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スフェン視点

───・・・王城、ヘリオドールの部屋。

部屋の中央に置かれた円卓には、蔦細工の彫刻が彫られた銀の盆があった。水で満たされたそれに、ヘリオドールは無骨なデザインの金の指輪をはめた右手を翳す。指輪には小さな石が填め込まれているようで、仄かに光っていた。並び立つスフェンはその光景を静かに眺めているだけ。

銀の盆の水にインクが溶け込んだような影が踊る。それは渦を巻くように動き、線となって伸びて図面となった。地図だと分かったスフェンは、円卓に手をついて覗き込む。


「マリアライトは私を愛しているから贈り物も大切に扱っていた。特に最初に贈ったマリアライトのペンダントをな。名を同じくした宝石ゆえに彼女は気に入って、肌見離さず身に付けていた・・・宝石には位置を知らせる魔法が宿っている。私のこの指輪と水があれば、どこにいても分かる」


「兄上の犯罪者的な思考は褒められたものではないですが、今回は役に立ちましたね」


自慢そうに教えてきたヘリオドールに正直な言葉を放った。彼の目は水に浮かんだ地図だけを映す。

近くに湖のある森林地帯。少し離れた位置には村があるようで、脳内にあるヴァイスシュタイン公爵領の地理と照らし合わせれば、山間部手前の緑地帯だと分かった。


「犯罪者的な思考とは何だ。妻の所在を知るのは夫の義務だろう」


「何と言うか・・・前向きで何よりです」


会話はしても目は地図から外さない。浮かんだ地図にある湖と村の中間部分が光っている。淡い紫色の光はマリアライトの位置を示しているのだろう。

ヘリオドールも指で示し、濡れても構わないと指先すら浸けた。その動きに波紋が広がっても地図は形を失わない。


「私のマリアライトに対する愛のお陰で、お前のプラチナ嬢も見つかったのだ。少しは感謝をしろ」


「それはありがとうございます」


「感情のない言い方だな・・・まあ、いい。この場所がどこか分かるか?」


その言葉に、スフェンの黄緑色の眼差しがヘリオドールに向けられた。他者が見たらその鋭さに震え上がるだろうが、実の兄は不敵な笑み絶やさずに睨み返す。


「公爵領で湖のある緑地帯だとボーデンロズ湖周辺になります。そうなると、この村はヴォルフスアンゲルでしょう。公爵領は道の整備も行き届いているので、村までは簡単に行けます。問題は位置を知らせる光のある場所・・・林の中のようですが、この辺りは獣が多い。魔物も複数回発生をしています。おそらく、自然豊かなことで土地に宿る魔力量も多いんでしょう」


「それは、我々の婚約者達の身に危険が及ぶと?」


「いえ、恐らくは手練れの護衛を連れていると思います。それに、プラチナが対処不可能な危険な場所で潜伏するわけがありません。地図と公爵領の土地の権利を照らし合わせてみます」


手にした本を開いてページを捲る。ユークレイスから借りた公爵領内の土地権利書の写しだが、優良な情報が記載されていた。


「この辺り、光っている位置周辺の土地の権利者はプラチナです。今から三年前に公爵から買い取っています。つまり、彼女はこの場所で暮らすために当時から設備を用意したはすです。下調べも済ませる時間はあったので、今は潜伏する場所として適切な状態だと思います」


「用意周到だな・・・それほどお前から逃げたかったのか」


「やはり無駄口をたたく兄上には口などいらないのでは?」


切り裂いてやろうと風の魔法を発動しようとすれば、ヘリオドールは笑い、スフェンの手に自身の手を乗せた。触れられた嫌悪感から兄の大きな手を振り払い、そのせいで魔法の発動が中断される。


「冗談だ、気にするな・・・とにかく、愛しい婚約者達の場所は分かった」


ヘリオドールが水に付けていた指先を離す。その動きで大きな波紋が波立ち、地図をかき消した。


「迎えに行かなければな」


「今から向いますか?」


「無論だ」


歩き出したヘリオドールの大きな体を追う様にスフェンは続く。だが、部屋を出る前に思い出したことがあった。兄の背中に言葉を投げる。


「そう言えば、兄上。オトメゲームノアクヤクレイジョウの出どころが分かりました。コルミナ男爵令嬢のシエルからです。彼女がプラチナとマリアライト嬢に接触した姿が目撃されています。それぞれ場所は違いますが、その際にアクヤクレイジョウと煩く喚き散らしていたそうです。マリアライト嬢のときにはオトメゲームノアクヤクレイジョウとも言っていたので、アクヤクレイジョウとは略称でしょうね」


ドアノブを掴んだヘリオドールが立ち止まり、振り返る。剣呑な眼差しを向けられたのがスフェンでなければ、恐怖で立つこともできなかっただろう。


「その長ったらしい名称には辟易とするが、略称はアクヤクレイジョウか・・・そのままの意味とは限らないが、悪役と言っているな?その女は私のマリアライトを悪だと言いたいのか?」


「知りません。ただ、シエルからプラチナ達に伝わり、自分達が魔物だと思ったのでは?プラチナはともかく、マリアライト嬢はガラス細工のような非常に脆い心の持ち主だ。魔物と言われて耐えられるわけがなく、傷付けてしまうから人の側にもいられないと逃げ出すことにした。そう想像するに容易いですよね。マリアライト嬢は単純ですから」


「言葉に毒を含ませるな、マリアライトが聞いたら傷付くだろう」


スフェンの言葉にヘリオドールは思案したようだった。口元に手を当てて考えているようだが、その目の鋭さは失せない。彼はスフェンから僅かに視線を外すと、冷たく言い放った。


「シエルという女は捕縛しろ。罪状は次期王太子妃に対する不敬罪だ。そのアクヤクレイジョウとやらも拷問でもして吐かせておけ」


「分かりました。憲兵と拷問官に指示を出しておきます」


「見た目はどのようなものか分かるか?」


スフェンは笑いそうになった。

彼はシエルを知っている。自分にうっとおしいほど絡んできたアカデミーの女子生徒で、それは兄も同じだった。シエルがヘリオドールに纏わりついていたのは一度や二度のことではない。名乗ってもいたはずだ。

それなのにヘリオドールは彼女が分からないと言う。恐らく記憶するほど興味がなく、無価値なものだったのだろう。


「兄上は素晴らしい記憶力をお持ちだ。思わず、感心してしまいました」


「・・・嫌味を言っているのか?」


「いえ」


ふっと息を漏らすことで笑いそうな口元を引き締めた。

スフェンはヘリオドールに近付く。それが合図になったことで、扉を開いた彼に続いて部屋を出た。


(プラチナに会える、早くプラチナを捕まえなければ・・・もう絶対に逃さない・・・)


それだけが彼の思考を満たしていった・・・───。

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