第71話 あの場所で逢いましょう
『──風祭疾斗は多分、いや恐らく爵藍颯希のことが好きです』
お風呂上りで髪をブラシですいてた私、爵藍颯希。疾斗のビデオ通話を見聞きしてから真顔で固まる。そしてタオルを顔に掛けつつ天井を思わず見上げた。
多分、恐らくの後に続いた唐突な台詞。聞いてる此方が辛くなる程、弱々しい声。
──私自身?
凄く、とても、最高、非常に、大変、極めて、尋常なく、甚だしく、物凄く、段違いに、超、著しく、並外れて、大層喜んでるに決まってるじゃない!
喜ぶをより際立たせる形容詞がもっと欲しいよ!
ぜんっぜん足りないよ!
お風呂で既に火照り気味の顔がもっともっと赤くなるのが分かる。だから思わずタオルで隠した。手首に透けて見える脈もドクドク波打ち落ち着かない。
夏休み明け、明誠高校へ転入して以来、私は自分でも驚くくらい……同性から『嫌な女子』だと言われても仕方ない程、あの手この手でこの日を待ち侘びた。
自分がこんなにも恋愛に対し、計算を入れるだなんて知らなかった。いくら恋敵が超絶可愛い幼馴染だとはいえ、短い間に疾斗を散々誘って煽り続けた自覚があるの。
──どうしよ、胸が喜び過ぎて痛くてどうしようない。苦しい……嬉しいのに息詰まるよ!
お風呂上り、辺りはもう夜。そんな事どうだって良いの! 今すぐスマホの画面から飛び出し、疾斗の元へ行きたくてウズウズしてる!
だけども画面向こうの疾斗……正直本音がまるで見えない。
疾斗が恋愛に初心で私を本当に好きなのか悩んでいる。それは分かってるつもり。何より先週は私もやり過ぎたと思ってる。
やらしい話、疾斗から『もっとあの時の颯希が欲しい!』と望まれても私驚かないし、むしろ嬉しい。だって私も同じ気持ちだから。
いっそこのまま『私も大好き』って返事しちゃえば良い気もする。これもやらしい話、彼氏彼女の関係になってから、お互いの本当の気持ちに気付いても全然不思議じゃない。
『──い、颯希?』
疾斗が可哀そうなくらい心配な顔で私を見ている。私が何も返事しないから凄く不安で仕方がないんだろうな……。
──私、やっぱり……とっても嫌な女の子だ。
私は自分を取り繕ってスマホ向こうの疾斗を見つめる。絶対顔が赤いしニヤけてる。だけどこれが正直な自分の気持ち。今さら恥ずかしがってどうする私!
爵藍颯希17歳、この高鳴りを絶対絶対、風祭疾斗に焼き付けるの! ブレない疾斗をいっそ私が作ればいいんだ!
「疾斗……私すっごく嬉しいんだよ。で、でもやっぱり直接会って聴きたい……1時間後、あの場所、二人っきりで逢いましょう」
『あ、あの場所?』
私は嬉しさで泣きたい気持ちを抑えながら我儘を言う。私の頭の中に浮かんでる絶対ブレないあの場所。私は敢えてそこまで言わない。
スマホ向こうの疾斗があからさまに困った顔で私の顔を覗いてる。ごめんね疾斗、でも貴方の場所も同じだって私信じてる!
「じゃあ……私着替えとか準備あるから切るね」
プツンッ。
「や、やっちゃった……。もう動くしかないよね私の侯爵」
私は寝間着を無造作にベッドに脱ぎ捨て、防寒用のアンダーウェアに袖や足を通してゆく。正直可愛い格好じゃない。本音は先週の弘美みたいな秋のコーデ……ううん、違うな。
フィルニア姫みたく素敵なドレスに負けない位のお化粧をして、社交界デビューする感じで疾斗の胸に飛び込みたい! ──だけど私は侯爵と一緒に疾斗へ恋した。
だから白馬の王子様の迎えを黙って待つお姫様になる気はないの。侯爵に乗って私自ら愛を掴みに行く!
家のガレージで待ってるお日様みたいな私の侯爵。彼が繋いでくれた恋。これが爵藍颯希よ。ありのままの私を魅せたい!
『早く、一刻も早く来い。優柔不断な王子様を迎えにな』
──分かってる、だけどルージュ引く時間くらい待ってて私の侯爵。
防寒着といつもながらの肩幅大きいバイクウェアに身を包む私。でも……オレンジ色の口紅だけは譲れない。化粧台に映る自分を見ながら、やらしい気分で引き終えた唇に触れた。
──欲しい……此処に貴方の本気が欲しいの。神様お願い、私の疾斗をあの場所へ導いて下さい。




