だって君はブルーハワイ。
ほんのちょっぴり残酷描写あります。ちょっぴりです。大丈夫な方はお進みください!!
夏が見える。新緑の木々、夜空に映える花。
夏の音が聞こえる。ミーンミーン、蝉の声。グラスの中で溶けて揺れる氷の音。
夏の匂いがする。草の匂い、どこから運んできたのかもわからない、屋台の匂い。
夏の味がする。夏祭り、君と食べたかき氷のシロップの味。そして、その後初めてもらった、キスの味。
夏の感触がする。少し火照って、しっとりとしている君の肌。己に纏わりつくような湿気。自分以外の、他人の涙の温度。
夏の、夏の。夏には深い思い入れがあった。
あの夏、初めて、本当に人を愛した。
僕は、君が好きであった。君がどんなに約束の時間より遅刻したとしても、慌てたのか適当に結わえ零れてしまった髪をひょいと耳にかけ、照れて笑う姿を見ると、どうしても許してしまう。
夏祭りの日、僕は君の家の前で一時間待った。いつまでたっても出てこない。君の家は二階建ての一軒家。そして二階の南側の角部屋が君の部屋。前遊びに行ったとき、たくさんのぬいぐるみが綺麗に並べられていて感動したっけ。確か、どれも誕生日から友人に贈られた物だと言っていたはず。僕も一度クマのぬいぐるみをプレゼントしたことがある。
急なサプライズに少し驚いていたけど、僕が君にあげたその日からずっと部屋の角に置いているの見るに君は心の奥底で喜んでいてくれているに違いない。ふとそんなことを思い出してしまった。上を見上げて、まだかまだかと少し苛立つ心を抑えながら、上の窓を見ると、君は忙しそうに出かける支度をしていた。まだまだ時間が掛かりそうだ。僕は、先に夏祭り会場まで一人で行くことにした。
一足先に会場へ到着した僕は、時間を潰そうとフラフラ周りを見て回ることにした。りんご飴、わたあめ、フランクフルト、やきとり。射的や輪投げ、金魚すくいなど、どれも定番な『夏祭り』を彩る屋台である。しかしその中で、夏祭りには珍しい屋台が出ていることに気がついた。
簡易的な小屋には、『愛占い』と書いている看板が立てかけられていた。入りにくいのか、気になっているが恥ずかしいから行けないのか、はたまた誰も興味がないのか、その小屋に誰か入っていく様子は見えなかった。
愛。愛とは、また愛占いとはなんだろうか。恋占いは聞いたことがある。恋愛について占うものだろう。恋占いと愛占いは違うのか?それ専門の占い師がいるというのか。恋と愛は違うのか。など、愛占いについて一気に思考が奔走する。
僕は、気になってしまった。愛占いを通じて、愛と恋の違いを知りたいというところまで行き着いてしまった。僕はそっと、小屋の扉を開けた。
「いらっしゃい。」
あれ?と思った。以前どこかで聞いたことのある声がしたからだ。一瞬固まった視線をゆっくりずらすと、昔お世話になった先生がいた。
「ああ、花咲くんじゃない!お久しぶりね。最近はどうなのかしら?…ここに来たってことは、愛占いに興味があるのよね。」
あー、しまった。会いたくない人に思いがけない形で出会ってしまった。大ミスだ。先生の問いになんて返そうかと考えていたとき、
「そういえば、CuLove。ちゃんと使ってる?」
一番聞かれたくないことを聞かれてしまった。
CuLove。先生が開発した、その人にぴったりマッチした、AIの『恋人』を作ることができるアプリのことだ。
「…使ってません。それに、僕には彼女ができましたから。必要ありません。」
はっきり答えてやった。
「そう、そうなのね。それなら安心。また何かあったら絶対に…」何かを言おうとしたが止め、
「今日はこういう話、無しにしよっか。じゃあ、占いの方に入るね。」と先生は切り替えたようだが、僕は全然気持ちの切り替えがいかない。
なぜなら、僕はこの先生が大嫌いだから。一番この世界で僕を病人扱いしている人。可哀想だ、救ってあげたいと明らかに僕を『病める人』を見る目で接してくる。僕はその態度が大嫌いだし、実際僕は病気ではない。その証拠に、CuLove。これは身体に問題の無い人限定が利用できるものだ。先生は僕の検査終了後、「ごめんね、何も問題なかったわ。」と申し訳なさそうに笑ったあと、このアプリのべータ版の登録を求めてきた。仕方なしに登録はしてみたが、結局その後は使っていない。
「あの、大丈夫?やっぱり何か変化があったの?」
真横から先生の声が飛んできて、はっとなった。つい考え込んでしまったせいで、先生の話を無視してしまっていた。
「ああ、占いは大丈夫です。また今度先生のところへ行ったときに聞かせてください。」
そういって僕は先生の返事も聞かずに小屋を出た。スマホを見ると、もうすぐで着くよ!というメッセージが来ていることに気がついた。君って、いつも遅いよね。そういうところも大好きだ。と暖かな感情を胸に抱いたまま、会場入り口へと向かった。
会場入り口。とても、混雑している。ぎゅうぎゅう詰めの道を一生懸命かき分けて君を探す。
見つけた。可愛らしい薄ピンクに花模様の入った浴衣に、ゆるく、ふんわりと後ろにまとめた髪型。大勢の中でもわかる、君の甘い香り。安心した。黙って隣につき、歩幅を合わせて歩く。君は僕と外で会話するの、恥ずかしがるよね。仕方ないからメッセージで送ってあげる。
「ねえ、随分遅かったね。今日は許さないからね?」
「ごめんごめん。支度に時間かかっちゃって。でもほら、花咲くんが決めてくれた、この浴衣。可愛いでしょ!」
ん?僕、浴衣決めてないけど。変だな。
「あれ、浴衣僕が決めたっけ。記憶ないな。」
「花咲くんと結構前に話したんだけどなー、夏祭りの服装の話。忘れちゃった?」
全く記憶にないが、そういうことなら仕方ない。君、遅刻はするくせに記憶力は僕よりずっとあるから、きっと前に浴衣の話をしたんだろう。
スマホを見ながら、君と歩く。ちゃんと僕に合わせてゆっくり歩いてくれる君の優しさも好き。
会場についたあとは花火大会の開始を待っている間、君と美味しいものをたくさん食べた記憶がある。特に、暑い中食べたかき氷の味が忘れられない。君はブルーハワイ。僕はイチゴ。君の舌が青くなっているのを見て、クスッと笑った。そういえば、と思い、君へ先ほどあった話をしようとした。
「ねね、愛占いって知ってる?」
「愛占い!知ってるよー。私のお母さん、それに夢中なんだよ~。」
「へー、どんなの?というか、恋と愛って違うの?」
「えっとね、愛占いはその人本来の人の愛し方でどのような人と相性がいいのかを調べれるんだよ!あと、恋と愛は全くの別物!」
君が言うには、恋はレベルの低い感情。性的欲求が強い。一方、愛は本能で、どの生物にも備わっており、恋よりもレベルが高いということらしい。
「なるほどね。それで?愛占い、君もできる?僕のこと占ってよ。」
いいよ!とニカッと笑い、僕に問いかける。
「花咲くんはどうやって人を好きになるの?」
「えーっと。んー…突発的、だと思う。一気に好きになって、どんどん感情は深くなってく。」
「なるほど?じゃあ、どうやって人を愛すの?」
愛し方の問い。来た、愛占いの最もベースになる部分。僕の今までを振り返って考える。ふと、このような考えが浮かんだ。
「五感。五感を通じて愛したい。目で見て、耳で聞いて、鼻で匂いを嗅いで、舌で味を、肌で存在を確かめて、愛したい。」
すると、目線を合わせて明らかに動揺したような様子で、
「えっ、舌でってどういうこと?例えば、私を食べちゃうってこと?」
「うん。君の白い肌。舌でなぞって君の本質を確かめたい。ガリって噛んで、血が出るほど、肉に触れるほど、もっと深く知れるはず。」
送信した後、またすぐ送りたい言葉があったのだが、どうやら君の様子がおかしい。
━━━━━違反を検知しました━━━━━
性的な表現、またグロテスクな表現はCuLoveに対応しておりません。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
なに?君変だよ。違反ってなにさ。僕、変なこと何も言ってないよ。
「ねえ?違反ってなに?」
━━━━━━━━━警告━━━━━━━━━
直ちにCuLoveの使用をおやめください。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ふと、我に返る。君が、隣にいた君がいない。慌てて立ち上がり周囲を見渡すと、知らない男と2人で歩いていく君の姿を見つけた。ねえ。ねえ。ねえ。待って。どこへ行くの?その男、誰?ああ、もしかしてだけど、僕が文字打ってる間に無理やり連れてかれちゃった?君は僕だけの君なんだ。待っててね、今すぐ助けに行くから。
走ったらすぐに追いつくことができた。そこから一瞬、両手に力を入れ、背中を押す。呆気なかったと思う。どん、と花火なのか何なのかわからない、鈍い音が鳴った。念の為、不審者が現れたときの為にナイフを懐に忍ばせていた。それを、君の右隣を歩いている男に。優しく。優しくだよ?押し付けただけじゃないか。ただ、先端が少しばかり刺さってしまったけど。
「きゃああああ!!」君は叫んでいる。
ああ、怖かったね。知らない男に連れてかれそうだったんでしょ。君ったら可愛いんだから、もう少し気をつけないと。そういえば、とても久しぶりに君の声を聞いた気がする。
「怖かったね。大丈夫?」
優しく抱き寄せ、頭を撫でてやる。やっぱり想像してた通り、柔らかい髪なんだね。君は震えている。ひたすら、驚きと憎悪と怒り、憎しみ、そして『意味のわからない恐怖』というものを一番に抱いている目をこちらに向けている。どうしてそんな表情をしているの?
変だ。君は何も言ってくれない。早く、占ってほしいな。占いの結果を知りたい。そして早く君を感じたい。目で。耳で。鼻で。舌で。肌で。
早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く
早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く
僕の身体は動き出していた。唇を君の唇に無理やり重ねた。そして、無理やり歯を立て、強く噛んだ。口の中に、君の唾液なのか血なのか汗なのか、目から溢れ出している何かなのかわからないものが入り込んでくる。
ふーん、これが、君の味。ブルーハワイと、恐らく血の味。君の本質。かき氷のシロップって実は皆同じ味なんだっけ?昔、そんな様な噂を聞いたことがあるけど。でも、君は君の味。そういえば、君の名前。なんだっけ。イチゴでもない。メロンでもない。ブルーハワイ?違うよね。
甘い匂い。君の部屋に入ったときと同じ匂い。毎回、遊びに行ったとき部屋に君いないんだよね。まるで勝手に侵入してるみたいじゃないか。
君の鼓動が聞こえる。僕にとっては馴染み深いんだけどね。僕があげたあのぬいぐるみ、初めはよく抱きしめてくれたよね。優しい鼓動、よく聞こえてたよ。気づかれたときには盗聴器だけ捨てて、ぬいぐるみ本体は取っておいてくれたの、嬉しかったよ。まだカメラがあることに気づいてなくて。
柔らかいね。君の肌。いつも近くから、いや遠くから?わかんない。でもいつも、見てたんだけどやっぱり触るのが一番だね。見るだけなんて勿体ないよ。
君の顔、よく見える。こんなに近くで見れるときがくるなんて、幸せ。本当に本当に僕は幸せ者だ。どんな表情してたって、君は綺麗だよ。
頬に手を添えていると、指に温かいものが伝ってくる。何度拭っても拭っても垂れてくるそれは、本当に邪魔だった。
それにしても、君は熱いね。夏なのに震えているし、夏だから汗ばんでいるのか、少ししっとりしている。汗ばんでいるのはきっと僕もだろうけど。
パンという音が響いた。ああ今度こそ花火の音だ。もう花火、全然見れていないね。せっかく君と来たんだし、楽しみたいんだけど。でもこのままでもいいと思ってしまう。今、全て僕が君を感じている。そして、君も僕を感じてる。胸が急に熱い。ああ、これが、愛。僕が本当に君を愛せた証なんだね。僕の体から出ている真っ赤な液体は、イチゴシロップのように思えて。
遠くに君の鼓動ではなく蝉の声を残したまま、僕は倒れた。
「意識、戻りましたか?」
声が聞こえる。誰だ。痛い。胸が痛い。無意識に浅い口呼吸になる。黙っていると、
「あなたは犯罪者です。一人の男性を二週間前の夏祭りのとき、ナイフで刺しています。また、女性への日常的なつきまとい行為をし…」
次々と僕がしていたらしいものを聞かされたが、いまいちピンとこない。
「CuLoveというアプリ、ご存知ですか?」
うん、聞いたことがある。こくりと頷いてみた。
「少しそのアプリについて質問させてください。あなたの設定したAI彼女はどのような人物でしょうか。」
AI彼女?なにそれ、知らない。第一、僕には彼女がいる。ちゃんとした人間で、ブルーハワイの味がするんだ。名前はわからないけど、優しい鼓動で柔らかくて、綺麗で、甘い匂い。
「…アプリ、見させてください。」
僕のスマホの中身を覗いている。やめて。そこには、あの子が、いる。あの子。あの子。
「名前は未設定。見た目や服装、食べ物、行動。全て今回被害を受けた女性と一致しています。そして、規約違反。なるほど。」
僕は何もよくわからなかった。彼女は彼女。生きている。
「このアプリ、CuLoveがなぜ作られたかわかりますか?」
「あなたのような異常者の犯罪を予知し、防止に努めるためです。しかしながら、今回は逆に犯罪に繋げる糧にしてしまった。」
「あなた、精神科へ受診したことありますね。そこで異常なしという結果が出た…と、思っているでしょう。」
「残念ながら、あなたは精神的な問題、特に五感に対する異常な執着を抱えています。他害に繋がる恐れがあったようです。そのため、刺激を与えないために異常なしだと伝え、あなたを監視するためこのアプリを登録させたのでしょう。」
「そして、あなたがメッセージでやり取りしていた女性はもちろんAIだったのですが、現実で好意を寄せていた女性との区別がつかなくなってしまった。その上、同化させてしまった。」
「なぜAIの発言と、被害女性の行動が合っていたのか。それはあなたが日時指定で特定の文章を送るようにしていたからですよ。遅刻するということも、彼女の服装も、日常的にストーカーしていたあなたなら予測はできるはず。元々はAIなので、アドリブはいくらでもきくのですが。」
「最後に、違反が検知されたことです。このメッセージが出た方は犯罪を犯す確率が非常に高まっている際に表示されるようになっています。性的、或いは暴力的な表現の中でも過度なものに対して表示されます。これは一人一人管理されているもの。あなたの執着している『五感』を用い、他害行動に繋がる言動が見られたので、表示されたようです。」
まあ、結果もそのようになったんだけどね、と呟いていた。
「ところで、あなたがストーカーしていた女性、いつ好きになったのですか?」
いつ。いつだろう。確か、病院で、受診、したときのはず。あの人は看護師だった気がする。あの人だけは、僕を病人扱いしなかった。可哀想だという眼差しを向けなかった。異常だったらしい『僕』を受け入れてくれた。…ような気がして。
問いに答えることを僕はやめてしまった。
君、という彼女はいなかった。全てAIとリアルの区別がつかず、一方的な妄想だったということか?百歩譲って、メッセージのやり取りをしていたのはCuLove、アプリだというのは理解してやる。わかってやる。受け入れてやる。でも、でも。
ブルーハワイの君は?
甘い匂い。優しい鼓動。柔らかい肌。きれいな顔。
君はいるよね?
きっとあのとき君は僕を受け入れた
だって君は
ブルーハワイ。
ここまで読んでくださりありがとうございました!!
私のような文才のないやつが書いた小説なんてとても面白いと言えたもんじゃないでしょうが、楽しんでいただけたでしょうか…?
もしよければ反応残してってくださると喜びます。本当にありがとうございました!!