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二人の妖精

「道に迷わられた方々?」


何かを探しているような会話が聞こえる。少々、切羽詰まっているようでプラチナは心を寄せてしまう。


「分かりませんが、ご対応は控えたほうがよろしいかと。お嬢様は世を忍ばれているのですから、人目に付くようなことは止められたほうがいいと私は思います」


「そうだとは思いますけれど、見て見ぬふりはできませんわ」


淡々と表情なく答えたセラフィの考えに賛同はできるが、周辺から離れない様子に緊急性を感じた。

プラチナは手にしていたフォークを皿に置き、マリアライトを見た。彼女は頷くと腰を上げる。


「迷子になられたのなら大変です」


「ええ」


プラチナも席を立ち、ロッジを囲う蔦の塀にマリアライトと一緒に向かう。セラフィもついて来たことを確認した彼女は、躊躇いなく門から出た。


「あっ、本当にいたわ!」


「え?」


そして姿を現すと共に向けられた大声に驚き、草を掻き分けて近付いてきた四人の男女の迫力に押される。突然のことで一歩下がったプラチナの体はマリアライトに当たり、彼女に背中を支えられた。ずいっと体を前に出したセラフィが、プラチナ達と男女の間に入る。


「判断するに私の主をお探しの様子ですが、何用ですか?」


無表情の侍女に男女は気圧されたようだが、一人の女性が小さな子供を抱き上げているのが見えた。右腕に怪我をしているようで包帯を巻いている。しかし、じんわりと血が滲んで痛々しかった。

子供の様子に気付いたマリアライトが女性に近付く。顔面蒼白だった女性は、駆け寄った彼女に対して安堵しているようだった。


「ああ、妖精様!お願いします、この子を救ってください!!昨日の夜、獣に襲われて村の医師には診てもらったんですけど傷が塞がらなくて!!」


「まあ、これは呪いが・・・この子のお母様ですね?大丈夫ですよ、解呪と治療をしますから安心してください。プラチナ、ロッジに連れて行ってもいいですか?」


「勿論ですわ、こちらに」


手で指し示せば、マリアライトに続いて親子が隠蔽されているロッジに向かう。プラチナも続こうとしたが、他の男女に囲まれて動けなかった。

セラフィが彼らとの間に入って制してくれなければ、揉みくちゃになっていただろう。


「ああ、妖精様が人里の近くに住まわれるなんて」


「言い伝えに違わぬ美しさだ、正しく妖精だな」


「あの子達は黒髪の妖精様が癒やしの妖精だと言っていた。こちらの白金の髪色の妖精様は宝石の妖精か?」


縋り付く眼差しにたじろぎそうになる。だが、彼らに悪意はないと分かったプラチナは踏み止まった。何か助けが必要なのだとも感じ取る。


(妖精扱いは気になりますけれど)


胸を張って真摯に対応しようと心に決めた。


「あなた方は如何されたのですか?わたくしに相談がありますの?」


「はい、妖精様。我々はヴォルフスアンゲル村から来た者ですが、以前より獣害が頻発していました。狼によるもので、猟師である我らは先祖からの技で対応していたんです」


「しかし、狼の群れに変化が起きたようなのです。リーダー格が変わり、それが魔物化した大狼なのです。魔力と知性を得たことで被害は格段に増しました。死者も出ています」


「二日ほど前に村の子供達から妖精様に救われたと聞きました。獣を避ける宝石も授けられたと知り、我々は居ても立ってもいられずに妖精様の元に来たんです」


説明を受けたことで納得できた。以前救った子供達が村人にプラチナ達のことを話したのだと。妖精だと間違った情報が広がっているようだが、彼らが助けを求めてやって来たのは間違いない。


「分かりましたわ、とりあえず負傷したお子様はマリ・・・マリーが治すでしょう。わたくしの魔除けの宝石で良ければお渡ししますわ。わたくし達の住居へどうぞ。ここでは獣が見ているかもしれませんもの」


堂々とロッジに案内をする。周囲を警戒するセラフィを連れ立って進むプラチナに村人達はついて行き、隠蔽のための低木群に接触することを躊躇いつつも、足を踏み入れた。


「本当に家があるわ!」


「妖精の領域に入ったんだ!」


歓喜の声を上げる彼らに振り返ったプラチナは、ロッジの中に誘導した。セラフィが開け放った扉を潜り、彼らをリビングのソファに座らせる。そして、仕事部屋となっている私室に戻って転送装置を動かした。


─── 獣避けや魔除けの魔法を宿したクリスタルを全て転送してください ───。



そうした内容のメモを工房に転送すると、すぐに何十ものクリスタルが転送された。プラチナは全てを長方形の木の化粧箱に並べると、リビングに戻る。


「ああ、ありがとうございます妖精様!娘の怪我がすっかり塞がって、よかっ、よかった・・・ああ、本当に!」


途中、感極まった女性の声が聞こえた。マリアライトが解呪と治療を終えたようで、聞こえた声色から成功したのだと分かる。


(良かったですわ)


ほっとした彼女は、ソファに並んで座る村人達の正面に立った。ローテーブルに宝石箱を置いて、魔力を帯びて煌めくクリスタルを見せる。


「獣避けと魔除けの魔法が込められたクリスタルですわ。必要数が分からず、所有しているもの全てを用意しましたの。こちらは持つだけで効果がありますから、是非お持ちになってくださいませ」


「ああ、こんなに・・・いいんですか!?」


「勿論ですわ・・・ええっと、わたくしが用意をしましたが、こちらは・・・素晴らしい魔法の才能がある妖精達から譲っていただいたものなのです。わたくしはただの仲介ですので、わたくし自身の力では」


「ありがとうございます、妖精様!」


「これを村の周辺に設置すれば獣害も減るな。妖精さん、ありがとうございます」


自身の成したことではないという後ろめたさから告げたが、村人達は気にしなかった。むしろ誰の魔法によるものなど、どうでもいいのだろう。妖精と思っているプラチナから授けられたものだからこそ価値と力があると思っている。


(嘘をついたことでかなりの勘違いをされていますわ。訂正をしたほうが・・・いえ、でも)


階段を降りる足音が聞こえた。マリアライトが親子と共に降りてきて、子供を抱く母親に何度も感謝をされている。


「治ったみたいだ、良かった」


「妖精様が近くに住まわれて本当に良かったわね。人の身で回復魔法が使えるのは王都にいるマリアライト様だけだもの。お呼びになっても時間がかかっていたわ」


(妖精でないのなら回復魔法を使えることに疑問が持たれ、マリアライトだと気付かれてしまいます。そうすれば騒ぎになり、王子殿下達にまで届いてしまいますわ)


バレてはいけない。プラチナは罪悪感を得ながらも、それを飲み込むことにした。妖精も魔物も、魔力がある時点で似たようなもの。発生も存在意義も全然違うが、似ているのだと思うことで納得した。


「・・・あなた方のお力になれたのなら幸いですわ」


「道中、お気を付けて」


感謝をし続ける村人達を見送った二人。怪我が癒えたことで控えめに手を振る子供にほっこりしつつ、彼らの姿が見えなくなるまで見送った。

人々を騙しているとは思ったが、口を噤むことしかできない。手助けできたことを喜びを感じて静かな日常に戻るつもりだった。


だが、次の日も別の村人達が来訪した。やって来たのは病人を連れた夫婦と猟師の男性。病人は、アカデミーで薬学を修めたマリアライトが林に生えていた薬草を煎じて処方した。猟師は方向感覚に不安があるらしく、プラチナが導きの魔法が込められた宝石を手渡した。

そして、次の日も別の村人が来訪して、他の町からも来訪者がいた。ヴォルフスアンゲル村では既に有名になっているようで、その町の人は村人から話を聞いたようだ。彼らの要望も叶えた二人。そして、また次の日も人々が妖精の助力を求めてやって来た。


「私達、妖精ではなく魔物なのですが・・・」


「彼らの中では妖精になってますのよ」


ふっと息を漏らしたプラチナは、お茶を共にするマリアライトに向かって苦笑をした。リビングでゆったりとお茶会をする二人は、妖精に助けを求めてきた人々の対処を終えたところだった。


「私のせいですね。あのときの少年達に対しては適切な対処だと思いました。今はお嬢様とマリアライト様に大変な労力を負わせてしまったことになってしまい、浅はかな判断だったと思っています。申し訳ございません」


頭すら下げて謝罪をするセラフィにプラチナは笑みを向ける。


「このような状況になるとは分からなかったのですから、仕方ありませんわ。セラフィも気にしないように」


「ええ、人々のお役に立ててるのですからね。喜んでいただけているのは嬉しく思います」


満ち足りた様子のマリアライト。視線を向けたプラチナも頬を緩ませた。


(そうです、人のお役に立てるのは悪いことではありませんもの)


お気に入りのティーカップに注がれた好きな銘柄の紅茶。その香りと味を堪能して、プラチナは気を緩める・・・───。






───・・・その夜、彼女は持ってきたヴァイオリンを庭で軽く演奏していた。手習いから習慣となっている演奏を聞くのは、ロッジの中にいるマリアライトとセラフィ。あとは植物と虫、鳥獣くらいだろう。近くとはいえ、ヴォルフスアンゲル村には届かない。プラチナが奏でる澄んだ音色は、夜の闇に響いてゆっくりと溶けていく。


(・・・スフェン殿下はわたくしの演奏を喜んでいましたわね)


プロでもないのに。いつも好んで聞き入ってくれた元婚約者を思い出す。


(元、ですわよね。流石に辞退は受け入れてくださったはずですわ)


最近、スフェンのことが脳裏にチラついて仕方がない。側にいたときは離れたかったのに、いざ会えなくなると寂しさを感じるようだった。


「何年も共に過ごした方ですものね・・・」


そう呟くと、また一曲奏でようとした。だが、いつの間か庭にやって来たセラフィが足早に近付き、プラチナの前に立つ。


「どうかしましたの?」


背中を見せる彼女の様子にヴァイオリンを肩から下げた。いつものセラフィとは違う。ピリピリとした緊張感めいた圧を感じる。


「お嬢様、ロッジまでお下がりください」


そういうと黒いお仕着せの裾をはためかせて、彼女は塀の向こうへと駆けて行った。

プラチナは後退してロッジに向き直る。心配そうに表情を曇らせたマリアライトが目に映った。彼女へと歩み寄り、体ごと寄せる。

瞬間、男の叫び声が聞こえて衝突音が響き渡った。肩を跳ね上げた二人はお互いの体を抱き締め合う。


「・・・何事でしょうか」


「わ、分かりませんわ。ただ、セラフィが何かを感じ取って出て行きました。もしかしたら彼女が何かしらの対処したのかも」


「きゃあっ!?」


マリアライトが声を上げる。それにプラチナは驚いたが、彼女の薄紫色の瞳が向かう先を見た。

誰かが近付いてくる。何か大きな物を片手で引き摺ってくる人影。黒いそれに息を呑むが、ロッジの照明の光に照らされたことでセラフィだと分かった。

ほっとして体の力を抜いたプラチナだったが、彼女が引き摺る人物に身を硬直させた。誰かは分からないが、厳つい大男だった。筋肉逞しい男は、白目を剥いていることから気絶しているのだと分かる。


「・・・そちらの男性は?」


気絶しているとはいえ、得体の知れない男に対して喉が震える。セラフィはそんなプラチナに向かって、いつも通り淡々と答えた。


「悪漢です。刃を手にして不法侵入をしてきたので対処しました。これは確実に言えますが、お嬢様とマリアライト様に危害を加えようとしたのでしょう」


「・・・まあ」


マリアライトが声を震わせる。恐怖を感じている彼女に、同じく恐怖を得ているプラチナは背中を撫でることで慰めた。

自分よりもマリアライトだと、安心させなければと優しく労る。


「ありがとうございます、セラフィ・・・そちらの方が何故わたくし達を知ったのか、危害を加えようとしたのかは分かりませんが、あなたのお陰でわたくし達は無事でいられました」


「お嬢様達をお守りするのが私の役目ですので・・・しかし、この男の企みは知らずとも、なぜお嬢様達を知ったのかは予で想像できます」


セラフィは軽く腕を振っただけだが、掴まれていた男はプラチナ達の目の前の地面に叩きつけられた。それでも起きないことに安心しながらも様子を窺う。


「お嬢様とマリアライト様は、ヴォルフスアンゲル村から妖精として慕われています。この男はその話を聞きつけて、お二人を見つけようとしたのでは・・・どうやら、人攫いのようですし」


セラフィは男の体を蹴り上げた。うつ伏せから仰向けになり、彼女は鍛えられた腕を眺める。


「腕に彫られたタトゥーに見覚えがあります。人身売買の組織に属する者のマークです」


マリアライトが息を呑むのが分かった。プラチナはその腰に手を当てて優しく、手のひらで叩く。


「妖精だと言われたわたくし達を捕らえて売るつもりでしたのね」


彼女は寄り添うマリアライトに顔を向けた。顔の色を失うほど不安に思っている様に微笑みを向ける。少しでも安心してほしかったからだ。


「大丈夫ですわ、マリアライト。わたくしとセラフィがいますから」


「え、ええ・・・」


深い溜め息を漏らしたマリアライトは、プラチナの体を抱き締める力を強めた。彼女の支えになるように笑みは絶やさない。


「その悪漢の方はどこのどなたか存じませんが、縛り上げてヴォルフスアンゲル村に届けましょう。駐在の憲兵が対処してくださいますわ」


「分かりました」


「ただ、一人とは思えませんわ。組織の構成員ならば、仲間がいるはずですもの。また襲撃されないようにロッジ周辺に結界を張りましょう。わたくし達に悪意を持つ者を弾く結界ですわ。そちらもセラフィに任せてもよろしくて?」


「勿論です」


素早く一礼をしたセラフィに頷くと、プラチナはマリアライトを見上げた。少し顔色が戻ったことに安堵をして、言葉を続ける。


「マリアライト、どこにでも悪はいますわ。ここではわたくし達だけですもの、お互いで協力して身を守りましょう」


「・・・ええ、そうですね」


何とか声を出したマリアライト。復活の兆しが見える友の背中を押して入室を促した。

一瞬、プラチナの脳裏にスフェンの顔が浮かぶ。ただ首を横に振ることで、浮かんだ人を振り切った。元より頼ったことはないし、もはや頼ることはできない。


(二度とお会いすることは出来ないのですから・・・)


だが、彼がいたのならば守ってくれたかもしれない。そうとしか思えない。ずっと側にいた婚約者だからだ。

そう分かっても、会うことすらできない人を思うには何もかもが遅かった・・・───。

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