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六.ゾル・メルテ停止作戦

 エアロックを抜けて宇宙へ出ると、チャフセックは宇宙服に内蔵された無線通信機のスイッチを入れた。

「こちらはチャフセック。<黄金の嘴>号、応答願う」

『こちら<黄金の嘴>号のペイグロッド。こちらの準備は順調に進んでいる』

「引き続き準備を進めてくれ。こちらはこれからそっちに向かう。以降の通信はゾル・メルテを刺激する恐れがあるので、こちらからの送信は控える」

 通信機を受信のみに切り替え、ヘルメット内面に表示させた残り時間を確認する。カウント二五一三から、彼の呼吸に合わせるように、ゆっくりと、確実に数字が減り続けている。ペイグロッド船長から教えられた情報から逆算すると、このカウントがゼロになるとき、ゾル・メルテは自爆するのだ。

 チャフセックは宇宙服の推進用ノズルをゆっくりと開いていった。それに伴って、彼の体が速度を得て、前へ進む。噴出ガスもゾル・メルテを刺激する可能性があるから、加速はその探知領域外で終わらせ、減速は目標のごく近くで行わなければならない。

 ヘルメットのフィルターグラス内面に表示された距離計を頼りに、チャフセックは加速を停止した。あとは慣性に任せて、ゾル・メルテの待つ位置まで近づいていくだけだ。

<黄金の嘴>号の姿は豆粒ほどの大きさから変わらず、背後の<逆巻き時計>号を振り返ることもできない。自分が進んでいるのかを距離計でしか確認できないまま、時間が過ぎていく。周囲の景色は少しも変わらない。それでもチャフセックは、確信を持って前方を見つめ続けた。宇宙交易史研究室に在籍するには、この完全な孤独を友とする素質が必須なのだ。<ゲート>のない宙域への長い航海、得体の知れない遺物との緊張感に満ちたランデブー、何が起こるかわからない遺跡船の探検、危険に満ちた曳航作業、その結果得られるのは、アカデミーの予算を食いつぶす厄介者としての烙印だ。

 それでもチャフセックは、この仕事を愛していた。これが一番、自分の性に合うのだ。今も彼は、沈黙のなか、宇宙を漂いながら、気分が高揚するのを押さえられないでいた。確かにこれは「自分向きの仕事」だ。チャフセックは思った。

 そのまま、長い時間、彼はただ慣性に任せるまま宇宙を進んだ。ようやく、<黄金の嘴>号の船体が見えてきたとき、視界の右下に表示させた残り時間のカウントは、一五二二。作業時間を考えても、ある程度余裕が見込める時間だ。

<黄金の嘴>号は、<逆巻き時計>号の三倍はあろうかという船体で、船でモデル映像を見たとおりのくさび形、そしてそのちょうど真ん中あたりに、円盤状の物体が取りついている。<逆巻き時計>号と同じくらいの大きさのその物体--もちろんそれがゾル・メルテだ--からは、八本の足のようなものが伸びていて、それが<黄金の嘴>号の胴体に深々と突き刺さっている。八本足で捕らえたあと、ぐいと自分の方に引き寄せた、といった格好だ。円盤の基部と<黄金の嘴>号の、ちょうどデッキがあるのだろう場所が接触して、互いにへしゃげているのが見て取れる。

 チャフセックはその変形した部分へ向かって、わずかに姿勢を調整した。整備用のハッチは、ちょうどあの接触している部分にあたる。減速しつつ近づくと、まずいことがわかった。

 当の整備用ハッチは、接触部からわずかにそれた位置にあるものの、それを開くためのスペースは、ぎりぎりといったところだ。

 チャフセックは宇宙服の姿勢制御用ノズルを少しずつ開き、整備用ハッチに近づいていった。ふたつの船体が接している間に、体をねじ込んでいく。これ以上進むと船体に頭をぶつけるくらいの位置で、彼は膝と手に仕込まれたマグネットを作動させた。磁力によってゾル・メルテの船体に四つん這いになったチャフセックは、さらにずるずると前進していった。

 体を持ち上げ気味にして前方を確認すると、ほとんど目の前にハッチがあった。さあ、ここからが第一の難関だ。

 チャフセックは工具を収納してあるポケットから、切り欠きをいくつも備えた金属の四角柱を取り出した。宇宙交易史研究室とゾル・メルテとの長い戦いの経験から作られた、ハッチを開くための合い鍵だ。

 チャフセックは狭い隙間に手を伸ばして、手探りで、ハッチの横にわずかに露出している鍵穴を見つけると、そこに鍵を差し込み、ぐるりと百八十度捻った。それと同時に、ハッチがゆっくりとせり上がった。

 浮き上がったハッチの扉を力いっぱい向こう側へ押しやると、扉はスライドした。

 ひどく狭い隙間に、体をねじ込み、なんとかハッチの中へ入ろうとすると、背中のあたりが引っ張られる感触がした。おいおい、何かが引っかかったのか?

 チャフセックはゆっくりともとの姿勢に戻り、腕を背中に回した。これだ。無線通信ユニットの、アンテナが引っかかったのだ。

 彼はため息をついて、アンテナを根本からへし折った。油圧によって体の動作が増強されるので、さほど力ずくといった風でもなく、アンテナはぐにゃりと曲がった。何度か違う方向へ曲げてやると、アンテナはとうとう基部からはずれた。チャフセックがそれをぽいと放ると、それはくるくると周りながら遠ざかっていく。

 さて、作業の続きだ。もう一度隙間に体をねじ込んでいくと、こんどは何とか、開いたハッチに体を引きずり込むことに成功した。やれやれ、第一段階の終了だ。

 チャフセックは宇宙服に装備された照明をオンにすると、首だけを捻って、ヘルメットの視界が許す限りの周囲を見まわした。ホロ・シミュレーションや実地でも何度も見てきた、一般的なゾル・メルテ型のメンテナンス用通路だ。狭く無機質で、これを開発した人間の、合理性への傾倒が見て取れる。

 彼はその狭い通路を、這うように進んだ。曲がりくねった通路をしばらく進むと、多少体の自由が効く程度のスペースが用意された場所に出る。そこは球形の空間で、チャフセックが壁の曲面を調べると、一ヶ所のパネルが浮き上がっているのがわかった。彼がそのパネルを押し込むと、それは開き、その下から数字の描かれたキーパネルが現われた。これで、第二段階も終了だ。

 あとは、ゾル・メルテ型に共通の緊急用停止コードを入力してやればいい。チャフセックは、一度その番号を口の中で唱え、宇宙服の不器用な指先でキーパネルを押す練習をし、深呼吸をした。それから、キーを押した。

 何も起こらない。

 通常なら、キーパネルが点滅し、入力が完了したことを知らせるはずだが、それがない。

 もう一度深呼吸をして、再度キーを押す。

 やはり、反応無し。

 異常事態だ。

 チャフセックは残り時間を確認した。カウント〇七〇九。無線機を送受信可能に設定し、呼びかける。

「こちらチャフセック。ペイグロッド船長、応答願う」

『こちら……グロッド……ちらからの送信……えない』

 アンテナをへし折ったおかげで、通信がうまくできていないらしい。チャフセックはポケットからワイヤを取り出すと、一方をアンテナを折った残りに引っかけて結び、もう一方をゾル・メルテの船体に接触させた。これで、ゾル・メルテの船体がアンテナ代わりに働いてくれるはずだ。

「ペイグロッド船長、通信の状態は回復したか?」

『ああ、ちゃんと聞こえている。何か問題か?』

「通常の停止シークエンスが上手くいかなかった。私はこれからゾル・メルテのセンサーを潰しにかかる。そちらの乗組員は全員救難艇に移動したか?」

『移動は完了している。だが発進は……』

「オーケイ。こちらから直接送信できないので、この回線を、<逆巻き時計>号につないでくれ」

『了解した』

 ガリガリというノイズが鳴り、その後でフェイニアの声が聞こえてきた。

『チャフセック船長、わたしを呼んだ?』

「ああ、きみに仕事ができたよ、フェイニア船長代理」

 チャフセックは言った。

「そっちを出る前に復習した、牽引ビームの使用方法は覚えてるか? そいつを使って、ゾル・メルテのアームのひとつを動かして欲しい。位置はペイグロッド船長から聞いてくれ。タイミングはまた連絡する」

 さて、ここからが正念場だ。チャフセックは思った。残り時間のカウントは〇四五五。今からこの忌々しい機械の中枢に潜り込み、センサーと爆破装置の接続を解除しなくてはならない。

 キーパネルのあった空間から、さらに奥へ向かう通路へ、チャフセックは足を進めた。ここまで来れば、作業スペースを兼ねている通路は少し広めになっている。チャフセックはマグネットをオフにして、周囲の配管や機器に掴まりながら、奥へ奥へと進んだ。とにかく時間が問題だ。

 カウント〇四二〇。カウント〇四一九……

 出し抜けに、小さな部屋のような空間に出た。その壁には複雑な配管と回線が走り回り、いくつかのディスプレイが点灯している。

 チャフセックは記憶を頼りに、そのディスプレイのひとつへと近づいた。三百年前にこの地域で支配的な力を持っていた種族の文字が表示されている。内容は『自爆シークエンス実行中』。

 チャフセックはそのすぐ下にあるパネルに手をかけ、それが歪むのも構わず引きはがした。中を見て、彼はぎょっとして動きを止めた。内部はぎっしりと回路基板が刺さっているのだが、基板は上から硬化剤かなにかで滅茶苦茶に固められている。明らかに、この場所へ侵入されたときのための処置だ。チャフセックはその部分に、落書きのように書かれている言葉を読んだ。

『くたばれ、帝国のクズ共』

 そういうことか。これで、緊急用停止コードが作動しなかった理由がわかった。このゾル・メルテは、いったん敵方に回収され、改ざんを施された上で、元の場所へ送り返されたのだろう。定期メンテナンスに訪れた技術者を狙ったといったところか。

 それはともかく、これでは必要な基板を抜き取ることができない。壁全体を眺め渡し、必死に記憶をたどる。思い出せ。センサー類の接続基板は、他にどことつながっていた?

 かすかに記憶の中にある位置をたどり、別のパネルを引きはがす。違う、これじゃない。もうひとつ隣だ。

 やっと見つけたパネルの下は、ありがたいことに、硬化剤で固められてはいなかった。そこに並んだ基板のなかから、三枚を選び出して引き抜く。これで大丈夫だ。

 もう一度、ワイヤの即席アンテナを部屋の隅に触れさせて、交信を試す。

「フェイニア、聞こえてるか?」

『こちらフェイニア。ちゃんと聞こえてる』

「牽引ビームの準備は?」

『いつでも発射可能。でもこれを使って、そっちは爆発しないの?』

「そうならないように、今いたずらをした。ビームを発射して、ゆっくり腕を引きはがしてくれ」

『了解。あなたを信じて、やってみるわ』

 あなたを信じて、か。思えばフェイニアとは奇妙な関係だったな。チャフセックは思った。出会ってからまだ一日と経っていないのに、いつの間にか、彼女とずっと一緒にやってきたような気分がする。

『オーケイ、ゾル・メルテの腕を動かしたけど、反応無し。救難艇が出てきたから、そっちを引き寄せるわ』

「いい子だ、フェイニア」

 言いながら、チャフセックは目を閉じた。ふっと息を吐き、目を開く。カウントは〇一〇二。

「さて、無駄なあがきをしてみるか」

 チャフセックは身を翻し、推進装置のノズルを開いた。

 体が加速を感じ、通路に突入すると同時に視界いっぱいに壁が迫ってくる。壁に手をつき、無理矢理に方向転換する。飛び跳ねる魚のように暴れ回りながら、彼の体は通路を抜けていく。

『……長、あなたはどう……指示を……』

 フェイニアの声が切れ切れに聞こえるが、返答している暇はない。

 いや、むしろ彼女に、脱出できたとしても爆発に巻き込まれることは確実で、自分はもうおしまいだ、と伝えた方がいいのではないか? そして最後の時間を、彼女を啓蒙するために使うのが賢明ではないのか?

 残念ながら、自分はそれほど賢明であることを望まないし、端的に言えば、死にたくない。チャフセックは心に浮かんだ思いを振り払いながら、狭くなった通路に飛び込んだ。カウント〇〇四三。

 通路というよりは排気口や通気口とでも呼んだ方がよさそうな空間を、マグネットのついた手足の動きを頼りに、這いつくばって進んでいく。フェイニアの声がノイズ混じりにヘルメットの中に響きわたり、前方に、黒く開いた小さな窓が見える。外だ。カウント〇〇二一。

 最後の直線を突き進む。宇宙に出ようとした瞬間、手足が引っ張られて通路の中に逆戻りする。マグネットを切らなければ。

 マグネットをオフにし、再び宇宙へ飛び出す。すぐ目の前に迫る<黄金の嘴>号の船体を蹴り飛ばし、広い空間を目指す。再び推進装置を全開に。ガスが勢いよく噴出し、絡まり合った二つの船体がみるみる遠ざかる。カウントは〇〇一〇。間に合わない。

『船長、照明をこっちへ!』

 出し抜けにフェイニアの声がはっきりと聞こえ、はっとしたチャフセックは、<逆巻き時計>号のあるはずの方向へ、体をねじった。

 ガツン、と全身に衝撃が走る。

 体が引きちぎれそうなほどの力が彼を引きよせる。

 一瞬のうちに恐るべき速度に達した肉体が、意識を手放そうとする。

 遠ざかる意識のなか、ゾル・メルテの方へ振り返ったチャフセックは、そのこぶしほどの大きさまで遠ざかった船体と自分とのあいだに、見慣れた紡錘形の船体が割って入るのを見た。

 カウント、〇〇〇〇。

 閃光が、<逆巻き時計>号のシルエットを、逆光に浮かび上がらせた。


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