第74話 桜舞い散る春の訪れ
風祭疾斗の愛機『S◇REETMAGIC 110cc』クラッチ知らずな2倍速のエンジン。左右同時のブレーキを放し、右手のアクセルさえ回せば悠々走り出せる孤高の存在。
青信号ダッシュだけ、無類の速さを誇る。ライダー自身が調子づいてアクセルを捻り過ぎで前輪浮かせる事もしばしば。
こればかりは共に往く通常の原付2種。爵藍颯希駆る125D◇KEさえも立ち上がり時のほんの僅か、置き去りにされる。クラッチを繋ぐ行為と通常エンジンのやむを得ないもどかしさ。
しかしバイクも乗り手も若輩者な2台と2人を嘲笑うかの如く一挙抜き去る、飛べない翼操るM◇X50R改。エンジン排気量を示す50はただの飾りとはいえ、車体に似合わぬ68.8ccしかない小さなエンジン。
排気量だけなら2倍近くある2台も涼し気に躱して往くのだ。原付1・2種の制限時速はおろか、四輪のそれすら遥かに凌ぐ大人気ない速度。
然もライダーは50代、バイクも1983年式という途方もないロートル。自分でエンジンをN◇R50に載せ替え、ギヤ比も低速域へ振った鬼加速仕様。
6速ギヤの5速、ギヤ比率1:1でエンジン回転数10000にぶち込み、速度計の針が丁度3桁に届く勢い。
とどのつまり未だ本気を出していない。メーターとミラーに映る2台を尻目に『遅い』と独り悦に浸るのだ。
『電子制御? リミッター? そんな面倒くさい物付けてるから今時のはトロいんだよ』
さも偉そうな口走りだが、このライダー。寧ろ電子制御処か電気配線すら分からぬひがみ根性故の裏腹的発言なのだ。
風祭疾斗&爵藍颯希のカレカノコンビが共に往くのは当然の事として、二人に絡み走りな飛べない翼はどうした理由か。
実はこの三台と三人。
全国の切符を手に入れた明誠高校のアイドルにしてテニス部の圧倒的部長。逢沢弘美の応援をすべく、関東から秩父・山梨の峰を越え、一路静岡を目指す真っ最中なのだ。
ピッ。
『──この先のコンビニで休憩入れませんか? (ガソリン)スタンドも併設してます』
スマホを介したインカムマイク用いた風祭疾斗からの弱音。箱根の山越え以来、休まず1時間半は走りづくめ。
ピッ。
『何だァ、もぅへばったのか? 若ぇ癖して……しょうがねぇなぁ』
このロートル走り出したら最後。『止まったら死んじまう』鮫の如く、走り続けるのでこうして誰かが弱音役を買って出る。
飛べない翼──本音の処、バイクの水温もライダー自身も相当へばっている。それでも最年長の負い目を負けん気に挿げ替え若者の敗北を引き出す迄、無駄に頑張るのだ。
これでようやく上がり過ぎたバイクの水温と、ライダー自身の水分補給が出来る。
何よりこの三台中、一番燃費最低のバイクに飯を食わせられ一息つけるのだ。内心ホッとしている最大手。
先ずオアシスに各々のバイクを滑り込ませ、給油を済ませる三台。終わればそのまま隣のコンビニへバイク毎、移動する。これでようやく一息つける。
「──ったく速過ぎです。(警察)捕まっても知りませんよ」
眼鏡を外し、ヘルメットを脱ぎ、再び眼鏡をかけ直しつつ、吐息混じりで親以上の歳上へ文句を告げる疾斗。
なおストマジは空冷エンジン。水温計なんて便利なものがない。エンジンの熱さを気にして火傷覚悟で無駄に触れる確認の仕草。
「なぁに弱音吐いてやがる。お前が『自走で静岡まで応援に行く』って言い出しっぺだろうが」
強がり言うロートル。後付けの水温計が100℃付近を行ったり来たり。内心ハラハラもの。停車すると風による冷やしが利かない故、此方もビビッているのだ。
然しこの年配者が言うのも事実──。
関東はおろか千葉脱出も川渡って隣の茨城に行った経験しかない疾斗。
春を迎え間もなく高校三年生。『幼馴染が全国で活躍する様をどうしてもこの目に焼き付けたい。さらに自分も努力の上、その舞台へ辿り着きたい』と行きつけの喫茶店にて宣言した。
恋人の颯希は正直心配混じりながらも『行くからには私もD◇KEで着いてく』と即決。然しながら目的地の大学まで約200kmの大移動。颯希すら経験のない冒険。
『危なかっしくて黙って見てらんねぇな』
或る意味、バイクも歳も一番危うそうな飛べない翼が聴きつけ、名乗りを挙げたという経緯である。けれどもこの男ですら、ここ数年多忙を言い訳にして自宅⇔喫茶店往復50kmしか走っていない。
然し『長距離走るからには……』とやる気充分。消耗品や前後タイヤ、全部自分で交換の上、この場に馳せ参じた次第。
同じ2ストエンジンの疾斗に『オイル絶対忘れんじゃねえぞ※』と釘まで刺した。
※2ストロークエンジンはエンジンオイルを燃やしながら潤滑するのでオイル交換でなく継ぎ足す仕組み。
だが実の処このロートル、近頃の疾斗の走りぶりを読み、余り心配などしていない。
要は自分が遠出出来る口実を家族に言い訳出来る。年甲斐もなく胸躍らせていた。
Web小説家、疾風@風の担い手の作品フォロー。さらにPVだけでなく重い腰上げ、ようやく♡を付ける様になった。
若き青年が書いた文章の落ち着き振りに『ほぅ……』と唸りながら子供らしからぬ成長具合を知ったからこそ心配していない次第。走り自体を見た訳ではない。
──危うい若造が彼女作った途端、落ち着き払いやがって。愛はペンより強きだな。
この男、身勝手に諺を創りたがる奇癖がある。普通『The pen is mightier than the sword 』であるべき。
老いた既婚者の悪癖。
若者達の恋愛に首を突っ込みたがる処。
彼曰く『剣より愛の覚悟が格段に強い。それを描けるペンこそ最強』決して揺るがぬ自負。
「──ふぅ……」
疾斗を疾風へ転じた張本人がメットと上半身のみツナギを脱いで溜息一つ。
硬い素材のツナギこそボディラインを押さえ付けるが脱いだ途端、大きなモノが薄いアンダーウェアと共に顔覗かせる。
彼女の中身へ彼氏である疾斗と、下心見え見えな50代が思わず見やる。ハラりと舞う黒髪の間を薄紅色の花びらが通り過ぎる。ハッと息飲む可憐さ。
世間は4月初旬、春休み終わりと桜舞い散る季節。
未だ寒暖差激しく、バイク乗り的には苦虫飲む事多い時期だ。
されど本日は雲一つ無き晴天也。まさに絶好のバイク日和。
未だフルシーズン向けツナギしか買うゆとりがない颯希に取って、今日は風切る涼しさより熱気が勝る。よって休憩時は思わず気が緩み、野郎共の視線にルーズ気味となっている。
──やっぱ、俺の彼女ってば最高。
告白より5ヶ月目。
風祭疾斗、思わず独り優越感と自己満足が湧き上がるのを抑えられない、抑える気がない瞬間である。




