七.ふたりの願い
「きみのおかげで、私の船はめちゃくちゃだ」
チャフセックは言った。
「わかってる」
フェイニアが、しぶしぶといった調子で答えた。
「それに、あと少しでもシールドのオーバーヒートが早かったら、船どころじゃなく、きみの命も危なかった」
「わかってる」
「距離のこともそうだ。あれ以上ゾル・メルテのそばだったら、やっぱり<逆巻き時計>号は誘爆していただろう」
「わかってる……ねえ、いつまでこれを続けるの?」
チャフセックはため息をついた。まったく、今日という日は、なんという日だろう。
「まあ、そのおかげで私の命が救われたのは確かだ」
彼は言い、フェイニアの肩に手を置いた。
「きみの機転で、私は助かった。ピンポイントの牽引ビームでの捕捉に、人体が耐えられる限界近い加速でのサルベージに、船を盾にしての爆風の遮断。よくそこまで頭が回ったもんだ」
「とっさに頭に浮かんだことをやっただけよ」
フェイニアは言ったが、その顔は誇らしげだった。
彼らは今、航行不能に限りなく近い状態でアカデミーへの帰途についた<逆巻き時計>号の操縦室にいた。<黄金の嘴>号のクルーの乗った救難船は、こちらの船の捕捉アームに捕まれた状態で、曳航されている。ペイグロッド船長は、自分たちがあの宙域で、無許可の試料採取作業を行っていたことを認め、連合警察に自首するつもりだとこちらに伝えてきている。
「とにかく、何事もなくてよかった。あとは……」
「あとは、フェイニア嬢の問題を片付けないとね」
聞き覚えのある青年の声に、チャフセックは顔をしかめた。それから、前回と同じ位置に現われた重力匠に向かって言った。
「あんたとのゲームは、終わったはずだぞ」
「そう、だから、君たちの要求を訊きにきたんじゃないか」
「ああ、確か、わたしと船長でひとつずつって……」
フェイニアの言葉に、チャフセックはますます顔をゆがめた。重力匠の贈り物など、厄介事の種にしか思えない。
「さあ、何でもというわけじゃないが、ぼくの倫理観が認める範囲で、君たちの要求を聞こうじゃないか」
「なら、わたしの願いは決まってる」
フェイニアが言った。
「この船を、元通りにしてちょうだい。ちゃんと航行できて、もうトラブルを起こさないように」
チャフセックは驚いてフェイニアの顔を見た。彼女は自分の言っていることが分かっているとでも言いたげに、彼に向かってうなずいた。
「それは、船長を悩ましていた不具合の数々も含めてってことだね? そのくらい、お安いご用だよ」
チャフセックは、彼が魔法のように船を新品同様にしてしまうのではないかと身構えたが、そんな彼の様子を見てにやにやしながら、重力匠は続けた。
「アカデミーに戻ったら、修理代の請求は全て連合特使重力匠宛てに送ってくれればいい。この際だから、大幅な改造を加えても構わないよ」
「いいや、その必要はない」
少々気まずい思いをしながら、チャフセックは言った。
「そして、私の願いも決まりだ。フェイニア・マコヴナーに行動の自由を保障してくれ」
今度はフェイニアが驚く番だった。
「そんなことをお願いするの? 他になにか、研究室のこととか、あなた自身の望みとか、色々あるでしょう?」
チャフセックは微笑んだ。
「きみは命の恩人なんだぞ、フェイニア。その上、きみはこの船のことを気にかけてくれた。お礼に私がきみのことを気にかけたって、構いやしないだろう」
それから、重力匠に向かって、付け加えた。
「<ゲート>の通行制限の解除は、もちろんあんたならできるだろう。それに、重力匠の名前で、彼女の父親に手紙を送って欲しい。娘さんは十分大人だし、自分のことは自分で決められる、とね」
「ついでに、お嬢さんの自由を保障しない場合、マコヴナー財団の<ゲート>通行はかなり制限されるだろうとでも、付け加えてあげるよ」
いつものにやにや笑いを浮かべながら、重力匠はうなずいた。
「さて、これで一件落着、今回のゲームも楽しかったよ。また縁があれば会おう」
重力匠が言うと同時に、彼の姿はかき消えていた。
「せわしない奴だな」
チャフセックはあきれて言った。
「でも、たぶん悪い人ではないと思うわ」
フェイニアが言って、そっと、チャフセックに身を預けてきた。
チャフセックはちょっと驚いたものの、目を閉じ、体を自分に委ねてくるフェイニアをぎこちなく抱き、半分映らなくなったスクリーンを見た。
はじめは豆粒のように見えたアカデミーの姿は、次第に大きくなりつつある。彼のひどく長かった一日は、もうすぐ終わるのだ。
そう思うと、ひどく寂しいような気持ちに駆られ、彼はフェイニアを抱く腕に、わずかに力をこめるのだった。




