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公爵令嬢プラチナ

元気系公爵令嬢のプラチナちゃんです。よろしくお願いします。

大陸の中央に位置するフリーデン王国。広大で豊かな土地を持つその国は、建国当初から君臨する王家の治世の元、魔物という脅威を軍事力と魔法で退け、平穏を保ちつつ、栄華を極めていた。他国との関係も良好なことから交易が盛んで、常に流行の最先端を行く王都は翳りなく、王侯貴族から平民まで豊かに暮らしている。

戴く王家に今まで暗君など存在しなかったからだろう。平和な日々を送れる臣民達は、そんな王家に背くことなどなく、敬拝の念を抱いていた。現国王、そして次代の国王たる王太子にも、彼らは変わらぬ暮らしができるという信頼を寄せ、王家の喜びは国民の喜びだと自然に感じ取っていた。

もうすぐアカデミーを卒業し正式な王太子となる第一王子のヘリオドール・リンドブルムは、日を待たずして婚約者であるリオン侯爵令嬢のマリアライトと挙式を行う。そんな彼の弟である第二王子のスフェン・リンドブルムは、年子であるため一年後にアカデミーを卒業する。兄と変わらず、卒業後にヴァイスシュタイン公爵令嬢のプラチナとの挙式が約束されていた。

誰もが王子達の結婚を喜んでいる。穏やかで優美な淑女のマリアライト、華やかで人目を引く美貌のプラチナが、各王子達の妃として王家の列に加わることを拒絶する者は表立っていない。さらなる発展が約束されると臣民達は思い描き挙式の日を待ち望んでいた。


ただ一人、気乗りしないと心を暗くする美貌の公爵令嬢以外は・・・───。






───・・・王都、ヴァイスシュタイン公爵邸。

近隣の貴族達の屋敷よりも数段広い敷地を持つ豪奢な白亜の邸宅内にて、自身の為に用意された音楽室でプラチナはヴァイオリンを弾いていた。

名前に負けない綺麗なプラチナブロンドの髪は緩いウェーブを描いて腰まで長い。自身の白い指先を見るために視線を落とした瞳はサファイアのような澄んだ青で、長い睫毛に縁取られている。肌の白さも相まって薄く小さな唇は淡桃色に色づいていた。彼女は色素こそ薄いが、はっきりとした整った顔立ちが、見る者に美貌を知らしめる。

細身で小柄ながら、レースと金糸の刺繍がされた麗しいドレスに身を包んだプラチナは、輝くほどの存在感がある。どこにいても、誰が見ても彼女は美しく印象を残すだろう。

プラチナのヴァイオリン演奏は音色も素晴らしいが、その姿も素晴らしい。憂うように伏せられた顔も、弦を抑えて弾く指も、真っすぐ伸びた背筋も芸術品として作られたかのように思わせる。

目を逸らす人間などこの世にはいないと思わせる美貌と美しい所作の令嬢は、譜面の最後まで演奏し終えると、肩にかけていたヴァイオリンを下ろす。その動きすら美しく、微笑みを浮かべて腰を折って礼をする動作も美しい。


ただ、彼女は年相応に「今回も間違えずに演奏できた」と安堵の息を漏らした。

プラチナの音楽室には、彼女以外の人間がいる。習い事として習得した程度の腕前だが、耳障りにならないようにと気を使った。そして、礼と同時に与えられた拍手に、また微笑みを浮かべて頭を上げる。


「相変わらず素晴らしい演奏だね」


にこやかに笑う青年が一人。マリンブルーの制服を着た彼は、座っていた椅子から腰を上げると、プラチナに歩み寄る。


「殿下、何度も言っておりますが、こちらは教養にと習っただけにすぎません。称賛を頂けるほどのものではありませんわ」


「そんな謙遜しないで欲しい。僕は君のヴァイオリンの音が好きだよ。済んだ音色で聞き心地がいい。聞き手を満足させられるのは素晴らしい才能がある証拠だ」


笑みを絶やさずに言う青年こそ、フリーデン王国の第二王子で、プラチナの婚約者であるスフェン。

癖のない鮮やかな金の髪は清潔感のある短髪だが、前髪が宝石のような輝きを宿す黄緑色の瞳にかかることで、実年齢よりも上だと思わせる。中性的な美しい顔に、白銀の縁の眼鏡を掛けていることも相まって知的な印象を与えられるだろう。だが、その体格はアカデミーの制服を身に付けていても分かるほど肩ががっしりしていて、胸板の厚さから男性的。尚且つ手足が長くてスタイルもいい。身長も、一般より少し背の低いプラチナが見上げるほど高く、知性だけではなく肉体的にも恵まれていると誰もが思うだろう。

王子らしく勇ましくも見目麗しいスフェン。美しい彼から向けられる微笑みに、一瞬プラチナは目を逸らすが、すぐに青い瞳を向けた。真っ直ぐに見つめながら口元を指先で隠す。


(今は扇子を持てないことが辛いですわね)


口元が引き攣らないように。細心の注意をして笑みを深くする。


「まあ、スフェン殿下はお優しいですわ。わたくし、まだまだ未熟者だと自覚しておりますが、お褒め頂けた喜びで舞い上がってしまいそうです」


「僕は本当のことを言っているだけだよ」


一歩とスフェンは歩み寄ってくる。彼女は離れたいと足が動きそうになるのを耐えた。

目の前まで迫った彼を見上げて、ヴァイオリンの弓を持つ方の手を触れられたことに、驚くことすら必死に堪えた。


「結婚したら毎日君の演奏が聞けるんだね」


「毎日は無理ですし、結婚式すら一年も先ですわよ。思いを馳せるのは、まだ早いかと」


スフェンの大きな手に包まれたプラチナの白く小さな手は、上に引かれる。彼の胸の辺りまで動かされた手。弓をしっかりと持つ手は柔い力で握られた。


「先のことだろうと必ず結婚するんだ。僕は君との生活が楽しみで仕方がない」


(・・・わたくしの口元、耐えて!)


熱を帯びた眼差し、手の温もり、発せられた言葉に彼女の肝が冷える。

なぜなら、「何を思ってそんな態度を取るのか」と理解ができないからだ。

王侯貴族の婚姻とは、家同士に利益があるから結ばれる契約だった。何事かの企みがあるからこそ、プラチナはスフェンと結婚する。お互いが利用しあって・・・彼女には利用するつもりはないが、スフェン側にはあるはずだ。良好な関係を築くために蔑ろにはされないと思っていたが、優しく、慈愛の心があるように接されて困惑させられている。

そんな親身にする必要などないのに、彼はどこまでもプラチナに優しい。通っているアカデミーでも社交場である夜会でも、パートナー然と共にある。今日のように、帰路を共にして屋敷へ行きたいと強請られることも少なくない。スフェンは家族の次に、家族によってはそれ以上に一緒の時間を過ごしている。

そんな彼に不審感がある。家同士が決めた婚約者風情に親愛の情があると見せる様が怪しい、おかしい。得体が知れない。

決して嫌いではないのだが、プラチナの心の中でスフェンは苦手な婚約者と位置付けられている。


「・・・殿下の御心をお慰めできるよう励みますわ」


「・・・・・・」


引き攣りそうな口元を正し、望まれるだろう言葉を返す。感情は見せない微笑を浮かべて。

彼はそれを穏やかに眺めるだけだったが、その顔は伏せられた。輝く金髪の頭が動き、握られた彼女の手がその頭へと引き上げられる。

手の甲に唇を落とすつもりだと分かったプラチナは、しっかりと握られた手を引く。彼の動きは止まったが手は離されなかった。


「ヴァイオリンの弓を持っておりますから、お顔を近付けては危険ですわ。スフェン殿下の麗しいお顔に傷を付けてしまう可能性がございます」


「・・・そうだね」


上げられた顔は相変わらずの微笑みがあるが、握られた手はそっと離された。

自身の胸元へと手にしていた弓を抱えた彼女は、真横にある壁へと視線を向ける。


「スフェン殿下、お時間は大丈夫ですの?」


壁掛け時計の針が、あと三十分で夕食の時刻だと示している。王家の夕食の時間など知らないが、プラチナの家では夕食となる。

少し冷たい言い方になってしまったが、情がある言い方をするばいつまでもいるような予感がした。突き放すくらいがちょうどいいのだと自分自身を納得させて、スフェンの様子を窺う。

彼の黄緑色の瞳も壁掛け時計に向かっていた。その瞳は照明の光を受けることで宝石のような輝きが宿っている。


(美しい方ではあるのですけれど・・・)


美しい容姿故にやはり得体が知れない。何を考えているのか分からないと、不審感を強めてしまう。


「そうだね、いくら婚約者とはいえ女性の家に長居するのは良くない・・・それじゃあ」


彼は指先で眼鏡のブリッジを押すと、その手をプラチナに向ける。軽やかな動きに身構えることすらできなかった彼女の髪に触れ、指を絡めた。


「また明日・・・もし時間が合うなら一緒に昼食を取ろう」


「ええ、勿論ですわ」


動揺を見せずに返事をすれば、髪に絡まっていた指はスフェンが離れることでと離れ、退室する彼の後ろ姿をそのままの状態で見送る。プラチナは大きく息を吸い込むと、大袈裟に吐き出した。


「息が詰まりましたわー!」


「お嬢様、品がよろしくないかと思われます」


スフェンと交代するように音楽室に入ってきた侍女が苦言を呈する。無表情に無感情に言うことから苦言ではないのかもしれないが、自分付きの侍女にプラチナはそっぽを向くことで感情を表現した。


「わたくし、本日は学業に習い事にスフェン殿下のお相手にと励みましたのよ?少しは休憩と感情のままに叫んでもよろしいのではなくて?」


「よろしくはないです。お嬢様は高貴なる方。全ての貴婦人の手本となられるのですから、他者がいる前ではご自身というものを控えるべきです・・・そう旦那様から言付かっております」


「もう!・・・分かりましたわ。今宵、自室で思うままに叫ばせていただきます」


近付いて来た侍女のセラフィにヴァイオリンと弓を手渡すと、一人がけのソファチェアへと優雅な所作で腰を下ろす。「流石お嬢様です。無駄のない動きで着席されるお姿は立派な貴婦人」という淡々とした賛辞を受ける。

決して気を良くはしない。それはプラチナにとって当たり前のことだからだ。


「今日もスフェン殿下のご機嫌を損なうことなく過ごせました。自主評価ですが及第点ですわね」


スフェンに不審感はあっても、怒りを買うべき相手ではないと理解している。彼との関係が拗れるようなことにはならなかったと、彼女は安堵をした。


「流石です、お嬢様」


セラフィの感情の見えない賛辞が再び送られる。

プラチナが幼い頃から付き従う侍女は、受け取ったヴァイオリンをケースに丁寧な手付きで納める。感情がないと思わせる態度は冷たく感じるが、セラフィは職務に忠実で、実は無駄に元気なプラチナに引くこともなく身の回りの世話をしてくれた。本来の自分を曝け出せば注意の言葉を送られるが、それだけ。淡々としつつも決して嘘は言わない彼女を好ましく感じてから苦痛でもない。賛辞の言葉も言い方が悪いだけで本心だとプラチナは分かっている。

きっちりと深緑の髪を後ろに結い上げたセラフィを眺める。ヴァイオリンケースをいつもの位置に収納した彼女は、軽やかに振り返ってきた。見えた顔はいつも通りの無表情。


「夕食までは自由時間でよろしくて?」


「はい、ただし旦那様達の帰宅はやや遅く、夕食の時間は一時間後となりました」


「あら、そうですの。では、暫くは自室で資料に目を通しておきますわ」


「いえ、確かにお嬢様達はお時間まで家庭学習をと指示を受けましたが、お嬢様には来客がございますので、ご対応をお願い致します」


「あら、わたくしに?」


深々と頭を垂れた礼は返事代わりだろう。

プラチナには三人の弟妹、もうすぐ一人増えるが、とにかく姉弟が多かった。家庭学習の指示を受けたのは姉弟全員だろうが、急な来客でプラチナ自身は免除となったらしい。

納得した彼女は、ゆったりとした動きで立ち上がり、音楽室の扉へと足早に且つ、優雅に向かう。


「どなたがいらっしゃるの?」


後ろに控えたセラフィに聞けば、変わらぬ声色で答えられる。


「お嬢様のご友人であるマリアライト様です」


「まあ!」


知らされた名前に、プラチナは驚きつつも笑顔を浮かべた。スフェンに向けた貼り付いた淑女の微笑みではなく、心からの喜びの笑み。


「お嬢様、輝かんばかりの笑みは非常に愛らしいですが、慎みを持って頂きたく存じます」


「無理ですわ!」


そう言葉を返したプラチナは扉を開け放ち、ドレスの裾を軽く持ち上げることで素早く廊下を移動をした。

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