第68話 色々と無駄な足掻き
私、爵藍颯希はお気に入りのライダーズカフェにてインドネシア・マンデリンをブラックで飲んでいる。
11月中旬を過ぎると外のテラス席でくつろぐのは、腰から下がちょっと肌寒い。今日は天気こそ良いけど風が少々強いかなぁ……。
少し興奮気味で隣のカウンター席でまくし立てる疾斗。今日は日曜日で今は午後1時。別に約束して来た訳じゃないけどたまたまバッタリって感じ。
──まあ……日曜だし天気も良いからひょっとして来るかなぁって期待はしてた。
「──ドリフトが出来たぁ?」
疾斗の興奮原因は、どうやらこれみたい。なんでも昨日一人で近所の農道にストマジ110ccで入って往き、気が付いたら下り坂で止まり切れずタイトなコーナー※に突っ込んだとか。
※曲がり角度の厳しいカーブのこと
普段、疾斗は自分語りをする時、あまり感情を表に出さないタイプだと思っている。
──私が煽って引き出した事なら結構あるけどねっ! テヘペロッ!
「そうなんだ、しかも2回目は狙って曲がれて感じなんだっ!」
同じマンデリンで喉を潤しながら少し食い気味で話す疾斗。──可愛いなあって思うのだけど、ここはバイク乗りの先輩として、どうしても一言忠告すべきことがある。
「疾斗、その時(時速)何Kmくらい出てたか覚えてる?」
私はジト目、疾斗の方を向き、片肘付いて質問を投げる。
「え……慌ててたから怪しいけど、せいぜい40kmくらいかな」
私が厳しい視線を急に投げたから、アゲアゲだった疾斗のテンションがだいぶ下がった気がする。
「は・や・と──気持ちは分かるよ。だけどね農道は基本、農家さんが使う道だよ。それに増してや知らなかったとはいえブラインドに突っ込むだなんて感心しないな」
自分の思い描いた通りにバイクが曲がってくれた。それが気持ち良いのはもちろん分かる。だけども危険走行を手放しで一緒に喜んではあげられない。
「……そ、そうか。う、うん、そうだよな。増してやバイク歴1週間の僕が調子に乗るのは良くないよな」
ガックリうなだれてカウンターに身を預ける疾斗。少し可哀そうだけど、大事なことだから仕方がない。何かあってからでは遅いのだ。
「それから間違ってもSNSで『やったぁ!』的な呟きしたら絶対NGだよ。そういうのって下手すりゃ炎上ものだよ」
「あ、うんっ。それは流石にしてない……でもそれも分かったよ。ありがとう」
炎上はだいぶ大げさなんだけどね。そもそも運転云々って話題を書き込むだけでも、どんな身勝手な扱い受けるか分かったものじゃないのよ。
グシャグシャ。
突然ぬっと現れた、しわだらけのごっつい手が疾斗の寝癖頭をぐしゃぐしゃにする。
「おぃ疾風先生。そんなのドリフトって言わねえ。砂利で路面摩擦が低くなり、大したことないスピードでも勝手にタイヤが滑った。そいでぶっといから勝手に戻っただけだ」
ごっつい手と容赦ないツッコミをした人の正体は、飛べない翼の叔父さん。私がオブラートに包み、疾斗が少しでも傷つかない様、丁寧に話そうと思ってたことを直球でぶつけてしまった。
──でも全部当たってると思う。
ストマジ110ccのタイヤは12インチで径が小さなタイヤ。だけども太さだけなら結構立派。でもブロックタイヤというとてもゴツゴツした未舗装路向きタイヤなのだ。
だからどうした?
バイクや車を知らない人はそう思うだろう。簡単に言うと滑りやすいけど厚みがある分、グリップが戻りやすいタイヤであること。
これもざっくり話すと舗装路面も未舗装路もそこそこ走れるタイヤってこと。良く言えばオールマイティー、ケチを付ければどっちつかずな感じなの。
ハッキリ言ってしまえばバイクの運転技術が低いライダーでも、そこそこ楽しめるように出来ているバイクってとこかしら。
疾斗みたいな初心者がバイクを楽しいと感じるには最適だと思う。何しろ小っちゃいから足付き良いし、中身スクーターだからギヤチェンジの必要がない。
「そういうのはパワースライドって言うんだ。もっともお前のバイクにはパワーなんて御大層なものはねぇ。グリップ不足で勝手に滑っただけで調子乗んな」
そんな感じで一方的に焚きつけただけで、飛べない翼の叔父さんは店の中へ消えてしまった。
パワースライド──コーナーを曲がる最中にわざとアクセルを開け、無理矢理後輪を滑らせる曲がり方をそう呼ぶ。
でも疾斗のストマジ110ccにその肝心なパワーがないと叔父さんは吐き捨てた。
それは少し言い過ぎなところもある。10psのエンジンがパワーないとは私は思わない。本気で狙えばパワースライド出来ると思う。やる意味は正直分からない。
時速40kmで農道を走るのは正直良くない運転。けれど『速いか?』と問われたら私だって首を横に振るよ。
要は全てバイク任せで巧く走れた気がしてるだけ。こんなこと可哀そうだから言わないけど、とても低い次元で『やったぁ!』って喜んでるのが今の疾斗の状態。
──でも、私的に嬉しくもあるッ!
だってバイク歴1週間の疾斗が、自分の意志でバイクの運転をもっと上へと意識したのよ。たまたまとはいえ、これはこれで良い傾向。決してガッカリだけで終わって欲しくない。
「疾斗、そんなに落ち込むことないよ」
私はすっかり落ち込んだ疾斗を右肩をポンッと軽く叩いた。疾斗は私の右側に居る。だから疾斗の右側へ触れるためには少し身体を寄せる必要がある。
自然に身を寄せた感じに見えるかも知れないけど、私はドキドキ意識しながらわざわざやった。
「い、颯希……ご、ごめん」
「なんで私に謝るのよ。上手く乗りたいって気持ちを意識するのはとても大切だよ。だからもっと広い所で練習するとか──って言うかそんな時は声掛けてよ」
申し訳なさげな顔を疾斗が向けて来る。私が寄ったからだけど顔がとっても近い。私はバイク運転の話をしながら別の事柄を意識しちゃってる。
「──随分と仲がよろしいことで」
「「──ッ!?」」
確実に知ってる女の子の声が背中から聞こえて来た。私は慌てて疾斗から離れ、振り返る。疾斗も同じ様子。
「ひ、弘美ちゃん……」
「ひ、弘美ぃ!?」
疾斗がやたら甲高い驚きの声を上げた。明誠のアイドルにしてテニスのインターハイを控えた逢沢弘美ちゃんが「ふーん……」って感じで立っていた。
「な、何よ……人をお化けみたいに見ちゃってさ」
「弘美ぃ、今日部活はぁっ?」
──そ、そうよ。今日の部活はどうしたって言うの?
私は完っ全に油断してた。やっぱり疾斗も同じ気持ちらしい。未だに声が上擦っている。
「今日は午後からコートを整備するから部活は、や・す・み!」
弘美ちゃんは『や・す・み!』の処で人差し指でリズムを刻む。続けざまに私達二人の肩を掴むと少し強引にギュッと寄せた。
「そかそか成程、こんな感じで二人の仲は急速に進んだ訳ね。もぅね、後ろから見てたら完璧にカレカノにしか見えなかったぞぉぉ」
────ッ!?!?
だ、駄目だよそんなこと言わないでぇぇ! 顔が真っ赤になっちゃうよぉぉ!
「おぃコラ疾風ッ! 確かに俺はハゲメと言ったがな。まさかまさかの二股川とは大層な御身分だなッ!」
今度は注文を終えた飛べない翼の叔父さんからの鋭いツッコミ。
疾斗がいくら「二股じゃないっス! 二人共まだ彼女じゃないっス!」と無駄な言い訳をした処で「まだぁ!?」火にガソリンを撒いてしまった。




