2.3/蒸気機関車との出会い 2000年3月
モニヴォン通りからプノム・ペン中央駅に入り、線路を伝って歩いて行くとやがて、第一鉄道車両工場へと通じる。工場前にはディーゼル機関車の給油所や、整備士達の集まる小屋がある。小屋の中には機関車の整備スケジュールなどが詳細に書かれていた。彼らに話して、工場の中に保管してある蒸気機関車を見せて欲しいと頼むとあっさりOKが出た。
工場の中には動態保存されたSL231型500番代の蒸気機関車が保管されていた。車両番号は501番だった。テンダーには今すぐにでも出発でいるようにと薪が満載されている。SL231型501番こそ、2000年の2月9日にプノム・ペン〜シハヌークヴィルを試験運行したパシフィック型の車両である。この車両は非常に美しいシルエットが見る者を挑発する。見れば見るほどフランスで今でも動態保存されている231G型500番代を彷彿させる。231G型500番代といえば、ゴールデン・アロー特急を牽引したヨーロッパでも最大級の蒸気機関車だ。その栄光ある車両のミニチュア版をカンボジアに送り込んだフランスに何か意図はあったのだろうか?
SL231型501番の後方にはSL131型100番代の蒸気機関車があった。車両番号は109番だ。こちらは錆による崩れなどは見られないが、静態保存ということだ。必要とあれば何時でも動態保存に引き上げるつもりなのだろう。それ以外には分解整備中のディーゼル機関車1054番や青と白のツートン・カラーのフランス製の気動車が見えた。
この工場内には完全に閉鎖された別のブロックがあり、そこにはプノム・ペンの整備士やバッタムバンの元SLドライバーの話ではSL141型500番代(車両番号551)を含む多数の蒸気機関車が保管されているらしい。そして予想ではSL10型100番代と呼ばれる、タイ国鉄から無償供与されたNBL社製のE型蒸気機関車の最後の準動態保存車両があるのではないかと思っていたが、プノム・ペンの整備士は知らないと語った。しかし、車庫の壁の窓から密かに覗いてみると蒸気機関車のシルエットが多数あった。その中にまだ見ぬ機関車達が存在しているに違いない。
ところで、このSL231型501番は観光業者向けに動態保存されているので、何時でもチャーター運行も可能ということだ。どなたか、お金と志しのある方に是非ともSLの復活という夢を実現させていただきたい。過去の前例ではある特定の欧米人グループが年に一度ペースで、そして日本人も撮影目的で一度チャーターしたことがあるそうだ。
さらに線路沿い歩いて第二鉄道車両工場と到着した。そこには第一鉄道車両工場とは違って、人影が少ない。正面門前にいた関係者らしいおじさんに近寄っていくと、おじさんは扉にカギをかけて素早く身を隠してしまった。顔は強盗に見える程に怖かったのだろうか?
それとも外国人スパイに対するカンボジア鉄道機密保持の為だろうか?
途方に暮れて、工場の前で立ちつくしていると偶然にカンボジア鉄道の制服を来た青年が、工場二階のキャットウォークを歩いているのを発見した。そこで彼に向かって大声で「蒸気機関車があるのなら、見せてくれないか」と話しかけた。すると彼は「14時00分になったら工場の正面ゲートが開くのでその時に来なさい」と答えてくれた。
14時00分になって第二鉄道車両工場へと出直して来ると、今度は工場の巨大な正面ゲートは解き放たれていた。さっきの青年はいなかったが、整備士達に話は伝わっているらしく、彼らが蒸気機関車の前まで案内してくれた。しかしそこで驚いた。何故かと言えば、それは正確にはSL231型500番代蒸気機関車の原寸大の模型だったのだ。模型は極めて精巧に作られている。まるで学校の教材であるかの様だった。とどめに、ご丁寧にも車体番号は504番と塗装されていた。そして、その蒸気機関車の煙突横にあるデフレクターの所にはこう書かれてあった。
「Premiere poiche de SAMDECH EUV Ligne PhomPhenh Sihanoukville」
その後で、工場近くのバラックの商店でコーラを一気のみしながら模型の504番のことを考えた。カンボジア鉄道は蒸気機関車全廃からまだ10年も経っていないのだから、蒸気機関車の経験者などいくらでもいるだろうに……と。
そこで思い出したのは以前にタイで見たニュース番組だった。カンボジア鉄道が、蒸気機関車の観光目的の定期運行を目標として、1両の機関車をフル・レストアした……というトピックがあったのだ。模型の504番はおそらく、若い機関士や機関助士の教育に使われるのだろう。何と言っても現在ではたった1両しかない蒸気機関車を教習車両として使う余裕がないに違いない。カンボジア鉄道の未来には期待できる。そう感じた一瞬だった。