おれいのおふだと青いネコ
その村は弓づくりがさかんで、村人たちは弓をつかうのもとくいでした。
ある日、村の少年が自分で作った弓で狩りにでかけました。
霜月透子様のひだまり童話館「ゆらゆらな話」参加作品です。
弓を持った少年がススキの茂みをかきわけて、細い道を歩いています。
少年の村は弓づくりで有名で、遠くの町からも弓矢を買いに来るほどです。
少年は自分で作った弓矢をもって、狩りにきています。
弓のとくいな少年は、飛んでいる鳥を落とすこともできるのです。
少年が茂みをしばらく進むと、ススキの間に大きなクモの巣があります。
クモの巣には一匹のハチがかかって、もがいていました。
少年は「クモはこのハチを食べなくても死なないけど、ハチはクモに食べられれば死んじゃう」と考えました。
そして、弓の先でクモの巣をはらって、ハチを逃がしてやりました。
するとあたりが急にどよどよと暗くなり、冷たい風がゴウっと吹いてきました。
ススキの茂みの向こうから、大きなクモの化けものが姿を見せました。
少年はゆっくりと弓に矢をつがえ、力をこめて弓を引きました。
そして、仏様においのりをします。
「南無八幡大菩薩……」
少年が放った矢は、化けものの頭にあたりました。
すると化けものの姿はきえて、あたりは明るくなりました。
化けものがいたあたりを見に行くと、地面に頭のつぶれたクモがいました。
「ぼくがハチをにがしたせいで、クモを死なせてしまったか。かわいそうなことをしたな」
村では狩りで獲物をしとめますが、そうでないときはなるべく生き物をころさないようにしていたのです。
少年はクモを土にうめると、墓石代わりに石をおき、手を合わせました。
ススキの茂みの奥に入った少年は、二羽の鳥をしとめて帰りました。
その日の夜、少年は不思議な夢をみました。
夢の中にハチが現れて、こう言ったのです。
「お助け下さって、ありがとうございました。お礼にこの札を差し上げます。弓を使うときに願いをかけると、どんなに難しい的でも必ずあたります」
目を覚ました少年の枕元に、一枚のお札がおいてありました。
かすかにハチミツの匂いがします。
その日から少年は狩りにいくときには、必ずお札を持っていきました。
でも少年は弓が得意なので、お札を使う機会はありませんでした。
それから十年ほど経ちました。
大人になった少年は、大きな戦に参加しました。
海の近くでの戦いのとき、敵の船が扇を立ててこちらに手をふっていました。
「弓矢で当ててみろ」と言っているようです。
大人になった少年は、軍を率いる大将から「あの扇を弓矢で射落とせ」と命じられました。
その船は波風でゆれており、とても当たりそうにありません。
いまこそ、あのお札を使うときです。大人になった少年はお札に願いをこめました。
「南無八幡大菩薩……」
飛ばした矢は、ゆらゆらとゆれる扇をみごとに落としました。
* * * * * *
「と、いうお話なの。浩二くん、源平合戦って知らない?」
実佳姉ちゃんが昔話をきかせてくれた。
「うん。ぼくはぜんぜん知らなかったよ」
ぼくは近所の人たちと海水浴に来ている。
実佳姉ちゃんはぼくの家の近くに住んでいて、困ったときにはいつも助けてくれるスーパーお姉さんだ。
今日の実佳姉ちゃんは、中学校の水着にネコ耳つきのカチューシャをしている。泳いでも取れないそうだ。
白い砂浜から海を見ると、沖合にボートが浮かんでて、その上にハタが立っていた。
泳ぐ人は、それより先に行ってはいけないみたいだ。
ボートを見た実佳姉ちゃんが「ヤシマみだいだ」って言ったんだ。
ぼくが「ヤシマって何?」ときくと、『おれいのおふだ』の話をしてくれた。
戦争があった場所がヤシマらしい。
「浩二くん、中学生になったら歴史とか国語で、平家物語を習うと思うよ。そうだ。浩二くんは牛若丸って知ってる?」
「うん。たしか、ベンケイっていう大きな人に勝って家来にするんだよね。前に同じクラスのアヤメちゃんが教えてくれた」
アヤメちゃんは小学校で同じクラスで、歴史がとくいな子だ。ふだんはおとなしいけど、大昔の事件の話をするとき、目がきらきらするんだ。
「へー……」
あれ? 実佳姉ちゃん、今ちょっと機嫌が悪い?
「でも、実佳姉ちゃんのお話の方がわかりやすかったし、面白かったよ」
「そ、そう? それで牛若丸が大人になって、源 義経と名乗るようになるの。さっきのお話の主人公は那須与一って名前だけど、扇を撃つように与一に命じたのが義経って人なの」
「ふうん。その話って、中学になったら習うのかな?」
「前半の民話は学校では出ないわね。扇を落とす場面は、平家物語という古い書物に書かれているの。平家物語は中学の教科書にでるよ」
その時、近所のおじさんがぼくたちを呼んだ。
「実佳ちゃーん、浩二くーん。スイカわりをやるよー」
「あ、呼んでるね。行こっ、浩二くん」
「うんっ」