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二.フェイニア・マコヴナー

 宇宙船の格納庫は、研究室の裏手からすぐの場所にあって、その行き来の便利さに、かつての研究室の地位の高さを感じさせる。建物は老朽化してはいるものの、雨風をしのぐという役目にはまったく問題がない。が、逆に言えば、それだけのことであって、屋上が開閉する機能がなんとか生きていることを除けば、ただの倉庫とあまり変わらない。

 チャフセックはフェイニア嬢をともなって、その入り口にやってきていた。旧式の生体認証式ロックに手をかざすと、ピン、と音がしたあと、扉はぎこちなく横へスライドした。

「お見せするのはちょっと恥ずかしいオンボロですが、これが私たちの宇宙船、<逆巻き時計>号です」

 言いながら、チャフセックは格納庫に足を踏み入れた。研究生の誰かが放っておいたのだろうバケツを足で物陰に押しやりながら、扉の横のパネルを操作する。すると、薄暗かった格納庫の中が光に満たされた。

 そこは広大な空間で、かつては何台もの宇宙船が停泊するスペースがあったのだと思わせる大きさがあった。しかし、今この格納庫に置かれているのは、ちょっとした家といってもいいくらいの大きさの、横倒しになった紡錘形の一機のみだ。それがつまり、チャフセックの宇宙船、<逆巻き時計>号だった。

「珍しい、形ですね」

 感嘆の響きが混じった声で、フェイニア嬢が言った。

「わかりますか? レプトミル社製六十九年型ファーロメオのカスタム・バージョンで、私たちの研究室専用に、一台きりで制作されたものです。ワープドライブは内蔵式で三基、それに私たちの用途に合わせて、捕捉アームと重力発生器が特注品になっています。牽引ビームを同時に三本照射して、船体の数十倍はある遺跡群を、完全に固定したまま運べるんですよ。フィン・ヴァン=ケリオがアレル帝国の凍結艦隊を発見したのも、ゴルデン・メーシュアンがさまよう宇宙鯨を発見したのも、この船に乗っていたときでした。それから軽く百年は経っていますが、私たちはまだこれを、現役の宇宙船として使っています」

 チャフセックは船の価値がわかる人物に出会った喜びから、興奮してまくしたてた。それからやっと、彼女が『珍しい』という言葉を使ったのに気づいた。彼女の年齢なら、移動には<ゲート>を使うのが生活の常識という世代だ。宇宙船を見たことのある人間は、ひどく限られているだろう。

「マコヴナーさん、あなたは宇宙船を見たことがおありで?」

「フェイニアと呼んで下さい、チャフセックさん」

 フェイニア嬢はそう言って微笑んだ。

「わたしの家に、光子帆船が何隻かあるんです。父の趣味で」

 趣味で光子帆船を持っているとは、かなりの金持ちに違いない。そう考えたとき、チャフセックはマコヴナーという名前になぜ聞き覚えがあったのかを思い出した。

「失礼ですが、お父上はマコヴナー財団の……」

 フェイニア嬢はうなずいた。

「ええ、マコヴナー財団理事長のカイル・マコヴナーは、私の父です」

 カイル・マコヴナーは、ロッドベルト星系の支配者とも言える人物だ。マコヴナー財団は<ゲート>を利用した商売にいち早く進出した企業のひとつで、その財力は銀河知的生命連合の中でも五本の指に入るほどだろう。

 彼女がその娘? もしこの世に神がいるのだとしたら、それはずいぶんえこひいきをする奴に違いない。

「それは……ええと、失礼しました」

「そんなにかしこまらないで下さい。父は父、わたしはわたしですから」

 フェイニア嬢は言って、ゆっくりと<逆巻き時計>号に近づいた。

「ほんとうに、素敵な船ですね。チャフセックさんが、操縦されるのですか?」

「ええ、実は私が、この船の船長でして」

 チャフセックは頭を掻きながら答えた。

「まあ!」

 フェイニア嬢が、ぽん、と手を合わせた。

「チャフセックさんは、船長でいらっしゃったのですね? どうりで、堂々としていらっしゃると思いました」

 美人に褒められて、悪い気のする男はいない。チャフセックもその言葉に照れて、いやいや、となにやらぶつぶつ言った。

「では、もうちょっとお願いをしてもよろしいですか?」

「ええ、もちろん」

 フェイニア嬢の言うままに、チャフセックはうなずく。

「船の中を、見させていただいてもよろしいですか? わたし、宇宙船が好きなんです」

「もちろんです、喜んで案内させていただきますよ」

 チャフセックは足早に<逆巻き時計>号に近づくと、生体認証ロックを解除した。紡錘のちょうど真ん中あたりから、するするとゴンドラが下りてくる。

「さあ、乗って下さい。中を隅々まで案内しましょう」

 ええ、と答えたフェイニア嬢が、上品な足取りでゴンドラに乗り込む。そんなに狭くはないゴンドラだったが、それでも、フェイニア嬢のつけている香水だろうか? その香りがチャフセックの周りに漂ってきて、彼は何ともいえない気分になった。

 このまま時間が止まればいいのに、と考えているチャフセックをよそに、ゴンドラがゆっくりとあがっていく。やがてゴンドラが完全に船体に収まると、船体内の明かりが自動的に点灯した。

 そこはちょっとした踊り場とでも呼べる狭い空間になっていて、右手と左手、それに前方には上行きの階段があり、それぞれの横に、『操縦室区画』『機関室区画』『居住区画』と書いた表示がしてあった。

「まずは操縦席をご案内しましょう。こっちです」

 チャフセックが左を指し示すと、フェイニア嬢が言った。

「あら、チャフセックさん?」

「何です?」

「肩口に、なにか……」

「ええ?」

 フェイニア嬢が指さした方向を見ようと首をねじったチャフセックは、首筋にひやりと冷たい感触があたるのを感じた。

 お? と思った瞬間だった。彼の目の前が急に暗くなると、猛烈な眠気が襲ってきた。ふらふらと階段の手すりに寄りかかったチャフセックは、そのままずるずると崩れるように倒れた。無様に倒れた彼が見あげると、興味深そうな顔つきで、フェイニア嬢が見下ろしていた。

「チャフセック船長、大丈夫ですか?」

 言葉とは裏腹に、その声は楽しげな調子だった。

 なんだかえらいことになったぞ。ぼんやりとチャフセックは考えたが、その考えもろとも、意識は闇に沈んでいった。


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