第72話 私の何処が??
時刻は21時。11月中旬夜の風、バイクに乗らずとも肌寒い。
爵藍颯希、『可愛げのない格好』と自ら告げる冬のバイクウェアで上下共に包んでいる。唯一譲れないお洒落はD◇KE125と揃いなオレンジ色のルージュだけ。
本当はもっと着飾りたいのだ、彼を誘惑したいが故に。
だけども彼女自身が『あの場所でこれから逢いたい』と疾斗に告げた。徒歩で往くには少し遠い場所。寄って侯爵様のお力添えが不可欠である。あるがままの自分で愛する彼氏の心を打ち抜きたい衝動。
爵藍家の両親へ正直に『これから彼に逢ってくるよ』と真正面から颯希は打ち明ける。
不安な思いを胸の中へ押し留め、笑顔で『行ってらっしゃい』と送り出す両親。母の方は急に大人びた我が娘に通じる何かを感じ取っている。父の側は……正直不安ばかりを募らせていた。
爵藍家の家主、自分が若くて初心な時代の愚かな行為を棚上げしている。
ロクな計画もなく生まれ故郷を飛び出し、まだ彼女ですらなかった妻の実家へ押し掛けた奇跡めいた行動。恋愛を転がすにはクソ度胸も必須らしい。
およそ15分間、1台きりの予選アタック。
静まり返ったニュータウンの路面を噛み締める様、颯希は走る。日中は大型車の往来激しい轍の多い路面を往く。軽量な125ccは跳ねる事も多々ある故、余分な不安を増大させ往く。
競争相手は予選未出走。さりとて恋の本選に進めるとは限らない。
毎朝の様に登る坂道を上がって往く。取り合えずホッと胸を撫で下ろす颯希。サーキット場の門は開いていた。しかしトラック上にお目当てである出走相手の姿が見えない。
止む無くピットへD◇KE125を押し込む爵藍颯希選手。バイクの火を止め窮屈なフルフェイスから美しい黒髪を解放し散らす。今宵の白い満月が、シャワーで流したばかりの長い黒髪を照らした。
今夜は人の危うさを後押しする満月だと知る。流石にそんな暗算していない。けれど他にやるべきことが見つからず、ひたすら満月を仰ぎ見る颯希の心根。
眼だけは蒼い黒髪の美少女がオレンジ色の鉄馬を降りる幻想的な絵面。当人に取っては毎朝の日常。されど事情を知らぬ者が見れば、非日常に映るかも知れない。
「──早く着き過ぎちゃったかな……」
少女の胸中を冷たい風と不安が共に過ぎる。『あの場所で逢いましょう』手掛かりに成っているのか危うい言葉。
──風祭疾斗が本当に自分の事を好いてくれているのなら、分かって欲しいキーワード。
我ながら身勝手なる思い込み。二人の想い出の場所が必ずしも一致するとは限らないのだ。もし相手が現れなければ自分自身で不戦敗を決めてしまう早計な行為。
──ファォン。
甲高い独特な排気音が遠くから木霊するのを、ピアスを開けたばかりの若気の至りな耳が捉えた。
思わずハッと息飲む颯希。聞こえた排気音が次第に音量を増して欲しいと強く願う。高鳴る胸の鼓動と、甲高い排気音を同調したい。
「──来たッ!」
確かに愛しの彼が転がすバイクの音。
自分がさっき登った坂道を駆け上がる2ストロークサウンド。今時滅多に聞けない排気音。然もギヤを変える繋ぎの音が聞こえない。
変速なんて概念のないバイクだからこれは必然。
見えた!
丸目のヘッドライトに白くて中途半端な小さな車体。ライダーらしからぬ普段を重ね着た格好。ヘルメットのバイザー越しに眼鏡が光る。
空いてる校門を恐る恐る徐行で潜り抜ける疾斗とストマジ110。他に誰も停車してない自転車小屋。D◇KEの隣に滑り込ませた。
「疾斗ッ!!」
風祭疾斗がストマジ110を降りてサイドスタンドを立てるや否や、そこへ飛び込む颯希の身体。
やはり彼女は強かである。可愛げのないライダーウェアの下に夏服な学生服を隠し着していた。
加えてD◇KEに取り付けしたトランクボックスの中から、上着のブレザーを取り出し羽織った登下校状態で疾斗を今や遅しと待ち受けていた。
「うわっ!?」
突然颯希に飛び込まれ、後ろに倒れたか細い線な身体の疾斗。
「い、痛てて……」
疾斗、地面に打ち付けた腰を擦らずにいられない。それとは別に柔く温かみのある感触が疾斗の身体を抑え込む。
「遅いっ! 遅いよ疾斗ぉ……私もぅ駄目かと思った」
疾斗の上、馬乗りで涙を浮かべる颯希の蒼い瞳。身勝手な頬を膨らませる。
「ま、待てよ颯希。お前確かに『1時間後に逢いましょう』って言ってたぞ」
疾斗が冷たい地面に押し付けられたままの姿勢で、文句を垂れつつスマホの時計を見せつける。
「え……あ、う……ご、ごめん」
完全に暴走してた自分に気付いた錯乱颯希。謝罪の言葉すら怪しげな様子。真っ赤に染まった顔色を満月が照らす。疾斗を好きな想いが筒抜けと化す。
「そ・れ・に・だ」
倒された身体をゆっくり起こす疾斗である。もっと言い足りない事柄が彼には存在する。
「颯希……いくら僕みたいな情けない男子でもだ。一体どれだけお前から押し倒されたか最早数えきれんぞ」
「あ……アァァ……そ、それも、ご、ごめんなさい」
やはり平謝りな颯希なのだが、冷静に顧みればそれは疾斗が覚えていて然るべきな出来事ではなかろうか。
「そ、そろそろだなぁ……ぼ、僕も男だ。僕の方から……し……」
「な、何よ?」
風祭疾斗、此処で流石に漢を魅せたい。だけども口から吐きたい台詞を中途で止める。『早く最後まで言いなさいよね』颯希が心の内だけにみせるツンデレ。
ガバッ!
風祭疾斗、ここぞの場面を台詞ではなく行動で見せる。さらに身体を起こして自分の上に馬乗りな颯希の事を強く強く抱き締める愛情表現。
爵藍颯希が肩を震わせ嗚咽を漏らす。
「い、いいんだよね? わ、私……あ、貴方の事、す……好きになって」
「嗚呼、大好きだよ颯希」
「ほ、ヒッ……良いの? わ、私、フィル、ニア……じゃ」
「当たり前だ。風祭疾斗は可愛い過ぎる爵藍颯希が大好きなんだ!」
疾斗の胸内で交わされる恋が愛へ転じる会話。疾斗の抱擁が痛い位に颯希を締め付ける。
一見疾斗が漢を見せた素晴らしき場面に映る。けれども疾斗は必死なのだ。大好きな颯希の顔を真っ直ぐ見ながら告白出来ない誤魔化しである。
「そ、それってあの時の私が欲しいの? 幼馴染のあの子じゃなくて?」
嬉し涙でブレザー下のシャツまで、ビッショリ濡れてる颯希の拘り。駄々をこねる幼子の様に答えを欲する。
『私の躰がまた欲しいの?』
『未だくれない弘美の代理?』
ちょっと執拗い感じな颯希の質問。だけども通話の時『颯希の事が好き……多分』と曖昧だった。
疾斗からの窮屈過ぎる抱擁。これは真実の好きだと颯希も信じている。だからこそ現在進行形な疾斗の愛の理由を知りたい我儘なのだ。
疾斗が『あの時の私』を聞いた途端、硬直するのを颯希は感じた。
「──ほ、欲しくないなんて嘘だ。正直もっともっと颯希が欲しいさ。だけどな……」
「──??」
此処でようやく疾斗が颯希を抱く腕の力を緩めて、未だ泣いてる蒼い眼を覗き込む。次の言葉へ一呼吸間を置いたので颯希の心に疑問符が浮かぶ。
「颯希……お前が『あの時の場所で逢いましょう』って言ったあの瞬間、僕は恋に落ちた。だって余りに可愛過ぎるじゃないか」
もう既にクシャクシャでどうしようもない颯希の顔が歓喜でさらに歪む。
──夏の終わり、二人の恋は此処から始まったのだ。
「最初の想い出の場所へ僕を誘う爵藍颯希が、もう誰よりも可愛過ぎるし『嗚呼……俺この子が好きだ』と心底感じたんだ」
「──ッ!」
「こ、こんな答えじゃ駄目か?」
疾斗がようやく答えを出せた。しかし自分の答えが余りに気恥ずかしい事この上ない。またもや目を逸らしてしまう。
「──ッ!?」
感極まった颯希が疾斗の口を自分の口で塞ぐ。
──駄目ッ、これ以上格好良い事聞いてらんないッ!
疾斗の事を驚かせ、自分のペースへ引き戻さないと幸福が心を突き抜けそうだ。まんまと驚く疾斗の口から自分の口をゆっくり離す。
「100点だよッ!! 疾斗本当に大好きッ!!」
次は颯希からの熱い抱擁。
爵藍颯希、世界で一番自分が幸せだと確信した月夜の晩の一部始終。こうして幕を閉じ、そしてこれから始まるのだ。




