第69話 好きにしっかり向き合え自分!
僕、風祭疾斗17歳はお気になりつつある喫茶店にて二股という、謂れのない汚名を着せられている真っ最中だ。
──いや、謂れがないは流石に嘘だ。
未だ爵藍颯希とも、逢沢弘美も交際相手に至れていない。では何をしても許されるのか?
そんな都合の良い話、ある訳ないのだ。
弘美も颯希もキスを済ませた間柄。増してや颯希は、告白を放り投げて心ゆくまでシテしまった。
告白に待ったを掛けているとはいえ、これは最早ゴールラインを超える処か、ネットまでも揺らしているのだ。
後は試合終了のホイッスルをダラダラと待てば良いのか? 恋愛経験値ゼロという言い訳は出来なくなった僕でさえ疑問を抱く。
「──疾斗、今日この後、時間ある?」
弘美から不意に聞かれた僕の予定。マンデリンのコクの良さでなく、エチオピアのフルーティ具合が似合う感じの弘美からの誘い。
「だ、大丈夫……余程遅くならなきゃ」
思わず口から出た保険。まさか弘美に限って在り得ないと思うが、颯希にまたも恋愛の馬身差を離された弘美の誘い先は凄く気になる。
「大丈夫ッ! 別に採って食ったりする訳じゃないからっ!」
僕の表情に余程不安げが浮いて見えたのか。弘美は僕の背中を平手でいくども笑顔で叩いた。
「ひ、弘美はまた自転車だろ? じゃあ慌ただしいけど弘美さえ良ければ、今からでも場所替えしようか?」
決して弘美の脚力を馬鹿にしてる訳じゃない。それは先週立証済。これは僕の我儘、この場に三角でいる痛々しさから正直逃れたい。
「うん? 別に良いよ。ただ一杯だけ飲ませてくれる?」
「勿論、僕の方こそ此処まで来たのに悪いな」
颯希を差し置き話を進めてしまう身勝手な僕。彼女は押し黙ったまま、自分のカップに浮かぶ飲み残しに視線を落としていた。
流石に気になり、颯希の方へと優柔不断な僕は視線を流してしまう。
「あ、わ、私の事は気にしないで。元々、勝手に独りで来たんだし、バイクだから独りで帰るよ」
颯希が両手を振り、作り笑いを僕達に見せる。本人にその気はないだろうけど、颯希の口から出る『独り』がやたらと僕の胸に突き刺さる気がしてならない。
とにかくそんな次第で僕と弘美の組み合わせで先に帰宅方面、途中寄り道? そんな感じの家路についた。
道中、大きな川べりと今は何もない田畑しか見えない景色を往く。たまにポツンッと浮かぶとてもくたびれた『HOTEL』の5文字がやけに刺さる。
僕のバイクは正しい荷重移動を失いつつある危うい乗り物。フラフラと走るせいか、後ろの車が警戒して車間を遠ざけてくれている。
風を切る、風を感じる──。そのいずれにも当てはまらない余裕のないライディングである。一体何処を巡って来たのか覚えていないほど酷い。
僕よりもっと川べりを往く弘美は、そんなもの素知らぬといった感じでひたすらペダルを漕いでいた。やがて見えてくる僕らの住む市街地。
途中にあるファミレスへと弘美は自転車を滑り込ませる。当然僕もその動きに従い停車した。僕の大変邪な想いは杞憂に終わり、とりあえずホッとする。
但し学校の近所──同級生に学校のアイドルと共にいるところを見られる可能性は否定出来ない。入店がてら、僕はまるで犯罪者の様に店内を見渡す。これも杞憂に終わる。
「──ドリンクバーだけで良い?」
「あ、嗚呼……腹は減ってない」
商品注文の端末を手慣れた動きで操作する弘美である。まあ、これは先程の喫茶店より余程楽な当たり前の行為だ。
とりあえず弘美はメロンソーダ、僕はコーラをグラスに注いで自分達の席に戻る。
僕は生意気にもあの店の珈琲しか受け付けない体になりつつある。弘美がメロンソーダを選んだ理由なんて分からないし、正直気に留める余裕もない。
──会話……続かない。何を話せば良いのやら……。
「──疾斗」
「んっ?」
車が流れるなんてことない外の景色を見ながら、弘美の方から切り出してきた。何気ない感じの声で。
「颯希ちゃんのこと、……大好きになっちゃたよね?」
「──ッ!?!?」
あ、危なかった。コーラが鼻から吹き出る寸前まで驚いた僕である。どうにか気を取り直しつつ答え探しで躍起になる。
「な、何を突然?」
「突然? そうね、きっかけは突然だったのかもね。私達の長さに比べたら」
これは僕の耳というより心に響いた。
幼馴染という長い長い時間を経て、僕達二人は互いが『好き』と感じ合える直前までようやく辿り着いた。
今年の夏開け、台風の様に突如転入して来た爵藍颯希とのおよそ3ヶ月という短い期間。
時間だけならそれの何十倍もこちらはある。だけども台風が来るまで僕達の仲は、ふらつく熱帯低気圧の様に一向に前へ進まなかった。
外の景色を無駄に眺めていた弘美が僕の方を向く。意外なほど冷静な顔つき。
「良いの……自分の気持ちに正直になって疾斗」
「ま、待て。待ってくれ、ど、どうか落ち着いて……」
真正面から僕と向き合う弘美の方が『落ち着け』と慌てふためく僕なんかより余程冷静に見える。
「確かに先週の今頃、颯希ちゃんと私で疾斗を取り合うのを認めたよ。──ふふっ、まさかその翌日に一線超えられるのは、予想外だったけどね」
「…………」
──言えない、何も言い返せない。『風邪のせいだ』『颯希が訪ねて来たから』何を言っても風祭疾斗自身が納得出来る答えを用意出来ない。
ただ俯いて下を向くのだけなのは卑怯だと思い、顔を上げて弘美の想いへ全てを捧げる。今の僕に出来る事なんてそれ位しかあり得ないのだから。
「きっと疾斗は好き……あ、LikeじゃなくてLoveの方ね。自分のLoveが判らなくて悩んでいるだけだよ」
僕は今、途轍もなく驚いている。なんで弘美はこれほど冷静に僕へ諭せるのか?
身勝手がすぎる僕に腹を立てていないのか?
「す、好き……。僕は弘美よりも颯希のことが……」
僕は両手を広げ、右手に弘美への好き。左手には颯希への好意を載せる訳の判らない仕草をする。天秤の様にどちらへの想いが重いか良く思い返してみる。
小さな頃から弘美と過ごした楽しい思い出……心地良い重み。
左手に在るたとえ短くとも色々詰まったこれまでの僕に在り得なかった信じがたい重み。
「い、今すぐ答えを出すことないけどさ。自分の部屋に戻ってから……よ、良く考えて……あれ?」
此処から先、やはり卑怯者の僕は、弘美の姿を見ていられなかった。
ポロポロと零れ落ちる涙の粒。いきなり大泣きでこそないけど、その一粒がやたらと大きくファミレスのテーブルを濡らしてゆく。
「ご、ごめん。ちょ、ちょっと私行ってくる」
周りの客になるべく悟られない程度を意識してか、全速でなく小走り程度でファミレスの奥へ逃げ込む弘美。
──やはり逢沢弘美は大泣きしないよう、必死に我慢してた。それが大粒の涙になったのだと思う。
向日葵みたいに元気な弘美が、今トイレで声だけ抑え大泣きしてるに違いない。そうさせたのは誰でもないこの僕である。
弘美が少しでも落ち着くまで僕は何時間でも此処で待とう。そして待っている間、僕は弘美から言われた通り、自分の想いに正面から向かい合おうと決心した。
30分くらい経っただろうか、1時間や2時間……それ以上にさえ思えた。
NELNの通知、弘美からだ。
『@弘美 ごめんね。随分待たせて』
この一言を打つだけでどれほど時間をかけたのだろう。正直僕まで泣きそうになる。だけどそんな僕じゃ、弘美にも、颯希に対してすらも失礼だと思う。
二人共、泣き虫な僕じゃなくて勇気をくれる僕だからこそ、こんなに好きだと言ってると思うのだ。
『@HAYATO1013 大丈夫、僕こそごめん』
僕は酷い顔で返事する。涙を必死に堪えてぐちゃぐちゃになった顔だ。
『@弘美 私は疾斗がどんな決断を出しても応援するよ。颯希ちゃんが好きならきちんと告白して欲しい』
少し間を開けてから、やっぱり泣きたくなるような言葉が届く。もう辛抱出来るか怪しいけれど、僕は疾風@風の担い手。文章を書くことに於いて、破綻をきたす訳にはゆかない。
『@弘美 それとも私と一緒にさっきのHOTELへ行きたかった?』
「──ッ!?!?」
グハッ!? 脇腹を思い切り殴られた気分。
けれどその後すぐに『うそだよーん』ってスタンプが届いた。これは弘美なりの強がりと僕の緊張を解そうとする遊びに思えた。思わず緩む。
『@HAYATO1013 バーカ。とにかくちゃんと真面目に向き合うって決めた。ありがとう』
ゆっくりと……とにかく落ち着いて言葉を紡ぐ僕。またも少しの間が在ってから、これまた驚かされた。
『@弘美 私は大丈夫。世界で疾風と一緒に大きな花火を咲かせる夢。これは颯希には真似出来ない。そしたら奪ってやるぞぉ! 略奪愛! なんか燃えてきたぁ!』
「りゃ、略奪ッ!?」
大きな声を出して驚き、聴かれていまいか周囲を見渡さずにいられなかった。女子って好きになると、こんなに強くなれるの!?
そう思案せずにいられない日曜の夕暮れ時であった。




