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穏やかな木陰の下で

前半スフェン視点、後半プラチナ視点。

───・・・翌日。

プラチナのベッドを奪うわけにも、共に寝るわけにもいかなかったスフェン。リビングの肌触りはいいソファで眠っていた彼は、寝辛いデザインのせいで背中に痛みを感じた。身を起こして座り直すと、両手を上げて伸びをする。

痛む背中から音が聞こえるが、その固くなった筋肉を解すために右手で左肩を押さえつつ、左腕を回した。


「・・・はぁ」


愛しい人はまだ夢の中だろう。昨夜の触れ合いが胸に熱を灯すが、恋人とは言えない彼女の寝起きを目にすることなどできない。

彼は、テーブルに置いていた眼鏡をかける。その視線はガラス戸から陽の光が注ぐ廊下に向かい、明るい光に誘われたことで足を進めた。

戸を開けてウッドデッキへ降りれば、置かれているガーデンチェアにマリアライトが座っている。薄いショールで薄地のネグリジェを隠しているが、扇情的な室内着で外に出ていることを「だらしない」としか感じなかった。

背もたれにもたれかかるほど、彼女はガーデンチェアに深く座っているが、スフェンが横切れば姿勢を正した。

ハッとした顔を一瞥するに留めた彼は庭に降り立ち、花壇の前にいるヘリオドールを見つける。逗留するようにいた近衛騎士達の姿はなく、一人で佇んでいた兄へと近寄った。


「もう起きていたんですね・・・それとも、寝ていないとか?」


「仮眠はしたな。柔らかな温もりに包まれると気持ちよく眠れるものだ」


「・・・そういった含みのある発言はやめてください。非常に気持ちが悪いです」


冷ややかな視線を向けた。

いつも後ろに撫で付けている前髪は降りていて、ヘリオドールの額を隠し、金色の瞳にすらかかっている。上半身は開襟シャツ一枚で、いつもよりは幾分か幼く見えた。しかし、上機嫌と笑みを浮かべる顔は「気持ちが悪い」。

理由を察しているスフェンは前髪をかき上げて、不快という表情を浮かべた。


「遮音と施錠の魔法を使って引き篭もるとは、徹底してましたね」


「折角、二人っきりになれたのだ。得られた時間は有効活用すべきだろう?」


「はぁ・・・まあ、欲望に忠実な兄上らしいですよね。もうすぐ王太子になられる方とは思えませんけど」


「毒を吐くな」


そう言いながらも、ヘリオドールの機嫌は良好だった。緩い笑みを浮かべながら、色とりどりの花が咲き誇る花壇を眺め続けている。


「明日の夕刻前にはここを出立する。プラチナ嬢とは話がついたな?」


「・・・はい、一年後の結婚式までにはお互いの理解を深めようと話し合いました。彼女も了承してくれたので、今後も僕の婚約者でいてくれます」


「なるほど・・・」


言葉を返したヘリオドールだが、すぐに喉を鳴らして笑い、花壇を見ていた顔をスフェンへと向けた。

口元をにやつかせながら顎に手を当てた姿は、知的ぶっていて腹立たしい。


「早々に孕ませられないのは辛いな。また隙を突いて逃げられる可能性がある」


直接的な言葉。品性をどこにやったのかとスフェンはうんざりしつつ、怒りを込めて兄を睨み付けた。しかし、機嫌のいいヘリオドールには効かない。


「マリアライトは二度と私から離れないと約束してはくれたが、人間とは魔が差すものだ。口頭だけでは確実性がないからな・・・私の子種を注いでやった。今回で孕んでいなくとも、手付きとなったことで逃げられない。王都に帰れば、そのまま王城に招く。部屋の用意はしてあるからな・・・」


「兄上、人道というものを知っていますか?」


やり口が汚いと暗に言えば、兄は鼻を鳴らすだけ。彼の目は、スフェンの肩の奥に見えるマリアライトを映している。


「お前に人道を問われたくはない・・・マリアライトは永遠に私のものとなった。処遇についての進言などは、誰であろうと許さない。お前も、プラチナ嬢であってもな」


「別に、貴方の婚約者がどうなろうが興味はありません。ただ、プラチナは怒るでしょうね。その怒りが僕に飛び火をして、彼女に嫌われるのだけは避けたいんですが」


「一ヶ月後に我々は挙式をする。その時にはプラチナ嬢も妃教育で王城に上がっているだろう。仲良く王城で過ごさせれば、どうにかなるんじゃないか?」


楽観的な物言いに蔑みの視線で返す。物事はそれほど単純ではないと、兄に対して説教してやろうかとすら思った。

だが、ふと思い付いたことに言葉の刃を納めることにする。


「兄上、王太子となる貴方にお願いがあるんですが、就学中の王族も婚姻ができるように法改正をしてもらえませんか?」


スフェンの発言にヘリオドールは笑い声を上げた。


「駄目だ。あと一年、いや十一ヶ月と少しだ。大人しく耐えろ。私は耐えられたぞ」


即断された彼は再び兄を睨み付ける。


「兄上は耐えられていなかったですよね?度々、マリアライト嬢に口では言いたくないことをしていたと知ってるんですよ」


「あれは妃教育の一環だ。いずれは私の子を生むのだから、早めに教えていたほうがいいだろう」


「兄上が教える必要はありませんよね?」


ヘリオドールは目をそらし、思案する振りをすると身を屈めた。目の前で咲き誇るバルーンフラワーに指先で触れる。


「まあ、なんだ・・・ともかく、我々の愛しい婚約者達は見つかったのだ。このまま安全に王都に帰り、私の結婚式の準備に取り掛かるべきだな」


話を無理矢理そらされる。スフェンは冷めた目で彼を見下すが、口に出すことは控えた。

兄に対して文句はあるものの、彼の言う通りプラチナは見つかり、夫婦となる日までに歩み寄ろうと言ってくれた。

彼女のことを想うと他の不満はどうでもいいことになる。胸にある熱が温度を増した気がした。


「あとは戯言を宣った者を罰するだけだ」


しかし、次の発言に現実へと戻される。プラチナへの想いは奥に潜み、冷酷な目付きに変わっていく。


「オブシディアン・クロイツもです。厳重な罰を与えるべきだ」


冷気を感じるほどの低い声。それにヘリオドールは鼻を鳴らしで笑った。


「ああ、そうだな。我々の愛する者達を害するとどうなるか、しっかり教えてやらねば」






───・・・太陽の位置はまだ東側にあった。

外から聞こえる小鳥の鳴き声が意識に届いたプラチナは、目を開けると、そのまま上体を起こす。

軽く伸びをした彼女は、寝ぼけ眼でベッドから降りて、ふらふらした足取りで扉に向かった。

そのまま注意を払うことなく引き開くと、廊下で待ち構えていたセラフィに案内されてキッチンに向かう。カウンターにある金属製の桶に入った湯で顔を洗った。タオルを受け取って、顔を拭きながらソファに腰を下ろす。


「目は覚めましたか?」


「ん〜・・・ええ、はい・・・んん」


拭う最中で思い出す。

昨日の夜、寝る前にスフェンと部屋で身を寄せ合いながら話したことを。彼と心を通じ合わせようと決心したことも。そして、ベッドを譲るつもりが断られたことも思い出す。


(スフェン様と夫婦になるとはいえ、拝すべき王子殿下ですわよ!ベッドをお貸ししないなんて不敬・・・いえ、即座に断られて退室されてしまいましたから、討論にすらならなかったのですが)


そんなことを悶々と考えながら、陽光が差し込むガラス戸が目に映る。暖かさの中で感じるそよ風の心地良さは格別なものだった。


「朝食まで庭で涼みますわ」


「はい、ごゆっくり・・・そういえば、庭には両王子殿下とマリアライト様がいますよ」


思い立ったが吉日。その言葉のまま軽快に足を進めたプラチナの耳には、セラフィの声は届かなかった。

庭に向かったプラチナは案の定驚いたが、声には出さずに済んだ。口元を手で抑えることができた彼女は、ガーデンチェアにゆったりと座るマリアライトに近付く。


「・・・おはようございます」


「まあ、おはようございます。プラチナ」


微笑を向けてくれた親友に、プラチナの頬も緩んだ。彼女の目は先の花壇にいる二人の王子を捉え、音を立てずにガーデンチェアに腰を下ろした。

花々を鑑賞していることで、こちらには振り返らない王子達から視線を外し、マリアライトに目を向けた。彼女は微笑みを浮かべて二人を、主にヘリオドールを見つめているだろう。ショールを羽織ってはいるが、ネグリジェ姿のままで、それでいて気品と色気を感じた。そよ風がマリアライトから清潔感のある石鹸の香りを漂わせる。早朝から湯浴みをしていたのか、と思いつつ見入ってしまった。


「体調は大丈夫ですの?」


「えっ、ええっ?」


昨日は殆ど自室に籠もっていたマリアライトを心配して言えば、何故か狼狽えた。

理由が分からないプラチナに、彼女は薄紫色の瞳を丸くして驚いているが、少しづつ落ち着いていった。小さく息を漏らして目を伏せると、プラチナへと困ったような笑みを浮かべる。


「その、ずっとお部屋に籠もっていましたものね・・・そういうことですよね?」


「ええ、かなりの心労を感じていらっしゃったもの。ずっと眠っていましたの?」


「ええ、その・・・そうです。ヘリオドール様に見守られながらゆっくり休ませて頂きました」


やや表情は引き攣っているマリアライト。彼女は嘘を言わないと思い込んでいることで、言葉をそのままの意味で受け取った。プラチナは納得と頷く。


「よかったですわ、昨日は激動でしたもの。休んでくださったのなら、わたくしも一安心です」


「・・・ヘリオドール様が大切にしてくださいましたから」


頬が朱に染まる。うっとりとした表情を浮かべたマリアライトは、再びヘリオドールの背に眼差しを向ける。

喧騒などない穏やかな自然の中。そよぐ風も心地良く、木々の間から注ぐ光も柔らかい。


「プラチナ、私・・・ヘリオドール様の妃になります。あの方は、私が魔物であろうとも愛すると仰ってくださいました。その気持ちに答えたいと思います。あの方を支えたいのです・・・」


「このような騒動を引き起こしておいて発言すべきではないと分かっていますが、よろしいと思いますわ。あなたとヘリオドール殿下は愛し合っていらっしゃいますものね」


マリアライトは微笑みで返した。気恥ずかしそうに頬が赤いが、嬉しいのだと分かる。

愛する人との人生を想う彼女は美しさを際立てている。


「・・・マリアライト」


「はい、なんでしょう?」


「わたくし、あなたを騙していました。あなたもわたくし自身も魔物だと思っていないのに、スフェン様から離れたいとあなたを先導してここまで来てしまいました・・・改めて、ごめんなさい」


フッとマリアライトは笑みを零す。彼女の白く繊細な作りの手がプラチナに向かい、膝の上にあった手を上から包んだ。


「騙されたなんて思っていません。貴方と私の気持ちが噛み合っただけです。私こそ頼ってばかりで利用していると言えます。ごめんなさい」


「そんなことは」


マリアライトは首をゆっくり横に振ることで、プラチナを制した。


「貴方は、私が弱っていたからいつものように助けてくれたのでしょう?躊躇いなく手を差し伸べてくださいました・・・ありがとうございます、プラチナ。貴方が共にいてくれて良かった。短い期間でしたが、共同生活はとても楽しかったです」


嘘偽りはない満面の笑み。

どこか罪悪感を得ていたプラチナは、その笑みに救われ、同じものをかけがえのない親友に返した。


草を踏み締める足音が聞こえる。近づいてくる音にプラチナは顔ごと視線を向けた。

花壇を見ていたスフェンが歩いてくる。追ってヘリオドールもやってくるが、彼には渋い顔を見せた。途端に気分を害したと険しい顔になる。


「おはよう、プラチナ」


穏やかな声の挨拶。目に痛い王子から、自分の婚約者へと視線を戻す。いつも通り・・・つまり、プラチナを好きだと曝け出す笑みが浮かんでいた。


「おはようございます、スフェン様。昨日はベッドをお貸しできずに申し訳ございませんでした。ですので、本日は是非わたくしのベッドをお使いくださいませ!」


失態をお詫びしつつ、きちんと提供の意思を見せた。

それにスフェンは笑みのまま硬直し、ヘリオドールはにやにやと笑った。マリアライトが「まあ!」と嬉々とした声を上げている。だが、スフェンが笑みを消して冷酷な眼差しに切り替わると、プラチナ以外は押し黙る。


「・・・プラチナ」


「はい!」


彼女に視線を向けた彼の顔は微笑みを取り戻していた。


「婚約者とはいえ、ベッドを借りるなどできない。大体、君はどこで寝るのかな?ソファや床で寝るなんて体を悪くするから駄目だよ」


「でも、スフェン様はソファで眠られましたわ」


「いっそ二人でベッドに寝ればいいだろう。親睦にも繋がるんじゃないか?」


「兄上、黙って下さい・・・いいかな、プラチナ。僕は頑丈な体をしているんだ。でも、君は華奢だろう?ベッド以外で眠ったら絶対に体に良くないよ。僕はどこでも眠れるから安心して」


スフェンは、ヘリオドールに冷たく吐き捨てるように言うと、プラチナには優しい声色で語りかける。

人によってころころと変わる態度に彼女はどうしても目を丸くするが「これがスフェン様」と納得した。やはり、プラチナ以外には厳し過ぎるが感情が分かりやすい。


「スフェン様、ヘリオドール殿下に厳しいですわ。お優しく在ってくださいませ」


「嫌だ」


きっぱりと言われたことで声を漏らすほど笑ってしまう。

笑いで火照った体を風が撫でた。心地の良い風と親しい人々に囲まれていることで、プラチナは瞳を閉じて安らぎを得る。


「このロッジは過ごしやすいね」


「スフェン様に気に入って頂けたのなら嬉しいですわ」


目を開けば、彼女の青い瞳に木々の葉が映る。本人は気付かないが、深い青と鮮やか緑が斑にあって美しかった。

プラチナの視線はマリアライトへ。彼女も朗らかで、ロッジでの生活を満喫できたと思っているだろう。ヘリオドールは見ないので分からないが。


「もう少し道を整えて僕らの避暑地にしようか。部屋数も広さも足りないから、僕が費用を出して増築するよ。流石に子供部屋がないのは不便だからね」


「こっ!?」


穏やかだった心が掻き乱れる。

既にスフェンは子供のことすら考えているようだった。まだ結婚式すら一年後となっているのに、その先を見ている。


(い、いえ!結婚は決定事項ですから、その先の、こ、子供のことも決定事項ですわ!動揺することではなくてよ、わたくし!)


狼狽えている自分を制するために息を吸って、緑の香りがする酸素を取り込む。体の熱が冷やされたことで、プラチナは冷静さを取り戻した。


「・・・そうですわね!」


胸を張って答えれば、スフェンはうっとりとプラチナを眺めていた。彼は、彼女に惹かれたようで体を近付ける。上体を屈め、覗き込むような体勢を取ると緩いウェーブを描くプラチナブロンドの髪に指を絡めた。


「楽しみだね」


(・・・どちらの意味ですの!?)


熱っぽい眼差しから勘繰ってしまったプラチナ。何も言えなくなった彼女は、笑みを浮かべた表情で固まってしまった。

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