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ヴァイスシュタイン公爵と対面

スフェン視点

───・・・アカデミーの教室。

卒業式を終えて数日経つと、在校生は新学期まで短期休暇となる。貴族の子女である彼らは、親と共に領地へ戻る者もいるが大半は王都で過ごす。一週間ほどの休暇に過ぎないことと、社交や学習において王都以上に相応しい場所がないからだ。

短期休暇まであと二日。クラス担当の教師がホームルームを終えると、生徒達は帰り支度をする。指定の鞄に教科書を詰めて走り出す者、友人と談笑する者。教師に話しかけて授業内容の確認をする者など様々。

その中でプラチナブロンドの美しい髪を持つ男子生徒は、席に座ったまま窓の外を眺めていた。人を惹き付ける麗しい容貌の彼は、無造作だが鞄を机に置いていることで、帰り支度は済んでいるらしい。宝石のような美しい青い瞳を外に向けているのは、迎えの馬車を待っているのだろうか。

少し離れた席にいるスフェンは、その微動だにしない男子生徒ユークレイスを眺めていた。プラチナのこともあってか距離を置いた対応をする「友人」。声をかけるだけでも用事があると逃げる彼は、帰宅の時間で気が抜けていた。

スフェンは目を細める。近くにいた生徒から悲鳴が漏れた。冷めた表情と心を持つ王子に恐怖を感じたようだが、鋭く睨みつけて黙らせる。

彼はユークレイスが気付かないことを幸いに、足音を立てずに近付いた。


「やあ、ユークレイス。ぼんやりとしているようだが、大丈夫かな?今日の授業で分からないところでもあったとか?」


「!!」


背後から話しかければ、手本のように綺麗に肩を跳ね上がる。胸を手で押さえたらしいユークレイスがゆっくりと、恐る恐る振り返った。

艷やかで儚さのあるプラチナブロンドと吸い込まれそうな澄んだ青い瞳。愛するプラチナと同じ色を持つ青年は、彼女に似た顔を歪めた。


「お前、驚かせるなよ」


「ああ、それはすまない。久し振りに君と話すからね。声のかけ方を忘れた」


「・・・昨日も話しただろう?本当に性格が悪い」


不愉快と眉間に皺が寄る。物言いからもスフェンに好意的とは思えないが、ユークレイスは彼の幼馴染みである。幼児の頃より同じ家庭教師から合同で授業を受け、アカデミーに入ってからもずっと同じクラスだった。王家の意向から、いずれは第二王子の側近として在るように意図的に学友とされている。スフェンは早々に気付いたが、ユークレイスは分からない。頭の回転が速く、察しもいいから気付いているとは思う。そんな彼があまりに気安い態度を取っている。

幼馴染みだから、というよりは煩わしいと思われているのかもしれない。スフェンとユークレイスは本質的に合わないからだ。


「昨日のは会話と言えない。学食に行くか否かの確認だろう?」


「十分に会話だ・・・全く、お前は」


続く言葉は「面倒な男だ」だろう。そのまま口を閉ざしたことで声は聞こえなかったが、気持ちは理解した。

そう、スフェンは自分のことを理解している。プラチナという唯一の人のことなら、行動も思考も惜しまないと。


「迎えを待っているんだろう?それなら一緒に帰らないか」


「・・・うちのは乗合馬車じゃない。王城に行くわけがないから他を当たってくれ」


「そんなつもりじゃないんだ、ヴァイスシュタイン邸に行きたい」


スフェンは机に手をかけることで、ユークレイスの体に被さる。同じような背丈と体格だが、座っている彼は簡単に背後を取られた。彼は不快だと上体は離すものの、正面からスフェンの目を見てしまう。熱のない冷え切った眼差しを、眼鏡の奥から向けていると分かっただろう。

居心地が悪そうに視線をそらされた。圧にも押されたのか、体が小さく見える。


「姉上は、いないぞ」


「知っている、何度も聞いた。静養だか、行楽だか、仕事だか知らないが外出しているんだろう?ああ、卒業式の日から婚約者に会えなくて寂しいよ・・・」


言いながらもユークレイスを睨み付ける。僅かな怒りと心を揺さぶるための眼差しだが、彼は溜め息を漏らして額に手を当てた。どう返そうか考えているらしい。


「・・・それなら、うちに来ても意味がないな」


スフェンを刺激しない言葉を選んだらしいが、逃がすつもりはなかった。


「意味はある。ヴァイスシュタイン公爵はいるだろう?彼と話がしたいんだ。僕らの今後にも関わる重要な話がね」


「・・・俺を使わなくても通達をして『話し合い』の席を設ければいい」


「無理なんだよ。僕からの手紙は無視されるし、王城で会っても取り次いでくれない。完全に僕のことを遮断している・・・君の父親は不敬極まりないな。王子に対する態度じゃないよ?」


「それは・・・」


なにか言い返そうとして口を閉ざす。ユークレイスの青空のような瞳は泳ぎ、スフェンを視界から消そうとしているようだが、彼は顔を動かすことで視界内に入る。

ユークレイスは目が閉じそうなほど顔を顰め、スフェンの胸を肘で押し退けた。


「おや、不敬だね?」


「適切な距離を保て、近距離で威圧をするな・・・はあ、姉上が逃げなければこんなことには」


ユークレイスの言葉の後半は小さな呟き程度の声量だったが、聞き逃さない。


「考え方を変えないか?プラチナが戻ってくれば僕に絡まれることはないって」


「貴き王子が絡むとか言うなよ・・・」


チラリと青い瞳が外を見た。そうすれば、安堵と息を漏らしたユークレイスは椅子から腰を上げる。間近にいたスフェンは、素早く動いたことで体がぶつかることはなかった。名残惜しむことなく歩き始めた彼の後ろについて歩く。


「ついてくるな」


「ヴァイスシュタイン邸に連れて行ってくれたら喜んで離れるさ。僕だけだと屋敷内にも入れないからね。友人の助けがいる」


「友人なんて思っていないだろう・・・」


ため息交じりに言ったユークレイスは玄関の前まで足を進めると、立ち止まって振り返る。


「姉上は快活で華やかな人だが、男運が悪すぎる。太陽に手を伸ばす夕闇みたいな男に好かれて可愛そうだ」


「・・・闇を払おうと言っているのか?」


「まさか、俺まで巻き込まれたくはない」


スフェンが並び立てば、ユークレイスは一度視線を送って歩き出した。二人は止まっていたヴァイスシュタイン家の馬車に乗り込むと、向かい合って座る。


「今の時間なら父上は執務室にいる。そこまで案内しよう」


「ありがとう」


「いい加減はぐらかすのも疲れた。さっさと姉上を引き取ってくれ。そして俺には構うな」


「それは」


どうかな、と続けなかった。体を寄せて窓の外を眺めるユークレイス。彼の横顔を目線を外しつつも眺める。

ユークレイスは幼少期からスフェンの側近と決められていた。公爵家を継ぎ、同時と第二王子の直近の配下となる。今の国王とヴァイスシュタイン公爵のように。


(君とも仲良くしないとね・・・大事な義弟になるんだから)


思惑通りになるように口には出さない。利害の一致でユークレイスはスフェンの味方になったのだ。思ったままに言えば、馬車から蹴り落とされる可能性がある。

二人を乗せた馬車は煉瓦の車道を軽快に進み、二十分はかからずにヴァイスシュタイン公爵邸に着いた。ユークレイスに続いて馬車を降りたスフェンは、フットマンが開け支えている玄関の扉を潜る。

よく知ったエントランス。いつもならばプラチナの案内でサロンや音楽室に行くが、今の彼を先導するのはユークレイス。姉によく似た顔を見つめる。


「・・・姉上に会えない寂しさを俺で紛らわせるな」


「失礼だな。君はプラチナに似ているが、それだけだ。変わりになんてなれない。思い上がるなよ」


「素が出てるぞ、スフェン王子殿下」


悪態をつき合えば、進む廊下の先に少女が二人いた。様子から買い物に向かうのだろうが、ユークレイスに負けぬ美貌の姉妹へとスフェンは笑みを浮かべた。


「こんにちは。アクロア、セレス」


「まあ、スフェンお義兄様です〜。ごきげんよう〜」


「ごきげんよう、お義兄様ー」


にこやかなプラチナの妹達。プラチナブロンドのアクロアと金髪のセレスは髪色以外はそっくりな容姿をしている。上の姉弟と歳が離れているせいか、二人は非常に仲が良かった。いつでも一緒にいる姿を目にする。

可愛らしくも美しい少女達は、躊躇いもなくスフェンを「お義兄様」と呼ぶ。二人にも婚約解消の話は伝わっているはずだが、先日、「話し合い」をしたことで彼の味方になっていた。


「待て、スフェンはお前達の兄ではない」


「え〜、そうでしたっけ〜?」


「ユーク兄様、私達は今の関係を言ってるわけではないの。未来を見据えているからこそ相応しい呼び方をしたのよ!ねぇ、アクロア」


「ね〜」


向かい合って笑い合うアクロアとセレス。数歩先にいるユークレイスがスフェンへとうんざりとした顔を向けた。

気にしない彼は小さな義妹達へと上体を屈めて、アクロアのほっそりとした手に金に縁取られた金の花のカードを手渡した。


「遊びに行くんだろう?気を付けて行っておいで。何が欲しいものがあったら好きなだけ買っていいよ」


「まあ!ありがとうございます、スフェンお義兄様ー!」


「大切に使います〜」


楽しそうな声を上げてアクロアとセレスは立ち去っていく。


「・・・夕食は二時間後だ。必ず帰ってこい」


「はぁい」


「はーい・・・ねぇ、アクロア。南地区にできた洋菓子店に行きましょう。凄く大きな栗の入ったモンブランがあるのですって?お土産に・・・」


きゃあきゃあと声を上げている二人の歩みは早い。すぐに会話も聞こえなくなるほど遠ざかったことで、スフェンは歩き出した。前方にいたユークレイスの睨み付けてくる眼差しも気にせずに、並び立つと笑う。王子らしい微笑みを浮かべたつもりだったが、ユークレイスはそう感じなかったらしい。引いた顔をすると、額にかかっていた前髪を後ろに撫でつけて指で抑える。


「妹達を買収するな」


「買収?違うよ、義兄として義妹達が金銭に困らないように援助をしただけだ」


「王族のクレジットカードでか?あれは、その気になれば領地も買えるんだろう?」


「領地は買えないけど、そうだな・・・ヴァイスシュタイン公爵邸なら敷地ごと買えるよ」


ユークレイスの顔が引き攣る。妹達を味方に付けるためにそこまでするか、など考えているのだろう。

正しくその通りだった。プラチナを手に入れるなら何でもする。金銭も惜しまないし、愛想だって振り撒ける。それがスフェンという王子だった。


「姉上が不憫だ」


「地位も財もある男の妻になれるのにどこが不憫なんだ?」


「本気で思ってるのなら、お前は自分がどういう人間なのか分かっていないんだな・・・」


ユークレイスは呆れを含んだ声色で言うと歩き出した。スフェンも続き、二人は並んで廊下を進む。会話はない。そろそろヴァイスシュタイン公爵の執務室、つまりは敵陣に辿り着くからだ。

小さくゆっくりと深呼吸をする。姿を見た瞬間、怒りで我を忘れそうだからだ。きっと配慮なんてできない言葉を公爵にぶつけて、「情報」が得られないほど精神的に追い詰めてしまう。冷静でいようと気を引き締めれば、ユークレイスはある扉の前で立ち止まった。スフェンは一歩下がり、背後に立つと様子を窺う。


「失礼します、父上。ユークレイスがアカデミーより帰宅しました」


ノックを二回したあとで言葉で伝える。その声に「入れ」という落ち着いた声が扉の向こうから聞こえた。


(冷静に、何を見ても冷静でなければ奴に逃げられる。向い合うなんて度胸のない男なんだ・・・それでよく我が国の公爵でいられるな)


既に内心で暴言を吐き出しているが、顔に出さないように努めた。ユークレイスが扉を開ける。その背後に隠れるように立った。


「おかえりなさい、ユークレイス」


「わざわざ帰宅を告げてどうした?アカデミーで何か起きたのかな?」


優しさのある女性の声は公爵夫人のものだろう。そう思って室内を見れば、ヴァイスシュタイン公爵は机ではなくソファに座っていた。妊娠中の夫人にぴったりと寄り添い、髪を梳かすように撫でて、頬に口を寄せている。


(色ボ・・・いい気なものだ)


思うままに暴言を吐き出しそうで抑えた。

まだ怒るべきところではない。自分はプラチナと全く触れ合いができていないのに、いい歳をした男が妻といちゃいちゃとしても、落ち着いて、落ち着いて・・・と考えながら深く呼吸を繰り返す。

ユークレイスにとってはいつものことなのか、騒ぎもせずに冷静に両親と対面していた。

その手は扉のドアノブを持つことで、いつでもスフェンが踏み込めるようにしてくれている。


「いえ、父上に客人が来ています。どうしても会いたいというので、ここまで案内をしただけです」


「客人?・・・うっ!?」


ユークレイスが横に移動して、後ろにいたスフェンの姿が公爵の視界に入る。入った瞬間に彼は呻き声を上げ、夫人から離れるとソファに座ったまま背筋を伸ばした。

夫の素早い行動をおっとりと眺めていた夫人は、ゆっくり顔をスフェンに向けると柔らかな笑みを浮かべた。立ち上がろうとした彼女に手を上げることで制する。


「座ったままで・・・突然の来訪失礼します公爵夫人。元気そうで何よりです」


「このような姿で申し訳ございません、スフェン殿下。ようこそ当家へ」


大きな腹に手を当てて軽く頭を下げる公爵夫人。臨月の彼女に配慮すべく「楽な態勢で大丈夫です」と伝える。

ユークレイスが開けている扉から室内に入ったスフェンは、遠慮なく公爵の前まで移動した。ローテーブルを挟んで対面しているソファに座る。


「それでは俺は失礼します」


「ユ、ユークレイス!?」


息子に助けを求めたようだが、スフェンは鋭い眼差しで制した。眼鏡の奥から向ける鋭利な黄緑色の眼差しに、公爵は顔を引きつらせると目をそらした。

背後で扉が閉じる。スフェンの目は夫人に向い、彼女に倣って柔らかく笑う。

代々プラチナブロンドの髪を引き継ぐ美貌の公爵が射止めた麗しい貴婦人。当時は国一番の美女として羨望と恋簿を一身に受けていたそうだが、公爵との恋愛の末に結婚した。そして、二人の美貌を受け継いだプラチナが生まれたことで国一番は彼女に譲られたのだ。

人によっては、というか国を半々にしているが、プラチナ派とマリアライト派に分かれて国一番の美女という称号を取り合っている。本人たちの預かり知らぬところで派閥ができているわけだが、スフェンにはどうでもいい。

美しいのはプラチナで、その他はどうでもよかった。この両親があってこそプラチナという女性は更に輝いていると思うだけ。感謝の気持ちはある。公爵夫人に対してのみだが、もう一人の不敬極まりない男には敵意しかないが、プラチナをこの世に誕生させてくれてありがとう、と素直に思えた。


「調子はどうですか?もうすぐ出産予定日だと聞いています」


「ええ、問題ありませんわ。時折お腹を凄く蹴られますが、大変元気な子だと分かって嬉しいくらいです」


「良かった。診断では性別は男だそうですね?僕にとっては弟になる大事な子だ。誕生日には贈り物をしよう」


後半は公爵に視線を向けながら言葉を伝えた。視界にいる男は苦虫を噛み潰したような顔をしているが、スフェンの視線に気付くと大きく咳払いをして姿勢を正した。


「あー・・・スフェン殿下。本日は如何様なご用事でしょうか?突然来られたので私は何の準備ができておりません。適切な対応すら取れないと思います」


ヴァイスシュタイン公爵は四十手前の年齢であるものの、若さと美しさに陰りはない。スフェンが子供の頃から全く容姿の変わらない美丈夫なのだが、今はいつもの堂々とした佇まいはなかった。

動揺しながらも何とか取り繕うとしていると分かる。スフェンが目を細めれば、分かりやすく肩を跳ね上げてしまうが。


「・・・今の状況から分からないわけでもないでしょう。それとも分からないフリをして時間稼ぎをしているのか?」

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