは気にせずに胸を張って右手を添えた。


「ですから、わたくしはオトメゲアクヤクレイジョウなのです。マリアライトと同じく魔物でしたの」


「え?あの・・・あ、あなたがオトメゲームノアクヤクレイジョウということ?どうして?」


理解できないらしいマリアライト。不信と眉を寄せるが、なぜか自信満々と胸を張ったままのプラチナは歩み寄る。躊躇わずにティーテーブルの椅子に腰を下ろし、追ってマリアライトが向かい合って腰を下ろした。


「昨日、国立図書館に調べに行くと言いましたでしょう?そちらでシエル嬢にお会いしましたの。面と向かってオトメゲアクヤクと、ああ、長いから省略させていただきますわね!これからはオトメゲアクヤクと言わせていただきます」


腕を組む、などと淑女にあるまじき行いはしない。膝の上に両手を置いて姿勢良くする。

非常に堂々とした態度を示したが、マリアライトの顔はどんどん曇っていく。


「そんな・・・あなたが、魔物のはずがありません。あなたは心陰ることのない華やかなる貴婦人ではありませんか。婦女の憧れとなるあなたが邪悪な存在とは思えません」


「それはわたくしの台詞ですわ。慈愛に満ちた清らかなる淑女たるあなたが魔物のはずがありません。わたくしは今でもそう思っていますの」


「プラチナ・・・」


真っ直ぐに淀みなく言えば、マリアライトは胸元を手で押さえ、ゆっくりと息を漏らした。その瞳は少し潤んでいる。綻ぶ口元から、プラチナの言葉に喜びを感じているのだろう。

彼女の心を癒せたのならいい。そう思いながらもプラチナは言葉を続けようとする。その脆い心に衝撃を与えてしまうことを、内心で謝りながらも躊躇うことはしなかった。


「ですが、シエル嬢は確かにわたくしがオトメゲアクヤクと仰られました。これは憶測ですが、オトメゲアクヤクはシエル嬢の故郷のみに記録がある魔物なのでしょう。わたくしはその事実を噛み締めて決定いたしました」


「決定、ですか?」


「ええ!わたくしはスフェン殿下の婚約者を辞退いたします!」


「え、ええ?・・・こ、婚約者を辞退?」


再び驚くマリアライトは追求と唇を開いた。だが、彼女は何も言わずに唇を閉ざすと、その口元を手で押さえる。

マリアライトも自身が魔物だと思っている。だから、言わんとした言葉が不適切だと気付いたのだ。

プラチナは微笑みを浮かべると、代わりに言葉を紡いだ。


「魔物では王子殿下の妃にはなれない。先日あなたが仰ったことです。わたくしも同じ気持ちですわ」


明確には違った。「魔物だと王子の妃にはなれない」ではなく「魔物だったら王子の妃にならなくて済む」なのだ。プラチナは苦手な婚約者から逃げられるから、信じてもいない自身が魔物だという言いがかりに従う。


「この身がいつ人々を傷付けるかなど分かりませんが、被害を出さないように暫くは身を隠そうと思っています。ですので、スフェン殿下の婚約者を辞退いたします。相応しくもありませんし」


「・・・無責任ですね」


視線を落としていたマリアライトはハッとすると、すぐに顔を上げてプラチナと目を合わせた。焦りのある表情は、いらぬことを言ったという罪悪感からだろう。


「あなたのことを無責任だと言ったのではありません。あなたの結婚式まで時間があります。だから、早急な決断は素晴らしいと思います・・・ただ、私がその決断をするのは無責任なのです。皆がヘリオドール殿下の妃にと準備をしてくださいました。様々な方が、ご自身の時間を犠牲にして私を教育してくださいました。結婚式まで一ヶ月を切っています・・・それを、全て無駄にしてしまう。私はどうして魔物などに、なってしまって・・・」


辛そうに美しい顔を歪めて俯くマリアライト。責任感のある彼女からすれば非常に辛い決断だろう。ただ、事実が覆らないと分かっていることで、その決断を選ぶしかない。


(そう思っていらっしゃるのですわ)


小さく息が漏れた。それはプラチナが口元を緩めたから。安心してほしいと、笑みを浮かべたからだ。


「マリアライト、わたくしと一緒に来ていただけませんか?わたくし達は共に魔物へと転じていたのです。つまり共にいたほうがいいということですわ。どんな魔物なのか見極めて、人々を脅かさぬように尽力いたしましょう!」


潤んだ薄紫の瞳が向けられる。プラチナは絹のハンカチを取り出すと、その目元に当てた。

自分の望む生活を得るために、マリアライトを騙しているとは分かっている。だが、不安を抱えた彼女をこのままにできないと背中を押してしまった。


(半信半疑は変わりませんが、オトメゲアクヤクのことは考えないといけませんわね)


ただ、プラチナが「オトメゲームノアクヤクレイジョウ」と名称を覚えることは永遠にないだろう。そもそも、名称ですらないのだから・・・───。

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