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人身売買の首領

異常性のある男性がまた一人増えた。

何が楽しいのか分からないが、男は口を覆っていた手を外しても笑みを浮かべていた。口端を吊り上げた不敵な笑み。ただ目は笑っておらず、プラチナとマリアライトを見つめている。


「何用ですか?」


それだけ告げるとセラフィの姿が消えた。パッと、最初からいなかったかの様に名残なく消え失せる。


「え!?」


「何が、起きたのです?」


驚愕と目を丸くする二人。男が近付くことで、靴が砂利を踏みしめる音が聞こえる。呆然としていたプラチナは意識を彼に向けると、マリアライトの前に立った。長身から見下すような視線を向けてくる男へと立ち塞がる。


「どなたか存じませんが、わたくし達にご用事でもありますの?その、わたくしの侍女をどうされたのか、伺ってもよろしくて?」


喉が震える。じっと見下ろしてくる目が怖い。得体が知れないと体が強張る。

それに男は鼻を鳴らすと、ニヤつく口元をまた手で覆い隠した。


「ああ、悪いな。ビビらせるつもりじゃなかったんだ。お嬢さん方と少しお話がしたくてね?」


「・・・あ、あなたとお話するようなことはありませんが・・・恐らく、魔法を使われましたわね?わたくしの侍女はどこに?」


セラフィはパッと消えたように見えた。そう感じたが、僅かな空間のズレを感じた。そこだけ切り取られたかのようにズレて消えた気がする。

人が予兆もなく突然消えるなど魔法でしかあり得ない。空間のズレを感じたことから、上級魔法である空間魔法が使われたと思った。男が近付いてきたことがきっかけなら、目の前の彼が使ったとしか思えない。

恐怖から喉が詰まったが、何とか声を絞り出したプラチナは率直に聞いてみた。間違いないと確信を持っている。男がクッと喉を鳴らす。


「魔法の才能はないと聞いていたが、知識はあるんだな・・・ああ、そうだ。お嬢さんの侍女とやらは俺が魔法で飛ばした。空間魔法は分かるだろ?侍女が存在していた位置を切り取って別の所に貼り付けることで移動させたって感じなんだが、分かるか?」


「・・・」


プラチナはマリアライトに視線を向ける。青い顔をした彼女は震えていて、プラチナの腰の辺りの布地を握り締めていた。得体の知れない男の暴挙に怯えているようだが、ゆっくり頷いたことに相手が空間魔法の使い手とは理解したようだった。

プラチナは視線を戻す。また半歩寄ってきた彼から離れるために、マリアライトと一緒に二歩下がった。


「そうですの。つまり、あなたが危険だと分かりましたわ。それで、侍女をどちらに飛ばしたのです?」


「ああ?それって今話すことか?自分達の心配をしたほうがいいと思うが・・・おい、そう睨まないでくれ。可愛い顔が台無しだ・・・あー、そうだな。安心しろ、俺は高名な魔法使い様じゃないからな。この村の端、邪魔にならないくらいの距離に飛ばすことしかできない。あの女には散々邪魔をされたからな。これくらいは仕返ししてもいいだろ?」


男は手を差し出してくる。エスコートを乞うように見えたが、プラチナの手はマリアライトの震えた手をしっかりと握った。


「だから、怖がらなくていいんだって。俺は美人と楽しくお話したいだけ。仲良くしてくれないか?」


「突然、侍女に向かって魔法を放つ不審者と仲良くできると思いますの?絶対に無理ですわ!!」


腰につけていたポーチから小さな魔石を摘み取る。護身用と忍ばせていたそれを、近付いてくる男の前に落とした。


「あ、っ!?クソッ!!」


足元には刃のように突き出る氷の刃。近付こうとする男の足に当たったようで、穿いている黒いスラックスが裂けた。その感触に悪態をついた男。彼の意識がそれたことで、プラチナはマリアライトと手を繋いだまま走り出した。


「プ、プラチナ!」


「マリアライト、今は走ってくださいませ!全力疾走で不審者の方から逃げますのよ!!」


手を引きながら声をかければ、マリアライトは答えずとも駆ける速度を上げてくれた。しっかりと握り合い、プラチナの先導のもと二人は石畳の道を走り続ける。

ちらりと視線を向ければ、黒い衣服の男が、従えていた男達に指示を出しているようだった。男達は二手に別れて走り出し、プラチナ達を追走する。

立ち止まっている男は彼女達から目を離さなかった。また鋭い視線で追い、小さくなれば周囲の空間がズレて消えた。


(高度な空間魔法を何度も使われるなんて!魔力量は相当ですわね。そんな方が何故わたくし達を?一体誰かも分からないのに・・・そうですわ!)


「マリアライト!先程の不審者の方はご存知!?」


振り返って聞けば、苦痛と顔を歪めたマリアライトが映った。全力疾走で体が悲鳴を上げているのだろう。歪んだ表情で汗を流し、胸を押さえている。

急な運動に苦しんでいるようだが、どこか色気があってプラチナは見てはいけないものを見たと感じた。

少し目線をずらす。視界に追走する男の姿が見えた。


「いえ、あの男性は、知りません!ただ、空間魔法を、使うの、でっ、とくて、できます!」


荒く息を吐き出しながら、何とか答えるマリアライト。苦しそうなその声に、手を引くプラチナは速度を緩めた。ついてくる男達の姿を捉えつつ、薄暗がりの路地へと進んだ。


「プラチナ!?」


「姿が見えるところにいるから追われるのですわ!見えないように・・・曲がります!」


マリアライトが慌てる様子を触れ合っていることで感じる。だが、プラチナの歩みに注視をしたようで、彼女の動きに合わせて走ってくれた。追手が見失うように複雑な路地を突き進む。何度も曲がり、暗がりを選び、更に曲がって自分達すら戻れないほどの奥地に来た。背の高い家屋に囲まれた袋小路にやって来た二人は、物置と思しき木製の小屋の後ろに隠れると、息を整えるために深呼吸を繰り返す。

走り続けたことで足は痛み、肺も悲鳴を上げていた。全身から汗が吹き出た不快感もあって、プラチナは物置に背を預けて地面に屈む。淑女として地べたに座り込みはしないが、異性がいないことで、纏わり付くスカートを手で手繰り寄せて膝小僧まで晒す。


「暑い、ですわね・・・」


「ええ、これほど走ったのは、幼い日に貴方とのかけっこ以来、はぁ・・・」


大きく息を吐き出したマリアライトは、盛り上がった胸の上に手を当てている。何度も深呼吸をして息を整える様子を、疾走で困憊したプラチナは眺めることしかできない。


「先程の男性についてですが」


何分経っただろうか。

呼吸が整ったマリアライトは、プラチナに倣って腰を屈めると密やかに話し出す。


「見知らぬ方ではありましたが、空間魔法を使われていたのでどなたか分かります。恐らくはオブシディアン・クロイツ様です。クロイツ伯爵と言えば、分かりますか?」


「クロイツ伯爵・・・ああ、あの貿易商もされているという伯爵ですわね」


姿は見たことはないが、王国の物流の一端を担うことで有名な伯爵だとは知っていた。

若くして家督を継ぎ、他国との貿易を率先的に行っている。プラチナが仕事で扱う魔道具も、彼が隣国から仕入れた部品があることで精度が増した。魔道具だけでなく、織物や道具に関しても彼の貿易があってこそといった部分がある。発展の基盤を担っている一人。

そんな人物が、初対面のプラチナ達を追う理由が分からない。


「王城での夜会や会食などに出席はされていると聞きましたが、どのような方とは分かりませんでした。プラチナもそうですよね?」


「第一王子殿下の婚約者だったあなたがそうならば、わたくしが把握できるはずがありませんわ」


王城の催し物では常にスフェンの側にいた。同性の貴族ならともかく異性の貴族となれば、なぜか彼が間に入ることで挨拶すらままらなかったことがある。


(流石に侯爵位からは挨拶ができましたが、伯爵位の男性とはあまり・・・スフェン殿下がわたくしよりも遥かに背が高く、立ち塞がるようにいらっしゃったせいで全く姿が見えませんでしたわ!きっと挨拶はされたはずなのに!!)


そうすれば、セラフィが飛ばされる前に対処ができたはずなのに。


「クロイツ伯爵は、高位の魔法使いであるお母様より空間魔法を授かったと聞いています。稀有な魔法ですので、王家は扱える方を管理するために記録しています。私も記録に目を通しました。現在、我が国において空間魔法が扱えるのはクロイツ伯爵のみです」


「つまり、あの不審者の方は間違いなくクロイツ伯爵ということですわね」


「不審者呼ばわりは酷いんじゃないか?これでも外面は良いほうなんだ」


「!?」


頭上からかけられた低音の声にプラチナは跳ね上がり、マリアライトは悲鳴を上げる。

驚く二人が見上げれば不審者の男、つまりオブシディアン・クロイツが物置に寄りかかりながら覗き込んでいた。

にやにやと歪めた口元。それでいて目には怪しい光が宿り、じっと見つめている。


離れなければ。


気持ちに手足がすぐ動いた。マリアライトの腕を掴み、駆け出そうと足に力を込める。

だが、オブシディアンが笑いを漏らして指を鳴らした瞬間、掴んでいたマリアライトの感触を失った。空を掴む自身の腕だけが視界にあり、小さな悲鳴を耳にしたことで視線を向ければ、路地を挟んだ壁際に彼女がいた。オブシディアンの部下が覗き込むように見ていることから、悲鳴を上げたと分かる。


「また魔法を使ったのですわね!」


「バラけさせたほうが管理しやすいしな。箱入り娘のお嬢さんの脚力で、マリアライトに駆け寄り掴み上げるまでどのくらいかかる?その前にマリアライトに近付けるか?無理だろ、近付く前に俺に捕まるんだからな」


彼の言葉に唇が戦慄く。驚き、恐怖といったものが心が犇めく。

なぜ、オブシディアンはマリアライトが分かるのだろうか。今は変化の魔法で髪と瞳の色が変わり、どこにでもいる村娘の格好をしている。何より、彼とは会ったことがないないはずだ。村娘が「マリアライト」とは分からないはずだ。


「な、なぜ、マリアライトだと」


震えた声で言えたのはそれだけ。身を屈め、顔すら近付けてきたオブシディアンは、鼻がぶつかる距離まで詰めてきた。

ギラギラとしたダークブラウンの瞳は暗がりにいることで黒曜の色に見える。


「分かるさ、お嬢さんのこともな。マリアライトと並ぶ王国の花、プラチナ・ヴァイスシュタイン。今は魔法を使って色味を変えているみたいだが、本来なら儚く輝くプラチナブロンドの髪と宝石みたいな青い瞳をしている・・・ああ、絶世の美女をこんな間近で見れて俺は幸運だ」


喉をクツクツと鳴らして笑うオブシディアン。伯爵位にある男性には思えない態度と言葉遣いに、プラチナの目尻は上がっていく。怒りを湧き上がらせることで、内にある恐怖を押し込めた。


「あなたとは、マリアライト共々お会いしたことがありませんわ」


「会ったことはなくとも見たことがある。いつも夜会で王子様達が大事に守っていたからな。見せびらかされたお前らを、俺は遠くから眺めることしかできなかった・・・王族っていうのは羨ましいね、誰もが羨む美女を権限で好きなように扱えるんだからな」


「・・・王家に対して不敬ですわよ」


「知るかよ・・・ははっ、やっぱりプラチナのほうがいいな。気が強いだろうとは思っていたが、その通りだったぜ。猫みたいに触っただけでも引っ掻いてきそうだ。躾のし甲斐がある」


邪な眼差しと含みのある言葉。吐息が肌に当たることで不快と思うが、真意を掴むために震えた唇を開く。


「なぜ、わたくし達を追うような真似を?何が目的ですの?」


ひたすら見つめてくる目が細まる。


「分からないか?散々、接触してきたのに・・・お前らが欲しいって何度も林の中にある家に訪ねただろ?」


「え・・・ま、まさか!?」


気付いたことに声を荒げれば、その唇にオブシディアンの指が触れる。形を確かめるように親指が撫で、柔らかさを堪能するために軽く押された。

触れられたことに不快感と恐怖が蘇り、声が息と共に喉で詰まる。


「ああ、そうだ。お前の侍女に何度もやられた。人身売買の組員とは気付いたよな?あいつらは俺の会社のしたっぱでね、あまりにも不甲斐ないから俺自ら『買い付け』に来たんだぜ?」


「なん、ですって?伯爵位であるあなたが、犯罪者?」


「驚いた?ああ、茶色に変えても綺麗な目をしている。パーツ売りしても高くなりそうだな」


恐怖を煽る言葉が心を抉った。触れられていることも相まって、プラチナは身動きが取れずにオブシディアンの瞳を見つめるだけ。


「人身売買なんて俺が始めた事業じゃない。これでも祖父の代から続く老舗でな。流石に王族は顧客じゃないが、貴族から金持ちの商人まで色んな奴から依頼を受けている・・・たまーに国内の有名人が行方不明になるだろ?あれは露見してしまった例だが、俺がどこぞの野郎に売った人間のことだ」


「な、なぜ、そんな」


「家業だからさ・・・お前らに関しては依頼されたわけじゃないが、売れると思ってずっと狙っていた。王室入りしたら手に入れることができなくなるから、あの卒業パーティーの夜を狙ったんだが・・・ものの見事に逃げられたな、探すのに苦労した」


「妖精と聞いて狙ったのではないのですね」


「妖精があんな自然の深度の浅い所にいるわけがない。ただ、妖精みたいな女だっていうならお前ら以外はいない。噂に目星を付けて狙ったんだが、俺の見立ては間違いじゃなかった」


ゆっくりとオブシディアンの顔が近付いてくる。このままだと唇が触れ合ってしまうと思ったプラチナは、顔を横にすることで視線と唇からも逃れた。

男の含み笑いが耳に届く。


「目当ての商品が手に入って良かった。お前もマリアライトも売り出せば欲しがる奴は多い。かなりの高値で買い取ってくれるはずだ」


彼の手が頬に触れて、指の背でゆっくりと撫でられる。感触に驚いたプラチナは、咄嗟に目を閉じてしまう。だが、か細いマリアライトの声が聞こえたことで、すぐに見開いた。間近にあるオブシディアンの顔を手で押して、彼女の姿を捉えれば、部下の一人がドレスを掴んでいた。いやらしく笑いながら、真っ青な顔で震えるマリアライトを暴行しようとしている。


「何をしているのです!止めなさい!!」


「あ?・・・おい、テメェ」


プラチナの声に反応したオブシディアンが、マリアライトへと視線を向けた。服を脱がされて胸元を晒された様子に、地を這うような声を漏らす。


「女の『検品』は俺の仕事だって言ってるだろうが!それ以上は脱がすんじゃあねぇ!そいつが逃げねぇように縛っとけ!!」


飛ばした怒声は恐ろしい言葉を発した。女性を物のように扱うのもそうだが、その意味を考えると何をするつもりなのか想像は容易い。


「けん、ぴん・・・」


怒りで険しくなった彼の顔は、プラチナを見ると和らいだ。うっとりと熱を帯びた眼差しが彼女の肌をなぞるように動く。


「商品だからな、最後まではしない。何でも感じるように調教はするが・・・なあ、処女だよな?王子の手付きにはなってないだろ?プラチナだとしても商品価値が下がってしまう」


「・・・っ」


オブシディアンは顔を近付けると、その首筋を舌でなめた。滑った温もりが気持ち悪い。不快感で胸が一杯になる。

だが、彼女は彼を見ない。瞬きすら忘れて見つめるのはマリアライトの姿。大粒の涙を流して声も出せずに震える人を見つめた。谷間を露わにされながら、後ろ手に縛られて立たされる。恐怖で立っていられないようで、縮こまった体を男に支えられている。


「マリアライトは処女じゃなくとも回復魔法が使えるから高値のままだろうが、こっちはなぁ。美人ってだけだから半値以下になりそうだ・・・やっぱり売るよりも俺が貰おうか。俺の子供を孕ませるっていうのもいいな」


届いた声は雑音でしかない。

プラチナはマリアライトを見る。彼女だけを思う。


(守らなければ・・・)


思い続けることで動くことすらままならない。その体はオブシディアンに引き上げられて、しっかりと抱き締められた。筋肉のある胸板の感触を頬に受けながら、縛るように巻き付く腕の逞しさを感じながら、マリアライトだけを瞳に映す。

力が入らないことで垂れ下がるような手に、腰のポーチが当たっていた。


「わたくし達を、どこかに捕らえるのですか?」


プラチナは、一度、視線を落としたあとでオブシディアンを見た。太陽の位置が動いたせいか、路地に光が注ぐ。彼の黒く見えた瞳も光を受けたことで瑪瑙のように見えた。


「空間魔法を使って俺の屋敷に飛ばす。呪文さえちゃんと言えば、長距離間の空間の取替えもできるんだ。妙な場所には行かないから安心しろよ?」


見下ろしてくる視線は、じっとりと顔を舐めるように動く。

不快な視線と体を包む温もり。これほどまでに最悪な気分になったのは初めてだった。ただ、もはや彼女の心に恐怖はない。  


「魔法を用いて牢獄に捕らえるということですわね」


「牢獄とは酷いな。俺は女には優しいんだ。言う通りにすれば、目一杯可愛がってやる」


プラチナの耳元を擽るように囁くと、オブシディアンは肩に手をかけて身を離す。弱って何も言えなくなったマリアライトの隣に行くように、優しい力で押された。

歯向かうつもりはない彼女は、隣り合うとマリアライトの体を抱き締める。一瞬、体が跳ね上がり、絶望と光を失った薄紫色の瞳が向けられた。マリアライトはしっかり身を寄せると、プラチナの肩に顔を乗せて啜り泣き始める。

彼女は慰めるように背中に手を回す。


「いいよなぁ、ボスは女を食い放題だ」


「高嶺の花だって言われたプラチナとマリアライトをヤれるなんて羨ましいぜ」


何て率直的で下品な言葉なのだろうか。

そういうものに疎いプラチナでさえ、公共の場で言うべきことではない卑猥な言葉だと分かる。見るからに本能に忠実そうな男達を睨む。いやらしい視線を送ってくる目に指でも突き刺してやろうか、と思うほど怒りが湧き上がっていた。


「こいつらはまだ淑女だ、品のない事を言うな」


そう言いながらも、プラチナに欲のある眼差しを向けてくるオブシディアン。

ぎりぎりと目尻の上がった目で見ても、彼は喉を鳴らして笑っているだけ。欲しいものが手に入ったと、完全に気を緩ませていた。


「じゃあな、プラチナ。向こうで大人しく待っていてくれ・・・」


手を差し出した彼の口が言葉を紡ぐ。聞いたことのない音の羅列のような言葉は、空間魔法を発動するための呪文なのだろう。

プラチナは空いている手をきつく握り締めた。決してオブシディアンの言動を見逃さないと睨み続ける。


「───・・・ははっ、これで」


詠唱が終わったのだろう。青白い光を宿した手を大きく開き、瞬間、プラチナは握り締めていた手を差し出して拳を開いた。


「なんだ?ああっ、テメェ!!」


手のひらにあるのはキラキラと煌めく無色の宝石。細かなブリリアンカットをされたダイヤモンドが、青白い光を受けると彼へと跳ね返した。

オブシディアンの位置がズレる・・・正確には空間ごとズレ始めた。


「ご自身の力に大変自信がおありのようですけど、か弱い女だと油断されましたわね。失礼、今から少々聞き苦しい発言をしますわ」


ゴホン、と態とらしく咳をしてダイヤモンドを手に包みながらオブシディアンを指で差す。


「あなた!非常に下品で不愉快な男性ですわね!魔法と顔立ちは素晴らしいのでしょうけれど、心根が全てを無駄にするほど腐り落ちていますわ!!ご一緒して大変不快でした!!金輪際、わたくしとマリアライトに関わらないでくださいませ!!」


ゆっくりと位置のズレていく彼が分かりやすく舌打ちをした。悔しがる男に、プラチナは胸を張って堂々と挑む。


「慢心からか長話されたことには感謝いたしますわ!おかげ様で、あなたのような力のある悪に対して対処ができましたの!」


手の内にあるダイヤモンドを見せる。


「こちらのダイヤには魔法が込められていますわ。強力な魔法使いに対峙した場合に・・・わたくしがそのような状況に陥るとは思いませんでしたけれど、護身と持っていましたの。あなたは力ある魔法使い様ですので、わたくしが自慢話をせずとも効果は分かりますわね?」


「俺の魔法を反射しやがったな!!」


顎を上げてオブシディアンを見据えた。勝ち誇ったような彼女に、姿がズレていく男は怒りで顔を歪めた・・・が、短く息を吐くと表情を緩める。

口元に笑みすら浮かべた彼は、プラチナへと手を伸ばした。


「お前、宝石の妖精なんて呼ばれているんだよな?確かに宝石みたいにキラキラと輝いていて欲しくなる・・・次、会ったときは覚悟しろよ?じっくり躾けてやるからなぁ」


その言葉を残してオブシディアンは消えた。反射された空間魔法で別の場所に移動した。

ホッと息を漏らすプラチナ。そんな彼女の耳にオブシディアンの部下達が狼狽する声が聞こえた。

視線を向け、ポーチの中の魔石を投げようと手を潜り込ませれば、後方の男の体が真横に飛んだ。


「え?」


何事かと目を見張れば、もう一人の男の頭に踵が落とされて地面に叩きつけられる。


「ええ??」


豚が潰されたかのような呻き声を漏らして突っ伏す男。その背後にスカートを穿いているとは気にも留めないほど、高々と右足を上げている女性が見えた。流れるような動きで足を下ろし、捲りがないように手で払いながら、プラチナ達へと歩み寄る人。


「お嬢様、マリアライト様、ご無事でしょうか?なぜか村外の絶壁に瞬間移動をしてしまい、こちらに戻ってくるまで時間がかかりました。申し訳ございません。そして、追跡者と思しき一団は全員黙らせて縛り上げましたので、ご安心ください」


いつもと変わらず淡々と報告したセラフィに、プラチナはマリアライトと一緒に抱きつく。友人の啜り泣く声を聞きながら、静かに涙を流した。

気持ちを落ち着けた後、オブシディアンの部下達を憲兵に突き出し、とりあえずは買い物もしたプラチナは早々にロッジへと帰ってきた。

リビングのソファに身を沈めるように座るマリアライトの頭を、優しくも慰めるように撫でた。泣き腫らした目を向けてきた彼女に微笑みを返し、休むように撫で続ける。

うとうと微睡んできた様子を眺めながらも、手の動きは止めなかった。


「大変なことになりましたね」


マリアライトが美しい瞳を閉ざせば、セラフィがティーセットを持って近付いてくる。

帰宅後、すぐに生地は薄いが動きやすいワンピースに着替えたことで外出するつもりはない。庭にすら出ずにゆっくり過ごそうと考えていた。

名のある伯爵が変態の犯罪者で、プラチナ達を付け狙っている。その事実に精神を擦り減っていた。 


「オブシディアン・クロイツは王子殿下達と並ぶ美形の伯爵と聞いていましたが、お嬢様達にそのような思惑を抱くなど許し難いですね。顔面の良さが内面に反映されなかったと思われます」


「・・・クロイツさま・・・おうじ・・・ヘリオドールさま」


小さく呟いたマリアライト。「大丈夫ですわ」と言葉を送りながら、背中を労るように叩く。

セラフィがポットの中の紅茶をそれぞれのティーカップに注ぐ。香り立つのは慣れ親しんだ香り。

その香りにホッとしながらプラチナは頼れる侍女に目を向けた。


「クロイツ伯爵にわたくし達のロッジの位置を知られています。このままでは襲撃は止まず、いずれは攻め落とされると思いますわ。クロイツ伯爵自らいらっしゃったらご容赦はされないようですし」


「新しい潜伏場所が必要になりますね」


「そう簡単にいきませんから問題ですわね。金銭には問題ありませんが、この辺りに家屋などなく、作る時間もない。近場というのも安心できません。ヴァイスシュタイン領ではない他の領地に移動したほうがいいですが、住居を用意してくださる領主様などすぐに見つかるはずもなく・・・困りましたわ」


「王都のヴァイスシュタイン邸に戻るという手もありますが?」


「まだ戻れませんわ、スフェン殿下が・・・王家の目がありますもの。戻ってしまったら捕まってしまいますわ」


頭に浮かんだ元婚約者の顔。一年後に結婚を控えていた彼は、オブシディアンと違って下品ではなかった。害するように本能を剥き出しにしなかった。不快な手付きで触れてはこなかった。

いつも優しくて、気遣ってくれて、プラチナの気持ちを大切にしてくれた。


(スフェン殿下・・・)


思ってしまった人。ハッとした彼女は忘れようと、セラフィが用意してくれた紅茶を一口飲んで、喉の奥に流した・・・───。

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