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外出により

柔らかな陽光が木々の合間から降り注ぐ午前。セラフィがロバ達を順々に荷馬車へと繋いでいく。

プラチナはマリアライトと共にそれを眺めていた。シンプルでレースすらない質素なドレスと飾りのない日除け帽子を被った二人。庶民のフリをできる限りしているが、肌と髪の艶やかさは勿論、美しい顔と醸し出す雰囲気から誰の目に見ても高位の女性だと隠せてなかった。

二人はそれを気付かずに、出掛けることに胸を躍らせている。このロッジは菜園はあるものの、肉は購入することで賄っていた。セラフィは騎士家であって猟師ではない。狩りは式典や大会のような催し事以外ではしたことがなく、本格的な狩猟となれば勝手が違うからだ。

つまりは、保存していた肉類が底を尽きそうであるために、プラチナ達はヴォルフスアンゲル村への買い出しについて行くことになった。


「予定はなかったとはいえ、たまには外の空気を吸ったほうがよろしいですもの!」


「ええ、村の様子も気になりますし、散策がてら見回ってみましょうね」


綻ぶような笑顔を向け合う。純粋に楽しもうとする麗しのご令嬢達。セラフィが小さく息を吐き、嬉々とする二人へと口を開いた。


「お嬢様達の喜びとなるならば幸いですが、油断はしないでください。今も狙われているのです」


「分かっていますわ。でも、わたくし達にはセラフィがいますもの!」


「頼りにしています」


プラチナが満面の笑みを浮かべ、マリアライトが信頼を寄せた言葉を送る。そうすれば、何か言おうとしたセラフィの口は閉ざされた。ロバの手綱を引いて荷馬車を移動させた彼女は、ステップの脇に控えると、プラチナへと手を差し出す。

その手に自身の手を乗せて荷馬車に乗り込み、続いて乗ってきたマリアライトと寄り添うように座った。位置は御者台の後ろ。御者となるセラフィが座ったことで、彼女の背中が見え、その足元に転がる人物も見えた。

一昨日からプラチナ達は人身売買の組織から襲撃を受けている。彼らの手が二人に届く前にセラフィが撃退して縛り上げてくれることで直接的な被害はない。彼女は結界を強化することで内部に踏み込めないようにすると、近所にあるヴォルフスアンゲル村に運んでくれている。だが、それでも襲撃者が懲りずにやって来る。今回は魔法を用いて結界を解除しようとしていたところを見つけたセラフィにボコボコ・・・黙らされたようだが、凹凸になった顔に意識はない。未だに気絶していることから、プラチナは多少心配してしまう。


「お嬢様、穢らわしい者を目に映しては青空のような澄んだ瞳が濁ります」


そう言いながら、セラフィの右足が襲撃者の顔を踏み付けた。


「まあ!意識のない方にそのようなことをしてはいけませんわ!」


「犯罪者です。清らかなお嬢様に無体を働こうとした許し難い大罪人です。お嬢様が慈悲深いゆえに、この程度で済んでいることを感謝してもらいたいくらいです」


きっぱりと言うセラフィは前を見た。彼女が手綱を操ってロバ達に指示を出すと、荷馬車が動き出す。

これ以上、襲撃者について話すつもりはないという態度。プラチナは諦めて荷台の縁に背中を預けた。横からマリアライトが覗き込んでくる。


「せめて負傷は治して差し上げたいのですけど」


「セラフィが許しませんわ・・・毎晩のように襲撃されていますもの」


悪路から荷馬車が揺れ、小石を踏み付ける車輪がガタガタと音を立てた。悠々とロバ達が土の地面を進む様子とセラフィの背中を、プラチナは眺めるだけ。

本来ならロッジから一歩も出ずに平穏な生活を送る予定だった。だが、勘違いから妖精と言われたプラチナとマリアライトをヴォルフスアンゲル村の人々は頼り、頻繁に訪れて援助を願ってくる。それを煩わしく思ったことはない。自分が救えるならと手を差し伸べ、救えたことには喜びを感じていた。マリアライトも同じ気持ちだろう。むしろ、見捨てることに苦痛を感じる節すらある。だから、手助けできることは嬉しい。

問題は、それが父親の領内にある村での騒ぎにも関わらず、犯罪者の目に留まったことだ。

妖精ではないが妖精と言われても違和感のない美しい容姿で、マリアライトに至っては回復魔法が扱える。人間を商品にする犯罪者にとっては、彼女達は喉から手が出るほど欲しい「物」なのだろう。毎夜の襲撃に執着があるとありありと分かる。


(全員、同じ組織の方々というのも恐ろしいですわ。トップにいる方が、わたくし達を認識して狙っていらっしゃるということですもの)


ガラガラと車輪が回る音。合わせて荷馬車が揺れるが、縁に寄り添い、マリアライトが隣にいることでプラチナの体は然程揺れなかった。

セラフィがいなければ襲撃者の対処はできない。武道など習ったことはなく、才能が乏しいために満足に魔法も扱えない。戦闘になれば、ただの戦利品にしかならないことに彼女は歯噛みした。


(お父様の言うことを聞いて戦闘科目を取らなかったことが災いになりましたわ。魔法使いになれなくとも剣士にはなれたかもしれませんのに・・・)


怪我を負ってほしくないと父親に止められたことを思い出す。当時は痛みに対して覚悟ができなかったことを悔やんだ。


(このようなことになると分かっていたら・・・いえ、今更ですわね)


少し落ちていた視線と気持ち。取り返しのつかないことではないと、思い直すことで浮上した。

プラチナはマリアライトの顔を見る。暗い気持ちは隣り合う親友にも伝播したようで、眉寄せた表情が映った。憂いの帯びた顔であってもマリアライトはどこまでも美しい。彼女の美しさがプラチナの心の芯となる。守らなければ、と思わせてくれる。


「プラチナ、気分でも悪くなったのですか?お顔が暗いですよ」


「そうですの?わたくしは元気ですわ!暗く見えたのは木々の影がかかったからではなくて?」


「そう、かしら・・・いえ、確かに今はとても明るいですね。いつもと変わらない素敵な微笑みです」


「そうでしょう?明るいだけがわたくしの取り柄ですもの!」


「いえ、お嬢様。お嬢様の長所は数え切れないほどあります。まずは、その笑顔の絶えない快活な心持ち。それを強調するかのような麗しくも輝くご容貌に、毅然と背筋が伸びた姿勢の良さ。体型も」


つらつらと言い出したセラフィにプラチナは目を丸くすると、マリアライトに向かい合った。お互いの顔を見合わせて笑い合う。


「セラフィさんはプラチナのことが大好きなのですね」


「まあ!これほどまでに褒められて恥ずかしいですわ!」


「私は事実を述べています。私の言葉に耳を傾けてくださる寛容さもさることながら、しっかりと指示を出す判断力も素晴らしく」


終わりない賛辞にプラチナの笑みは絶えなかった。ありのままの自分を敬愛してくれる自慢の侍女。彼女に対する信頼をより強く感じながら、褒められることへの恥ずかしさが勝ったことで制した。

主に対する賛辞を止められたことに、その主に対して振り返ったセラフィが目を細める。珍しく感情を出した彼女は「不満」と訴えていた。


「まあ、鋭い眼差しですこと!流石は騎士家の子女ですわね・・・そんな忠義ある騎士様にお願いがありますの。わたくしに剣術を授けていただけません?」


「プラチナは護身を学ばれるのですか?では、私もご教授賜りたいです」


「・・・お二人はこれ以上の高みに行かれるつもりですか?」


呆気に取られたセラフィが呟くと二人は声を上げて笑う。華やぐ乙女の可愛らしい笑い声は、整備された山道に響き、気絶していた襲撃者の意識をも浮上させようとした。だが、しっかりとセラフィが顔を踏み付けたことで、再びその意識は落ちていった・・・───。






───・・・荷馬車に揺られて十五分ほど。快適とは言えない乗り心地だったが、道中の談笑を楽しんだことで苦にはならなかった。

ヴォルフスアンゲル村の正門に着いたプラチナは、セラフィの手に支えられて荷馬車から降りる。次いで降りたマリアライトと共に、石壁に覆われた村の様子を眺めた。大きな石を積み上げて築かれた壁は、強固と言い難いが境界とするならば固く、普通の獣ならば侵入など出来ないだろう。門から見える内部の様子は、質素ではあるが煉瓦造りの家屋が並び建っている。

治安のいいヴァイスシュタイン公爵領だからか、村はそれなりに栄えて見えた。


プラチナはマリアライトを見る。妖精と有名になってしまったことで、彼女に変化の魔法をかけてある。どこにでもいる焦茶色の髪とライトブラウンの瞳をした美女は、その髪を緩く三つ編みにしていることで素朴な村娘に見えた。自身も同じ色合いに変え、ウェーブがかった髪は結い上げてある。二人揃ってどこにでも溶け込める村娘になっているはずだ。

それはあまりにも楽観的だと彼女たちを知る者が見たら思うだろう。そんな人目を引く美女二人に、セラフィは言葉を送る。


「お嬢様、そのままお待ち下さい・・・・・・ふっ、見た目の割には軽いですね。鍛え方が足りないのでは?」


後半は肩に担いだ襲撃者に向かっての言葉だろう。黒ずくめの彼を正門前に投げ捨てると、彼女はプラチナ達へと近付いて並び立つ。


「あの、犯罪者の男性は大丈夫でしょうか?少々というか、かなり乱暴な扱いだと思います」


「あの程度の扱いで死ぬなら使い物にならないほどの軟弱者です。自然に居ても淘汰されるような者ですので、マリアライト様はお気になさないでください」


心配そうに襲撃者を見つめるマリアライトに告げると、セラフィはプラチナへと手を差し出した。


「状況から仕方なくお嬢様達にご足労をかけました。すぐに買い物を終えますから、離れないようにしてください」


「分かりましたわ」


プラチナはセラフィの手を取り、マリアライトの腕に自身の腕を絡めた。目を瞬かせる彼女に笑みを見せると、セラフィに手を引かれたことで歩き出す。


「まあ・・・なんというか、児童の引率の様ですね」


「わたくし達が児童ですか?確かにセラフィから見たら児童と変わりないですわ」


ふっと息を漏らして笑う。セラフィに手を引かれながら進み、マリアライトと身を寄せて正門へと歩いて行く。


「セラフィさん、襲撃者の男性はあのままでいいのですか?」


「はい、門番がいますから引き取るように話しておきます。あちらも同じタトゥーをした者だから分かるでしょうし、お嬢様の手紙があるので対処に関しては問題ないでしょう」


「そうですわね!」


胸を張って高々に言うプラチナ。

最初の襲撃者から此度の襲撃者まで、ヴォルフスアンゲル村の人々が驚かないように手紙を持たせてある。気絶している当人には分からないが、ポケットに忍ばせた「人身売買の組織の方です、捕まえてください」という文章があれば、読んだ人々は困らないだろう。早急に村の牢屋に投獄してくれるはずだ。

自信満々と背筋を伸ばしたプラチナはそのまま正門を潜った。門番とセラフィが話し、鉄兜を被った彼らがプラチナとマリアライトを見る。不審者ではないと微笑めば、突如と彼らは胸を押さえて顔を伏せたが、入村は許可してくれた。

セラフィの手が離れる。それでも「着いてくるように」と目配せをされ、マリアライトと並びながら石畳の道を進んでいく。


「・・・栄えていますね」


呟くように言ったのはマリアライトだった。ヴォルフスアンゲル村は、外観から得た様子と変わりない。煉瓦造りの家屋に石畳で舗装された道。猟師の村らしく、厚手の革の軽装を身に着けた弓や剣を持つ男女とすれ違うことが多い。石を組んで作られた階段も設けられて、下部に広がる平地には畑が作られている。農業も服装から猟師達がしているようだった。その畑の向こうには草地があり、子供達が駆け回っている様子も窺えるが、その先にある石壁の向こうには密集して生える木々が見える。

人口こそは少なく見えるが、設備や狩猟道具、農具を見れば山間部の村としては発展していると分かる。連日訪れる村人達の様子からも分かっていたが、飢えと災害には無縁だと感じた。

唯一懸念点だった獣害も、石壁に埋め込まれたクリスタルの輝きから大丈夫だとプラチナは理解する。


(魔物の討伐こそはされていませんが、これならば内部に侵入されないでしょう。良かったですわ)


「自然と調和のある素敵な村ですね」


「ええ、そうですわね」


微笑みを向けてきたマリアライトに笑みを返す。高貴な身分でなければ、非常に住みやすい村だと感じた。身分さえ平民になれば、このまま暮らしてしまいたいほどに。


「この村で生活するのも良い考えだと思いません?」


「まあ、それも素晴しいですね」


「いえ、駄目です。お嬢様達は気品と美しさがどうしても隠せません。高位の女性だとすぐに気付かれて注目の的・・・それで済めばいいですが、人身売買の組織に狙われているので、防衛地としては相応しくない村内に移住するのはよろしくありません」


すっぱりと言いながらセラフィは振り返った。反論の余地もないと、プラチナは落胆して溜め息を漏らす。


「名案だと思いましたのに」


「お嬢様はご自身に対して客観視をお持ちください。貴方もです」


「そうですか?」


首を傾げたマリアライトにセラフィは肯定と頷く。


「先ずは周りを見ることからです。妖精と勘違いされる美貌の方々はどんな目を向けられるか、分かると思いますよ」


その言葉にプラチナは落ちた視線を上げる。隣のマリアライトへと一旦目線を向けると、彼女からも視線が向けられていた。お互いに分からないと首を捻り、周囲に視線を向ける。

そうすれば、すれ違う人々全てから視線が向けられていると気付く。悪意や敵意ではなく、驚いた顔や恥じらうように顔を染めた様子。感情こそ分からないが、瞬きすることなく凝視してくる人もいた。

つまりプラチナとマリアライトは目立っている。どこにでもいる村娘の姿をしているのに、誰も彼もが彼女達を見つめていた。


(う〜〜〜〜ん、人を見つめるなど不躾ではありますが・・・わたくし達が見ず知らずの部外者ゆえに気になったと思えば)


「部外者だから見つめられているわけではありませんよ。お嬢様達があまりに人間離れをした美貌ですので、注目されるのです。何をしても人目につく方々が小さな村で暮らせると思いますか?」


心を読まれたようで驚いてしまうが、まじまじと見てくるセラフィにそれを聞き返すことはできなかった。本当に心を読んだと言われれば、彼女に対して恐ろしさを感じてしまう。

知らない方がいいこともあると、それに関して追求は止めた。


「王都では、これほどまで見られることはありませんでした」


「王都だからです。お二人は有名ですから不躾に見る者も少ない。危害を加える者も、その場を守護する騎士や兵士が動きますので手出しはできません」


「確かに、夜の繁華街に繰り出しても騎士様達の目がありましたわね」


「ご自身のことを少しは理解していただけましたか?本来なら、このような山間部にいるべきではないとも分かりますね?」


「ええ、存在が浮いてるように感じますわ」


苦笑すれば、マリアライトも同じように笑っていた。そっと耳元に口を寄せた彼女は「これでは気軽にお買い物もできませんね」と小さな不満を漏らす。それに鼻を鳴らして笑うが、ふと強い視線を感じた。

夫婦と思しき猟師達とすれ違う間際、彼らから向けられる熱の籠もった眼差しに隠れかけていた突き刺さるような鋭利な視線。奥の、薄暗い路地から向けらているとプラチナは視線を向ける。そこには金属の胸当てなどを身に着けた屈強な数名の男達と、そんな彼らを従えるように佇む若い男が見えた。

マリアライトに負けない艷やかで短く切られた黒髪。ダークブラウンの瞳は鋭くも、プラチナの動きを追っている。その顔はスフェンに並ぶくらい非常に整っていて、スタイルすらいい美青年だった。黒いマントに隠された黒い衣服は上質な礼服に見える。着崩しているせいではっきりとは分からないが。


(・・・どなた?)


知らない男から向けられる鋭い眼差し。執着するかのように視線を外さないことに理解が及ばない。


(いえ、わたくしではなくマリアライトを見ているのかもしれませんわ。お知り合いの可能性が・・・あのように鋭く睨み付ける男性が、マリアライトのお知り合いですの?)


思ったことに自問自答をする。

考え込むプラチナにマリアライトが心配そうに覗き込み、僅かに先行くセラフィが立ち止まった。


「プラチナ?どうかされました?」


「いえ・・・マリアライト、あちらの方」


「お嬢様達は私の背後に」


問いかけに答えようとすれば、睨み付けてくる男から庇うようにセラフィが立ち塞がる。

離れたところにいる彼は、その動きに何故か吹き出すと、黒い手袋を填めた手で口を押さえながら歩み寄ってきた。

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